離婚その後


■点と線■

 生きていく上ではいろいろなことがある。振りかえって思い出す度に居たたまれなくなって穴に入って出てきたくなくなるようなことも多い。人に迷惑をかけたりかけられたりの連続でもある。

 生まれたときから現在までを線で表すと、いろいろな出来事は点で示される。点が集まって線を作る。

 人には物事を点でとらえる人と、線で捉える人がいると思う。それは過去の1つ1つにこだわりを持ちつづけるか、現在までの流れとして過去をさらりと受け止められるかの違いかもしれない。

 結婚生活や離婚の際の様々な出来事は点だ。そしてその頃から現在まで続いている1本の線。すべてがつながっていて、すべて関係がある。過去の点にこだわっていると流れが見えないし、現在だけ見ていても進歩がない。

 私は自分のこれまでを、線で見ると「頑張ってきたな〜」と感慨深く自分で自分を誉めてやりたくなるのだが、点のひとつひとつをしっかり見定めると、もう生きていたくなくなってしまう。


■生活■

 離婚後手に入れたものと失ったものを天秤に掛ける。ものやお金や便利さでは、失ったほうが大きく下がっているが、そこに気持ちを加えると、どうやらこうやら今では釣合いが取れているような気がしている。

 離婚後、あのまま地元にいたら、こんな気持ちにはならなかったのかもしれない。狭い世界で、狭い価値観にとらわれたまま、私は離婚された妻以外のなにかを必死で演じようとしていただろう。恐らくそれは良い母だっただろうし、良い友人かもしれないし、良い隣人、良い娘…つまりそれまでと変わらない装った私。

 離婚して得た1番大きなものは、縛られていたものから解き放たれた開放感だった。東京へ向けて飛び立った飛行機の中で、私を縛っていたものが‘ぶちっ’と音を立てて切れるのを確かに聞いた。あの爽快感。残されたのは妻でも嫁でも院長夫人でも奥様でもない、ただの私。

 私を取り巻いていた人々は、この私の立場がなくなると、潮が引くように去って行った。そのような人々に街中で偶然出会い挨拶をしても、戸惑ったような引きつった笑みを浮かべ、早々に立ち去って行った。残ったのは、私個人の友人や知人ばかり。影で私のことをあざ笑っているようなあんな人達の為に、さんざん苦手だった人付き合いをこなし、お世辞笑いをし、物や言葉を行き来させていたのか、と、ちょっと悔しい思いをした。

 奥様としての地位は、奥様の間だけに与えられるもの。それを自分に向けてだと勘違いし、いい気になっていたのかもしれない。結婚しているものだけに与えられる妻の座の偉大さ、を改めて知った。

 私には何もなかった。家も、仕事も、財産も。ただ、子どもだけが宝だった。

 生活や人との関係において「やり直し」という言葉を良く言ったり聞いたりするが、私には「やり直し」という言葉は存在しない。テープを巻き戻すように、ゲームをリセットするように人生は進まず、この場所を原点とし、そこから先へ進まなければならないだけだった。

 どこへ行くのか、何をするのか、どうしたら良いのか全くわからなくても、ただ先へ、生きていかなければならなかった。

 このとき初めて「人は生きるために生まれてきたんだ、その人だけの人生を生き切るために」ということに気がつく。これまでがどうだったから、とか、これからどうなるのなんて全く関係なく、ただ、今を生きる。今まで生かされてきた私の人生を、これからは生きる。

 そう覚悟した。


■離婚を人に話す?話さない?■

 離婚後、昔からの友人やそれまでの事情を知っている様々な仲間にいろいろ知られたり聞かれたりすることは、あまり苦にならない。向こうも事情を知っているだけにそっとしておいて欲しいところではあまり接触をせず、こちらから連絡するのを待っていてくれる。また、相談したときには本当に親身になって話しを聞いてくれた。

 夫の仕事関係の人々や、舅姑関係の人々、親戚などは、むこうから付き合いを拒否してくる。

 1番面倒なのが、ご近所や子どもの学校関係の人々だった。

 あからさまな好奇心でよその家庭をのぞき込む近所の人々。無関心を装っているようで実はとても知りたがっている。彼らの好奇心を満たすためだけに、様々な心の葛藤や出来事やいきさつを話す気にはとてもなれない。

