日々のこと(2004年3月)

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2004年3月29日月曜日(晴れ )

           

     春ですねえ。チューリップもビオラもパンジーも満開です。

         

 

満開と言えば。

 

                  

        これは京都御所のさくらです。    だったと思います。

 

        各地でとったので、どれがどこの桜かわかんなくなっております。

 

 

               

           これは京都嵐山の桜です。

                  その桜から目を下げて、、、

 

 

               

              嵐山の渡月橋の下です。

           水があれば入りたがります。うちの子たち。。。。

 

 

そう、京都へ行ってまいりました。

 大阪空港に降り立って、まず醍醐寺。そして清水寺。

 とってもお天気がよかったので、清水寺から三年坂を下り、知恩院のあたりまでずっと歩きました。両脇のお店の数々は、昔高校の修学旅行で行った時よりとっても垢抜けています。昔はちょっとだけ暗い、愛想も悪い、頑固おやじが守っている古風なものを感じたものでしたが、今では、愛想もいい、こぎれいな、しっかり者の若奥さんがにこにこと迎えてくれそうなそんな感じ。

 知恩院のあのものすごい石段を、周りの人々の「ををーーーーーっ、若いってすごいですなあ 」というざわめきの中駆け下りていくひつ次郎とふた男、の後を必死でスカートのすそを捲り上げてずり落ちていく私、なんてひとこまもありました。あの「若いって 」って言葉は、一体どのあたりに向けて言われていたことでしょう。

円山公園やらその他あちこちで、桜まつりがあっております。京都というところは、しだれ桜が多いのですね。しだれ桜ってのは、六義園のものをよく見ておりましたが、他ではあまりお目にかかりません。上野だってソメイヨシノばっかりだったような。。各土地で桜も違うらしいですね。

 トロッコ列車に乗り嵐山にも行き、嵐山散策もしました。嵐山は中学の修学旅行でぐるり回ったところです。昔は何もないところで、家々の軒先を歩いていくと、突然趣のある寺が現れて見学ができるという場所だったのに、すっかり観光地になっているのにびっくりしました。レンタサイクルでぐるり回っている方が多かったようです。

 さて、今回の旅の一番の目的は、京都御所と二条城です。

 前回の松江城に続き、武士になりたい男ひつ次郎のための旅行だったのですが、武士になりたい男は最近パイロットにもなりたがっていて、どっちにするか迷っているようです。なので、ひつ次郎は京都御所には全く興味を示さず。砂利を踏む音だけがお気に入り。

 が、さすが武士になりたい男。

 二条城では食い入るように部屋を眺め、欄間を眺め、人形を眺め、壁の絵を眺め、床を眺め、流れてくる説明を聞いておりました。彼にとっては、この同じ場所に、昔徳川家康がいたかもしれないし、この場所で大政奉還がなされた、なんてことは、ロマンであり、夢であり、あこがれなんでしょう。

 そういえば、大政奉還をした徳川慶喜の墓ってとこには、犬を連れてよく参ります。家康さんは、自分の開いた江戸時代が200年以上続き、最後の子孫があんなお墓に入ることになろうなんて、考えてもいなかっただろうなあ。もしもその世を知ったら、一体どんな感想を持たれたことか。

 京都御所も素晴らしかったです。4月の初旬には一般公開もあるそうで。一度行ってみてもいいかな、って場所でした。

 パイロットになりたい男ひつ次郎は、帰りの飛行機でちょうど2階から降りてこられたパイロットさんにぽーーっとなっておりました。そりゃかっこいいもんね、あの格好。

 あ、そういえば、ちょうど行きの飛行機がポケモンジェットだったのですが、今じゃポケモンジェットの中は普通の飛行機と同じになってしまっているのですね。コップもいすにかかっているシートもポケモンではありませんでした。

 

 で、普通の春休みに戻り、私は旅の写真を見て、いつものようにダイエットを誓うのでした。今度こそは、頑張る。

   

2004年3月26日金曜日(晴れ )

ようやく柵が出来上がりました。少し庭が広くなりました。

テレビでエジプトのピラミッドの特集をやっていました。

昔、エジプトを旅したことがあります。もちろん、ピラミッドにも行きました。

中に入って登ろうとしたけど、その空気に圧倒されて、独特のにおいもいやで、なんかものすごいものを感じて登るのを断念した記憶があります。

司会のたけしさんが、石を切り出したり、積んだりする肯定を機械でやったら、あの重厚などっしりとした雰囲気は作り出されないだろう、ということをおっしゃっておりました。学者の吉村作治さんがそれに対して、人間が切り出して運んだ石には、その人の思いや声や音や様々なものがしみこんでいるのだから、とコメントされました。

