2000年9月30日土曜日(晴れのち雨)

 ひょっとして、もしかして、もう9月も終わるのでしょうか。あらあら。

 

 どうも月日の過ぎて行くのに、体も心も追いついているような気がしません。

 

 もしかしたら、もうすぐ今年も終わり? つい昨日、ああ、今年もあとカレンダー4枚だ、と思ったのですが、あと3枚になってしまったのでしょうか。やがて秋も深まり冬が来て、またあの寒い寒い日を過ごさなければならないのでしょうか。先週は沖縄にいて、すっかり日焼けをしたのに? ふーん、これも歳をとったということなんでしょうね。

 

 オリンピックももうあと数日を残すばかり。今年のオリンピックはなぜか楽しかった。多分、開催国がオーストラリアで、時差が余りなく、昼間に見ることが出来たからでしょう。4年前はほとんどが真夜中や明け方で、小さい子どもを抱えていては、全く見ることなんて出来なかったし、興味もなかった。

 

 さて、4年後、アテネのオリンピックは、一体何処でどのような気持ちで見ることでしょう。

 

 4年後は、ふた男は中学校3年、おとめ子が中1、ひつ次郎が小学校4年でしょうか。ひつ次郎が現在のふた男とおとめ子の間の学年になっているわけです。

 

 その頃には、その頃ならではの悩みがあるでしょうし、その頃ならではの楽しみもあるのかも知れません。なんだか楽しみです。

 

 その子ども達ですが、夕食のすき焼き(お肉600グラム、しらたき、豆腐1丁、えのき、白菜1/4、葱2束、たまご )と御飯3合を子どもだけで平らげました。昼食にはちゃんと親子丼を作って食べさせたにも関わらず。

 

 うちは一体なんなんだろう、相撲部屋か? と思ってしまいました。

 

 4年後はもっと食べるようになるのでしょうか。ちょっと怖い。

 

 雨が降り出したので急いで洗濯物を入れようと帰宅したら、在宅していたひろは、自転車にはカバーをかけていたものの、洗濯物には我感ぜず。大事だと思うものの基準が違うようです。

 

 さて、カレンダーが新しくなるのは仕方がない。今度のカレンダーは充実した日々が続くように、なんとか頑張って暮らして行きましょう。

 

2000年9月28日木曜日(晴れ)

 秋ですねえ。朝夕はとっても冷えますが、お昼はまさに、天高く皆肥える秋。

 

 先週の日曜日。子ども達のお父さんが上京していたので、昼から子どもは後楽園遊園地へ。

 

 で、何時間かした頃、1本の電話。

「ふた男はそっちにもどってきているのかっ! 」

子どもの父親からです。「ふふーん。またなにかあったな〜 」と思っていたら、今度はおとめ子からの電話。「ねえ、おかあさん。お兄ちゃんが迷子になっちゃって、放送してもらっても待ち合わせ場所に来ないの。お父さんが怒って、もう30分も待っているんだけど来ないから、お兄ちゃんを置いてきてもいいか、って言っているんだけど… 」。

 

 ああ、またか、と思いました。いつもいつも長男とその父親は喧嘩する。離れて暮しているので、子どもの変化に気持ちや行動が追いついて行かないのです。しかし、私に言わせりゃ、ふたりはそっくり。夢中になると他が目に入らないようになるのです。

 

 「きっと聞こえなかったのよ。夢中になるタイプの子どもだからね。もう1度放送してもらいなさい 」。

 

 後で聞いたら、再び館内放送を頼みに行ったその場所で、「あれ、親がいない。そろそろ呼び出すか 」と、同じく放送を頼みに行ったふた男と鉢合わせをしたようです。

 

 一件落着で子ども達は帰って来ましたし、子どもの父親は無事飛行機で飛び立ったようですし、また月曜日からは日常がもどってきています。

 

 月曜日、鼻の頭の皮がむけて、お化粧してもまだらになるし、大変困ったんですが、今日はもうすっかり直っています。ただ、「どこか行ったんですか? 」とは聞かれました。「えっ、なんで? 」と聞くと「えっ、だって真っ黒じゃあないですか 」。

 

 傍から見ても分かるぐらい真っ黒ならしい。あ〜あ、この歳で。

 

 ひつ次郎は現在天然やまんば。目のまわりだけが白い。そして背中がきれいにむけ始めています。

 

