日々のこと(20033)

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2003年3月30日日曜日(晴れ )

桜が咲きはじめています。今3分咲きというところでしょうか。

先週の日曜日、散歩をしたときにはまだ全く咲いてなかったのに。本当に、花の命は短くて・・・・ ってものですねえ。

今年の冬は、いつまでもいつまでもとっても寒くって、このまま永遠に春なんて来ないのでは? とずいぶんと思ったものでした。

が、突然春が来て、生暖かい日が続いています。

そうか、そうか。

もう、この子が花開くときなんてないのに違いない。もうだめなのに決まっている。とか、私なんてもうだめに決まっている、もう歳なんだから、この先なんてたかが知れている、、、、そんなことっていろいろ思います。

でもね、でも。

わからないのかもしれません。

時期が来れば、時期さえ来れば、いつか必ず花は開くのです。

 

私にも、子どもたちにも。

 

そして、あなたにも。

 

必ず。

 

 

それを教えてくれる桜って、本当にすばらしいのだと思います。

 

2003年3月29日土曜日(晴れ )

現在38度から39度の熱を出し続けているひつ次郎。熱が高いときには部屋のベッドで寝ていますが、調子がよくなると、1階に下りてきます。相変わらず病院には行っていません。

熱が高いときには何も食べずに寝ていますが、少し調子がよいと、食事もできます。が、やはり、ゼリーやプリン、ヨーグルト、そうめんなどを好みます。

今朝起きてきた彼の顔はやたらと赤い。熱はまだまだ8度5分あります。が、それだけの赤さではなさそう。どうやら赤い点々も見え初めています。

先週のふた男のぽつぽつは、きっと風疹ではなく薬疹だったのだろうと思っていたのですが、もしかしたらやはり風疹で、ひつ次郎にうつしちゃったのかもしれません。

でも、もしかしたら、風疹ではなく、はしか、かも・・・ 。

その風疹かはしかかわからないぽつぽつやろう、昨日の夜あまり食べなかったせいもあって、今朝は食欲があるようです。ごはんと味噌汁と肉団子をおいしそうに食べ始めました。私の母は「食欲があってご飯が食べられたら大丈夫、病気は治る 」って常々言っておりましたので、ちょっと一安心です。もちろんは母医者ではありませんので、専門的なことではないでしょうが。

やがて、箸をくわえたひつ次郎、額にしわを寄せて、眉間にも深い溝を作り、古畑ニンザブロウかコナンか刑事コロンボかといわんばかりの顔をして、うなり始めました。調子でも悪いのかなあ、まだ食べちゃいけなかったのかなあ、どうしたんだろうと心配になると、

「うーーん、うーーん、こっちかなあ、あっちのかなあ。うーーん、悩むなあ。でも、うん、やっぱりこっちの肉団子のほうが大きい 」

と打って変わったにこにこ顔で箸に突き刺した肉団子を頬張り、

「さーー、プリン、プリン、ゼリー、ゼリー 」

と食べた茶碗を持って台所に去ってゆきました。

現在、スイーツブームとやらで、雑誌やテレビなどでよくケーキの特集などをやっています。プランタンなどでの、期間限定商品などには、いつでも行列ができています。デザート専門の職人さん、えーと、なんか横文字のお仕事も人気職業らしいです。

が、問題は、その紹介されるスイーツって、やたら高い。うちの巨大胃袋妖怪ドモには2口ぐらいにしかならないだろうきれいなかわいい美しいげーじゅつ的なケーキを我が家のおやつにするなんざ、象のおやつにマスクメロンを食べさせるようなもの。

で、あまり美しい芸術的なケーキなどを食べる機会はないのです。しかし、高い、芸術的なスイーツだけが人に幸せをもたらすものでもないらしいです。

ひつ次郎が病気のため、うちには今ゼリーやプリンやヨーグルトのようなものがたくさん冷蔵庫に入っています。そして、1個100円ぐらいしかしないであろうそれらのおやつを、子どもたちはいともおいしそうに、いとも大切そうに、ひとさじ、ひとさじ味わってにこにこしながら食べているのです。

