日々のこと(2001年3月)
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2001年3月31日土曜日(雨) |
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雨はお昼すぎぃに、みぞれに変わるだろうぅ、うおうおぉぉ、サイレントデイ、うおぉうおぉうおぉ、ああ、サイレントデイ。 ああ、なごりぃ雪ぃがぁ、降るぅ時を知りぃぃぃ、ふざけすぎた、毎日をしりぃぃぃぃ・・・・・ 。なんて寒い3月の年度末なんでしょう。雪なんて降ちゃって。 さそり座の方、3月はなんとかやり過ごすことが出来ましたねえ。後は4月をどうにかこうにか過ごすだけ。だって、星占いによると、3.4月はもう、どうしようもない逆さになってもなにも落ちてこない状態だって言っているじゃあないですか。振るとカラカラと音がするんですって。5月からはなんとか生き延びられるらしいです。期待しましょう。6月になると、ちゃんと収入も確保できるそうです。もっと期待しましょう。 「りーん、りーん、 はい、もしもし? 」 「・・・・ 」 「あのぉ、もしもし? 」 「・・・・・ 」 「あの? どなた様でしょうか? 」 「ねえ・・・ おかあちゃん? 」 ひつ次郎からの電話でした。いつもの声とは違って、営業中の声を出した母親が分からなかった様子です。ははは、いつも携帯に子ども達から電話があった時には「はい、ああ、ん? なに? なんか用? 全くねえ、仕事中に電話なんてするんじゃあないわよ 」ってまことに愛想も何もない状態で話をしているので、初めて自宅に電話をしてきた彼は、営業用の優しい母親の声に戸惑ってしまったのでしょう。 いろんな話をして「じゃね、またね。電話切るよ 」と言っても、全く受話器を置こうとしません。何度も何度も「じゃああね、今度は本当にバイバイね、切ってね 」と言っても、全く切ろうとしません。受話器の向こうでじっと耳をそばだてている。それに久しぶりで聞くひつ次郎の一言一言がなんと可愛らしいことか。 あ、淋しいのかな。母親と別れて楽しくしているように見えても、電話で話しているとなんだか淋しくなるのかなあ、なんてまあ、けなげなんでしょう。 「ああ、なーんだ。母ちゃんかあ、ん? あ、そう。じゃあね 」といとも簡単に邪険に電話を切られていたふた男とは大違いです。でもね、あっけない電話の後にFAXで「元気? おりこうにしていて、ちゃんと元気で帰ってきてね。愛しているよ〜 」なんて送っておいた用紙は、ちゃんとリュックのポケットに大事にしまわれていたりもしたのですが。 いやいや、子どもがひとりってな状態にも、慣れれば慣れるものです。ふふふ、しかも残っているひとりの敵は朝9時から塾。8時には家を出ます。今日は起きたのが8時でしたので、なんと10分で家を出て行きました。その間泣いていましたし、なんだかうるさかったけど。もちろん朝食は抜きです。 塾から帰ってきても、今度は私が机の上を片付けていたことに対して「どうして勝手に触るの? もう! 囲碁の宿題がどこにいっちゃったか分からなくなったじゃあないかあ 」とまたまたうるさかったけど。 どうせ宿題なんて、先々週に持って帰ったまま、同じかばんの中に入っているに違いないのに。 それでもまた出て行き、帰りは6時過ぎ。ごくらくごくらく。るん。 おとめ子が電話で「あのね、もうあと3つ寝たらおうちに帰れるの 」と必死で訴えていましたが、鬼母は「なーーーんだ、もう帰ってくるのか 」とちょっと残念な気すらしています。あ〜 あ、また3日にはお迎えに羽田に行かなくってはならないなあ、イヤだなあ。 慣れというのは、とっても怖いものですねえ。 今日からおとめ子とひつ次郎は、お父さんの所か、お父さん側の祖父や祖母の所に行っているようです。あちこち回って親善大使、ご苦労様。 「ねえ、おとめ子、星は見た? きれいだった? 」 「あ、忘れてた。今日の夜に見るね 」 東京では星が見えません。満点の星を見ることを楽しみに帰ったおとめ子。 明日は晴れて、空中に星が輝いていればいいなあ。流れ星も落ちてきたらいいなあ。 遠くなにも見えない曇り空の東京から、そう、願っています。 |
