日々のこと(20044月)

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2004年4月28日水曜日(晴れ )

髪を切りたいとずっと思っている。

 

イタリアンで、懐かしいけどいつものメンバーで食事。私には珍しく‘食事 ’と書くのは、今お酒が飲めなくなっているから。

原因は、病気やましてや妊娠などではなく、単なる体調と気分の変化。2年に1回ぐらいの割りで、飲めない時期がやってくる。たいてい、飲みすぎが続き、ああ、もう、お酒なんて見たくもない!! と体と心の芯が感じた後に、飲めない時期がやってくる。今回も、飲みすぎと徹夜と旅行が重なった時期からそうなったような気がする。この間、非常に甘いものが欲しくなる。今美味いのはガーナと柏餅。したがって、私はお酒を飲まなくなっても、やせるということがない。

この私が、カンパリグレープフルーツなんて頼んで、しかも残してしまうなんて。

 

 

これがずっと続けばいいのに。

 

 

最近。

 

恋 をしています。熱烈な。。。。

 

近づくと危険なものを感じるので、君子ではないけど近づかないようにしていたもの。できれば、絶対に封印して忘れてしまいたいパンドラの箱。でも、危険を感じれば感じるほど、そのものの魅力は私のすべてをつつみ、とりこにする。わかってはいるけど、理性ではおさえることができない運命とも言える出会い。1歩その世界に足を踏み入れたら、ああ、もう抜け出すことができなくなる、身をまかせるしかなくなる先がまったくわからない時間。でも、でも、それはとっても素敵な時間で。。。

 

ああ。

 

そんな世界に入り込んでしまいました。とろけるような幸せな時間をすごしています。人は夢中になると、寝食を忘れるものですね。もちろん、子どもの世話もどうでもよくなる。生きてりゃもうけもん。元気ならば感謝状。

 

久しぶりだなあ。こんな気持ち。

 

相手? 

 

 

相手は、、、、、ヨン様ぁぁぁぁ。

 

 

 

冬のソナタ、現在第16話を視聴中です。

 

2004年4月22日木曜日(晴れ )

一気に夏。

外は暑いけれど、我が家ではまだヒーターが必要。なんだか家の中は肌寒い。

19日。四谷の古びた1軒屋のレストランでランチ。タコのカルパッチョと、鮭のソテー。デザートのチョコレートムースが山盛り。

買ったままで調べていなかった宝くじ100枚ぐらいを売り場に持っていって調べてもらったら、数枚が当たっていた。そのお金を握り締めて、犬のえさ入れやら、おしゃれなバケツやら、じょうろやら、チキンラーメンやらを買い込んだ。すぐになくしてくる長男のかさも数本買い込んだ。必要なものがすべて買えてとても幸せな気分。

区役所に行き、必要な手続きをし、郵便局にも行き、国民年金を払い込む。あとは税務署に行く用事があるのみ。

20日。仕事をしていたら、長女からの電話。「38度5分の熱があるの 」。しかし、なんと、制服を学校において帰ってきてしまった、と。

仕方なくタクシーを飛ばして学校に行き、タクシーに待ってもらって制服を探しに探し、再び仕事場までUターンする。仕事場からタクシーを拾うために大通りに出たところで、財布に2000円しかないことに気がつき、走って銀行に行きお金を下ろす。そこからタクシーに乗ったので、大回りになってしまった。

21日。長女は学校を欠席。午前中の用事をキャンセル。学校の用事も順延。夕刻よりカレーを作り飲み会へと出かける。横浜でグレープフルーツサワー2杯。5時間も話して、元気をもらう。

22日。着物の着付け教室へ。2回目。まだ何もわかっちゃいない。長い帯を目の前にすると、逃げ出してしまいたい気持ちになる。襦袢の襟がきれいに抜けず、なんかなあ、もそもそする。いつになったら自分で着て出かけられるようになるのか。

