日々のエッセイです独白

平成15年2月

2月5日(水)
宅急便が三つ届く。一つは長谷川幸治さんの戯曲集。辞書みたいに
分厚くて立派だ。副題は「弘前劇場の二つの場所」。「家には高い木
があった」ほか四本の戯曲が収めてあるが、すごいのはそのすべて
の英訳も載っていること。二つ目の一番大きな宅急便は、永井愛さん
からのもの。以前、筑摩書房のPR誌『ちくま』で秋元松代さんについて
対談したのだが、その下準備のためにお貸しした本を返却してくださった
のだ。ポンカンとざくろジュースが一緒に入っている(あとでメールを開け
たら永井さんからのお礼のメッセージも来ていて、ポンカンは愛媛産だそうだ。
すごくおいしい。なんて律儀な永井さん)。三つ目は筑摩書房からで、『ペリク
リーズ』の見本版が10冊。わーい、嬉しい。いつもながら安野光雅さんの表紙
絵が素敵だ。船上でのペリクリーズとマリーナの再会の場が描かれている。
ペリクリーズの髪の毛と髭が茶色なのを見て、思わずニヤリ。実は安野さん、
勘違いなさったらしく、最初の原画のペリクリーズは白髪白髭だったのだそうだ。
担当編集者からの電話でそれを知り、「マリーナと再会する時点のペリクリーズ
の年齢は、多く見積もっても五十歳だから、白髪はまずい」と伝えたところ、彼女
はすぐさま画伯のもとへ飛んでゆき、ペリクリーズを若返らせていただいたのだ。

2月6日(木)
朝日カルチャーセンター。昼間はその準備。『ハムレット』第五幕第一場、墓掘り
の場を読む。『ペリクリーズ』の文庫版を披露する。

2月7日(金)
車でさいたま芸術劇場へ。我が家のカリーナEDは車検中なので代車のホンダシ
ヴィックで。『ペリクリーズ』の稽古は、1月30日に一応第五幕の終わりまで行った
ので、ここ一週間ばかり私はお休みしていたが、すでに2日に劇場稽古に入って
いる(それまでは大稽古場で)。シェイクスピア作品のなかでも『ペリクリーズ』は
イギリス人にもあまり馴染みのない戯曲なので、ロンドン公演では字幕をつける
かもしれない。それのために、そして、プロデューサーのセルマ・ホルトさんのために、
アーデン版のコピーにカットやちょっとした加筆やコメントなどを入れた台本を作って
きたのだが、稽古を見ながらそれの最終チェック。ラッキーなことに、今日は第一部
(一幕から三幕まで)の通し。アタマで、体に障害のある旅役者に扮した全俳優が登場
する場面が美しい。音楽の笠松さん、朴さん、照明の原田さん、音響の井上さんら、
すべてが揃って作ってゆく贅沢な現場。楽屋で梅津栄さんが「もう、あした初日でもいい
くらいだね」と言うと、「やだよ」と蜷川さん。帰りに加代子さんを与野本町の駅まで送って
から帰宅。

2月8日(土)
今日も車でさいたま芸術劇場へ。渋滞のため一時ちょっと過ぎに到着。ちょうど第二
部が始まったばかり。暗い客席を手探り状態で、昨日と同じ席に坐る。小さなライトの
ついた所見台に台本を広げ、カットのチェックをしながら見る。女郎屋の場面は活気
があり、ペリクリーズとマリーナ再会の場の感動的なことといったらない。シアターコ
クーンの渡辺さんも見にいらして、終ってから笠松さん、渡辺さんと「すごいねー」と
言い合う。5時終了。黙劇の稽古のみ続行。楽屋に戻り、英語台本に新たなカットを加え、
ホリプロの児玉さんに渡す。明日はOFF。実家に寄って母に『ペリクリーズ』をプレゼント、
永井さんからのポンカンのお福分け。そのあと、東京女子大時代のフランス語の恩師・
二宮フサ先生のお宅に寄り、やはり『ペリクリーズ』を献呈する。うな重をご馳走になり
ながらおしゃべり。
香川照之さんの『中国魅録――「鬼が来た!」撮影日記』読了(先月30日に、稽古場に
来ていた宮脇卓也くんが貸してくれた)。すごい本だ。よく生きて帰ってきたと思うほど
苛酷な撮影現場。香川さんの文章がまた素晴らしい。『鬼が来た!』はもうヴィデオに
なってるとのこと(この本も、映画も蜷川さんのオススメ)。見よう。

2月9日(日)
ぽかぽか暖かい。春だ、春だ。庭の梅はもう八部咲き。でも『ペリクリーズ』の稽古が
休みなので、一日中原稿書き。すでに締め切りを過ぎている『フォーティンブラス』の
パンフレット用、パルコ劇場三十周年記念の原稿。締め切り間近な『日経マスターズ』
連載第二回目の原稿については担当の高山さんに連絡しなくちゃ。12日に予定されて
いる『ミマン』の対談のために、竹田真砂子さんの本を読まなくちゃ。新潮社のCD−R
OM『シェイクスピア大全』に載せてもらう『ハムレット』など8作品の赤字をもう一度チェック
しなくちゃ。ああ、くちゃくちゃだあ。


平成14年10月

今回は単なる「ひと月のあいだ何やってたか報告」になってます。お許しください。

9月24日(火)
7時半から飯田橋のホテル・エドモント内の中華料理店で『東京人』書評同人の会。

9月26日(木)
ホテル・オークラ別館にて文化庁文化審議会の委員会。いったん帰宅して根津へ。「根
津の甚八」でわしらの会。二次会はその並びの居酒屋。夫は向かいにある銭湯でひと
風呂浴びる。彼の昔のくせが久々に出た。

9月27日(金)
文化庁国語分科会。昼食は失礼して、帰りに実家に寄る。
『ペリクリーズ』第四幕訳了。

9月28日(土)
ダイジョースタジオで『マクベス』の稽古を見る。しのぶちゃん、今日から参加。昨
日まで『ふくろう』の撮影があったというのだからすごい。

9月29日(日)
ベニサンピットで『bash』の千秋楽を見る。大学時代からの親友、大宇根成子さんと
一緒に。終演後二人でタクシーで日本橋三越へ。益子の陶芸家、高内秀剛さん、版画
家の中林忠良さんの作品展。あとから妹も来て、高内家の三姉妹も加わって近くの居
酒屋へ。女ばかりでにぎやかに。

9月30日(月)
メセナ協議会。

10月1日(火)
メジャーリーグ『ハムレット』顔寄せ、稽古初日。パンフレット用に笹部さんのイン
タヴューを受ける。

10月2日(水)
俳優座アトリエにて欧日舞台芸術交流会『マクベット』の公開ゲネ。ライミングの中
島晴美さんを誘う。なかなかいい。『ヴェニスの商人』のときよりみなさんレベルア
ップ。和田さんの音楽が斬新。いつもけっこう辛口の晴美さんも「いいもの見せても
らった。カラミトルさんと仕事をしたい」と喜んでくれた。是非とも凱旋公演をして
もらいたい。

10月3日(木)
朝日カルチャーセンター。『ハムレット』第三幕第二場、劇中劇の終わりの部分から
「寝室の場」に入る直前までを読む。

10月5日(土)
シアタートラムで二兎社の『新・明暗』を見る。ニューヨークから来たローレン・エ
デルソン(永井さんの『萩家の三姉妹』の英訳をした人)と一緒に。これは傑作。「新・
明暗」というより「喜劇・明暗」。津田と清子と姿を見せない関(清子の夫)との関
係が『それから』そのものだということにも気づかせてくれた。お延と清子(山本郁
子)、吉岡夫人と天道(津田と清子が温泉で同宿する)の妻と称する女(木野花)、津
田の妹と延子の妹(小山萌子)をダブリングにしてあるのも効果的。とにかく役者が
みんなぴたりとした役を得て、血を躍動させている。パチパチ(拍手)。

10月6日(日)
AICT臨時総会。東大駒場。世田谷パブリックシアターのセミナールームでAICT賞
と『シアターアーツ』賞の授賞式、シアタークリティック・ナウ2002のシンポジウ
ム。授賞式だけ出て実家へ。健(ベルリン留学中の甥)の一時お帰りなさい会。

10月7日(月)
『ハムレット』のリハーサルを見てからシアターコクーンへ。『マクベス』通し稽古。
開始時刻が5時に変更になったのを知らなかったのだが、滑り込みセーフ。蜷川さん
は明日から『夏の夜の夢』のカンパニーと一緒にパリへ。帰りにロンドンに寄って
NTのオリヴィエ劇場を見てくるのだそうだ。帰りは17日。それまでにゼッタイ『ペ
リクリーズ』訳了するぞ。

10月8日(火)
『マクベス』ゲネプロ。実は昨日の出来がイマイチで、正直言って青ざめたが、それ
が嘘のような上出来だ。マクベス夫人の夢遊病の場では、「地獄は暗い」と言ったあ
との溜め息がすごかった。全身の血からエネルギーまで全てが地に流れ落ちてしまう
かのような「ああーー」だった。

10月9日(水)
もうアネモネの芽が出てきた。いいのかなあ、早すぎない? これから寒くなるって
いうのに。
『マクベス』初日。

10月10日(木)
田原町の円スタジオで『ブラインドタッチ』を見る。いい芝居。坂手さんがこれほど
見事に女性の微妙な心の揺れを書くとは。岸田今日子さんと塩見三省さんの息もぴっ
たり。劇中たった一度だけ彼が彼女の名前を呼ぶところでは涙があふれた。この作品
のモデルになった女性(夫君はいまも獄中にあるという)も見にいらしていた。英語
に翻訳して上演したら、どの国でも理解と共感の得られる芝居だと思う。

10月11日(金)
一日在宅。『ペリクリーズ』ほとんど訳了。残りはエピローグの18行だけ。蜷川さん
の帰国に間に合うのは間違いない。タコの桜煮を作る。まず大根で生タコをがんがん
叩く(レシピはインターネットで調べた)。なんとも間抜けな調理風景だが、その甲
斐あって出来は上々。そのあとで鶏レバーの山椒煮を作る。

10月12日(土)、13日(日)
小淵沢で馬に乗る。ほとんど半年ぶりなのでなかなか勘が戻らず。土曜日には初めて
の落馬を経験。トホホ。
13日は「めいっぱいの日」と名づけよう。午前9時50分から一時間乗馬。清里の妹
の別荘へ。ちょっとだけテニスのラケットを振って、妹が最近購入した素敵な敷物(ギ
ャッベ)を見せてもらって帰路につく。実家の母が2日間ひとりきりだったので、顔
を見に寄る。清里みやげをわたす。途中で梟座の管理人さんから携帯に電話が入り、
調布の花火を見に来ないかとのお誘い。一旦帰宅し、昨日作った桜煮とレバーを手土
産に夫と出かける。すごかった。打ち上げ場は二箇所なのだが、それが両方とも広い
窓いっぱいに見える。特等席だ。泉もしばらくしてベニサンからバイクで駆けつける。
大興奮。

10月14日(月)
『ペリクリーズ』遂に訳了! まだまだ不明な点はあるのだけれど、とにかく終わり
まで辿り着いた。早速ホリプロの栗田さん、筑摩書房の打越さん、そして河合祥一郎
さんにメールで送信。すぐに脚注作りにかかる。或る程度は翻訳作業と平行して書い
てきたが、なるべく細かくそれを補うこと。

10月15日(火)
ドイツ文化センターのペトラさん宅でパーティ。ベルリナー・アンサンブル『リチャ
ード二世』来日公演関係者のひと月遅れの打ち上げを開いてくださったのだ。

10月16日(水)
昼はザ・スズナリで燐光群『最後の一人までが全体だ』、夜は南青山の草月ホールで
日本総合悲劇協会『業音』を見る。

10月17日(木)
原宿クエストホールでイッセー尾形・桃井かおりの二人芝居を見る。

10月18日(金)
新潮社の葛岡さん来宅。新潮選書(三年にわたって講談社の『本』に連載していた「シ
ェイクスピアもの語り」)の打ち合わせ。
5時から渋谷で河合祥一郎さんと対談。さいたま芸術劇場の『ロトンダ』のために『ペ
リクリーズ』について。

10月21日(月)
彩の国さいたま芸術劇場のシェイクスピア委員会。フランスから帰国したばかりの蜷
川さん、元気。次回の演目は『タイタス・アンドロニカス』かな?

10月23日(水)
下北沢・本多劇場で加藤健一事務所の『バッファローの月』を見る。大笑い。左時枝
さん素敵。

10月24日(木)
『マクベス』東京千秋楽。
夜は赤坂ACTシアターで『エレファント・マン』を見る。

10月25日(金)
グローブ座のスタジオで『ハムレット』の通しを見る。面白い、面白い。歌ありダン
スありだが、笹部さんが言うように決して奇をてらったものではない。『ハムレット』
に正面からがっぷり四つに取り組んでいる。安寿ミラさんのハムレットからは、シェ
イクスピアの言葉を生きる歓びが伝わってくる。演出・栗田さん、振付け・舘形さん、
音楽・宮川さんのチームワークの良さ!

10月26日(土)
昼は世田谷パブリックシアターでロベール・ルパージュ作・演出の『月の向こう側』
を、夜は新宿シアター・トップスで劇団道学先生の『無頼の女房』を見る。いい役者
ぞろい。大西多摩恵が相変わらず魅力的だ。

10月27日(日)
夫がメンバーになっている歌の会「Nahの会」の第13回おさらい会。霞ヶ関ビルの
最上階、東京會舘が会場だ。私はヴィデオの撮影係。快晴に恵まれたので外の景色も
収めた。お客様も大勢で、なごやかないい会だった。みなさんホントに実力がついた
もんだ。86歳の八木さんの美声には、私も含めてファンが多数。

29日から11月5日までフランスのル・アーヴルとドイツのミュンヘンへ行ってきま
す。ル・アーヴルは欧日舞台芸術交流会の『マクベット』ツアーの最終公演地。みん
な元気でやってるかな。ルーマニアとパリの公演はどんな具合だったんだろう。ミュ
ンヘンに寄るのはイッセーさんと桃井さんの二人芝居を見るためです。

平成14年9月(その2)
9月6日(金)
新国・ペーター・シュタイン演出の『ハムレット』ゲネプロ。12時からの場当たりも
泉と一緒に見る。イヤフォンガイドのチェックも兼ねて。
終演後ロビーの一角で朝日カルチャーの受講生のみなさん(イヤフォンガイドのモニ
ターもしていただいた)に30分ほどレクチャー。繊細で稚気のある(フェンシング
の試合の場でガートルードに向かって「マーマ!」)魅力的なミローノフのハムレッ
トが、いかにハナから死に魅入られているか。それは、最初の亡霊との出会いの場で
白光を浴びてすっぽり亡霊に抱き取られるところ(ドキッとした)から、幕切れでハ
ムレットの亡骸に亡霊がまとっていた白布をかけてやるところまで、また、墓場の場
で、まるで頬ずりでもするかのようにヨリックのしゃれこうべを自分の頭に寄せる仕
草などに如実に表されていること。父と息子の絆の強さ。内憂外患の芝居である『ハ
ムレット』からノルウェイとデンマークの確執からフォーティンブラスまでをすっか
り省くことによって、シュタインは「内憂」のみの芝居に仕立てたこと、などを話す。

9月7日(土)
中学の同期会に30分だけ顔を出して(なつかしい顔々、担任の泉先生にも会えた)
『ハムレット』初日へ。ディスコの場の女性が上半身ハダカになっているのにはびっ
くり(もっとあとになって見た人から聞くと、二人が一人になり、しっかりジャケッ
トを着てるというふうに再変更したらしい)。終演後、マエストロで打ち上げパーテ
ィ。シュタインさんは劇中劇をオペラにしたが(劇中の王妃役は女性ではなくカウン
ターテナーであることが判明)、「なぜ?」と尋ねたところ、黙劇と台詞劇の両方をや
ると長くなる、両者を一つにまとめるにはオペラしかないでしょう、という返事。な
るほど。朝日新聞の山口宏子さん、演劇ライターの谷田尚子さんと近くの居酒屋でち
ょっと飲んでちょっと食べて大いにおしゃべり。

9月8日(日)
オーチャードホールで『フィガロの結婚』を見る。素晴らしい。リチャード・エアの
演出だけあって、極めて演劇的。

9月9日(月)
文化庁に書類を届けたあと、長官室をのぞいたら河合さんがいらしたので一時間ほど
おしゃべりする(読売新聞の「日記から」に書かれちゃった。「駄洒落の応酬」とあ
るが、こちらは辛うじて一矢むくいたのみ)。『ミマン』十二月号の鼎談のため渋谷へ。
シアターコクーンの前で蜷川さん、松井今朝子さん、担当編集者の友野さん、カメラ
マンの南さんと助手さんらに会い、まずは写真撮影。会議室へ移動して鼎談。盛り上
がる。私は常々、シェイクスピアのアイアンビック・ペンタミターは、歌舞伎の七五
調と同じく台詞を覚えやすくするという目的・効果もあるのではないか、と密かに思
っていた。いい機会なので松井さんにうかがってみたところ、「ああ、そうかもしれ
ません、目から鱗」というお答え。いろいろと収穫のあった鼎談だが、これもその一
つ。話は尽きず、カフェ・ドゥ・マゴで食事をするあいだもテープは回る。オフレコ
の話が続出。9時半ごろお開き。

9月10日(火)
東急セミナーBEの清水さん来宅。受講者のみなさんのアンケートをコピーして持っ
てきてくださる。

9月11日(水)
コクーンでベルリナー・アンサンブルの『リチャード二世』を見る。これまで見てき
た『リチャード二世』のなかで最高の舞台。白と黒に統一したスタイリッシュな舞台
は、後半にいたり、泥とガラクタまみれになる。舞台に転がる死体が幕開きと幕切れ
に繰り返される(最初はおそらくグロスター公爵のそれ、最後はビニールをかぶされ
たリチャードの亡骸)。歴史は片付かないもの、歴史上の汚点は消せないものだと痛
感させられる。大胆なテキレジ。一瞬一瞬が鮮烈なイメージとなって脳裏に焼きつく
(アイルランドから帰国したリチャードの背後のスクリーンに、戦火の煙が立ち昇っ
ているといった小さな一景にいたるまで)。王とその取り巻きが興じるビリヤード、
シャンパンの瓶が並び、退廃的な雰囲気。ジョン・オヴ・ゴーントとのちにヨーク公
爵夫人が坐る車椅子の効果的な使い方。舞台下手の壁に取り付けた水道がなんと様々
な場面で活躍することか(王位に就いたあとのボリングブルックがホースで壁の落書
きを必死で消そうとしたり)! もともと影の薄いキャラクターである王妃イザベラ
だが、「影の薄さ」そのものを強烈な存在感をもって描くという逆説を可能にしてい
る。すごい。感受性が鋭く、思いやり深い人物という造形。リチャードのホモセクシ
ュアリティをほとんど消してあるので王と王妃の愛が際立つ。
Down, down I come.の場、細い頼りない黒い梯子を降りてくるリチャード(14日の
ポストトークで聞いたのだが、メルテンスさんは高所恐怖症なんだって!)、鏡を無
造作にポイ、ガチャンとやる絶望。
だが、なんと言っても圧巻だったのは、王座を追われたリチャードがロンドン塔へ向
かう場面(第五幕第一場)。リチャードに向かって上手下手から泥玉と空き缶がバン
バン投げつけられる。彼は両腕で頭を覆いながら歩いてくる。壁も彼の背中も泥まみ
れになる。かわいそー。イザベラは下手舞台前の片隅で新聞を読みながら彼を待って
いる。イザベラの真っ白なドレスも泥まみれ(毎日の衣裳の洗濯が大変なのだそうだ)。
5月にベルリンへ行き、芝居を見て、「ここではトンガッタ舞台じゃなきゃ誰も見向
きもしないらしい」と思ったものだが、このRIIを見て、改めてそう思った。また行
くぞ、ベルリン。それにつけてもベルリナー・アンサンブルの来日はこれっきりにし
て欲しくはない。

9月12日(木)
新国立劇場で『椿姫』を見る。ひどい。ダサい。日本人の歌手よ、まず姿勢をよくし
ろ。歌手である前に、とは言わないが、役者たれ。『フィガロの結婚』の歌手たちを
見習え。みんな優れた歌手・役者じゃないか。

9月13日(金)
ようやく『東京人』のための『似せ者(にせもん)』の書評を書き終える。

9月14日(土)
10時15分から11時15分まで新国立劇場・中劇場のロビーで「ちば演劇を見る会」
の方々を前に『ハムレット』についてレクチャー。1時から2時半まで朝日カルチャ
ーで串田和美さんと対談。その足でシアターコクーンへ。『リチャード二世』を見た
あと、ポスト・パフォーマンス・トークの司会。演出のパイマンさん、ドラマトゥル
グのユタ・フェルベルスさん、リチャード二世役のミヒャエル・メルテンスさん、グ
ロスター公爵夫人・ヨーク公爵夫人役のカルメン=マヤ・アントニさん、ボリングブ
ルック役のファイト・シューベルトさんらも参加。パイマンさんは雄弁で、話し出し
たら止まらない。通訳さんは大変だった。泥玉の土は日本の土で、役者みんなして舞
台裏でおだんごにしてるのだそうだ。ドイツの土より日本の土のほうがまとめやすか
ったとか。オーマールが壁に大きく「RII forever Boling」(王冠マークも)と書く
シーンは偶然稽古中に生まれたそうだ。白塗りのメイクはサーカスのクラウンのそれ
で、リチャードが時間の経過とともに白塗りが剥げて素顔になってゆくのに反比例し
て、ボリングブルックはどんどん圧塗りになってゆくということも確認。いろいろと
面白い話が聞けて、司会者としても大満足。大勢残ってくださったお客さんの笑顔か
らも満足感がうかがえた。
終ってからゲーテ・インスティチュートのペトラさんのお宅へ。話題の一つ。ペータ
ー・シュタインの『ハムレット』ではガートルードとオフィーリアが、クラウス・パ
イマンの『リチャード二世』では王妃イザベラが、やたらに気絶する。ヨーロッパ・
アメリカの上流階級の女性がきついコルセットを締めていた時期、彼女たちはしょっ
ちゅう気絶していたと聞く。気絶は「女らしさ」のアピールでもあったのだ。
「(シュタインとパイマン)演劇観は違っても女性観は同じなのね」とペトラさんも
いたずらっぽく笑う。
津の太田さん来宅。彼は今日『bash』を明日『リチャード二世』、月曜に『ハムレッ
ト』を見る予定。

9月15日(日)
豊洲のダイジョースタジオで『マクベス』の稽古を見る。大竹さんは新藤兼人監督の
『ふくろう』の撮影が終ってから参加。28日ごろになるそうだ。再演だけあって、
蜷川さんの演出が精緻になっている。魔女役は松下さんが抜けて梅沢昌代さんが入っ
ている。でも、初演で松下さんがやった魔女一は、今回は神保さん。唐沢寿明さんの
マクベスは相変わらずほれぼれするほどいい。彼もテレビがあって明日から当分お休
みだそうだ。

9月17日(火)
『マクベス』NY版のためのサブタイトル(字幕)原稿をようやく仕上げる。きのう
はもう一度ペーター・シュタインの『ハムレット』を見る予定だったのだが、それも
キャンセルして一日中ぶっ通しでコンピュータに向かってた。今日、午前中に第五幕
を終え、へろへろ状態でダイジョースタジオへ行ってみると(これだけ働いたんだか
ら少しは自分を甘やかしてもいいだろうと豊洲からタクシー)、もう稽古は終ってた。
ガックリ。唐沢さんもしのぶちゃんもまだ出てこられないので「やることなくなっち
ゃった」とは蜷川さんの弁。スタジオではミュージシャンの録音が始まったので、ほ
とんどUターン状態で栗田さんの車に乗せてもらって豊洲駅へ。栗田さんはすぐさ
まサブタイトル原稿をBAMにメールしてくれるはず。「パンフレットの原稿はいつ
いただけますか?」ときた。はいはい、すぐやります。

9月21日(土)
欧日舞台芸術交流会の『マクベット』の稽古を見に行く。カラミトルさんの演出、冴
えている。今回、舞台美術は小竹信節さん。助手さん二人と一緒に登場。10月2日
に俳優座のアトリエで12:00から公開ゲネをやるので、ご覧になりたい方はどうぞ。
蜷川新『マクベス』プログラム用原稿の仕上げは明日にしてもう寝ようという時にな
って、村上春樹の新作『海辺のカフカ』上巻を読み始めてしまう。面白くてやめられ
ない。こうなったら本気で読もうとベッドから出て、隣りの部屋を覗いたらまだ明か
りがついていて、泉もベッドの中で下巻を読んでいる。顔を見合わせてニヤ。泉も起
き出してきて、下の居間で。とうとう朝6時に読了。それから寝る。

9月22日(日)
庭の彼岸花が満開になった。
新国立劇場大ホールでローラン・プティ振付・演出の『こうもり』を見る。
『マクベス』プログラム用原稿を書き終えて、栗田さんにメールで送る。

9月23日(月)
キンモクセイの匂いが空気を染めている。スイセンの球根を植える。
俳優座劇場でこんにゃく座のオペラ『十二夜』を見る。オペラにふさわしい芝居だと
改めて思う。カフェに入って『海辺のカフカ』下巻の続きを読む。読了。好きだ。
六本木で真田広之さんのMBE叙勲をお祝いするパーティ。

平成14年9月(その1)
8月30日(金)―31日(土)
新幹線で名古屋へ、そこから近鉄に乗り換えて三重県の津へ。グローブ座カンパニー
「子供のためのシェイクスピア」『ヴェニスの商人』の大楽を見るのが目的。津の駅
に太田智子さんが出迎えてくれる。タクシーで太田歯科医院へ。太田夫妻は、私が東
京医科歯科大学に着任した年の一年生だった。ついでに歯を診てもらう。このままの
状態を維持すれば、80歳になっても入れ歯はいらないと言われ、ニコニコ。太田く
んの運転でフレンチ・レストランへ、それから劇場へ。満席。いい舞台。終演後の打
ち上げには太田夫妻も参加。この上演の大きな力になってくれた地元の女性たちの
NPOメンバーも。「子供のためのシェイクスピア」を続けて、という熱いエールをい
ただく。私も挨拶。「幕切れで『さあ、出発だ』とみなさんが言ったあと、全員で船
を漕ぐ仕草をしながら舞台を巡りますが、オフィシャル・サポーターである私もその
船に乗せてください!」
ホテルに戻って「部屋飲み」(こういう言い回しがあるのを初めて知った)。山さんの
部屋に集まったのは田中浩司さん、戸谷さん、山さんのマネジャーの内藤さん、グロ
ーブ座制作の峰岸さん、樋口さん、私の7名。午前4時まで話し込む。
翌朝10時ちょっと過ぎ発の列車に乗る。ほとんど寝てないので頭がボー。
東京着。一旦帰宅(荷物が結構重かったので)。4時から東京グローブ座のお別れ会。
7時、四谷三丁目の消防署前に扇田門下生の有志集合。『マクベス』のリーディング。
ひと幕ごとにキャストを変えて読む。料理よし、ワインよし、大いに盛り上がる。

9月1日(日)
ベニサン・ピットでTPTの『bash』を見る。夫、妹とその娘と一緒。秋山奈津子さ
ん、千葉哲也さんが素晴らしい。千葉ちゃんの男っぽい色気に感嘆。終演後、泉も加
わり、森下駅近くの「京金」でおいしーいお蕎麦を食べる。泉のデザインGOOD。

9月2日(月)
銀座みゆき館劇場でライミングの『イースト・イズ・イースト』を見る。
松本佑子さんに会う。

9月3日(火)
PARCO劇場で『おかしな二人』女版と男版を見る。あいだに東武ホテルで腹ごしら
えをしたのだが、女性用トイレでYOUさん。思わず話し掛けてしまった「YOUさ
んですね、このあいだ『アチャラカ再誕生』見ました。」
女版のほうがいい。小林聡美、小泉今日子ほか、息が実によく合っている。フィリッ
クスとフローレンスは共に「過剰なまともさ」が問題、という人物なのだが、陣内さ
んのフィリックスのほうはハナから奇人・変人になってしまっている。男女どちらの
ヴァージョンでも、サイモン劇の例にもれず3分ごとに大笑いしたけれど。

9月4日(水)
我が家のソーラーシステムがいよいよ稼動開始。東電との契約。契約書のうえでは、
我が家は「松岡陽一太陽光発電所」とか言うらしい。
『マクベット』の稽古場へ。カラミトルさんと再会。キャストのほとんどが去年の『ヴ
ェニスの商人』と同じ。シャイロックをやった中野誠也さんは、今度はダンカン役。
1998年の暮れ、リウマチ熱でぶっ倒れたときお世話になった銀座内科診療所の九鬼
さんからのメール。患者さんの一人がロンドンのグローブ座で『十二夜』を見たとき、
展示室にいろんな展示物と並んで『絵本シェイクスピア劇場』が飾ってあるのを見つ
けたそうだ。『十二夜』のページが開いてあったんですって! 嬉しい。それと同じ
くらい嬉しいのは、九鬼さんが『絵本シェイクスピア劇場』を診療所の待合室に置い
てくださってること。

9月5日(木)
新国『ハムレット』ドレスリハーサル。二部を見てから英国大使館へ。真田広之さん
のMBE叙勲式&パーティ。嬉しや、和田誠さんと再会。平野レミさんとご一緒だっ
た。自己紹介して「マシュー」の番組のお料理コーナーを楽しんでること等々を話す。
英国大使の見事な日本語のご挨拶には、蜷川さんの叙勲のときも感嘆の溜め息が出た
が今回も。終ってから山口猛さんとダイアモンド・ホテルのラウンジでおしゃべり。

平成14年8月(その3)
8月15日(木)
新宿梁山泊『吸血姫』を新宿花園神社で見る。久しぶり。唐さん、シモンさん、あん
ぽさん(唐芝居の音楽を数多く手がけている)など、ゆかりの人が大勢。舞台も唐組
と梁山泊の合同公演のおもむきあり。

8月16日(金)
JIS企画の『今宵かぎりは』を下北沢、本多劇場で見る。岡本健一くん、新国立劇
場での初演よりレベルアップ。

8月19日(月)
シアターコクーンで蜷川演出の『夏の夜の夢』を見る。劇場に一歩足を踏み入れ、ま
だ無人のまま静かに光を浴びている竜安寺石庭ふうの装置を見たとたん、イケる!と
思う。私は、ベニサン・ピットでの初演以来、この作品を東京グローブ座、イギリス
のプリマス、さいたま芸術劇場などで見てきたが、舞台のたっぱ、間口、奥行き、客
席との関係など、どれをとってもコクーンはベストだ。ティターニアがロバ化したボ
トムや妖精たちとともに、七色の光に包まれて正面奥へ引いてゆくときの幸福感、あ
まりの美しさに涙が出てきた。別種の涙を誘われたのは、四人の恋人たちが、森での
てんやわんやの果てに疲れきって眠るところ。蜷川演出では、一人一人がばらばらに
寝かされるのだが、こういうステージングは他に類を見ないと思う。それぞれの孤独
感が痛いほど伝わってくる。この芝居のテーマは「愛の回復」だが、「回復」を描く
ためには、まずそれがどれほど「壊れて」しまったかを描かねばならないはず。蜷川
さんはそれをしっかり描いている。東急セミナーでも言っていらしたが、このシーン
にはずいぶんこだわったそうだ。


8月20日(火)
新橋演舞場で『アテルイ』を見る。傑作である。戯曲、演出、キャスティング、舞台
美術、禁欲的にレーザー光線を使った照明、そしてヘア・メイク(ドーランの色、目
張りの入れ方などで『アテルイ』世界に共通する「顔」のベースを作り、その上で個々
のキャラクターの個性を表現)から衣裳までが、これほどぴたりと決まった舞台は稀
有だと思う。100%のエンターテイメントであり、カタルシスそのものの劇なのだが、
それを更に超えたもの、突き抜けたものがある。幕切れで「ねぷた」が現れたときに
は滂沱の涙。そして厳粛な気持ちになる。古今の、そして東西南北の少数民族はみん
なこういう風にヤラレてきたのだ、と思わせられるからだ。全体に漂う品格、洗練。
それにしても市川染五郎と堤真一の素晴らしさ。切れのいい動き、すきっとした立ち
姿、爽快ですらある見事な口跡、かっこよさ、なんとも言えない愛嬌。どれをとって
も惚れ惚れさせられる。水野美紀、鈴鹿という役のために現れたような女優。西牟田
恵、これまで見てきた彼女の芝居で最高の出来だ。『アテルイ』は美しく、凛々しい
芝居だ。豪胆にして優雅。中島・いのうえコンビだから、もちろん笑いもある。出て
いる役者みんなに見せたい舞台だ。あなたたちはこんな素敵な芝居を創ったのよ、と
(終演後、楽屋を回ったとき、植本潤さんには直接そう言ったけど)。