 月曜日、いつものようにランチはいつもの維新號でのまんじゅうランチ。まんじゅうはからし菜まん、麺はインゲンとひき肉のいため物が乗っかっているあっさり味。

 

 山のような洗濯物と格闘していた週の始めもようやく終わり、今日はこの秋晴れのもと、土風炉でおでん定食。おでんは、ちくわとだいこんと卵とねりものと、こんにゃく。880円(税抜き )。

 

 今週は夕御飯にも凝って、手巻き寿司、松茸御飯、スパゲッティと頑張って作っています。

 

 ずっとなにかやる気が出ずに、暗い闇のなかにいる気がしていましたが、

今日突然霧が晴れるように、様々なことでがんばろうという気力が沸いてきました。

 きっかけは子どもです。私が毎夜、叱りとばし怒り八つ当たりし、そしてそれで夜中に目がさめて悶々と反省し、深くうなだれ、もう親なんか辞めてしまいたい、とずっとそんなことを繰り返していたのに、いつも明るく「おはよう 」と起きてくる子ども達の姿に、なんだか安心し、感謝し、反省し、そして目がさめました。

 

 私には、愛してくれる人がいる。

 

 これがどれだけ大きな力を持つことか。私は大人で親だけど、子どもにこれほどの愛を与えているのか。

 

 子どもに救われることは多いものです。

 

 でも、情けないですね。もっともっと成長しなければ、と反省もしています。

 

2000年9月24日日曜日(晴れ)

 祝 優勝 ジャイアンツ!

 

2000年9月23日土曜日(雨)

 灼熱の太陽がサンサンと輝く沖縄を後にして、2時間後に羽田に着いたら、雨でした。

 

 急いでサッカーを見たら、PKで負けてしまいました。空港に行く途中のタクシーで、野球が負けたことを知りました。

 

 野球では現在巨人は負けています。まあ、こちらはもう優勝する事がわかっていますので、あまり心配はしませんが、今日の優勝はもうないかも知れません。

 

 で、すべてが終わり、他のチャンネルを見たら、離婚協議中のカップルが出ていました。最近多いですね、このような番組。

 

 コメンティターの皆様、確かに人生経験豊富で、人生長く、いろいろな経験をしていらっしゃるのかもしれません。が、離婚に関しては、どんなものなのでしょう。

 

 慰謝料が当然のようにもらえると信じていらっしゃる。悪いほうが悪くって、一生それを負いつづけるものだと思っているらっしゃる。本当の離婚を知らないままの人々に怒られ続け、励まされ続けてまうと、離婚しようと思っている人は、その現実とのギャップになんだかおかしくなってしまうのではないでしょうか。

 

 やらせでなければ、納得して出演していらっしゃるのでしょう。このような番組がどうしてもなくならないことを考えると、きっと見る人も多いのでしょう。でもね、もうこのようなやり方は辞めて欲しいと感じるのです。離婚は見世物ではないはずです。当人同士がどんなに真摯に自分たちの行く末を考えていても、テレビに出たらこんな風に取り扱われてしまいます。

 

 おかしいなあ。この番組に出られた方が、心に傷を残していなければいいのだけど、とも思います。テレビさんのあり方に少々疑問を感じます。私もテレビには出ていましたし、疑問を感じて途中で止めてしまいましたので(取材されたものではそれには該当しませんが… )、その経験を通してもそう感じます。

 

 昨日の柔道では、まさかの判定に泣く人がいた。

 

 人生なんて全く分からないものです。

 

 私は悩みに悩んで沖縄に青い海と青い空を求めに行ってきました。答えはおのずと出たような気がしています。でも、ひとりではなく、子どもを3人連れて行くと、その子どもひとりひとりに対しての答えも出るわけで、親としてはもちろん大変です。ひとりのときや、結婚して夫が一緒にいるときよりも、百倍疲れます。

 

 久しぶりに、帰りは京浜急行ではなく、モノレールにしました。モノレールでお台場の景色が見え、レインボーブリッジが見え、東京タワーが見えるのが好きです。ああ、帰って来たんだ、としみじみと感じます。最初に上京した時からそう感じます。でも、ここが私のいる場所かどうかはわからない。

 

 雨は振っていましたが、歩けないほどではないし、なんとか歩いて帰って、あとはいつもの日常が待っているだけ。

 

 でも、行ったということは私の中に残るでしょうし、これからも考え続けると思います。

 なんとか、自分の生きる道、というものを見出したい。どうにかしたい。

 こんなものを私は伝えて行きたいのです。決してテレビのように面白おかしくではなく。

 この珍道中のことは何処かに書きますね。どうぞお楽しみに。

 