次回には浴衣のお稽古をしたいので、浴衣を買わねば。

帰宅後、子どもたちの衣替えを少々。捨てる衣服がゴミ袋数袋になる。

長男は最近買ってやったクイーンの復刻版に夢中。ずっと部屋で音を大きくして聴いている。

私がクイーンを聴いていたのは高校時代だっただろうか。放送部の部室があった木造の古い汚い長屋の一番奥。ごちゃごちゃしているけど居心地がとてもいい場所。いつも音楽がかかっていた中で寝転んだり、話をしたり、トランプに夢中になったり、何かを食べたりしていた。何もしていないことも多かった。いつも仲間がいた場所。

そういえば、今そんな場所ってないなあ。

長男の部屋から聞こえてくる音楽は、あの景色、あの時間、あの空間をよみがえらせる。

ANAのチケットの半券2枚で、ビッグマック1個と交換できたのに、その締め切りがとっくに過ぎていたことを知り、とてもショック。ビッグマック8個と交換できたのになあ。

明日は21日にキャンセルした仕事を午前中にやって、午後からは別のお仕事。その準備でこれから徹夜です。

 

2004年4月18日日曜日(晴れ )

冬の間はまったく必要がないけれど、春になると、とたんに必要になるもの、なーーんだ。

 

答えは、ストッキング。

 

冬の間はずっとタイツなので、必要ないのです。

卒業式はまだよかった。が、入学式は困った。どうしよう、、、と思ったが、何しろストッキングがないことに気がついたのが、まさに遅刻すれすれの時間だったのでどうしようもない。黒のタイツで行った。黒のタイツに春のパンプス。うーーん。おしゃれは足元からって言われているのになあ。

仕事やら打ち合わせやら買い物では、平気の平気。

で、昨日は長男の保護者会。最後のクラス毎の懇談ではいすを円くならべてクラスごとに話をすることになっておりまして。。。。足元丸見え。

あの暑さの中タイツはなあ、実際とっても暑かったし、見た目もおかしかったでしょうに。

で、今日はストッキングを買いに、イトーヨーカドーへ。

昔は5足入りってのが多かったような気がするのですが、今の主流は4足入り。3足入りってのもあるのですが、4足入りの方が多い。

これって値上げなんでしょうねえ。1足減らして値段はそのまま。値段の主流は500円と1000円。つまり、4足500円っちゅーのと、4足1000円ちゅうーのが多い。

もちろん、1足2000円もあれば、3足1000円もある。10足1650円っちゅーのもあったなあ。

で、悩むわけだ。

悩む基準は、どれにすれば、一番値段の元が取れるのか。

どれが一番足を美しく見せるか、とか、どれが服に一番合うか、とか、どれが一番足をすらりと長く見せるか、とか、ではないところが悲しい。

悩みながらふとあっちの棚を見ると、5足500円ってのがある。

で、悩まずそれを、がしっと3束ぐらい手にするわけだ。

ストッキングってのはどういうわけか、はくと破れる。最近のは本当によくだめになる。すると悔しい。非常に悔しい。

4足1000円のストッキングが1回はいただけで破れたら、そりゃ悔しい思いをするだろう。が、5足500円のがすぐにやぶれても、それはそれで納得できそうな気がする。

どれを選ぶのが賢い選択なのか。いっそバブルの頃のように、ブランドワンポイント入り1足2000円なんてのがかえって賢い選択なのだろうか。ああ、そういえばあの頃は1足1万なんてものもあったよなあ。

で、比べるために、4足1000円ってのも買ってみることにする。

 

他に、105均で、ゴミ箱やらのりやら台所用品やらを買い込み、地下でクレープとたこ焼きを食べ、食料品をぶらぶらと眺め、出てうどんを食し、帰ろうと思ったら、ひつ次郎が