8月22日(木)
原宿クエストホールでイッセー尾形と桃井かおりの二人芝居を見る。イッセーさんと
桃井さんの二人で書いた四つの男女関係が、例によって舞台上で衣裳を替えて描かれ
る。お見事。プロレスラーと人妻(これには三人目の人物あり、人妻の夫。客には見
えない。「二人芝居」がふくらむ)、高校生のカップル(学生服とセーラー服の高校生
が、痴話喧嘩をしているうちに、その姿のまま時間の早や回しで中年男女になってゆ
くようなおもむきあり)、どこかの海をクルーズしている客船に乗り合わせた芸人
(男)と日系二世みたいな女、それぞれ子連れ離婚した男女(トリュフォー監督の映
画『男と女』を想起させる。そこは男の家。隣室に子供たちを寝かせ、幼稚園だか保
育園だかのお楽しみ会用の寸劇を二人で稽古するという設定。トラとブタのお面を手
にして。すごーくエロティック)。終演後、ロビーで演出の森田雄三さん、制作の森
田清子さん、イッセーさん、桃井さん、ヨネスケさんらと歓談。彼らの二人芝居に大
きな可能性を感じる。いい一晩。

8月23日(金)
ヨーガン・レールの風呂敷展に寄せる文章を書き上げて、プレスの高嶺さんにメール
で送る。夕方、実家へ。新潟りゅーとぴあの山本さんが枝豆を送ってくださったので、
お裾分けも兼ねて。新潟の枝豆(茶豆)サイコー。

8月24日(土)
東急セミナーBE「シェイクスピアを120%楽しむ」の最終回は、蜷川さんへの公開
インタヴュー。『ペリクリーズ』の第四幕をなんとかして訳了し、その前に蜷川さん
に渡したいと、このところ日夜がんばったのだけれど、あと110行を残すところで時
間切れ。でも、A4の紙にプリントアウトして14ページは渡せたから、ま、よしと
するか。インタヴューのメモを作り、念のため『夏の夜の夢』のパンフレットもバッ
グに入れて、6時少し前にセルリアンタワーへ。
「このあいだお嬢さんに会ったよ」「あ、泉も言ってた、ベニサンの駐車場ででしょ?」
「そう、ヘルメットばっとはずした顔みたら、おおっ!」
そうです、泉はポンコツバイクで酷暑のなか毎日ベニサン通い。
セミナーは、蜷川さんがいつものようにびっくりするくらい率直にいろいろ話してく
ださり、聴講生の満足度ががんがん上がっていくのが分かる。終ってから、一階のラ
ウンジでコクーンの渡辺さんと三人で一休み。加代ちゃんのときもいらしてた大阪の
お嬢さん二人、蜷川さんを「張って」た。感動的と言っていいほどの熱意だ。蜷川さ
んももう顔なじみらしい。

8月26日(月)
原宿ラフォーレミュージアムで空飛ぶ雲の上団子郎一座の『アチャラカ再誕生』を見
る。笑った笑った。三谷幸喜さんが終始一貫あのポーカーフェイスで素晴らしい演技
を見せる。これ、是非つづけてほしい。

8月27日(火)
やっとのことでハムレットについての原稿を書き上げ、ユニオン・パブリケーション
ズの佐藤さんにメールで送る。新国立劇場で9月7日からペーター・シュタイン演出
の『ハムレット』が上演されるが、これはそのパンフレットに載せるもの。ぎりぎり
もいいとこだ。新国のパンフ用原稿は一度落としてる(岩松さんの『「三人姉妹」を
追放されし・・・』)。前科一犯だから、今回は死んでも間に合わせなきゃならないのだ
が、いつもの例に漏れず手間取った。タイトルは「ハムレットの思考パターン」。こ
の人物が驚き呆れるほど様々な場面で様々な「比較をする」ことに気づいたのでそれ
について書いたのだ。まず時間がかかったのは、その「現場」を抑えてノートに書き
出すこと。原稿の中で列挙した以外にももっとある。いずれこの原稿をふくらませ、
ハムレットの「比較癖」の意味合いについても更に突っ込んだものを書かねばならな
い。
そんなわけで、日本劇団協議会10周年記念のパーティは欠席。開会は4時だから、
無理をすれば途中からでも顔を出すことは出来たのだが、その無理をする気力が出な
かった。すみません。
夜は、シアターXで水と油の『SOUP』を見る。ミステリアスでおかしい。そもそも
彼らが神楽坂のセッションハウスでやったこの作品のヴィデオを見て、グローブ座春
フェスに是非参加してもらいたいと思ったのだった。水と油の斬新さは数々あるが、
黒い山高帽の四人のメンバーが黒子の働きをする点もそのひとつだと改めて思った。
泉は今夜TPTに泊まり。『イースト・イズ・イースト』もベニサンのスタジオのひと
つで稽古をしているので、『BASH』の仕込みの終ったピットとのあいだを行ったり
来たりしているらしい。

8月28日(水)
メジャーリーグから『ハムレット』の上演台本、チラシ、予定表が届く。ハムレット
(安寿ミラ)、ホレイショー(旺なつき)以外は全員男性が演じる。ポローニアスも
クローディアスも歌う(!)のだ。どんな『ハムレット』になるんだろう。

平成14年8月(その2)
8月7日(水)
炎天下、赤羽の国立国語研究所へ。「外来語」委員会に出席。この日が第一回。
夜、8時半ごろから夫と明大前駅から下高井戸駅までの線路沿いの道とその近辺を歩
く。モルトとおぼしき猫を見かけたとの情報が泉の携帯に入ったのだ。私が国語研究
所に行ってるあいだに、夫はすでに自転車で見回ってくれた。

8月8日(木)
熱暑の一日。『ペリクリーズ』の訳は第四幕に入る。
9時半ごろ夫と一緒に家を出て、再び明大前から下高井戸へ。「山猫亭」という喫茶
店と「より道」という居酒屋さんににモルト捜索のポスターをはってもらう。山猫亭
のお客さんから、その近所の公園によく猫が集まってると聞いたので、帰りに寄って
みたけれど、今夜は猫の気配もなし。おーい、モルト、この辺にいるのかい? ます
ます『ノラや』の内田百關謳カの心境になってきた。

8月9日(金)
燐光群の『チャーリー・ヴィクター・ロミオ(CVR)』の追加公演を夫と一緒に見る。
夫は昔YS11の設計をしていたので興味があるんじゃないかと思い、誘ったのだ。
CVRとはCockpit Voice Recorderの頭文字。ザ・スズナリは超満員。スチュワデス
に扮した三人の女優が救命胴衣の説明をし、そのなかに劇場では昨今おなじみの「携
帯電話は使わないで」のアナウンスをさりげなく挟み込む(うまい!)。この一種の
プロローグはアメリカでのオリジナル公演にはなかったそうだが、これが一気に観客
を乗客の立場と気分に誘い込む。取り上げられているのは6件の事故。いずれも墜落
のその時までCVRに収められた機長らの必死の会話が、途切れないエンジン音とと
もにそのまま再現される。音と会話が突如の暗転と同時に途切れることがクラッシュ
を表す。迫力そのものの舞台。役者たちがホンモノのフライト・クルーに見えてきて、
カーテンコールのときには拝みたくなったくらい。このところ坂手さんはほんとにい
い仕事をしている。
夜は初台のアジアン・パームで暑気払いの会。演劇評論家の扇田昭彦さんは、非常勤
講師として早稲田大学で教えていらしたことがあるが、当時の学生と「友達の輪」の
有志が年に何回かあれこれ口実を設けては集まるのだ。大いに盛り上がる。今回扇田
さんは、高校演劇全国大会の審査のため欠席。

8月10日(土)
午後3時から世田谷パブリックシアターで『間違いの狂言』グローバルヴァージョン
を見る。上手下手の電光掲示板に英語の台詞が出る。ロンドンのグローブ座でもこん
なふうだったのかと、その様子を髣髴とさせる。初演のときより全体に「締まった」
感じ。込み入った話もより明快になり、笑いのつぼも決まっている。作者の高橋康也
さんのご一家もお揃いで客席に。高橋さん、さぞご覧になりたかっただろうな。能や
狂言の新作は次々に作られているけれど、そのうち残るのはどれくらいあるだろう。
『法螺侍』(やはり高橋さんが『ウィンザーの陽気な女房たち』をもとにお書きにな
った)と『間違いの狂言』はきっと残ると思う。
5時から野村萬斎さんの世田谷パブリックシアター芸術監督就任を祝うパーティ。萬
斎さんの挨拶を聞いてからそっと抜け出す。
6時半から渋谷セルリアンタワーで「シェイクスピアを120%楽しむ」の第二回。白
石加代子さんと能舞台で『夏の夜の夢』を中心にトーク。途中でティターニアがオー
ベロンと出会うところを演じてくれ、最後には『源氏物語』から「六条御息所」のく
だりを読んでくれた。加代子の多面的な魅力に聴講のみなさんがうっとりしているの
が舞台から「目に見える」。フロアから沢山質問が出たのもうれしかった。終って楽
屋で休んでいると、「白石さんにご面会」とのこと。若いお嬢さんが二人。二人とも
はるばる大阪からいらして、一人はすぐ新幹線で、もう一人は夜行バスで帰るのだそ
うだ。感動。こういうお客さんが芝居を支えてくれてるのよね。加代ちゃんの発案で、
高木町の中華料理店・虎萬元へ。夫君・深尾さん、プロデューサーの笹部さん、
Bunkamuraの渡辺さん、私の五人。『リチャード三世』をやってたとき、エリザベ
ス役の有馬稲子さんが市村さんと私をここに招んでくださったことがある。インテリ
アが渋くおしゃれで料理は抜群。ことに黒酢のたれをからめた独特の酢豚は絶品だっ
た。うーん、世の中にはまだまだ食べたことのないおいしいものがあるもんだ。

8月11日(日)
今日も酷暑。いとこ煮(カボチャと小豆の甘辛煮)を作り、それと、浜田山の神戸屋
で買ったバターフランスその他を手土産に実家へ。夕方までいて、母と妹と一緒に食
事。お寿司をごちそうになる。

8月12日(月)
公明新聞への『ガートルードとクローディアス』の書評原稿、たった700字なのにま
だ書けない。締め切りはとっくに過ぎている。

8月13日(火)
『ガートルードとクローディアス』の書評、どうにかお昼前に上げてメールで送る。
メール様々だ。
夕方4時半に新宿ワシントンホテルのロビーで安野光雅さんと妹と待ち合わせ、お蕎
麦を食べてからタクシーで練馬文化センターへ。こまつ座の『太鼓たたいて笛ふいて』
をもう一度見る。安野さんは数々のこまつ座のポスターを描いていらっしゃるのに、
舞台をご覧になる時間がなかなかなくて、久しぶりだそうだ(ただし今回のポスター、
チラシ、プログラムの表紙は和田誠さん。林芙美子の自画像をもとにしているが、顔
は大竹しのぶ。安野さん曰く「うまいねえ、なかなかこうは描けないもんだよ」)。サ
ザンシアターとは劇場の条件が違うので芝居が変に変わってたらいやだなと思った
のだが、そんな心配は無用だった。安野さんも妹も大感激。終演後、楽屋へ。みんな
に「また来ちゃった」。安野さんをしのぶちゃんに紹介する。しのぶちゃんのところ
では親子そろって安野さんの絵本のファンだそうで、彼女のほうから握手を求めてい
た。かわいい。

8月14日(水)
ホリプロの栗田さんから電話。蜷川新『マクベス』のチケット、発売当日に完売だそ
うだ。すごい。でも電話の主題(?)はそのことじゃなくて、ニューヨーク公演のた
めの英語字幕原稿を早く仕上げろというハッパ。これまでの蜷川作品のイギリス公演
では字幕もイヤフォンガイドもなしでやってきたのに。いくら日本語での上演とは言
え『マクベス』に字幕が必要だとは、アメリカ人は怠慢だ。
『英語青年』高橋康也さん追悼号のための原稿書き。昨日入った編集の津田さんから
のメールによれば、まだ書いていないのは私ともう一人だけなんだそうだ。トホホ。
その一人が誰だか知らないけど、勝手に熱い熱い親近感を覚える。それにしてもどう
して私はいつもお尻に火がつかないと書けないんだっ。我が身がいまいましい。
午後2時、新国立劇場制作の井上さんと朝日解説の幕内さん来宅。ペーター・シュタ
イン演出『ハムレット』のイヤフォン・ガイド用テキストの最終的な詰めをする。
午前2時半、ようやく高橋さんへの追悼文を書き終え、メールで送信。

平成14年8月(その1)
8月1日(木)
朝日カルチャーセンター、「翻訳家と読む『ハムレット』」の8回目。「尼寺の場」を
読む。前回(To be or not to beの独白)はノリすぎて30分も余計にしゃべっちゃっ
たので、今回は時間に注意。オフィーリアがハムレットに対して言っていることが、
いかにプロンプター・ポローニアスによって予め入れられた「台詞」であるかという
ことを中心に話す。Rich gifts wax poor.でもrichとpoorという反意語を使ってる点
も前もって作られた感じ、ということもしゃべってるうちに気づいた。松たか子の「私、
それ、親に言わされてると思ってやってます」のひと言が何と遠くまで私を運んでく
れたことか!
泉は今夜TPTに泊り込み。昨日デヴィッド・ルヴォーがワークショップのために東
京入りして、すごくいいアドヴァイスを山ほどしてくれたらしい。

8月2日(金)
『ミマン』の連載「小屋はワンダーランド・シェイクスピア編」今回はマクベス夫人
のことを書くつもりなんだけど、あれこれ考えてまだ「初めの一歩」が踏み出せない。

8月3日(土)
夫は今日から歌の会の合宿。10月のおさらい会に向けて。
朝9時からソーラーシステムの取り付け工事。午後4時半には完了。
6時半から8時まで、渋谷セルリアンタワーで東急セミナーBE「シェイクスピアを
120%楽しむ」と題した講座で『夏の夜の夢』について話す。第一回は私のヴィデオ
つきレクチャー、第二回は白石加代子さんとの対談、第三回は蜷川幸雄さんとの対談。
そのあいだに受講生はシアターコクーンで蜷川演出の『夏の夜の夢』を見る。観劇と
講座がセットになった企画で、わりと早いうちに定員に達したようで嬉しい。みなさ
ん、とても熱心に聴いてくださり、またしても危うく時間オーバーになりそうだった。
受講生のなかに医科歯科大学時代の学生さんのお母様がいらした。

8月4日(日)
『ミマン』の原稿まだ書けない。『アテルイ』は諦めざるを得ない。午前中にその旨
新橋演舞場にファックス。うえーん、しくしく。
午後、母と姪がやってくる。実家と離れの妹の家でバルサンを焚くので、一時避難。
納豆そうめんをふるまう。最近めっきり出不精になった母だが、思い切って来てよか
ったと言ってくれた。うれしい。
原稿、明け方まで頑張ったが、書き終えられず、担当編集者のTさんに「ちょっと寝
ます」とファックス。

8月5日(月)
夕方4時半ごろ、ようやく原稿書き終えてメールで送信する。難渋したけれど、これ
を書いたおかげでマクベスと夫人に関してひとつ発見あり。マクベスが夫人への手紙
のなかで彼女をmy dearest partner of greatness(私の訳では「いとしいお前は大い
なる地位を共にすべき伴侶」)と呼びかけているが、partner(s)という語を『シェイク
スピア・コンコーダンス』で調べたところ、こう呼ばれる対象はほとんどが男性で、
「相棒、同志、同僚」という意味で使われていることが分かった。マクベスにとって、
妻は男なみの同志だということ。
夫が合宿から戻る。

8月6日(火)
炎天下を清澄公園ちかくのヨーガン・レールのオフィス/ショウルームへ。ほんとは昨
日行くはずだったんだけど、『ミマン』の原稿が書けないので今日に延ばしてもらっ
たのだ。レールさんが「風呂敷」をデザインしたので、プレス用の原稿を書くために
見せていただくのが目的。いつものように食堂でお昼をご馳走になる。レールさんや
プレス担当の高嶺エヴァさん、デザイナーの松浦さんたちと一緒に。愛犬のリウ(ラ
ブラドール・リトリーヴァー)と彼のお嫁さんになるプードルのビワちゃんもテーブ
ルのあいだを好きに歩き回っている。ビワに「お前、ほんとに犬かい?」――だって、
どこから見ても真っ黒な子羊なんだもの。この食堂は、雰囲気、料理、食器(レール
さんのデザイン)など何を取ってもどこのヴェジタリアン・レストランより素晴らし
い。ご飯の赤米はレールさんが沖縄で栽培したもの。食後には冷たく冷やしたレモン
グラスのお茶。「おいしい、おいしい」と感激してたら、レールさんが「あげようか」
と言って奥から一束つかんで持ってきてくれた。ぐりぐりっとダイナミックにかっこ
よくまとめてくれる。あっと驚く風呂敷の数々を見せていただいてからショウルーム
へ。秋冬ものの新作やアクセサリー、陶器などを見て思いっきり遊んでしまう。
夜は青山円形劇場で文学座ファミリーシアター『アラビアンナイト』を見る。
円形空間を生かした舞台装置(島次郎さんのデザイン。白木の板をはぎ合わせた中央
の円盤を、ほぼ360度観客が取り囲む)、白を基調としたシンプルかつ一点豪華主
義の衣裳(出川淳子)、生演奏の音楽、歯切れのいい翻訳(鴇澤麻由子)、アンサンブ
ルのよくとれた演技――何もかも文句のつけようがないくらい最上級の出来だ。演出
は高瀬久男さん。エピソード毎にがらりと趣向を変え(いかにもアラビアンナイトら
しい仕立てからポップな現代風、人形を使ったり、仮面劇にしたり)子供たちも大人
もぐいぐいと物語のなかに引き込んでゆく。それにしても文学座の役者さんて、なん
て芸達者なんだ! ヴァイオリンを弾く、ハモニカを吹く、ギターを奏でる、プロの
歌手も裸足で逃げ出すほどの歌を聞かせる。去年ライミングの『十二夜』でうっとり
するようなヴァイオラを見せてくれた山田里奈さんがシャハラザード(目黒未奈、賢
く色っぽく、凛々しく素敵な語り手)の妹ディーナザードその他をやっている。ほく
ほく嬉しくなるくらい美しく可憐。「アリババと四十人の盗賊」で女奴隷のモルジア
ーナをやった名越志保さんの深みと艶のある声はいまも耳に残る。それから、それか
ら、ああ、じれったい、要するに全員いいんだ、すごいんだっ!
台本(イギリスのドミニク・クック)は、物語=芸術が人間の闘争や非道さに勝利し、
生き延びるという祈りにも似た信念に貫かれている。その祈りに打たれ、幕切れには
滂沱の涙。だいたいどのお話も、男より女のほうが賢明だというふうに出来ているの
も面白い。「子供のためのシェイクスピア」もそうだけれど、「子供のため」という姿
勢はあなどりがたい結果を生む。

平成14年7月(その2)
7月17日(木)
蜷川さんに『ペリクリーズ』第四幕を郵送。住所を確かめるために演出助手の井上さ
んの携帯に電話した。大阪で『オイディプス』の仕込み中だそうだ。蜷川さんは目下
映画の撮影。
夜は泉と一緒に東京グローブ座で「子供のためのシェイクスピア」の『ヴェニスの商
人』を見る。伊沢磨紀ちゃんのシャイロック、不思議なくらい違和感がない。彼女は
ロレンゾーもやっている。ジェシカの父親と恋人を同じ役者でやると、彼女の気持ち
の引き裂かれ方がよく分かるという効果あり。第五幕の冒頭のIn such a night…のと
ころにこれまでの「子供のためのシェイクスピア」の登場人物をもってきたり、ラス
トで「みんなの旅立ち」をさせたり――カンパニー全員の休場するグローブ座への愛
惜の情がこもる。それと同時に、これからも彼らのシェイクスピアの旅は続くという
意志も伝わってきて、感無量。終演後、ロビーで乾杯。

7月18日(木)
朝日カルチャーセンター。『ハムレット』の通算7回目。第三幕第一場、To be or not
to be…独白の終わりまでを読む。ヴィデオはBBC(デレク・ジャコビ)、リチャード・
バートン、オリヴィエ、ケネス・ブラナー、真田広之。

7月19日(金)
紀伊国屋ホールで泉と一緒にナイロン100℃の『フローズン・ビーチ』を見る。素晴
らしい。四人の女優さんたちの力量と魅力には、うなる。

7月20日(土)
フリーライターの森絹江さんと豪徳寺で会う。彼女は『アエラ』の「現代の肖像」で
永井愛さんについて書くために取材中で、私の話も聞きたいと・・・。ライミングの『十
二夜』(フェステ訳)や『ヴォートリンの犯罪』に出演した森アキちゃん(ハスキー
な美声の持ち主)のお母さんであることが分かり、びっくりすると同時に一気に親し
みが湧く。後半、ドトール・カフェからピコン・バーに河岸を移す。マスターに「シ
ュークリームを食べたいから、それに合うカクテルを」と注文したら、ウォッカ・ベ
ースのメロン・ボウルとパッションフルーツ・ボウルを作ってくれた。おいしかった。
無理難題と思っても、言ってみるもんだ。シュークリームだけでなく、ここのケーキ
はすべて若いマスターの手作り。以前、豪徳寺駅で平幹二朗さんにばったり会ったと
き、このお店を教えてあげたら、すっかりお気に召したらしく、常連になってるみた
い。宮沢章夫さんも、うちの近所に住んでたころ、ここで原稿を書くと言っていた。

7月21日(日)
夫と一緒にAM10:03発のひかりで岡山へ。瀬戸内海の小島、犬島で維新派の『カ
ンカラ』を見るのが第一目的。第二目的は直島のベネッセ・ハウスに泊まること。泉
に維新派を見せたいと思って計画を立てたのだけれど、TPTのBashとライミングの
『イースト・イズ・イースト』の美術デザインで「それどころじゃない」と、ドタキ
ャンされ、急遽、夫に同行してもらうことにしたのだ。
岡山のホテルでメセナ協議会の岩本さん、喜多さんと合流し、新岡山港までタクシー
で行き、そこから船で犬島に渡る。維新派公演には屋台村がつきものだけれど、ここ
でも大層なにぎわいだ。まず、岩下徹のダンス「耳を澄ます」を見る。赤煉瓦の銅精
錬所が美しい廃墟になっている。高い煙突には蔦がからまっている。それを背景とし
た空き地が舞台だ。夏草が生い茂る。客は地面に腰を下ろす。陽射しが強い。スタン
ドカラーの白い長袖シャツと黒いズボンの岩下さんは、草の上に寝転んだり、丈高い
潅木の中に入り込んで枯れ枝を掲げ、客に「おいでおいで」をするようにぷるぷる振
ったりする。岩下さんの動きとともに客も移動する。トンボが飛び、小鳥のさえずり
が聞こえる。客の中に維新派の松本雄吉さんもいた。
屋台村でちょっと腹ごしらえをしてから、『カンカラ』の客席へ。実際に遠くに立つ
煙突、上手と下手にはそれを模した装置。ビル三階分か四階分くらいのスケルトン状
の骨組みが奥に。『銀河鉄道の夜』を思わせるような筋立てで、昔の銅精錬所の作業
風景なんかも組み込まれている。その場を巡る白塗りの少年たち。幻想的なキャバレ
ーの光景や、幾つものブランコが上手下手から振り出されるなど、印象的な場面には
事欠かないが、『少年街』などと比べると「ぬるい」感じがしたのは否めない。新岡
山港までの最終便が出るまで屋台村で遊ぶ。
翌日は直島へ。バスでベネッセ・ハウスまで。海に向かって長く伸びる桟橋の先端に
草間弥生作の大カボチャがどーん。「ここからがBenesse Island直島文化村ですよ」
ということを示すシンボルだ。ここでまずびっくりする。地域全体のプランからホテ
ルの設計までを手がけたのは安藤忠雄だ。ホテルがそのまま美術館、美術館がそのま
まホテル。広大な敷地から海岸にいたるまで、そこここに野外彫刻。16の客室それ
ぞれに異なるアーティストの作品が飾られている。予約した部屋に入ったとたん、全
身が深呼吸するような開放感を味わう。海と空が光と一緒に部屋の中まで入ってきて
いる感じ。私たちの部屋は蔡国強(さいこっきょう)のドローイングが四点かかって
いる。とぼけた墨絵のようないい作品だ。タイトルは「文化大混浴」。
ここのことは、五年ほど前、BBC東京特派員だったジュリエット・ヒンデルが教え
てくれた。彼女の絶賛のことばを聞いて、いつか行きたいと思っていたのだが、犬島
アーツフェスティバルを見るのがいいチャンスとばかり、予約を入れたのだった。
コレクションの充実ぶりに目を見張る。ルイーズ・ネヴェルソン、デヴィッド・ホッ
クニー、イヴ・クライン、ドナルド・ジャッドなどなど。
丘の上にある別館までは木立のなかを縫って登るケーブルカーで行く。人工の滝、
満々と水をたたえた池を取り囲むように客室が並ぶ。そこから更に階段を昇ってゆく
と、空中庭園。青空を背に、悠然と気流に乗って翼を広げているのはとんびだろうか、
鷹だろうか。
夕食前にジャグージに入る。これがまた美術作品なのだ。ホテルと海岸のあいだに位
置する空き地に、奇妙な石の群れが林立しており、そのなかにジャグージが設置され
ている。これが「文化大混浴」。私たちの部屋にかかっているドローイングは、これ
の春夏秋冬の光景を描いたものだったのだ。
部屋に戻り、夕日をながめながら、きりりと冷えた白ワインをテラスで。部屋にはテ
レビがない。このことがBenesse Islandのすべてを物語っているとも言えそう。
翌日の白眉は「家プロジェクト」だ。ベネッセが本村地区にある古い家を買い上げ、
保存・改修し、一軒ごとにひとりのアーティストを宛ててインスタレーションをほど
こしたもの。目下、三軒が完成している。宮島達男のデジタルカウンター作品四点を
組み込んだ「角屋」、ジェイムズ・タレルと安藤忠雄の共同制作の「南寺」(真っ暗闇
の中を手探りでベンチにたどり着き、じーっと目を凝らして10分ほどすると、奥の
ほうにボーッとタレルの「バックサイド・オヴ・ザ・ムーン」が浮かび上がる)、内
藤礼の「きんざ」(一人ずつ中に入って15分。ほの暗い空気のなかに収められた小さ
なもの、かそけきものたちが徐々に目に入ってくる。たとえば地面に埋め込まれた透
明なビー球とか)。
とにかく直島は瞠目すべき別天地だ。絶対また行くぞ。
ホームページのアドレスを書いておくので見てください!
http://www.naoshima-is.co.jp

7月24日(水)
文化庁文化審議会・国語分科会に出席。

7月26日(金)
世田谷パブリックシアターで珍しいキノコ舞踊団の新作『New Album』を見る。特
に後半の虹色の影絵のシークエンスがよかった。ポップな音楽を軽快に裏切りつづけ
るムーヴメントがいい。

7月28日(日)
矢川澄子さんを送る会に出る。唐十郎、四谷シモン、白石かずこ、合田佐和子、秋山
祐徳太子など、六〇年代文化を担った人々の顔。
「たま」の音楽を愛した矢川さんへの彼らの演奏と歌に心を揺さぶられた。

7月30日(火)
ウジェーヌ・イヨネスコ作『マクベット』訳了。欧日舞台芸術交流会の田村さんにメ
ールで送る。去年の『ヴェニスの商人』と同じく、演出はルーマニアのイオン・カラ
ミトル。十月にルーマニアやフランス(パリ、ル・アーヴル)で上演される。

7月31日(水)
こまつ座『太鼓たたいて笛吹いて』を紀伊国屋サザンシアターで見る。井上ひさし作
の林芙美子の評伝劇。大竹しのぶ、木場勝巳、梅沢昌代、松本きょうじ、阿南健治、
神野三鈴、みーんないい、すごーくいい、慈しみを覚える人間たち。林芙美子は大好
きな作家だ。岩松了さんが『浮雲』を脚色上演したのをきっかけに読み始めた。林と
戦争との関わりの問題を、まったく説教臭さのないかたちできっちり描いている。自
らが犯した間違いを正そうとする彼女の描き方にも過大な美化はない。栗山さんの演
出も冴えている。歌・音楽の入り方も時と所を得ている。いい芝居を見たあとの至福
感あり。麻実れいさん、堤真一くんらと一緒に楽屋を訪ねる。しのぶちゃん、いい顔
してた。

平成14年7月(その1)
6月26日(水)27日(木)
9時26分発のひかりで名古屋→岐阜へ。地域創造主催のワークショップとセミナー
の講師を務める。参加者は地方自治体の公共ホールで仕事をする人たちだ。私が話を
したグループのテーマは「自主企画」で、コーディネーターは高萩宏さん。シェイク
スピアがいかに企画の宝庫であり、利用価値(?)が高いかということを話す。終っ
てから別のグループのワークショップを見学。講師は狂言の茂山千三郎さん。茂山千
作さんの息子さんの一人。さーすが、と言うべきか、ユーモアを込めて分かりやすく
狂言の演技などを解説、参加者も楽しそうに「附子(ぶす)」(だったと思う)の冒頭
をやっていた。夕食後の「自主企画」グループの講師は元・新感線、元・東京グロー
ブ座制作、今は自治体ホール(どこのだか忘れた。ごめん)の企画制作をしている大
石さん。一見おとなしげな大石さんの異能ぶりにびっくり。
岐阜はおしゃれな雰囲気で、食べ物もおいしかった。機会があればまた行きたい。
翌日は東京駅から新大久保へ直行。朝日カルチャーのプレパフォーマンス・レクチャ
ーをして、受講者のみなさんと一緒にRSC『ヴェニスの商人』を見る。そんなわけ
で高橋康也さんのお通夜には行かれなかった。

6月28日(金)
高橋康也先生の告別式。池尻大橋の駅から聖ドミニコ・カトリック渋谷教会までカン
カン照りのなかを歩く。
大きくて居心地がよくて素敵な図書館が、丸ごとひとつすっと消えてしまったような
寂しさと悲しさを感じる。弔電のなかには、ロンドンの野田秀樹さんからのもあった。
奥様がご挨拶のなかでおっしゃったこと――「最後の数日は病室に笑いが絶えません
でした」「びっくりするような大きな声で主治医の先生に『ありがとう』と申しまし
た」。そして、「紙を」とおっしゃって、ダンテの『神曲』の一節をイタリア語と英語
と日本語でお書きになったこと。木は倒れてからその大きさと高さが分かると言うけ
れど、倒れる前から大きく高いことがみんなに分かっていた高橋康也さんという木は、
倒れてさらにその先に高い高い梢があったことを知らしめた。

29日(土)
ピッコロシアターの『四人姉妹』を俳優座劇場で見る。岩松版の『細雪』。
な、なんと、プラシド・ドミンゴが息子さんと見に来ていた。出演女優さんのひとり
がオペラとドミンゴの大ファンで、その縁でNHKでの仕事の前に見ることにしたの
だそうだ。終演後ロビーでその姿を見たときは、「あの顔はたしかにドミンゴ。でも
そんなはずはない。とんでもなく似ているソックリさんか、さもなきゃ私がマボロシ
を見てるのか・・・」と思ったのだが、ご本人でした。劇場の外で岩松さんと立ち話を
していたらそばに来たので確認。岩松さんを「この人が作者で演出家です」と紹介(な
ぜか通訳やっちゃった)。「言葉は分からなかったけど、演出がダイナミックですごく
よかった、云々」。ここぞとばかりミーハー精神を発揮して、握手をしてもらい、岩
松さんとたちと一緒に写真まで撮ってもらった。撮ってくれたのは岩松さんとこの若
い俳優さん。出来上がったら送ってね。
夜は村上淑郎さんの『ハムレットの仲間たち』(研究社)の出版記念会。「村上淑郎の
仲間たち」といった感じのいい集まりだった。私もスピーチの仲間入りをして、大学
院時代以来の私のメンターたる村上さんに感謝。
急いで帰宅してワールドカップ三位決定戦を見る。韓国対トルコ。

30日(日)
ワールドカップ決勝戦、ブラジル対ドイツ。カーン様が失点! よよよ。

7月1日(月)
『ペリクリーズ』第三幕訳了。まだまだ先は長い。

7月5日(金)
午後2時、彫刻家・佐藤忠良さんのアトリエへ。妹が編集した佐藤さんと安野光雅さ
んの対談集『ねがいは「普通」』の見本刷りをお届けして、90歳のお誕生日(前日の
4日)をお祝いしようという趣旨。妹とレイアウトの方、私、少し遅れて山根基世さ
んが参加。ずっと忠良先生の助手も務めている彫刻家・笹戸さんも。安野さんはダブ
ルブッキングでいらっしゃれず、残念。それにしてもチュウリョウ先生の若々しさ(ア
タマも精神も体も)にはいつもながら驚嘆するほかない。山根さんの「次は百歳のお
誕生日ですね」という言葉に、間髪を入れず「そのときにはあなたたちみんな死んで
るだろ、一人じゃさびしいな」ときた。
夜は泉と一緒に山の手事情社の『オイディプス』を見る。

