日々のこと(2005年4月)

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2005年4月30日 土曜日(晴れ )

いつの頃からか、

子どもに対して、あれこれ手をかけて心配をするよりも、がんばれーーと気持ちで応援することが多くなりました。

親の出る幕がある場面なんて、本当に短いのだなってしみじみと感じます。子育てなんてあっという間よ、と、多くの人に言われてきましたが、本当にその通り。

いつの頃からか、育てたようには育たずに、勝手に育つようになりました。

でもなあ。

立派な家の玄関の松なんて、植木屋さんが育てたように育っているし、近所の見事なバラだって、ちゃんとアーチの形に見事な花を咲かせます。反省するお猿さんだって、いるかだって、おっとせいだって、熊だって、犬だって、ゾウさえも・・・ちゃんと芸をするように育っている。しつけも教育もなされている。

が、うちのは・・・ 全く。。。

ってことは、、、なんだ。やっぱり、育ててないってことか。

 

反抗期入り口、生意気度が日ごとに増してきているおとめ子に、あんたさあ、最近、去り際振り返り際の捨てせりふが多いねえ、って言ったところ、

じゃさ、ボーット・クウネル・ダースって名前を変えればいいじゃないの。捨て台詞なんとかとかさっ!!

と怒ります。嫌だねえ、思春期は。なんでもかんでも、すぐに怒る。。

で、ボーットさんの別名が決まりました。

振り返り捨てセリフのおとめ子。

 

その捨てセリフおとめ子とひつ次郎を引き連れて、映画「シャークテイル 」を観た後に、ふと思い立って川越に行って参りました。お蔵が並ぶ商店街を散歩して、市の博物館を見て、隣の美術館も見てまいりました。川越城ってのも見たかったのですが、足が棒に成り果てて、そこまで行くことを拒否します。

川越市の博物館、なんと、入場料が200円。小中学生は、ただ!!! なのに、とっても見やすい陳列で、結構楽しめます。ひつ次郎は太田道灌についてのビデオを、おとめ子は縄文時代や弥生時代の遺跡やつぼや生活を十分面白がっておりました。美術館でもちょうどピカソが観れる特別展示をやっておりまして、それがなんと500円。入場料も含めても、700円!

博物館とセットにすれば、両方で800円!!!! 

東京には何が来ても1400円がかかることを考えれば。。これはお勧めだと思います。そういえば長野の川中島でぶらっと入った博物館も、安いけれども展示は充実していて、とっても良かったです。

お蔵の並びをぶらぶら歩きながら、おとめ子が

「ねえねえ、観光客がたくさんいる場所にいると、なんだか遠くを旅行している気分になれるものだね 」

と言います。楽しいねえ、と。

「これが小樽の運河沿いであっても、京都の三年坂であったとしても、松江城のお堀の回りだったとしても、気分的には同じだねえ 」

確かに、それぞれ、、、似ている、、、かも。。

「せっかくのGW、ずっと家にいたらなんかどこかに行きたいって思いもするけど、別に混んでいるところに高いお金を出していかなくても、ここで十分『観光したーーー 』って気分にはなれるねえ 」

「これから温泉に行って美味しいもの食べてのんびりするか、家に帰るかの違いだけだねえ 」

結構年老いた気持ちの持ち主です、おとめ子。。

ひつ次郎は、電車ではずっと1両目に乗って、速度メーターとにらめっこしておりました。

「かあちゃん、今、これでも80キロだ。80キロなのにこんなに速く感じるってことは、100キロってのはとてつもないスピードなんだね 」

実感しておくことも大事なことなんでしょうね。

明日は少々仕事があります。ので、どこかに行くってことはできないかもしれないけど。残りの3連休のうちの1日は完全に仕事でつぶれますが。

まだまだ、他にもいろんなところに行きたいなあ。電車日帰りで。

なにせ、

ほら。

免許がないもんで。

免許失効期限まで、、、あと、、、

8日。。   ぐらい。。

 

2005年4月28日 木曜日(晴れ )

暑い暑い中、「コーラス」を観てまいりました。

すごくよかったです。

連休中に、子どもをつれてもう一度行きたいと思っています。

連休中前半、長男は部活の合宿でいないので、下ふたりをつれて、ぶらぶらしております。海と山に行きたいなあ。

あと、シャークテイルにも行きます。

 