ひつ次郎も、ぷっちんプリンとみかんのゼリーを冷蔵庫から持ってきて、まずはぷっちんプリンを皿にひっくり返します。底のぽっちに手をかけながら

「ほっ、ほお、おっとと、うーん、やろうかなあ。どうしようかなあ。ひえっひえっ、ぷっちんしよーーかな 」

とそれだけでもうれしそう。

「おおっ、カラメルソースがたくさん。うーん、おいしいねえ 」

きっと彼にとっては、デパートの地下から大事に持ち帰った1個500円のケーキよりも美味しく楽しいのでしょう。

 

じき、おとめ子も帰ってきて、こっちも皿を持ち出しぷっちんプリンを皿にひっくり返し、ひとさじひとさじ大事そうにすくっていきます。

ぷっちんプリンって、さじですくうってよりも、薄く層をはがすように、たてに直角に、横に水平に食べ進んでいくのは、我が家だけでしょうか。台形にはがした薄っぺらいのをちびちび食べるのが美味しいんだよね。ふた男は2口ぐらいで食べてしまいますが。

それでも、昨日の夜はポークソテーとサラダと味噌汁、今日の朝は味噌汁に肉団子、お昼はカレー、夜は餃子と、ふきとこんにゃくとしいたけの煮物と、鳥ぶつと豆腐としめじとほうれん草のスープ、と、栄養には気を使っております。

ひつ次郎の絵が何かに入選してどっかに明日まで展示してあるとの教頭先生からの電話があってすでに1週間。まだ見に行っていません。きっと彼はいけないでしょう。「僕、見に行けないよねえ。あーーあ。明日までだよね 」といい続けています。

「あーーあ。俺校庭開放に行きたいなあ。野球したいなあ。遊びたいなあ 」

といい続けています。

病気をされているお子さんをお持ちの方の気持ちが、少しだけわかったような気がします。

はーーやく元気になーーれ。

子どもが皆元気に暮らせる世の中になーーれ。

私のぎっくり腰も、まだまだ痛いです。

 

2003年3月27日水曜日(晴れ )

突然のこの暑さ。今日は実に20度を越したそうな。これで桜の開花も早まったことでしょう。花が咲きそろうのが楽しみです。

長男の熱、私のぎっくり腰に続き、次男が現在39度の熱を出しています。なんか、ここの所、家族の体調の不調が続きます。なんかののろいでもあるのでしょうか。次男は熱が高すぎて、辛い、きついと泣いて訴えてもいましたが、私のぎっくり腰ゆえに、病院にもいけません。市販の、うちにある薬を、それでも薬があるってだけでありがたがって飲んでいる彼を見ると、なんだか悲しくなってしまいます。普通の家だったら、どうにかしてでも病院に連れて行くのだろうになあ。

ぎっくり腰で、次男を病院には連れて行けませんが、洗濯やご飯作りはやっております。長男が杖を作ってくれました。杖にすがれば歩けないことはありません。でも、腰は、だんだんと痛さを増してきているような気もします。

母子家庭になって、最初に困ったのは子どもの病気でした。仕事の初日にいっきなり39度5分の発熱で呼び出されて、さっき紹介されたばかりの部署で頭を下げ下げ保育園にお迎えに走ったことも懐かしいこと。雑誌の締め切りのたびに、風疹だ、おたふくだ、水痘だと、次々に病気をしたおかげで、自宅でも仕事ができるようにと、パソコンを買い、ネットに接続し、プリンターを買いに走り、それらをなんとか自分でつなぎ締め切りを乗り切り、おかげで現在につながるネット環境が整ったこと。それでも間に合わないときには、水疱瘡の子どもを連れて出社したりもしました。年長さんになった子どもは、ひとり寝かせておいて仕事に行き、昼休みに戻って食事をさせて様子をみて、また知らん顔をして仕事に戻ったり。土曜日や日曜日の夜に熱を出すと、ああ、月曜日にはどうにか熱を下げてくださいと神様に祈ったり、それでも休む印象をよくしようと、前日に子どもが病気で休むかもしれないというメールを打っておいたり。いろんな苦労がありました。

最近、子どもが大きくなってくると、困るのは子どもの病気ではなく、自分の病気になってきます。子どもは病気をしてもひとり寝かせておけばいいのですが、自分が病気をして仕事ができなくなるのが一番困ります。洗濯や食事は言えばどうにかなるものの、細かな家事はやはり子どもだけではどうにもならないもののようです。

