S60_1 サイモンの「ふたり」  夫婦、恋人、兄と弟、ボードヴィルの旧コンビ、ひょんなことから同居す るはめになる中年男の珍カップル――現代アメリカの人気劇作家ニール・サ イモンは、いつも「ふたり」ひと組に目を向ける。まるで、人間のありとあ らゆる関係の核は「ふたり」の関係であり、そこから「ひとりひとり」の人 間の、どうしようもない性や欠点美点、悲劇性や喜劇性が浮かび上がってく るとでも言いたげだ。  サイモンの芝居やミュージカルが日本でも相次いで演じられるようになっ たのは、ここ四、五年のことだろうか。小劇場での公演からスターを使った 大劇場でのいわゆる商業演劇まで、これほど幅広く上演され、若者からオジ さんオバさんにいたるまでさまざまなレベルの観客を掴んでいる作家は、他 に例がないと言える。  とりわけ'84年の秋はちょっとしたサイモン劇のラッシュで、10月1日に長 期公演をスタートさせた東京・下北沢のロングラン・シアターの『裸足で散 歩』、10月11日から31日まで恵比寿のテアトル・エコーで上演された『サン シャイン・ボーイズ』、そして地人会の『巣』(原題は『二番街の囚人』11 月3日―11日、於池袋サンシャイン劇場)という按配だ。 『巣』は見逃してしまったが、『サンシャイン・ボーイズ』は、作品のツボ を押えた演出(酒井洋子)で、これは絶品。『裸足で散歩』も、ちっともニ ューヨークらしくない装置や、一本調子の新婚の妻(西山水木)の演技など 気になるところはあるものの、いささかピンとのずれた中年男女のカップル が面白く、結構楽しめた。 『サンシャイン・ボーイズ』の主人公は、四十年以上もボードヴィル界で人 気を博し、今はコンビを解消して二十年近くになろうという老芸人ウィリー (納谷悟朗)とアル(熊倉一雄)。それが、プロデューサーをしているウィ リーの甥(安原義人)の肝煎りで、TVの芸能回顧ショー出演のためにひと 晩だけコンビを復活させることになる。ポンコツ同然の二人が、かつての当 たりコントの稽古をしながら昔の恨みをぶつけ合い、その実切っても切れな い絆にからまってもがいている様が何ともおかしく哀れで、いい。  サイモン劇の「ふたり」たちは、いつもきまって派手な大ゲンカをする。 ウィリーとアルも例外ではない。  どちらも一歩も譲れぬ意地の張り合い、激しく飛び交う必殺のコトバ!  それを、時に柔らげ時に一層強烈なものにするユーモアやギャグ。センチメ ンタルなメロドラマになるかと思う寸前、観客の目にじわっとくる涙を一瞬 にしてカラッと乾かしてしまう笑いのドライヤーと共に、この、ケンカ場面 の作り方のうまさはサイモンの身上だろう。  考えてみれば、あらゆる「ふたり」の関係を露わにさらけ出すのはケンカ を措いて他にない。兄弟ゲンカ、痴話ゲンカ――ケンカのあとで二人の関係 は好転するか、はたまた前にも増して険悪なものになるか、或いは別れるか。 作を追って「救い」が希薄になってゆきそうなサイモン劇だが、底に一貫し て流れる暖かさほのかな甘さは、変わらない。とまれ、「ふたり」のケンカ はそれだけですでに劇。ニール・サイモンはそのことを知っている。