7月6日(土)
泉と一緒に世田谷パブリックシアターで日仏共同制作、ジュネ作の『屏風』を見る。
結城座の人形とフランスの俳優たちとの共演が見事。背景のアルジェリア戦争が、ア
フガニスタンのそれに重なって見えてくる。欧米と第三世界との構図はちっとも変わ
ってないのだ。ポストパフォーマンス・トークも聞く。人形は全部この公演のために
新しく作ったのだそうだ。

7月13日(土)
午後2時から4時まで世田谷パブリックシアターで日本劇作家協会の戯曲セミナーで
シェイクスピアのことを話す。みなさんとても熱心に聴いてくださった。

7月15日(月)
雑誌『東京人』のための『ヒトラーをめぐる女たち』の書評をようやく書き上げる。
ほっ。

7月16日(火)
新宿の中華屋さんで『はじめて話すけど・・・』の打ち上げ。三谷幸喜さん、京都の法
月さん以外は全員出席。私にとっては、インタヴュアーの小森さんのほかはみなさん
初対面なので、ドキドキ。でも、そんな心配と不安は無用でした。皆川博子さんが東
女の先輩だったこともこの本のおかげで判明したし・・・。デザートになったとき、お
ずおずと本を取り出して、「みなさんのサインがいただきたいんですけど・・・」。つく
づく私はミーハーだ、と思いつつ。でも、和田誠さんが、「あ、それなら僕も持って
きたから、してもらおう」とノッてくださったので救われた。サインといえば、石上
三登志さんがおもむろ徳間書店刊の『殺意の盲点』を出現させ、「僕、これ持ってま
すよ。サインしてください」とおっしゃったときには冷や汗たらー。「ええー、マボ
ロシの名訳って言ったのがあやしいってバレちゃうじゃないですか」とあせる。二次
会は三越裏の「ナジャ」で。唐十郎さんの芝居の音楽をたくさん手がけてきたあんぽ
さんが奥さんとやってるお店だ。先客のなかに嵐山光三郎がいらして「ヤアヤア」。
和田さん、石上さん、フリースタイルの吉田さん、小森さん、私の五人でテーブルを
囲む。マルガリータ、ジントニック、マティニー二杯。「はじめて聞く話」満載でや
たら楽しかった。石上さん以外はみんな住まいが同じ方向にあるので、四人でタクシ
ーに相乗りして帰宅。

平成14年6月(その2)
6月7日(金)
『ヴォートリン』の初日は昨日だった。いつ見に行こうかな。
KERA・深津対談の原稿チェック終る。メールで送信。ほっとしたと思ったら、シリ
ーウォークの土井さんから電話。あれを6500文字まで縮めてほしいとのこと。つま
り三分の一に。ええっ、それも私がやるんだったの? アセる。早速とりかかり、半
分まで削ったところで時間切れ。土井さんもカット案を出してとのメッセージをつけ、
そのままメール。
シアターコクーンへ。『オイディプス王』の初日。いろんな人、客席には森前首相の
姿も。坊主頭にした男性コロスに迫力あり。第一声は文学座の熟一久さん(初演の『ロ
ーゼンクランツとギルデンスターン』でご一緒した)、朗々たる美声が劇場に満ちた。
萬斎さんのオイディプスは初めのうちは演技が内向して、言葉もなかなか胸の奥まで
届いてこないもどかしさがあったが、どんどんエンジンがかかってきた。こんなに
若々しく、凶暴ですらあるオイディプスは初めて。オイディプスと預言者などとの緊
迫した応襲・舌戦は、裁判劇そのもの。麻実れいさんのイオカステ、これ以上は考え
られないくらい素晴らしい。舞台奥の高い階段の上に彼女が現れて第一声を発したと
き、全観客がひれ伏したましたね、もう!
モノモライがなおった。
本日のアンズの収穫11個(うち傘にシュートは1個、率わるい)。
帰宅してメールを開けたら土井さんがバッサリ切ってくれた原稿。もったいないとは
思うが仕方がない。さらに手を入れて再送信。

6月8日(土)
サンシャイン劇場で加代子の『源氏物語』第二夜、「須磨・明石」。ニューヨーク、ジ
ャパン・ソサエティのポーラ・ローレンス、同時通訳をするかもしれないハートさん
(小布施町在住。イッセー尾形さんがジャパン・ソサエティで公演したときもやった
そうだ)も一緒に見る。

6月9日(日)
昨夜は風が強かったせいか、朝60個のアンズを収穫。そのうち傘がキャッチしたの
は11個。カンペキにアンズの木にバカにされている。ジャム作り第一回開始。大な
べに二杯できた。オソロシイほど砂糖が要る。さめてから瓶詰め。大小とりまぜ14
個になった。東宝のミュージカル『キス・ミー・ケイト』パンフレット用原稿を書き
始める。でも、原稿枚数(文字数)忘れた。谷田さんにメールで問い合わせ。夜は本
多劇場で流山児事務所の『殺人狂時代』を見る。

6月10日(月)
半年に一度の歯のクリーニング。「プラーク・コントロールよくできていますね」と
ほめられる。終ってから加代子宅へ。アンズジャムをおみやげに。いろいろおしゃべ
り。『源氏物語』の「解説」の部分の演じ方について意見を言う。夜は筑摩書房のシ
ェイクスピア全集の担当者、打越さんと長嶋さんと一緒におくればせながら『ヴェニ
スの商人』の打ち上げ。新宿西口の「月とすっぽん」というお店で。食器はすべて店
主の手作りという趣のあるいいお店だ。話がはずむ。長嶋さんは、編集者として仕事
をするかたわら、浪曲専門の三味線奏者としてもうプロ。最近では曲も語っていると
いう。お二人にもジャム進呈。

6月11日(火)
シアタートップスでライミングの『ヴォートリンの犯罪』を見る。若い役者たちには
物足りなさを感じるが、スリリングでいい芝居であることは間違いない。泉も低予算
(と言うより「無予算」?)にもかかわらずよく頑張ったと思う。(後日、演出の中
島晴美さんから電話があり、アンケートでも舞台美術が好評だったとのこと。)

6月12日(水)
ポーラと永井愛さんを引き合わせる。表参道、スパイラル・カフェ。ポーラはジャパ
ンソ・サエティにニ兎社の『萩家の三姉妹』を招びたがっている。永井さんも乗り気。
問題はスケジュールだ。去年私は英文の劇評を書いたが、編集担当者のローレン・エ
デルソンがそれを読んでものすごく興味を持ち、翻訳することに。もう第一稿が上が
り、ポーラも読んだという。ジャムの行く先(ポーラ、永井さん、民子、竹内さん)。
『キス・ミー、ケイト』パンフレット用原稿、ようやく書き上げる。

6月13日(木)
世田谷パブリックシアター、シアタートラムで『ピッチフォーク・ディズニー』を泉
と一緒に見る。四人の役者が役にぴたりとはまっている。オブセッションを追求した
徹底的主観演劇。松井るみさんの美術は、そのままインスタレーションとして通用す
るような喚起力と美しさをそなえている。楽屋で演出の白井さんと話す。
泉に頼んでアンズジャムのラベルを作ってもらう。「フクロウ印」というロゴ、我が
家のアンズの木に逆さの傘が二本ぶら下がってるイラスト。いかにもホームメイドの
ジャムらしい。早速瓶に貼り付ける。

6月14日(金)
新国立劇場、ペーター・シュタイン演出『ハムレット』のイヤホン・ガイド用原稿が
井上桂さん(イラストの名手で、グローブ座カンパニー「子供のためのシェイクスピ
ア」『リチャード二世』のパンフレットにも彼の手になる「稽古場風景」のイラスト
あり)から送られてくる。早速チェック。ロシア語翻訳からの日本語訳を取り入れて
あるので、疑問の箇所もある。付箋を貼って、後日の井上さんとの話し合いにそなえ
る。
ジャム持参で実家へ。母と一緒にワールドカップ日本対チュニジア戦を見る。勝利!
「長生きしててよかった!」と母。

6月22日(土)
12時15分に渋谷のNHK放送センターへ。山根基世さんがアンカーを務める「土曜
ほっとタイム」の「素敵なあなた」というコーナーで対談。間にニュースや音楽をは
さみながら一時間半ほど、シェイクスピア翻訳のこと、言葉について感じていること
などを話す。山根さんの鮮やかなリードのおかげでのびのびとおしゃべりすることが
できた。それにしても、打てば響くような山根さん。ユーモアのセンスも抜群な女性。
山根さんご本人が「素敵なあなた」である。わざわざうちまで来てくださり、準備の
打ち合わせに長時間かけてくださったプロデューサーの猪瀬さんにも感謝。
RSCの『ヴェニスの商人』を見るため新大久保の東京グローブ座へ。まずポストパ
フォーマンス・トークの打ち合わせ。まるで少女のようなラヴデイ・イングラム、元
気いっぱいのジニー(教育プログラム担当)、通訳を頼んだ酒向尚子さんらと。カー
テンコールが終るとすぐに舞台へ。客席はいっぱい。ほとんどのお客が残ってくれた
のだ。役者たちが着替えやメイク落しをしているあいだラヴデイに話してもらう。稽
古の二日目に9/11の事件があり、この芝居の今日性を強烈に意識したようだ。次々
と役者登場。予定した以上の人数。アントーニオ、シャイロック、ポーシャ、バサー
ニオ、ネリッサ、ランスロット・ゴボー、モロッコ大公。
アントーニオからバサーニオへのプレゼント(バービカンで見たときはケース入りの
カフスリンクだったが、東京公演ではネクタイ。客席と舞台の距離が大きくなったの
で、プレゼントも見て分かりやすいものに変更したと思われる)はイアン・ゲルダー
自身のアイディアだったそうだ。バサーニオへの抑圧したホモセクシュアル的な愛情
を表現するにはさりげないプレゼントが一番、と思ったとか。ポーシャ役のハーマイ
オニとネリッサ役のイライザは、二人の関係を主従よりは女友達のようにしたかった
と言う。ポーシャの髪の毛を梳かすといった「古典的な」方法もあるが、やってみた
けれどピンとこなくて、「むしろサッカーでもさせたかった」とはラヴデイの弁。ラ
ップでやってみたモロッコ大公。クリスがラップ・ヴァージョンを見せてくれて、た
ぶんお客さんもすごく得した気分になったと思う。ダレン・タンストール演じるラン
スロット・ゴボーは、今回の『ヴェニスの商人』中の白眉だと思うのだが、長い独白
の中の「悪魔」と「良心」との葛藤は、稽古の初期には箒にボロを巻きつけた即製人
形を使っていたのだそうだ。
バービカンでは、私はいつものようにメモをとりながら見ていた。そうしたら、この
ランスロット独白の場でボールペンを床に落としてしまった。私の席は一番前の列!
ダレンがそれを拾ってくれて咄嗟に「あなた、劇評家?」。冷や汗。トークが終って
からそのことを言うと、ダレンは「覚えてる、覚えてる」。みんなで大笑いした。
この日はマチネ/ソワレで疲労困憊だったろうに、みんな積極的に自分の役について話
してくれた。酒向さんの見事な通訳のおかげもあってすごく盛り上がった。
豪徳寺(酒向さんも豪徳寺の住人)のピコン・バーで、酒向さん、泉と内輪の打ち上
げ。



平成14年6月(その1)
6月1日(土)
矢川澄子さんが亡くなった。5月29日。新聞の報道では自殺らしいという。ショッ
ク。2月末、有元利夫さんを忍ぶ会でお目にかかったときはいつもと変わらないご様
子だったのに。妹から電話。彼女もショックを受けている。4月には額田のヤエちゃ
ん(『刑事コロンボ』その他、アメリカの人気TVドラマのアテレコの第一人者、額
田ヤエ子さん。血のつながりはないけれど、私には従姉に当たる。私が戯曲の翻訳を
するようになったのもヤエちゃんの推薦があったからだ)が亡くなるし、尊敬する先
輩女性が次々と姿を消してしまう。心細い。
11時半に東女の正門で比較文化研究所助手の中村さんに会い、講堂内の控え室へ。
喜志哲雄氏はすでにご到着。まず何より先に喜志さんにはお詫びを申し上げる。『ヴ
ェニスの商人』の「訳者あとがき」で参照したテキストを挙げたのだが、そのなかの
一冊『大修館シェイクスピア双書・ヴェニスの商人』の編註者の名前を「喜志哲雄」
ではなく「貴志哲雄」と間違えて書いてしまったからだ。
一息ついて視聴覚研究室へ行き、用意してきたヴィデオを編集してもらう。京劇スタ
イルの『リア王』、林兆華演出による北京人民芸術劇院の『ハムレット』、そしてロン
ドンのインド人劇団タラ・アーツが東京グローブ座で上演したインド版『ロミオとジ
ュリエット』と銘打った『ヒーアとランジャ』をそれぞれ二分ずつ収める。控え室に
戻ってしばらくすると、喜志さんと井出新さん、楠明子さんも戻っていらした。楠さ
んは東女・英文科の教授で比較文化研究所の所長、そして私の同級生。お二人は楠さ
んの案内でキャンパス内を回っていらしたのだ。東女のキャンパスは、それはそれは
きれい。新校舎や新図書館はともかく、昔とちっとも変わらない。なつかしい。うち
は母も妹もここの卒業生で、子供の頃から母に連れられて何度も遊びに来たものだ。
昼食を済ませ、一時半からシンポジウム開始。チャペルに隣接した講堂で。私は学生
時代にシェイクスピア研究会の部員(落ちこぼれだった)で、三年のときには『夏の
夜の夢』のボトムとして、四年のときには『ロミオとジュリエット』の序詞役として
この舞台に上がったことがある。客席には先輩や恩師の顔もちらほら。「おうちに帰
りたいよぉ」という気分になる。喜志さんは映画やヴィデオなどの普及によって、シ
ェイクスピア受容の形態が変化してきたことを、井出さんはシェイクスピア劇におけ
る宗教の問題を現代の宗教間の抗争にからめて語った。私は非英語圏におけるシェイ
クスピアのローカライゼーション(翻案・現地化)のこと、翻訳のこと、女性の翻訳
者として気づいたことなどを話す。フロアからアンケート形式で質問を受けて、後半
はそれらに答えるかたちで意見をかわす。終了後、近くのお寿司屋さんへ。私は途中
で抜けて梅丘BOXへ。燐光群の『屋根裏』(坂手洋二作・演出)を見る。定員60名
の狭い空間に90名以上の客がぎゅう詰め。その熱気に見合った素晴らしい舞台だっ
た。人二人が膝を抱えて坐れば満杯になるような歪んだ台形の箱。装置はそれだけ。
これが「屋根裏」という商品という設定だ。そこで「引きこもり」の諸相が描かれる。
笑いがふんだんにあって、鋭い批評性がみなぎっていて、志が高くて清潔。ちょっと
長すぎだし、エンディングにも注文があるけれど、見たことのない舞台に興奮。西山
水木、木村緑子のお二人も。坂手さんと四人で近くの居酒屋へ。12時すぎまで大い
に盛り上がる。歩いて帰らなきゃならないかと思ったら、まだ小田急は走っていた。
シンポでかなりよれよれだったのに、『屋根裏』で元気になった。

6月3日(月)
午後から都内某所で某会議に出たあと、新国立劇場へ。日韓『その河をこえて、五月』
を見る。よくここまで、というのが実感。日韓がお互いにものすごく気を遣って作り
上げたことがひしひしと伝わってくる。ひょっとして、台詞の数も両者同じなんじゃ
なかろうか。韓国の家族のオモニを演じた白星姫が素晴らしい。
『シアターガイド』編集の今井さんの仕切りで、『ぴあ』の戸塚さん、三重さん、博
報堂の三崎さんと新宿で飲み会。異能の人々。シアタートップスで『ヴォートリンの
犯罪』(ライミングの公演、7日初日)の仕込みを終えた泉も呼び寄せる。
文化庁の広報雑誌のために河合隼雄さんと対談した原稿に手を入れ、2:30AMにメ
ールで送信。

6月2日(土)
パルコ劇場で『ダブリンの鐘つきカビ人間』を見る。14時開演だと思っていたら13
時だった。バカ。でも、「早めに(?)」着いたのでロスはあまりなし。面白かった。
カビ人間という役は、大倉孝ニのために当て書きしたかのよう。

6月4日(火)
実家へ。ワールドカップ、日本対ベルギー戦に興奮。
原稿(女性誌『ミマン』の連載。今月のテーマは『夏の夜の夢』の女性たち)が書け
ない。笹部さんに電話をし、加代子の『源氏物語』は明日に変更してもらう。

6月6日(水)
原稿まだ。5時起きで書く。朝9時、ジュリエットに電話して、お昼に訪ねる約束を
3時に変えてもらう。広尾ガーテンプレイスへ。三歳になったアレックスがめちゃ可
愛い。将来どんなハンサムボーイになることやら、オソロシイくらいだ。私が知らな
いうちに生まれたトマス(三ヶ月)もキュート。頭のてっぺんで渦を巻いている柔ら
かい毛がなんとも言えない愛らしさ。ジュリエットは、夫君ピーターの転勤で、もう
すぐ香港に引っ越すのだ。さびしいな。でも、毎年二月の香港フェスティバルには行
く気になるかもしれない。「ザ・ワイド」というTV番組から電話でジュリエットに
出演依頼があった。ワールドカップのチケット問題でコメントしてくれと言ってきた
そうだ。問題のバイロム社がイギリスの会社だからか。
5時に辞去。サンシャイン劇場で白石加代子の『源氏物語』を見る。素晴らしい。ま
ず、暗い背景に徐々にまたたきの数を増す星空に息を呑む。白い和服、黒地に鋭角的
で大胆な模様の帯、優雅な束髪。動きがひとつひとつ、ぴしっと決まり、舞を舞って
いるようだ。声の強弱、仕草の緩急、言うことなし。瀬戸内現代語訳に要所要所で原
文が入る。これがいい。まるで、言葉とその流れをしなやかな鋼の糸が貫いているか
のようだ。女三宮のくだりでは、あたかも浄瑠璃を聴いているよう。演出の鴨下信一
さんご夫妻、演出助手の松本祐子さん、弥生画廊の小川さんの奥様と妹の由美子さん、
梟座の管理人さん、手塚さん、などいろんな人に会う。楽屋を訪ね、加代ちゃんに感
激を伝え、蘭妖子さんと一緒に帰る。この『源氏』は新潟のりゅーとぴあ公演では能
舞台でやるそうだ。照明も音響(サンシャインでは虫のすだき、砧を打つ音などが効
果的に入る)もなし。おいでおいでと笹部さんや鴨下さんが誘う。見に行きたい。
目の具合がヘン。痛みあり。帰宅して鏡を見ると、左の目頭がはれている。モノモラ
イ?

6月7日(木)
5時起き。新聞を取りに出たら、アンズが一個落ちていた。今年の第一号。さあ、い
よいよジャム作りの季節に突入だ。7時に泉を起こす。『ヴォートリン』今日がゲネ
プロ。なにがなんでも今日こそ『ミマン』の原稿書き上げねば。
お昼前『ミマン』の編集者がシェイクスピア作品の画集を取りにきてくれる。二冊。
連載のイラストに使えそうなところにポストイットをつけて渡す。そのあと、しゃか
りきに書いて、午後一時に書き上げ、メールで送信。KERA・深津対談に手を入れ
るのも、締め切りは今日のお昼と言われているのだが、無理だァ。でもガンバルぞ。
アンズが気になる。熟した実が自然に落ちるのを待つのだが、下はコンクリなのでヒ
ビが入ったり、アリンコがついたり、脇にはずれると泥がついたりする。何とかそれ
を避ける方法はないだろうかと言ったら、泉が「開いた傘を逆さにして枝にぶら下げ
ればいいじゃない」。グッドアイディア! 早速やってみる。いま色とりどりの傘が5
本、逆さになってぶら下がっている。もーのすごくマヌケ。通りかかる人は笑ってる
だろうな。本日の収穫:計11個(うち、傘のなかに落ちたもの1個、手で触ったら
ぽろっと枝からはずれたもの4個)。
6時半から8時半まで朝日カルチャーセンターで『ハムレット』を読むクラス。第二
幕第二場、ハムレットとポローニアス、ハムレットとローゼンクランツ&ギルデンス
ターンとの腹の探り合いの場を読む。今日は、妙に真面目に原文講読をやってしまっ
た。大学の講義じゃないんだから、これじゃだめだ。へとへとに疲れただけに一層メ
ゲる。モノモライがやな感じ。


平成14年5月(その3)
5月20日(月)
とってもドメスティックな一日。実家へ行く。自分の母親をこんなふうに言うのもな
んだけど、今年で93歳というのに母はすごくきれいだ(美人という意味じゃなくて)。
肌は水密桃のようだし、背筋もしゃんとしているし、いつだって身ぎれいにしている。
自分ではボケた、ボケたと言っているけれど、どうしてどうして、娘たちのほうがた
じたじとなること一再ならず。おみやげは、庭になったビワ(市販されてるのより小
粒で形は不細工だけど、酸味があって味が濃い)、昨晩つくったブリ大根。途中、浜
田山の神戸屋に寄ってバター・フランスを三本買う(二本は母と、実家の離れに住ん
でいる妹へ。最近ちょっとハマってるパン。同じ神戸屋でも烏山店や世田谷通り沿い
の店では焼いてない)。
帰宅後、昔、小田まゆみさん(三島由紀夫の評伝を書いたジョン・ネイサンの元妻。
画家)に教えてもらった鶏のレヴァー・パテを作る。とり皮をいためて油を取り、そ
れでタマネギとレヴァーをいためてブレンダーにかけ、みじん切りにしたゆで卵を混
ぜ込むのだ。味見をしてみて、思わず「オイシーイ!」と一人で叫んでしまったくら
いの上出来だった。
夫がグァムから帰国。電機大学が「鳥人間コンテスト」グァム島大会に出場したため、
顧問である彼もついて行ったのだ。結果はボチャンだったけど、それでも成績は全出
場団体の真ん中くらいだったとか。今年は琵琶湖大会には出られないのが残念。
こんなふうに一日家にいられる日がせめて週に一度はほしい。『ペリクリーズ』の訳
もちょっとだけ進む。

5月22日(水)
12時から1時ちょっと過ぎまで、渋谷でケラさんと深津絵里さんの
対談の進行役を務める。7月に再演される『フローズン・ビーチ』(初演は98年)の
パンフ用だ。ちょい早めに着くと、ケラさんはそのずっと前(だと思う)からプロの
メイキャップ・アーティストの手でメイク中。それを横目で見ながら録音の準備をし
たり、よもやま話をしたり。そもそもケラさんのメイクを発想したのは犬山犬子さん
だそうで、メイクありの日が360日のあいだ200日という一年もあったという。半
端じゃない。オン・タイムで深津さん登場。白いTシャツとジーンズというすがすが
しい出で立ち。涼しい目、透きとおるような肌、見とれてしまいそう。センスがよく
て賢い女性だ。お二人ともよくしゃべり、よく笑い、実に楽しいひと時だった。この
異色の対談の根っこには、ケラさんが深津さん主演で芝居を作りたいと常々思ってき
たことがある。深津さんにも大いにその気ありと見た。近い将来、是非実現してほし
い。それにしても、ヴィデオで見ただけでも『フローズン・ビーチ』はおもしろい。
初演時には日本にいなくて見られなかったので、この再演はほんとうに嬉しい。
夜は世田谷パブリックシアターでオペラシアターこんにゃく座の『犬の仇討ち』を見
る。もとが井上ひさし作の芝居だから期待したのだけれど・・・。見ているあいだ中、「芝
居で見たいよぉ」と思わせられた。まずいんじゃない?

5月23日(木)『ペリクリーズ』第二幕訳了。
グローブ座へ。『ヴェニスの商人』の稽古をのぞき、事務所でヴィデオを借り(6月1
日に東京女子大で開かれるシンポジウム用)、劇場へ。『ストーンズ・イン・ヒズ・ポ
ケッツ』。面白かった。このあいだの『ロンサム・ウェスト』(寒村にすむ兄弟の喧嘩
から北アイルランドの闘争やパレスチナ対イスラエルの戦争までが透けて見え、牧師
と小島聖扮する女との関係にはキリストとマグダラのマリアの姿が重なる)もそうだ
けど、アイルランドの芝居には底力がある。市村正親と勝村政信が二人だけで男女十
五人もの人物を演じるのだ。ハリウッドからやってきた映画撮影に地元の人々がエキ
ストラとして出演するなかで、さまざまな矛盾が浮上する。くるっと振り向いただけ
とか、一人がもう一人の背後を回っただけとか、目線を変えただけで別の人物になる。
我が落語に通じる面白さ。二人の達者さにはうなってしまう。勝村さんの演技には、
これまで自己陶酔を感じることがあったのだが、今回はそれが全くない。とてもいい。
これは勝村さんの代表作になるだろう。市村さんもそう言っていた。

5月25日(土)
川本三郎さんと一緒に『欲望という名の電車』をもう一度見る。大竹しのぶのブラン
チの核には無垢のたましいがある。医者の腕にすがって退場するときの、遠い時間を
見つめるような彼女の目と面差しは童女のそれであって、狂った女のそれではない。
また、ブランチがイヴニング・スターという新聞の集金に来た男の子を誘うシーンは、
彼女と自殺した夫の関係やローレルでつきあった十七歳の少年の姿も重なる。彼女の
過去がスタンリーによって暴かれたあと、ミッチが訪ねてくる場面があるが、戯曲で
はこのとき「盲目の物売り女」が「フローレス、フローレス、パラ・ロス・ムエルト
ス(死者にたむける花はいかが)」と売り声をあげながら通り過ぎる。だが、蜷川演
出では「声」だけ。これが素晴らしい。ブランチの頭の中に響き渡る「声」に「見え
る」からだ。彼女の身近で死んでいった者たちが浮かび上がるからだ。終演後、楽屋
へ、それから近くの居酒屋へ。またまた盛り上がる。
幕間に『ペリクリーズ』第二幕を蜷川さんにわたす。

5月26日(日)
大宮まで行ってシェイクスピア翻訳について話す。母校・東京女子大の同窓会埼玉支
部の年次総会。明け方までかかって編集したヴィデオがうまく映らず(声が出なかっ
た)、あせったが、話の方だけでもみなさん面白がってくださったようなので、ほっ。
大宮駅に続く歩道橋でヴォランティアの人たちが捨てられた子猫をケージに入れて
里親を募集していた。4月13日にいなくなったモルトのことが思い出され、可愛い
子猫を一匹でももらおうかと思ったが、そうするとモルトのことを諦めちゃうような
気がしてやめた。ああ、どこに行っちゃったんだろう。いなくなる前日、モルトと瓜
二つの猫が求愛に来て、モルトのほうもぞっこん参っちゃった様子だった。泉と二人
で勝手に「セバスチャン」と名づけ(つまり、モルトがヴァイオラ)、こいつならお
婿さんになってもいいね、なんて言って気をゆるめたのがいけなかったのか。セバス
チャンのあとを追って行っちゃったのかなあ。内田百閧フ『ノラや』の気持ち。モル
トの写真入りのチラシをたくさん作ってあっちこっちに貼ったり、親しいお店に貼っ
てもらったりしたのだが、まだ手掛かりさえない。

5月28日(火)
ホリプロ制作の栗田さんと児玉さん来宅。蜷川新『マクベス』のニューヨーク公演に
ついて。これまで蜷川さん演出のシェイクスピア劇では『NINAGAWA・マクベ
ス』『テンペスト』『夏の夜の夢』『ハムレット』などがイギリスで上演されたが、い
ずれも字幕もイヤホンガイドもなし。ところがNYのお客はそれほどシェイクスピア
を知っているわけではないから英語の字幕を入れようというのがBAM側の主張。そ
れを私が作らなくてはならないという仕儀になった。たいへんだ。
夜、新宿文化センターでピナ・バウシュの『緑の大地』を見る。6時半に新宿駅地下
のPOLUXで泉と待ち合わせ。ところが、「ごめん、まだ森下なの」と泉から携帯
に連絡が入ったのが6時半(彼女は目下ライミングの『ヴォートリンの犯罪』の舞台
美術をやっている)。新宿文化センターまでの道順を口で言うのはムズカシイ。でも、
「靖国通りを来て、云々」と指示。オドロイタことに、開演に間に合ったのだ(10
分押しだったのが幸いした)。バイクは便利だ。
『緑の大地』は素晴らしかった。『欲望』のあとで、川本さんはあんまり良くなかっ
たようなことを言ってたけれど、そして、確かに群舞が少なくなっていたけれど。前
半は背後に迫る森(本水がしたたり落ちる!)、後半は盛り上がる緑の大地、という
スケールの大きな装置と交歓しつつ人間の、とりわけ男女の、様々な営みやすれ違い
などをユーモアを込めて描き出す。手が、まるで体から独立した生きものであるかの
ように思える動き、腕の優雅でしなやかな動きなどは相変わらずピナ・バウシュなら
ではのものだ。泉も興奮。帰りに新宿駅南口のイタリアン、ペッシェ・ドーロで食事。
今月見た芝居はほかに演劇ユニット・トレランスの『神経衰弱』、文学座に渡辺えり
子が書き下ろした『月夜の道化師』。


平成14年5月(その2)
5月14日(火) 午前10時ごろ川本三郎さんから電話。ゆうべコクーンで『欲望と
いう名の電車』を見て興奮がまださめない、とのこと。そうだろう、そうだろう。日
曜日に青い鳥の『Tokyo Paris London SAKURA』で偶然となりの席になり、是非見
るようにと勧めたのだ(8年ぶりの青い鳥もよかった。不安半分で祈るような気持ち
で見たのだが、性同一性不全の問題を正面から扱いながら笑いをふんだんに盛り込み、
かつ、じーんとさせる。葛西佐紀さん、パワー全開。新人たちにもそれぞれ忘れがた
い「顔」ができている)。川本さん曰く「戯曲を読んでも、映画を見ても『欲望』の
ブランチはよく分からなかったんだけど、大竹しのぶのを見て分かった。これは、ア
メリカ文学に共通するイノセンスの喪失の話だったんですね!」
そう、登場早々の大竹さんの目。世界のただなかで迷子になったような。
お昼すぎ、伊沢磨紀ちゃんから電話。彼女は今度の「子供のためのシェイクスピア」
の『ヴェニスの商人』でシャイロックをやる。キャサリン・ハンター、白石加代子は
リア王をやり、サラ・ベルナールから麻実れいまでハムレットをやった女優は何人も
いる(暮れにサンシャイン劇場で上演される『ハムレット』では安寿ミラ)けれど、
シャイロックをやる女優は彼女が初めてでは? 青い鳥の『Tokyo …』のあと、川本
さん、泉と一緒に楽屋へ行ってみんなに会ったとき、磨紀ちゃんに「マツオカさん、
もう『ヴェニスの商人』は訳されたんですか?」と訊かれ、プレゼントすることにし
たので我が家まで来てもらった。三歳になる愛息(「もとてる」くん、どういう漢字
なのか訊きそびれた。愛称モッティ)と一緒。めちゃくちゃ可愛い。磨紀ちゃんにそ
っくり。『ヴェニス』は、台本構成の田中浩司さん、演出の山崎清介さんらカンパニ
ー・メンバーにも渡してもらうことにする。
ちょうど植木屋さんが入っていたのだが、この植木屋さんは役者でもある。故金杉忠
男さんが主宰していた元・中村座の高橋広吉さん(植木屋さんとしての屋号は「植吉」)。
かつて金杉さんの創り出す「原っぱ芝居」で「突撃板」と称される分厚いベニヤ板に
体当たりしていた高橋さん。数年前には龍昇企画の『甘い傷』(平田俊子作)に出演
し、役者としても健在なところを見せてくれた。植木屋さんとしてもすごくいい仕事
をしてくれるので、実家にも行ってもらっている(そもそもは白石加代子さんの紹介)。
お庭の手入れをご希望の方にはご紹介します。