私が圧倒されたあの雰囲気は、ずっと保たれてきた多くの人の思いだったのかもしれません。

石にだって、建造物にだって、人の思いやすべてが入り込んでいる。ああ、そうだよなあ、すべてのものに人の気持ちってものが宿している。人の気持ちだけじゃない、なんかもっと大きなものの意思がきっと宿っている。

すべてに必然があって、すべてがつながっていて、すべて無駄ではなく、すべてがいいこと。

 

それにしても。エジプトはよかったなあ。また、もう一度、いきたいです。

 

2004年3月25日木曜日(曇りのち雨 )

おとめ子の卒業式でした。

あいにくの天気でおまけにとっても寒い体育館でした。

ああ、大きくなったなあ、成長したなあ。

未熟児で生まれて、危篤状態でNICUに救急車で運ばれました。小さくて小さくて、ずっと小さかったあの子が、もうこの春中学生になります。

風船ウオのような顔で泣きながら真っ赤な顔をして目をこすっていたおとめ子を見ていたら、ああ、彼女は私から全く独立したひとりの人間なんだという思いを強くしました。

どんなことが待っているのかなあ、彼女の人生。

これからの彼女の人生、何があっても応援したいです。

 

2004年3月22日月曜日(雨 )

雪にはならず。冷たい雨。

バングラディッシュ人のスタッフが美味しいカレーを作ってくださいました。味も香りもお店と一緒。とっても美味しいけど、辛いので子どもは食べられず。ひとりで食べるには多すぎて、美味しいけれどもてあます幸せ。

行った1月、逃げた2月に続いて、去ってゆく3月。光陰矢のごとし。

開花宣言は出されたものの、冷たい雨ばかりでなかなか花が開かず。今週末あたり上野をぶらぶらしてこようかなあって思っています。すんごい人なんだよなあ。

春になると同時に、違った何かをやりたいなあ、なんか新しいことをやりたいと思っております。

 

2004年3月21日日曜日(晴れ )

明日は雪だとか。なごり雪、、、って言うのかなあ。

ずっと晴れていたのに、ここんとこ嫌がらせのように雨が多くて、庭の柵の工事が全く進みません。月曜日に始まったのに、今まだ土台のブロックがつまれただけ。

犬のストレスがだんだん高まってきていて、朝散歩に行こうとした私をなぎ倒し、選択物干しのあの重たい土台までを倒さんとする。

おそるべし、巨大犬。

 

            明日はひつ次郎の誕生日。

            クラスで最後、ようやく9歳。

            1日早いおめでとう。

             

夕食は手巻き寿司でした。

 

彼がまだおなかにいた頃、同級生たちはすでに歩いていたりお座りをしていたり。1年の差はとっても大きかったと思うけど、そんなものを感じさせもせず、いつのまにか人数に加わっていて、当たり前のようにそこにいて、今ではなくてはならないメンバーのひとり。

彼が生まれた時。陣痛が始まった時も確か日曜日だったか、休みだったかで、病院には誰もいなくって。微弱陣痛だったために陣痛促進剤を飲んだらまあ、痛くて痛くて死ぬほど痛かったけど、休みの関係で生むことができず翌日に延ばされて。翌日点滴が始まってようやく生めるってわかった時にはほっとした。子宮頚管無力症のために、膣を縛る手術をしていたため、そこがくっついちゃってて開くのに時間がかかったんだったらしい。

この数日前に地下鉄ではサリンがまかれて大騒ぎになっており、入院していたベッド脇のテレビでは、朝から多くの人たちがオウムの強制捜査に入っていた模様がずっと映し出されていたなあ。

あの頃、子どもの父親は彼女に夢中で、ひつ次郎は生まれて一度もお父さんという人と一緒に暮したことはない。彼ができたから籍を入れたが、彼がお座りをする頃籍を抜いたし。でも、それはそれで彼の人生だし。お父さんはお父さんだと思っているらしいが、一体お父さんってどんなものだと思っているのか。