「羽根木に行きたい 」

と言い出す。

じゃ行くか、と、足立区から世田谷区までの遠い旅。60分大人400円。

着いてみると、森は新緑の黄緑色が日の光に輝いています。見上げると、葉の間から差し込む日はまだまだ優しい。

そして、新緑の木々の間に咲き誇る、今が満開の八重桜の花びらが絶え間なく舞い落ちてくる。

そんな中、いつものように火が燃えるにおいがし、煙が漂う。

私は丸太を切っていすにしたものに座って読書。ひつ次郎とおとめ子はブランコをしたり、ターザンをしたり。久しぶりに体を使って遊んだようでした。

この日、長男は部活の試合で朝6時半に新宿集合とか。5時に起こしてって言われていたものの、彼のけたたましい目覚まし時計が鳴ったのは4時半で。

朝ごはんはお好み焼きで、夕ご飯はすき焼きで。布団を干して、毛布まで洗濯して、働いて遊んだ充実した1日だったと思います。

 

2004年4月15日木曜日(晴れ )

ずっと停滞していたものがふと動き出す予感がします。

『停滞 』こればかりは自分ではどうしようもないもので、もうだめだ、私も終わりだ、一体この先どうすればいいんだ、と、もんもんと、ただもんもんと日々すごしているしかないのです。

どうこうしようたって、何かを始めたいと思ったって、こうしなきゃならないってわかっていても、誰か、世間すべての人に言われたって、どうしても、どうしても、動けない、前へ進めない。そんな時期なのです。

中学の頃からそんな時期がありました。高校の頃も大学の頃も、社会人になってからもありました。

それはそれで貴重な準備期間になっていると思いもします。でも、相当つらい時間でもあります。辛いんですよね。決してサボっているわけではないのに、なんか許されないような気がして、怒られそうで、非難されそうで、、、自分で自分を否定してしまって、自分がちっぽけで何でもないろくでもない人間にしか思えなくなって、人がやたらと偉く賢く見えて、、、、でも、何もできない。

今回は長かったなあ。

でも、わかっています。いずれ、絶対に飽和状態になってあふれ出して動き出す時期がきっと来るのです。

きっかけはいつも些細なことです。本当に意図して起きることではなくいつも偶然。偶然だけど、ああ、これを待っていたんだ、このために今まで生きてきたんだったんだ、って思えるようなもの。

それは、1冊の本のこともあれば、人との出会いのこともあり、お天気の変化のこともあれば、自然とのふれあいのこともある。

今ではそんなことがわかっているので、あーあなんて思いながらも、大丈夫、時期が来る、きっと来るって信じて待つことができますが、中学や高校や大学の頃は辛かった。対世間には、隠そう、隠そうとしていました。親にも兄弟にもそんなことを知られてはいけないのだと思っていた。だからますます辛く。

そういえば、小学校の頃にもあったような気がします。

幼稚園でもあったのかも。。。

人は知らず知らず、人生のレム睡眠とノンレム睡眠を繰り返して成長していくのかもしれません。大きなバイオリズムとか、宇宙に影響されていたものとか、遺伝子にプログラムされていたものとか、なんかそんなものなのかもしれない。

あの頃、もっとその時期を自分で認めて、もっと真剣にその時期と向き合って付き合っていれば、今の私はもっと違ったものであったに違いありません。

また、その頃自分がその時期とじっくり向き合うために、そうやって自分と会話をして、次に自然にやってくる道に備えるためには、親がゆったりと自分を認めて信じてほったらかしてくれることが絶対条件だったな、って、今つくづく思います。

何よ、そんなにサボって、とか、だらしないわねえ、とか、それじゃ将来困るでしょ? とか、今私も子どもたちに散々散々言ってしまうその言葉のひとつひとつが、子どもの未来をぷちんぷちんとつぶしているに違いない。

絶対にどうにかなるのに。自分を信じてって思っていたのに。自分も同じことをやってしまっている。そんなのって、自分の枯れ果てたエネルギーを充電するために、人に攻撃をして人をへこませて、その人のエネルギーを奪い取ってしまうことなんだよなあ。不毛だ。

