日々のこと(2005月)

2001年5月31日木曜日(雨のちくもり)

時代が変わったのを感じています。ひと段落ついたとでも申しましょうか。

季節が変わるときって、ある日昨日とは全くちがった風が吹いているのに気がつくことで感じるのですが、この時代の変化は音もなく静かにしのびよってきていたみたいです。

 

子育ての時代から子育ちの時代へ、いえ、主導型子育ての時代からアドヴァイス型子育ての時代への変化なのでしょうか。なんだか無我夢中でやってきて、ほっと一息つけるようになったかなあ、そんな気がしています。

 

子どもが小さかった頃のような、生理現象や、基本的生活習慣に対する躾や、危険を避けるためのおっかけっこなんて子育ての苦労は全くなくなりました。が、もう全く苦労がないと言い切ることは出来ません。いえ、形を変え苦労は続くのです。こっちにももはや体力なんてものは残っていませんので、追いかけたり捕まえたり世話を焼いたりする肉体的な苦労はなくなりました。現在は主に精神的なものや、学校関係学習関係のもの、そしてなによりも金銭的な苦労へと移行しているようです。これがまた大変なんだなあ。赤ん坊の世話の方が絶対楽だ。

 

時代は移り変わって行くのですね。あと数年で子ども達も思春期を迎えます。びっくりするくらい変わるものだと聞かされることも多く、ちょっと怖いものも感じています。我が家に中学生や高校生がいる光景はまだまだ想像も出来ません。ガングロルーズソックスになったらどうしましょう。

 

さて、ここのところ忙しい割りにはのんびりと時間が過ぎておりました。ブラックホールにでも入っていたのでしょうか。目の前のことに追われて、先を見なかったのでぼんやりしていたのでしょうか。その間に5月ももう終りとなっておりました。明日からは6月。ということは、今年もやがて半分が過ぎようとしているんですね。いやあ、早いものです。

 

実はまだ衣替えも終わってはいません。寒かったり暑かったりで、夏物は出しっぱなし、冬物はまだ仕舞っていないという、部屋中いたるところ洋服だらけってな状態です。これって結構ストレスになります。どうにかしたいのだけれど、どうもやる気が出ません。大体服がありすぎる。なのに、子どもも私も入る服はない。子どもと共にこっちまで成長してどうする? とも思うのですが、仕方がない。入らなくなった服はさっさと処分すればよいのかもしれませんが、「いつか、いつの日か、きっとダイエットに成功してこの服を再び着てやる! 」なんて思うものですから、たまって行く一方です。昔ブルジョアだった時代もあって、その頃に買った服ってのは、結構高級で流行にも左右されないものなので、捨てるのはとっても悔しい。この先そんなのって絶対に買えないし。

 

こうなったら、がまの油方式で、着れなくなっているけれどこの先絶対また着たい服を部屋中の壁に吊り下げて、その中で暮らすようにしようかなあ、とも思います。たらーり、たらーりと油汗が出て、イメージトレーニングでダイエット成功するかもしれませんねえ。でも、そうしたら、現在ちょうど良い服はどうしたらよいのでしょう。

 

結局子育てと同じ。なんでもかんでも形を変えて悩みは尽きないものなのです。

 

2001年5月30水曜日(晴れたり曇ったり雨だったり)

紫陽花について調べてみました。花は確かに土壌の酸度によってその色彩を変えるらしいです。人も同じでしょう。周囲の環境や人によって、その人の持つ様々な側面が現れたり強まったり消えたりする。しかし元々持っていないものはどうしたって現れることはありませんね。

 

人はどのくらいの側面を持っているのでしょう。

 

子育てをしながら一番気になるのはそこのところではないでしょうか。記憶、理解、イマジネーション、音楽、創作、運動、果たしてその子はどの側面を持ち、どこを伸ばしてやればよいのか。

 

好きなことであればきっと才能もあるのではないか、とか、お勉強の能力さえあれば大人になってからでも様々な選択は出来るなど、いろいろ言われていますが、我が子を前に考えると全くなにも見えなくなってしまうこともあるものです。

 

元チェッカーズの藤井フミヤさん。私の大学時代の同級生のお母さんが、中学の時に担任をされていたようです。「15で不良と言われた 」と歌ってらっしゃるように、本当に悪ガキでもあったとか。しかし現在では、歌はもちろんのこと、作詞作曲まで手がけて音楽プロデュースまでこなす。それに昨夜遅くテレビで拝見したところ、切り絵の個展まで開かれるそうです。江ノ島に行った時には、元ものまねをなさっていた方が美術関係のお店を出されていました。私の恋人タクヤの奥様は皆様ご存知のように絵もお描きになる。多才な方ってのは、いくらでもいらっしゃる。どこかを刺激して脳が活性化されれば、シナプスはどこまでもどこまでも広がって行くということなのでしょうか。

