S60_3 地下三十五メートルの劇場  太田省吾の劇を私たちは〈観照/contemplate 〉する。星や自然に対する ように、静かにじっと見つめて思いをめぐらすのだ。  彼の作・演出による転形劇場第28回公演『地の駅』は、一月半ば栃木県宇 都宮市郊外の大谷石地下採掘場跡で行われた。東京からバスで三時間半、そ して、薄暮の冬の空をあとにして地下三十五メートルの巨大な空間に降り立 つ。『ニーベルングの指輪』のアルベリッヒの鍛冶場もかくやと思うような 威容である。二千万年前の地層の石を、千年以上にわたり人がひたすら切り 出し続けて出来た建造物、内部だけの建造物。ここへの階段に足をかけた瞬 間から、もう劇は始まったと言っていい。  それにしても寒い。「零度以下になることはないんですがね」という寒さ だ。厚着をした上に、大小五個のホカロンとスキー帽、手袋とオーバーと劇 団支給の毛布で武装して席に着く。  目の前に徐々に浮かび上がってくるのは途方もない廃品の山だ。古タイヤ、 ミシン、テレビ、自転車、靴……。すべて黒く塗られたその山の頂きには、 まるで片方の腕をもがれた十字架のように、枯れ木がぽつんと立っている。  五メートルの高さに積み上げたというこの文明の残骸の山が、だが、そそ り立つ石の壁に囲まれてむしろ小さく見える。そこにたたずむ人間はなおさ らのこと、なんと小さくたよりなげに見えたことか。 『地の駅』は、'81年5月に初演された『水の駅』のいわば姉妹篇。前作では、 さまざまな人間が無言のうちに舞台中央の水飲み場を訪れ、去って行ったよ うに、ここでは黒々とした山に細くついたジグザグの道をとぼとぼとたどり、 つかの間の休息をとったり、交わったり、争ったりし、そしてまた立ち上が り山の向うに消えて行く。  遅い歩み、ゆっくりとした動作、「風の娘たち」という役名の三人の女が コロスのように短かい台詞を語る以外は、二時間にわたって人の声はない。 時折りこの群像と光景を包むのは、サティのピアノ曲とテンポを遅くしたヴ ィヴァルディのピッコロ協奏曲。  人々は一様に重い荷物を持ち、冬の服を着ている。私たちの「今」は冬な のだ。その中で麦わら帽を被った少年と「化粧する姉」の夏姿があざやかな 印象を残す。この二人だけは他の人々とは逆に坂道を下って駆け去る。  終始廃車の上に坐り、何もせず、通り過ぎる人々の「人生」をただながめ ていた娘は、最後に道を登ってきた女の姿をみとめ、二人は喜びを全身に表 して近寄り、抱き合う。娘は何もしていなかったのではない、この女を待っ ていたのだ。母娘とも、姉妹とも、親しい友とも見える二人は、この時響い てきた遠雷の方を向きながら、一枚一枚と冬の衣を脱いでゆく。遠雷の下で は夕立ちが降っているかもしれない。薄い下着だけになった彼女たちも、あ の少年と同じように「夏」を生きはじめたのだ。文字どおり寡黙のうちに、 人間の「在る」さまの多くを語る優れた作品だ。