5月19日(日)
先週から今週にかけては実によく見た。最近の私としては異例。加藤健一事務所の『煙
が目にしみる』、新国立劇場の『ワーニャ叔父さん』、コクーン『欲望という名の電車』、
ピナ・バウシュ『七つの大罪』、青い鳥『Tokyo Paris London SAKURA』、大人計画
『春子ブックセンター』、ひょうご舞台芸術『ロンサム・ウェスト』、ポイント東京『鹿
鳴館』、ホリプロ『居残り左平次』、そして今日はピナ・バウシュ『炎のマズルカ』。
そのあいだにシアターガイドの今井さんからインタヴューを受け、雑誌『大航海』の
ために三浦雅士さんと対談、秋に来日するペーター・シュタイン演出の『ハムレット』
用イヤホン・ガイドのための打ち合わせ。でも、松尾スズキさんの超人的なスケジュ
ールに比べればたいしたことない。『春子ブックセンター』を見たとき、彼の新著『ギ
リギリ・デイズ』を買って、早速読了(このタイトルを言おうとして『キレギレ・ラ
イフ』と言ってしまった。うん、これもなかなかだ)。大人計画のHPに彼が書いて
いた日記をまとめたものだが、ものすごく面白い。書く、飲む、演出する、役者やる、
旅する、書く、書く! 私も二度登場。劇団員の宮崎吐夢さんの書いた脚注がまた絶
妙なのだが、それの「松岡和子」の註には「白石加代子にチョイ似の翻訳家」と書か
れている。チョイ似とはちょこざいな。実は、加代ちゃんに間違えられたことは、ん
ーん、いちいち覚えていられないくらい何度もあり、サインや握手を求められたこと
もあるのだ。なんて、自慢するようなことじゃないけど。『グリークス』のとき、コ
クーンのロビーで握手を求めてきた若い女性に「白石さんとお間違えなんでしょ、ご
めんなさい(と、なぜかいつも謝ってしまう。間違えたあなたじゃなく、似ている私
が悪いのよ、という気持ち)、違うんです」と言ったところ、目の前30センチのとこ
ろで向かい合ってるのに「ええっ、違うんですかっ?」と言われてしまった。「ええ、
私、あの、翻訳やってる松岡と申します」と言うと、「きゃあ、松岡さんの訳、好き
です、やっぱり握手してください」と来たのは嬉しかった。
さあ、その翻訳だけれど、目下『ペリクリーズ』に取り掛かっている。もう仮チラシ
もできて、来年のロンドン公演(ナショナル・シアターのオリヴィエ劇場!)のお知
らせも世に広まってるので、急がなきゃ。
怒涛のような忙しさにもかかわらず、松尾さんはHPのために実に律儀に「日記」を
書いている。オノレの怠惰が恥ずかしい。というわけで、管理人さんにはお手数かけ
ますが、見習うことにしました。いつまでこの感心な決心がもつか分からないけど。
なんて言ってちゃいけないか。



平成14年5月
 ベルリンぼけだ。原稿を書く気になれない。それとも、ただの怠慢をベルリンのせ
いにしているだけなのか。4月28日に成田を発ち、5月5日に帰国。一夜明けてまず
したのは、庭の手入れだ。今回は留守番役にまわった娘が、花の水遣りをちゃんとし
てくれたおかげでみんな元気。だが、たった一週間のあいだにすっかり様変わりして
いる。野生のポピーやハゴロモジャスミンは満開だし、ツツジやモッコウバラは葉っ
ぱだけになっているし、スナックエンドウは細い蔓をのばしているし、イチゴのいく
つかは真っ赤に色づいている。
 世の中の人々がドッと繰り出すゴールデン・ウィークには家で過ごすことを旨とし
てきた私だが、今回ばかりは禁を破った。息子が社会人オーケストラでコントラバス
を弾いており、そのオーケストラがベルリンでコンサートを開くというので出かける
ことにしたのだ。甥がベルリン大学に留学中なので、何かと都合もいいし、と言うわ
けで、一行は私の妹(甥の母)とその娘、私と夫の四人である。いつどこへ行って何
を見るかというプランから、ホテルの予約、芝居やコンサートのチケット購入まで、
甥が痒いところに手が届くようにお膳立てしてくれた。健ちゃんありがとう。
 これまで私はドイツを敬遠していた。文学や演劇や音楽も重くて暗くて深刻、と決
めてかかっていたふしがある。ごめんなさい、ドイツさん。偏見でした。認識を改め
ます。
まだコートを着なければ寒いくらいだったし、朝方はいつも雨がパラついたけれど、
ベルリンは新緑に覆われ、ツグミやスズメのさえずりが絶えず、いろんなお店やカフ
ェはお洒落で(さすがはバウハウスを生んだ国!)、ついついせっせと歩いてしまう。
思えば本当によく歩いた。季節がよかったせいもあるだろうが、ベルリンは「歩きた
い」という思いを掻き立てる街だ。まず、道が広い。木が多い。混雑がない。
見た芝居はどれも大当たり。29日の晩はマクシム・ゴーリキー劇場でイプセンの
『幽霊』(演出・美術・衣裳は渡辺和子)、30日にはベルリーナー・アンサンブルで
ブレヒトの『アルトロ・ウイ』(演出はハイナー・ミュラー、1995年初演)、5月1
日はドイツ劇場でロバート・ウィルソン構成・演出の『カリガリ博士』。
映画『ベルリン天使の歌』で日本でもお馴染みになった戦勝記念塔にも登った。狭
い螺旋階段の昇り降りでめまいがしそうだったけれど、巨大な天使をスカートの下
(?)から見上げることもできた。広大なティアガルテンは緑の海。ポツダムやデッ
サウまで足を伸ばした。ポツダムでは、フリードリッヒ大王の離宮、サン・スーシ宮
殿を、デッサウではバウハウスを見た。バウハウスでの感激はパウル・クレーとカン
ディンスキーが仕事をし生活をした家へ行ったこと。びっくりするくらい現代的。ク
レーは、中学二年のとき美術の先生に教えられて以来、一番好きな画家だ。思いがけ
ない「我が心の旅」。
旅のメインの目的だったコンサートは大成功と見た。会場は、な、なんと、ベルリ
ン・フィルのホールだ。パイプオルガンが正面ではなく上手寄りにあるのは初めて見
た。ステージは低い。その背後の客席がものすごく広いので、観客が舞台を360度取
り囲んでいるような錯覚を起こしてしまう。満席ではないものの、日本のアマチュ
ア・オーケストラ(とは言っても指揮は大友直人、二曲目のハイドンのトランペット・
コンチェルトのソロを吹いたのはコンラディン・グロート)のコンサートによくもこ
れだけ、と思うほどの大聴衆だ(いろんな駅にもポスターが貼ってあった)。一曲目
はブラームスのハイドン変奏曲、三曲目は三枝成章作曲の「カンタータ天涯」。ソニ
ーの盛田昭夫さんに捧げられた曲だ。旋律は恥ずかしいくらい通俗的だったけれど、
素晴らしいボーイ・ソプラノには文句無く感動。ドイツ人の美少年だ。私たちの席の
すぐ後ろにその友達らしい一団が陣取って、すごい声援を送っていた。終ってから舞
台のすぐそばまで行って、息子に声をかける。ゴキゲンの様子。



平成13年10月
今回は「行ってきた」シリーズです。

9月24日(日)大阪へ行ってきた。シアタードラマシティの『セツアンの善人』
を見るために日帰りで。21日だったかな、大阪の串田さんから電話。舞台が
とてもよくなったし、いろいろ変わった箇所もあるので出来れば見にきて欲
しい、と。東京の千秋楽(19日)に行けなくてものすごく心残りだったのだ
が、チケットは取りにくそうだし、などとうじうじしていたので渡りに船。
結果は、行ってよかった! 全体に芝居の要所要所のボルトとナットがきっ
ちり締まったという感じ。いろいろと新しく加わった要素も効果的だった。
たとえば、冒頭でタイトルや説明が投射されるスクリーンがえっちらおっち
ら運ばれてきて(運ぶ人の一人は串田さん)、吊り上げられるところとか、
ミィ・ツーさんが出てくるたびに演奏されるテーマ・メロディとか、ヤン・
スンの歌う「決して来ない聖者の日」で、彼が大テーブルから飛び降りた途
端にぱっと鋭角的に変わる照明とか。それに、お客さんの舞台への集中ぶり
もすごかった。私が見たときもそうだったが、毎日毎日スタンディング・オ
ベイションだったのだそうだ。今回の『セツアン』とTVの「情熱大陸」を
見て、松さんにはヴァイオラをやって欲しいとインスピレーションが湧いた
ので、松さんの楽屋を訪ね拙訳の『十二夜』をプレゼントする。串田さんの
坊やの名前が「十二夜」くんということもあるので、是非、近い将来再び串
田・松たか子のコンビで・・・。

10月2日(火)新潟へ行ってきた。ケラリーノ・サンドロヴィッチさんとの
公開トークのために一泊で。これまでケラさんとは劇場のロビーなどで立ち
話をしたことはあるが、ちゃんと話をするのは初めてなのでわくわくする。
新潟市民芸術文化会館・りゅーとぴあ主催の「演劇基礎講座」の第一回目。
12月にナイロン100℃の『ノーアート、ノーライフ』がここの劇場で上演さ
れるので、そのPRも兼ねて。ケラさんの名前、劇団の名前の由来から始ま
って、彼の戯曲やギャクの特徴、劇団メンバーのこと、愛してやまないモン
ティ・パイソンのこと、宮沢章夫さんや松尾スズキさんとの交友のこと、い
とうせいこうさんたちと旗揚げ準備をしている「空飛ぶ雲の上団子郎一座」
のこと、そして今度の作品のことまで話は盛り上がった。淡々とした話し振
りの裏に、たくまざるユーモアと豊富な知識、そしてセンスのよさがうかが
われる。近くの居酒屋でりゅーとぴあの皆さんに囲まれて打ち上げ。ホテル
に着き、エレベーターを降りて「おやすみなさい」を言って別れる。でもケ
ラさんは翌日のチェックアウト直前まで徹夜でホンの続きを書くらしい。

10月5日(金)10時55分発のBAで成田を発ち、ロンドン郊外のニューベリー
とオランダのロッテルダムへ行ってきた。私の訳を使った『ヴェニスの商人』
の舞台を見るために。ニューベリーのウォーターミル劇場については去年夏の
「独白・イギリス篇」に書いたけれど、晩秋というか初冬のウォーターミルも
趣があって素敵だった。ゴルフ場に隣接したホテルにチェックインしてから
タクシーを呼んでもらって劇場へ。劇場を運営しているジルとジェイムズ・
サージャントさん夫妻に再会。早速三階の楽屋へ行ってカンパニーの皆さん
に挨拶する。前日が初日。みんな温かいお客さんの反応に感激したそうだ。
バーに行ってみると、舞台監督の堀さん、照明の石島奈津子さんらのスタッ
フと一緒に泉もいた。元気そうでほっとする。端で見ていても「兄貴」堀さ
んチームの結束のよさが分かる。演出のイオン・カラミトルさん、プロデュ
ーサーの田村さんも別のテーブルに。舞台はこの日の2日目と翌日の3日目
を見た。中野誠也さん(シャイロック)、執行佐知子さん(ネリッサ)、小
山力也さん(アントーニオ)、立花一男さん(老ゴボー)がいい。お客さん
にとっては、いくら筋を知っているとは言え、おそらくチンプンカンプンの
はずの日本語の台詞、それなのに実に熱心に舞台に集中している。そのこと
に感激してしまう。
7日の早朝、貸切バスで劇場に寄り、道具や衣装のトランクを積み込む。早
起きしてくれたサージャントさん、人なつこい寄り目のサバ猫フリスコ、数
の増えたアヒルたち、生後5日という6羽のアヒルのヒヨコに「さよなら」
して空港へ。カラミトルさんはすでに昨日ルーマニアに帰っている(私と入
れ替わりにロッテルダム入り)。
ロッテルダムは初めて。ここでの初日は12日で、仕込みは11日、それまでは
オフ。私が帰国するのは10日の朝というマヌケなスケジュールになってしま
った。だから2日間ロッテルダム観光。でも、RSCに出すファックスの添削
をしたり、カラミトルさんへの手紙に私なりの意見を書いたりしたから、ほ
んのちょっとは役に立っただろうと自分を慰める。中高年四人組(中野、執行、
立花、私)で敢行した観光のハイライトはデルフスハーフェンの旧市街と
市場、そしてヒエロニムス・ボッシュの展覧会(これは執行さんと私だけ)。
チャイナタウンの中華料理は美味。四人ともファストフードのスープ屋さん
が大いに気に入る。
カンパニーはロッテルダム公演のあと、ルーマニアのブカレストへ向かう。
10日、泉にセントラル・ステーションまで送ってもらい、公演の成功を祈って
帰国。

10月13日(土)高知市へ行ってきた。マイムのグループ「水と油」の公演を
見て、メンバー四人のアフタートークの司会をするために一泊で。まるで夏の
ように強い陽射し。ここでは11月になってもまだ半袖で過ごすことがあると
タクシーの運転手さんが言っていた。県立美術館のホールはすごい。本格的
な能舞台まであるのだ。「水と油」さんにとっては、春フェスのグローブ座
を除けばこれまでで最大の劇場だそうだ。上演したのは『見えない男』。
ゲネプロも本番もすごくうまくいった。彼らの舞台は何度も見てきたが、今
回初めてルネ・マグリットの絵との類縁性に気づいた。満杯のお客さんも大
満足の様子で、トーク終了後も大勢ロビーに残っていて、名残惜しそうに四人
のメンバーと話をしていた。トークでは、みんながフィリップ・ジャンティが
好きだと聞いてナットク。打ち上げも楽しかった。本場土佐のさわち料理、
スライスしたにんにくがドサっとかかったカツオのたたきに舌鼓を打つ。高
知県文化財団企画課長・県立美術館アートコーディネーターの藤田直義さん
はすごいセンスの持ち主で、果敢な。なにしろ1993年に開場して以来、この
ホールに呼んだのはダムタイプ、勅使川原三郎、維新派、メレディス・モンク、
ク・ナウカ、ラ・ラ・ラ・ヒューマン・ステップス、イデビアンクルー、
ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブといった錚々たる面々。ジョルジュ・メ
リエス映画祭もやっている。どうです、トンガリぶりは。「水と油」は来年
5月のブライトン演劇祭(イギリス)に招待されている。応援に行きたい。
いや、行こう。

さて、23日から11月1日までまたイギリスに行ってきます。『ヴェニスの商人』
のジ・アザー・プレイス公演を見るために。カンパニーは28日に帰国しますが、
私と娘の泉はちょっとだけ居残り。3日にはライミング『十二夜』のキャスト・
スタッフ顔合わせです。



平成13年9月6日
5月、6月、7月のあいだに『マクベス』が終わり、『ウィンザーの陽気な女房たち』が
始まって終わり、『CANDIDE』が始まって終わり、8月1日には『セツアンの善人』の
稽古が始まり、14日からはさいたま芸術劇場の『ハムレット』の稽古が始まる。
なんか過密だなあ。
CANDIDEは、東京の千秋楽も感動的だったけれど、大阪の楽の盛り上がりは
大変なものだったらしい。何しろ三千人のお客さんがウワーと総立ちになり、しまいには
オーケストラのメンバーまで舞台に上がっちゃったっていうんだもの。この公演は
私にとっては大きな意味がある。初めてのミュージカル、単なる翻訳ではなく、
訳詞の橋本さんや演出の亜門さんたちと何日もかけて上演台本作りに参加したこと。
何よりも大きいのは、指揮者の佐渡裕さんを知ったことだ。ご挨拶し、初めて話をしたのは
初日の舞台がはねてから。ダイナミックな指揮ぶりは、客席から眺めていて感動したが、
直接お目にかかって、その若々しさとてらいの全くない真っ直ぐな人柄に心を動かされた。
このとき、8月4日に河口湖畔で佐渡さん、河合隼雄さん、ラグビーの平尾誠二さんの
トークおよび、佐渡さんと河合さんのフルート二重奏があることを知り、「行きます!」と宣言。
で、一人で車を運転し、行ってきた。佐渡さんのマネジメントをしていらっしゃる佐野光徳さん
の企画だ。出かけるまえに佐渡さんの著書『僕はいかにして指揮者になったか』(新潮社、Oh!ブックス)
を読んでますます感激。この本はオススメ。
前日の晩の食事会と当日のトークは、お三方とも関西出身なので柔らかでユーモアに満ちた
語り口が楽しく、中味は広く深く、それにフルートの演奏まで聴けたのだからこれを至福の時と
言わずしてなんと言おう。
********
とここまで書いて、またまた時間があっという間に過ぎ去り、いまはもう9月。そのあいだに
『ヴェニスの商人』(欧日舞台芸術交流協会)の稽古が始まり、『くたばれハムレット』(NLT)
の稽古が始まり、『セツアン』は幕を開け、蜷川さんの新『ハムレット』は劇場稽古に入った。
やれやれ・・・。
7月末には琵琶湖で開催された日本テレビ主催の「鳥人間コンテスト」を見に行った(夫が
東京電機大学の鳥人間チームを指導しているので)。電大が参加したのは滑空部門で、
飛んだのは26メートルだが、それでも28団体のうち13位。初参加としては上出来だ。
その帰りに娘が京都の友だちから雌の仔猫をもらう。ほんとに頼りないほど小さかった
モルト(ヒヨコみたいななき声なので通称ピー、ピヨコ、ピヨ。ものすごいカジリ屋で、15年来の
我が家の愛猫ギズモを追いまわすのでアクマともデビル・キャットとも呼ばれている)が、
いまでは三倍くらいの大きさに育った。
ところで娘の泉はtptの『ガラスの動物園』では舞台美術助手として仕事をさせてもらい、
すごく勉強になったよう。『ヴェニスの商人』では美術を担当。暮れに予定されているライ
ミングの『十二夜』(中島晴美演出)もやることになっているので、一緒の仕事が続く。
『ヴェニス』は上演台本用にまず、演出のイオン・カラミトルさんがカットしたものを訳したが、
現在はちくま文庫のためにそのカット部分を訳している。相変わらず難しいところが山ほど
あって溜め息の連続。



管理人より
モルトの写真は、こちらです。

平成13年5月
一年中で一番好きな季節。庭を占領する花が次々と入れ替わる。花大根、野生のポピー、
いまはムラサキツユクサの親玉みたいなイカリソウだ。庭を眺めていて一、二本の雑草が
気になり、「ちょっと」のつもりでサンダルをつっかけたらもうおしまい。しばらく戻ってこられ
なくなる。で、自分にルールを課した。「原稿を書き終えたら庭に出ることを許可する」というもの。
言わばご褒美だ。
昨日もそうだった。先週半ば、ホリプロのKさんから電話があり、『近代能楽集』のロンドン公演用
パンフに原稿をという突然の依頼。『英語青年』の原稿を送ってほっと一息、いよいよ『ヴェニスの
商人』の翻訳に取り掛かるか、と思った矢先だ。おまけに三島由紀夫の芝居についてはこれまで
書いたことがない。イギリスでは、三島というとどうしても政治的に捕らえる傾向があるので、
彼の演劇の特質を軸にした紹介文が欲しい、というのが蜷川さんの希望なのだそうだ。「うーん」
なんて迷っていると、「ここに蜷川さんがいらっしゃいますから、代わります」。巨匠みずからの
ご依頼なら畏れ多くて断ることはできない。でも、たった六百字の原稿でも、『近代能楽集』を
全部読み返し、手元にある資料には当たらなきゃならない。締め切りを一日延ばしてもらって、
28日と29日の境目あたりにメールで送る。明けて29日、「わーい、庭に出られる!」というわけで、
蚊の攻撃への対抗策を講じ(厚地のスパッツ、蚊よけの黒いネットのジャケット、蚊取り線香)、
ゴム手袋をはめ、サンバイザーをつけて。
庭と言えば、ついこのあいだ、柘植の木にキツツキがきた。まさか、と思われるかもしれない
けれど、見間違いではない。黒い羽にポツポツと白い斑点、長いくちばし、つつーとリズミカルに
垂直に幹を昇る、止まったところでちょんちょんとつつく。ああ、また来てくれないかなあ。
四月、五月はいろいろと出来事満載だった。まず四月。『ウィンザーの陽気な女房たち』の稽古
開始、パンフと『快読シェイクスピア』続編のための河合隼雄さんとの対談で京都へ。中村
歌右衛門みたいなしだれ桜も見た。岸田戯曲賞(三谷幸喜さん)の授賞パーティ、AICT賞
の選考会、白石加代子さんのスポニチ芸術大賞授賞パーティ。
18日に秋元松代さんをお訪ねしたら、その一週間後に亡くなって、呆然。メセナ協議会の
理事長をお辞めになった根本長兵衛さんを囲むパーティ、編集者をしている妹と一緒の
津和野旅行(3月20日にオープンした安野光雅美術館へ。安野さんの案内で津和野を巡る
贅沢。まず、安野画伯による『週刊朝日』表紙の原画展をやっている下関の美術館へ行った
のだが、ここで秋元さんが亡くなったことを知った。朝日新聞学芸部の山口宏子さんとの電話と
ファックスのやりとりで追悼文を書く)、92歳になった母の誕生会。アタマも体もねじくれそうだった
のは、29日から30日にかけて。秋元さんのお通夜には出られないので、午前中に品川のご遺体
安置所へ赴き、「一人お通夜」をしてから、六行会ホールへ行って私の訳によるAUNの『リア王』
を見る。6時からはホテルニューオータニで「白石加代子さんのもろもろを祝う会」(加代ちゃんの
大らかで温かい人柄をそのまま映すような素晴らしいパーティだった)。コクーンの『マクベス』の
打ち上げと重なる。ホリプロの堀会長やプロデューサーの金森さん、NODA・MAPの北村さん
たちは両方をハシゴ。私もそうするつもりだったのだけれど、私のスピーチの順番があとの方
だったので、打ち上げ出席は諦める。賑やかなパーティのあと、深夜から明け方にかけて
秋元さんの弔辞の原稿を書いた。
30日、そぼ降る雨の中の秋元さんの告別式。これを「悲喜こもごも」と言わずして何と言おう。



管理人より
先生、ご自慢のお庭は、こちらです。お庭@   お庭A
秋元先生への弔辞は、こちらです。



平成13年5月7日
13:00からCANDIDEの顔寄せ。江東区枝川のダイジョー・スタジオ。地下鉄有楽町
線の豊洲が最寄の駅。初めて足を踏み入れるあたりなので、好奇心に後押しされ、地
図を頼りに駅から歩く。運河があって、倉庫らしい建物が立ち並んでいる面白い界隈
だ。快晴の空からの陽射しが柔らかく、気持ちがいい。少し早めに着いたのだが、広
いスタジオに入ってみると、スタッフ・キャストはほとんど勢揃い。記者発表も兼ね
ているので、テレビカメラが何台も入り、朝日の今村さんや読売の田中さんなどをは
じめ演劇記者さんたちの顔もたくさん。そのうえ稽古ピアニストのピアノが響き、コ
ーラスを含むキャストは大所帯で、私がこれまで関わった芝居の顔寄せとは雰囲気が
まるで違う。照明の原田保さんなど馴染みの顔を見るとほっとする。スタジオ中央に
は、少し傾斜した円形のプラットフォーム。そこに石井一孝さん、岡田真澄さん、中
島啓江さんら、豪華キャストがずらりと並ぶ。それに向かい合うかたちで並んだ長い
テーブルにつくのは、宮本亜門さんを中心にしたスタッフ。私は亜門さんの隣り。パ
ルコ制作の毛利美咲さん(元メジャーリーグ。彼女とは『ガラスの動物園』、去年の
『ニジンスキー』で一緒に仕事をした。音楽に強い、腕のいいプロデューサーだ)が
みんなを紹介する。欠席は、指揮者の佐渡裕さん、訳詞の橋本邦彦さん(オーストラ
リア在住)、マキシミリアン役の岡幸二郎さん、舞台美術のニール・パテルさん(ニ
ューヨーカー)。記者会見のあと休憩を取って、早速稽古に入る。椅子とテーブルを
並べ変え、今度は亜門さん、私、演出助手、そして音楽助手の永野さんが指揮をする
ために中央に陣取り、キャストは円形プラットフォームをぐるっと取り囲むように坐
る。初めから終わりまで、全編を二回通したのだが、いやあ、みんなすごい歌唱力。
ミュージカルとオペラの歌手の混成チームがそれぞれメいっぱいに力を発揮。間近で
聴くコーラスの迫力といったらない。キャンディードの恋人クネゴンデの「着飾って
浮かれましょ」というナンバーは、『魔笛』の夜の女王のアリアに匹敵するほどの難
曲なのだが、増田いづみさんも日紫喜恵美さんもうっとりするほどのソプラノリリコ
を聴かせてくれた(この役はトリプル。鵜木絵里さんは今日は欠席)。私が主役の石
井さんを初めて見たのは『レ・ミゼラブル』のマリウス役だった。実にチャーミング。
この役をダブルでやる鈴木准さんはまだ芸大の学生だそうだが、陶酔的な美声の持ち
主。中島さんは亜門さんの演出デビュー作『アイ・ガット・マーマン』でお馴染みだ
が、聴きしに勝る声量と独特のキャラクターに圧倒される。ユーモラスでセンスのい
い橋本さんの訳詞が楽しい。台詞に手を加えるべき箇所も結構あって緊張したけれど、
快い緊張だ。それにしてもバーンスタインの音楽は多彩な光輝を放つすごいものだと
改めて実感する。うーーん、きっといい舞台になるぞーー。稽古が終ったのは9時を
過ぎていたけれど、ちっとも疲れを感じない。興奮しつつ、一人家路をたどる。


平成13年3月13日(火)
蜷川さんの新演出『マクベス』もとうとうあさってがゲネプロというところまできた。
今日も2時15分から本番どおりの通し。客電が消えかけるとき、蜷川さんが
大声で言った、「今日はとめないぞ」。まるで自分に言い聞かせるみたいに。
客席には作曲家の笠松泰洋さん、その友人でシェイクスピア学者の郷健治さん、
『ウィンザー』でスレンダーをやることになっている石井愃一さんは、あらら、
ルー大柴さんを連れてきている。笠松さんも『ウィンザー』の音楽を担当する。
通しが終ると、みんな大興奮。笠松さんは「世界に見せたーい!」

2月10日にコクーンの会議室でスタッフ・キャストの顔寄せと読み合わせが
あって以来、私は彩の国さいたま芸術劇場の大稽古場と劇場に14回も
通った。定期まで買っちゃった。大竹しのぶさんのマクベス夫人は、この
戯曲を訳しているときからの私の夢。それがこんなに早く実現するなんて、
感無量だ。蜷川さんのいつもの稽古どおり、二日目から立つ。
バンクォーの六平直政さん、通称「ろっぺいさん」が稽古場の陽気度を一身に
担う。彼は、演出家に却下されることを恐れず、優れたアイディアから馬鹿馬鹿しくて
とんでもないアイディアまで、次々と繰り出してみんなを楽しませてくれる。唐組
や新宿梁山泊の稽古でもこんなふうらしい(某日某所で金守珍に会ったのだが、
「相変わらず稽古場ひっかきまわしてる?」と言ってたから)。毎日の稽古が
楽しみなのは、予想を超えるしのぶちゃんのすごさなのだけれど、唐沢寿明さん
のマクベスには感嘆しどおしだった。まず、台詞がきれい。翻訳者としては
感謝感激だ。彼の言葉はまっすぐにこちらの胸に届き、しかもその言葉に
こもるイメージが鮮やかに伝わってくる。こんなにデキル人だとは思わなかった。
この『マクベス』の大きな特徴のひとつは、マクベス夫妻が深く深く愛し合って
いること。こんなに観客の共感を呼ぶマクベスとマクベス夫人は珍しいと
思う。唐沢さんは、身体的な反射神経は言うまでもなく、精神の反射神経も
バツグンだ。幻の短剣の場など、ほれぼれする。迷いに迷ったすえ、ダンカンを
殺しに行くその後姿は、何度見てもかわいそうで、かわいそうで・・・。
この『マクベス』における蜷川さんのコンセプトは「青春の最後の一夜」という
ものだが、このときマクベスは、もうやりなおしのきかない行動領域への一歩を
踏み出すのだ。それがかわいそう。
原田保さんの鮮烈な照明を含むヴィジュアル面の美しさについても書きたいの
だけれど、これは、見てびっくりしてもらいたいので書かない。ただ、こう言って
おこう。禁欲的だが豪華。まるで現代美術のインスタレーションのよう。


平成13年1月28日(日)
終った!
『ウィンザーの陽気な女房たち』ついに訳了。予想以上に長い時間が
かかってしまった。初めの訳了目標は、去年の夏だったのに、えんえん
抱えていてとうとう年を越してしまった。
この芝居は、シェイクスピアにとって唯一の「イングランド現代劇」。
彼の身の回りに生きている人々、彼らが話す言葉が取り入れてある
に違いないだけに難しかった。これは、言葉(つまり英語)についての
劇という側面を持つことが訳しはじめてイヤというほどわかった。
すべての人物一人一人が独自の特徴をもった喋り方をする、それ
ぞれに口癖がある。それをどう日本語にするか・・・。牧師でグラマー
スクールの先生であるヒュー・エヴァンズはウェールズ訛り、医者の
キーズはフランス訛り、フォルスタッフの子分のバードルフはしょっちゅう
芝居がかった言い回しをする、フォルスタッフが泊まっている
ガーター館の亭主は、いろんな言語やなんかの知識をひけらかす、
キーズの家政婦のクイックリー夫人は言い間違い(マラプロピズム)の
天才(『ロミオとジュリエット』の乳母、『から騒ぎ』のドグベリーも同じ)、
といった具合だ。
まだよく分からない箇所が山ほどあるので、いつものように東女の恩師
コールグローヴ先生に時間をとっていただいて質問しなくては。それに
問題は脚注。でも、今回は、最初から脚注用のファイルを作って、訳しな
がらどんどん書いていったので、出版までの時間は少しは短縮できる
はず。これからもこの方式で行こう。
さーて、すぐにも次に取り掛からなきゃならないのは『キャンディード』。
お正月明けに、演出の宮本亜門さん、訳詞の橋本邦彦さん(新国立
劇場で上演された『太平洋序曲』の翻訳者)、パルコ劇場制作の毛利
美咲さんの四人で伊豆の温泉で合宿し、台本を細かく検討したのだが、
それに従って翻訳にも手を入れなくてはならない。それだけでなく、
ヴォルテールの原作をもとに「私が書かなきゃならない(!)」部分もある。
タイヘンだ。
大雪さえ降らなければ、昨日今日と小淵沢で乗馬の練習をするはず
だった。取りやめにしてガックリきたけれど、おかげで『ウィンザー』訳に
ラストスパートをかけることができた。朝は雪かきをしたせいで、ちょっと
ぎっくり腰気味になってあせったが、大丈夫そう。コンピュータを前に煮詰まる
たびに、雪に覆われた庭をぼーっとながめた。ガーデン・テーブルに撒い
たヒマワリの種だの粟だのをスズメの大群やシジュウカラがついばみに来る。
シジュウカラは、ヒマワリの種をくわえてサッと飛んで行き、木の枝なんか
にとまって、肢でおさえた種をくちばしツンツンと割って中味を食べ、殻を
プッと飛ばす。かわいいったらない。今日はメジロも来た。ほころびかけた
梅や侘びすけの花の蜜を吸うさまが、これまたかわいい。


平成13年1月21日(土)
 次の「独白」の書き出しは『ウィンザー』訳了の歓喜の言葉で、と思っていたのだが、
それにはあと一週間ほどかかりそう(いま、ようやく第五幕に入った)。一月中に
2001年第一回をつぶやかなくては示しがつかない(誰にだ?私自身に)。
昨日は、第三十五回紀伊国屋演劇賞の授賞式とパーティ。団体賞は二兎社。
このところの永井愛さんの活躍と仕事の充実ぶりは目をみはるばかり。『パパの
デモクラシー』で文化庁芸術祭大賞を受賞して以来、彼女が書いたものは
すべて何らかの賞を獲得している。すごい。『萩家の三姉妹』は読売演劇大賞の作品賞
にもノミネートされているし、聞くところでは読売文学賞まで獲っちゃったようだ。
私はちょうど、ニューヨーク大学から出ている演劇雑誌『Women and Performance』
の日本演劇特集号に劇評を書いたところなので、なんか我がことのように
嬉しい。英語で文章を書くのは久しぶり(一昨年、加代子さんの『百物語』NY公演
のため、レクチャー原稿を書いて以来)だが、編集のローレン・エデルソンが
懇切丁寧に原稿を読んでくれて、すごくいい示唆と的をついた質問をしてくれた
おかげで、この芝居の面白さと優れぶりが伝わるものになったと思う。メイルと
ファックスのやり取りは何度に及んだか分からないくらいで、その度に加筆・訂正
をする作業が何日も続いたが、楽しかった。
 紀伊国屋演劇賞受賞者の挨拶でケッサクだったのは蜷川さんのもの。ずらっと
並ん坐った受賞者のなかで、ただ一人、ちょっと物騒な顔つきをしていたので、それに、
彼の順番が回ってきた時、開口一番「今日は思っていることをみんな言います」
てなことを言ったので、あ、なんか人騒がせなことを言いそう、という予感がした
のだが、案の定。「僕は紀伊国屋演劇賞がきらいでした。その理由は、これまで
いつもろくでもない(という言い回しではなかったが、要するにそういうこと)作品
ばかりが受賞してきたので、俺には関係ない、と思っていたからです」! 「だから
受賞の知らせを聞いたときも迷惑でした」! 「女房が電話を受けたんですが、
『賞を受けるかどうか、返事しなきゃいけないのよ』と言うから、『いらないって
言ってくれ』。女房は『それなら自分で返事しなさいよ』」!
 たぶん、私も含めて何人もの人が心の中で「蜷川さんらしい」とにやにや面白
がっていたはずで、笑いも起きたのだけれど、立錐の余地もないホテル
ニューオータニ西鳳凰の間はカタマッた。一拍あって、「でも、もらうことにしました」
で、カタマッた雰囲気がほにゃほにゃっとなる。「受賞は、僕一人のことではなくて
『グリークス』に関わったスタッフ・キャストみんなのものだし、劇場の中を改装まで
してくれたシアターコクーンのものでもある、と・・・」
 蜷川さんがバクダン発言したのも無理はなく、三十五年の紀伊国屋演劇賞の
歴史のなかで、彼の受賞は今回の『グリークス』が初めてなのだ。ハ・ジ・メ・テ、
とはオドロキではあるまいか。おそらく紀伊国屋賞以外のありとあらゆる演劇賞
は受賞してきたであろうに。
 ま、何はともあれメデタイことだ。体だけはくれぐれも大事にして、がんがんやって
ほしい。近い将来も、あっと驚くような企画があることだし。