その彼が半年になった頃庭のある一軒やに引越しをし、その1年後、彼が2歳になった5日後に上京し、あれから丸7年。彼が生まれてくれたおかげで動き出したことって多かったなあ。

まだおしめをはいて言葉が遅くひとこともしゃべらず、靴を嫌ってはだしで駆け出していたにわとり赤ちゃんも、今では、米研ぎとファンヒーターの灯油入れを得意とする男に成長しました。

将来は武士となり、具足を身に付け、槍と鉄砲と刀を持ち、馬に乗って城に住みたいとか。

頑張れ、頑張れ。なんでも応援するぞーー 。

 

2004年3月18日木曜日(雨 )

ついにダウン。

無理がたたったんだろうなあ。

それでも、17日はおとめ子の「卒業を祝う会 」ってのに参加して、犬の散歩に行き、夕食を作り食べさせました。

が、今日は1日寝ておりました。体の節々が痛くて痛くて起き上がるとくらくらして頭が痛い。のども痛いし、口内炎も痛い。

私が毎日毎日仕事をしながら妖怪3匹の面倒を見ながらやっている家事の数々、掃除だとか、洗濯だとか、食器洗いだとか、犬の散歩だとか、そんなものを、3人まとまっても何一つこなせない。

育て方を間違ったかなあ。

で、枕元に来ては、俺は朝ごはんも食べさせてもらえなかっただの、面倒くさいから食器洗い機に食器は入れられないだの、ぐだぐだ言う長男を見ていたら、ふと、十数年前結婚していた頃、つわりで寝込んでいた私の枕元で、俺の朝飯は? 俺の飯は? って良い続けた男のことを思い出しました。

うちの長男、きっと離婚されて戻されるに違いない。

未来の嫁さん、育て方を間違ったんじゃない。遺伝子なんだよ、ごめんなさいねえ。

 

2004年3月16日火曜日(晴れ )

口内炎が痛い。

話をすると歯に当たる部分の舌にできているので、話をするたび痛い。口内炎が10個できたら、人は一体どうなるのだろう。。。

たったひとつの口内炎で、日ごろの不摂生を反省し、それでも保たれていた健康を感謝しております。

だから神様、どうか明日にはこの口内炎を消してください。

 

ところで。

ちょっと山陰地方に旅行に行ってまいりました。

米子空港に降り立って、大根島に寄った後は松江城に行きました。天守閣から世の中を眺めると、天下を取った戦国武将たちの気持ちが少しだけわかったような気がします。風は気持ちよく、空には雲ひとつなく。

武家屋敷あたりをぶらぶらした後は出雲大社参拝。まだ中学の教師をやっていた頃、一度、修学旅行の引率で訪れて以来です。そういえば、引率で行って、しっかりお参りした1年後には私結婚しましたっけ。

ほほーーー、今回も期待できるかもしれないなあ。へへへ。

それにしても。。おみくじを引いて、そのあまりの情けなさに落ち込んだ長男は、努力なくしてなんの成功もないということを神様からも示唆してもらったのだと思うそうです。だから今後どうするかってのは、あまり期待はせずにおりますが。

その日泊まる温泉の宿から海まで歩いて5分ほど。日本海は久しぶりですが、透明な水はちょうど満ちてくる時間で、子どもたちは磯で遊んだり、砂浜で遊んだり、最後は石を遠くまで飛ばす競争をしておりました。

温泉はまあまあ。宿の食事もまあまあ。カニをたくさん食べました。松葉カニはやはり美味いです。

○○○○円でこのご飯だったらいいねえ、と、大きな声でひつ次郎が言うのがはしたない。でも本当でもある。びっくり掘り出しものの格安ツアーだったので。

翌日はまず足立美術館というところへ参りました。大観の前で言葉を失い、ひつ次郎が迷子になったことを知り、また言葉を失う。

その後、このたびの一番の目的地、鳥取砂丘へ。そう、鳥取砂丘を見たいがために、今回旅に出たのです。

一度は行ってみたいものだとずっと思っていたのですが、今回行ってみて、誰しもが一度は行ってみてもいいところかも、って思いました。

ずっと続くさらさらの砂。あれは何色なんでしょう。茶色ではなく、黄色でもなく、黄土色というか、遠くを見ると金色にもみえる。風紋もいたるところにある。

そして、歩いて歩いて歩いて行った先に打ち寄せる海。日本海独特の、群青色と緑がかった部分がくっきりと何層にも分かれている表面を波が白く幾重にも幾重にも打ち寄せてくる。