2005年4月26日 火曜日(曇りのち雨のち晴れ )

電車の事故。大変なことになっていますね。亡くなった方、お若い方がとても多く、残された方の心の痛みはいかほどかと思われます。

いつどこでどんなことがあるか分からない世の中。

備えあれば憂いなし、なのか、どこでどんなことがあっても驚かない覚悟を持って生きるのがいいのか。

離婚なんてものも、ある意味、突然襲い掛かってくる災難に違いはなく。備えも覚悟も持ちようがありません。

それでも本人同士はまだまだ少しは見に覚えのあることで後に納得もできるでしょうが、子どもにとっては、なかなかそうそう簡単には片付けられないことなんでしょうね。

 

 最近、体が運動を欲しているのだけど、精神がそれを嫌がります。体は水を欲しがっているのだけど、精神はビールを欲しがります。どうも、、体と心がちぐはぐで、安定してない状態。なんなんだろう。精神ばかりが疲れているのかなあ。

 心・技・体・脳の調和って本当に大事だなあって感じます。子どもを見ているととくにそう思います。どんなに頭ばかりが発達していても、筋肉や心が伴わないと、ある意味とってもアンバランスでおかしくなっちゃう。体ばかりがやけに発達しても、脳が未熟だと、社会的に適応できないだろうし。

 自然と共に生きることで肉体や精神は鍛えられるのだろうなあ。それにしても周りに自然がない。もちろん、この場合の自然には自分以外の人間や動物も含まれるのだけど。周りにたくさんの人がいるようで、実はお互い関わりを持って接することがない。もちろん、山や川や森などの自然なんてどこにもない。

 自分自身が田舎育ちのためか、時々むしょうに大自然の中にわが身を置きたくなります。昔は車でしゃーーっとドライブすればどこにでも自然なんてあったのに。

 

 今はなあ。

自然はあるのだろうけど、免許がない。

 

まだまだ免許証が失効中で。ああ、あと13日。。。

 住民票は取ったし、写真は後ほどとるとして。

そうそう、失効中の免許証じゃ、身分証明にもならないのです。先日、免許証が失効しているから、それに必要な住民票を取りに行ったのに、住民票を取るのに、身分証明の免許証を出せだなんて言われて。失効しているものならありますが、って言ったけど、失効中のものはだめですって言われました。

 幸い、銀行や郵便局周りをしたあとだったので、通帳がごそごそあって助かりましたが。これも1冊じゃだめのようです。5〜 6冊見せたら、2冊でいいって言われました。

 写真を1枚とったら、残るはダイエットのみだわ。この顔で免許証の写真が残るのってちょっと嫌だしぃぃぃ、って、そんなことを言っている場合じゃないのだけど。

 それにしても。

 3年前の免許証失効の時、3ヶ月前と現在とで別人のようになった私に驚いたものでした。10キロ太って早3年。そろそろお肉も定着して、落ちにくくなっているかもしれません。

 いよいよやばいよ、運動だよ、水だよって、体がちゃんと教えてくれているのかも。

 

免許証失効は私にとって、ちょっと真面目に体のことも考えたほうがいいのかも、って、神様が教えてくれているのかもしれません。

 

なーーんてね。

 

とこで。

今回本籍付きの住民票を取ってみて、自分の本籍にびっくりしました。へーーー、私の本籍ったら、こんなところにあったのかあ、と。

離婚したときに、たまたまそこに住んでいたところを本籍にしていたようです。今は全く関係のないところのため、番地などをもう覚えていないのです。子どもたちの本籍もそこになっているので、将来彼らが戸籍を取るとき面倒だろうなあ。

ま、こうやって本籍付きの住民票を取れば、本籍なんてすぐに分かるのだけど。それから戸籍を取り寄せれば、ま、問題はないと思われ。。あ。そういえば、弁護士事務所で働いていた頃、こうやって戸籍を取り寄せていたなあ。1枚の戸籍にはその人の全人生があり、生きてきたドラマがあり、喜びも悲哀も、いろんなものがありました。

でもなあ。面倒と言えば面倒だし。子どものためにも、そろそろ本籍も変えようかなあ、と、ふと思いました。

3年に一度、免許証の失効をしてみるのも、いろんな発見があってよろしいものかもしれません。

 

2005年4月23日 土曜日(晴れ )