 

才能って一体なんなんでしょう。どこでなにが花開くのでしょう。子どものことだけではなく、大人になりすぎた私だって、まだまだ見えない側面を持っているのでしょうか。

 

週5日制になることに関してのアンケートというものを教育委員会にFAXで送りました。土日が休みになるということは、学習だけでなく様々な体験が出来る良い機会なのかもしれない。しかし、今の世の中都会にいてはなにをするにもまず必要なのがお金です。

 

もしも大自然の中で暮らしていたら、そのあたりを歩くだけで、様々な教材は転がっています。山があり海があり野があり田や畑があり川が流れている、そんな当たり前だった世界がいかに人間にとって大切なものであったか。子どもの成長にとってどれだけかけがえのないものであったか。

 

紫陽花は土壌があるからこそその色彩を変化させるのです。コンクリートに囲まれたこの世界では、色彩を変えたくても変えられない。現在の子ども達は望むと望まないとに関わらず、コンクリート色になってしまっているのかもしれませんね。私たち大人のできることって一体なんなんでしょう。「じゃ、今すぐ田舎に引っ越せばいい 」なんて、そんなことではなくて、なにかより良い方法を考えなくてはならなくなってきているのかもしれません。

 

2001年5月28月曜日(晴れ)

昨日が運動会だったところも多く、昨日の雨でほとんどが流れてしまったようですね。今日はどちらにしても代休。どこも明日が運動会の予定のようです。親は何度も弁当を作る羽目になり、休暇もとらなければならないし、忙しい思いをされているのではないでしょうか。

 

我が家の子ども達の運動会は3日です。今年はふた男が赤組の応援団長をしますし、3人そろっての最初で最後の小学校での運動会になりますので、親としては最初から最後まで全く気が抜けません。それに、副会長は来賓の接待で、お茶配りもしなくてはなりませんし。毎日運動会の練習で疲れているのでしょうに、子ども達はいたって元気です。1年生は帰るなりかばんを放りだして外に遊びに出かけます。うちの前の道路には、なぜかあちこちから集まってきた1年生がたくさん。

 

団長は昼休みもずっと練習らしいのですが、こっちは体格もよく体力もありますので、疲れた様子も見せません。加えて放送委員でもあるそうで、朝も早くから出かけていきます。いろいろ頑張っているのでしょう。おとめ子にしても、学校で散々練習をして、その後体操教室に行って帰ってきても、まだまだあれこれできる体力がついてきたようです。

 

思い起こせば今から4年前。上京して初めての運動会。ふた男がまだ2年生でした。大きくて頼もしく見える6年生にちょっと驚き、とりわけ、赤組の団長が騎馬戦で見せた雄姿にほれぼれとしたものでした。へーっ、6年になるとあんな風になるのかあ。羨望のまなざしで見ていたのに、いつの間にか、わが子がその歳になってしまうなんて。いやあ、子どもの成長は早いものです。

 

先日、ふた男のクラスのお母さん方と飲み会をしたのですが、その席でも言われました。「あのひつ次郎が1年生だなんて本当に感無量だねえって、だんなとも話していたのよ 」。

 

そう言えば、出会ったころのひつ次郎は2歳になったばかり。まだオムツをしていましたし、言葉は全く話しませんでした。多くの子どもに可愛がられ、おんぶされたりだっこされたり一緒に駆け出したり、そうやっていつの間にか育っていたんですねえ。今では1年生を統率していっちょ前にガキ大将をやっております。

 

そう言えば、皆病気をしなくなりました。呼び出しや学校を休むことなんて全くありません。そうか、子どもが小さい頃皆に言われた「病気をするのは小学校にあがるまでよ、心配しないで 」ってのは本当のことなんですねえ。

 

子どもの成長とともに、親である私が変わったことと言ったら、体重が増えたことくらいかなあ。子どもの2歳から6歳の変化は大きいけれど、大人の34歳から38歳への変化は本当に少ない。なんででしょ?

 

20代は結婚と妊娠出産の10年。30代は子育ての10年。さて40代、いよいよ自分の10年になるのかなあ。そう思うとなんだか楽しみでもあります。これまでのことが良い充電期間だったと思えるように、これからを見据えて頑張りたいものだなあって思います。

 

2001年5月27日日曜日(雨のち曇り)

紫陽花っていうのは本当に土壌によって色が変わるのでしょうか。土壌が酸性だったら青でアルカリ性だったらピンクがかった紫という具合に。青に咲いていた紫陽花をアルカリの強い土地に持っていって植え替えたら、花の色はピンクに変わるのでしょうか。

 

