H1_4 鬼を背負った野田秀樹  坂口安吾の生まれ変わりを自称している野田秀樹が、とうとう「前世」に 書いた作品を劇化し、上演した。  野田自身の演出による夢の遊眠社公演『贋作・桜の森の満開の下』である。 (2月11日―28日、東京・日本青年館大ホール) まずこれは、脚色として第一級と言える。安吾の作品を存分に生かし、書か れた言葉も随所にそのまま使いながら、全体としては紛れもなくダイナミッ クな野田の劇世界になっているからだ。  下敷は「夜長姫と耳男」「桜の森の満開の下」「飛騨の秘密」「飛騨・高 山の抹殺」などで、主な登場人物や筋の運びは「夜長姫」から取っている。 だが、タイトルに贋作と謳っているのに呼応するように、ヒダの王の命を受 けミロクの像を彫るのは、原作とは違い、タクミの名人の贋者ばかり。名人 である師匠を誤って殺してしまった弟子の耳男(野田)、これまたもう一人の 名人を殺してのみを奪った山賊のマナコ、タクミに身をやつして謀反をたく らむオオアマの三人である。  耳男を翻弄する無邪気で残酷で美しい夜長姫(毬谷友子)に加えて、野田は その妹の早寝姫を創造する。夜型人聞の夜長姫と宵の明星を見るともう眠く なる早寝姫。月と太陽。夜長姫の象徴するものが俄然大きく深くなる。 ま た、野田の言葉遊びはいつもながらの冴えを見せる。例えば……  彼は人の世の裏に常に鬼たちの動きを寄り添わせるのだが、その鬼たちが 出入りする門は狭き門で、即ち「C'est ma 鬼門」。ミカドの地位に就くのは 狭き門を通るに等しいと言うオオアマは、天智天皇なきあと、耳男の彫った 鬼の顔のミロクを飾ってある「鬼門」を押し開け反乱を起こし、天武天皇と なる。 「夜長姫」のストーリーを「飛騨・高山の抹殺」の飛騨王朝説という土台に のせ、ミロク造り、一大仏造りをクニ造りに重ね、下敷にした作品がなんの ほころびも見せずに壮大なスケールのひとつの舞台に織り上げられてゆくさ まは小気味がいい。  ここでは、『日本書紀』『古事記』は、ミカドになるためのハウ・ツーも の『狭き門=セ・マ鬼門』が姿を変えた本、という解釈=コジツケで、その 中ではヒダの国は消えており、今は天武天皇となったオオアマの「時間の重 みにひき殺されてこそ礫死(歴史)」という卓抜な語呂合わせの台詞が、瞬時 にして官撰国史の暴力を感じさせる。  満開の桜、舞台を覆う花吹雪を浴びて一人座り込んでいる耳男――この華 やかでしんとした幕切れには息を呑む。「とこしえに下りの坂道を笑いなが ら……しかも荷台に地獄を乗せて」自転車で駆け降りて行くような夜長姫。 彼女を殺してしまった耳男の姿は、ものを創るためには鬼を背負わねばなら ず、同時に、下り坂のどこかで踏みとどまらねばならない芸術家の姿でもあ るだろう。創る人、野田秀樹の顔がちらとその蔭に見えた。