「独白:NY版」
NY版の『独白』は、別ページにしました。
ここをクリックしてください


平成12年11月9日(木)
書斎と劇場の行き来が生活の基本パターンである私にとっては
えらくマスメディアな一日。11時半に恵比寿ガーデンプレイスに
あるウェスティン・ホテルへ。蜷川さんの新『マクベス』の記者発表が
12時から開かれるのだ。控え室で彩の国さいたま芸術劇場の諸井
さん、ホリプロの堀会長、日本テレビの専務取締役・萩原さん、そして
蜷川さんなどに挨拶したあと、大竹しのぶさん、唐沢寿明さんの控え
室へ。しのぶちゃんはもうメイクを終え、Yoji Yamamotoのドレスを着
て美しいったらない。ゴブラン織り風のフレアスカートがよく似合う。
「ホントにマクベス夫人をやる日が来たわね!」と私。「あの時は
ええーって言ったけどね」としのぶちゃん。「あの時」とは三年あまり
前のある日のことだ。どこの劇場だったか記憶はさだかではないが、
私は大竹さんの楽屋を訪ね、出版されたばかりのちくま文庫版
『マクベス』をプレゼントしたのだ。それを手渡しながら私は言った。
「しのぶちゃん、ゼッタイにいつか、あなたはマクベス夫人をやる
んだからネッ」。で、彼女は「ええー?!」と言ったのだ。私が
『マクベス』を訳したのは、デヴィッド・ルヴォー演出、松本幸四郎の
マクベス、佐藤オリエのマクベス夫人の舞台のためで、もちろん
オリエさんのマクベス夫人は素晴らしく、翻訳している時も彼女の
声が聞こえてきたのだが、それと同時に、大竹しのぶのマクベス
夫人も見たくてたまらなくなったのだ。「私の念力って強いのよ、しのぶ
ちゃんのマクベス夫人が実現しますようにって念じてるから、しのぶ
ちゃんも念じて。二人分なら念力も二倍になるから」とも言った。
だから、ホントにこの日が来たのは感無量。九社ものテレビが
入った記者発表は盛大だった。唐沢さんは「大竹さんに食われながら
がんばります」と言って会場の笑いを誘い、しのぶちゃんは、「三年前
に翻訳の松岡さんから本を渡されて、ええー、云々」。蜷川さんは
開口一番「大竹さんは魔女やるんじゃなかったっけ?」と言って、
またまた大笑いを沸きあがらせ、背中に大竹さんからピシャっと軽い
平手打ちを受けた。うーーん、稽古も本番も今から楽しみでたまらない。
記者発表が終ってから、ラジオ日本のディレクターの斎藤さん、
ホリプロの小川知子さんと「島崎和歌子のイヴェントジャングル」の
打ち合わせ。タレントの島崎和歌子さんがパーソナリティをつとめる
この番組は「オススメのイヴェントをピックアップして紹介するイヴェント
先取り番組」だそうで、私は今回の『マクベス』について島崎さんの
質問に答えるのだ。録音は13日。放送予定は11月27日から12月
1日まで、毎晩10分ずつ(時間があったら聞いてください)。
次いで、新宿の京王プラザホテルへ。カフェテラス樹林で食事をして
から、少し早めに40階のスイートルームへ上がる。串田和美さんへ
のインタヴュー。日大芸術学部での授業を終えた串田さんは時間
どおりに到着。平成中村座の『法界坊』のこと、串田さんと歌舞伎
との「縁(えにし)」と呼びたくなるほどの意外なつながり、シェイクスピア
のグローブ座と平成中村座との類縁性など、カメラが回っているのも
忘れるくらい楽しい対話だった。串田さんとは同い年という
こともあって、いつも同級生感覚でお喋りができる。打ち解けた雰囲気
がテレビ画面からも伝わるといいのだけれど・・・。


平成12年10月
10月22日(日)
10月半ばは、伝統芸能と喋りの日々が続いた。
8日(日)ニューヨーク、ジャパン・ソサエティのパフォーミング・アーツ
部門のディレクター、ポーラ・ローレンスとランチ。去年に続き、今年
も白石加代子「百物語」のJS公演がある。去年は加代ちゃんの舞台
の前に英語でレクチャーという仕事があったけれど、今年は同行する
だけだから気が楽。ランチのあと、神楽坂のセッション・ハウスへ。
来年のグローブ座春フェスの参加が決定しているマイム集団「水と油」
の公演へ。ポーラのお眼鏡にかなえば彼らがジャパン・ソサエティに
招ばれるかもしれない、と「勝手に応援団長」気分の私の下心は
報われそうな感触。ポーラも、一緒に見た扇田昭彦さんも、四人の
パフォーマー(男性3人、女性1人)の息の合ったシャープな動きと
意表を突く場面展開にびっくりしていた。シメシメ。
10日(火)早稲田大学大熊講堂で島田正吾さんの一人芝居「白野
弁十郎」へ。隣の席には中野翠さん、斜め後ろの席には市村正親
さん。今年94歳の島田さんの元気な舞台姿に驚嘆する。
11日(水)大妻女子大比較文化学科で「シェイクスピアの言葉」と
題して講演。いい質問がたくさん出たのが嬉しい。そのあと、赤坂ACT
シアターでアルメイダ劇場の「コリオレイナス」を見る。夏にロンドンの
ゲインズバラ・スタジオで見た時よりも、すべてが緊密になっている。
レイフ・ファインズの見事な演技。千変万化する声が舞台を横切って
大きな放物線を描くのが「見えた」! 「ローマを攻めないでくれ」
との母ヴォラムニアの説得に屈し、それまで無表情で不動だった
彼が、あきらめて去りかけた母の手を取り、What have you done?
と言う瞬間、レイフは身も心も丸めた紙みたいに文字通りくしゃくしゃに
なって母の膝にすがる。すごい。
終演後、ロビーで打ち上げ。ロンドンでパンフ用の対談をした
演出家のジョナサン・ケント、レイフ、オーフィディアス役のライナス・
ローチ、ヴォラムニア役のバーバラ・ジェフォードなどと話す。レイフには
くだんのWhat have you done?のシーンの感激やら、ロンドンで見た
「リチャード二世」の衝撃(玉座にあるうちは、王として「暗記した台詞」
を言ってるふうに見え、そこから落ちて行くにつれ「自分の言葉を獲得
してゆく」と見えたこと、など)を伝える。眼窩の奥の澄んだ青い目が
笑みをたたえ、嬉しそうに私の手を取ってくれた! 夏のシェイクスピア
観劇ツアー参加者の一人、レイフの熱烈なファンの小松さんに話したら
どんなにキャアキャア言うことか・・・。
12日(木)飯田橋のトッパン・ホールで「オリーヴの木陰で」と題した
つのだたかしさんと波多野睦美さんのコンサートを聴く。波多野さんの
神々しいほどのソプラノは、全身の皮膚から体の奥まで染み込んでくる
ようだ。昨年この稀有なペアが出したCD「オフィーリアの歌」ライナー
ノートには、私も一文を寄せている。世界でも第一級のリュート奏者
つのださんは駄洒落にかけても第一級(すぐそばの席で聴いていらした
小田島雄志さんとは駄洒落友だち)。帰りの電車でも偶然お二人
の一行と一緒になり、大いにトクした気分。
14日(土)東京女子大同窓会の講演会で「シェイクスピア翻訳の旅」と
題して喋る。学生時代、シェイクスピア研究会の先輩だった重成さん(旧姓、
海野さん。「夏の夜の夢」では彼女がカッコいいオーベロンで、私は
まぬけなボトムだった)が司会なので、まずドキドキ。会場に入ってみたら、
恩師コールグローヴ先生の顔や同級生の顔も。ますますドキドキ。でも、
ヴィデオをたくさん使いながら楽しく話ができた。ここでもいい質問が
いくつも出てゴキゲン。帰りに阿佐ヶ谷の実家に寄って母と妹と食事。
15日(日)朝10時から夜7時半まで、国立能楽堂で浅見真州さんの
独演五番能(浅見真州の会・十周年記念)。演じる方はもちろん、
見る方もギネスブックもの。最初の「翁」に始まって、「邯鄲」「清経」
「半蔀」「卒都婆小町」、狂言「呼声」、最後は「石橋」。「石橋」での
演者と囃し方との緊密な噛み合い方が印象的。特に藤田六郎兵衛
の空(くう)を鋭利な刃物でスパッと斬るような笛に圧倒される。
16日(月)メジャーリーグの笹部さんの誘いで、急遽、新宿御苑での
薪能を見ることに。ジョナサン・ケントとレイフ・ファインズが見に行く
というので「じゃ、私も」となったのだ。新宿御苑の薪能は初めて。
まるでフォークジャンボリーみたいに、広大な芝生を埋め尽くした
観客にびっくり仰天。ここでも「清経」。ジョナサンとレイフに大まかな
背景を説明する。野村萬斎さんと父上の万作氏が出演する「船渡聟」
を見終わり、仮設の楽屋までみんな(ホリプロの金森さん、内藤さん、
メジャーリーグの笹部さんたち)で萬斎さんに会いに行く。「恋重荷」
はパス。御苑を出てからみんなと別れ、笹部さんと食事して帰宅。
17日(火)橋の会公演「高橋睦郎新作狂言の夕べ」(国立能楽堂)。
「九十九がみ」は伊勢物語に材を取った、九十九歳のおばあさんの
在原業平への恋のおはなし。茂山千作(シテ・老母)、三郎(アド・息子
の三郎)、七五三(アド・業平の従者)が紋付・袴で座って読むのだが、
ふわっと情景が浮かんでくる。千作さんの「千五郎」時代に、やはり
橋の会で「花子」を見て以来、そしてその後「月見座頭」を見てからは
ますます、私は茂山千作の追っかけとなった。ここでも藤田六郎兵衛
の笛の見事さを堪能する。
「梅ノ木」は萬斎さんがシテで演出。梅の精に化けるところが可愛い。
18日(水)鎌倉へ。ミニならぬマイクロ・カルチャーセンターとも言うべき
湘南アカデミア(東女の一年後輩の村田禮子さんが立ち上げた)で
何年間かシェイクスピアの話をしていたのだが、去年からは、その
メンバーの有志の方々が半年に一度開くサロン風の集まりで話して
いる。この日は「テンペスト」について。和気藹々で楽しい。
そのあと、赤坂ACTシアターで「リチャード二世」。王位譲渡の場、
Down, down, I come...のところがロンドンで見たのとは全く違う演じ方
になっている。ロンドンでは、怒りと言っていいほど激しい感情に
突き動かされるように、この言葉がほとばしり出ていたのだが、
この日のレイフ=リチャードは、まるでdownという言葉を初めて
聞き、その意味が分からないかのように、途方に暮れて言う。
これはこれですごい説得力。あとでジョナサンに訊くと、NY公演を経て、
毎日少しずつ変化しているのだそうだ。そう言えば「コリオレイナス」の
例の母との場も「毎日ちがうのよ」とバーバラが言っていた。終演後、
野村萬斎さんたちと一緒に裏へ行って、レイフとジョナサンに会う。
ジョナサンは明日ロンドンへ帰るのだ。でも、千秋楽にはまた戻ってくるとか。
夏にロンドンで開幕した「コリオレイナス」「リチャード二世」の大楽は
東京で、このカンパニーは彼にとって家族みたいなものだからだ
そうだ。
20日(金)新国立劇場「欲望という名の電車」初日。樋口可南子の
ブランチがすごい。内野聖陽も、粗野でありながら「心」のあるスタンレー。
この「欲望」の何よりの特徴は「笑い」がふんだんにあること。
T・ウィリアムズがチェーホフの影響を受けていることを証明する
ような見事な演出(栗山民也)。その意味でも、樋口さんが「欲望」の
まえに「かもめ」をやったのは正解だった。終演後、白石加代子夫妻と
一緒に裏へ。無関係者なのに初日打ち上げ乾杯に混ざってしまった。
笑い、云々のことを栗山さんに言うと、我が意を得たりという表情で
「僕、これ、喜劇だと思ってるから」だって。うんうん。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
連日「ウィンザーの陽気な女房たち」の翻訳に取り組んでいる。
登場人物すべてが、一人ひとり独自な言葉遣いの特徴をそなえ、
それぞれに口癖がある。そこがこの芝居の面白さでもあるのだが、
それをどう日本語で表現するかとなると、はぁーふぅーひぃー。
無力感との闘いだ。目下、第二幕第二場。


平成12年8月28日(月)
遅ればせながら「独白・イギリス篇」Part 2 をお届けします。ツアー
メンバーの皆さんが帰国なさったあとから私自身が離英するまでの
日々。ひと月以上の時間がたってしまったので気抜けの感は否めないと
思いますが、イギリスおよびイギリス演劇についてお役に立てるかも、
という情報も入れたつもりです。 


平成12年7月14日(金)
ああ、不安だった。11時少し前に『コリオレイナス』が終わり、76
番のバスで帰ることにしたのだが(谷田、小松、田房さんは来たときの
ルートでそれぞれのホテルへ)、待てど暮らせどバスはこない。もう終
バスも終っちゃったんだろうかとゾッとしたが、近くにいた可愛い女性
(ゲインズバラ・スタジオ劇場のバーで働いているブルガリア人)も同
じバスを待っていることが分かりほっとする。ようやく来たバスに乗っ
たはいいが、ストーク・ニューイントンがどのくらい先か分からないの
で、運転手さんにBR(英国鉄道)の駅近くの停留所で停めてくれるよ
うに頼む。それでも、深夜の道をガンガン飛ばすので、知らない間に降
りるべきバス停を通り過ぎたのではないかと胸がドキドキ。ブルガリア
嬢が下車する前に「あと二つ先よ」と言ってくれ、そのあと運転手さん
も「着いたよ」と教えてくれたので事なきを得た。アンドリューがドア
を開けてくれる。彼のことは、泉をはじめいろんな人から聞いていたの
で初対面という気がしない(ニュージーランド出身、モートレーではグ
レタと同期の舞台美術家。温和で感じのいい青年。のっぽ。ものすごく
器用で何でも手作りしちゃう。泉が二階の自室からすぐに降りられるよ
う、消防士が「すわ、火事だっ!」というときに使うポールを作りつけ
てくれたのもアンドリュー)。
今日のことを順を追って言うと・・・。
グレタと73番のバスでウォータールーへ。NTのブックショップ前で
11時15分前にデイヴィッド(モートレーの大先輩、長いことドイツで
仕事をし、今は彫刻家。最近フラットの同居人になった)と待ち合わせ
のつもりが、渋滞のせいで遅れに遅れ、テイト・モダンに着いたのは
12時近く。昔の発電所をそのまま生かした圧倒的・威圧的な外観とは
裏腹に、一歩中に入ると床が荒削りの木であるせいもあって実に親密な
感じ。だからあっちこっちでみんな床にじかに腰をおろしている。ベビ
ーカーごと展示を見て回っている親子連れもいる。コレクションが一級
品であるのは言うまでもなく、この雰囲気も合わせて、私は「世界一の
美術館だ」と結論する。五階の一フロアだけでゆっくり2時間かけて見
る。エスプレッソ・バーもいい。テムズを見下ろす大きなフレンチ・ウ
ィンドーを出ると、のんびりくつろげるテラスになっている。
3時にグレタと別れてグリーク・ストリートに向かう。フランス革命の
路上パフォーマンスは4時のを見ることに。メゾン・ベルトーに着いた
らご主人が「よく来た、よく来た」とばかりに歓迎してくれた。まず二
階でパルミエ・パイとコーヒー。ウェイターたちも革命兵士や市民の扮
装をしている。谷田さんは2時のを見たらしい。BBCテレビも撮りに
きていて、ご主人は誇らしそう。彼は入浴中に殺されるマラーを演じる。
シャルロット・コードリー刺殺されるところでは、彼の裸の胸から血が
流れるのだが、短刀はアイスクリーム・コーンで、血はその中に入って
いたラズベリーかなんかのソース。やんやの喝采、大笑い。最後はドラ
クロワの「民衆を率いる自由の女神」の活人画が出来上がって、幕。そ
の間たった5分。どうやらメゾン・ベルトーでは毎年フランス革命記念
日にこのパフォーマンスをやっているらしい。来年も見に来たいものだ。
帰りにチャリングクロス・ロードの女性関連専門書店「シルヴァー・ム
ーン」でマルレーン・デュマの画集とジャーメイン・グリアの評伝を買
い、エンバンクメント駅へ。谷田、小松、田房さんはもう来ていた。ま
っすぐコヴェント・ガーデンのBELGOへ。ムール貝(セロリ&オニオ
ン)とベルギー・ビールのシメイを注文。時間サービスのセットメニュ
ー(5ポンド)。大きなボウルにムール貝が山盛り。食べきれるかと思
ったが、あまりのおいしさに四人ともぺろりと平らげた。ここにはツア
ーの皆さんも連れてきたかった。時間の余裕をとって6時に出て、オー
ルド・ストリートへ。
『コリオレイナス』の舞台は、本物の土、芝、樹木など自然の事物を配
した『リチャード二世』とは一転、メタリック。床には半透明のプラス
ティック板がはめ込まれている。硬質な劇世界にふさわしい装置。コリ
オレイナスとオーフィディアスというライヴァルを、レイフ・ファイン
ズとライナス・ローチが演じる。『リチャード二世』でもリチャードと
ボリングブルックというライヴァルに扮している二人。この対が生きて
いる。それにしてもヴォラムニアは猛母だ。私としては、どのキャラク
ターにもシンパシーを感じられない難しい芝居。


平成12年7月15日(土)
朝、ニューベリーのウォーターミル劇場に電話。ジェイムズ(ジェイム
ズ・サージャントさんは長年ロイヤル・シェイクスピア劇団のツアー・
マネジャーを務め、RSCが東京グローブ座や銀座セゾン劇場で来日公
演を打つたびに来日。観客がローマの群集に混ざるという演出の『ジュ
リアス・シーザー』来日前には、彼のモバイル・オフィス、つまり自家
用車に同乗させてもらいホワイト・ヘイヴンまでこの舞台を見に行った
ものだ。今年の8月に定年退職。そのあとは夫人のジルが運営している
ウォーターミル劇場に携わる予定とか)がつかまり、19日の打ち合わ
せ。グレタは昨日からキャンプへ(天気が崩れなくてよかった)。その
あとすぐにイタリアに帰って一ヶ月のホリデイなので、次に私がロンド
ンに来るまで会えないわけだ。寂しいな。アンドリューは大金持ちの友
人の家での仮装パーティに行くのだそうだ(仮装のテーマは「羽根」「顔
に生える毛」「オレンジ」。どれかひとつでも、三つとも組み合わせても
いいのだそうだ。イギリス人の考えそうなこと)。フランチェスカ(や
はりフラットの同居人、グレタとは幼馴染のジェノアっこ、ファッショ
ン・デザイナー)も出かけるとか。
12時8分発の列車でダリッジへ。ちょっと迷ったが無事ヒンデル家(ジ
ュリエット・ヒンデルはBBCの東京特派員だったが結婚して退職。お
父さんのキースは今は劇作家だが、やはり長年BBCで働き、ジュリエ
ットのお姉さんのアリソンもウェールズのBBCラジオ・ドラマのディ
レクター、というBBC一家。お母さんのジェニファーは高校のイギリ
ス文学の先生をしていた。一家そろってオックスフォード大学出身)に
着く。ジュリエットの長男、生後二ヶ月のアレグザンダー君はキッチン
の床に置かれたポータブルのコットですやすや。大きなオークの木が何
本もある庭が素敵だ。ラズベリーが実っている。ジュリエットの友人夫
妻とその男の子二人も来ていて、みんなでジェニファーの作ったパスタ
でランチ。いつもながら細やかな心遣い。4時少し前に失礼する。キー
スが駅までおくってくれる。
6時、ドルーリーレイン劇場前で谷田さんと待ち合わせ。この前泉と来
たイタリア料理の店へ。大きな薄いクラストにハム、アンチョビ、マッ
シュルーム、黒オリーヴなどのトッピングのピツァ。グッド。これでお
なかがいっぱいになり、次に来たパスタはほとんど食べられず。話に夢
中になりハッと気づくと開演時間直前。劇場目指して走る、走る。満席。
『イーストウィックの魔女』、見ている間じゅう居心地の悪い思い。悪
魔くんと女たちの関係のせいか。いくら嫌な相手とは言え、誰かに呪い
をかけて恨みを晴らす(殺す)というのも見ていてあまり気分のいいも
のではないし。でも三人の魔女のフライングは素敵だった。ちょっとジ
ュリア・マッケンジーを想起させるマリア(マライア?)・フリードマ
ンの歌は見事。谷田さんは明日帰国。「清水の舞台からバンジージャン
プ」して(私の行動原理のひとつ。要するに、何度も飛び降りるわけ。
谷田さんはこれに感染したのだ)ツアーに参加してくれ、ずいぶん力に
なってもらった。ありがとう。
フラットに帰るとデイヴィッド一人。今日買ったコンピュータ・ゲーム
にはまってしまったそうだ。
帰宅後東京の夫に電話。録音機能つきのウォークマン(ジョナサン・ケ
ントへのインタヴュー用)と泉の最新モートリー報告の載ったtptパ
ンフ(『裸―Naked』)を持ってきてと頼む。


平成12年7月16日(日)
9時起床。ノートパソコンを階下に下ろし、モデムにつないでメールにト
ライ。これまでのミスに気づき、ターミナルウィンドーが開くところまで
は漕ぎ着けたが、この段階で挫折。やっぱり泉に見てもらわなきゃダメか。
一泊用の準備をしてマンチェスターに向かう。3時過ぎにマンチェスタ
ー・ピカデリー駅着。泉に電話。駅のそばのレストランで食事をし、タク
シーでラウリー・センターに向かう。ちょっと恥ずかしいモダン建築。コ
ンパス・ルームへ行くと、ゲネプロの準備中。泉もベッキー(モートレー
の同級生。モートレーにはコース内での課題のほかに、アウトサイド・プ
ロジェクトというのがあって、実際の舞台装置デザインから制作、上演ま
での実地体験をさせるのだ)も忙しそうに動き回っている。今回泉がマン
チェスターでやったのは、四つの高校の学生たちが作った短い劇を音楽で
つないだもの。円形の空間を生かした簡素な舞台装置だ。超低予算なので、
道具のひとつ、ブリキのバスタブなどは泉たちのフラットのものを持ち込
んでいる。8時からは、このプロジェクトを立ち上げたPsappa(サッパ)
のオペラ『エメット氏は散歩に出る』を見る。オペラと言ってもごく小編
成で、ユーモアたっぷり。コント・オペラと言ったところか。思いがけず
いいものが見られて、得した気持ち。
管理人室でタクシーを呼んでもらい、クレッセント・ゲイト・ホテル。ホ
テル近くのインド料理のテイクアウェイ(アメリカ語のtake outは、イ
ギリス語ではtake awayなのだが、最近ではアメリカ化が進んでいるら
しく、ロンドンの巷でもtake outと書いた看板を見かけるようになった)
でカレーやサモサ、ジュースなどを買ってホテルの泉の部屋で食べる。


平成12年7月17日(月)
8時40分に泉の部屋をノックし、ホテル本館の食堂で朝食。バスでマン
チェスター・ピカデリー駅へ。10時30分発のロンドン・ユーストン行き
に乗れた。混んでいる。ユーストンからホルボーンまでバス。荷物がたく
さんあることもあり、一緒にモートリーまで行く。エキジビション(いわ
ば卒業展。11人の学生がここで一年間にわたって制作した舞台美術の模
型やドローイングを展示する。24日が初日なのでみんなパニック状態)
準備の続きに取り掛かる泉を残して、まずサウサンプトン・ロウの文房具
屋へ。さっきバスの窓からこの店のショーウィンドーにフクロウの縫いぐ
るみが飾ってあるのが見えたから。ことフクロウとなると我ながら目ざと
い。大学卒業の角帽(?)を被った可愛いヤツだ。タグにはずいぶん気の
利いたことが書いてある。'I always try to do my best and study hard for
all my tests. Now it's time to celebrate because at last I graduate!'
ラッセル・スクウェアのロイヤル・ナショナル・ホテルまで歩いて夫とT
さん(夫の飲み友達、海外旅行歴ゼロ)の到着を待つ。7時少し前に到着。
チェックイン後、夕方のテムズ川クルーズへ。まずエンバンクメントから
ウェストミンスターまでのぼり、Uターンしてロンドン塔のあたりまで下
る。ラッキーなことにタワー・ブリッジがかつての勝鬨橋のように開閉す
るその下をくぐれた。私たちの乗った観光船のすぐ前を高い帆柱を立てた
帆船が航行していたおかげ。夕食はチャイナタウンで。ロンドンに来たら、
必ず一度は食べるアロマティック・クリスピー・ダック。言わば、皮だけ
でなく身も食べる北京ダック。

18日(火)


平成12年7月18日(火)
観光一筋の一日。ロンドン・プライドというhop on and hop off(一日券
を買って、好きなところで降り、好きなときにちょうど来たバスに乗ると
いう賢い方式)のバスに乗り、オニのように観光する。再びテイト・モダン
へ。ルイーズ・ブルジョワ作のI DOという鉄の彫刻に昇る。ひたすら嬉
しい。赤錆の浮いた鉄製の螺旋階段。昇りきると、トップの平面には古い
大きな木の椅子。周りにはニョキニョキと巨大な円形の鏡が四つほど立っ
ていて、どの鏡にも嬉しそうな顔をした私の全身が映っている。
タクシーでロンドン・アイ(ブリティッシュ・エアウェイズが作った超特
大の観覧車)へ。ものすごい人ごみ、長いキュー。チケット売り場へ行っ
たら、本日分は完売! そのうちいつかまた・・・。
7時45分からプリンス・オヴ・ウェールズ劇場で『フォッシー(Fosse)』
を見る。夫、感激。ミュージカルってものをもっと見たくなった、と。
今夜は夫もTさんも泉たちのフラット泊まり(寝袋使用)。泉、1時半帰宅。
Tさんの大いびき。私が勇を鼓して彼の鼻をつまみに階下へおりる。泉と声
を殺して大笑い。


平成12年7月19日(水)
セイフウェイで食品の買い物。夫とTさんはハンプトンコートへ。
3時に出て、パディントン→ニューベリーのつもりが・・・。Hard luck.
パトリックと一緒にキングズ・クロス(73バスで。最初からBRでリ
ヴァプール・ストリート経由でパディントン、というルートをとってい
れば事態は違っていたかもしれないのだが)に着いてみたら、「爆弾ら
しいものが発見されたため、パディントン駅は閉鎖」とのこと。やれや
れ。一旦はウォーターミル劇場行きはあきらめようかと思ってジェイム
ズとジルのオフィスに電話(留守電)したが、思い直し、ウォータール
ー駅経由で行くことにする。もーのすごく時間がかかり、ようやくレデ
ィングの駅に着いたはいいが、ニューベリー行きはどのプラットフォー
ムから出るのか分からない。駅員を含む誰に聞いてもみんな違うことを
言う。『カルメン』の開演時間に間に合うか、と不安に駆られて右往左
往。
でも、終わりよければすべてよし。歌はもっとうまくてもいいし、カル
メンはオバさんすぎたけれど、少人数による『カルメン』は面白かった。
楽器も歌手兼役者が演奏するのだ。たとえばカルメンはトランペットと
ギター、ホセはコントラバス、ミカエラはチェロ、といった具合。何よ
り感動したのは、その名が示すように昔の水車小屋を改造した雰囲気の
ある劇場そのもの。周囲は芝生と花、すぐそばを川が流れ、アヒルやカ
モなどが歩いたり泳いだりしている。こんな劇場はあとにも先にも見た
ことがない。今年の末にこの劇場が立ち上げるエドワード・ホール(サ
ー・ピーター・ホールの息子)演出の『薔薇の怒り』(薔薇戦争を主題
としたシェイクスピアの歴史劇をホール自身が構成したもの)は、もし
かしたら東京グローブ座に来るかもしれないとか。これからはロンドン
に来るたび必ずウォーターミルにも来よう。
終演後、劇場付属のバー(別室はレストラン)で、ジェイムズ夫妻とち
ょっとおしゃべりし、ジェイムズの車で駅まで送ってもらう。列車は私
ひとりの貸切状態。
夫たちは今夜からホテル泊り。


平成12年7月20日(木)
午前中は「ロンドン独白」作りに専念。12時半にナショナル・ポート
レート・ギャラリーで夫と待ち合わせ、一時にモートリーへ行って泉と
一緒にランチをとるつもりだったのだが、またもや地下鉄の遅れ(ピカ
デリー・ライン)のせいで予想外に時間を取られてしまう。ホルボーン、
オルドウィッチあたりでうろうろ。結局2時にモートリー。トルコ料理
のSofraで食事。泉がいろいろパニくっているので、Tさんには適当に
コヴェントガーデン界隈を歩き回ってもらい、夫と私は急遽助っ人に。
私はまずエンデル・ストリートのサービス・ポイントという店(『リチ
ャード二世』関係の資料をコピーしたところ)でモートリーの学生たち
の写真をコピー(エキジビションの会場に貼るのだそうだ)、泉の展示
のための写真の焼き増しを注文、ビジネス・カード用の紙をロンドン・
グラフィックという店(ケンブリッジ・シアターのそば)に買いに行く
ことなど。夫はオフィスのコンピュータを使って名刺の原稿作り。私が
買って来た紙にプリントしおえると、それのカットも。泉はかなり気持
ちにゆとりができたようで嬉しい。それからTさんと三人でリージェン
ト・パークへ。花壇の美しさ、広大なバラ園の見事さには声も出ないほ
ど。野外劇場へ。ボックスオフィスにはフルハウスの表示が出ていたが、
当日券の窓口のキューに並ぶ。幸いかなりいい席が取れた。素晴らしい
雰囲気。野外劇場を丸く囲む生垣に無数の豆電球がともる。バーに群れ
る人々。開演時(7時45分)には明るかった空が、徐々に暮れなずん
でゆく。頭上の大空の高いところを夜間飛行のジェット機が轟音を立て
て渡ってゆく。鳩が客席の上を羽ばたきながら横切る。すり鉢状の劇場
の底で400年前の芝居が現代の衣装をまとって繰り広げられる。ワイ
ンやシャンパンのボトルを持ち込んでいる人もいる客席。湧き上がる笑
い。泣き出した赤ちゃんをあやしながら一旦劇場から出てゆく若いお母
さん。人間の営みの小ささと大きさを同時に感じる。人生のひと時の上
等な楽しみかた。ここのシェイクスピア劇はもっと前に見に来るべきだ
った。昨日のウォーターミル劇場といい、ここといい、芝居を「楽しも
う」という姿勢が徹底している。演目は『から騒ぎ』。視覚的には19
20年代に設定してある。ベネディックがスコットランドの訛りで話し、
最終幕ではキルトをはいて出てくるのが面白い。真っ直ぐで妥協を知ら
ない彼の性格がスコットランド人を連想させるのだろうか。終演後、グ
レート・ポートランド駅まで歩き、明日の打ち合わせをして夫たちと別
れる。今夜の泉の帰宅は午前2時半。あとひと息だ。がんばれ!
明日は11時からイズリントンのアルメイダ劇場のスタジオでジョナ
サン・ケントにインタヴュー。そのあと、ベルファスト・ロード25の
フラットで待ち合わせてレンタカーでシュルーズベリーに向かう予定。