人っていうのもそうなのかなあ。環境や影響によって様々に変われるものなのでしょうか。特に子どもって変わりやすいのかなあ。それともその個体の性質は生まれた時から完全に決まっていて、変わることなどないのでしょうか。

 

同時に違う2つ以上の環境に身をおくことは出来ません。だから同じ個体で比べることなんて出来ない。結局環境や人や物の影響なんて分からないってことなんだなあ。

 

とすると・・・ 。あの時こうしていればとか、あの時ああしていたらなんてことは、結局ありえないって事なんですよね。つまり本来後悔ってことはないってこと。でもなあ、やっぱり思ってしまうんですよね。ああ、あの時からもっと真面目にダイエットを続けていたら、ダンベルを続けていたら、縄跳びだって現在まで継続さえしていたら・・・・ 。

 

 ま、それはいつものことだから置いておいて。

 

 午後から晴れたので、ようやく春の花を抜き、夏の花を植えました。チューリップの球根は倍に増えております。プランターで育てたものはなかなか翌年花を開きませんが、ま、せっかく繁殖したのですから、来年も育ててみようかなあとは思っています。

 

 今日植えたのは、マリーゴールドとインパチエンスとにがうりです。他にサフニィアの改良品種でもっと花が小さくてたくさん咲くやつも2株ほど植えました。これから挿し芽をして増やそうと思っています。

 

 ポーチュラカとベゴニアとサフニィアももっと植えて、今年はハンギングバスケットも作ろうかなあ、なんても思っております。

 

 ようやく土日と休むことが出来て、日頃足りない睡眠を補充できたような気がする。

 

それにしても土日で食料が減ること、減ること。冷蔵庫はからっぽです。毎週生協からとんでもない量が届きますが、週末にはきれいになくなってしまいます。

ちなみに、昨日の朝は焼きおにぎり13個(3人分 )すいか1/4個他

昼は親子丼

夜はハンバーグとコールスローサラダ、スープ

今日の朝はチーズトーストと夕べの残りのハンバーグと親子丼

昼はマーボ春雨とマーボ豆腐

夜は小松菜と揚げとえのきとワカメの味噌汁にとんかつ、ウインナ―、トマトサラダ。デザートはアイスと手作りぶどう味のババロアです。

1日中洗い物をしていたような気もします。

家中は散らかり物はあふれ、子ども同士は喧嘩ばかりして、怒鳴り声が響く。そんないつものような休日でもございました。

 

2001年5月25日金曜日(晴れ)

晴れました。過去3日分と今日の分。あわせてとんでもない量の洗濯物を外にだしたら、見事乾いてしまいました。恐るべし、太陽の力。このすべてを乾燥機にゆだねていたら、私の労力と電気代とで、とんでもないストレスになったことでしょう。

 

現在では洗濯の後乾燥までしてくれる洗濯機が人気のようですが、どうしてもそれを購入する気持ちにはなれません。仕事がら、朝に時間があるってこともあるし、2階に日当たりのよい物干し場があるってことも関係しているのでしょう。物干し場はとってもとても狭いのですけど。どうしても、雨の日には洗濯物が家中にはためき、晴れたら乾くっていうことにこだわってしまいます。いつもいつも洗濯物はすぐに乾いて洗濯機から出てくる、ってのを子どもに教えたくはない。

 

太陽の力ってのがどうして大事なのか、洗濯はどうして朝するのがよいのか、たたむのはなぜなのか、そんなことも折に触れて教えて行きたいものだと思っています。昔の人は科学なんてことは知らなかったでしょう。が、こうやって伝えられてきていることには、科学で証明された素晴らしい祖先の知恵も含まれています。科学ばかりに頼るのは好きではありませんが、気持ちがよい、気晴らしになる、そんなことも含めてやはり、洗濯物は晴れた日に太陽の光で乾かす、これを受け継いでいって欲しいなあ、って思っています。

 

夕食は焼肉。牛のカルビとロースが400グラム。豚が200グラム。ウインナー1袋、野菜はピーマンとキャベツとナスとたまねぎ。あっと言う間になくなってしまいました。とっても、とっても久しぶりにビールを飲みました。

 

昨夜はふた男の友達のゆう君が遊びに来ていました。ゆう君の両親はお2人とも働いていらっしゃって、夜帰ってくるのは8時9時です。昔はよく遊びに来ていましたが、彼も忙しくなってきたのでしょう、家に来るのは久しぶりです。夕食は、オムライスとごぼうとにんじんのキンピラ、そして、シメジとワカメの味噌汁。ゆう君は9時過ぎに帰っていきました。

 

明日はようやく土曜日もお休みです。が、夕方6時からふた男のクラスの懇親会ってのを企画しております。私がひとりでやっているもので、飲み会にも行かねばなりませんが、その会で使用する様々な資料ってのもこれから用意しなくてはなりません。

 