そういえば、私たち家族が上京してきて、今日でちょうど丸6年を迎えます。6年前、子どもたちは、7歳、5歳、2歳でした。今、熱をだして寝ている次男ひつ次郎は、まだおしめをしていて、言葉なんて一言も話せませんでした。あれから6年かあ。本当にいろんなことがありました。ベビーシッターが必要なくなってからも、まだ2年ぐらいしかたっていないのです。今となっては、最初っからあんな姿であんな顔をしてこんな調子でここにいたような気にさえなりますが、つい2年前までは保育園の送り迎えがあり、夜の仕事ではシッターさんを頼み、ご飯を作って携帯を握り締めて仕事をしていたんだなあ。

無我夢中でやってきて、ようやく子どもにあまり手がかからなくなってきたら、自分の体がもう無理がきかないようになってきています。子どもたちが独立するまであと何年なんだろうなあ。

上京してきたとき、隣の公園の桜が満開でした。引越し前に、九州では花見をしてきておりました。2度の花見をすることで、日本って長いんだな、でも咲いている花は同じものなんだな、ってことを感じました。

7年目。長男にとって人生の半分以上を東京で過ごしたことになります。彼らの基地はもうここにあり、九州を故郷だと思うこともなくなってしまうのでしょう。

でも、一体私はどこで死ぬのかなあ。骨をどこに埋めるのでしょう。

時々、そんなことを考えます。

弱気なんじゃなくて、前向きだからこそ、そう考えるのだと、思っています。

 

2003年3月25日火曜日(雨 )

お天気がよかった昨日。成績が大変悪くお勉強の必要がありすぎる、ふた男とおとめ子は部屋に押し込んで、ひつ次郎のみを連れて散歩に出かけました。

勉強の邪魔をしないようにとの、母の愛。。。。彼らにはわかるかなあ。わかって欲しいなあ。

目的はなかったけど、向かった先は、まず、はしごのだんだん麺。ひつ次郎は醤油味の麺。餃子とごはんもきちんと食べました。美味いんだなあ、はしごのだんだん麺。

その後、むしょうにソフトクリームが食べたくなったものの、ソフトクリームの店はなかなか見つからず、コンビニでアイスを買うことにいたしました。店に入ったところで目につくものは、期間限定ストロベリーのチョコの数々。ピンクとチョコに弱い私は、目につくものをいくつも買い込んで、ソフトクリームの形をしたアイスも買い込んで、歩きながらひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、いつつ・・・・ 。

次に目に付いたのは、お肉やさんの店先でほかほかと湯気をたてている、今まさに揚げたての、コロッケとメンチカツ。コロッケ1つ70円とはうれしい価格。140円と値段はかわいくないけど、子どものわらじのような大きさのメンチにも惹かれます。それぞれ5個ずつ買い込んで、今夜のおかずとすることにいたしました。

結局はおかずにはならず、おやつになってしまったのですが。

本屋によったり、電車をみたり、見るだけでは面白くないので、目的もなく電車に乗ったり、ただなんとなく乗り換えたりして時間は過ぎていきます。電車の一番前や一番後ろには、我が家のような鉄ちゃんが必ずいるものだなあ、なんて、発見もありながら。

ちょっと散歩のつもりだった私は、ずっしりとおもりが付いた重たい重たい靴を履いておりました。2時間もその靴で歩き回っていると、まあ、足が痛いこと、腰も痛いこと。結局最後には上野のまだ全く咲いていない桜並木を歩いて、その後バスに乗って帰ってきました。ずどんと疲れて、座り込んでしまうぐらい疲れた、疲れた。

そして、おなかも空いた。チョコもコロッケもついでにご飯も味噌汁も、美味しく美味しくいただいてしまいました。帰宅後3度も。おやつと夕食と夜食。

 

そして、今日。

仕事に行くのでスカートをはこうとしたら、なんだか裏地がももにくっついているような気がするし、くるくる回っていたウエストがびっしりと肉に食い込んでいるのです。つい数日前にはすかすかだったのに。あらあら、この連休で‘また ’太ったのかしらん? 重たい靴を履いて、あんなに歩いたのに。