私たちは自分の目よりも耳を信用します。現実を直視するのではなく、立場や理由の説明ばかりを求めます。自分で信じたいと思っている理由を聞くと、心の奥底では、そんなことはありえないって知りつつも、その理由を受け入れてしまいます。現実を直視してください。自分の将来の舵は自分でとるのです。」

と、ある占いに書かれていました。

なーるほど。

 子どもってのは確かに自分から生まれ出てきたのに、自分とは全く違うものである。という現実をどう受け入れるか。が、重要な課題のひとつなんだろうなあ、と思う今日この頃。お互いの価値観を認め受け入れて、その違いを楽しめれば、離婚なんてしなくていいのですよね、ってある取材で答えたことがあったけれど、それってとてつもなく難しいことなのかもしれません。

 全く違うのが巣立っていくまでの手伝いをするのが親って役目なのかなあ。

 むなしくもあり、楽しくもあり。。。

 

 今日、離婚の会第2回目をやりました。

 占い部屋から出てこられる方々の顔が皆輝いているのを、とても不思議な気持ちで見ておりました。1年前にお会いした方も、前回来られた方も、今回はもっと若く美しくなっておられました。今まで、夫や子どもや周囲のことばかりを考えていた方が、久しぶりに自分に向き合い自分を見つめ顔を上げて前を見据えたとき。ああ、女ってのは美しくなるんだなあ、と、いつも感心します。女性ってのは、ずっと、周りを照らす太陽だったのですね。

 それにしても。魅惑的に輝く月に照らされながらも、ずっと7人もの占いをし続けた魔女ジュンコさんは、きっと只者ではないと改めて思いました。エネルギーを与えながら受け取るそうな。人と人との理想的な関係って、そうでありたいものですね。

 今回ご要望が多くあったので、次回は飲み会にしようかなあ、って思っています。5月28日、夜6時ぐらいから。場所は新宿にて。

 本当に元気になれる魔法のオフ。どうぞお気軽にご参加くださいませ。

 

2005年4月20日 水曜日(雨 )

パソコン部屋で仕事する際、朝のメールチェックから仕事に突入してしまうと、ついつい隣の部屋のテレビをつけっぱなしにしていることがよくあります。

朝のニュースを見るためにチャンネルはNHKになっていることが多いです。それがそのままつけっぱなしだと、10時ぐらいになって「みんなのうた 」の時間が始まります。

この「みんなのうた 」の歌が、案外いいのです。

何ヶ月かで変わっているようですが、毎回どこか心に残る曲だと思います。ただし、隣から聞こえてくるのを聞いているだけなので、曲名も誰が歌っておられるのかもわかりません。

最近、退化し続ける子どもたちの頭の活性をねらって、子ども用の英語教材のビデオや歴史や地理のDVD、英語のマザーグースの歌や、地理や理科のCDをかけ流しています。恐竜に大学の講義を聞かせるぐらいの効果しかないかもしれないけど、ま、やらないよりかましか、、、と。自分用に講演のCDやカセットを流すこともあります。

で、隣の部屋のテレビの音もBGM代わりに聞いていることが多いのですが、この「みんなのうた 」が始まると、ふと、、毎回聴き入ってしまいます。覚えて一緒に歌うってよりも、へーーーって感じるというか。。ふーーんって思うといいますか。

その時歴史が動いた、とか、プロジェクトXとか、NHKの番組って音楽がとってもいいなって思います。きちんと仕事がなされているなあと。小学校から大学までずっと放送部にいましたので、音響には少々うるさい私。音が加わるだけで伝わり方が違ってくることってありますよね。

そういえば、ちょっと前に、生命保険のコマーシャルで、小田さんの曲に合わせて秋雪君のさまざまな写真が流れるものがありました。何度見ても、思い出すだけで涙が止まらなかったものですが、後に本を買って読んだときには、コマーシャルを見たときほどの涙は出ませんでした。

あれも、音楽と映像とが合わさって、ひとつずつの時よりなお強く激しく人の心をゆさぶったものなんだと思います。

 

人の感情の中で一番最初に出てくるものって何でしょう。

赤ん坊が生まれてすぐにあらわす感情。。。泣くこと。。泣くことで何かを伝えること。人が自分を表現し他に伝えることは、人としての本能なのかもしれません。

表現する、伝える。

でも、伝えるってもどかしいです。

言葉で伝わらないものってたくさんあります。

だから、音楽があり、絵があり、写真があり、演劇があり、ダンスがあり、

その他さまざまな文化があるのかもしれません。

 