でもね、朝は遅くまで寝ていてもいいのでしょう。なんだかちょっとうれしいです。

 

今日は念願の宝くじも購入しました。

 

ひつ次郎が作文で「どこからか、あたたかい風が吹いてきました 」と書いておりました。どうか私にもどこからか「よい 」風が吹いてきて、宝くじが当たりますように、なにか素敵なことが起こりますように、そう願っております。

 

2001年5月24日木曜日(雨)

木々の緑が日増しに濃くなってきます。今日まで降り続いた雨は天の恵みなのでしょう。保育園への送迎がある生活から開放されて、はや2ヶ月。自転車にのることが全くなくなりました。保育園への道も通ることはなくなりました。

 

ずっと、保育園の送迎さえなくなればずいぶんと楽になり生活がもっと充実する、と思っていましたが、あの時間がないことで失ったものも大きいような気がします。9年間、とにかく毎日どうにかして保育園に送り届け、時間がきたらお迎えに行く必要がありました。土砂降りの雨だろうが、大雪だろうが、雷が鳴り響いていようが、かんかん照りだろうが、通い続けた道。途中の神社に手をあわせたり、草木に季節を感じたり、行き交う人と挨拶をしたり、あの拘束されていた時間、とっても貴重な時間だったのかもしれません。

 

失ってみてその大切さに気がつくことって案外多いと思います。取り戻すことが出来ない時間。だから一期一会。でも一生懸命とにかく必死で通ったことは、良い経験としてまた良い思い出として残ります。それは貴重な心のアルバム。

 

ひつ次郎が学校の宿題をもってまいりました。算数のドリルの間違いをちゃんと直してくることというものです。間違いはそうたくさんはありませんでしたが、見てみると面白い。女の子と男の子の絵が描いてあり、問題に「前から4人の男の子の帽子に色を塗りましょう 」と書かれています。ひつ次郎は、問題の横の例として描かれている帽子に色を塗っておりました。男の子の絵が次のページに描かれていたために、「帽子に色を塗りましょう 」ってことしか頭になかったのでしょう。木にりんごがなっています。問題は「あわせて8個になるようにりんごを描きましょう 」です。3個りんごがなっている木には、あと5個書き加えなければならない。ひつ次郎はすでになっているりんごを分割して、なんとか8個になるように色分けしておりました。

 

子どもってとっても素直なんだなあ。ふてぶてしくなり脂肪がたくさんついた考え方しか出来なくなっている私としては、なんだかとってもうらやましいものを感じました。

 

問題のやり方なんてのは、訓練次第でどうにでもなるものです。が、このような感性はそっと大事にそだててやらないと、あっと言う間に失われてしまうもの。ひつ次郎の中には、まだまだ算数がどんなもので、国語がどんなもので、図工がどんなものっていう区別がないのでしょう。すべてが楽しいお勉強で、すべてが楽しい学校の時間。これぞ究極の総合的な学習です。

 

最近、先入観の恐ろしさや無知の怖さを感じておりました。そこに来て今日の控訴断念のニュース。ハンセン氏病に関して私達は先入観で接し、謝った情報をずっともっていました。「これでようやく人間になれました 」とおっしゃった方への責任を国が認め、国民のひとりひとりがその誤った考え方を改める。当たり前のようで、とっても難しいことだと思います。余談ですが、小泉内閣が人気があるのは、形式ではなくそこに横たわる心を感じるからではないでしょうか。

 

子どもにはあまり先入観がありません。なんでも素直に受け止めて行く。その力を失わないように、知識が増えても謙虚に純粋に新しいことに取り組めるようにするには一体どう教育し、どう育てていけばよいのか。相手のことを認め、自分との違いを丸ごと受け止められるようにするには、どうすればよいのか。難しいけど考えていかねばならぬことだと思っています。

 

そうすればなあ、嫁姑問題なんてもので悩む人も減るかもしれないし、離婚だって減って行くのだと思うのですが。

 

2001年5月23日水曜日(雨)

ひつ次郎の体操教室体験入学ってのに行ってまいりました。結構運動神経は良い子どもで、側転、跳び箱、逆立ちなんてものはひょいとこなします。が、逆上がりやマット運動はまだまだ出来ません。3番目の子どもだし、普段は甘えていることが多く、しかも3月生まれ。初めての場所でちゃんとやっていけるかどうか心配でしたが、なんのなんの。3年前から僕はここにいました、という様子で先生の話もちゃんと聞き、すばやく反応して一生懸命取り組んでいる姿に安心しました。

 

勉強も全く見てやったことはありませんが、いつの間にかひらがなは全部覚えて、算数だってひょいひょいとこなしている。いやあ、子どもってあまり心配することはないのかもしれませんね。

 