月夜の晩にボタンがひとつ、波打ち際に落ちていた。

中原中也の詩でしたでしょうか、そのボタンはきっとあんな海岸に打ち寄せられたものに違いない。

石垣島の半島の先の先、一番先のエメラルドグリーンもすごかったけど、この砂丘の景色も素晴らしかったです。

自然にまさるものはないなあ。

私も自然の一部なんだなあ、この大地も海も空も、そして私もつながっている。

そう感じた時間でした。

子どもたちは広い砂丘を鬼ごっこしたり、がけを駆け下りたり、登ったり。もちろん、足ははだしです。もんのすごっく気持ちがよかったのだとか。

風でしか消されることのない文字をせっせと人が来ないような場所に書いていた長男は、一体なんて書いていたのでしょう。

周りでは、らっきょうが作られていましたし、土産物屋ではなしを使ったものが多かった。もちろん、しじみを使ったものや、どじょうすくいに関係したものも多いです。長いもも売られていました。

市場では、ばばあ、って名前の魚もいたっけ。カニはもちろん、甘エビもいかもカワハギももんのすごっく新鮮で安い。

島根や鳥取には、セブンイレブンがありませんでした。あるのかもしれないけど私は1つも見ることができませんでした。ローソンばかりが目に付く。

また、山陰のお料理は比較的甘めです。お醤油は黒くてどろりとしていました。九州も比較的そうだったのかもしれません。東京に来て、醤油のさらさら感と、しょっぱさに最初はびっくりしましたから。

言葉は名古屋に似ていました。

相変わらずいつものように貧乏旅行で、お土産は厳選に厳選を重ねた上で最小限、食べ物はスーパー調達、観光地のご飯は食べない、食べたとしても回転寿司。移動は足、着替えは下着と靴下のみ。

そして、ああ、またしてもいつものように私はカメラを忘れて行ってしまいました。

それにしても。スーパーこそが、その土地を知る一番の早道なんだと思っています。物価はわかるし、特産物もわかる。人もいるし、暮らしもわかる。私は旅に出た場合、必ずスーパーによることにしています。5袋250円のチキンラーメンをしこたま買いたかった。。。卵なんてこのご時世だからでしょうか、1パック50円。。。

帰りは鳥取空港から東京まで1時間と少し。広い、緑と海に囲まれたところから、あっという間に、ビルの中へ。

前日飲みすぎた上に当日の朝が早く、二日酔いと寝不足で死にそうなところにもってハードなスケジュールで、おまけにここのところもんのすごっく忙しくなんの準備もしてなかったので、朝からばたばた支度をして散らかった部屋も台所もそのままにして飛び出し、結果くったくたになりましたが、楽しかった。やっぱ旅はいいです。

 

で、帰ってきたら待ってましたとばかり、庭の柵の工事が始まりました。柵が崩壊してしまっていたのですが、大家さんの都合で3ヶ月ばかしそのままになっていたのです。

いつもは走り回っていられた犬が、ひどく災難をこうむっております。

 

2004年3月12金曜日(晴れ )

朝ごはんに、グリンピースのご飯と、肉団子と、餃子を出したら

「かあっちゃん、今日はすんごいご馳走だねえ 」

ってひつ次郎が言う。

もりもり食べて、おかわりもした。

食べたいものがご馳走なんだね。

 

2004年3月11日木曜日(晴れ 風強し )

人は、

愛する人と愛される人、

もらう人とあげる人

散らかす人と片付ける人

なんぞに分けられるそうな。

 

作る人と食べる人ってのも昔ありましたっけ?

作っては食べている私ってば、いわば、雌雄同体のような生き物なのかしらん?