言葉だけで伝えること。たとえば、争いことは言葉で決着をつけねばなりません。裁判は言葉ですよね。弁護士さんは文章で言葉のやりとりで真相を明らかにする。土地の取り合いの争いであっても、賠償問題であっても、夫婦間の子どもの親権をめぐる争いであっても、すべて言葉で行われます。法律だって言葉だし。

でもなあ。夫婦間のあの微妙な問題を言葉で表現するなんてこと。。できっこありませんよね。

 

 昔、南極で仕事をする夫に向けて妻が出した手紙は、たった3文字。

 「あ な た 」

だったそうです。

 

 こんなに言葉が少なくても万人に伝わるものがあり涙することもあれば、どんなに長年連れ添った夫婦でも、どんなに言葉を連ねても伝わらず悔しい思いをすることもある。

 知識が多いことを教養があるって言うのではないそうです。人の気持ちが分かり、人と気持ちを共有できることを教養があると言う。そう言っておられる馬鹿の壁の養老猛さんは、少子化の原因を、社会の都会化だとおっしゃっています。都会には、子どもの居場所がない。子どもというのは自然そのものである。都会化した社会では、自然そのものの子どもを受け入れることができないのだと。だから子どもが減るのは当然なんだと。

 それもそうだなあ、って感じます。

 柔道のやわらちゃんは「心・技・体・脳 」のバランスが大事なんだとおっしゃっていました。どこだけが優れていても、バランスを欠いてしまっては金メダルなどは取れないそうです。バランスって本当に大事。でもバランスをとり続けることがいかに難しいか。

 なんかなあ、最近の都会の人たちって頭でっかちになっているように感じます。そこで育つ子どもはなおさらのことでしょう。

 大事なものってなんなんだろうなあ。。。。。。

 

 と、

「みんなのうた 」を聞きながら、つらつらと、毎度、こんなことを考えております。

 

2005年4月17日 日曜日(晴れ )

土曜日。

神田きくかわにてうなぎを食してまいりました。

のれんの向こう側からひょいと池波正太郎さんが出てきそうな、おそらくずっと昔の面影をそのまま残している建物の1階。注文してしばらくして出てきたのは、分厚いふわふわのうなぎが、やや薄めの茶色にこんがりあっさりと焼かれて、さっとたれをまとい、びっしりと重なり合い、ひしめき合って、湯気を立てながら乗っかっている、あつあつの漆のどんぶり。

お盆のうるしもおわんのうるしも、ひとところも曇りなく、どこもかしこもぴっかぴかです。ぴっかぴかに盛られたてんこ盛りずっしりぎっしりどっさりぐさぐさのうなぎなのに、お店の雰囲気や店員さんの気取らぬ腰の低い職人気質そのものの姿からか、いやな高級感や人を小ばかにしたようなとっつきにくさは全くない。そうそう、普段遠くてあまり行かないおばあちゃんちで、お盆や正月に少しだけ背伸びしてお呼ばれしているような気分。

ご飯とうなぎを同時に食べようと、箸を直角に入れて、下の方まで掘るものの、掘っていくらかを掬い取ったところで、そこにはすぐにうなぎが雪崩を起こして落ちてくる。いつも買ってくる安いうなぎは皮がまるでゴムのようにびよーんと噛み切れないものだけど、ここのうなぎは、皮も身もどこもかしこも、ほっこりとやわらかい。どんぶりなので、ご飯もあつあつ。ご飯とたれとうなぎを口に運び、肝吸いを合間にすすると、もう、笑しか出てきませんねえ。

人って美味しいものを食べるとどうして笑っちゃうんだろう。。

このうなぎ、食べても食べても減らない。

この私、一生の不覚。せっかくのうなぎなのに、最後の一口がどうしてもどうやっても口に入らず、無念なことに残してしまいました。

ここんとこ、秋口からの財政難と出かけることの面倒くささとで、食べたいものは何でも作ってしまえと、せっせとおうちでご飯を心がけておりました。ま、おうちでご飯はお袋の味なんて重宝されることもありますが、いかんせん、美味しいものが食べられません。