心配なのは6年生のふた男の方で、さっきからもう2時間は同じプリントを前に「分からん、分からん 」といい続けています。分からんかったらテキストでも見らんかい! と思うのですが、そんな気配は全くありません。真っ白なプリントをにらみつけていたら答えの方から歩み寄ってくるとでも思っているのでしょうか。ま、にらみつけるような気持ちがあればまだましで、彼はすぐに諦めて漫画に手を出します。何があってもどこ吹く風状態。これがいつまで続くやら。怒ると「じゃ、教えてよ 」と言います。「私に滑車やてこやばねを聞くな! 国語だったら教えたる! 」どうせ人が分からないと知っていて聞いてきているので、あてにはされていません。それもなんだか悔しい。

 

4年生のお嬢さんは最近とってもしっかりしてきました。この子はちゃんと計画を立てて自分でこつこつやるタイプです。幼い頃から体が小さく、人の3倍やらないと追いついていけなかったこともあって、運動でも勉強でも出来るまで努力をします。ただ、のろい。見ているとイライラします。だから見ない。見なくてもちゃんとやっているらしい。が、結構抜けている。しっかりしているようで、スコーンと抜け落ちている部分があり「しっかりしているのか、抜けているのかどっちなのかはっきりしろ! 」と親としては思ってしまいます。

 

努力は実を結ぶもので、側転も出来ずに入った体操教室だったのに、2年たった現在では平均台の上で側転をし、懸垂を10回はやり、空中で回転をし、その場でひゅるひゅると逆立ちをします。でもオリンピックは遠そうですが。ピアノの方はなぜか実を結ばずに、いまだに全く上達しません。やはり人には向き不向きってのがあるらしい。

 

3人3様。性格も体型も顔も気質も全く違います。でも、優しい心をもち、思いやりがあり、結構素直で正義感にあふれ、そしてなによりも母親思いのところは同じかもしれません。思うだけでお手伝いなどの実行は伴わないのも3人似ています。

 

21世紀。彼らの時代です。物騒な事件は後をたたず、教育もあてにはならず、情報はあふれ先のことは全く分からない時代。何を信じて良いのか、何を目指せばいいのか全くわからないこの先の時代を、なんとか彼らひとりひとり、その個性を生かしてたくましくしなやかに生きていって欲しいものだな〜 とつくづく思います。

 

そう言えば、昨日おとめ子が「特徴と特長の違い 」なんてことで悩んでおりました。彼女にとってみたら特徴はすべて特長ではないか、と言うのです。「だってお母さんいつも『人と同じはつまらない。人と違っているからこそ素晴らしいんだ 』って言っているじゃない。だったら特徴は特長だ、イコールだ 」というのですが。うーん、その素晴らしいとこの場合の素晴らしいは違うんだよ、なんて言ったって分からないらしい。

 

日頃の言葉にも気をつけなくてはならない時代に入ってまいりましたねえ、我が家は。面倒くさーーーい。

 

2001年5月21日月曜日(晴れ)

はーーーーっ。世の中いろんなことがありますよねえ。いろんな人がいらっしゃるし。

 

それにしても疲れます。朝から電話や人に会うことが続いておりました。しかもあまり楽しい用事ではありません。会場を出てひとりになったとたん顔から緊張がすーっと抜けてしまい、笑いもなにもなくなってそのままため息をついてしまいました。他所でいろんなことがあったときには、帰りにそうやって幾分気分転換をすることが出来ますが、家の電話でいろんなことがあったときには、その気分で子どもにあたってしまいます。いけないなあ、なんて思うけど、気持ちを新たにする暇もなく子ども達がいろいろせっつくと仕方がない。

 

こんな自分はあまり好きではないのです。本当は嘘でもいいから笑っていたい。でもなあ、本当に疲れてしまって辛くどうしようもない時もあります。

 

ホルモンのせいかなあ、なんて思っていたら、星のせいでした。星占いによると5月は八方塞らしい。今日から始まる今週の占いを見ると、いっきなり「世界中を敵に回してしまったように感じている蠍座のあなた。」と書かれていたのには驚きました。おおあったりぃぃ。おまけに「家族への義理や判断ミスが原因で、懐具合はかなり厳しいものになっているはず。」ではもう大きな拍手を送るしかありません。しかし全体的には運勢は上向きなはず、なのですが。

 

人様にはよく、気分転換を、なーんて勧めますが、自分のことになると、目の前のことをなんとかこなして行くだけであっという間に1ヶ月2ヶ月が過ぎ去っています。そう言えば最近本も読んでない。ストレス解消、気分転換、リフレッシュ、そんなもののためには一体なにをすればいいのでしょう。話す、話す、話す、話す、話す、ああ、話したい。「そう、そう、そうなのよぉ 」って言える人と。なかなか最近気軽にそうやって話しをする機会がありません。どうもヨロイカブトをつけて敵地に乗り込むような話しかしてないような気がする。時には撃退されてよろよろになり、息も絶え絶えに這い蹲っている。

