S63_9 記憶の隙間のコロンブス  大航海時代のスペイン、南米、現代の東京が時に重なり合い、時に遠く離 れ、時に併置される。ユーモラスな空想の海獣や海亀の世界が織り込まれる。 人間の初々しい「冒険する心」の擬人化であるような少年が、様々な時空を 駆け抜ける。  その昔、コロンブスは冒険の海に船を進めた。今、オンシアター自由劇場 は、コロンブスを水先案内にして、演劇表現の新世界を目指す冒険の旅に出 る――などとキャッチフレーズみたいな言い方をしてしまったけれど、田槙 道子作・串田和美演出の『コスモ・コロンブス』(6月16日―7月9日、下北沢・ 本多劇場)は、その奇想と、演劇ならではの果敢で美しい数々のシーンの連な りによって、「舞台」が魔法の空間だということを実感させてくれた。  下手と上手の端に作り付けられた張り出しに、手作りの楽器やギターなど を持った楽士たちが登場し(この芝居では、随所に音楽が響くのだが、すべて 役者たち自身によって演奏される)指揮者の「満天の星!」のひと声を合図に、 暗い紗幕の向う側にひとつ、またひとつ星がまたたきだす――コスモ=宇宙 のコロンブスにふさわしいオープニングだ。  分刻みのルーティンをこなしながらひたすら忙しく毎日をおくる都市生活 者なら誰でも、しばしばふっと一時的な記憶喪失の状態に陥るはずだ。『コ スモ・コロンブス』の主人公、若いサラリーマンの「草野くん」もそんな一 人である。いや、彼の場合はもう少し重症で、ジャマイカでの海外出張を終 えて東京に帰ってきてからというもの、記憶の回路のあちこちがプツンと切 れてしまっている。そんな切れた回路の隙間にコロンブスが入り込んでくる というわけだ。  幕切れで多分草野くんの記憶は戻るのだろう、観客に背を向けて立つ彼の 目の前には、林立する高層ビルと、そのスカイラインによってギザギザに切 られた東京の青空が広がっている。つまり、それまで二時間ほどのあいだ舞 台で展開していたことの方がいわば屋台崩しであり、最後になって屋台が閉 じるというかたちなのだ。だが私たちはもう、その閉じた日常の向う側には 内なるインディアを目指す「コスモ」コロンブスの世界が横たわっているの を知っている。  少年役の吉田日出子は相変わらず素敵だが、それに劣らぬ魅力を発揮した のは、全ての、総体としての俳優たちで、たとえば彼らがくさび型に並んで 動き出すと、またたく間にそれが荒海の波に揉まれて悲鳴を上げる船に変貌 する。観客の想像力に信頼を置いた演出が、俳優の魅力を引き出す。串田和 美は言っている。「音楽は違う人間が集まって、アンサンブルができてサウ ンドが生まれる。そういったことが芝居でできないかなあ、と考えてるのね。 ずっと探しているんだなあ」いわゆる集団演技とは別の「豊かな共同表現を 目指したい」と言う串田は、シアター・コロンブス。