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2001年3月30日金曜日(晴れたけどとっても寒い) |
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前言撤回。 子どもがひとりだと、超ウルトラスーパー楽チンには変わりはありませんが、それはいっしょにいる子どもによります。 今残っている『思春期入り口反抗期準備中自己主張ばっかりしてやることはガキ 』男では、兄弟喧嘩の成敗を上回るストレスを感じます。 この『思春期入り口反抗期準備中自己主張ばっかりしてやることはガキ 』男、つまりふた男を連れて、夕方から創作寿司でのある会へ参りました。秋に行ってその美味しい寿司との出会いに感動し、またおねだりをして企画してもらった会の春バーションです。 前日まで「俺は絶対に行かないからね、俺はひとりの夜を好きなことをして楽しむんだからね。ちゃんとそう連絡しておいてよ 」とふてぶてしくも言っていたふた男ですが、前日テレビアンビリーバブルで心霊写真特集を見てからは「俺、どうしようかなあ、ひとりで留守番ってつまんないよなあ、ついて行ってやってもいいけど、でもなあ、面倒くさいなあ 」なんて、亡霊や幽霊に取り付かれて仲良くされることを恐れたなんてことは一言も言わずに擦り寄ってきます。 しかし、一旦家を出て駅に向かう道で「寿司かあ。一体俺は何を食えばいいのさ、俺ステーキが良かったなあ。どうして俺がそんな会に付き合わなきゃならないのかなあ 」と生ものが全く食べられない彼のぶつぶつ攻撃が開始。駅では奇声を上げるわ、電車の中ではふてくされて人にぶつかるわ、反抗期はどうしても自分の感情を人に訴える。 電車の中ではぶっふてくされて、貧乏ゆすりをし、ジャケットのフードを深くかぶりこれみよがしのため息ばっかりついていた彼は、駅で私の友人一行を先に見つけると、途端ににこにこ顔に変身しフードを下ろし愛想が良い。が、今度は暇だから漫画を買ってくれと駅の周りを散策し、好みの漫画を売っていないとまたぶつぶつぶつぶつ。 途中、友人のひとりの娘さんが同行してからはややご機嫌がよくなって、寿司屋ではカウンターの中の御主人となごやかにおしゃべりをし、どう話しをしたのか、私たちのメニューに入っていた、羽田沖で捕れたとろとろとろける絶品穴子を4匹全部握ってもらいひとりで食ってしまう。他はたまごとかんぴょうの海苔巻3本。私たちはとろとろとろける穴子は食べられず。このやろう! 相手がおとめ子だったら「おいしいねえ、とろけるねえ、幸せだねえ 」と和やかに会食が進みとっても幸せな気分で帰ってくることが出来たでしょうし、ひつ次郎だったら、電車に乗ったことだけで大満足で、繰り返し繰り返し電車を見たことや乗ったことを反すうしていたでしょう。 なのに『思春期入り口反抗期準備中自己主張ばっかりしてやることはガキ 』は何をしても満足ということを知らない。その後自分で漫画を2冊ほど買いに走り、それを読んでいる間だけは静かだけれど、読み終わるとまたぶつぶつぶつぶつ。どうしてこうなんだろうなあ。男の子って皆こんなものなのでしょうか。 帰りのタクシーでは、満開の桜のトンネルを通りました。運転手さんの話では、今日は満開だけどこの寒さで花見客は全くいないとのこと。明日は雨らしいし、花見は日曜日になるでしょうねえ、とおっしゃっていました。 もう3月も終わりです。6月には我が家の『思春期入り口反抗期準備中自己主張ばっかりしてやることはガキ 』男は12歳になります。そうか。自分が12歳の頃を思い出してみればいいんだ。そうか、そうか。12歳かあ。いつまでも子どもだと思っているから腹もたつんだなあ。 そう、私が12歳の頃って、実はもっとひどかったもんなあ。 |
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2001年3月29日木曜日(雨) |