うなぎ、寿司、蕎麦、てんぷら。

私の食の師匠の池波正太郎さんは、これらのものは家庭では食べられないものだと書いておられます。これらは外でお金を出して食べるものだと。

もちろん、出来合いのものを買ってくればうなぎでも寿司でも家で食べられるのでしょうが、うなぎ屋のうなぎとスーパーのうなぎは明らかに別のものです。職人さんが店ののれんを守り伝統を守って秘伝の味のままに作った食は、まさに文化なんですね。

文化に触れるのだから、体調を整えて心待ちにして準備をして出かけていくのも、それにお金を払うのも、マナーを守るのも、当たり前のことなんだ。

映画だって、お芝居だって、美術館だって、すべてそこまで出向いてお金を払ってマナーを守って見るのと同じように。

最新なものばかりが文化じゃない。

発展するものばかりが文化じゃない。

横文字を取り入れることばかりが文化じゃない。

昔から変わらないものをずっと守り続けるものも、大事な文化なんだと思います。

安い早い多い、って食の文化もある意味当たり前の時代の流れなのかもしれません。でも、一方で、日本の受け継がれてきた老舗の味ってのも、私たちが守っていかなくてはならないものなんでしょうね。

高いけど、でも、それだけの価値はある。

 

もう少し頑張ってなあ、ちゃんとした日本の食の文化を、子どもたちに、ま、一度ぐらいは体験させねばなりませんなあ。ちゃんと伝えねば。。

 

しかし。。

 

 うなぎ、寿司、てんぷら・・・

 

 カロリー高いなあ。それに、また太るかなあ。何より、、、高いなあ。

 

食文化の子どもへの伝承は、蕎麦にかぎるかなあ。

 

2005年4月15日 金曜日(晴れ )

風呂上りに綿棒を使っていたら。ひつ次郎がやってきて

 

鬼に綿棒! 

 

 

気持ちよさげに、おとめ子が歌う歌。

 

「とおーーーきしーーーーまよーーーーーーりぃぃ

なーーーーーーーがれくーーーーーーーーーーるや

 

しいの実ひーーーーーーとーーーーーーーつーーーーーーーー 」

 

 

 

 

 

長男は。。。

俺さあ、保健の宿題でさ、自分の未来を考えるってのの資料としてさ、親が30歳の頃の話を聞いてくるってのがあるんだけど。

 

「そりゃ無理です。私はまだ28歳! 」

 

2005年4月13日 水曜日(雨 )

ずっと雨続き。

しばらく半そでだったのに、再び冬服の登場。

エアコンは、冷房になったり、暖房になったり、大忙し。

三寒四温って、今の時期のことを言うのでしたっけ。。

 

長男は高校の過程になって、私服となりました。

新しい選択科目も増え、毎日いろんな刺激があって、実に楽しそうです。

新しい先生との出会いも新鮮なようで。毎日興奮して、こんなことがあった、あんな話をした、そんなことも聞いたと聞かせてくれます。まこと、学校とはありがたきところなり。出会いもあり、刺激もあり、学ぶこともできるなんて。ああ、学生の頃、もっと真面目に生きていればよかったなあ。

それぞれが1つずつ学年を挙げた春。

気持ちも新たに、それぞれの生活を頑張っているようです。

 

そうだねえ、私も頑張んないとなあ。

 

2005年4月11日 月曜日(雨 )

春ですね。

 そして

もうすぐ夏が来る。

 

 夏=薄着=半そで=二の腕むき出し=

ああ、ダイエットの季節。

 

だから、ちっとだけいろいろやっていたら。。。

 

 

 

ぎっくり腰になってしまいました。

私のぎっくり腰は、ぎくってやつじゃなくて、じわじわってくるやつ。中学校で働いていた頃も何度かそうなったことがあり、教頭先生に病院まで担いでいってもらったこともありました。他の先生に自宅まで送ってもらったことも。数年前まではよくやっていたのに、そういえばここ数年ご無沙汰だったなあ。

 

太りすぎなのね。運動不足なんだけど、急に運動なんかするなってことね。

 

でもな。だからやせなきゃならないのに。運動なんてするな、、なんて。

一体どうしろっちゅーのだろうか。

 

おまけに低気圧が次々とやってきて、頭痛が起こる。

 

腰も痛い、頭も痛い、腰が痛いので腹も痛い。

 

