階段から、落ちた
先日、階段から落ちてしまいました。
右太ももの強打。全治1ヶ月、入院、救急車、骨折、松葉杖、いえ、車椅子?そんなことが頭の中を駆け巡りました。だって本当に折れたかと思ったんですもの。
「どうしたの?」「大丈夫?」すぐに3人の子供が駆け寄ってきました。
長男はシップの用意をしてくれ、長女は泣いている私をただただ抱きしめてくれました。そして3歳の次男はバンドエイドを両手に持って「痛いの?よし、僕がやっちゅけてやる。ぺったんしゅる。」そして小さなお手手で「痛いの痛いのとんでいけー」と何度も何度もさすってくれました。痛いながらも、そのお手手たちのなんと気持ちのいいこと。
実はこの階段とっても急で、今まで3人の子供たちも落ちてるんです。一番派手に転がり落ちたのは長男でした。ぎゃーっと泣き叫び、血だらけの足を抱えるわが子に対して、私は「ばか、気を付けな!」と一言。
動けない私をかいがいしく助けてくれる子供たちを見ていると、足だけではなく心も痛んできました。再び流れ出す涙を見て、次男がティッシュを持ってきてくれます。
こんなことずっと以前にもあったな。結婚生活中、ずっと泣いてきた。どうしてもうまく行かず心が離れ、けんかして取り残された部屋で。時には慟哭し、時には知らず頬を伝っている涙に驚き、涙もかれ、それがやがて笑顔に変わっていくまで。
そう言えばいつも私の隣には、ティッシュをもって涙を拭いてくれた子供たちがいました。言葉で、お手手で、全身で慰めてくれる子供たち。
今回大声で泣いたのは、かあちゃんおまえたちに甘えたんだよ。いつのまにか甘えられるくらいに成長していたんだね。
愛されることばかりを求めて、人のせいにばかりしてきた私に、この子たちは「無条件の愛」があることを教えてくれました。ひとつの条件もつけずに私の存在だけを必要とし、愛してくれる彼ら。私はさまざまな無理難題を押し付け、多くの条件をつけてしまうのに。
頑張ってばかりいないで、突っ張ってばかりいないで、時には泣いてみたり、誰かに甘えてみたりすることも、案外いいかもしれません。
私はこんな自分が、いまとても好きです。
もちろん、子供たちのことも。