S63_12 ヴォードヴィルの決意表明  なんでも機嫌よくできる現在の日本の「異常な」状況、それは「芸術の壊 滅状態」であり、「芸能の文化だ」――二十年にわたって演劇の最前線を、 彼の劇そのままの果敢だがひっそりとした姿勢で切り開いてきた劇作家・演 出家の太田省吾は、転形劇場解散の記者会見でこのような趣旨のことを語っ た。  確かに今という時代は、志を高くもって演劇を生み出して行こうとする者 にとっては困難な時代と言えるだろう。高い志と高い収益とはほぼ全く無縁 だという意味でも……。  昨年の夏、プロジェクト・ナビによって上演された北村想作・演出の 『DUCK SOAP』の大きな感動は、そんな時代にささやかながらも力をこめて棹 さそうという彼らの決意が呼び起こしたものだった。「世界に僕たちの占め る場所がない」ならば「僕たちの生活と呼べる時間を」演劇というもので 「占めよう」。  作・演出・松原敏春による東京ヴォ―ドヴィルショーの第40回(!)公演 『黄昏れて、途方にくれて』(10月6日―18日、下北沢本多劇場)は、言ってみ れば東京ヴォードヴィル版『DUCK SOAP』で、劇する決意、劇を続ける決意表 明の劇なのだけれど、『DUCK SOAP』と同じように、「決意表明」という言葉 から連想される力みかえったガンバリもなければ大言壮語もない。「俺たち ゃコメディアン」という分を心得た――もっともそれは多分に誇りに裏打ち されている――潔さのうえに立って、しょぼくれたしがない人間たちを描き ながらの、つつましい、だがしたたかな「表明」なのだった。  主人公は、母と妻とのソーゼツな嫁姑闘争の板挟みから誤って母を殺して しまった男(佐藤B作)。死んだ母親探しの旅の途上彼が汽車から降りたった のはとある駅で、そこへ妙な四人組が電車ごっこよろしくロープの輪に入っ て「運転手は君だ……」と歌いながらやってくる。男は誘われるままにロー プの汽車に乗る。この四人――子供たちに疎外されたやもめの元タクシー運 転手、女生徒に恋した元高校教師、ゲイであることに目覚めた村役場の元戸 籍係、社長秘書に手をつけた元サラリーマン――は、社会から「降りて」し まった蒸発人間たちで、「降りる」きっかけとなった決定的状況を「劇」に 仕立て、主役脇役を交替で演じながらそれぞれのトラウマを克服しようとし ているのだった。男もこの一種のアクティング・セラピーの仲間に入るのだ が、彼の「筋」に嘘があると、「脇役」たちが役に入れないと言って五つの 「劇」がごちゃごちゃになる場面は秀逸で、大爆笑。  五人を社会復帰させようとする親類縁者が、JR東日本で迎えにくるのがふ るっている。だが彼らはそれに乗ることを拒む。幕切れ、どちらの汽車にも 乗らない母探しの男は謎めいている。人は何から降りて、何に乗るのか。と もあれ、いい役者をたくさん乗せた東京ヴォードヴィルショーの劇列車は、 遠くまで走り続けそう。