2000年9月19日火曜日(晴れ)

 ひつ次郎は、保育園の遠足で葛西臨海公園へ。ずっと遠足と言えば雨で、何処にも行ったことがなかったのですが、今日は良い天気。ちゃんと水族館も海も楽しんできたようです。

 

 男子柔道で、たきもとさんが金メダルをとりました。たきもと、というとなんだか懐かしい響きで、ずっと応援していました。

 

 中学のとき、ずっと好きだった男の子が似たような名前だったことを、ふと思い出しました。

 

 その彼は、足が速く、かっこ良く、顔も良かった。高校が違ってしまったので、それっきりになってしまいました。現在、パイロットになっていると思います。

 

 なにかの拍子に、ふと昔のことを思い出すことってありますよね。それは音楽だったり、香りだったり、こうやって名前だったり。

 

 鮮明に浮かび上がる昔の自分。懐かしさ。照れくささ。そこに漂うのは、無邪気だったまだ若い自分。

 

 これから先も、今の私のことを何かの拍子で思い出すことがあると思います。

 

 そのときに、恥ずかしくないように、なんとか「あ、あの頃も頑張っていたよね 」と思えるように、今を過ごして行きたいと思っています。

 でもなあ。

 思い返すと、穴にはいって一生出てきたくなくなるようなことの方が100万倍ぐらい多い。よく生きているよなああって自分をほめたくなるようなことばかり。

 人生ってのは、恥をかき続けることなのかもしれないなあ。

 

 今日、そのたきもとさんの準決勝までをうなぎ屋で夕食を食べながら見ていたのですが、そこで同席しておられた40代ぐらいのサラリーマンらしき皆様。

 

 なにかの拍子でたきもとさんが目を押さえ、痛そうにしておられたので

「あれで、痛そうにしている手をはずしてみたら、目が飛び出ていて『きたろう! 』なんて言ったら面白いよね 」

 

 といったら、とても受けて笑っておられました。私はとても恥ずかしく、誰とも目を合わせることなくその場を出てきたのですが、今となってはそんな出会いもとっても良いものだなあ、と思います。突然愛国心が芽生えるオリンピック観戦での一こま。幸せな方だと、このような出来事でもなにかハプニングがあるのかもしれませんね。

 

2000年9月17日日曜日(雨のち曇り)

 忙しい、忙しい。

 

 水泳に柔道に野球にサッカー。あれもこれも、声もこぶしも振り上げて観戦しております。もちろんテレビでですが。

 

 私は自分自身なにもスポーツをしません。履歴書のスポーツ欄には「なわとび 」と書きます。が、観戦は好きなんですね。1番好きなのは正月の箱根駅伝。次に好きなのはマラソンです。

 

 「ただ走っているのを見るのが、なんでそんなに楽しいの? 」とよく言われますが、これはただ走っているだけではないのです。

 

 駅伝にしても、マラソンにしても、そこにドラマがあるんですよね。だから例えば24時間テレビのようなひとりで走っておられるものはあまり好んで見ません。

 

 野球も好きなのですが、これは巨人が勝っているときしか見ませんし、サッカーはルールが分かっていないので、得点が入って勝ち始めてからじっくり見ます。

 

 水泳も好きです。これもマラソンに通じるドラマがあります。今年はオーストラリアのとっても速いかっこいい選手が話題になっていますよね。昨日のリレーなんてまさにドラマではないですか。

 

 これから体操も本格的に始まります。これにも様々なドラマがある。

 

 スポーツはドラマなんですね。

 

 オリンピックの合間に、ビデオでのSMAPコンサートうちわ振りの練習も続きます。子ども達はすっかり覚えてしまい、3人でSMAPコンサートごっこをしております。

 

 その合間に掃除や洗濯をし、休みの間は3食作っておりました。しかし、何を作ったのかあまり覚えていない。

 

 とっても忙しい、でも実際はソファにごろんと転がっているだけのここ数日でした。

 外は雨だったんですって? あんまり知らないんだなあ。

 

2000年9月15日金曜日(晴れ)

 オリンピックが始まりました。

 

 私は小さい頃からあの開会式での入場行進を見るのが大好きです

 

 いろんな国があって、いろんな人々がいる。国旗や服装も違いますが、肌の色、髪の色、足の長さや雰囲気もまるで違う。国によって人数が違う。テレビでの取り扱い時間も違う。