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お叱りを覚悟で言います。 ですから最初に謝っておきます。ごめんなさい。 皆様のそれぞれのご苦労はよく分かっているつもりです。大変な思いは誰しも同じだと思ってもおります。しかも、これから言わんとすることは、結局は我が家での比較の問題なので、人様と比べられないことは重々承知してもおります。 しかし、しかし、それでもあえて私は言いたい。 子どもがひとりだと、超スペシャルスーパーウルトラ『楽 』だ! 本日より、おとめ子とひつ次郎は九州の私の実家に行っております。週末は父親の所にも行くのでしょう。残るは私とふた男だけ。たった2人。 子どもさんがおひとりの方も多くていらっしゃるのに、このようなことを書いたら嫌われちゃうかもしれませんが、でもね、比較ですから、比較。単なる我が家での引き算の比較。 どうぞ怒らないでくださいませ。 これまでの私の全精力のほとんどは、兄弟ゲンカの仲裁と成敗に使われていたことが判明いたしました。兄弟がいないということは、兄弟喧嘩がない、ということだったんですね。いやあ、それがこんなに平和だとは。平和、静か(どうもこの言葉にはちょっと反応してしまうなあ、字が違うけど・・・ 私の恋敵は静香だったけ? )穏やか、のんびり、ゆったり、くつろぎ、ああ、極楽。 2人で食事をしながら出てくる言葉は「ねえ、2人だと淋しいねえ 」2人でテレビを見ながらも「2人だと淋しいねえ 」2人で言い争いをしながらも「2人だと淋しいねえ 」「あいつらもう風呂に入って寝た頃かなあ 」。 昨夜私は夜遅くなりましたので、その間3人で様々なことをして遊んでいた様子がまだ子ども部屋に残っていました。ああ、3人いたから留守番が楽しく出来たんだろうなあ。親のいない夜、わくわくして好きなことばっかりして過ごしたんだろうなあ。 塾から帰ってきてもなにもすることもなくひとりぼーーーーっとしているふた男も、冬休みには「お兄ちゃんまだかなあ、早く帰ってこないかなあ 」と待ち構えているおとめ子と、帰る早々バトミントンに興じておりました。ひつ次郎はとなりでなわとびしたり、自転車に乗ったり。 6時になるとふた男がやってきて「母ちゃん、ひつ次郎のお迎えに行かなくてもいいの? 」とボソっと言います。もう今後永久にお迎えに行くことはないのに。昨日で保育園生活は終わってしまったのに。 ひろひとりだと、本当に楽です。 でもね、でもですね、淋しいんだなあ。とってもとっても淋しいんだなあ。子どもが成長するってことは、親は孤独になるってことなのかなあ。どうでもいいや、早く帰ってこーーーーーーい。 |
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2001年3月28日水曜日(晴れ) |
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昔、仕事でLIZという離婚情報誌の編集をしていました。当時、編集と同時に離婚カウンセリングと『LIZの会 』という、離婚を考えている方々の会を主催しておりました。当時から現在まで、取材も含めて、本当にたくさんの離婚した方や離婚を考えていらっしゃる方々にお会いしてきました。そのほか離婚経験者のライターさんたちとの交流もありました。テレビ関係でも離婚をした女性に多く出会ってきました。 その中で感じたことは、離婚する女性には美人が多い、ということ。男性に関してはね、なにも申しません。いろんな方がおられましたから。 今日も、ある離婚関係の会に出席してきたのですが、参加者の女性の皆さんとても美しい。生き生きとして、活発な、ハンサムウーマンたち。 皆さん、子どももいて生活もあって仕事もして、とっても苦労が多いでしょうに、そんなことは微塵も感じさせない明るい前向きな姿勢を持っておられます。びっくりすると同時に、なんだかこちらまでパワーをもらって勇気付けられて帰ってきたような気がしています。 突っ張るよりはしなる方がいい。踏みとどまって踏ん張るよりは、流れに身を任せる方がいい。人を恨むよりは、許して認めて明日への元気を探した方がいい。ずっと先のことを心配するよりも、今できることを精一杯やったほうがいい。 なんだかそんな風に感じました。 