それでも、まとわり付くスカートを翻し、荷物にゴミ袋のレインコートをかぶせ、えっちらこっちらと仕事に行きました。ちょうど小雨になったところだったので、自転車に荷物を積んで、なんとか、自分も乗ってこぎこぎしていたら。

どっかをどうにかしたらしいのですねえ。

あら、おかしいわねえ、なんか腰に違和感があるわあ、が、やがて、なんか痛いなあ、またやっちまったかなあ、になり、うーーん、絶対にやっちまった、うーーん、いたたたたたたた、あいたたた、いやだなあ、いてて、あーーいてて、いたたたたたた、になってしまったのです。

そう、ぎっくり腰。

ここのところやってなかったので安心していたのに。だんだん麺と、チョコとソフトクリームとコロッケとメンチ。それに、重たい靴を履いて数時間も歩いたときの腰へのなんらかの影響、そして、雨の中不自然な格好で思い荷物を自転車に乗せて走ったこと、すべてが見事に影響をし合って、この腰の強烈な痛みを作り出したのでしょう。

まじ、痛いっす。

立ち上がるのに、子どもの誰かを呼びそれにすがってあげてもらうしか方法がありません。歩くのには、誰かを杖にしてすがって歩いています。それでも夕食は作りましたが。

 

 

今度こそ、まじでやせようかなあ。で、もっと運動して筋肉つけようかなあ、

そう誓った春の一日でした。

 

2003年3月22日土曜日(曇り )

今から8年前、テレビは一日中オウム真理教教団施設強制捜査のニュースで持ちきりでした。カナリアを連れた完全防備の人たちがたくさんあちこちの施設に入っていった画が流れていました。

そんな中、私は3日も4日も続く陣痛の真っ最中でした。長男の難産でできた傷のため長女を早産した私は、3番目の妊娠時には子宮の入り口をくくる手術を受けていました。そのためか、微弱陣痛でなかなか子宮が開かず、とうとう陣痛促進剤を投与。錠剤の後、いよいよ点滴に移り、あのものすごい痛さと戦いながら、目はずっと強制捜査を追っていました。

今陣痛に苦しんでいる方は、戦争のテレビを見ておられるのでしょうか。

そのせいでもないでしょうが、この頃なんだかカリカリとつかかる人が増えているような気がします。自分で出すとげは人を傷つけるだけではなく、自分の中深くに刺さっていっているのでしょうに。とげからは悪性の毒がたくさん分泌されているような気がします。自分で毒を作り、自分でその毒にあたる。なんか痛々しい様子もいろいろ見てきました。そんな年齢になってきているのかな。

あがいたってもがいたって、こんな状況以上でも以下でもない私たちは、カリカリもできません。したがって、のんびりと温泉にでも浸かり、美味しいものを食べ、のんびりと自然の中で大地の息吹や澄み切った空気を満喫する、夢、を見るしかありません。そこで、娘と二人、温泉やグルメ番組をしんみりとお茶を飲みながら見ています。二人とも食べ物と温泉が大好き。

「もうすこししたら、二人でいこーね 」

「もうちょっとしたら、食べにいこーね 」

と言い合っています。

 

2003年3月20日木曜日(晴れ )

そして長男の体には、仕上げにふさわしく、赤いてんてん、ぷちぷちが。

なつかしい。体中に現れたぷちぷちなんて。テレビで見る別府温泉ぐらい懐かしいものです。あ、そういえば、私は次男ひつ次郎のベビーカーを押して大分空港を歩いていたときに、恐れ多くも、秋篠宮殿下の恩前をそそーーーっと横切ったことがあります。ちょいとすみませんねえ、あ、ほいほいと歩いていたら、なんだか周りがうるさくて、振り返って見たら、あら、なんか似ているわねえ、仰々しいわねえ、いっぱいひとがいるわねえ、って感じだったのですが。

でもねえ、おかしいなあ。この長男の風疹なんて今回で3回目。そんなこともあるのかなあ。もしかしたら、はしかかしらん?