エネルギーは外にあり、充電はいつでもでき、私はこの世界のすべてにつながっていて、私はすべての一部で、すべてはそのままでこれでいいのに。子どもたちもみなひとりひとりそうであって、みなそれでいいのに。求めれば、常に空っぽの存在であれば、満たすものは入ってくるのに。溜め込んでしまわずに、消費し、与え、空っぽにすることが大事なのに。

まだまだ、中途半端のような気もするけど、どっか尻尾はつかんだ感触もある。

水は体中を流れ続けているし、細胞は定期的に生まれて死んでいるのに、流れているものや、細胞のサイクルがなんだか違うような気がするのはなぜなんでしょう。

生き生きしている時期がいいのはわかっているけど、でも、どうして死んでいる時期も来るのでしょう。

今までは、わからなく過ごしてしまったり、時期が変わったことに驚き安心するだけでやり過ごしてしまったり、当たり前のように普通になんとなく過ごしてきてしまっていたけれど、今度はきちんと向き合って整理してみたいものだと思っています。

 

2004年4月13日火曜日(晴れ )

夏から急に冬に。

地球さん、一体どうしたって言うの?

 

ま、灯油がまだ2缶以上残っていて、衣替えをしたくない私にとっては、本当にありがたいことなんだけど。

まだとうぶん寒くてもいいなあ。夏服になるからだの準備もできていないしなあ。ゆっくり、ゆっくり夏になっていけばいいのだ。

 

最近凝っているもの。

チョコレート。

ガーナが一番好きです。次は明治の板チョコ。もうひとつは、どこのでしょう、いちごがはさんであるやつ。

生チョコとか、トリュフとかは嫌いなのです。

中学の頃、チョコレートの種類を言い合う遊びが流行りました。お互いに言っていくのですが、授業時間をはさんで、延々と午後のHRの時間まで続いておりましたので、結構種類があったものだと思われます。いっつも最後までやりあった彼女は、今婦人科のお医者さんになっています。元気かなあ。

 

大学の頃、1年の時には麦チョコに夢中になりました。毎日1袋。

たくさん買ってくると、あるだけ食べてしまうので、毎日スーパーに寄っては1袋買って帰っておりました。このマイブームは結構長く続いて、近所のスーパーでは、麦チョコをたくさん仕入れるようにもなりました。

3年の時にはロッテのチョコパイ。

こちらは、スーパーやコンビニにあると、あるだけ買い込んでしまっておりました。

あの夢中になる気持ちってのは本当に不思議です。

で、気持ちだけは大学生の今、ほぼ毎日1枚、チョコを食べています。

朝、昼、晩と、食後に食べております。

 

こういうのを、幸せって言うのかもしれないなあ。

 

2004年4月10日土曜日(晴れ )

暖かい一日。春と言うより初夏。

庭一面に白いものが散らばっていたので、ああ、また子どもか犬がいたずらして散らかしたんだ、一体何をしたのか、ゴミ袋か、発泡スチロールか、あーーあ、って思ったら。

庭のがけに今満開に咲いている桜の花びらでした。

 

今日1日を何事もなくただ無事に過ごせたのって、本当はすごいことなのかもしれない。昨日も今日も、そしてたぶん明日も、何もなくいつものような日が送れるって疑いもせずに生活し、そんな生活に文句を言いながらも、10年後もずっとそんな日が続いているって信じている。

でも何事も突然起こるもので。

虐待や、殺人や、テロなど、起こる。本当にどこかで起きていて、現実のことなんだ。

突然子どもに腹を立てて首を絞めてしまったお母さん。動かなくなった子どもをベッドに運び、パジャマに着替えさせて何を思っていたのだろう。

何が起こってしまったのか。どうしてそんなに悲しい事件が起きなくてはならないのか。

イラクの人質事件。3人の方は皆いろんな思いがあって現地に行ったのだろうに。どうしてこんなことになるのか。

そして、今後日本に対してのテロが本当に防ぎきれると言えるのだろうか。

関係者の方々の気持ちを考えると、胸がつぶれそうになります。

もしも、もしも、それが自分の家族だったら。。。

平和に解決されることを祈ります。

 