しかし、離婚って、とっても孤独で情報も少なくて辛くて自分の前人格を否定されるような気がする、そんな出来事であることは、言い出した方にしても言い出された方にしても、万人に共通のことのような気がします。人前ではどんなに元気で前向きな姿勢をしている方でも、影ではたくさんの眠れない日々を過ごし、枕をぬらし、その不条理と気持ちのやり場のなさにとってもやりきれない思いをしてきたことだと思います。 マスコミから流れる情報はとっても一方的で、お互いにお互いの立場で話をすることがなかなか難しいのはなぜなのでしょう。もっと経験者が気軽に話し合えるような場があっても良いような気がするのですが。 話したいですよね、わかってくれる人がひとりでもいてくれたら、もっと楽になりますよね。他の人の話も聞きたいですよね。ノウハウを知るだけではなく、その時の思いを吐き出すことができるだけで、ずいぶん楽になりますよね。背中を押してもらったり、引き止めてもらうきっかけになったり、もっともっと同じ立場の人が話し合う場ってないものかなあ、そうすれば、ひとり孤独に悩むことはないのに、そう思います。 偉い方や有名な方が一方的に話しをするのを拝聴する場所ではなくて、お互いに気持ちのすべてを話すことができる場。そんなのって、実現は不可能なんでしょうかねえ。なんだかそんなことを考えてしまった一日でした。 |
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2001年3月27日火曜日(晴れ) |
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桜のような人生を送りたいものだと思います。 春に花、そして実、夏には青葉、やがて秋が来るとその葉を散らして丸裸になるものの、幹では来年の春に備えて全身にピンク色を蓄える。姿を変えても人に忘れられることはなく、待たれ希望されて、その期待を裏切ることなく必ず花を咲かせる。人々は木下に集い喜びを分かち合い、遠くからでも乗り出して見学される。 花はあっという間だけど、その間鳥や昆虫や風さえも来るものを拒まず、ただ季節が巡る毎にただ一斉にうすピンクのベールをまとう。 そう言えば、桜って花びらが風に舞って散るものかと思っていました。が、今日見たところ、花ごとぼたりぽたりと落ちてくる。おかしいなあ、それに今日は風もないのに、どうしてかなあ、と見上げてみたら、犯人は風ではなく鳥だったようです。鳥が枝に止まって花をくちばしでつついて取っている。花のどこかに美味しいところがあるのでしょうか。 ひつ次郎の保育園にはさくらんぼの木があり、毎年実をたくさんつけてます。ゴールデンウィーク頃が一番の食べごろで「どうぞお持ち帰りください 」という園長先生のお言葉に甘えて、おとめ子の帽子にたくさんのさくらんぼを入れて持ち帰ったこともありました。 が、最近では子ども達すらさくらんぼのおやつにはお目にかかれないらしい。こちらも犯人は鳥で、ちょうど良い頃になったのを知っているのでしょう、覆い尽くすように実ったさくらんぼが一日で見事に丸坊主になってしまっています。 東京に暮らす鳥は、こうでもしないとおそらく生きてはいけないのでしょう。 大学病院の待ち時間に、おとめ子と一緒に湯島天神に出向いた際、孔子の像のちょっと手前にある梅が見事に咲き誇っていました。そしてそこには4〜5羽のうぐいすが枝に止まっていました。東京にも様々な小鳥が住んでいます。それぞれにちゃんと美味しいものや役に立つものを知っていて、こんなビルの谷間にいてもどうにかこうにか生活をしているようです。 ようやく卒園式や終了式が終わったというのに、もう新学期へ向けての様々なことが始まっています。電話は鳴り続け、あわただしい相手の声にドキドキのしっぱなしです。副会長というだけでこうもいろいろわずらわしいことが待ち構えていたなんて。 今日おとめ子は友達のお母さんに連れられてドラえもんの映画を見に行っていました。ひつ次郎は明日で最後の保育園となります。ふた男は春休みの塾通いが始まりました。 東京の桜を見るのはこれで5回目です。新年度、一体どんなことが待ち構えていますことやら。 |
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2001年3月26日月曜日(雨のち晴れたり曇ったり) |