 

うなずき同感ロボット、なんてものが売り出されたら、案外売れるのかもしれませんね。

 

または、「主人がそう言いますから 」とか「主人に聞いてみませんと 」とか「主人に怒られますから 」なーんてことを言ってみたい。時に誰かに頼ったり任せることが出来るって、本当に楽だろうな、なんてことも思います。ぜーーんぶひとりでやるってこと、たまにとっても重たく感じます。結構辛いです。

 

2001年5月20日日曜日(晴れ)

昨日。学校での歓送迎会が終り片付けをしていると、突然空が曇り雷が鳴り響き土砂降りの雨が降り始めました。皆さんあわててらっしゃいましたが、家に子どもがいるので洗濯物は入れていてくれるだろうし、反省会の終わる頃には止んでいるだろうし、私は全く心配なんてしておりませんでした。

 

 遅くまであった反省会を終えて、暗くなった雨の止んだ校庭に出て自転車に近づくと、かごの中に私のかさがぶら下がっております。あれ? 誰が持ってきてくれたのだろう、雨が上がり必要なくなったかさをもてあましながら家に帰り着くと、玄関におとめ子とひつ次郎のかさが2本並んでぶら下がっておりました。

 

 ひつ次郎はなにより雷が嫌いです。なのに、雷が鳴り響く雨のなか、どうやって私の傘を学校まで届けてくれたのでしょう。

 

 「あのね、雷が鳴り始めると、ひつ次郎はさっさとシャツをズボンに押し込むの 」「でね、『ひつ次郎、洗濯物入れるよ 』って言っても『いやだ、かみなりしゃま怖い 』って外には出ないのね。でも、『ひつ次郎、お母さんに傘を持っていくよ 』って言うと『はーい 』ってシャツを何度もズボンに入れてそれを確かめてついてきたんだよ 」。

 

 今日になって聞くと、おとめ子がそう説明してくれました。昨日私が帰ってきた時には何も言わなかったのに、並んだ傘がすべてを物語る。

 

 昨日学校の先生方からも、今日よそのお母さんからも、ふた男のことでとっても誉められました。誉められたのは、作文であったり、絵であったり、演劇だったり、性格やそのリーダーシップだったりです。勉強で誉める方はいませんでしたが・・ 。彼ももう6年生になり、おとめ子は4年生になり、なんだかとってもしっかりしてきたような気がします。何よりも、人を思いやれる心が育っているのがうれしい。

 

 最近彼らが私と話しをしたがるようになりました。私がこうやってパソコンに向かっていると、誰かが近くにいて、なんたらかんたら話しています。寝る時間が遅くなって、翌朝ちゃんと起きられない、風呂にもちゃんと入らない、なんて問題はありますが、彼らと話をしていると、彼らは彼らなりに、世の中のことや人付き合いのことに対してちゃんとした意見をもっていることや、様々な視点から見ていることに驚かされます。相手の気持ちや立場を踏まえて、様々な身近な事件を解説していたりもします。

 

 子どもっていつまでも子どもじゃあないんだなあ。ちゃんと成長しているんだなあ。

 

 負けちゃいられない。こっちも頑張らなきゃ。そう思いながらも、昨日の疲れで1日中ちんたらちんたら過ごした日曜日でした。

 

2001年5月19日土曜日(晴れのちどしゃぶり)

最近、どうもおかしいなあ、なんて感じています。

 

子どもがいるから様々な用事が増える。でも、用事をひとつひとつこなして行くと、子どもはほったらかし。これってなんだか悪循環?

 

子どもがいるから学校に関与しなくてはならない。でも、学校の行事をすべてこなすためには、子どもに留守番をさせなければならない。ご飯を作る暇もない。したがって昼食は弁当。夕食はおにぎりにそうめんにすいかの炭水化物オンパレード。

 

今日、運営委員会だ、その打ち合わせ会議だ、出て行った先生や入ってこられた先生方の歓送迎会の打ち合わせや、その本番と、一日中学校の用事で終わってしまいました。まあまあ、必要なことに加えて雑用の多いこと。一体なんのためにこんなことをしなくてはならないのでしょう。なんだか学校側が「ちゃんとやっていますよ 」ってなアピールを地域社会にするために、そのお手伝いさんとして無給でこき使われているとしか思えない。その証拠に、運営委員会と歓送迎会の間には、クリーン大作戦という校外での清掃活動も入っている。掃除なんて自主的に子どもにやらせりゃいいのに、なぜか保護者も募ってやらせる。街を掃除するくらいならば、家の前の道でもきれいにするかと思えば、そんなこともない。ましてや、毎日暮らす教室には綿ぼこリがたまっている。