つまり、みみずってことだな。

 

ああ、だからいつも食べ過ぎて、胃薬片手に、み、水! って言っているんだ。

 

2004年3月11日木曜日(晴れ 風強し )

娘の制服を作りました。っていうか、オーダーじゃなくて、あらかじめ作ってあるサイズから体に合うものを選んで、スカート丈などを調整するだけでした。

初めて制服を着た時の気持ちって覚えています。中学の時には紺色のセーラー服でしたが、あの生地の肌さわりや、ぶかぶかの裏地がひんやり冷たかったことや、スカートがやたらと長く感じられたことや、革靴の履き心地など、なんかうれしさと同時に気恥ずかしさもあったなあ。

鏡の前に立つ娘も、なんやらどんな顔をして立っていたらいいかようわからんという顔をしておりました。

金欠なので、補正が仕上がって受け取りに行くまでに、親戚他のどこからかお祝い金が来ることを祈っていなさいって、言ってあります。

果たして入学式に間に合うだろうかねえ。もしも間に合わなかったら、ま、いいじゃん、入学式ぐらい。あんまり記憶には残らんものだし。こんなのも、スリルとサスペンスに満ちていてあんたのぼーっとした何もない生活のアクセントになっていいでしょう? 

一番スリルとサスペンスを感じているのは、実はお母さんなんじゃないの?

 

結構するどくなってきた娘です。

お兄ちゃんの時、桜は卒業式の頃満開で、入学式ではもう葉桜になっていました。どうやら妹の今年もそうなりそうです。

 

あと1ヶ月たったら、ぴっかぴかの1年生が誕生します。

そして。

それから丸2年たったら、よろよろの3年生が誕生するんだわあ。よろよろの学校は明日が卒業式、その後はずっと休みらしい。ああ、よろよろに昼を食べさせる日は長い。

 

2004年3月9日火曜日(晴れ )

銀座のエルメスの隣に、馬を食べさせる店があって出かけておりました。知り合いの店です。エルメスの馬はフランス産なのでしょうか、こちらの馬は九州からやってまいります。

馬はとっても美味かった。馬といえば馬刺ししか食べたことがなかったのだけど、焼いてもあんなに美味しいなんてびっくりです。

で、ワインもビールも美味しく、友との語らいも楽しく、今日はうれしい二日酔い。

仕事でずっと人と話をしなきゃならなかったのに、ふらふらゆらゆら状態でした。

 

我が家の子どもたちの歯並びは最悪で、特に上の2人はおそらく矯正が必要なんだと思われます。そんなお金はないから、大人になってもしも必要だと思ったら自分でやりなさいって言ってありますが。

娘が歯磨きをしながらしみじみと

「私の歯並びって最悪だなあ 」

と申します。

「ん、大丈夫。最悪なのは歯並びだけじゃないから 」

って言いますと、しばらくあちらを向いてうがいなどをしておりましたが、突然笑い出して

「そりゃ変だよ、普通はそんな風に言わないよ。まるで漫才だね 」。

普通はなんと言うのでしょうか。

 

先日、息子の学校で学習発表会があり、演劇部門に出た息子が高校生の役をやり、部屋でマージャンをしながら学校に行かずにさぼっていることに対して彼の母親とやりとりをする場面があまりにも普段の姿で。思わず、傍から「そうだ、そうだ、もっと勉強しろ、もっとしっかりやれ! 何を言うか、あほんだら 」と声をかけそうになってしいまいました。

帰りは一緒にご飯でも食べて帰ろうよ、だから校門で待っている

と皆の前でいつものように伝え、彼も普通に聞いておりました。結局は昼食をはさんでHRがあるそうで、私はひとりで帰ってきたのですが。

ところが、帰宅後

俺はどうやらマザコンらしい。今日俺はそれを納得した。だからこれからマザコンはもうやめる。

と言い出す。

マザコンじゃないよ、シスコンなのに。

 

相談事が最近多くなってきていて、

人ってね、人の気持ちってなかなかわからないものなんだよねえ。でも、離婚の相談では、不思議とよくわかることもある。

なんてことを話しておりましたら

ふん、あんた俺の気持ちなんて全くわかってないくせに

なんてことを言います。

うーん、私はね、人の気持ちはよくわかるんだけどねえ、さすがの私もなあ、ゴキブリの気持ちはわからないなあ

そう言うと妙に納得するのもおかしい。

春。

若芽がどんどん伸びていくこの時期、子どもの体も心もぐーんと成長するような気がします。成長できるのがうらやましくもあり。

そして春。

進学の季節です。

今年から中学に進学する娘の制服の注文を、うっかり忘れておりました。

そして、春。

進級の季節でもあります。

成績が悪いと、3年に上がる前に4者面談があるそうで。

成績だけじゃなくて、提出物が出てなくてもだめらしいんだあ。俺、あれも、これもそれもどれも、出してないや。

 

