日々のこと(2001月)

 

2001年1月31日水曜日(晴れ)

ついに1月も終わる。

 

月日が過ぎていくのはなんて速いこと。

 

去年の今頃は今年の今のことを想像も出来なかったけど、今年の今から考えると、去年の今とそう大して変わってはいないんだなあ。毎日は怒涛のように過ぎていくのだが、ここ数年を振り返ると、とっても平穏無事な生活。人生とはこんなものなのかな。

 

吉行淳之介さんや吉行和子さんのお母さんで、NHKのドラマにもなった吉行あぐりさんは、90歳でお仕事を引退されて、それから海外旅行に目覚められたそうだ。90歳でメキシコに行ったのをきっかけに、ネパール、中国と様々なところを回っておられるらしい。

 

50歳過ぎて4人の子育てを終えた方が学校に入りなおし、看護婦になって70歳でも現役で働いておられるという例も聞いた。72歳で夫と死別し、それからしばらくは泣き暮らしておられたものの、インターネットで素敵な男性と出会い75歳で結婚、という例もある。

 

もう歳だから、なんて言い訳にならないことは、頭では分かっているが、ついついそう考えて何事にも二の足を踏むことが多い。子どもは確かに足かせにはなるが、自分の年齢は何かを始めるに当たっては全く関係ないのになあ。

 

でも、体力は落ちた。最近疲れるし、疲れがなかなか取れない。

 

変化を求める気持ちと、踏みとどまってまだしばらくは様子を見ていたい気持ちとが、始終出入りして、時には喧嘩なんてしている。それがまたストレスになったりもする。

 

昔関わっていた人生の達人は

「大事なのはとにかく動くことだ。行動しなさい。ひとつでなく、2つも3つも4つも5つも同時になんでもやってしまいなさい。行動をしないと何も生まれない。失敗だって素晴らしい経験になるのだから 」

とおっしゃっていた。

 

気がつかなくても4つも5つも抱え込んでなんとかやっている時期もあるのだが、こうやってスタート時期とそのチャンスをうかがっている時期もある。しかし、停滞の時間が長くなると、ちょっとあせる。あせったってどうしようもないことは分かってはいるのだが。

 

PTAの副会長はとうとう引き受けることになってしまった。でもなあ、これは私の中での「動くこと 」には入らないんだなあ。なんと言うか、気分的に。そういえば、気分的に「動くことに入らないこと 」が多すぎるから、体は忙しいのに、充実しないのかもしれないなあ。でもねえ、雑用としか考えられないでしょう? PTAの仕事なんて。

 

吉行あぐりさんは仕事に忙しく、子どもが熱を出して寝ていると、枕もとにはバターの塊が置いてあった、なんて話を読んだこともある。でも、育ってみれば作家が2人と女優が1人。あら、振り返ってみたらそうなってたわ、ってな人生っていいなあ、なんてとっても思うのです。

 

2001年1月30日火曜日(晴れ)

仕事で神保町へ行った。

 

ついでに教科書をなくしたふた男とおとめ子のために三省堂へ教科書を買いに寄った。

 

三省堂には教科書は無かった。品切れだそうだ。

 

新宿にある教科書取扱店のことを聞いて、そのまま御茶ノ水まで歩いた。塾で使うテキストを購入するためである。ニコライ堂の横の坂を登って、横に折れ、坂を下ると目指す塾がある。テキスト購入のためだけに時々寄る塾なのだが、時節柄、中学受験の合格者やこれから行われる試験の倍率が張り出されている。

 

12歳の春かあ。これで人生がほぼ決まるのだろうか。

 

テキスト2人分は、とてつもなく重たい。2人の人生までを担いでいるわけじゃあないのに。

 

それを持ったまま中央線に乗り、大久保まで。教科書を購入し、再び中央線へ。水道橋で乗り換えて帰ってきた。

 

疲れた。

 