平成12年7月21日(金)
泉と一緒に73番バスに乗り、私はエンジェル駅で降りてアルメイダ劇
場へ。私が一番乗り。次いで写真家の富岡さん、しばらくしてコーディ
ネイターの野口州子さん。彼女に会うのは去年のさいたま芸術劇場での
『リア王』以来。相変わらず美しく爽やか。ジョナサン・ケントは11
時15分に登場。昨日アメリカのケープ・コッド(弟さんが住んでいる
という)から戻ったばかり。時差ぼけのせいで寝坊をしてしまったとし
きりに恐縮している。上品でフランクで感じがいい。初対面の人へのイ
ンタヴューのときはいつも緊張してしまうのだが、あっという間にそれ
がほぐれる。早速今回のプロジェクトがどう生まれ、どう実現したかか
ら話してもらう。まずレイフ、それから『リチャード二世』、それに『コ
リオレイナス』との二本立て計画が加わり、最後にゲインズバラ・スタ
ジオを上演の場にということになったのだそうだ。私はこれまで彼の演
出作品を結構見ている。ダイアナ・リグ主演の『メディア』が最初。モ
リエールの『女房学校』(エマ・フィールディング主演)、ラシーヌの『フ
ェードル』(やはりダイアナ・リグ主演)など。いつも舞台美術にイン
パクトがあり、建築的・彫刻的だと思っていたのだが、案の定、彼の一
家には建築家や芸術家が多いのだそうだ。今回の装置もそう。高いたっ
ぱが生きていることも指摘。いろいろと話は盛り上がり、写真を撮られ
ていることも忘れるほど。東京での再会を約束して別れる。ううううう、
ほっとした。大任が果たせた。州子さん、富岡さんとコーヒーを飲んで
しばらくお喋り。いま、野田秀樹さんが『赤鬼』のワークショップのた
めにロンドンに来ているのだそうだ。会えるといいな。モートリーのエ
キジビションも見てくれるといいな。24日、東吾に会ったら言ってみ
よう。ベルファストへはまた73番バスで戻る。セイフウェイで食料調
達。夫の置手紙。ボンドストリートのAbisまでレンタカーを借りにい
っているとのこと。車の修理作業を一休みしたパトリックと一緒にラン
チ。3時ごろ、夫が真っ青なプジョーでやってくる。すぐに出発。今日
中にシュルーズベリーに着くのは無理そうなので、ストラットフォード
泊りということに。町に入ってからふたつほどB&Bを当たったが満室。
結局また、ツアーで泊ったグロヴナー・ホテルへ。シングル朝食つきで
67ポンド(Tさん)、私たちは82ポンドなので割安だ。散歩に繰り
出す。Dirty Duckで真田広之さんの写真を確認し(奥のバーカウンタ
ーのすぐ脇)、外のテーブルでビールを飲んでくつろぐ。語彙の少ない
Tさん(失礼)がニュープレイスの隣りの庭園で「おとぎ話の世界みた
い」とか、夕食をとったフセインでは「私の人生の航海日誌に記します」
と言うほど感動してくれる。部屋に戻って洗髪・シャワー。すぐに眠り
に就く。泉は今夜はモートリーに泊るのだろうか。


平成12年7月22日(土)
7時朝食。チェックアウトをすませ、外に出たらちょうどホテルのそば
の運河でバージが水門を通過するところだった。ヴィデオに撮る。8時
45分、ストラットフォードを出てシュル−ズベりーに向かう。今日は
私がナビ。道は空いているし、途中で迷うこともなかったので10時に
はブリッジノース通過、シュルーズベリーには10時半に着いてしまっ
た。「i」(ツーリスト・インフォメーション)に直行し、今夜のホテル
を紹介してもらう。いったい何箇所に電話をしてくれたことか。週末の
せいか満室ばかり。相談にのってくれたすごく親切な女性(妊娠中)の
おかげでようやく決めたのはRadbrook Hall Hotel。61ポンド。朝食は
つかないのだが、この際ああだこうだとは言っていられない。ホテルに
荷物を置いてから、まず修道院の真向かいのシュルーズベリー・クウェ
ストへ。まるでカドフェル修道士が実在の人物であるかのような道具立
て。修道士の格好をした男性、noviceの格好をした女性、それに小さな
女の子が中世の服装で歌を歌いながら薬草園に水をまいていたりする。
なんだ、なんだ、この盛り上げ方は! でも、好きだなあ、こういうウ
ソのつきかたって。カドフェル・シリーズの作者、エリス・ピーターズ
の書斎が再現されているのも嬉しい。書棚には日本語訳の文庫本も。テ
ィールームで一休みしたあと、セヴァン川沿いを散策。素朴なたたずま
いの修道院(Abbey)もすごくいい。ホテルに戻ってしばらく仮眠。夕
食はホテルのダイニングで。デザートとコーヒーは庭で。寒いくらい。
10時に部屋にもどる。入浴後、ベルファストロードに電話。デヴィッ
ドさんが出る。泉は昨日午前2時ごろ帰宅し、今朝は7時に出かけたそ
うだ。
明日は8時出発の予定。コッツウォルズとオックスフォード経由でロン
ドンに戻るつもり。


平成12年7月23日(日)
朝食は昨日買ったクロワッサンと、部屋に備え付けのティーセットでミ
ルクティー。8時半にチェックアウト。コッツウォルズまでひた走る。
11時50分にバイブリー着。まず川沿いの遊歩道を歩き、「安野な」家々
のあいだの上り坂を通って牧場に出る。入っていいのかな、いいのかな、
と言いながら入ると、牛たちがのんびりと草をはんでいる。石積みが途
切れ、木の柵を出ると、羊の群れ。その道をたどっていくと、なんと思
いがけなくマナーハウスに出る。渓流、巨木、広大な芝生。まるで「秘
密の花園」のような庭園にも入る。いくつも続くバラのアーチ。教会の
墓地を抜けて、ツアーのみなさんと来たときも食事をしたアーリントン
水車小屋のレストランで昼食。じゃがいもとハーブのスープがおいしい。
食後のお茶はウィリアム・モリス・ティールームズで。キャロット・ケ
ーキのおいしかったこと。2時50分、バイブリー出発。オックスフォ
ード経由でロンドンに着いたのは4時半ごろ。Uターンをしたりラウン
ダバウトをぐるぐる回ったりしたのが二度ほどあったが、まあナビ役は
ちゃんと務められた。ベルファスト・ロードに戻る前にモートリーに寄
る。スタジオはtotal mess。泉はモデル人形に色を塗っていた。なんだ
か一人だけのんびりしているみたい。実はパニックなんだろうけど。み
んなちょっと殺気立っていて、めっきり笑い声がなくなったそうだ。無
理もない。マンチェスターで使ったブリキのバスタブを預かってベルフ
ァスト・ロードへ。一息ついてからボンド・ストリートのAbisにレン
タカーを返しに行き、地下鉄でレスター・スクウェアに出て東京ダイナ
ーズで夕食。Tさんは久々の日本食と熱燗の日本酒、そしてウェイトレ
スに日本語が通じることに嬉々としている。私は鶏の照り焼き定職、夫
は塩じゃけ定職に冷酒。ごきげんだ。Tさんは、今回の旅でイギリス人
が日本人に比べてちっともぎすぎすしていないことに感激したようだ。
特に車の運転マナーのよさ、すれ違う人たちと目が合うと笑顔を見せた
り「ハロー」と言ったりすることに。日本人だってちょっと前まではそ
うだったのに。明日、エキジビションで会う約束をしてキングズ・クロ
スで二人と別れる。フラットに戻ると、フランチェスカがワンピースを
仕上げておいてくれた。マーケットでは35ポンドで売るつもりだが、
25ポンドでいいという。日本から誰かにあげようと持ってきた縮緬の
巾着に30ポンド入れて渡す。ほんとに心のきれいな可愛い人だ。東吾
に電話。野田さんのワークショップの様子を聞く。マイケル・マローニ
ーも参加したそうだ。東吾は野田さんの芝居のロンドン公演にかなりコ
ミットしているらしい。明日、ジュードの家にランチに行く打ち合わせ。


平成12年7月24日(月)
朝早くフラットを出る泉を見送るつもりで一緒に起きたのだが、モート
レーからNTスタジオに運ぶものがたくさんあるので急遽「一緒に来
て!」。顔も洗わず、寝間着がわりのTシャツを着替えもせず、飛び出
す。ストーク・ニューイントンからBRでリヴァプール・ストリート→
ホルボーン。モートレーはもぬけの殻。みんなもうNTスタジオに行っ
てるのだろう。まるで強盗に入られたような散らかりぶり、混乱ぶり。
運ぶべきものをまとめてウォータールーへ。泉は早速モデルボックスの
設置にかかる。私が手伝おうにもボードにくっついているマスキングテ
ープをはがすことくらいなので、むしろみんなの目障りにならないよう
帰ることにする。泉も「もう大丈夫」と言うし。ウォータールー駅でワ
ンデイ・トラヴェル・カードを買い、9時半になるのを待って(朝の通
勤客優先のためだろう、ワンデイが使えるのは9時半から)チューブに
乗り、フラットへ。まだみんな寝ていた。
12時にノーザン・ラインのチョーク・ファーム駅で東吾と待ち合わせ、
人形作家のジュードの家へ。夫君のデイヴィッドは俳優。数年前、ノッ
ティング・ヒル・ゲイトにあるゲイト・シアターがストリンドベリの『大
街道』を上演したとき、東吾とデイヴィッドは共演している。ジュード
はすごく魅力的な女性。劇作家・演出家・作曲家でもあるというマルチ
タレントの持ち主。そのうえシェイクスピア劇の登場人物のパペットや
マリオネットも作っているというのだからすごい。98年秋の蜷川『ハ
ムレット』にすごく感動した(これまでに見たベストの『ハムレット』
だ、と)ことを熱をこめて話してくれる。ダンスの振り付け家として一
歩を踏み出したお嬢さんのエイミーも交えてランチ。ゴージャスな美女
だ。グロスターシャーの劇場でやる予定の芝居(ジュードの作・演出。
17世紀イングランドを舞台にし、クロムウェルによって圧殺された革
命を描いているらしい。登場人物80人という大作)のことなど、話が
はずむ。1時半に辞去。東吾は
野田秀樹さんとオルドウィッチのピーコック劇場を下見に行くという
ので同行する。下見のあと、近くのパブでおしゃべり。『赤鬼』のワー
クショップのこと、『パンドラの鐘』のロンドン公演のこと(ラウンド
ハウスでやるのが野田さんの第一希望。ピーコック・シアターを見たの
もそのため)。4時半に野田さんと別れる。彼の帰国は明日)。中途半端
な時間ができてしまったので、NTのブックショップへ。そこから早め
にNTスタジオへ。エキジビションは6時開始。ぞくぞくとゲストが集
まってくる。作業着からワンピースに着替えるため二階に上がってゆく
泉。東吾の知り合いもたくさん。会場に入る前に外のガレージをロビー
代わりにワインで談笑。夫とTさんはキュー・ガーデンで一日のんびり
してきたそうだ。映画監督のマイク・リーの姿も。彼の最新作『トプシ
ー・タービー』には東吾も出演しているのだ。いよいよ中へ。立錐の余
地もないとはこのことだ。まず、アリソン・チティ(モートレーの校長
先生格)の開会の辞、次いで演出家ウィリアム・ギャスキルのスピーチ。
二人とも、モートレーの創設者で5月に95歳で亡くなったパーシーへ
の賛辞を述べる(パーシーは「大きな木を植えた人」だと痛感。モート
レーというその木を育てようとする人々の志と熱意に感動する)。アリ
ソンは「tptと門井さんへの感謝」を幾度も語る。泉のデザインの評
判はすこぶるいい。東吾は特に『コーカサスの白墨の輪』を誉めてくれ
る。「実際の舞台が見たくなるよ」と。ジュードはディーリアのデザイ
ンが気に入ってるらしく、熱心に話し込んでいる。とにかくどのデザイ
ンも作者の力とセンスのよさを感じさせられる。
近くのパブで時間をつぶすことにして行ってみたら、モートレーの関係
者だらけ。
Live Bate(生餌)いうシーフード・レストランで食事。魚介類の盛り
合わせが豪華。遅くなったので東吾もベルファスト・ロードに泊ること
に。「このまんま映画になるね」と若者たちのライフスタイルに感動し
ている。


平成12年7月25日(火)
8時半に東吾も一緒にフラットを出て、ヴィクトリア駅へ。東吾はキン
グズクロスからBRでバンベリーへ帰る。ホーム・オフィス(出入国管
理局)はイースト・クロイドンから歩いて5分ほどのところにあった。
行ってみて分かったのは、ヴィザの延長手続きは、期限切れの一月前か
ら受け付けるということ。でも、今日行ったのは無駄ではなかった。申
請書をもらって、どんな書類をそろえなくてはならないかがはっきりし
たし。そのあと、またもやテイト・モダンへ(シェイクスピアのグロー
ブ座のマーク・ライランス主演『ハムレット』はヤード席まで完売)。
泉もダイナミックなファサードを見た途端に興奮。
今夜は、夫もTさんもベルファスト・ロード泊。
泉専用のポールで消防夫のように滑り降りることに挑戦、成功!


平成12年7月26日(水)
7時半起床。夫とTさんは8時半に出発(ヴァージン航空で11時に離
陸の予定)。それからパッキング。途中で朝食。アンドリューにもフラ
ンチェスカにもさよならが言えた。デイヴィッドさんも仕事場へ。パッ
キングも完了。マイケル・マローニーに電話、留守電にメッセージを入
れておく。12時、パトリックにさよならを言って(下までスーツケー
スを運んでくれる)、パディントンへ。まずパディントン・エクスプレ
スのチケット(12ポンド)購入。一時にはチェックイン完了、駅構内
のThe Reafというレストランでランチにする。いろいろ話すにつけ、
泉の成長ぶりには目を見張る。人間としても演劇人のたまごとしても。
モートレーでの修行の話、仲間や先生(演出家)がどんなふうに助けて
くれたかが感動的で実に面白い。オケイシーのThe Hall of Healingの
ときは、演出家のジェニーが泉のためにそばに坐って台本を音読してく
れたのだそうだ。『コーカサスの白墨の輪』の演出家サイモン・アシャ
ーは理論家で、最初の三日間はブレヒトの演劇論の講義。ちんぷんかん
ぷんの泉はそれを見ているしかなく、「いいもん、もうすぐ翻訳が届く
から、そうしたら・・・」なんてかなりグレていたのだそうだ。そうし
たら(泉があまりに無口になったせいか)ディーリアが「イズミ、大丈
夫?」と優しく声をかけてくれた。それまで必死で無力感と闘い、ツッ
パっていたのだが、その言葉によってツッパリがくずれ「大丈夫じゃな
いよー、えーん」となった。すると、仲間たちが「僕らにとってもまと
めになるから」とみんなで泉のために一種のサブゼミを開いてくれた。
ブレヒトの演劇論はポールが、『コーカサス』のあらすじはアンジェラ
が。でも途中でマウロが身振り手振りで「演技」を始めたものだから、
あらすじ担当はマウロに代わったのだそうだ。「僕らにとってもまとめ
になるから」なんて、泉が彼らの親切を負担に感じないようにとの心遣
いがニクイ。その結果生まれたのが『コーカサスの白墨の輪』のデザイ
ン。床に敷く箱根細工状のパネル・モデルをシコシコと作っているのを
見たサイモンは「クレイジー」と言ったのだそうだ。『アンティゴネー』
デザインのとき、まず浮かんだイメージは――舞台中央に置かれたテー
ブル。その上の箱庭のようなミニアチュールの街。クレオンがその四囲
にガラスの壁を建てる。彼が築こうとしている秩序の象徴。そこにアン
ティゴネーが砂をぶちまけ、クレオンが作ろうとしている秩序を破壊す
る、というもの。モートレーでは、今年は誰が日本に行ってtptで仕
事をするかがみんなの関心の的らしい。門井さんがエキジビションに来
られないので、選択はアリソンに任されるのだろうか。オープニングの
日、門井さんが来られないと知ったときの泉の顔ったらなかった。ほと
んど泣きそう。そりゃそうだ、誰よりも一番見てもらいたいのは門井さ
んとデイヴィッド(ルヴォー)だもの。夢中でいろいろ話しているうち
にハッと気づくと2時。泉は乗車口まで見送ってくれる。2時10分発。
ヒースローのターミナル4には2時半着。手続きはすべて順調にいく。
管制塔の指示待ちで離陸は一時間弱遅れ(3時45分が4時30分に)、
成田着は定刻より25分遅れる予定だそうだ。機内は案外空いている。
真中のアイル席なのだが、隣りもその隣りも空席。ラッキー!アームを
上げてのびのび寝られそう。


平成12年7月6日(木)
原稿から洗濯まで万端すませて一時間ほど眠る(海外に出る前日から当日にか
けて、これまでこんなにゆとりがあるのは初めて。何かおおおきなポカをやっ
てるんじゃないかとかえって不安になる)。夫の運転で8時出発。渋滞や開かず
の踏み切りなどでなかなか高速に乗れず、はらはらするが、あとはスイスイ(私
は寝てた)。空港に着いてすぐに傷害保険、泉のぶんも新規契約(来年一月まで)。
郵便局でグローブ座に顔写真(春フェスのパンフレット用)、『文芸広場』の新野さんに
インタヴュー原稿、同志社女子大に29日の講演のハンドアウト原稿などを送る。
11時、「松岡和子と行くシェイクスピア観劇の旅」参加者全員集合。1時25分離陸。
谷田さん、池田さんと並んだ席。前は広瀬夫妻、田口さん、その前は加藤さん、
小松さん、田房さん。ツアコンの河口さんは離れた席。よく眠れた。
機内食もおいしかった。ジュリア・ロバーツ主演の「エリン・ブロコヴィッチ」
を途中から見る。定刻どおり(17時30分)ヒースロー着。いつもより短い時間で
着いた気がする。バスでストラットフォードへ。8時30分にホテル着。曇り空だが
まだ明るい。谷田、小松、田口、田房、河口さんらを案内してインド料理のフセインへ。
いつもどおりグッド。実に面白いツアーメンバーで、おまけに不思議な縁のある
方々であることが判明。小松さん(レイフ・ファインズの熱狂的なファン)、
田口さん、田房さん(三人とも朝日カルチャーセンターの「私たちのシェイクスピア」
の聴講生)、それに谷田さん(演劇関係のライター、『シアターガイド』の
もと編集者、早稲田大学大学院時代、扇田昭彦さんのクラスにも私の東女時代の
恩師コールグローヴ先生のクラスにも出ていた)は、翻訳家・青山南さんのアメリカの
短編小説を読むクラスでずうっと前に出会っている。田房さんは、我が家の近所に
住んでいる写真家・折原啓さんの中学時代の先生(英語)。黒一点の広瀬氏は湘南
アカデミアのシェイクスピアのクラスに参加して下さっている理科系の教養人で英語も
堪能。埼玉県の公務員である池田さんも朝カルの聴講生。彩の国さいたま芸術劇場
のシェイクスピア・シリーズに関わって以来、私も心は埼玉県人だ。大阪からいら
した加藤さんだけは初対面だが、カルチャースクールで藤田実さん(『テンペスト』
の翻訳でお世話になった大修館版の編註者であるシェイクスピア学者)のクラスに
出ておいでとか。加藤さんは朝日サンツアーズの「通」でもある。と言うわけで
It's a small world.を絵に描いたようなグループなのだ。ホテルに戻り、入浴して
からこれを書いている。明日は9時からストラットフォードの観光。


平成12年7月7日(金)
6時に目が覚める。TVをつけたら、ブレア首相の息子がレスター・スクウェアで酔って
incapableになり、逮捕されたというニュース。朝食8時。9時集合で観光に出かける。
バスの運転手はヒラリーという女性、ガイドはジュリエット。元気とアタマのいい
元ブリカンの人。なんでもよく知っている。お決まりのコースだが、メンバーがいいし、
distinguished guide(広瀬氏の言葉)つきだし、楽しい。アン・ハサウェイの家では
トレンチャー(シェイクスピア劇でもしばしば言及される昔ながらの木皿)を買う。
ジュリエットさんのおかげでハニーサックルがどんな匂いのどんな花かも分かった。
彼女は、エイヴォン川のほとりで白鳥やカナダ雁や鴨たちにやるパンまで用意して
くれていた。シェイクスピアが洗礼を受け、埋葬されている聖トリニティ教会(98年秋、
ここで真田広之、松たか子さんと『ハムレット』ロンドン公演成功祈願をしたことを
思い出す)、シェイクスピアの生家(父ジョン・シェイクスピアの革製品の工房など、
新たに充実。庭には「シェイクスピア」となづけられたパープルの新種のバラ)、
近くのマーロウというレストランで昼食(今回の旅で最初のラーガー。財布を落とした
と思ってアオくなったが、バスの中に置き忘れただけだと分かってホッ)。シェイクス
ピアの母メアリー・アーデンの実家でフクロウたちに再会。いったんホテルに戻り、
As You Like Itのテキストを持って再びバスに乗り、アン・ハサウェイの家近くの
レストランへ行ってアフタヌーンティをとりながらレクチャー。一時間の予定が
一時間半に。加藤さん持参の『すべての季節のシェイクスピア』にサイン。照れるが
嬉しい。ジュリエットさんとはここで「さよなら」。ホテルに戻り、着替えをして
劇場に向かう。グレゴリ―・ドーラン(東京グローブ座で上演されたRSCのMacbethの
演出家)演出のAsは予想を超えてよかった。Macbethカンパニーの一人が「ひどい、
みんなで見たけど、みんな何て言ったらいいか分からなかった」なんて言ってたので、
ツアーメンバーには申し訳ない選択をしてしまったとガックリきていたのだが、
どうしてどうして。冒頭、白と黒の世界。衣装も。ロザリンドは黒地に白の模様、
シーリアは白地に黒で刺繍。ル・ボーも黒白でキザに決めている。ロザリンドが刺繍を
している場(新公爵フレデリックに追放を宣告されたあと)で初めて舞台に色彩が入り、
場面がアーデンの森に移ると劇世界全体の色彩が徐々に鮮やかになる。その他、これ
まで見たASにはなかった(と思われる)こと――オリヴァー、嬌声を上げる女二人を
従えて登場。レスラーのチャールズ、長いマント、「ガー」と爪を立てる動作をして
うなる。ロザリンドが前公爵の肖像画を常に身につけている(男ハムレットといった
ところ)。フレデリックの暴力性(ロザリンドが刺繍をしているところに衝立を倒して
登場)。バスター・キートンのような(無)表情なタッチストーン、自ら口にハンカチ
突っ込んで「黙ってます」という意思表示。アーデンの森、逆光の中で木々が
シルエットで浮かび上がる。大きな葉っぱ、緑に透けている。森の世界はまず「冬」で、
石油缶状のストーブ、コートがわりの毛布など、寒さが印象づけられる。フレデリック
(黒づくめ)と前公爵(上下、赤)は同一の俳優(イアン・ホッグ)が演じる。
ジェイクウィズ、黒い縮れ毛、ひげ、長い黒コート、指なし手袋。スカーフ、ポケット
には酒の入ったフラスク。All the world's a stage…の名台詞も早口でさりげなく。
人間の七段階の最後、「老人、第二の赤ん坊」の直後にアダムがおんぶされて登場と
いう皮肉のきいたタイミング。ジェイクウィーズがアダムの面倒を見る(食べ物を
スプーンで口まで運んであげたり)。これは意外で新鮮。
第二部開始前、舞台には上手にタッチストーン(衣装が暖色になっている)、下手に
コリンで客いじり。受ける。背景は春の森、沢山の恋文が上から吊り下がっている。
暗転、舞台前では黒モノトーンの世界。フレデリックに拷問されるオリヴァー。
オーランドーのロザリンド宛ての恋文を丸めてゴルフボールがわりに杖で客席に打ち
込むタッチストーン。ジェイクウィーズも丸めたラヴレターを何個もポケットから
取り出し、オーランドーに向かってぽいぽい投げる。タッチストーンとオードリーの
「ラヴシーン」も傑作。牛乳をクリーム化するため、桶を両股にはさみ棒でまぜる
オードリー。それがタッチストーンを興奮させる。即席結婚式ではマーテクストが
ガウンを裏返すと、そのまま司祭の衣装に。大きなトランクが手品の仕掛けのように
祭壇に変身してびっくりさせられる。
ラストシーン、大きな色とりどりの花を刺繍した黒の紗幕がさっと下りてくる。何より
びっくりしたのは、結婚の神ハイメンに扮したのがアダムだったこと。ハスキーな声が
印象的なアレグザンドラ・ジルブレスのロザリンドは、私のダイスキな台詞をWoo me!
で間をとり、舞台前のクッションに座り、もう一度Woo me!と言い、
for now I am in a holiday humour.を仰向けに寝て脚をばたばたさせながら言う。
かわいいったらない。闊達なシーリアもよし。この劇世界に向かって温かく距離をおく
ジェイクウィーズに納得。クールで絶妙なタッチストーンが素敵だ。
ツアーの皆さんも満足なさった様子でほっとする。空腹を満たすための「放浪」の末、
ホテルのバーで感想会。ここで参加者の縁をもうひとつ知る。池田さんと広瀬夫人・和子
さんはお互いに音楽会でよく顔を合わせており、共にリュート奏者のつのだたかしさんと
女神のごときソプラノ歌手・波多野睦美さんともつながりがあるのだった
(波多野さんとつのださんが出したCD『オフィーリアの歌』のライナーノートには
私も一文を寄せている)。


平成12年7月8日(土)
万歳、ジアザー・プレイスから朗報(『リチャード二世』のチケット獲得)と共に
谷田さんが戻る。朝食後、彼女はボックスオフィスへ行き、当日券(マチネ)のキューに
並んでくれたのだ。先頭の若者は朝五時から並んでいたとか。スティーヴン・ピムロット
演出の『リチャード二世』は衝撃的。真っ白な舞台空間、ワインカラーの濃淡とヴァリ
エーション、そして黒、というカラー・スキームの衣装。紫と黄色の蛍光色のライティング。
白く塗った曲木などのシンプルな椅子(玉座を表すもののみ黄金色)。EXITというサイン
のついた劇場そのものの上手壁の出入り口が「国外追放」用の出口になる。音もライヴ。
登場・退場・動き・静止の緩急自在。冒頭のリチャードの独白(演説)は、周囲のすべての
人物が不動であるため、亡霊か死者たちに囲まれて話しているよう(あるいは、
傍聴人―観客も含むーに囲まれた被告の陳述のよう)。ジョン・オヴ・ゴーントは
車椅子の老人(彼の死の知らせは空になった車椅子と共にもたらされ、リチャードが
それに坐ってくるくる動き回りつつ、彼の財産を没収することを宣言するという残酷さ)。
まだ少年らしさが残っているようなサミュエル・ウェストの若々しいリチャードに対し、
デヴィッド・トラウトンのボリングブルックはどう見ても四十代(スワン座での
『ヘンリー四世』一部・二部ではヘンリー四世役。作品は違うが同一人物に扮する
ためもあろう)。だが、このコントラストが生きている。冒頭シーンで玉座の載った台は、
モーブレーとボリングブルックが決闘するとき武器の斧(!)を収める箱になり、
廃位の場では「鏡」になり、暗殺の場以降では「棺桶」になる(鏡を割るところでは、
縦に立てたこの箱をバッターン!と下手向きに倒す)。すごいアイディアだ。
アイディアと言えば、グレーの長袖シャツと黒いズボンという服装が、王と無名の
キャラクター(伝令から決闘の武器を運び入れる従者、暗殺者まで同一俳優が演じる)
とに共通というのもすごい。最終的にリチャード二世は退位を迫られ「ただの人
(no name, no title)」にならざるを得ないのだから。上手にボリングブルック、
下手にリチャードが立ち、二人が両側から王冠をつかんで「王冠はくれてやるが、
悲しみは私のもの」という名台詞。未練と執着。
5時からホテルのライブラリーで『ヘンリー四世』第一部の見どころや名台詞の話をしてから
スワン座へ。二階ギャラリー席の最前列。これがよかった。フォルスタッフが床から
ぬっと頭を出して登場するところや、ハル王子が椅子(前の場では黄金色の布の
かかった玉座)の下から這い出してくる様子、床につけた幾何学模様が下からの明かりで
オレンジ色に透けてみえる様、などは上から見るとより効果的。
ウィリアム・ハウストンのハル王子はファニー・フェイス。デズモンド・バリット扮す
る酒焼けしたフォルスタッフからは情けなささがにじみ出ている。
昨日のように終演後に空腹をかかえて放浪するのはいやだったので、劇場近くのレスト
ランの閉店時間をチェックしておいたのだが、どこもかしこもキッチンがクローズする
のは10時半で、結局マクドナルドでハンバーガーやフライドポテトを買い、ホテルの
奥のラウンジで食べながら感想会。レクチャーのとき、ハル王子のI do, I will.に
「ご注目」と言っておいてよかった。王様ごっこの中に「本気」を切り込ませる酷薄さ
が鮮烈だったから。彼がファニー・フェイスであるだけに。


平成12年7月9日(日)
9時グロヴナー・ホテル発。
バートン・オン・ザ・ウォーターは、水の村。浅い運河にカルガモの雛鳥たちと母鳥。
この村をそっくりそのまま九分の一に縮尺したモデル・ヴィレッジにはみんな興奮する。
建物から橋までこの村から切り出された石を使い、もちろん植物は本物。
モデル・ヴィレッジのモデル・ヴィレッジのモデル・ヴィレッジもあるという凝り方。
泉は絶対にここが好きだ。いつか一緒に来たい。
バイブリー村、蜂蜜色の石造りの家々。花、アーリントン水車小屋でランチ。ここで
養殖しているニジマスの燻製のペースト、ステーキ・アンド・キドニー・パイ。辛口の
シードル。デザートはアップルパイとコーヒー。あちこち散策しつつ「安野だなあ!」
という感嘆詞を発明した(ウィリアム・モリスが「世界一美しい村」と言ったバイブリー
を初めて案内してくださったのは安野光雅さんなのだ。『旅の絵本』に描かれた村の
たたずまいがそのまま目の前にあるので感激したことも懐かしい)。どちらを向いても
花、花、花。ロベリア、色も形も様々なクレマチス。
バイブリーをあとにしてカッスルクームへ。ここのマナーハウス・ホテルは素晴らしい。
広大な敷地、手入れの行き届いた樹木や芝地、花。ディナーは7時半から広い
ダイニングルームで。みんなちょっとおめかし。カナッペがおいしい。リーク(ねぎの一種)
のムース(ポタージュみたい)、メインディッシュは白身魚のポワレ。白ワインと赤ワイン。
ピスタチオ・アイスクリームのデザート中、はずんだ話の勢いでここでも「お話」を
してしまう。小さな語尾とか言葉が、演技や観客の反応にいかに大きな影響力をもつか。
『ハムレット』「尼寺の場」におけるオフィーリアの「そう信じさせてくださいました」
から「そう信じさせてくださったのに」への変更。『テンペスト』のエピローグの最後
「ご寛容をもってこの身を自由に」に「どうか」を加えたことによる効果、など。
ディナーのあと、デヴィッドというボーイさんがいろんな部屋を見せてくれる(谷田
さんが13年前にここに泊ったことを話したので)。ひとつとして同じ部屋はないのだそうだ。
でも、本館のスイートなんかはいくらぐらいするのか。別棟の私たちの部屋でさえ185ポンド
もするのだ! スモーキング・ルーム(いくつもある)でお喋り。