 

 固そうな服装をしている国の人々は、にっこりともしないし、明るい色に身を包んだ人々はにぎやかで朗らかだ。

 

 4年前まではなかった国があるし、独立したり、統合されたり、名前が変わっていたり。

 

 今年は北朝鮮と韓国が手をつないで入場した。

 

 この地球は何万年も変わらないようでいて、実は変わらない時は1秒だってないぐらい変わりつづけている。

 

 私達は変化を好みませんが、本当は変わっていってもいいのではないのかな。平家物語や、徒然草で言われている「無常 」こそが、この世の中の本当の姿なのではないのかな。変化していてそして、皆違う。

 

 私は他の人と違っていて良いんだし、自分自身変わりつづけてもいいんだ。そして、人と人とは例え喧嘩しても、気持ちが離れても、すれ違いや反目があったとしても、年月が経てばいつかまた分かり合えるときがきっとくるのではないかな、そう思わせてくれるあの入場行進が本当に好きです。

 

 今日はおとめ子の体操教室発表会だったのですが、当人の先生の姿がありません。どうしたのかな、と思っていたら、先生のだんな様が体操でオリンピックに出場されるので、シドニーへ行っておられるそうです。

 

 自分とは全く関係ない、テレビの向こうの世界だと思っていたオリンピックですが、案外身近なものなのかもしれません。

 

 4年に1度のオリンピック。4年前の私は一体なにをしていたのでしょうか。今では思い出せません。はるか昔のような気がする。だって、現在5才のひつ次郎が4年前はまだ1才ですもの。ふた男だって、まだ1年生、おとめ子が年中組。

 4年後の私は何処にいて何をしているのでしょう。楽しみです。

 

2000年9月14日木曜日(曇り)

 おめでとう、祝、サッカー1勝。

 

 ひつ次郎は、大きくなったらキムタクになるなんて言っていましたが、親としては中田にもなって欲しいなあ。

 

 巨人も快調に勝ち進んでいますが、松井や清原や高橋にもなって欲しいなあ。

 

 できることならば、隊長(修平はこう言います )長島監督のようになって欲しいなあ。

 

 昨日ふた男は無事移動教室から帰ってまいりました。疲れていたんでしょうけど、ちゃんと塾にも出かけて行きました。どういうわけか勉強は嫌いだけど、塾は好きです。

 

 男に飢えている彼としては、塾のフレッシュな男の先生が大好きなんでしょう。若いし、優しい中にも厳しさがあるし、励ましてくれるし、同じ感性だし。

 

 「あんた、だれかかわいい子でもいて、好きな子でも出来たのとちがう? 」とずいぶん聞いてみましたが、そうでもない様子。やっぱり男には男の世界も必要なのかも知れません。ありがたや、塾の先生方。

 

 望むは、ジャニーズにでも入って、男の世界を満喫すれば良いのに。ちょいと太りすぎ。

 

 今日もいつものようにお仕事。ランチはラージマハールにてカレー。

 

2000年9月12日火曜日(雨)

 名古屋、及びその周辺の皆様。大雨洪水お見舞い申し上げます。きっととてもものすごく大変なんでしょうね。

 

 または、三宅島ならびにその周辺の方々。ここも大変なんでしょうね。

 

 そんな大変さに比べれば、我が家のことなんて、なーんて事ないような気がします。自分がいて、相手がいて、それで招いた離婚より、天から降って沸いた天災の方がどれだけ大変なことか。

 

 生きているかぎり、この先なにがあって、今後どうなるかなんて事はわからないものですよね。

 

 さて、昨日の月曜日。ランチはいつものようにいつもの中華で五目焼き蕎麦。仕事もいつもの如し。ふた男は移動教室で水曜日までいません。子ども2人と私の生活。なんて平和。

 

 今日から我が家のBGMはキンキのSingle Selection。見るのはSMAPの去年のファイナルコンサートビデオ。このビデオは、去年私達が横浜まで観に行っていたコンサートの収録で、ひつ次郎もおとめ子もちゃんと覚えていた様子。「あ、ここに私達もいたんだ。この夕暮れや、この時間を共有し、同じ体験をしたんだ 」と思いながら観るビデオはまた格別です。

 

 そろそろ11月のコンサートに備えようかと思いまして、振り付けの練習を行っています。へいへいへいへい、とかほいほいほいほいなどと。

 