 

全部校長の意図のもとに為されている行為です。だからあたしゃ参加なんてしません、そんな馬鹿らしいこと。まず学校をきれいにする。そして自分の部屋をきれいにする。そして、社会に目を向けるのが子どもと言うものでしょう。学校も部屋も汚いのに、どうして他所の道の掃除をしなくてはならないのか。

 

どうもおかしい。

 

先日行われた区の小学校P連の総会並びに懇親会ってのにも参加しました

おどろくことしかり。副会長なんていうのは、料金のかからないホステス並びに雑用係です。バイキングスタイルになっていた会場で、テーブルにかじりついている校長が「ほら、さっさとお料理を運んできてここに並べないとなくなってしまうわよ 」なんて、ご自分はそこから動こうともせずにおっしゃるのには、驚きを通り越してあきれてしまいました。よそも同じなようで、料理はすべて他の学校の副会長さんたちによって皿に盛られテーブルに並べられてあっと言う間になくなってしまいます。しかし、テーブルに並べられた料理は食べられることもなく、やがてからからに乾いてしまっています。

 

ひとりひとりが自分の食べるものを食べられるだけ取る。それを堪能しながら話しを楽しむ。それが普通だと思うのですが。区のPTAの行事。誰が偉くて誰が部下だということもないと思うのですが。そんな考え方ってのは、おかしいのでしょうか。私は校長に給料をもらっているわけでもないし、世話になっているわけでもありません。

 

環境問題とか人権問題なんて言いながら、やっていることといったら、食べられもしない分量の食料をただ自分の前に置いて安心して結局は廃棄してしまうこと。差別はいけません、いじめはいけません、なんてお題目は唱えながらも、小さな差別や小さないじめを繰り返すこと。

 

小泉内閣になって、教育に関することへの質問と答弁を待ち構えているのですが、なかなか出てきませんね。これは、週休2日制になろうと、学力が低下しようと、そんなことは構造改革に比べたら問題にもならない、ってなことなのかなあ、なんて考えてもおります。

 

でもなあ、明日の日本を担って立つ子ども達って、ここでこうやって育っているのですけど。

 

でも、反面、子どもの為にと遅くまで仕事をして帰ってきても、洗濯物も入れてないし、ご飯だって作ってない。宿題もなにもせずにテレビを見て親が帰るまでの時間をただ費やしている。あ、いけないなあ、と思って塾にやったとて、それはその時の時間つぶしにしかならず、本人はこっちがなにかをしてやるまで待っている。与えられるものをただ待つだけの生活に慣れた子どもは、楽なほうへ楽なほうへとしか進むことが出来ない。あせるのは親ばかりであったりもする。

 

子どもの飢餓感がなくなってしまったのか、目的もなにもなくなってしまったのか、親や教師の言うことを聞くロボットになってしまったのか。どうもおかしいと思うのです。

 

なんだかなあ、すべてがおかしい。でも、誰もおかしいなんていわないのです。

 

おとめ子のクラスで、おとめ子たち仲の良い4人組を非難する子どもがいて、昨日は遅くまで残されて説教されたようです。「私達は親友だから仲が良いのは当たり前です。私達だけで遊びたいときに、他の人に入ってきて欲しくないときに、どうしてそれを我慢しなくちゃならないのですか? 」「私達は他の人とも仲良く遊んでいます。でも親友は親友なんです。それをいろいろ言われたくはない 」彼女達のその意見は「誰とでも仲良く遊ばなくてはならない 」というモットモナ意見の前では無力だったようです。

 

でも、どうして? って思ってしまいます。「どうして私を仲間に入れてくれないの? 」と言う女の子に限って、とってもわがままで人の意見なんて聞かずに自分の好き勝手しかしないような子どもなのに。それを我慢してまで『皆と仲良くしましょう 』なんて意見が通るとは思えないのです。

 

建前ばかりが通用するような社会になったら。それはそれで恐ろしいと思う。

 

先の不安を元に行動が決められていったら、進歩なんてものはなくなってしまうと思う。

 

でも、私はこれ以上子どものことで時間を費やしたくはない。自分にはまだまだ悩むべき問題がたくさん残っている。でも、放っておくわけにはいかない。では一体どうしたらよいのか。

 

社会の中でしか人間は生きられない。でも、今、その社会は本当に病んできている。病んでいる社会では人間は育たない。一体どうしたらよいのでしょう。

 

私達ひとりひとりがもっと様々なことを考えるべきではないのでしょうか。もっとこれからの日本について真剣に討論する必要があるのではないでしょうか。

 

このままでは本当におかしくなってしまう。このごろ本当にそう感じ始めています。

 

2001年5月16日水曜日(雨のち曇り)

昨日の夕食。大根の葉っぱをゆでて刻んだものと炒り卵とじゃことごま入りご飯に、にらとかぼちゃとお揚げとしいたけのお味噌汁。しいたけとたけのこの煮物と、黒豆。

 

今日は、胚芽米にムギを混ぜたご飯、えのきとワカメのお味噌汁、塩サバの焼いたもの、冷奴おかかかけ、ほうれん草のおひたし、大根と切り昆布とお揚げを煮たもの。しいたけとたけのこの煮物。

 

低カロリー食に徹しています。が、体重の変化はありません。体型の変化もありません。振り出しに戻ったコマは全く進もうとしない。なぜだろ?