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TDLに行ってまいりました。 東京都には、ひとり親家庭休養ホームという制度がありまして、年に1度、テーマパークに行く際の助成金がひとりあたり2000円いただけます。それには泊まりと日帰りがあって、文京区の場合、日帰りは後楽園遊園地かTDLとなっております。去年の9月頃にシビックセンターに行った際、TDLの分をいただいてきていたのですが、期日が3月末まででしたので、ようやく今日4人で行ってまいりました。 朝から雨が降っていたこともあってか、入場券はそうそう並ばずに手にすることが出来ました。でも入ってからはもう人人人の波に埋もれている情況で、やはり何に乗るにしても、30分は並ななくてはなりませんでした。夜になればあまり並ばなくても入れるものもあるのですけど。 インパークしてすぐ、いつものように、いつものごとく、ふた男は途中で何か気に食わないことがあったのでしょう、臍を曲げてしまい、ぶーぶーがーがーとうるさい。挙句、親に対してトンでもないことを口走るので、とうとう怒ったところ、プイとどこかへ行ってしまい、はぐれてしまいました。 ま、直接的な原因は、キャラメルポップコーンがいいか、普通のポップコーンがいいか、という全くなんでもない他愛ないことだったんですが。 プイとあっちに行ってしまった彼は、すぐに人ごみに飲み込まれてしまい全く分からなくなってしまいました。一瞬「こんなのってイヤだなあ、もう帰ろうかなあ 」とも思ってしまいました。でもおとめ子やひつ次郎にはなにも罪はないわけで、もうひろの事は放って置くことにして、3人でたくさん並び、たくさんのアトラクションを見たり乗り物に乗ったりしておりました。3人だと平和で楽しく過ごすことが出来ます。が、おとめ子やひつ次郎の頭からははぐれてしまったおにいちゃんのことがずっと頭にある。 2時間ぐらいが過ぎて、そろそろふた男を探そうかなあ、と自宅に電話しても誰も出ません。一応迷子センターに「あの、11歳の男の子なんですが、いえ、はぐれたのはもう2時間前ぐらいで、場所は・・・ 」と申し出ていたところ、おとめ子が「あ、お兄ちゃんだ! 」目を丸くしています。指差すドアの外を見ると、確かにふた男が立っている。 彼も「そろそろ迷子センターで、母ちゃんを探してもらおうかなあ 」と思い立ち、人に場所を聞きながら出向いたところだったそうです。これって気が合う親子って言えるのでしょうか。あの広い場所で、はぐれて2時間も過ぎていたのに同じ場所で会うなんて。 その後は、カーッとしていた頭がちゃんと冷えて元通りになった彼も合流し、ひとりでいかに過ごしたかという武勇談も聞きながら楽しく食事をしてたくさんのアトラクションを回ることが出来ました。はぐれてしばらくはずいぶんと探したらしい。その後はひとりであちこちのアトラクションを回っていたそうです。 くまのプーさんのハニーハントにも、ファストパスなしで1時間ほど並んで入ってきました。ひつ次郎の大好きなウエスタンリバー電車には2回も乗ったし、ジャングルクルーズもしたし、ピーターパン空のたびも、イッツアスモールワールドもピノキオもミッキーマウスレビューも、パレードも、ホーンテッドマンションも、カリブの海賊も、楽しむことが出来ました。まだまだあったような気がしますが、思い出せない。 キャラメルポップコーンに、新しいはちみつのポップコーンもたくさん食べて、昼食は日本料理で天丼やら、うどんやら、ミッキー御前やらを食べて、夕食はピザ。 帰宅は夜中の11時半になってしまいました。 春休み、ふた男は明日から毎日塾があります。1日3時間程度なので、あまり辛くはないでしょうが、それがあるためにどこにもいけません。ですから、今年はおとめ子とひつ次郎だけを九州に帰すことにしました。今日だけが4人そろって遊べる日です。 帰り、さすがに足が痛いやら、眠いやら、なんだかんだと述べる小学生をよそ目に、修平だけは「電車! 電車! 電車! 電車! 」と目もらんらんとしております。京葉線から有楽町線に乗り換えて一番前の席に座ったところ、彼はそわそわして座ろうともしません。運転席へ通じる窓があいていて運転席が見えるので、つま先で立った片足の上にもう片方の足を乗せて、精一杯背伸びをして景色に見入っていました。好きなことがあるって良いことですねえ。 いつものように、写真も撮らず、お土産も全く買わないインパークでしたが、それぞれの春休みの思い出になればいいなあ、と思っています。 |