痛いので、夕食なんて作りたくない。夕食は、雨の中、長男が弁当を買いに行った。今日から学校のふた男はなんぞ学校でいいことでもあったのか、どうもご機嫌がいい。

ハンバーグと焼き肉弁当を大事に抱え込んでいるくせに、目は隣のひつ次郎のエビフライをちらちら見て、手は大皿に盛ったから揚げと餃子に伸びているおとめ子が

「お母さん、痛いってことはね、生きているってことなのよ、よかったね。生きているって実感できて 」

と言う。

こいつ、帰るなり、大きな茶碗にご飯を盛ってお茶漬けにしてすすりこんでいたし、その後魚の干物を焼いたやつを台所でつまんでいたくせに。その後チョコレートをぽりぽりし、ハイチューをいくつか食べていたのを私は見ていた。

今は40キロもない、ファミレスにいくと必ずお子様メニューが出てくるような体をしているが、ひひひひひ、遺伝子の問題で、必ずやいつか私と同じ道をたどるだろうことは間違いない。

あまりにも痛いので早々と布団に入って寝ていたら、子どもらもそれぞれぐっすり寝てしまう。昔から不思議に思っていたのだけど、どうして親が寝ると子も寝るのだろう。添い寝成功の秘訣も、子どもより早く寝てしまうことだったし。たまに具合が悪くって7時とか8時に寝ていると、必ず子どもたちも寝てしまっている。

実に不思議だ。

にしても、寝ても起きても座っても痛い。

なんかの広告に入っていた、歩くプール教室ってのにいこーかなあ。あ。でも、水着になる前になんとかせねば、この体。

 

2005年4月10日 日曜日(晴れ )

 どっかに、反省なんかするな、反省なんてサルでもできる。人は学ぶもんだ、とにかく学べ、って書いたような気がするけど、消えていた。なんでだろう。。

 

 

 『成せばなる、成さねばならぬ、何事も。成らぬは人の成さぬなりけり 』

子どもたちは無事帰ってまいりました。

 なんか、少しずつ大人になって帰ってきたような気がします。

 あちらで体験したさまざまなこと、自分たちで飛行機に乗って羽田から帰宅したこと、小さいことから大きなことまで、ひとつひとつが彼らを作っていくのでしょう。これこそが学びなんだろうなあ。

 武田信玄の大ファンであるひつ次郎がいつも言っている言葉があります。

 「人は城、人は石垣、人は掘、情は味方、あだは敵なり 

 ひつ次郎はなぜこのような言葉が好きなのかは分かりませんが、こんな言葉を唱えている彼を私は好きです。

 今回の小さな小さな旅にもいろんな人とのふれあいがあったようです。いつも接している人でも、その人の環境やおかれた立場や時期によって関わり方が違う。違っていて当たり前なんだし、それこそが人を思いやることにつながる。

人との関わりの中で、人は自分と人とは違うことを知り、自分を知ることになるのではないかと思います。そして、自分と相手が違うことは、自分も相手も認めることにつながる。人は皆違っていて、みんないいのだ、って、金子美鈴のような思いがわきあがるのは、ある意味当然のこと。

でも、それができる人なんて、おそらくほとんどいないと思う。

 では、相手をそのまま認めることができたら、相手との違いを認めて、思いやることができたら、離婚なんてしなくて済むのか、、、と言えば。。

 そうとは限らないかもしれないなあ。違いを認めることはできても、それを受け入れられるかどうかってのは、また別問題のような気がします。

 結婚になると別だけど、仕事や普段の生活の中ではできるだけ受け入れられたほうがそりゃ楽なんで。受けいれられる器ってのは果たして大きくできるものなのかなあ。器がおおきけりゃ、その方がいいのかというと、そんなこともないでしょうし。

 最近おとめ子と夜遅くまで話し込むことが多いのですが、彼女を見ていても、ああ、人ってのはすべてを持って生まれてきてるんだなあ、ってつくづく思います。彼女にないものを求めても、そりゃ彼女が辛いだけで。それは彼女自身とっても気がついていて、

 「私が、この今の日本に生まれてきたってことは、なんか意味があるんだろうね。ここにいて、こうやって暮らしていることに。それって何だろうね。不思議だね。でもね、今の私にはわかんないんだーー。好きなこともないし、夢中になることもないし。なんなんだろうね 」