といっている間に、長女にもその気ざしが。

そして、いずれは次男にもあらわれるのでしょう。

 

2003年3月18日火曜日(晴れのち雨 )

「俺、あと3ヶ月しか生きられなかったら、何をして過ごそうかなあ 」

長男は現在思い悩んでいる。そう、彼は現在病気と闘っているのです。

 

彼は、ここのところずっと「めまいがする 」「吐き気がする 」「ぐらぐらする 」と言い、食事の量もぐっと減っておりました。おかしいなあ、栄養不足の貧血かしらん? ダイエットでもしているのかなあ、疲れかなあ、ストレスかなあ。ほうれん草や小松菜をたくさんゆで、あまり自分のイライラを彼にぶつけちゃいかんのだなあと思っていたある日。

テニスウエアーがあまりにもダサいので、一緒に買い

に行こうと計画していた日。「俺、病院に行きたい 」と彼が突然言い出しました。

予定を変更して行った病院は、午後の診察が2時から。その時ちょうど1時だったため、時間つぶしに近くのうどん屋で昼食をとることにしました。そこで彼は、こうどん、を注文したのです。いつもはカツ丼とうどんを食べたうえにお代わりを注文するくせに。

ああ、やっぱり胃癌なのかなあ、ストレスをかけすぎたよなあ、そういえば顔がとっても細くなってしまって。思い悩む私には、肉うどんがあまり美味しく感じられませんでした。

2時を待って病院へ。傷ついた親子は片隅にそっと寄り添います。

いざ、診察。体温を測ると38度5分。せきもどんどん激しくなってきて、様子を見る医者の目も、だんだんと鋭くなってきているような気がします。ああ、神様。

「くらくらするのね、吐き気も? そう。ちょっとべろを出してね、はい、大丈夫。おなかもおかしいの? 痛い? 痛くはないの? そう。セキねえ、あ、そんな感じのセキが出るのかあ。ふーん。そう。で、なんか生のもでも食べましたか? 」

医者の問診と聴診は続く。カルテに書き込む文字がどんどん増えていく。文字がすべて「癌 」ってな文字に見える。

そんなに悪いのか、と空を仰いだその時。

生ものじゃないけど・・・ 。かあちゃんが3〜 4日前に作ったスープに入っていた春雨は、賞味期限が2001年でした 」

また、一昨日飲んだスープに入っていた牛乳は、賞味期限を7日も過ぎていましたっ!! 

おいおい・・・ 。

「えっ? 」

「いえ、先生、あのですねえ、それらにはすべてちゃんと火を通していますし、それよりなにより、私もかれの兄弟も皆同じものを食べたのに、私たちはなーーーーんともありませんからねえ、それはあの、あまり関係がないのではないかと思われますがねえ 」

と言い訳をする己が醜い。ああ、なんで彼にしやべっちゃったんだろう。だって、春雨はなーーーんともなかったので使ったら、捨てた袋に2001年って書いてあっただけだし、牛乳だって飲んで見たけど全く平気だったので、せめて火を入れるスープに使ったのに。

ちえっ。

 

診察も終わり、癌ではなく、今流行っている風邪の一種だという診断を得た彼は

「俺って流行り物が好きだねえ、なんでひつ次郎やおとめ子は病気にならないんだろうねえ 」

と不思議そう。

「あなたは電車通学して、ばい菌をたくさん触るのに、手を洗わないからよ。ほら、考えてごらん? あなたが触っているつり革や、、、 」

のところで、

やめてくれーーーー。思っただけで、うえっうえっ。

ふん、そんなところだけはデリケートなんだから。

その日の夕食はうなぎでした。いろいろあって忙しくてちゃんとした夕食を作れないので、生協のうなぎを温めたのと、ブロッコリーとトマトともろきゅうと味噌汁だったのです。

吐き気止めを飲んでいる長男はうなぎを食べることなんてできないだろうと、でっかい2尾を3人で分けてたべてしまったら、どこからともなく

うなぎぃぃぃぃぃぃうなぎぃぃぃぃぃぃぃうなぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃっぃいいいいいいいい    いいいいいいいい   いいいいいいいいい   いいいいいいいいい  いいいいいいいい   いいいいいいいい   いいいいいいいいいいぃぃぃ

と聞こえてくる。寝ているはずなのに、鼻は元気らしい。

 1日寝ても熱が下がらない彼に向かって翌日

「あんたさあ、なんかばちが当たることをしたんでしょう? 」

と聞いてみた。

「なんか悪いことをしたのを隠しているんでしょう? 」

「いや、俺なんにもしてない。したといえば、2001年賞味期限切れの春雨を食ったことくらいかなあ 」

「・・・ 」。

 

