S62_6 ファム・ファタールとしてのカルメン  驚きに満ちた簡潔な『カルメン』。  東京・京橋にオープンした銀座セゾン劇場で、特別公演と銘打って上演さ れたピーター・ブルック演出による『カルメンの悲劇』(3月2日-4月26日)は、 まだ誰も登場しない何も始まらない舞台を目の前にしただけで、そういう予 感を抱かせる。全面に敷きつめた黄褐色の砂と、左右両翼に高く天井まで張 ったくすんだ色の板壁。ぬくもりを秘めつつ乾いている「何もない空間」。 いったん暗転になり、再び照明が入ると、まるで砂がこんもりと盛り上がっ たふうに、毛布をかぶった人が中央にうずくまっている。男がひとり通りか かると、毛布の小山からトランプの札を持った手がいきなりぬっと出る。男 はドン・ホセ。彼を捜しにやってきたミカエラをも、毛布から伸びた手は招 き寄せる。  それがジプシー占いのよぼよぼの老婆と思いきや、ひらりとはねのけた毛 布の下から現れるのは、美しいカルメンその人なのだ。  驚きはこれにとどまらない。  メリメの原作でも、ビゼーのオペラでも、煙草工場でのカルメンと他の女 工との喧嘩が描かれているが、ブルックはこの争いをカルメンとミカエラの 対決に集約してみせる。この魔性の女は、ミカエラの目の前でホセを誘惑し、 ミカエラの額に傷を負わせるのだ。  そして随所にひそむ死の影。 『カルメンの悲劇』では、メリメの原作よりも、ビゼーのオペラよりも、多 くの人が死ぬ。ホセはまず、リリャス・パスティアの店で鉢合わせした上官 スニガを、次にはカルメンの夫で密輸団の頭目の片目のガルシアを、殺して しまう。ビゼーのオペラでは言及されることすらないこの男を、ブルックは、 ただ殺されるためだけに原作から引っぱり出してきたのだ。そして最後には、 カルメンの新しい恋人の闘牛士エスカミーリョが、牛の角にかかって死に、 男たちの肩にかつがれて舞台を横切って行く。すべて意外な展開だ。  カルメンが山の荒地でトランプの札を広げ自分の未来を占う場面がある。 そこで歌われるのが「トランプの歌」だが、ブルックはその歌の中の「Enco- re Encore Toujours la Mort」のフレーズと同時にガルシアがカルメンの背 後で倒れて死ぬという演出をとった。その瞬間、トランプの札を何枚めくっ ても「また、また、いつも死」の札が出る、だから私も死ぬ運命、というふ うにトランプの札に限定されていたはずの歌詞の意味が、全く別の相貌を見 せたのだ。カルメンには「また、また、いつも死」がつきまとっている、と。 こうして死の影をひときわ濃くすることによって、『カルメンの悲劇』では、 その魅力によって男たちを惹き寄せ死へといざなう女主人公の、ファム・フ ァタールとしての一面が強調され、くっきりと浮び上がる。  派手なけれんはない。だが、それだけに一層強く演出の妙、原作とビゼー のオペラの再構成の妙を味わわせてくれる舞台だった。