夕食は、にんじん、ごぼう、あげ、しいたけ、鶏肉の入った炊きこみご飯と、大根と大根の葉っぱとあげの味噌汁、鮭の焼き魚と、牛肉とピーマンの佃煮風。

 

瞬く間に3匹の巨大胃袋妖怪に食べ尽くされてしまう。デザートのキャラメルバナナムースともものミルク風味ゼリー、ヨーグルトムースも巨大胃袋のなかにおさまってしまう。

 

ひつ次郎のお迎えに行くために外に出て、このところの月の美しさにしばし見とれる。月の隣には必ずほくろのように輝く星がお供のようにくっ付いている。あれは宵の明星なのだろうか。同じ時間同じ場所で見ることが出来る。でも、そう思っているだけで、本当は微妙に変化しているんだよなあ。

 

街のいたるところにまだまだ雪が残っている。人が近寄らず、太陽の光さえ当たらないところでは、降ったそのままと思えるような姿で残っている。

 

そう言えば寄った駅は大久保だった。あの、線路に落ちた人を助けようとして2人が巻き添えになったのは、新大久保の方だったのか。駅は閑散としていた。

 

もうすぐ1月も終わる。

 

でも冬はしばらく続くだろう。

春はいつ来るのかなあ。

 

2001年1月28日日曜日(晴れ)

 私はまだ若い。

 

いえ、この際、まだ、は必要ないだろう。

 

私は若いっ!

 実証させてくれたのは、昨日の雪かき。

 

 歳をとると、運動した翌々日にあちらこちらが痛くなるっていう。が、なんと雪かきをした翌日である今日、しかも朝から、筋肉痛。起きようとしたらなんだか普段と調子が違う。腿の辺りとか、腕とか、腰とか。普段は馬鹿な子どもを叱り飛ばしてのどが痛かったり、あげく、やけくそでのビールの飲みすぎで頭が痛かったりなのだが、今日はすがすがしい痛さ。うーん、こんなのって久しぶり。

 

 ところがなんですわ、その痛みがどうして起こったのか、を理解するまでに少々時間がかかりまして、朝食を作り洗濯を始めちょっとの時間にパソコンを立ち上げる、なんて動作をしながら

 

「ひょっとしたら、なにかの病気かもしれないなあ 」

 

なーどと心配していたりもした。

 

「ああ、私が今倒れたら、子ども達は一体どうなってしまうのだろう… 」

なんて殊勝な心配を。

 

 気がついたのは、ご近所から、ジャリジャリ、ガジャガジャ、という、あの雪かきの音が和音で響いてきた時。    

イエイエコレデモワタシハワカイトオモフ。決して痴呆なんかじゃあない、と信じたい。

 

ところで、今朝、もものゼリーと、ぶどうのゼリーをてんこ盛りで食後に食べていたふた男が突然

「わかれないほうがいいよね 」

なんてことを言い出しました。

 

ほ? へ? そんなことなんて百も承知の合点さ。でもね、事情があって(別れてくれって頼まれたし他にはもう方法も無かったから )別れたんだし、別れてもとっても幸せな様に心をくだいて生活をしてきたし、別れて、ああよかったなあ、と思っている今さらなあ、そんなこと言われたって、どうしろっちゅうねん、母として心は乱れるばかり。

 

「このゼリーさあ、2色に分かれるよりも、こうやって混ざっていた方が美味いかもしれないよ 」

 

あ、そうか。彼の頭の中には食べ物のことか、遊びのことか、漫画のことか、それらが入り乱れたトンでもない空想しかないことをすっかり忘れていました。

 

このゼリーは、レシピどおりに作るとジュースの部分とクリームの部分が分かれて2色になる予定なんですが、これまでに成功したことがなく、クリーム風味のフルーツゼリーになってしまっていたんですね。オレンジでダメ、ぶどうでもダメ、桃でもダメ。どうしても別れない。分かれないゼリー。あ、結婚する方には縁起物かもしれない。

 

で、その、食い気しかない巨大胃袋妖怪3匹は、今日、お米5合、ゼリーをボールで1杯、レアチーズケーキも半分、市販のプリンを3個、豚肉と赤ピーマンとにんにくの茎の中華風炒め物をフライパンに一杯と、すき焼きを鍋一杯と、おやつをたくさん、卵なんて昨日から10個、を平らげました。

 

「人は生きるために食べるのか、それとも食べるために生きるのか 」

昨日から真剣に考えています。

 

だって、食べるほかにはなんにもしないんだもん。巨大胃袋妖怪3匹はっ!! 