平成12年7月10日(月)
5時半起床。パッキング。昨夜につづきe-mailにトライしたが、うまくいかない。
朝食は7時から。早朝散歩がしたかったのだが、時間がない。これからちょっとでも
歩いてこよう。本館裏へ昇ってみる。ハーブガーデンや果樹園など。見下ろした景色の
見事さ。朝日がまぶしい。バイブリーのマナーハウス同様広大な敷地のはずれには川が
流れ、芝地にはあっちこっちに小さなきのこ(その形状とサイズは「ぬめりのないナメコ」
といったところ)がたくさん生えている。『テンペスト』第四幕の「森や小川・・・
(Ye elves of hills…)」で始まるプロスペローの独白に「(妖精たちが)真夜中に
きのこ作りに精を出し」という個所があるが、あの「きのこ」とはきっとこういうきのこのこと
なのだ、と納得。朝食もおいしかった。オレンジジュースは絞りたてという感じだったし、
ポーチト・エッグにしてもらった卵も新鮮。部屋に戻ってから泉に電話。
忙しそう。NTでやっている『ブルー・オレンジ』については、彼女のフラットメイトの
グレタは絶賛なのだそうだが、泉自身は「はなしそのものがアンカンフォタブル」と
感じたという。みんなが泊った別棟の、花に囲まれたドアの前でお互いに写真をとりあい、
9時20分ごろに出発。
バースへ。ローマ時代の大浴場見学。1997年に安野さん、講談社の堀越さんと来たとき
はさあっと見て回っただけだったが、今回はちゃんと解説を聞きながら丁寧に回る。
カフェ・ルージュでランチ。
ライコックス村を経てロンドンへ。雨のなかをヒラリーさんの運転でひた走る。出発前
に彼女のアヒルの写真を見せてもらった。彼女が母親だとの「刷り込み」済みのアヒル
の、雛のころから現在の成鳥になるまで。それにしても、超大型バスに10人。贅沢な話だ。
今夜はフリータイムなので、広瀬ご夫妻と田房さん、そして田口さんらは『レ・ミゼラブル』、
谷田さんと私は『ブルー・オレンジ』(ナショナルシアターのコテスロー劇場)か
『雨に歌えば』(オリヴィエ劇場)を目指すことに。
スタキス・セント・アーミンズ・が河口さんも知らないうちにヒルトン・セント・アーミンズに
代わっていたホテルに6時着(代わっていると言えば、ストラットフォードのアーデン・ホテルも
ロンドンのいくつものホテルもThistle Hotelに、老舗の書店Dillon'sはほとんど全部
Waterstone'sと「看板」を変えている。イギリス経済にはいったい何が起こってるのか)。
チェックインその他を手早くすませ(と言ってもホテルのレセプションがぐずぐず。こちらは
いらいら)、谷田さんとタクシーでNTへ。コテスローの『ブルー・オレンジ』はソールドアウト。
スタンディングも買えるかどうか分からないというので、即、予定を変更してオリヴィエ・
シアターのボックスオフィスへ。ウェスト・ヨークシャー・プレイハウス制作の『雨に歌えば』。
これまたソールドアウトだったが、最後列のスタンディングはあり(6ポンド)。買う。素朴で
すごくよかった。20年代、サイレント映画がトーキーにかわるころのハリウッドが舞台なので、
三つの大スクリーンが「映画」のスクリーンをも表し、効果的に使われる。子供のなぐり
描きのような黒白の雨の模様が様々な色の音符に変わるオープニングの楽しさ。
名曲「Singin' in the Rain」では本水の雨が降り(カーテンコールでは群舞で)、
その中でしぶきを散らしながらがんがん踊るのだからすごい(『ニジンスキー』のとき、
バスタブの水がちょっとでも床にこぼれたら首藤くんが危険だし踊りにくいと、急遽
いろいろな変更がなされたことを思い出すにつけ・・・)。話としてはおなじみ「ボーイ・
ミーツ・ガール」もので、いまどきこれほど能天気なものもめずらしいが、健やかで
気持ちがいい。演出・振り付けのテイストはトミー・チューン風だが、それがいい具合に
野暮ったくなっている。
ホテルに戻ってからラウンジでビターを飲み、タバコを3本喫い、谷田さんが注文した
サンドイッチを一口もらってお喋り。クレジットカードで登録(?)したのに部屋の
電話は通じない。


平成12年7月11日(火)
6時起床。洗髪、入浴。8時半朝食。部屋に戻って今夕の『リチャード二世』に関する
レクチャーの準備。泉とはすれちがい続きで連絡とれず。いま12時半。直接モートリー
(少数精鋭教育が徹底している舞台美術の学校。泉はtptからの奨学金でここで勉強
している。コースは一年)へ行くしかないか。
で、モートリーに行ってみたら、泉はまだ買い物から戻っておらず、教務のクリスと
お喋り。ここの卒業生の活躍ぶりなど。彼女はちょうど卒業生の一人に手伝ってもらって
卒業展の招待状発送作業中。スタジオ二階にある泉のコーナーへあがり、手紙を書き
始めたら、お嬢が現れる。きゃあきゃあ言って抱き合い、再会を喜ぶ(下のフロアの
同級生たちがにやにやしてた)。ステッドラーのシャーペン、筆ペン、DVCなど頼まれて
いたものを渡す。近くに最近できたというイタリア・レストランで昼食。私はゴルゴン
ゾーラ・チーズのリゾットと赤ワイン、泉は松の実をちらしたジェノヴェーゼ・ソースの
スパゲッティ。チップも入れて25ポンド。ランチのあと、コピー屋に連れて行ってもらい、
『リチャード二世』関係の系図やシノプシスをコピー。オルドウィッチまでおくって
もらって別れる。バスで帰ろうと思ったがなかなか来ないので、エンバンクメントまで
歩いて地下鉄に。谷田さんと乗り合わす。4時からレクチャー。コピーが役に立つ。
5時半にマイクロバスでゲインズバラ・スタジオへ。ボックスオフィスで14日の
『コリオレイナス』のチケットをピックアップしていたら、フリーライターの伊達なつめさんに
ばったり。レイフ・ファインズへのインタヴューの仕事でいらしたそうな。元撮影所だった
劇場は、時間の堆積を感じさせる廃墟のような空間。第七病棟の石橋蓮司さんが見たら
随喜の涙を流すに違いない。トイレも仮設で、まるで工事現場みたい。そんな雰囲気が
かえって胸をときめかせる。観客席も黒い布を張ったベンチ式(低い背もたれはついて
いるが)。レンガの壁をそのまま舞台に取り込み、上手上方から下手下方に向かって
稲妻が痕をつけたように割れ目がついている(その割れ目の奥から白い玉座に坐った
王が登場したり、まばゆい光の中で本水の雨が降ったりする)。床一面に本芝、
上手奥に数本の木、果実がなっているのがぼんやり分かる。
ピナ・バウシュの舞台が連想される(芝地はリチャードがアイルランド遠征から帰国する場、
果樹はイザベラ王妃が庭師の話を立ち聞きする場で効果を発揮)。演出の鮮烈さ
から言えばRSCに軍配があがる(というか、私の好み)だが、レイフ・ファインズの
リチャードは、サミュエル・ウェストとは違った素晴らしさ。王であるあいだは、気弱そうで
「王としての台詞を暗記どおりに」フワフワ言う、という感じなのだが、王位から遠ざかる
につれてどんどん自分の言葉を獲得していく。ジョン・オヴ・ゴーントの死の知らせを
受けて、「ぺたぺた」という感じで投げやりに十字を切るところ、ヨーク公爵の「お説教」を
「やれやれ、うんざりだ」という表情で受け流すところなど、この人物の気まぐれな気性
の表現は見事。随所で客席から笑いが起きる。レクチャーで言った「ご注目の名台詞」は
全部「当たり」だったけれど、「あ、これもよく聞いてって言っときゃよかった」というのが
まだまだあった。たとえばhollow crownのくだり、from Richard's night Bolingbroke's fair day
など。後者では「フェア・デイ」を歯をむき出すようにして言うその迫力。リチャードの下降と
ボリングブルックの上昇がテーマであるだけに、高いタッパが実によく生きている。
Down, down, I come.そして、この長ぜりのラストFor night-owl's shriek where mounting
larks should sing.で目も手も高々と上げるところ、その他の個所で。後半、樹木は枯れ、
果実も落ちている(やや「見え見え」だけど)。Deposition scene(廃位の場)は衝撃力十分。
RSC版では聞こえなかった台詞が聞こえてきた。
鏡を割る場に持ち込まれるのは金色の縁の四角い鏡。RSCの姿見=棺桶が衝撃的だった
ので、ちょい拍子ぬけ。最後までよく分からなかったのはイザベラ。二人が愛し合って
いるのかどうかも不明(リチャードがホモセクシュアルだということがほのめかされて
いるだけに、もともとこの夫婦関係は良く分からないのだけれど)。エミリア・フォックス
扮するイザベラはやたらに苛立っているようだし、怒りの感情が支配的な人物造形なの
だが、そのココロは? RSCのとは違ってこっちのホットスパーはちっともホット
じゃないのもいただけない。ちょっとリンゴ・スターに似た風貌のボリングブルック
(ライナス・ローチ)には説得力あり。こちらは史実どおりにリチャードとボリングブルックの
年齢を近くしてある。この『リチャード二世』によって初めて気づかされたこともある。
それは、『リチャード二世』という芝居がシェイクスピアの歴史劇や悲劇のなかでは例外的に
希望的には終らない、ということ。このことは演出のジョナサン・ケントへのインタヴューでも
言ってみよう。
終演後、バスでホテルへ。ありがたい。この特別な劇場はロンドンの中心から離れた
ところにあるので、お客の大半はバスや地下鉄を逃すまいとあたふたと帰ってゆくのだ
から。ホテルへ戻り、バーの奥の小部屋(見る前にレクチャーした部屋)で感想会。
写真家の折原さんも恩師・田房さんの隣りに坐って参加。彼女はすでにレイフ・ファインズ
へのインタヴューと撮影をすませている。ファインズはすごく多弁だったそうだ。
みんな感動し、活発な意見が出る。よかった。


平成12年7月12日(水)
6時起床。窓の外を見ると快晴。グローブ座日和なのでほっとする(あとで曇ってきたけど)。
昨夜は部屋に戻ったら『テンペスト』のレクチャー準備をするつもりだったのだが、眠気には
勝てず途中でベッドに倒れこんでしまった。バスフォームを入れたお風呂に入り(排水口の栓が
ないので、ハンドタオルで代用)さっぱりしてからレクチャー準備の続き(注目の台詞のある
ページに付箋をつけたり)。朝食、たっぷり。
『テンペスト』のレクチャーは、昨夜と同じ部屋でランチを食べながら。時間切れになり、
バスでグローブ座に向かう。道中もレクチャーの続き。サザック橋のたもとで降り、劇場へ。
豪快な人柄が頼もしい河口さんは、余りのチケット(今回のツアーの参加者は8名。予定の
人数は十数名だったらしく、そのぶんのチケットが余ってしまったのだ)を「売り」にゆく。
あっという間にキューに並んでいる人たちに売れたそうだ。ピアッツア(劇場前の広場)
に入り、早速私の名前が刻んであるプレートをみんなに見てもらう(シェイクスピアの
グローブ座を復元しようと思いつき25年もの歳月をかけてその実現に努めたのはアメリカ人の
俳優サム・ワナメイカーだが、資金がなかなか集まらず、様々なかたちで寄付を募りもした。
そのひとつがピアッツアの床に敷き詰めたコンクリートのプレートなのだ。ちょうど日本で
神社仏閣を建立するとき、瓦を寄進するようなもの。プレートの一枚一枚に寄付者の名前が
刻まれているのだ)。記念写真。我々のギャラリー席は上手の端のほうでリミテド・ヴュー
(舞台の横から見なくてはならないうえ、柱が邪魔)なので、私はヤードに降りて見る。
第一部の終わりごろに雨がぱらついてきたのでちょっとだけギャラリー席に坐ったが、
第二部は全部舞台のそばに立って見た。みなさん大興奮。ヴァネッサ・レッドグレーヴの
プロスペローのかっこよさ!エアリエルには女優が扮し、嵐の場では手に持った白い
小さな船を上下させたり傾けたり。それに合わせて舞台上の船乗りや貴族たちが難破の動き
をする(ピーター・ブルックの『テンペスト』の嵐に通じる)。全身に泥を塗ったようなキャリバンが
すごい迫力。空を見上げて「どす黒い露がお前ら二人に降りかかりゃいい」とプロスペロー親子を
呪うくだりでは、絶妙なタイミングで雨がぱらついてきたものだからお客は大喜び、大受け。
彼がステファノーにプロスペロー殺害を頼むところでは殺意がほとばしる。怒りと哀しみが基調。
下品な仕草も、ここまでやるかというくらい徹底している。ステファノーとトリンキュローが沼で
妖精たちにひどい目にあったとなると、ステファノーの衣装は作り物の小さな青ガエルだらけ、
トリンキュローはザリガニだらけ。うん、衣装はみんな斬新でよかった。とにかく哀しみをたたえ、
ユーモアもあり、人間味の感じられるプロスペローが印象に残る。終演後、5時20分から
ヴァネッサ・レッドグレーヴのトークがあることを谷田さんが発見。急遽予定変更。
私のレクチャーはディナーを食べながらということにして、地下一階のホールへ(加藤さんが
はぐれてしまったので、河口さんが彼女を見つけて外で待つ)。ヴァネッサの人間的な
魅力に打たれる。バスでナイツブリッジ近くのフレンチ・レストランへ。
泉に電話。赤ワイン、タプナードふうのバター。ダックのサラダ(アロマティック・クリスピー・
ダックみたい)、ローストビーフ、デザート。ツアー最終日に自己紹介、ツアーの感想など。
みなさんに失礼してタクシーでモートリーへ。泉にギズモ(我が家の愛猫)の生写真と傷害
保険証書を渡す。テンプル駅までおくってもらい、セント・ジェイムズ・パークへ。
ホテルのバーでみなさん待っててくれた。ツアー最後の夜も楽しい雰囲気のなかで更けて・・・。


平成12年7月13日(木)
もうレクチャー準備は不要なので8時まで寝る。朝食をすませてからパッキング。12時前に
チェックアウト。一時に空港へ向かうみなさんを見送る。小松さん、田房さん、谷田さんは
16日まで滞在を延期。14日には四人で一緒に『コリオレイナス』を見る予定。
私と谷田さんはタクシーでまずラッセル・スクウェアのロイヤル・ナショナル・ホテルへ。
着いてみて分かったのは、数年前のクリスマスに妹の一家とロンドンに来たときに泊った
ホテルだったということ。谷田さんは荷物をチェックしてもらい、そのまま泉のフラットへ。
フランチェスカがドアを開けてくれる。笑顔の可愛い、感じのいい人。
日本人のコスチューム・デザイナーのえみさん、DJをやっているパトリックが迎えてくれる。
私と谷田さんもパトリックが作ったパスタをご馳走になる。谷田さん、このフラットのライフ
スタイルにびっくり。グレタ(モートリーの卒業生で、tptの『債鬼』の舞台美術をしたイタリア人。
フランチェスカとは子供のころからの友達だそうだ)が帰宅、再会を喜び合う。73番のバスで
のんびりとトテナムコートまで。
チャリングクロス・ロードの本屋を教え、グリーク・ストリートのメゾン・ベルトーへ。
彼女はモンブラン、私はフレンチ・エクレア。ムッシュ・ベルトーに去年の11月奥埜さんたちと
来たことを話すと、すぐに思い出してくれた。明日、5分間のフランス革命劇をやることを知る。
谷田さんをヘイマーケットの近くまでおくってフラットに戻るつもりだったのだが、
コメディ・シアターで『パッション・プレイ』をやっていることに気づき、見ることに。
グレタに電話したら「やっぱり」と大笑いされた。ピーター・ニコルズ作の『パッション・プレイ』は
昔翻訳したのだが、現在まで上演されていない。夫が若い女との情事に走るときから
夫を二人の男優が演じ、妻を二人の女優が演じるようになる。嘘と本音を「見せる」という、
苦味の効いた凝った芝居なのだ。ドンマー・ウェアハウス制作。80年代初頭の作品だが、
ちっとも古びていない。
帰宅すると、彫刻家のデヴィッドさんがドアを開けてくれ、2分前にマンチェスターの泉から
電話があったという。うー、残念。彼女はいま、同級生のベッキーと一緒に高校生の
パフォーマンスの美術をやっているのだ。16日にはそれを見に行く。
ツアーのみなさんはいまごろどのあたりを飛んでいるのかな。サンツアーズが組んだ
スケジュールでは、私のレクチャーは2回だったが、毎公演の前と後に話をしたので
計8回(!)になってしまった。それもこれもみなさんが熱心で、舞台はもとより
私の話も面白がってくださったから。シェイクスピア広報担当としては感謝にたえない。


平成12年7月5日6日
海外に出かける前日、カンテツ(完全徹夜)しなかったことがこれまで
あっただろうか。今度こそはと思っても、思い通りに原稿が上がらなかったり
で、モウロウとした頭を抱えるようにして翌日出かけるのが常だった。
ところが今回は余裕だナ。と言ってももはや6日の午前3時なのだけれど。
雑誌『ミセス』の原稿、東京グローブ座「子供のためのシェイクスピア」の
パンフレット用原稿、帰国後29日にやる京都の同志社女子大夏期公開講座
のためのハンドアウト、『文芸広場』のインタヴュー原稿のチェック。全部
済んだ、わーーーい! クローブ座への顔写真、手を入れたインタヴュー
原稿、ハンドアウト原稿はすべて明日、成田空港の郵便局から送ろう。
グローブ座へのe-mailが、どこでどう「詰まった」のかなかなか届かない
というアクシデントはあったけれど、結局は送れた。合間に(11時ごろ)
環八添いの激安ショップ「ドンキホーテ」まで車を走らせ、DVCを大量に
買い込む。娘の泉のルームメイト、グレタ(TPTの『債鬼』の舞台美術を
やったイタリアのジェノアっこ)のリクエストでもあり、自分用でもある。
イギリスに行く前に「ドンキホーテ」の袋を積んで事故ったらかっこわるい、
と慎重に運転する。ついでに園芸用の土(ああ、しばらく庭いじりが出来
ないんだ)とか電池とかもろもろ買う。
 午前中の集荷の予約を入れておいたのに、スカイポーター(佐川急便)
がスーツケースを取りにきたのはヨルの8時過ぎ。はらはらさせられた
うえに、買い物が深夜に及んでしまった。そのあいだにもメールの送・受信
が沢山。RSCのツアー・マネジャーのジェイムズ・サージャントさんからも。
彼はこの8月でRSCを定年退職するのだけれど、そのあとは夫人のジル
がニューベリーで運営しているウォーターミル劇場を手伝うらしい。今回の
旅行でも、そこで上演中の『カルメン』(オペラではないが、音楽入りの
芝居のよう)を見に行くことにした。この劇場は、その名のとおり昔は
水車小屋だった建物。小さいながらこれまでに数々の賞を獲った舞台を
生み出しているのだ。東京グローブ座でも一度来日公演をしたことがある。
 劇工房ライミングの中島晴美さんから電話とメール。アーソル・フガート作の
『Hello and Goodbye』翻訳の打診。いろいろ話しているうちに、彼女も
ロンドンへ行きたくなったらしい。「おいで、おいで」のメールを出す。
 さて、荷物の最終点検をしてから寝ることにしましょう。明日は11時5分
集合。夫が成田まで車でおくってくれるというので安心だ。
 昨日は鎌倉まで秋元松代さんのお見舞いに行った。すごい回復力。
やっぱり彼女はタダモノじゃない。できれば旅先からもファックスを入れ
よう。
 いい旅になりますよう。ツアーの参加者の皆さんがハッピーでありますよう。
そうなるように努めなくては。


平成12年6月28日
面白いことがぎっしり詰まった一日。傘がおちょこになりそうな
風雨の中を初台駅からパークタワーまで歩いて安野光雅さんとの
食事会へ。画家の有元容子さん、文化出版局の編集者をしている
私の妹との四人。1997年初夏に一緒にイタリア旅行をして以来
時々集まっては食べて喋って。安野さん、なんだか若返ったみたいだ。
ご近著の『故郷へ帰る道』を寄ってたかって称えることから始まって、
話が弾む。帰宅後、3時から「教職員の文芸誌」『文芸広場』の
インタヴューを受ける。聞き手は都立田園調布高校の国語の先生
新野さん。シェイクスピア劇翻訳のことから最近の高校生の言葉
について、また、プロ、アマを問わず演劇の現場が、そこに関わる
人間すべてにいかにその人なりの「居場所」を与えるものであるか
ということまで。写真と編集の上山さんと新野さんが、雨上がりの
道を帰って行かれたのち、6時30分きっかりにメジャーリーグの笹部
さんと俳優の大地康雄さん来宅。笹部さんは明日ギリシャへ発つ。
白石加代子さんの「わが心の旅」(NHK)のロケに同行するためだ。
帰国は7月8日で、私がロンドンへ発つのが6日なので、「今日しか
ない」というわけで急遽・・・。梟座HPにも公演情報を入れたが、
大地さんは12月に『リチャード三世』をやる。その下準備のための
質問の数々に答える。彼のシャープな考え方にこちらも刺激を受ける。
おまけに、ちくま文庫の『リチャード三世』巻末の「薔薇戦争関係系図」
に一箇所ミスがあることを発見するという余得(?)も。
26日(月)鎌倉の病院に劇作家の秋元松代さんを見舞う。
27日(火)16時から有楽町の朝日サンツアーズで「シェイクスピア観劇
の旅」の説明会。(「4時」と言われたのを「14時」と間違えてしまう。こういう
ときに潰すべき時間は私にとっては鬼門で、プランタンでスカートを二枚
も買っちゃった)。Farm House(うすーいピッツァのおいしい店)で読みかけ
の『命』(柳美里著)を読む。研ぎ澄まされた文章によって、未婚の母として
子供を産み、東由多加の闘病と死に寄り添うという激動の日々が迫って
くる。読むと言えば、最近読んで感銘を受けたのは、雑誌『新潮』7月号に
掲載された杉山正樹氏による「寺山修司・遊戯の人」。それに、『シアター
アーツ』の巻頭エッセイに演出のことを書いた勢いで、エドワード・クレイグ
著の『ゴードン・クレイグ』という大著も読んでしまった。
ツアー説明会に行ってみたら、参加者のほとんどが朝日カルチャーとか
湘南アカデミアで私のクラスに来てくださった方々だと判明。一瞬、旅行社
側の営業努力へのギモンが湧いたが、ま、これはこれでよし。みなさんの
ために何が何でも楽しい旅にする、とリキが入る。終了後、高円寺へ。
シェイクスピア・シアターのミニ劇場 New Place で『尺には尺を』を見る。
25日(土)新潮社へ。14時からシェイクスピアCD−ROM委員会。
18時から神楽坂セッションハウスでマイムの集団「水と油」の新作『見えない
男』を見る。グローブ座春フェスの観劇審査の一本。すごくいい。
終ってからすっとんで銀座へ。銀座アスターにて扇田昭彦さんの定年退職
を祝う会。私は81年から参加させてもらったのだが、扇田さんを中心として
「演劇懇話会」という月例読書会が25年も続いてきたのだ。大笹吉雄さん、
田之倉稔さん、土屋恵一郎さん、長谷部浩さん、山之内重美さんや私の
ような「外部」の演劇評論家と山本健一さん、山口宏子さん、今村修さんら、
朝日の演劇担当記者がメンバー。自分ひとりでは読むことができなかった
だろう多くの本をこの会で読むことが出来た。感謝。


平成12年6月20日
詫び状を書いて速達で出す。
『テンペスト』の「訳者あとがき」でとんでもないミスをしてしまった。
「解釈および脚注のために参照した」諸版のうちの大修館シェイクスピア
双書『テンペスト』の編註者の名前。藤田実氏のお名前を書くべきとこ
ろを柴田稔彦氏のお名前を入れてしまったのだ。申し訳ない。悔やんでも
悔やみきれない。お二人それぞれの立場に我が身を置いてみれば、
いかにご不快かは想像に難くない。
この「独白」を読んだ方のなかで拙訳『テンペスト』をお買い上げの向き
があれば、どうか直しておいてください。もちろん再販になればただちに
訂正するけれど。


平成12年6月19日
あーーーー、やっと書けた。
AICT(国際演劇評論家協会)日本支部は、その活動のひとつとして
演劇雑誌『シアターアーツ』(発行・晩成書房)を出版しており、第二期
第三号は「演出」を特集。私が書くことになったのは、「私が選んだ二十
世紀のもっとも重要な演出家十人」というアンケート(これは会員全員が
回答すべきものなので書くっきゃないのだが)、「現役演出家のプロフィ
ール」のうち鈴木裕美さんへのインタヴューと構成、AICT賞の選評、そ
れに「巻頭言」。第二期(六冊)の統一テーマは「二十世紀演劇の総括」で、
第一号は「ヌーディティ」、第二号は「演劇と音楽」を特集した。「十九世紀
は俳優の時代、二十世紀は演出家の時代だと言えるから、特集のひつつは
『演出』にしよう」との言い出しっぺは私(一期、ニ期の編集委員の一人)
なので、深入りせざるを得ないとは言え、一冊の雑誌に一人でこれだけは
いくらなんでも書きすぎだ。と思っても、もうあとの祭り。そのうち一番あと
まで引っ張ってしまったのが「巻頭言」(四百字・七枚)。なんてったって
カントウゲンだから緊張する。演出について何をどう書こうかとどれほど
悩んだことか。呻吟しては書きあぐね、書けないものだからつい遊び、の
繰り返し。でも、ま、とにかく書き終わった。
 9日は『オケピ!』。さすがにプレヴューよりはぐうんと良くなっている。
 13日は『キレイ』。いろいろ詰め込みすぎでとっ散らかった感じ。
 14日は『パーフェクト・デイズ』。すごくいい。まず戯曲のよさ。知的でかつ
情があるホン。村上里佳子は説得力あり。佐々木蔵之介のゲイぶりも堂に
入っている。
 15日は池袋コミュニティ・カレッジ、「ちょっと気になるシェイクスピア」の三回目。
受講者は七名と少なかったが、私としては話がしやすい人数だ。主として
『テンペスト』について話す。最終回なので、終ってからみなさんと食事を
しながらお喋り。
 17日、18日は小淵沢で馬に乗る。初体験。初心者コースだが、いままで
使ったことのない筋肉を使う全身運動で、体のあっちこっちが痛い。
でも、ハマりそうな予感。


平成12年6月8日
国語審議会。三つの委員会の答申案の経過報告(五回目)。
カタカナ語に関しては興味津々だ。そのあと、国立能楽堂での
「千作千五郎狂言会」へ。ロッカーに荷物を入れてロビーに出てみたら
岩松了さんにばったり。岩松さんとお喋りしてたら劇団四季の松田さん
にばったり。終演後には元メジャーリーグの長峯さん、山内さん、
池袋コミュニティ・カレッジの高橋緑さんにばったり。なんという日だ。
 茂山家揃い踏みといった感じの舞台は勢いがあって小気味いい。
「鬼瓦」「瓜盗人」「庵の梅」の三本。千作さんは「庵の梅」の老尼。
笑顔の女面をつけて、愛嬌のあるかわいい庵主。立ち上がって舞を
舞う段になると、ふっと両肩が上がって凄みさえ出る。扇を杯に見立てて
酒を飲むときのすぱっとした指の放し方は優雅さの極みだ。
 まっすぐ帰宅して原稿を書くつもりだったが、電話をして白石加代子
さん宅に寄る。
 ちくま文庫の『テンペスト』、早くも校正ミスがいくつか見つかり、がっくり
くる。いずれも再校を戻したあと、編集者に電話をして直してもらった
部分。これからはせめてファックスで伝えなくては、と反省。


平成12年6月7日
一昨日、筑摩書房の編集者長嶋さん来宅。出来たてのホヤホヤの
ちくま文庫『テンペスト』の見本刷りを10冊持ってきてくれる。
嬉しい。彼女が持ってきてくれたもうひとつの嬉しいもの。安野光雅さん
がお描きになったシェイクスピアの肖像画。講談社の『絵本シェイクスピア
劇場』のために何枚かお描きになって、ご本人が「こっちを使ったほうが
よかったかな」と思われるほど素晴らしい水彩画だ。早速壁に掛ける。
おかげで『テンペスト』は一層思い出深い仕事になりそう。次は
『ウィンザーの陽気な女房たち』。すぐにも取り掛かりたいのだが、
いろいろと書かねばならない原稿が立ちはだかっていてそうもいか
ない。もっと仕事を整理しなくては。さもないと、なんのために大学を
辞めたのだか分からなくなる。夕方からは高校時代の友人や夫、妹など
都合五人で「ぶらぶら歩き」。北沢川の遊歩道を三宿まで歩き、メキシコ
料理の店、ZESTで食事。その間、みんなで駄洒落連発。
6日はTPTの『Naked』を見る。ルイジ・ピランデッロ作、デヴィッド・ルヴォー
演出。ものすごく観念的な「討論」芝居だが、主役の中嶋朋子の
繊細な演技が素晴らしく、ちゃんと「人」がいることを感じさせる。ただし、
ところどころもっとコミカルな扱いをしたほうがふくらみが出たのでは
ないかと思う。パンフレットのモートリー報告は、95歳で亡くなった校長の
パーシーの追悼。これまでモートリーに留学した礒沼陽子、澤田牧画、
米田典子、そして現在留学中の松岡泉が文を寄せている。去年の11月
ロンドンへ行ったとき、ロンドン演劇界のこの伝説的な女性に会いそびれ
たのが悔やまれる。泉の今度の課題はベケットの『勝負の終わり』。5日に
FeDexで訳本と『ベケット大全』を送った。いいプランが出来ますよう。
明日は国語審議会のあと、国立能楽堂で茂山千作・千五郎の狂言を
見る。


平成12年6月4日
『テンペスト』の千秋楽。舞台はほとんどパーフェクトだった。夫と
一緒に見る。彼の歌の会の仲間であるH夫妻も見てくださる。夫君は
国際的に活躍する弁護士、夫人は箱庭療法の心理療法家だ。H氏の
「エピローグでは泣いてしまった」という言葉を伝えると、夫は「僕も」。
悲劇的現象や一族再会の喜びで泣かすのではなく、言わば哲学で
泣かせてしまうのだから、台詞のすごさもさることながら、やはり
平幹二朗の力のなせる技だろう。松田洋治くんによると、銀粉蝶さんも
楽屋に会いに来て、しゃべりながらぼろぼろ涙を流していたそうだ。
 1987年の日生劇場での初演時には観客席で見ていた私が、
そして、シェイクスピアを翻訳することなど夢想だにしなかった私が、
それから十三年後のいま、この『テンペスト』に訳者として関わっている。
感無量とはこのことだ。
 「丘や小川、湖や森に住む妖精たち」で始まるプロスペローの有名な
独白(第五幕)がある。稽古の途中、蜷川さんの要請を受けてこの中の
「小鬼」という言葉を、「小さなものたち」(原文はdemi-puppets)と変えたの
だが、ここの平さんの演じ方を見るたびにこう変えてよかったと思わずに
いられない。舞台中央に立つ平さんは、「月明かりのもと」で上手上方を
見上げ、「草原に雌羊も食わぬ饐えた輪を作る」で前かがみになって矢
(つまり魔法の杖)で目の前に小さな輪を描き、その見えない輪をいつくしむ
ように手をかざしながら声を落として「小さなものたち」と言うのだ。
それこそ、『テンペスト』全体の中では「小さな」部分だけれど、ここで妖精の
働きと彼らへのプロスペローの愛がきらめきたつ。
 昨日と今日、同じ独白の「轟きわたる恐ろしい雷(いかずち)に火を与え」の
「火を与え」のところで彼の声が力強くひゅううっと上がり、まさしく炎と化した
のだ。こういうことが出来るのは平さんと白石加代子くらいなものだろう。
カーテンコールでは蜷川さんも舞台に上がり(寺島さんが、飛ぶように客席通路
を走り、引っ張り出したのだ)、ただでさえ興奮しているお客はスタンディング・
オヴェイション。
 終演後、楽屋で平さんに会った。周りに誰もいなかったので、私はカチンカチン
に緊張しつつも感謝の言葉を伝えた。
4時30分から大稽古場で打ち上げ。みんな満足そうだ。旅公演がんばって!
助手の石丸さんがメールで報告してくれるはずなので、楽しみ。
 そうそう、2日(金)の朝日新聞夕刊に出た田之倉稔さんの『テンペスト』評が
とてもよかったのも嬉しい。イタリア演劇が専門で、ストレーレルが彼にとっての
最高の演出家なのだけれど、それに匹敵すると言っている。私の「新訳」だと
いうこともいいところで言及してくれている。

 6時から小ホールで市村正親さんの『市村座』を見る。これがまたすごかった。
講談形式による一人ミュージカルの『レ・ミゼラブル』、三味線(去年の10月に
始めたばかり!)の爪弾きで、ミュージカル・ナンバーを読み込んだ都々逸、
三波春夫の演歌、エディット・ピアフに「なって」歌うシャンソン、ジェローム・ロ
ビンスとボブ・フォッシーのダンス、エトセトラ。一曲一曲がひとつのドラマだ。
市村さんのチャーミングな人柄が客席を生き生きとさせる。
 このところ、見る舞台がすべて「当たり」なのでゴキゲンだ。二度目の『悪戯』
(30日)、『オケピ!』(2日)。


平成12年5月28日
昨日は『テンペスト』の初日。ゲネで出た台詞のダメがずっと
気になっていて、おかげでエピローグの終りの部分にもう一手
思いついた。「この身を自由に」に「どうか」をつけること。そうすれば
観客へのアクションが込められるのでは?
劇場に着いて早速演出助手の石丸さんに伝える。5時半開場と
同時に「佐渡の能舞台での『テンペスト』のリハーサル」の「準備」開始。
ロビーでは観客に混ざって「普段着」の役者たちが客席からの
登場に備えている。エアリエル役の松田洋治くんは、「演出家」
(平さん)には従順だがスタッフには横柄な「役者」という「役作り」
をしているようだ。
お客の反応がすごくいい。台詞もよく聞いてくれているのがよく
分かる。駄洒落も受けた! これだけでウキウキ嬉しくなるのだから
翻訳者なんてたわいがない。
蜷川さんが狙った演劇の魔法と劇中のプロスペローの魔法とが
ぴたりと決まる。ちくま文庫の『テンペスト』の解説を書いてくれた
河合祥一郎さんは「ステファノー、トリンキュロー、キャリバンの関係が
これほど王侯貴族たちの力関係のパロディになっている『テンペスト』
の舞台はなかったのではないか」と言ってくれた。これも蜷川さんの
狙いのひとつ。終演後に蜷川さんに伝えたら、我が意を得たりと
いう顔をして満足そう。
エピローグでも、「ここ」というところでちゃんと拍手が来た。
石丸さん、演出補の村井さんと「よかった、よかった」。
それにしても、新訳がすでに定評ある演出と舞台にはまるかどうかと、
胃が痛くなるほどの緊張の連続だった。十三年前、日生劇場での
初演を見て感激したことを思えば思うほど、夢みたい。