お母さんは死にましたと言っておきなさい。

 

2004年3月7日日曜日(晴れなのか 曇りなのか )

ソフトクリームとたこ焼きが何より好きですが、この近くにはどっちのお店もない。じゃ、自分でソフトクリームとたこ焼きの店をやろうかなあ、と、たこ焼き機を買ってきて練習をしました。

           

とっても、とっても美味しいものが出来上がりましたが、本体をじゅっと握ってひどいやけどもしてしまい、たこ焼き屋への道は遠いことを実感しております。

 

さて。

最近の疑問あんど不安は。

親ってのは子どものことを何から何までわかっていて理解しているつもりでいるが、本当は全く何もわかっていないのではないのか? 

ということです。

お父さんも、お母さんも、私のことなんて全くちーーーーっともわかってないなあ。

自分が子どもの頃はずっとそう思っていました。

しかし、自分が親になってみると、いつの間にかこの子たちのことはすべてお見通しよ、ってなつもりになっている。

でもな、家で見る彼らの姿なんて、氷山の一角のそのまたかけらのようなものに違いない。もしかしたら、彼らは本当は人間じゃないかもしれないのだ。ひょっとしたら、人の皮をかぶった、ゴキブリなのかもしれないし、宇宙から来たアホタン星人なのかもしれない。

一体全体、彼らは何の目的があってうちに住み着いているのだろう。

それより何より、あの子たちは、一体なんなんだろう。。。。

だって、ある日突然お腹のなかに住みついて、人の体型から嗜好から性格までを変えてしまった。腹の中で大きくなるだけ大きくなったら、育ててやった感謝の気持ちもなく、死ぬほど痛い思いをさせて勝手に出て来る。出てきたと思ったら泣いて飲んで、暇があれば、壊す、汚す、散らかす、落とす、なんてことしかせず。それでも小さい頃は、将来は博士か大臣かと夢も持てたのに、こっちの意向なんて全く無視して勝手におばかに育つわ、育つわ。

どう考えても、おかしい。どこから来たのか、何でできているのか、どう考えてもわからない。

 

昨日の飲み会はふた男の部活関係のものでした。始めましてのお母様方にご挨拶をすると、ああ、ふた男君のお母さんね、と、皆が私を知っている。もちろん、私のことは知らないけれど、彼のことを知っている。目が、目が、目がみな笑っているのが気になる。

私が部活のある日に彼に届け物をしたついでに、コロッケを大量に差し入れしたこともご存知で、どうもごちそうさま、などとご挨拶をされる。

最近娘と仲良くしてくださって、まるで兄弟みたいよね、ってのは、兄弟であって決して恋人関係にはしてくれるなって予防線を張られたに違いない。

ふた男君ってこうでああでそうでへーなのよねえ。

なぜ皆私以上に私の息子を知っているのだろう。

ねえ、この席には、ぜひふた男君のお母さんの顔を見てみたいってコーチが来られることになっているので、あけておいてね、で、来られたら、ふた男君のお母さん、ご指名だからね、ぜひお相手をしてね。

なんて恐ろしいことも耳に入ってくる。

 コーチってなんだ? そりゃ誰だ? 私が一体何をした??

エースをねらえで、宗方コーチが岡ひろみのご両親に話しをしに行ったときのような、選手になるとか、選抜なんとかに参加とか、そんな話ではないことぐらい、先日練習を見たのでよくわかっている。では、やめてくださいってな話なのか? にしては毎日楽しく楽しく部活だけのために学校に行っているし。

 なんなんだ??

で、コーチが来て、こちらふた男君のお母さん、と紹介されるやいなや、

ほお、へえ、と私の顔をごらんになる。

人が、ほお、って思った時の顔というのは、一瞬輝き絶対に笑っているのをご存知でしょうか。おおっ、待ちに待ったなぞの正体が今明かされるぞ、ってな期待。私はETの母だったのか。。。

人はあくなき好奇心を満足させるために生きているのかもしれない。

いやあ、どんな方かなあと、一度会ってみたいと思っていました。

なんですか? それって親の顔が見てみたいってことでしょうか?

ま、そういえばそういうことになるかもしれませんね。ははは、ほお、なるほどぉぉ、そうか、そうか、そうだったのですかあ、あなたがふた男君のお母さん。はははははは。いやあ、そうだったのですかあ。ははははは。

うちの子、体が大きいから目立ちます? 