今日もまた懲りることなく、その分かれないもものゼリーと、キャラメルバナナムースを作りました。いやあ、凝るんですねえ、私って。

 

2001年1月27日土曜日(大雪)

久しぶりに雪かきをしました。この前の大雪は3年前ぐらいだったでしょうか。

 

もちろん、九州にいた頃に雪かきなどしたことはありません。

 

 マンション住まいだったらなんぼ雪が積もろうとあまり関係ないのでしょうが、残念なことに我が家は道路に面しているのです。道路に面しているからと言って、雪かきをしなくてはならない、ってことはないと思うのですが、皆さんなさるのです。

 

 道をずーっと歩いて行きますね、自転車でもよろしいのですが。いたるところ、誰かが外に出て雪かきをしている。道路は確かに歩きやすい。で、突然、ある家の前だけはまだまだ雪が積もっていて、積もった雪がぐしょぐしょになっていたり、凍ったりであったら、「どうしてここの方は雪かきをしないのかしらん 」とちょっと思ってしまうわけです。

 

 が、道路に面している方って様々な事情もおありでしょう。我が家のような、男手のない家もあれば、お年よりだけしか住んでいないところもある。そんなところは、ご近所助け合って、できるだけのことはしているようです。私もお隣の通路までせっせと雪を払いました。

 

 しかし、雪かきをした道路に、また雪は降り積もっています。車の屋根の雪は20センチを越える高さになっています。

 

 目の前の駐車場では、坂を登れない車が立ち往生していました。雪かきしていたスコップやちりとりを貸して差し上げたのですが、どうやってもタイヤが空回りして先へ進みません。シートを敷いてもダメ。とうとう諦めて、どこかへ行ってしまわれました。この道を普通のタイヤで走ることの方が恐ろしいことなのですが。

 

 子ども達はレインコートを着て朝から公園へ行き、雪だるまを作ったり、雪合戦をしたりしていたようです。びしょびしょのレインコートで家の中に入ったり、脱いだものをそのまま玄関の敷物やたたみの上に置いて、いつものごとく叱られます。

 

 この雪の中、夕方から、ふた男は塾へと出かけていきました。地下鉄1本で行けるので、全く心配はなさそうです。出かける前に慌てて鳥団子鍋を作って食べさせました。かつおと昆布で出汁をとって、大根、しいたけ、にんじん、レンコン、小松菜、そして、しょうがをたっぷり入れて卵と片栗粉をつなぎとした鳥団子がたっぷり。しょうがの効果で体が温まる。

 

 ここのところ、おやつ作りに凝っています。バターをたっぷり使うケーキではまたまた太ってしまうので、主成分が牛乳や生クリーム、卵やゼラチン、フルーツやクリームチーズと体にもよさそうで、しかも太らないように控えめの砂糖で出来る、ゼリーやババロア、チーズケーキにムースなどをせっせと手作りしております。レシピはネットで教えていただいたもの。こんなに簡単でこんなに美味しいものが作れるなんてこと、もっと早く知っていたら、と、とっても後悔してしまうぐらいな作品が毎日出来上がっています。

 

 今日は、レアチーズケーキとぶどうジュースと生クリームのゼリー。

 

 こんな風に、牛乳やゼリーや果物や生クリームやチーズをたくさんおやつで食べていれば、カルシウムやビタミンやたんぱく質が十分足りて、いらいらすることも少なくて、情緒が安定している子どもが育つのではないかな、と、ふと思いました。