 離婚は最後までご近所には言わなかった。ふた男の学校のお母さん達にも話していない。とは言え、その家に引っ越してきたときにはすでに離婚が成立していたのだが。

 東京では隠すことなく最初から母子家庭であることを告げている。人は決まりきったことに興味を持たない。他人の変化を好む。他人の不幸なドラマに自分の日常をしばし忘れ、人の不幸に照らし合わせて自分の平凡な幸せをはかり、ひととき蜜の味を楽しむものなのだろう。

 離婚してもそこに住みつづける人はある意味ですごいと思う。よほど強い人なんだろうな、と思ってしまう。東京へ来た理由の一つに、正直に話せないことのストレスもあったのかもしれない。


■元舅元姑との新しい関係■

 4月1日、エイプリールの日ということもあって、ラジオで「あなたのついたうそ」という特集をしていた。電話やメールでリスナーから届いたものを次々に読み上げていく。その中の1つに

 「僕は今の彼女には、僕と付き合う前に前の彼氏と別れさせたのに、僕は今の彼女と付き合う前の彼女とも今だに隠れて付き合っている。でも彼女には別れたとウソをついている」

というものがあった。

 「まあ、ひどいですねぇ」というコメントがあるかと思いきや「当然ですよね」「そうありたいですね」と、さも当たり前のようにスタジオの男性達は対応していた。

 その数日前には深夜テレビで、

 「半年前に別れた彼は、現在他の女の子と付き合っているが、私とも時々会っている。どっちを取るのかはっきりして欲しい」

と、ひとりの女の子が、半年前に別れた彼とその彼女の部屋を訪れ、はっきりさせてよ、と直談判するのを見た。

 男は戸惑い不安な顔をしていたが、今の彼女が「ひどいけど、好きだから別れられない」と言うのを聞いたとたん曇っていた顔が晴れやかに変わり、現在の彼女を選ぶと声高々に宣言した。

 「あ、これはまた繰り返すな」という感じがした。

 もともと現在の彼女と喧嘩ばかりしてしまうストレスから、別れた女に救いを求めて会っていたらしいし、その上でこんなことがあったら、現在の彼女とはうまくいきっこない。喧嘩は増え、信頼関係は崩れ、嫉妬と恨みと探り合いの毎日に、人はそうそう耐えられないものだからだ。それでも今の彼女が「好きだから別れたくない」と言ったのは、昔の彼女に負けたくない女のプライドなのだろう。男が現在の彼女を取るといったのは、まず手ごわそうな方をキープしておいて、元の彼女はなんとか説得できると思ったのではないだろうか。

 男はそんなものだ。それが男の性というものでごく普通なのだろう。問題はそんな男を男は理解できるが、女には理解できないところにあるのではないだろうか。

 だから、夫もその両親も他の誰もが、子どもが3人もいるのに、何不自由ない暮らしができるのに、たかが夫の浮気ぐらいで本当に別れるとは全く思っていなかったようだ。例え、離婚はしても、山城新吾のケースのように、ただ戒めとしての離婚であって、いつかは元に戻ると思っていたらしい。1度復縁していると、なおさらそのように思われる。2度あることは3度ある。今度はいつ戻るの?と今まで何人に聞かれたことか。夫自身もそのように思っていたらしい。

 そんなこともあり「本当の離婚は多分上京後、皆の気持ちが少し落ち着いてからだな」と、すでに覚悟は出来ていた。私が本当に戻らない覚悟であることがわかったら、また一騒動起こるんだろうな、と。そしてこれまで3年、結構いろいろありました。今だ戦い中。しかし、今度はうまくやらなくっちゃ。

 特に元舅と元姑は今でも元に戻ることを願っている。最初の離婚、子どもを連れ去られ、ぼろ雑巾のようにひとりマンションを追い出されてから8年。この歳月が、彼らの何かを変えてしまっていた。それは老いであり、経験であり、理解であり、歩みよりだったのだろうか。

 しかし、いま、私の中に彼らの存在はあまりない。

 歳月は、すべてのものを優しく包む。

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