 しかしやはり迫力があるのでしょう。ひつ次郎は「おかあちゃん、おれ大きくなたらキムタクになる 」と申します。カッコ良いんですって。

 

 ふた男をジャニーズにいれるべく育てたのに、なぜか太ってしまい、望むべくもない。そうしたらちゃんとひつ次郎が母の望みをかなえると言うではないですか。

 

 「おまえ、太るんじゃあないよ 」とついつい言っちゃいましたもの。私。

 

 「おかあちゃん、ぼく、太っちゃうかも知れないね 」寝る間際にひつ次郎が心配そうに言います。

 

 5才にして訳のわからんプレッシャーをかけられたひつ次郎。ミーハー家族の夜は、こうやってふけて行くのでした。

 

2000年9月9日土曜日(晴れ)

 すっかり秋になってしまいましたねえ、なんて道ですれ違う人々と挨拶を交わしたのは、そう前の事ではなかったようなきがしますが、今日はまた「暑いですねえ 」とあちこちで言い合っていました。本当に暑い1日でした。おかげで洗濯物はよく乾きます。

 

 今日明日はこの当たり一体祭り一色です。

 

 子供達はあちこちに御輿をかつぎにかりだされていました。

 

 祭り関係すべてに血が騒ぎ張りきるのはふた男です。今日も午前中塾のテストがあり「おれ、今日は行かないよ、明日にする 」と言っていたのに、お囃子が聞こえてくるとちょっとそわそわ。しかも、御輿や山車の出発及びゴールはうちのまん前です。隣りの公園が本部となっています。

 

 「ふた男くーんー 」と声がかかると「しかたねえなあ 」と言いながらも「かあちゃん、タオルとって 」。にこにこと出かけて行き、御輿の1番前で誰よりも大きな声で「わっしょい! 」と声を張り上げていました。

 

 おとめ子は友達に誘われて、よその町会の御輿を夜まで担いでいたようです。すっかりおめかしさせてもらいご満悦。「皆に『似合うね 』『かわいいね 』と言われたよ 」とご機嫌で帰ってきました。確かに祭りスタイルが似合うし、とってもかわいい。

 

 ひつ次郎だけは「今日は家にいようね 」と言い聞かせまるめこみ、この炎天下山車について3時間もあちこち回ることを逃れることが出来ました。本来ならばダイエットの為にも行かなければならないのですが、しょっちゅう休憩があり、その度にジュースだ、コーラだ、かき氷だ、ラムネだ、と飲み食いするので、行かないほうがいいのです。

 

 はっと気がつくと9月ももう9日。早いものです。

 

 おまけによーく考えてみると、これからとても行事が多い。11日からふた男が移動教室。15日はおとめ子の体操教室発表会、19日はひつ次郎の遠足、21日〜23日は沖縄へ出かける予定です。

 

 10月はひつ次郎の運動会、親子遠足、バザー、学校は発表会。

 

 その間に保育園の役員ともちろん学校の役員と、授業参観に保護者会。

 

 もちろん仕事もあります。夏の間でお金を使い果たし、切羽詰った状況でもあります。でもここで心機一転、自分や自分の仕事や子どもや、他の様々なことを見つめなおし、自分について考え直すには、私の場合どうしても青い海と青い空が必要なのです。だから沖縄。宮古島や石垣島はもう予約がいっぱいで取れませんでした。最後の出費は自分への投資です。いやあ、おとめ子とふた男が、自分たちの貯金を使ってもいいよ、と言うのも大きいのですが。

 

 南の島へ引越してゆっくり暮したいなあ、と思ってはいるものの、子供が3人いることでの忙しさは何処にいてもあまり変わりそうもありません。

 

 こうやって歳をとっていくんだな、とつくづく感じてしまいます。

 

 現在AERAで「子育ては損か特か 」という連載があっていますが、どうなんでしょうね。子育てを損得で考えたことはありませんでした。こうやって毎日毎日をなんとかこなしているのが我が家の生活だと思っています。でもね、疲れることはあるのですよ。

 

 しかし、その疲れは、体力の衰えであることが今日から始めたダイエット体操をやってみて分かりました。まあ、体がなまってしまったこと。がちがち、ぎしぎしいっています。

 

 ちゃんとした気力は、ちゃんとした体力の上に成り立っているのですね。

 これからちょいと外に出て、なわとびを頑張ります。

 

2000年9月6日木曜日(雨ときどき曇り)