 

 明日用には、りんごのケーキと、もものゼリーでも作ろうかなあ。

 

 なかなか楽しいです。つるんとしたお菓子つくり。しかもお店より美味しい味が安くて出来る。ぜひお試しあれ。

 

 いやいや、手作りのおやつなんて子ども達に食べさせているとね、なんだか自分がとっても良いお母さんのような気がして、それもうれしいのですわ。ははは。

 

2001年1月26日金曜日(雨)

 今日はおとめ子の呼び出し。たった375分だったのだが、疲れがたまっていて、睡眠不足でもあったらしい。彼女は体が小さくて体力がない分、自分で睡眠や休息を補う。

 

 学校でしばらく寝た頃に迎えに行き、家でも寝ていたので、とっても元気になっている。それにしても、小学生で疲れだなんて。一体どういうこと?

 

 私がまだ小学校だった頃、時間はもっとたっぷりあったような気がしている。学校から帰り、友達と遊び、家に帰ってもやることは限りなくあって、全く退屈なんてする暇すらなかった。が、今の子ども達には、私のように時間があるようにはとても見えない。いったいどうしてなんだろう? 

 

 家の仕事だって、いわなきゃやらないし、進んで何かをすることもない。夢中になって取り組んでいることもなさそうだし、帰宅がそんなに遅いわけでもない。お稽古事や塾で忙しいわけでもなければ、宿題があるわけでもない。

 

 あ、そか。ぼーーーっとしている時間が長すぎるんだ。

 

 「言われなければ、指図されなければ、自分が何をしたらよいのかがわからない 」

 ああ、そんな子どもにだけはなって欲しくなかった子どもに、見事成長している。

 

「遊んでくる。何時になったら帰ればいい? 」

「これやっていい? あれしていい? 」

いちいちお伺いをたてなければ行動できないようになってしまっている。イヤだなあ。

自分で考え、自分で決め、自分で行動する、ってのが当たり前だと思っていたのに。

 

全く子どもっていうのは、親の思い通りには育たない。

 

では… 。親だって子どもの思い通りにはしなくても良いのではなかろうか。よし、これからは子どもの思う母親像を見事覆したぼーーっとした母になってやる。ふん、文句あるか!

 

2001年1月24日水曜日(晴れ)

 不登校児童は、学校が作る。

 

ふた男は担任に先日の4日の休暇について、さんざんな説教を食らったらしい。「根性が足りない 」「自分がしっかりしなきゃ 」。

 

ごもっともなご意見なのだが、彼にとっては辛かっただろう。大体、親が「休ませます 」って言っているのだもの、どうして文句があるのだろう? これって私への警告? 「いいかげんな親をやってんじゃあないわよ! 子どもがなんと言っても学校には来させるべきよ! 」ということなのかな? そこまでして行きたいような魅力的な学校だったら、どんなに辛くとも行くでしょうに。

 

「ああ、行きたくねえ〜 」

 

毎朝こう言うこどもになっちゃいました。ま、そんな時期があっても一向に構わないと思うのですがね。本当に不登校児童になってくれたら、別の道が開けるのですがねえ。

 

戦う母。学校にたてつく母。学校がなんぼのもんじゃい、と思っている母。学校というところはね、世の中の不条理についていっぱい学ぶところよ、なんて豪語している母。

 

なのに、なのに、

 

「PTAの副会長をやってくれませんか? 」

という打診がきたのにはびっくりした。思わず笑ってしまった。「なんで私に? 」

「いえ、ご自分の意見をしっかり持っていらっしゃって、はっきりとおっしゃることが出来るから 」

意見なんて言っても、シカトするくせに。こうやって4日休ませただけで、『ダメ母 』のレッテルを貼ったくせに。一体何を考えているんだろ?

