S60_12 夢としてのぺてん  豊田商事のアコギな詐欺商法にひっかかった人たちは、ほんの少しでも 「夢」が見られたのだろうか。大金持になる夢、安定した老後の夢。それと も暴力的な勧誘の手口から推して、はじめからアヤシイと不安にさいなまれ どおしだったのだろうか。  ミュージカル『ザ・ミュージック・マン』の主人公はぺてん師ハロルド・ ヒル、被害者はアメリカ、アイオワ州の田舎町リバーシティの善男善女であ る。時代背景が一九一二年で、おまけに独立記念日のお祭りさわぎのさなか ということもあって、全体の基調はおおどかそのもの。当時、地方まわりの セールスマンは一種花形的存在であったに違いなく、その中にまぎれて、舌 先三寸で世をわたるハロルド・ヒルのようなだましの天才もあまた跳梁して いたのだろう。  ハロルドは、行く先々の町で少年バンドの結成を勧め、それに必要な楽器 やユニフォームや教本を売りつける。演奏の指導も約束するが、彼は実は 「ドとレの違いも知らない」ときている。売るものを売ったら、ハイさよう なら、というのが毎度の手口なのだった。  ところが、今度ばかりは彼の計算も狂う。町の音楽教師のマリアンに本気 で恋をしてしまうからだ。あくまでも商売に利用するだけのつもりで接近し たのだが……。  難攻不落のマリアンは、ハロルドの正体を知るのだが、自閉症気味の自分 の弟も含め町の人々が、彼の売った「夢」のおかげでどれほど大きく変った かを悟り、ぺてん師と知りつつ彼に惹かれてゆく。  大詰めは、並いる市民の前で、彼が少年バンドの指揮を迫られる場面だ。 鳴るはずのない音が鳴る。嘘から出たマコト。これこそ夢。人はいつも夢と してのぺてんにかかりたいと、無意識のうちに希っているのかもしれない。 事実というヤボなものは、その前では影が薄くなる。『ラ・マンチャの男』 よりはずっと軽いけれども、狂気の真実が正気の事実を圧倒するあの感動に、 そこはかとなく通じるものがここにもある。  ハロルドを演じた野口五郎とマリアン役の戸田恵子がいい。野口にとって はこれが初のミュージカルだそうだが、実に水を得た魚といったふうで、か つて帝劇で『ロミオとジュリエット』を演った時の頼りなさから大きく成長 している。戸田は、一部ではこの人ありと高く評価されてきた女優だが、澄 んでよく伸びる声、美しい容姿が存分に生かされていた。ふたりとも、もっ ともっとこのジャンルで活躍して欲しい才能である。  惜しむらくは伴奏がカラオケ方式だったこと。どんなに小さな編成でもい いから、ミュージカルは是非とも生までやってもらいたい。  作者メレディス・ウィルスンがこの作品を仕上げたのは一九五七年。ぺて んにかかっても、おつりが来るほどの「夢」が見られた、などというのどか な芝居は、もう書かれないかもしれませんね。(博品館劇場、十月公演)