いや、彼は態度がでかいです。

・・・・ 。

他のお母さん方からも、お母様ってどんな方かって思っていましたの。お会いできて、ふた男君の性格がなお理解できましたわあ、なんてことを言われる。

 

あいつは、いったい、学校で何をしているのだろう。。。

果たしてこれでいいのだろうか。このまま知らん存ぜぬでもいいのだろうか。

そして、そして、ほお、って納得されてしまう私ってのも、一体なんなんだろうか。

 

少し不安になった夜でした。

 

そういえば、同じ塾に行っていたおとめ子が、

お兄ちゃんって結構いろんなことをやっていたらしくて、助手の先生がいつも、兄貴は元気か? ちゃんとやっているか? って聞いてた。

ある日ね、お兄ちゃんがすいかのジュースってのを買ってきたらしいの。で、それを教室全体に見せて回って、いいだろう、すいかだぜ、すいか、ほーら、飲みたいだろう? でもまずは俺が一番だ。まずは俺様がこの世にも珍しいスイカのジュースを飲んでみるからな。皆うらやましいだろう。って散々言って回って、注目されていざ飲んだら、超まずかったらしくてすごく変な顔をしたって。

助手の先生はそれが忘れられないって言うのよねえ。

なんかね、そんなことばっかりやっていたみたいだよー。

 

そういえば、そのての話は結構ある。

 

知らぬが仏ってことで。。。

 

で、帰ってきたふた男に、あんた塾では勉強もせずにそんなことばっかりやってたん? 

と聞いてみた。

そんなことってなに?

すいかのジュースのことよ。

いや、すいかはそれでもうやめた。

そのすいかのジュースは一体どうしたの?

いやね、まずかったんだけど、皆が飲みたい、飲んでみたいって言うからまわしたらすぐになくなってしまった。

で、次はね、メロンのジュースを買ったんだ。それはね、すいかと違って、美味い美味い。めっちゃ美味かった。で、それからはちゃんとメロンを買うようにしたんだ。

 

そんなこととちゃうわ!

 

2004年3月6日土曜日(晴れ )

4日は新宿のセンチュリーハイアットの27階でランチをしておりました。

このセンチュリーハイアット、まだ上の子二人が小さかった頃、何かのセミナーで上京した時に泊まった懐かしいホテルです。

朝、レストランで朝食を食べていると、周りには様々な方がいらっしゃって、ある外国の方はコーンフレークにミルクをかけたものだけを食べておられたり、他の国の方はベーグルだったり、またまた違った方はデニッシュだったりの多種多様な朝ごはんを食べておられるのを、当然なんだろうけど、ほお、と眺めていたのを覚えています。

新聞が横文字なのはもちろんですが、周りから聞こえてくる会話も横文字が多く、ほお、こんな世界もあるのかと、小さい子どもたちにご飯を食べさせながら感動したものでした。

自然のなかにいるときもいいけれど、ビルに囲まれている自分も好きです。都庁のあたりのなんとも整然としたビルの輝きは、なんだか力をくれるような気がします。

今日も新宿のプリンスホテルで会合があり出かけておりました。カニの食べ放題だったのですが、話に夢中であまり食べることができなかったのがとても残念。

最近ちょっと嫌なことがあって、落ち込んだりもしておりましたが、人と会い、人と話、人とご飯を食べることで、気分はずいぶん良くなります。いやなことがあった時こそ、引きこもってなくて外に出て人と会うのがよいのかもしれません。

が、人の選択を間違えると、なお落ち込むことにもなりかねない。

今忙しくて、時間がただ淡々と流れています。やるべきことをこなしていると、それだけで1日が終わってしまう。

台所も、お風呂も、トイレも、部屋もなんだか薄汚れてきてしまい、部屋の片隅には新聞や本やものが積まれている。

ああ、きちんと掃除をして、風を入れて、物はあるべきところに戻して、花でも飾りたいなあ。

沈丁花が一斉に花開き、梅の花びらが舞い、流れてくる空気に花の香りを感じるようになりました。うちのプランターのパンジーやビオラやスノーポールが一斉に花を開き始めています。チューリップの芽は伸び、ムスカリは花を咲かせました。

春が来たんだなあ。ちょっと寒いけど。


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