平成12年5月26日
いま『テンペスト』のゲネプロから帰り、遅い夕食をすませたところだが、
まだ胸がドキドキしている。台詞で二箇所、蜷川さんから注文が出て、
対応したのだけれど、明日の初日でうまくいくかどうか・・・。
ひとつは第五幕のミランダとファーディナンドのチェスのシーン。
ミランダ「あら、いまのはずるい手」
ファーディナンド「まさか、全世界をもらっても、そんなことはしない」
ミランダ「うそ、王国の二十ももらえばずるをして、しないと言い張る。
     でもいいの、きれいな手だと言ってあげる」
要は、「全世界」どころか、それよりずっと小さなものでも引き換えに
もらえるなら、ずるをしてシラを切る、とからかっているのだが、
蜷川さんは「王国の二十ももらえば」が分かりにくいと言う。
「二十」という数が邪魔をして趣旨が分からなくなるとのこと。ナルホド。
寺島しのぶさんの楽屋へ行き、説明・相談の結果、いっそ
「王国ひとつ」とすることに。そうすれば「全世界」との対比がはっきりする。
もうひとつはプロスペローのエピローグの最後、「この身を自由に」。
これだと、すぐに観客から拍手が来ない、手を叩きにくい、ということ。
これも、平さんの楽屋へ行って対応する。
原文では....set me free.エアリエルやキャリバン、そしてミランダに
も「自由」を求めさせた当の人物が最後の最後に言うひと言が
「free」という皮肉、意味深さにこだわり、訳でも「自由(に)」で終らせ
たかったためこうしたのだが、手が来にくいとなれば、
「自由にしてください」。その前に、「お手を拝借、皆様の拍手の力で
私のいましめをお解きください」でちょっと待ってみよう、というのが
平さんの案。ここで手が来れば、最後は「この身を自由に」とする
という二段構え。
ゲネでの「発見」。しのぶのミランダが、ふわふわした軽やかな白い
衣装を着て、飛ぶように走るのが印象的なため、この少女が、地を這う
キャリバンと空(くう)を飛ぶエアリエルの中間にいることを感じさせられる。
今日の客席にはテレビカメラが何台も入っていた。そのひとつは
シアターTV。私もデジタルTVCで撮ったが、プロの手で記録が残る
のは何よりだ。泣いても笑っても明日が初日。蜷川さんはじめ
まだ残っているスタッフに「お疲れ様」を言って、劇場を出る。


平成12年5月22日
『テンペスト』、稽古場での最後の稽古。数日見なかったあいだに
ずいぶんレベルアップしている。プロスペローとその周辺、王侯貴族、
三バカ大将(ステファノー、トリンキュロー、キャリバン)という三
グループの対照あるいは相似性がくっきりしてきた。平さんの
プロスペローは、怒りや哀しみのこもる十二年間を四時間で
見事に生き直している。しのぶのミランダ、ピュアで野生児的な
ところもあって新鮮。原さんのアントーニオが外見まで一新して
いて小イアゴー的な面が際立ってきた。大川くんのキャリバンも
攻めの演技のなかに力を抜いて「引く」面も入ってきてなかなか
いい。トリンキュローのたかお鷹さん、相変わらずオモシロイ。
いったいどおうしてああいうヘンなことを次から次へと思いつく
のだろう。花柳輔太朗さんのアイリス、私の訳をこんなに
きっちり「謡曲」にしてくれるなんて、感動。プロスペローのエピローグ
が終ったとき、スタッフ(役)の一人が涙ぐんでいるのを、私は
見逃さなかった。蜷川さんも満足そう。稽古のあと、劇場をのぞく。
舞台装置は完成しており、明かり合わせの真っ最中。美しい。
20日(土)は、午後から世田谷パブリックシアターの稽古場へ。
ホリプロ制作の『パーフェクト・デイズ』の稽古を見て、そのあと
演出の宮田慶子さんと対談(パンフレット用)。女性ならば誰でも
関心を持たずにいられない諸問題満載の芝居だけに、話が
はずむ。ホリプロと言えば・・・レイフ・ファインズが主演する
アルメイダ劇場の『リチャード二世』と『コリオレイナス』は、ホリプロ
との提携公演なのだ(パンフにもThe Almeida Theatre Company
in association with Hori Pro Inc.と明記してある)。おかげで、
私が同行講師をつとめる朝日サンツアーズの「シェイクスピア
観劇の旅」(参加者が8名になった時点で実施決定。ほっとする。
あと4人集まれば予定の人数になる)の、未定だった一演目は
『リチャード二世』にすることができた。
これはイズリントンにあるアルメイダ劇場でではなく、多くの
ヒッチコック映画の撮影が行われた由緒ある撮影所、
ゲインズバラ・スタジオを改装したところで上演されている。
二本ともこの秋に来日公演が決まっているが、一足先に見るのも
一興。私はこれまでレイフ・ファインズの芝居を二本見ている。
シェイクスピアの『トロイラスとクレシダ』のトロイラスと、『リア王』の
エドマンドだ(どちらもRSC)。知的でシャープで素敵だった。『リチャード
ニ世』は大好きな芝居なので、楽しみは二乗だ。ロンドンでは
演出のジョナサン・ケントにインタヴューすることになりそう。


平成12年5月19日
タ・マニネの第二回公演、岩松了作・演出『悪戯』の初日を見る。
いい。非常にいい。ホンよし、演出よし、装置・照明よし。小林薫、
樋口可南子をはじめとする俳優すべてが魅力の光輝を放っている。
舞台はとある芸能プロダクション、そこに出たり入ったりする一癖も
二癖もある男女。開幕早々岩松自身が出てくる岩松芝居も珍しいが、
岩松芝居の例に漏れないのは、男も女も言っている言葉とは裏腹のココロの
マグマを渦巻かせていること。見ているうちに「臨界点」という言葉が浮かぶ。
臨界点の低い者はちょっとした言葉や刺激ですぐさま感情を
抑える限界を超える。それが高い人物たち(小林扮する俳優の須藤
と樋口扮するプロダクション社長の沢田理子がその最たる者)は
最後の最後まで件のマグマを抑えきろうとするのだが・・・。
そして、すべての人物が他の誰か彼かに向かって絶えずアンテナを
張っているという言外にみなぎる緊張感。それをストンと緩める
言葉や行為。このリズムはチェーホフのそれに通じる。
岩松劇では、『お父さんのお父さん』における台所のヘンな虫や、
『月光のつヽしみ』におけるドアのないトイレなど、舞台の外のモノが
劇においてかなり重要なモメントになることが多々あるのだが、
この『悪戯』では、舞台に登場することのない人間たち(須藤の
病身の妻、田口浩正ふんする神主の父親、そして、死者たち)のことが
「登場する人物」たちの口にのぼり、不在であるが故に逆説的に
その存在は手応えあるものになる。人間どものココロのマグマが
ぶつかり合うのを見守るかのような植物群と大空。ああ、第三幕の
夏空に浮かぶ雲の美しさ!
きりきり切ない劇。
みなさん、シアターコクーンへ行きましょう。


平成12年5月14日
『テンペスト』の稽古は、9日(火)で第五幕とエピローグまで行った。
台詞に問題がないかどうかの確認は一応すんだわけだけれど、
この作品が蜷川さんにとってどれほど特別な意味を持っているかが
分かってきた(「私小説」や「私戯曲」という言い方に倣えば、この
『テンペスト』は彼における「私演出」)だけに、出来るかぎり稽古に
立ち会いたい。演出助手の井上さんや石丸さんを通して細かい
注文が時々入るから気が抜けないし。
12日は、ジテキンの鈴木裕美さんへのインタヴューのあと、
第七病棟の『雨の塔』の初日へ(鈴木さんも来てた)。
元ガラス倉庫だった煤けたような建物の正面には、例によって
黒字に赤と白で「第七病棟」と記した大きな旗。これを見るたびに
胸がじーーんとする。分からんことが多々ある唐さんのホンだけれど、
しょぼくれた中年の女と男が必死になって虚構のロマンをつむぎ
出そうとしている切実さはしっかり伝わってくる。幕切れ、闇を
切り裂くような緑魔子の声「にいさん、一筆したためます」は、「それでも」
書きつづけるという唐さん自身の声にも聞こえた。いつも以上に
コミカルな魔子。おかしくて、情けなくて、可愛くて、切なくて。
昨日から今日にかけて原稿二本。一本は、3月半ばに亡くなった
女優・鈴木久美さんの追悼文。TPTの『ルル』で初めて一緒に
仕事をした。御茶ノ水のニコライ堂で行われたギリシャ正教のお葬式
のこと、そのときの夫君・山川三太さんの様子などが思い出され、
辛い。もう一本は雑誌『ミセス』のために『グリークス』の紹介文。
梟座HPの「劇評」から、1990年暮れに文学座アトリエで上演された
この壮大な芝居について書いたものをプリントアウトして参考に。昔
書いたものがすぐに読めるのだから有難い。
今日は一時から新国立劇場の『夜への長い旅路』を見る。徹夜(また
やっちゃった)明けで、寝坊。朝食・昼食抜きで駆けつけたので
サンドイッチとコーヒーをロビーの外のテーブルで食べてたら
梟座メンバーの手塚優さんの姿。このところ手塚さんとは観劇
サイクルが合うらしく、結構あちこちの劇場でばったり。
『夜への長い旅路』はすごくいい。母メアリー役の三田和代さん、
鬼気迫りつつもはかなげなたたずまいの素晴らしさ。やや下手
寄りの大きな階段の踊り場には常に霧が巻いていて、麻薬の
霧の中に入ってゆくメアリーを見事に表現している。真実を
遠巻きにしておびえ、立ちすくむ四人の家族。すべてを言語化
せずにはいられない人間たちの凄まじいまでの執念が、
この戯曲の土台になっている。このところ「キレル」若者の事件が
頻発しているが、そこには言語化能力の欠如が大きく作用して
いるのではないかと思わせられた。
劇団雲にいたとき、この芝居をアメリカの俳優たちのヴァージョン
(若き日のロイ・シャイダーが兄ジェイミー役だった)と
雲の俳優のヴァージョンの両方を見て強烈な衝撃を受けたものだ。
終幕、浅野和之のジェイミーと段田安則のエドマンドの場面が
始まったとき、不意にアタマの中に「ああもなれた、こうもなれたが
私の名」というジェイミーの台詞が湧き上がってきた。最近
健忘症のカタマリの気味のある私なのに、三十五年前に読んで
聞いた台詞が蘇ってくるとは。我ながらびっくり。


平成12年5月7日
ヒャッホー、ついに『テンペスト』の「訳者あとがき」を書き終え、
赤を入れた再校ゲラと一緒に筑摩書房に渡す。ぎりぎりまで
手を入れていて、バイク便のおにいさんを10分ほど玄関先
で待たせてしまった。したがって今日は稽古場へは行かず。
『テンペスト』の稽古は好調だ。すでに仕上がっている名舞台に
新しい翻訳がちゃんとハマるかどきどきものだったのだが、
これもうまくいっている。嬉しい。稽古2日目にして、冒頭の大嵐の場
は迫力十二分。『ハムレット』以来、これで蜷川さんの仕事に
直接関わるのは五度目だけれど、いきなりこんなに体中の全神経が
ビビビッと緊張する幕開きは初めて。先週の土曜日、第三幕第三場の
幻の饗宴のシーンをやったとき、蜷川さんが小声で語りかけてきた
言葉が忘れられない。ナポリ王アロンゾーらが能舞台の前に
崩折れていて、精妙な音楽とともに橋架かりから動物の面をつけた
妖精たちが黒漆塗りの膳を運んでくる。舞台に上がった彼らは
プロスペローの術で金縛りになる。蜷川さんは言った。「鬱のとき
この場面をやると泣けてくるんだよ、美しくて、そのとき、ここに
倒れてるやつらはオレが演劇的に闘った敵だと思ってるわけ。
オレは孤立無援だ、本当にオレの仕事を理解してる人間は
一人もいない、と。いまでもそう思ってるところがあるけどね。
孤立無援だっていう被害妄想をバネにしてるんですね」
蜷川さんの言葉はすごい。ダメだしにもユーモアがこもっていて、
実に的確。たとえば、キャリバン(大川浩樹)、ステファノー(沢竜二)、
トリンキュロー(たかお鷹)のからみの場。「大川、もっと嫉妬しろ」
(つまり、トリンキュローに対し)「非行少年が誰かになつくと
熱くなつくみたいに」。
平さんのプロスペロー、稽古三日目、「きたきたきたきた・・・」という感じ。
蜷川・平からは目も耳も離せない。
明日もヴィデオを持って行こうっと。そうそう、明日は稽古の前に
グローブ座へ行って、来年の春フェスのヴィデオ審査をしなくては
ならない。今年の応募は28団体。いい集団に出会えますように。


平成12年4月30日
『テンペスト』台本の変更追加をさいたま芸術劇場の大稽古場にファックス。
夫と「歩き」に出かける。北沢川暗渠上の遊歩道を三宿まで(今ふうに
言うと、このところ川沿い歩きが「マイブーム」なのだ)。途中から
きれいな水のせせらぎが地上に現れる。子供たちが群れているところ
に近寄ってみてビックリ。ザリガニをとっているのだ。「平成の少年少女
諸君、君たちもザリガニとりをしてるのか!」と嬉しいエールをおくりたくなる。
遊歩道の両側はハナミズキやいろんな花がいっぱい。
せせらぎの行き止まりの近くにあっと驚く素敵な店を見つけた。
メキシコ料理のZEST。インテリアも抜群(ジョージア・オキーフの
絵によく描かれている牛の頭蓋骨が飾ってあったり)。たかーい天井には
ロボットのように動くテラノドン。メキシコの雰囲気(行ったことないけど)
と遊び心に満ちたモダンアートの混在は、お洒落でいて気取りがない。
二回のテラス席に陣取ってビールとジャンバラヤ。テキーラ入りの
メキシカン・コーヒーのおいしさはクセになりそう。朝五時までやってる
そうだ。帰りは烏山川の遊歩道を歩いて帰る。
なんかメチャクチャとくしたような気分の一日だった。


平成12年4月29日
シアターXにノーラ・レイを見に行く。これはサーカスのクラウンやフール
(日本語にすると、ともに「道化」)のフェスティバルの一環。ノーラ・レイ
は数少ない女性のクラウンとして特異な存在。客席に坐っていたら、
後ろからツンツンと背中をつつかれ、振り向くと岸田今日子さん!
彼女はこのフェスの企画委員の一人なのだそうだ。
いわば、二枚の大きな衝立をずらして立てただけのような舞台。
そこにドレープをつけた布が掛かっている。チェンバロやピアノになる
台があって『モーツアルト』は始まる。ノーラははじめモーツアルトの
父親(ステージ・パパ)をやり、モーツアルトは人形(赤ん坊のと幼年のとふたつ。
これが丸い赤鼻をつけててカワイイ)。モーツアルトが成人すると、
それが逆転する。その瞬間は驚きだ。とにかくたった一人でモーツアルトの
一生を演じてしまう。「道化は死ななきゃならないのね」という今日子さんの
言葉がじんと心にしみた。


平成12年4月24日
4月22日から23日の夕方まで、激動の2日間だった。
さっき蜷川さんから「感謝のFAX」。「シェイクスピア協会の件、
本当にすいませんでした」との書き出し。よかった、ホッ。
このHPにも講演情報に入れた23日のシェイクスピア祭の対談
を、蜷川さん、ドタキャンしたのだ。
21日に雲行きがおかしくなったのだが、「まさか」と思っていた。
それが、22日の朝、演出助手の井上尊晶くんに連絡したら
「まだ迷ってる」とのこと。「出てくれなきゃ困る」旨、縷々訴え、
朗報を待つ。4時PMになって、トツゼン電光のごとく「こりゃ本気だ」
との思いが全身を貫き、さいたま芸術劇場に電話を入れる。
尊晶くん「明日の稽古、入れちゃいました」。ガーン、やっぱり。
「これからそっちに行く」と言って着替えにかかったら、尊晶からTEL、
「来てもらっても状況は変わらないって言ってます」だって。
「でも、ああそうですかって訳にはいかないでしょ? とにかく
行くから・・・」。で、さいたま芸術劇場へ。『夏の夜の夢』の稽古用
装置(と言っても例によって本番用そっくり)の前で巨匠と話す。
「お詫びの手紙書いたから、これ、明日尊晶に持たせるよ。お客の
前で読んでもらおうと思って」ときた。読ませてもらうと、これが「お詫び」
どころかかなり差し障りがある。うーーむ。要は、蜷川さんが時々
陥る「登校拒否症」(本人がこの言葉を使ってる)なのだ。
イギリスのオックスフォード大学から講義を頼まれて、日取り
からホテルまで決まったのに、やはり同じ症状が出て
キャンセルしたことが二度もあるんだそうだ。
翻意は無理だと分かったものの、じゃあアタシゃどうすりゃいいんだ。
「聞き手」だけで「聞かれ手」のいない公開インタヴューなんて、
ナンセンス。第一、「なま」蜷川の話を聞くのを楽しみに来たお客が
納得しないだろう。ああ、ああ、針のむしろだ!
真っ先に私の頭に浮かんだのは「アタシもフケちゃおか」
(「そうすれば朝日カルチャーに行って、安野光雅・佐藤忠良対談が
聞ける」とまで思ったものだ)。でも、でも、悲しいかな、小心者の私の
なけなしのセキニンカンってやつが「何とかしろ」と囁きかける。
巨匠は「マツオカさんなら大丈夫だよ。頼むよ、フランス料理
でもなんでもご馳走するから」なんて能天気なことを言って
にこにこしておいでになる。おいおい、である。
帰宅後、シェイクスピア協会の行事担当者に「主役ドタキャン」を
伝え、善後策を相談。結局、手紙を届けにきた尊晶を帰さず、
私と「蜷川シェイクスピア」について対談することに。その際、
私が持っているプラチナ・ヴィデオを披露したらどうだろう、と。
決定! でも、それからがタイヘン。デジカムで撮ってあった
稽古風景やゲネプロのテープを山ほど取り出し、どれのどの部分を
見せたらいいかを考え、VHSにダビング。編集したり、アタマ出し
したりで朝の7時になってしまった。それから蜷川さん宛ての
手紙(尊晶と対談すること、「お詫び」の手紙は読まないこと、etc.)
を書いてファックス。3時間眠る。
一時少し前に明治大学リバティホールへ。主催者側は、
ポスターの名前を書き換えたり大騒ぎ(当たり前だ)。
高山宏さんの講演(面白かった)を聞きながらも、不安に
苛まれる。尊晶到着。
結果は「終わりよければすべてよし」。蜷川『ハムレット』再演版の
エンディングでは、フォーティンブラスの兵士たちが化粧前の鏡を
割るのだが、その実験の模様や、ロンドン版『ハムレット』の一シーン
を見せた。「いま・ここ」でしか見られないもの(ヴィデオは9本)
だから、お客さんも興味津々の様子。何よりよかったのは、
「蜷川がバックレましてすみません」で始まった尊晶の話だ。
彼は18歳のときに蜷川カンパニーに入り、現在まで演出助手
として蜷川さんの右腕になっている。この日の彼の態度と
バランスのとれた話ぶりは、この「右腕」がいかに優れたものかを
あますところなく物語っていた。蜷川演出を語ることにおいて
は「主役」をしのぐほどのアンダースタディだったわけだ。
ほっとしたうえ、どっと疲れを感じたのですぐに帰るつもりだった
のだが、出口で医科歯科大時代の同僚の前沢さん、徳永さん、
大学院時代の先輩で立教大学教授の村上さんに会い、
ビールでも飲もうということになった。行った先は駿河台三省堂の
地下にある放心亭。なんといまの私の心境にぴったりな店名
であることよ!この席でも尊晶は大好評。
それにしても、こんなにたくさん溜め息をついた日はなかった。
蜷川さんに何ご馳走してもらおっかな。もちろん尊晶も一緒さ。


平成12年4月20日
朝日カルチャーセンターでの『夏の夜の夢』のレクチャー
第二回目終了。「私たちのシェイクスピア」と題して講座を
開始したのは1998年の7月。足掛け3年のあいだに通算して
20回くらいになるだろうか。6時半から二時間、遅い時間なのに
初回から欠かさず出席してくださった方もあり、ずいぶん励み
になった。「話す」というのは大したことで、それまでは頭の中で
ただモヤモヤしていた考えが話しているうちにまとまってくる。
今日も『夏の夜の夢』と『テンペスト』との共通項や、
劇のベクトルとそこにはめ込まれた劇中劇のベクトルとが、
同方向である場合と反対方向である場合(これは『夏・夢』だけ)
があることに話しているうちに気づいた。ありがたいことです。
でも、シェイクスピア翻訳のピッチを上げねばならない
(いったい何のために大学を辞めたんだ?)ことを考えると、
なるべくシェイクスピア翻訳に専念する態勢を取らなくては、
というわけで、朝カルもしばらくお休みするつもり。受講者のみなさん
には私のHPのアドレスをわたし、お休みのあいだはHPで会いましょう
と言う。たくさん遊びにきてくださると嬉しい。


平成12年4月17日
昨日まる一日(夕食後にソファで3時間弱寝て)、そして今朝8時までかかって
『テンペスト』の脚注を作り終える。第三幕から第五幕まで。つくづく難しい
テクストだったと思う。まだ「これでいいのか」という箇所があるので
日曜日に東女時代の恩師コールグローヴ先生に時間を割いて
いただいて、質問にゆくことにした。場合によってはグレゴリー・
ドーランとアントニー・シャーにファックスで質問してみようか。
彼らにはRSCの『マクベス』の楽日に、『マクベス』についての
質問OKという返事をもらってあるので、ついでに。
12時に筑摩書房の長島さん来宅。アカを入れた初校と
脚注のフロッピーを渡す。まだ「あとがき」を書く仕事が残って
いるが、大きな山は越えたのでホッ。2時から4時半まで
国語審議会の第一委員会。中島みゆきさんと内舘牧子さんは
欠席。議題は「現代における敬意表現の在り方」の答申案。
宿題、文化庁にファックスで修正案や提案を出すこと。
今夜は早寝しよう。明日は定期検診。早起きして庭を
見回るのが楽しみだ。毎日毎日何かしら新しい花が咲く。


平成12年4月10日
ふう。『俳優のノート』の書評(『東京人』6月号)をようやく書き上げた。
久々のカンテツ。ロンドンの泉(娘)にはとても言えない(あ、これ読まれちゃう
か!)。とにかく魅力的な本で、およそ演劇に関心のある人には是非
読んでほしい。締め切りは先月末だったのに、うんうん呻吟するばかり
だったうえに(と言うより、だからこそ)遊んじゃったので、時間だけが
どんすか経って・・・。遊んだのは8日(土)。RSCの『マクベス』の楽
のあと、タヴァン・グローブで飲んでしまった。ひとつには真田さんと
マネジャーの浅田さんもこの日ご覧になり、タヴァンでは魔女のノーマや
演助のジョナサン、門番のスティーヴたちの中心になってたことがある。
アントニー・シャーとグレゴリー・ドーランは、東京での最後のこの夜、
花見に出かけた。市谷の外堀沿いの桜並木を勧める。真田さんは
数々の美点をそなえた人だが、そのひとつは、どんな飲み会でも
決して中座しないこと。必ず最後まで残っている。若い役者なんか、
それだけで感激してしまう。この日もそう。『オケピ!』の稽古のあとで
さぞお疲れだっただろうに。
 書評原稿が上がってほっとしたのも束の間、すぐさまAICT
(国際演劇評論家協会日本支部)賞の候補作を読みはじめる。
全部で7冊、そのうちすでに読んだのは4冊。やれやれ。それが
すんだらすぐに『テンペスト』の脚注作りにかからねばならない。
これまた締め切りを大幅に過ぎている。筑摩の長島さん、ごめんなさい。
もう「赤」は入れたんだけど。
 青年座の『マンチューリア』を見る(紀伊国屋ホール)。日本のマタハリ
と呼ばれ、男装が常だった川島芳子が主人公の芝居。よくない。
帰宅したら、山崎努さんからファックスが入っていた。出かける前に
『俳優のノート』のお礼と書評を書いたことの報告を送っておいたのだが、
その返事をくださったのだ。また一緒に仕事がしたい。
 庭のしだれ桜が満開。昨日、母を招いて見てもらった。


平成12年4月7日
このところ「喋り」の仕事が続いている。5日、6日、8日。5日は小雨の中を
鎌倉まで行った。鶴岡八幡宮の参道の桜は三分咲きというところか。
このグループは東女の一年下の後輩がやっていたミニ・カルチャーセンター
の有志。シェイクスピア好きの男女十数名。今回はRSCの『マクベス』の
ことと訳了したばかりの『テンペスト』のことを話す。雰囲気がよくて
気が措けないのでいつもついノッてしまう。6日は朝日カルチャーセンター。
みんなもう顔なじみ。『夏の夜の夢』のこと。ハンドアウトを作ったり、
ヴィデオの頭出しに結構時間がとられ、ちょっと消耗。「シェイクスピアの
広報担当」を自認している私だが、こちらはしばらくお休みをもらおうと
思う。8日の明日は白石加代子さんとの公開対談、これも朝カル。
『東京人』から原稿の催促。もう何日も締め切りを過ぎてしまった。
山崎努さんの『俳優のノート』を取り上げることにしたのだが、
なかなか書き出せずにいる。一番面白くて興奮するのは読んでる
段階だから、「書く」という作業は気が重い。子供のころから感想文を
書くのが大好きで、感想文のために本を読んだという野田秀樹さん
(『カノン』のパンフのための対談で聞いたこと)の爪の垢でも
煎じて飲みたい。今日はぽっかり予定があいたので『マクベス』を
もう一度見せてもらうつもりだったのだが、貸切だそうでダメ。
明日、加代ちゃんとの対談が終ってから、千秋楽を見ることに。
『俳優のノート』の書評には、アントニー・シャーと努さんとの共通点
についても書くつもりなんだけど・・・。書けない。コンピュータの前に
坐ったんだから、せめて、というわけで「独白」。


平成12年4月5日
3月30日、ドジをやった。スタジオ・コクーンの蜷川『三人姉妹』を
見に行った。12時30分劇場着。一時開演のはずなのに人影なし。
ヘンだなと思いつつスタッフ・キャスト用のドアをそおおおっと開けたら、
舞台美術の中越さん、照明の原田さんその他が床にしゃがみこんで
いる。ん????「『三人姉妹』、今日が初日よね?」「そう」「一時
開演よね?」「七時」「ひえー!」(みんなの笑い)「上に蜷川さんいるよ」。
ん???という視線を満身に浴びつつ階段を昇る。客席に蜷川さん、
お弁当を食べ終わろうというところ。「あれ、どうしたの?」むにゃむにゃ
と事情を説明。巨匠の笑い。ちょっとお喋りをして「じゃ、また来るわ」。
しょうがないからシアターコクーンへ行って『カノン』のゲネを見る。
制作の北村さんらに大歓迎されるが、フクザツな心境。
ゲネは好調。まず、野田さん抜きでやって(透明人間を相手に
芝居してるみたい)、次に野田さん入りでやっての繰り返しが
面白い。6時30分にコクーンを出てスタジオへ。真田さん、合田佐和子さん
も来ている。
蜷川『三人姉妹』は、全登場人物が全幕通して独白を語っている
かのよう。ほとんどショックを受ける。終演後、裏へ行って蜷川さんに会い、
そう伝える。「いい観客だねえ」と巨匠。「でも、だとすると、そういう演技
してない役者もいるんじゃない?」
外に出たら、松重さんと勝村さんが途方に暮れたような顔で立っている。
確かにちょっと戸惑うアプローチだ(『かもめ』とは全く違うから)。
私の感想を言う。二人とも納得したみたい。
31日から4月3日まで、北海道のルスツでスキー。連日滑っちゃ飲み食い。
スキーのあとのビールのうまさは格別だ。イゾラ山の頂上からは
噴火したばかりの有珠山が見えた。先発隊(30日出発)は噴煙を見た
そうだが、私が見たときはもう煙が広がって、洞爺湖の上はどんより
していた。3日には小学校時代の幼馴染が札幌を案内してくれた。
タクシーの運転手をしている彼は、ヴァンを運転して私たち6人
(他の十数人は手稲スキー場へ)を大倉山シャンツェや石狩川の河口
へ連れて行ってくれ、千歳空港まで送ってくれた。壮大な夕焼け。
帰宅は12時。へろへろ。たった四日留守してただけなのに、山のような
郵便物。束になりそうなファックス(原稿の催促など)。
4日、イワマツオカ鼎談のゲラに手を入れる。四千語に縮めるのは
無理だとねばって八千数百語にまとめたのを送っておいたのだが、
それでOKになった。ほっ。7時から紀伊国屋ホールでナイロン100℃
の『絶望居士のためのコント』を見る。サイコウ。いや、笑った、笑った。


平成12年3月30日
数日前、山崎努さんがお書きになった『俳優のノート』(メディアファクトリー)
が送られてきた。その日に読み始め、翌朝までに読んでしまった。
1998年初頭に新国立劇場の柿落としのひとつとして上演された
『リア王』の主役が山崎さん。
そのオファーがきてから準備に入り、稽古、公演の千秋楽までの
克明な記録。どうやってリアになるか、演出の鵜山さんや他のキャスト
とのやり取りなど。山崎さんの率直で真摯な人柄が伝わってくる。
まるでアントニー・シャーが『リチャード三世』主演の体験を綴った
『王の一年』みたい。シャーと言えば、私にとっては最高の『マクベス』
(RSC)の幕が開いた。東京グローブ座はスワン座より広いが
フィットしている。イングランドの場面がたるいことを除けば瑕疵の
ない舞台。タヴァン・グローブでの打ち上げでアントニーとハリエットと
話す。ハリエットはエマ・トンプソン監督・主演の映画Sense and Sensibility
(日本語タイトルは『ある晴れた日に』みたいのだったが、忘れた)で
感じの悪い兄嫁をやっていた。演出のグレゴリー・ドーランは翌日
来日とのこと。劇と一体化した素晴らしいパーカッションのヒロタさんに再会。
26日にはポストパフォーマンス・トークの司会。通訳の野田学
さんが優秀なので助かった。グレッグ、トニー、ハリエット、三人とも
話がうまい。5時からグローブ座主催のウェルカム・パーティがロビーで。
グレッグとトニーは広島へ行くため30分で退場。
27日は真田広之さんの「お帰りなさい」の会。残念ながら松さんは欠席。
生まれた初めて芸者さんを間近で見た。「殿下の留学」の貴重な体験。
1時ちかくまで話し込む。家が同方向の横田くん、高瀬さんと一緒のタクシー。
28日、新潮社シェイクスピアCD−ROM委員会中止。一日中『悪戯』の
パンフのための「イワマツオカ(岩松・松尾・松岡)」鼎談のまとめ。
2万数千語を四千語に縮めるなんてムリだよー。
29日、新宿武蔵野館カリテ2で『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』を
見る。感動。『風のジャクリーヌ』をすでに読んでたのでなおさら。


平成12年3月3日
昨日(三月二日)新国立劇場のロビーで演出家の鵜山仁さんにインタヴュー。
NHKの「ステージドア」の撮影だ。よりによってこの日、通いなれたはずの初
台なのに、笹塚で乗り換え間違いをおかし、11時ぎりぎりで新国の楽屋入口
着(10時30分には着けるはずだったのに)。アセリと自己嫌悪でげっそりして
いたら、鵜山さん本人がタッチの差で登場。
なんだか嬉しくなる。撮影のカメラも忘れて楽しくいろんな話が聞けた。
一番ボックリしたのは、彼が帝劇で上演されたブロードウェイ・ミュージカル
『シカゴ』に出演した経験があること。しかも、チョイ役じゃない!
最後にかつらをむしり取って、「えっ、オトコがやってたの?!」と
観客を驚愕させる女性記者の役。鵜山さんは慶応大学時代
かの有名なワグネル・ソサエティのメンバーで、な、なんと、4オクターヴの
音域の声を持ってるのだ。たしか、19日が放映。
このところ、インタヴューの仕事が多い。今日も、世田谷パブリックシアター
でNODA・MAPの『カノン』の稽古を見せてもらったあと、野田さんに
パンフレット用のインタヴューする。グローブ座に来るRSCの『マクベス』の
パンフ用には演出のグレゴリー・ドランにインタヴュー(昨年11月)。
目下それをまとめているところ。締め切りはすでに過去。今日明日中
にも仕上げなくてはならない。ひー。





戻る