 

テロと言えば。

先日乗った飛行機で、長男のバッグの中の筆箱の中のカッターナイフが見つかり預かりとなった件で、なんでそんなものを入れておくのよって怒ったけど。本人、うっかり入れたままにしてた、って言っていたけど。

行きのチェックでは見つからなかったんだ。カンペキってことは絶対にないんだなあ。もしも、これで機内に入った人が、ふとした瞬間に魔がさすってこともないなんていえない。そこに遭遇するってのは、運命なのか、予定された人生なのか。

 

考えたって答えは出ないのだけど。

自分はどうしたいのか、それを考えなければならないのだろうなあ。

 

 

ようやくの休みで皆遅く起きたいと願っているのに、ひとりさっさと起きだして、小腹を空かせ、ヨーグルトだとか、バナナだとか、パンだとか、そのあたりにあるものを食べていたひつ次郎が、やがて、はさみを取り出してせっせと宙を切っています。

一体なんなんだ? 何をしているんだ? はさみで何を切っているんだ?

って見てみたら。

納豆のねばねばを切っていたのでありました。

 

納豆のねばねばは、果たしてはさみで切れたのでしょうか。

 

2004年4月9日金曜日(晴れ )

長かった春休みが終わり、新学期がようやく始まりました。

今日から長男も学校に行き始め、あらあら、気がつけば、私は、中3、中1、小4の母。気持ちは保育園児や乳児を抱えていた頃と同じなんですが、体力は格段に違うなあ。そして、皆違う学校に通っているため、役員地獄はまだまだ続きます。

ひつ次郎が女の子と廊下で激突。耳を強打してあごと耳がおかしくなり、あくびができないと夜中になき騒ぐ騒ぎがありました。不幸なことに、ちびで細いひつ次郎が、学年1からだの大きな女の子にぶつかってふっ飛ばされたとか。

耳鼻科に行くために午前中休んだものの、木曜日は各医院すべて休診で。

夜中には熱まで出して、うなされておりました。

今日は元気に学校に行ったのですが。

 

 

おとめ子の入学式はつつがなく終わりました。

前日、入学に当たってのしおりをゴミに出してしまい、詳しいことがわからなかったのですが、10時始まり、9時半受付ってことだけは手元の別の資料にありましたので、では、込んでる時間を避けて、9時45分に学校に到着すれば待ち時間も少なくていいや、って思っておりました。

掃除をし、洗濯をし、次男を送り出し、ご飯の片付けをし、生協の注文もして、メールの返事も出し、さっさと着替えて家を出て学校に向かいましたが。

学校の近くに来ても、誰もいない。

あんたさあ、入学式って本当に今日? 明日の間違いじゃない? おかしいなあ。誰もいない。

ねえ、本当にあんたこの学校に行くの? なんかの間違いで、他の学校に行くことになってたんじゃない?

へんねえ。場所を間違えたかなあ。

ねえ、今日じゃなかったら、一体どうする?