 しかし、彼は、今全力で、よくなりたい、元気になりたいと願っているのです。

 理由は。

 明日、彼の学校の保護者会があり、

「あんたねえ、もう学校に行くのって無理だから、通知表は私がもらってくるからね 」

って言ったことにあるらしいです。

 

 

 

 とても見せられない、、、らしいので、意地でも自分で受け取りたいらしい。

 

 

あーーーあ。

進級できるのかなあ。

 

2003年3月16日日曜日(晴れのち雨 )

現在我が家の子どもたちは人生ゲームに夢中。

傍で見ていると、ゲームは人格を映し出す鏡であることがよく分かる。

たとえ一人ででもゲーム盤に向かっているひつ次郎。チョンボといい加減さにおいては右に出る者はいない。彼はまずこれから自分が進むます目の文字を読んで、大金が入りそうなところにめぼしをつける。そこで一応ルーレットを回しはするが、出た目の数なんて全く無視。駒は彼がめぼしをつけたところにぴたっと止まる。お金は出て行くことがなくたまる一方で、大金を手にした彼はゴールの頃にはうはうは状態。目の色も変わり、風貌はすっかり成金親父。

その調子でひつ次郎とふた男が勝負をすると、これまた大変。ゲームにはとことん忠実なふた男はひつ次郎のチョンボを鋭く見つけ指摘し訂正する。指摘されたひつ次郎は自分がチョンボをしたことなんかはどうでもよいことのようで、それを指摘されて持ち金が減ることが悔しくて悔しくてたまらない。泣き叫び地団駄踏んで嫌がる。

ああ、これが、将来、浮気をしたことを棚にあげて、普段の奥さんの態度が悪いからだとか、この家には俺の安らぎがなかっただとか、そんな男の言い訳につながっていくのかしらん、と、思ったりもする。

ひつ

次郎とおとめ子が勝負をすると、これまた不可解な現象が起こる。ふたりとも、自分の財産を増やすことに必死で相手のことなんてどうでもいいので、お互い好き勝手にチョンボをし、お互いものすごい金額を溜め込んでにこにこしている。ふたりとも、人生最後の勝負なんかを気にすることはなく、それよりも、今の小金に生きるタイプのよう。

でも、本当は思うところになって駒は進まないって現実にぶち当たったら、この二人一体どうするのだろう。

ゲームには忠実、勝ち負け命、のふた男ときたら、人のチョンボは許さず、自分も絶対にチョンボなどはしない。

彼は株券や生命保険を堅実にため、どんな運命に遭遇しようとも、着実に歩いていくタイプ。ゲームの趣旨をよく理解し、勝負にこだわる。しかし、どんなにお金をためて老後になろうとも、最後の最後に有り金すべてをはたいて月旅行などに行くはめになり、すっからかんで負けちゃうんだなあ。

「かあちゃん、俺子どもが4人になった。生活苦しいわあ。とんでもないなあ 」なんてぼやきながらせっせと株を買っている。ちっとは人の苦労が分かりそうなものというものだ。

そのほか、最近彼らがよく打っている将棋を見ていてもとっても面白い。試験中、何も勉強なんてやってないくせに、母ちゃん、お願いだから一局打って、と将棋版を持ち出してくる長男。私はまったくお断りだけど、弟にはずいぶんなハンデをつけて打っている。

きちんと守りも考える長男と、守りなんて全く頭にはなく、王自ら敵地に戦いに行く次男。相手からとった駒を十分に生かして使う長男と、相手からとった駒は絶対に使わない次男。ぎゃーぎゃー言いながら、それでもずいぶん勝負は続く。

おとめ子にいたっては、何も分からず相手をさせられるが、これも結構続くものだ。

人生もしかり、、、なのかもしれないなあ。

 

2003年3月15日土曜日(晴れたり曇ったり )

いつまでも寒いこと。去年の今頃は桜の開花を迎えていたというのに。

10日月曜日、長男は学校が休みのため、二人で用事を済ませに外出。お昼は駅の中でケンタッキー。一緒に連れ立って歩いて二人でご飯を食べるのは、いつまでなんだろうなあ。