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2001年3月25日日曜日(曇ったり雨だったり) |
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母子家庭にとって、雨の休日は困ります。 子ども達が外で遊べないので、部屋が散らかる、汚れる、壊れる、そして、うるさい。したがって一日中怒鳴っていなくてはならない。 昼から彼らは出かけたので、そのすきにようやく掃除をすることが出来ました。ピンポーンと現れる新聞の集金の方から受け取った領収書に雨のぽつぽつがついているのを見て、慌てて洗濯物を取り入れます。 からっと晴れた休日は、表の道路か公園で一日中3人でなにかして遊んでいます。バトミントン、野球、縄跳び、公園のぶらんこ、滑り台。10分に1度ぐらいの頻度で 「うえーーーん、おかあさん、お兄ちゃんがねえ・・・・ 」 「うえーーーーん、おかあさん、おねえちゃんがねえ・・・ 」 と誰かが戻って参りますが。 こんなに遊んでいても、ふた男は、時間になるとちゃんと塾に参ります。よく体力があるなあ、ちゃんと授業を聞いているのかなあ、なんて疑ったりもしております。だって、家では遊んでばかりで、全く勉強なんてものをしないんですもの。 しかし不思議なことに、徐々にではありますが、成績は上がってきていますし、テストも時々良い点数を取ってきます。ついていけないとか、落ちこぼれているわけではなさそうです。楽しくないとか苦痛でもないらしい。むしろ楽しみに通っているようです。 「あんなになんにもしなくてもここまでこれたのならば、すこしぐらい私が勉強をみてやったら、そして毎日ちゃんとある程度の時間と量をさせたら、もっと伸びるに違いない 」 本当ならば、そう考えてこっちが面倒を見たくもなるし、少しお尻をたたきたくもなるものでしょうが、それは間違っていると思っています。 学習とは、長い目で考えた場合、あっちの水(学習する教材 )をスポンジに吸い込ませて(脳で理解をして記憶する )こっちのバケツに移す(自分の能力にする )ことだと最近思うようになりました。やみくもにスポンジに吸い込ませようとしても、スポンジが絞りきれてないと、全く無駄な努力をしているだけで、全くバケツの水は増えないのだと思うのです。またこぼしてしまってばかりだと、せっかく吸い込ませた水はバケツには残りません。 彼の場合、スポンジを乾かして、十分吸い込ませるような状態にするのが、遊びだと思うのです。例えば、本を読むことが好きな子どもは本を読めばよいし、スポーツが好きな子どもはスポーツに汗を流せばいい。そんな一見学習には「無駄なように思えること 」が、実は学習への動機付けや準備や効率に最大の効果をもたらしているのではないか、そう思うようになったのです。それは大人でも同じことなのかもしれません。 そう思うようになってからというもの、あまり先を急がないようになりました。 保育園への送り迎えの回数があと少しになってきてみると、去り行くものへの名残りも出てきます。長年通ったその時間や空間や思いをかみしめるためにも、最近歩いて通っています。毎日異なる様々な道を通って、回り道をしながら、道草をしながら、ゆっくりゆっくり歩いています。これまでずっと「早く、早く 」とせきたてながら、超特急で自転車をこいで通った道です。 回り道をして、いろんな道を通ると、これまで見えなかった様々なものを目にすることが出来ます。素敵な家々、花々、犬に猫、窓から見える生活、カーテンの向こうに見える人の姿。引越しの荷物や洗濯物から伺える様々な家族の姿。 「ねえ、ひつ次郎、どの道を通っていっても、結局は保育園に着くよねえ。最短距離ばかりが良いわけじゃあないよね。