 最近パソコンの調子がとても悪く、文字を書いていると固まってしまいます。保存をしていないときに固まってしまい、涙を飲んだことも数知れず。仕事になりません。このHPの文章もどれだけ固まってしまったか。この今書いているのも2度目です。そろそろ寿命かなあ。

 

 さて、食べ物話で盛りあがっていましたが、そろそろいつもの話題です。そう、ダイエット。

 

 夏に増えたものと、これまでに蓄積してきたものを、ここらで一気になくしてしまいたい。

 

 で、昨日は思い残すことなくダイエットに励めるように、食べ納め飲み納めをいたしました。本当はこれが1番いけないのかもしれないのですが。

 

 ランチはシビックセンター25階にある椿山荘レストランにて、1時半から4時までやっている90分勝負ティタイムバイキング。たこのガーリック風味バジルも入っているスパゲッティやえびのピラフ、うどん、スープ、カレー、などの軽食もたくさんあれば、ケーキが4種類ぐらいと、トッピング自由のクレープ、すいかやメロンパイナップルにみかんなどのフルーツ、そして珈琲や紅茶が飲み放題食べ放題で、ひとり1000円札1枚から3円のおつりが来ます。味もなかなか、景色も抜群。

 

 そして、夕食は友達のイタリアンレストランでたらことミートソーススパゲッティとピザと、キノコとベーコンのドリア。ビールは生。

 

 帰宅後巨人戦を見ながら秋味。

 

 これでもう思い残すことはありません。ただし、今日はおとめ子の順天堂行きがあったので、そこの山の上ホテルにて五目やきそばを食べてしまったことは、正直に言いましょう。ただし、おとめ子にずいぶん手伝ってもらいましたが。

 

 最近、ネットでのコミュニケーションって難しいなあと感じています。

 

 これまで顔と顔をつき合わせて、相手の表情やそぶりや視線のようなものも含めてコミュニケーションをしていたものが、やがて、電話になり、そして、書き言葉になった。

 

 書き言葉で気持ちやその他様々なニュアンスを伝えることは、その昔源氏物語の時代などには行われてきたことです。気持ちを短歌にたくし、その言葉に加えて、包み方、包む紙、持って行く時間などで、言葉の裏側にあるものまで分からせようとする心憎さ。そんな文化を私達の祖先は持っていました。

 

 でもね、今、学校教育でも、家庭でも気持ちを伝えるのはほとんどが話し言葉です。書くことなんてこれまでの生活においてはあまりなかったこと。

 

 それなのに、こう急速に書き言葉でのコミュニケーションが広まると、なんだか心が伝わらないような気がするのです。言葉尻だけをとらえての攻撃、書き方の批判、しつこい追及。

 

 そして、なかなか伝わらない。伝わったとしても言葉上のことだけ。

 

 返事がないと「誠意がない 」、冗談には「そんなばかもいる」そんなことを平気で書いてくるある知り合いにずいぶん傷つきました。昔からだったんですが。

 

 だからどこのサークルでも、オフ会が盛んに行われているんだな。人と人との大事なコミュニケーションということを最近考えています。

 

 基本的には、私は相手とはちゃんと会って、顔や声や表情や手のくせや息遣いまで含めて話しをしたい。本当に大事なことは手紙として自筆で書きたい。出きれば出向いて会って渡したい。

 私って古いのでしょうか。

 

2000年9月5日火曜日(雨)

 秋が来た、と感じた途端、今まで普通にあった食べ物にさえ「おおっ、美味しそう 」と感じてしまいます。

 

 これまでもキノコは何処にでもありました。でも、秋のキノコは特別なものに感じられます。

 

 これまでも、すいかだ、ぶどうだ、メロンだ、ももだと、くだものなんてスーパーに行けば何でもあります。しかし、ぶどうやなしやももやりんご、そして柿に、新鮮かつ、旬を感じてしまうのは私だけではないと思います。

 

 魚だってそう。大体、今の私達って、魚の旬なんてものにあまり関心がない。でも秋刀魚を見たら「ああ、秋が来たんだなあ 」とどうしても感じてしまうのは、春先にかつおを見て「ああ、もうかつおの季節になったんだなあ 」と思いかつおのたたきの半身を買って以来のことでしょう。

 

 アジやいわしや鯛やたこに旬や季節は感じないものです。

 

 そして、その魅力にどうしても勝てないものが「新米 」。どうしても無理をしても買ってしまうんですよね。

 

 もう1つ、私がこの時期にこだわるものがあります。

 

 それは「