S61_12 「作・演出 市堂令!」  高野文子の優れた短篇マンガに「田辺のつる」がある。主人公つるは八十 二歳なのだが、ボケて幼女がえりしてしまっている。息子夫婦や孫たちから 何かにつけてうとまれる老女を、作者は終始オカッパ頭のちいちゃな女の子 として描き、つるさんの内面と現実とのズレをおかしく愛らしく哀しく、ひ と目でとらえられるようにステキな仕掛けをしたのだった。  劇団青い鳥の新作『青い実をたべた』(東京・青山円形劇場、10月23日― 11月6日)は、いわば「田辺のつる」の芝居版。前回の公演『いつかみた夏の 思い出』で、夏休みをめぐる少女たちの学校生活をノスタルジックに元気に 舞台化し、そこに少女から母親へ、また母親から少女へと流れる時間と記憶 を浮び上がらせた青い鳥は、ここに至って更に飛距離をのばした。  主人公のとよ子(伊澤磨紀)は八十歳だが、時折り自分が十歳の少女だと 思いこんで子供の行動をとる。彼女と四人のホームヘルパー(上村柚梨子、 葛西佐紀、芹川藍、南部夜貴子)は、とよ子の生まれ故郷への船旅に出よう としている。上船まぎわになって、行くのはいやとダダをこねだすとよ子。 彼女の少女時代が舞台によみがえる。四人のホームヘルパーは、その時間の 中ではとよ子の遊び相手をする女中たちと若き日の母に変身するのだが、そ れは同時に、四人が老女のボケに付き合って遊んでやっている姿でもある。  母親が幼いとよ子の目の前でトマトの種を蒔く美しい場面がある。「この 種、赤い実になるって知ってるかな?」「トマト、赤い実になった時、こん な小さな種だったこと覚えてるかな?」  大人になり、母親となり、老女となった「現在」の中に、かつての少女が 時には息をひそめ、時にはのびやかに生きていることが、つつましいトマト の実のイメージと、可愛らしいワンピースを着てはね回るとよ子の姿に重な って、まっすぐ私たちに伝わってくる。  カーテンコールの時に「作・演出、市堂令!」と声を揃え「一同」が「礼」 をすることによって種明かしされるのだが、青い鳥はいつもメンバー全員で 台本を作る。「どんなシーンを創りたいか、どんな衣裳を着てみたいかとい った芝居の部分の方がストーリーやテーマといった全体よりも先に決まる」 独特の方式で―。そして度重なるミーティングの中から、共通の関心、共通 の記憶をすくい出し、セリフとして定着させ、全体を立ち上がらせてゆく。 特異な「個」の経験や記憶よりも、こうして共通なことに重きを置くからこ そ、青い鳥の芝居はいつも、「ああ、そうだ、そういえば…」と客席にいる 私たちひとりひとりの内奥にひそむものを呼び覚ます。  八十歳の自分を受け容れ、品のいい和服姿でひとりタラップを昇るとよ子 を四人のヘルパーが見送る幕切れで、周囲に電飾がぱあっとともり、劇場全 体が、出航する船になる。