たまには寄り道やまわり道をすると、これまで気がつかなかったいろんなものを見たり知ったりすることが出来るよねえ、これもまたいいねえ 」 「うん、いいねえ。だから明日も回り道する? 」 目的ばかりに気をとられていると、まわりの景色や出会った大事な人やすれ違った幸せに気がつかないことがあります。なかなか目的が達せられない不満を回りや人のせいにしたり、果たしてたどり着くことが出来るのか、といった不安で一杯になってしまい、目的を果たすどころか一歩も先に進まずに後退してしまっていることだってよくあります。その目的だって、自分で思い込んでいるだけで、果たして本当の目的なのか、単なる思い込みなのかわからないものでもあります。 子どもを育てることが目的だと思い込んでしまったり、仕事で成功することが目的だと思い込んでしまったりって、よくあることですよね。でもね、本当の目的っていうのは、 「私が私の人生をとっても満足して楽しく送ること 」 ではないのでしょうか。 ふた男が今勉強ばかりをして良い点をとることではなく、ましてや良い学校に入ることでもなく、早く保育園に着くことばかりでもないのだと思うのです。 先のことは分からない。だから、今ここにいて暮らしている現状をもっと楽しみたいものだと思っています。 でもなあ、頭ではそうも思うけど、どこかであせる自分もいるんだけどなあ。難しいや。 |
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2001年3月24日土曜日(晴れ) |
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ひつ次郎の卒園式でした。 4年保育、で真っ先に名前を呼ばれた彼は、大きな声で返事をして園長先生の前に進みますが、まっすぐに歩いてきたものを方向転換して園長先生の方を向くときに、張り切って勢いをつけすぎて壇上で舞ってしまい、会場の笑いを取っていました。 日頃思っていたのですが、ひつ次郎には、隠れた演劇などの才能があるのかもしれません。SMAPに入ることはもう無理だとしても、外にも必ず道はあるはず。ちょっと期待したい気分になっています。道はいくらでもあるさ。 2歳になりたてで、上京して、なにも分からないまま保育園に行くことになり、毎日泣き明かしていたあのひつ次郎が、卒園です。 11時半まで卒園式があり、その後いったん自宅に帰っておとめ子とふた男をおとめ子のピアノの発表会がある王子まで送ってもらう手はずをとり、また保育園に引き返して、謝恩会。それが2時まで。 終わり次第ひつ次郎を連れておとめ子のピアノの発表会会場まで行き、彼らと合流し、朝からまともになにも食べてない彼らに食事をさせて帰宅したのは、もうずいぶん遅く。 私は謝恩会の2次会にそのまま出かけました。 卒園式と発表会。頑張った彼らのために、ハムスターを買ってきました。小さな小さなハムスター。3人はそれに夢中になっています。 生き物や植物がある暮らしってとってもいいですね。心が和みます。 隣の公園の桜も開き始めました。来週末には満開でしょう。プランターのチューリップのつぼみも、もうだいぶ大きくなってきています。人も育つ、植物も育つ、動物も育つ。あたり前の環境だけど、経験してみないとわからない、そんなことってあるのかもしれません。ハムスターはまた必ず死ぬけど、それまでをまた精一杯ハムスターと暮らして欲しい、そう願ってもおります。 |
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2001年3月22日木曜日(晴れ) |