 

学校に行き始めて、いきなり生意気少年になったひつ次郎は、ついに昨日「お玄関の刑 」で外に追い出されてしまいました。いえ、追い出したのは私ですが。

 

原因はなんだったのかもう忘れてしまいました。何か気に食わないことがあったのでしょう。ドアは叩きつけるわ、足はどんどん鳴らすわ、ものを散らすわ。1年生が、です。しかもつい最近6歳になったばかり、ついこの前まで‘バブちゃん ’って呼ばれていたくせに。どうも学校というものが彼にはとっても合ったらしく、一番遅く生まれて一番小さいくせに、バンチョウになっている。したがってその調子で家でも勘違いしてしまっているのですね。ま、学校でいろいろあるストレスや憂さを家で思いっきり晴らしているのかもしれませんが。

 

玄関に追い出された彼は、まだまだ外はとっても明るく人もたくさん通るくせに、パニック状態になって泣き喚く。ドアはどんどん叩く。道行く人はすべてのぞき込んでいく。あっちこちのご近所の方々は笑いながら見ている。

 

子どもを叱るのも、ずいぶんなストレスになるものです。なあなあにしておいた方がとっても楽。でもねえ、それじゃいかんのです。虐待と言われようが、かわいそうと言われようが、叱るべきときにはちゃんと叱る。

 

後は、八つ当たりで叱るのを出来るだけやめて、ちゃんと時期を見て叱らなければならないという課題が残されていますが。

 

午前中、雨が一番激しい時に用事があって出かけました。帰ってびっしょりぬれた服を着替えた頃、雨は止んでいました。雨上がり、そろそろあちこちの葉っぱの裏側に、かたつむりを見つけることが出来ます。昔はたくさんいたんだけど、一体どこに行ってしまったのでしょう。

 

ここのところのド金欠状態のため、電気代が引き落とされていませんでした。ふた男は「かあちゃん、電気が止められて、なにもかも電気製品が使えなくなるのはいつ? 今日? 明日? 」と心配しております。ついでにおとめ子のピアノの月謝も引き落とされていません。こんなことって初めてです。いつもと同じように暮らしているつもりでも、子ども達は大きくなり、教育費や食費、洋服代など、とてつもなくかかるようになってきているのでしょうね。いつまでも4年前と同じではない。

 

子どもが小さい間の母子家庭はまあまあやっていけるけど、子どもが大きくなってきてからの母子家庭は本当に大変。つくづくそう感じました。一体これからどうなりますことやら。離婚は子どものせいではないのにね。

 

2001年5月14日月曜日(快晴)

ついこの前までとっても寒かったのに、ここのところはとても暑い。連休中は暖房を入れていたのに、そろそろクーラーが必要です。

 

ずっと雨だったような記憶があったので、プランターの水やりをサボっていたら、そう言えばここのところ日差しが強かったんだ、パンジーがしなしなになっていて慌てました。

 

こう天気がころころ変わると、なにがなんだか分からなくなってしまいます。

 

それにしても、もう5月も半分過ぎようとしています。どうしてこんなに月日の経つのが早いのか。月日は過ぎて行くのに、体重だけは停滞し続けています。米びつと財布の中身と冷蔵庫だけは、順調に減り続けます。しなければならない仕事はうっちゃられてそのまま。

 

昨日の母の日。我が家では毎日が母の日であると断言していることや、私がカーネンションをあまり好きではないこともあって、特別なプレゼントなんてなにもありません。皆、子どもの絵や「おかあさん ありがとう 」の言葉にほろっとさせられるなんておっしゃいますが、かつてそんな気持ちになったこともありません。母の日の絵や手紙は、しばらくはその辺にありますが、いずれどこかに行ってしまいます。冷たいのかなあ、私。ただ、特別な日に特別に書かれたものがあまり好きではないだけです。

 

そんな私ですが、どうしても忘れられない母の日のプレゼントがあります。

 

子どもを手放して離婚したのが2月。その後の母の日。2歳のふた男が描いた母の日の絵とプレゼントである、ストローを小さく切って糸でつないだネックレスを、同じ保育園のお母さんがわざわざ私のところに届けてくれました。