 

今日はふた男の友達が遊びに来ていた。ひさしぶり。夕食はカレーとマカロニサラダを一緒に食べさせ、あとはほったらかし。最近凝っていてたくさん作っている、ゼリーやババロアやムースなんかもすべて食べさせ、自分はまた新しいキャラメルバナナムースなんかを作りながら、ビールを飲みながら、電話を続けていたら、その子は11時ごろ静かに帰って行った。子ども達はこの辺で服を着たまま寝入っていた。

 

ツワモノドモガユメノアト。子ども部屋は足の踏み場も無い状態。

 

母子家庭の我が家に試練は多いのだ。なんでなんだろう? もっと静かに目立たず平穏にひそかに、梅雨の時期、アジサイの葉っぱの裏から時々顔を出しているかたつむりのように、暮らしたいなぁ。

 

2001年1月21日日曜日(晴れ)

 

布団の中から、ひつ次郎が破った障子の向こうに見える外は雪景色。しかも快晴。気のせいか今日はいつもよりちょっと暖かい。

 

「公園の滑り台なんてねえ、まるで魔法のじゅうたんのようだったよ。雪がねこう積もっててね、で、その周りにまあるい房のようなものが出来ていてね… 」「今日の雪はこの前のと違っていて、もう固まっていてなかなか雪だるまにはならないの。氷のようになっちゃって、それを集めて砕かないとならないの 」。

 

午前10時。

 

ようやく起き出し、フレンチトーストと昨日の残りの高菜チャーハンの朝食を済ませ、その説明を聞いたふた男とひつ次郎が、バタバタと競争して着替えている。3人そろってまた公園へ駆け出していく。

 

「うえーーーーーーん、おかあしゃーーーん 」

 

すぐにひつ次郎が泣きながら部屋に駆け込んでくる。手袋はびしょぬれ、靴下もびしょぬれ。

 

「お兄ちゃんがぁぁ、ああした、こうした、びえーーーーーーん 」

雪があれば、まとめて固めて投げたくなるらしい。投げるからには標的があった方が良いらしい。標的には、逃げるおとめ子よりも逃げずに丸くなってしまうひつ次郎の方がなりやすい、らしい。首筋に、雪の塊。

 

12時。

 

肉まんをふかす。6個があっと言う間になくなる。ちなみに朝のフレンチトーストは、食パン4枚、卵4個、牛乳たくさん、メープルシロップもたくさん、バターもたくさん。大人だったら胸焼けしそうな代物なのだが、子どもにはなんともないらしい。

 

2時に約束がひとつあったので出かけたついでにスーパーに寄り、節分の豆まき用の豆と鬼のお面や、なんと賞味期限が23日のために178円が80円引きになったラーメンや、刺身や、牛乳やコーンフレークやその他様々なものを購入。火曜日には生協が来るのでそうそういらないのだが、スーパーに行くと楽しいので買ってしまう。

 

3時に、80円引きのラーメンを作り昼食。それぞれがひとり前をペロリと平らげ、デザートはみかん。ふた男は残ったラーメンのおつゆにごはんを山盛り入れて食べている。

 

7時。

 

お肉がいっぱいだったので、いつも入れるパン粉をいれずに、合びきとたまねぎとにんじんと卵だけで作ったハンバーグは、やわらかすぎてなかなか形がまとまらない。パン粉というのは、かさを増やすために使うのか、と思っていたが、あれは立派な「つなぎ 」としての役目があったらしい。ケチャップとウスターソースを入れて煮込む。

 

それぞれがでっかいのを2個ずつ食べて、しかもふた男はごはんも2度おかわりして、おとめ子はまぐろの刺身を一皿食べて、ふた男とひつ次郎でいちごを1パック平らげる。あっという間。残ったのは、ふた男の皿に1個だけ置いておいたプチトマトだけ。

 

静かだったのは、ちびまるこちゃんとサザエさんがあっている時間だけ。どたどたばたばたを繰り返し、風呂には1時間以上入り、がーがーぴーぴー言っていたくせに。