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今日はひつ次郎の誕生日。 おとめ子の病院行きが思いの外長引き、ふた男に保育園のお迎えを頼んでなんとかシビックセンターまで来てもらって合流。その後シビックセンター25階の椿山荘にて食事をしてまいりました。それはひつ次郎のリクエスト。家で食事をしようか、と聞いたところ、ぜひここで祝って欲しいとのこと。夜景はとってもきれいでした。ひつ次郎ももう6歳。 おとめ子の病院は相変わらず4時間待ち。彼女たちは今日終了式で、帰りを待ってすぐ出かけたのですが、1時には病院に着いたはずなのに、終わったのは、6時過ぎ。 ケーキを買う暇もなかったので、食事の後にケーキをひとつずつ子どもの分だけとって、ささやかなお祝いをしました。明日、ローソクを立てるケーキを買うことになっていますし、誕生日プレゼントは、自転車‘と ’なにか、らしいです。これもまだ買ってはいません。春休みごろにゆっくり購入したいものだと思っています。 ひつ次郎も6歳。もうすぐ1年生。永かった、本当に永かった保育園の送り迎えの生活とも、あと数日でお別れです。 我が家は、このひつ次郎の入学と、来年のふた男の中学への入学で、ちょっとした節目を迎えます。母の働き方も変わってくるでしょうし、子どもの生活だって変わるでしょう。 家族だって成長するし、変化だってしますよね。 一区切りにひとり乾杯して寝ることにいたします。 |
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2001年3月21日水曜日(晴れ) |
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川の下流にある石ころは、すべてまるみをおびていて平べったい。これは、川の上流から流れ流れてくる間に、川底をこすり岩にぶつかって角が取れるせいだと、昔習ったような気がします。 こんぺいとうは、芯となるものに幾度となく砂糖液をふりかけ、何日も何週間も円盤のようなものの上を転がし、ほかのこんぺいとうとぶつけながら作るものだと聞いたことがあります。最初はまるかったものが、ずっと人の手によって転がされ砂糖液を振りかけられてぶつかり合ううちに、あのでこぼこが出来てくるのだとか。 流れに流されて、そこにあるものにぶつかりこすられたら、まるくなる。 同じようなものがそろっている同じ土俵で、同じようなものをふりかけられて摩擦しあっていたら、角が出来る。 世の中も、人も、同じようなものかもしれないなあ。 運命という流れに乗って、そこで出会うものや人にこすられたたかれていたら、人間丸くなっていくのでしょう。一方、同じ土俵の上にずっといて同じような人と関わり、同じような事件の洗礼を受けながらずっと衝突しあっていたら、どんどん角ができて行くのかもしれません。 どうもここのところ自分自身がとげとげしいなあ、なんでかなあ、もっと丸くなりたいなあ、なんてずっと思っていました。様々な人との関わりの中で、ああ、どうしてあんな人と関わらなきゃならないんだろう、どうして私の邪魔ばっかりしてくるんだろう、もうイヤだ、イヤだとずっと悩んできました。 でも、これって、そのイヤでイヤでたまらない人々と同じ土俵の上で、こすられこすり合いながら、同様な事件にまみれて、お互いにとげを作っていただけだったのかもしれません。 これを、時や人の感情の流れだと受け止め、さらりと流れに乗ってしまい、そこでもまれていたら、今頃はもっとまるくひらべったくなっていたのかもしれないのです。 大きな流れに乗ってしまったり、大きなものにぶつかって身動きがとれずに身を削るような思いをすることは、ちょっと考えると、自分にとってはとっても損な感じがするし、プライドが痛く傷つけられるような気がしますが、本当は、自分の余分なものを削ってくれて、本当に必要なものだけを残してくれるありがたいことなのかもしれないのです。 一方、同じ土俵に乗って勝負をしているつもりが、お互い勝ったも負けたもなく、同じような角ばった姿に変えてしまっているだけの結果に終わっているのかもしれません。 イヤな人はいつでもどこにでも必ずいるものです。避けられない。でもそれによって自分自身まで傷つくことはないはず。 もっと大きな流れに乗っかって、大きな岩にぶつかり、川底でこすられて、自分自身をまるくまるくしたいものだなあ、そう感じました。おんなじような形のコンペイトウが同じ円盤の上で争っている場所からは抜け出して。 目指すは大海。 風にしなる竹のように、踏まれてなお強くなる雑草のように、流れ流されてちゃんとまるくなって自分の居場所を見つける石ころのように、そんな風に私は生きて行きたい。 こんぺいとうの人生とは、今日でお別れしたいものです。 |