 って言うようになりました。

 私は知っています。彼女の好きなことは、食べること、寝ること、ぼーーっとすること。。

 でもね、それでいいのです。きっと彼女は10年後、食べて寝てぼーっとすることを生かした仕事に就いているような気がします。

 子どもそれぞれ、私とは全く違う。

 違うから腹も立つし、心配もするけど、それはそれで彼らの人生。

 「あなたね、いきなりうるさいんだよ。俺だって帰ってきて部屋を見たとたんに、あ、やばいなあ、これじゃいけないな、って思ったんだよ。ちゃんと思うの。でもさ、いっきなりうるさく言われると、やる気がなくなるんだよ。もっとあなたの子どもを信じて、黙って見守っていたらどお? 」

 部屋を片付けろ、明日から学校なのに、結局なんだ! 勉強は? 将来は? 進学は? とうるさく言い続ける私に、長男がそのように申します。

 

 でもなあ。ある人は、教育者たるもの、同じことを同じ人に2万回ぐらいは言い続けなければならないのだ、とおっしゃいます。

 親たるもの、決してあきらめてはならない。親が子をあきらめたら終わりです。壁に向かって言うつもりで言い続けねばならない、とおっしゃった方もおられました。

 

 言うべきか、言わざるべきか・・・ 。

親と書いてハムレットと読む。。

 

で、最近では、本人に言わずに、歌うようにしました。部屋の前を通りすがりに、歌を歌う。本人がいてもいなくても歌を歌う。ひたすら歌い続けております。

 部屋――――――をーーーーーーーーかたづけましょう、、、ららら、べんきょーーーーーーーーをおおお、しましょう、、、、るるる。。はーーはーーーはーー

あ、よいよい。

 

2005年4月9日 土曜日(晴れ )

 桜満開。

 子どもたちは、九州の父親のところに1泊で出かけていきました。

飛び立つ前日、明日は絶対に空港には送っていかないからね、と宣言しました。

この春休み、勉強なんて何もせず、机の上にはあろうことか中学1年の頃のプリントから歴代のござござが今にも雪崩を起こさんとばかりに積まれ、部屋中足の踏み場もないぐらい散らかっていて、テレビを見るか、漫画を読むか、パソコンで遊ぶか、の長男にぶちきれたからです。

寝るか、食うか、ぼーっとするか状態の長女にもぶちきれました。

人は朝から夜まで仕事してんのに、疲れてぼろぼろで帰ってきてみれば、部屋はごちゃごちゃ、ご飯は空っぽ、洗濯物はそのままで、なーーんにもしてないとは何事?? 明日は私の唯一の休みなのに、早起きしてそんなあんたたちを空港まで送っていけって何事? あまりふざけるんじゃないよ!! と。

で、当日の朝。

 まず最初に起きたのは、次男ひつ次郎。飛行機のチケットを大事大事に取り出し、えーーと、この飛行機だったら第一ターミナルビルで、場所が。。。。そうか、ここかあ、で、時間は。。。。お金が。。。。俺のパスネットが。。。これでえーーと。。。。で、第一ターミナルビルは。。。。京浜急行で。。。。。えーーと、

 ぶつぶつぶつぶつ言っている。結構頼りになるのはこいつかもしれない。

 そこにのったらりんと起きてきたのはおとめ子。

 これは第一ターミナルも全日空も日本航空もなーーんにも分かってない様子。

 ふーーん、そうなの。へーー、ほーーー、としばらくひつ次郎に付き合っていたものの、突然何を考えたのか、

 「あ、朝ごはん作らなきゃ 」

 と、なんぞごそごそやり始める。途中「ねえ、お母さん、ダシはどこ? 」って聞いてきたが、無視した。この子の頭の中って一体どうなっているのだろう。

 飛行機は9時発なのに、6時半になってようやく起き出してきたのはふた男。

 「お前、何をやっとんじゃ? 朝9時の飛行機なのに、飯なんて作って。間に合うと思ってるのか? 」

 と、自分のことは棚に上げて、おとめ子にはうるさい。

 すぐにネットで空港までの電車を調べている様子。何度も何度も人の枕元を通っていく。覚悟は決まったらしい。

 しっかし・・・・ 。たかが空港に行って飛行機に乗るだけなのに。

 昨夜、ふた男とひつ次郎は頭を寄せ合い、この紙をどこでチケットに交換すればいいのか、土産は持っていかなくてもいいのか、どこで降りればよかったのか、などをずっと話し合っていた様子。