やめてよぉぉ、そんな恐ろしいことを話すのは。

心なしか、隣のビルからピアノの音楽が聞こえてくる。

 

 

そういえば、数年前の長男の入学式の日。

ずっと前に学校から渡されていた紙袋をふとその日の朝に発見し、中を見てびっくり仰天。保険証のコピーを貼り付けろとか、お金をもってこいとか、写真を貼れとか、山のような書類が入っていた。

妹や弟はほったらかして、朝っぱらから急いでコンビにに走り、保険証をコピーし、お金を下ろし、駅前で写真を撮っていざ電車へ。

混んで立っている時には作業ができずいらいらしていたものの、座れた瞬間、荷物からのりやらはさみを取り出し、切っては貼り、書いては切り。

はさみを取り出した時、隣の人がはっとこっちを見ましたが、そんなことなんてかまっていられません。

しかし。

出生体重なんて思い出すこともできず。3 とだけ書いて出したけど、その後なんとも言ってはきません。

そんなこともあったなあ。今回書類はなかったような。。。。

 

で、おとめ子と学校の校門にさしかかったら。

来られましたぁぁ。

という声とともに、先生が飛んでこられて。

お待ちしていましたよ、ささ、早く早く。今他の者がご自宅に電話を入れていたところでした。

 

後に聞いたところによると、生徒の集合は9時だったらしいです。私たちが着いたのはきちんと45分でした。

 

私ね、死ぬほど恥ずかしい思いをした。他にも遅れてきた子っているんだけど、私にだけ先生が、ああ、来ましたね、よかったですね、って言うんだもの。

それでもなんとか式には間に合い、彼女は元気に学校に通っています。

長男はクラス替えがあり、思ったようにならない人生を嘆いています。

それぞれの春。それぞれの青春。

親の思いといたしましては。。。

お願いだから、ちゃんと勉強してくれ〜〜〜〜 。

 

2004年4月6日火曜日(晴れ )

 明日は長女中学の入学式。

 で、前日の夜中の12時を過ぎようとしているのに、いまだに起きてなにやらやっている本人。ちょいと前までは宿題をやっておりました。

 「ぬあにぃぃぃ? やってないだとぉぉぉ? ふざけるなあ。それが終わらない限り、私は入学式には出ないからねっ!! お寝ぼけじゃないよ、全く! 」

 と怒ったので、今までごまかしてどっかに突っ込んでいた宿題に取り組んでおったのです。で、どうやら、おわちゃった。

あーーあ。明日行かなくていい、ラッキーって思っていたのに。

入学式も、保育園から数えて8回目ともなりますと、もう、どうでもいいし、感動も感激も何もないものでして。。。あーーあ、役員決めがあるのかなあ、いやだなあ。集合写真はちゃんと写るかなあ。やっぱ無理をしてでも美容院に行っておけばよかったかなあ、なんて、自分のことしか考えないものです。

出来上がってきた写真も、もちろん、自分しか見ない。

そして、その写真は、不思議とどこかに行ってしまうのです。

 

 おとめ子は、この時間なのに、他の明日の準備も、全く、まーーーーったく、できてないらしい。現在靴と取っ組み合っています。

 シューズに紐を通すことが、なかなかむずかしそうな。

 そういえば、彼女は紐のついた靴を履いたことがなかったものなあ。

あの長男でさえ、体育館シューズなどの靴紐は自分で通しているというのに。

いかん、いかん。靴紐ぐらい通せるような人間に育てなくては。

で、次回からのひつ次郎の靴は、すべて紐のついたやつにすることに決めました。ひつ次郎はいまだにちょうちょ結びができませんもの。

 

そうやって準備だけは着々と進んでいるのですが。

問題は、明日何時に行けばいいのかってことが全くわかってないってことなのです。

ま、いいか。どうにかなるさ。

 

そうだ。

今まで過去すべての入学式にカメラを忘れた私。今度こそは。明日こそは持っていく!!

