S61_2 体にも心にもいい舞台  少女、少女、菜の葉にとまれ……。  菜の葉に飽いたら桜にとまる蝶々のように、一日中遊び続ける幼い二人の 姉妹が、劇団青い鳥十一月公演『一日の楽天』の主人公である。朝から日暮 まで二人は海辺で遊ぶ。  海女の一団がやってきてひと休みし、漁ったばかりのサザエで味噌汁を作 って食べながらおしゃべり。元気のいい年上の女の子たちがやってくる。自 殺ごっこなどというブッソウな遊びに夢中になる彼女たちは、幼い姉妹にと っては恐ろしいいじめっ子だ。白地の涼しげな和服をすっきりと着こなし、 白いパラソルをかざした美しい女が通りかかる。二人は、しばらく海を見つ めて立ち去るこの女性の後ろ姿に、お昼のパン代と牛乳代だけを置いて出か けてしまったお母さんをダブらせていたかもしれない。争う女たちが駆け抜 けて行く。それは、子供にとっては到底知り得ない大人の世界の謎そのもの である。陽が沈むと、旅芸人たちが浜に集まり、またどこかへ行ってしまう。 寄せてくる闇の中で、浜は昼とは違った貌を見せはじめる。姉妹は不安にな る。「あと二十数えたら、きっとお母さん帰ってくるよ」と姉が言う。二人 は大声でゆっくりと数えはじめる。長くて遠い一から二十。だが、数え終っ ても誰も現れない。姉と妹は闇の奥をにらみつけるように黙ったまま立ち尽 くす。待つ。二人は動かない。待つ。泣きそうだった顔がぱっと明るくなる。 少女たちは勢いよく客席の背後に向って駆け出して行く。  いったん暗転になった舞台がほのかに明るくなると、さっきの旅芸人たち が思い思いの芸をしている――球乗り、水芸、ひゅるひゅると蛍光色が小さ な渦を巻くヨーヨー。まるでフェリーニの映画の一場面のようなこの情景は、 海の生きものたちの遊び時間かもしれない。再び暗転。また明りが入ると、 誰も、何も、いない砂浜。  青い鳥は、女性ばかり七人の劇団である。今回の公演では、幼い姉妹に新 人の小林洋子と伊沢磨紀が扮し、それ以外の役は十年選手のお姉さんたち、 木野花、上村柚梨子、葛西佐紀、芹川藍が早替りで演じた。(加えてファッ ションモデルの中川比佐子が客演し、もう一人の劇団員南部夜貴子はこの度 はお休み)  舞台に目を凝らしながら、こんなにも自分の幼時の記憶を呼びさまされた ことはない。まずそのときの気持が甦り、それから状況が浮んできた。たと えば、妹と弟の三人で留守番をしていたある日、暗くなってもなかなか母が 帰って来なかった時の心細さ……。  リーダー格の木野花は常々「体にいい芝居をやりたい」と言っているが、 クレー射撃でカワラケを撃つような当意即妙な即興場面と、笑いをふんだん に盛りこみ、集団創作という手法で作る彼女らの舞台は、心にもいいのだ。 これまでの、時空を自在に横断する作品とは趣きを異にして、『一日の楽天』 は、海を横切る一日を淡々と描いた。雨夜の小さな劇場で、私の心はオゾン をいっぱいに浴びた。