 飛行機なんて、生まれてからこの方思い出せないぐらいの回数を乗っているだろうし、羽田空港が新しくなってからもすでに何度か利用したのに。結局、私の後をただついてきたにすぎなかったってことで。誰かの後をついてくるだけでは何も覚えられないのね、ってことが分かりました。

 勉強と同じことで。教えられて分かったような気になっていても実は何にも分かってない。人って困ったことがあってそこに直面して自分でなんとか乗り切らない限り、何も学ばないのね。

 学ばせるためには、学ばせるための場面が必要なんですなあ。がけから突き落とす獅子のように。

 かわいい子には旅をさせろ、と、昔の人は本当に良いことをおっしゃいます。

 で、30分の間に、おとめ子が作った目玉焼きもすべて平らげ、でも味噌汁は残して全員出て行きました。

 

 で、残された私は、結局は残された仕事をいくつか片付けた後、このHPで呼びかけられていた国立での花見へ出かけました。

 近所の公園や、庭に桜が5本ぐらいある家! や、学校の桜を満喫した後、近くの墓地の桜を散策し、その後JRで国立へ。なんかいろいろ乗り間違えたようで、各停しかも途中乗り換えなんかになってしまい、国立についた頃はすでに暗かったのだけど、それでもあの桜並木の桜はとってもきれいでした。一ツ橋大学の前あたり、もっときれいなんだろうなあ。国立は2度目ですが、とってもきれいなところです。

 このHPのオフ会で知り合った方々。お会いするのは3回目とか2回目の方々ばっかりですが、なんかずっと昔から知っているような気がします。それに、皆さんお会いする毎にきれいになってパワーアップしていく様子。お肌つるつる、顔はにこにこ。

飲んで食べて、しわやほっぺの肉を気にしながら笑い転げているけど、その話題って、他の人が聞いたら、仰天してびっくりして寝込んじゃうぐらいなことなんだろうなあ。離婚ってことだけでも普通の生活の中では聞かれない言葉なのに、離婚なんて当たり前。福祉、養育費、仕事、面接、今後、老後、再婚、不倫、別居、就職、強制執行、調停、裁判、教育、進学、反抗期、更年期、あれこれあれこれ・・・ 、これらについて、普通に、分かって、笑って話せるってすごいね、で、ちゃんと先も後も考えられるってすごいね、でもこうやって話すと楽しいね、なんて話をしながら、酒は進む、食事はおいしい。結局お開きは12時近くになってしまい、あわてて駅に駆け込むことになりました。

でも。あの集まり。周りから見たら、怖いだろうなあ。

 多国籍料理の店で、沖縄とタイとモンゴルとネパールと日本を食して参りました。とーーっても美味しい、しかも安い!! 国立にお越しの際には皆様是非ご利用くださいませ。

 で、のんべって怖いですねえ。勢いと話の流れで「世界一離婚の集い関西支部 」ってのができまして。関西でもオフ会をしましょう! ってことになりました。私、出かけて行きますので、関西の方々、ご一緒に飲みましょう!! 

 関西たって広いので詳細は全く分かりませんが、きっと大阪あたりなのでしょうか。関西支部長は神戸の方なので、神戸になるかもしれません。5月か6月のどこかの土曜日になると思います。 

でも、ひとつの会をきっかけにして、仲間ができて、その後も生で相談や話ができて、時々憂さ晴らしもできるといいですよねーーー。世の中にこんなに話が分かってくれてこんなに話ができる人がいたなんて! 夢のようだわ、ってことになる魔法のオフと呼ばれていますので。

 詳細は後日アップしますね。どうぞお楽しみに。

 

2005年4月2日 土曜日(晴れ )

 へへへ、4月1日の日記。

 もちろん、エープリールフールでございます。

 ひひひ。

 ン・ヤジィーナ・ケワルアーノ・ナンソ

 をさかさまに読んでくださいませ。

 

2005年4月1日 金曜日(晴れ )

 やった! やりました!

 

 3日で20キロのダイエット!!! 

 

 これぞ究極の「世界一流 」。楽に、楽しく、明るくやせる。

 

 秘訣は・・

 「ン・ヤジィーナ・ケワルアーノ・ナンソ 」

 

 これは効きます!!!

 

 

 詳しく聞きたい方、詳細は後日。

 どうぞお楽しみに。

 

 

 これであなたもキティちゃんベティちゃん体型に!

 

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