 

 

しかしなあ。

本音で言えば、最近、再び、子どもなんて捨ててしまいたいキャンペーンをやりたい気分なのです。特に長男がいけません。全く、何を考えているものやら。

あんな勝手なやつでも、愛情を持ってちゃんと育てた上で、ちゃんと世間様に迷惑をかけない一人前に育って当たり前だなんて。

世の中ちょいとおかしいと思う。

ゴキブリは働きありさんにはなれないのに。    

世の中にたえて思春期のなかりせば、母の心はのどけからまし。

子どもは皆すべからく、はい、お母様、わかりました。って言っていればいいのに。

なんであんなに文句たれの屁理屈の傲慢のアホちんたれの金食い虫になるのだろう。

 

 

ところで。

昨日が満月。今日もまんまるな月が美しく輝いております。

 

わたくし、あの月のうさぎのもちつきがどうしても見えません。どこにうさぎがいて、どこでもちをついているのやら。どこをどう見てもわからない。

 

あれはどう見ても人の顔だと思うのですが。

 

で、月に祈ります。

なーーんかいいことなーーいかなああ。

 

2004年4月2日金曜日(晴れ )

寝ていたらなんだかお尻のあたりがつんつんします。

なんだろうな、なんだかまるで竹の子がお尻の下から生えてきたみたい。

なーんて思っておりましたところ、

出てきたのは、あらあらびっくり、うちの巨大モグラ犬でありまして。。。

 庭を掘って掘って掘っているうちに、家の軒下にもぐりこみ、下に彫り続けているのに飽きてからは上へ上へと掘り進んだのでしょう、いつしか私のお尻のあたりに出てしまったと言うわけで。

 今後は、この犬のことを、巨大モグラ犬ではなく、巨大モグラ竹の子犬、と呼ぶことにいたしました。

 

 

 

 

 なんてジョークをエープリールフールの昨日書きたかったのだけど、ついつい寝てしまっておりまして。。。

 

 昨日はキダムを見に行ってまいりました。

 昔、サルティンバンコにも行ったのですが、やや何かが違いました。何がって言われても、説明はできないのですが。

 それより、何より、人間ってすごいし、人ってのは何より美しいものですね。肉体そのものも素晴らしいし、そこから出てくるすべてのものが素晴らしいんだろうなあ。贅肉たっぷりつけて文句ばかり言っていちゃいかんなあ。

 「脳みそだって鍛えればきっとあんな具合になる。鍛えよ! 甘やかすな! 」

 子どもたちにはそう説教をしましたが。

 

 でも。

 私の前には、座高がちょっと高めの男性が座っておられたのです。おかげで、まあ、舞台が見えないこと見えないこと。隣は小さな子どもで、ちょっと席を替わってくれればよかったのに、最後までその男性は私の前におられました。

 しかも、その男性、頭は五分ガリ、姿勢も正しく、背筋を伸ばして常に緊張して見学しておられます。

 おかげでこっちはストレスがたまるわ、たまるわ。

 それですっかり疲れて帰ってきて、早寝をしてしまったと言うわけです。

 

 これで我が家の春休みの行事はすべてを終了したわけですが。

 

 「ものより思い出 」

 という車のCMの名コピーがあります。

 そうだなあ、そうだよなあ、本当にそうだよなあ、っていつも思っていました。

 

 最近、思い出ってのはなんじゃろな? っても思います。どこかに皆で行ったことや、どこかで楽しく遊んだことや、写真に撮って残したことや、それが思い出なんだろうか。その思い出にどんな価値があるというのだろうか。

 日本全国あちこちを旅して回るってのはそりゃ素敵なことだけど、それは思い出かというとそうではない気がする。なんかそんな気がしてきた。いえ、思い出には違いないのだけど。

 ○○に行ったことがある、ってのよりも、○○をしたことがある、ってのの方がいいんじゃないのかなあ、と、そう思うようになりました。

 作業を通して心が通じ合うこと、

 そんな思い出ってのがいいなあ。

 作業ったってなんでもいいのです。豆の筋を取りながらでもいいし、農作業をしながらでもいい、草取りをしながら、棚を作りながら、窓を拭きながら、収穫をしながら、そんなことを通して、時には言葉で、時には雰囲気で心や何かが通い合う。

 そんな経験って、案外少なかったりすることに気がつきまして。

 

 で、今後の我が家のテーマは、作業!

 どっかに畑はないものかなあ。


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