12日、午前中は池袋で仕事、その後渋谷に大竹しのぶ主演「奇跡の人 」を見に行く。この日、長男もどこかで観劇の授業だったらしい。

先日飲み会で会った方は、おそらく聞いた人すべてがうらやむような仕事をやめて、演劇の世界に飛び込んだということだ。演劇にはそんな魅力がある。演劇はすばらしい。

 14日、ホワイトデー。仕事でずいぶん配ったのに、帰ってきたのはわずかだった。

15日、本当ならば羽根木公園に行く予定だったのだけど、朝からぽつぽつと雨が落ちたので、予定変更。たくさんの用事を抱えて池袋へ。サンシャインのディズニーストアーでTDSのチケットを購入。月末に大学に進学する姪っ子と姉がやってくるから。あのぽわぽわ頭をして、はにかんだ顔で笑っていた彼女がもう大学生かあ。大きくなったものだ。たれぱんだの店などを覗き、娘はお友達の誕生日プレゼントを購入。人人人人でものすごかったけど、いろんなお店を見て回るのはとっても楽しい。ここのところ、ほとんどをネットショッピングで済ませているので、デパートや商店は本当に久しぶりだった。

「たったこれだけのものでも、買い物って楽しいね 」

娘というのはよいものだ。一緒に連れて行った次男は何度も何度も迷子になりかかる。買い物は男と来るものではない。

デパートの屋上で小遣いを渡し、うどんをすすり、ソフトクリームを食べて帰る。子どもが小さい頃には屋上は庭の延長のようなものだったけど、あまり行かなくなったなあ。でも、土曜日だったので、仕事中らしきサラリーマンの方が多くうどんをすすっておられた。たぬきもきつねも300円。これが大好き。

帰りに、次男が買ったホワイトデーのプレゼントを彼女の家まで渡しにいく。去年も確か寄った家だった。来年も来るかなあ。

 

2003年3月9日日曜日(晴れ )

ひつ次郎は地域のマラソン大会に出場。見事学年11位。

ひとりで起きて、ひとりで出かけて行きました。何を着ていいかわからないときには、電話連絡網を見て、友達に電話をして聞いていたようです。電話の相手は、どうやらガールフレンドらしい。その友達の家で待ち合わせをして一緒に連れて行ってもらったらしい。それにしても、応援のない家ってそうそうなかっただろうに、彼は何も言わない。お土産をたくさんもらって意気揚々と帰ってきて、ジュースを姉や兄と分けて飲んでいる。

そんな性格ってとても好きです。そんな性格に育ってくれてとってもうれしいです。

仕事がようやくひと段落したので、家中の掃除をしました。少しは人間が住む空間に近づいたような気がします。でも、来週も再来週も忙しいんだなあ。

昨日は渋谷にメトロポリタン美術館展を見に行っておりました。長男ふた男は、絵や創作が好きで、最近美術の先生にいろいろ教わっているようです。そこで、ピカゾに興味を持ったらしい。先日までどこかでピカソ展があっていましたが、残念ながら見に行くことができず、春休みに箱根まで行こうと計画をたてていたところでした。

ら、先日偶然仕事先でこのメトロポリタン美術展の割引券を発見したのです。

小さい頃にはよく美術館に連れて行ったものでしたが、あまり興味を持つこともなく、早く出ようよというばかりで面白くなかったのですが、今回は自分の小遣いで音声ガイドを借りて、すべての作品をとっても興味深く見たようです。生ってすごいねえ、本物っていいねえ。帰りに買い与えた冊子を電車の中でも眺めながら、余韻にひたっておりました。

いい男になったものだ。

玄関にはあの青いやつ、寝室には白のあれ、台所にはそれ、居間にはこれを飾りたいってのがありました。ほほー、あなたねえ、それを全部買ったらきっと2兆は越すね、それよりも売ってくれないだろうなあ。と考えると、一度にものすごいものが見れたわけだねえ。600円で。いいねえ、いいもんだねえ、と長男。

全くいい男になったものだ。

今度、長女は観劇に連れ出したいと思っています。この前のジゼル、一緒に見ればよかったかなあ。

夢を持つこと、夢を追い続けること、自分の好きなことを見つけること、それを伸ばすこと、そんなのってどうやったらできるんだったけ? 好きで好きでたまらないってことを一生やり続け、それを仕事にもできたらどんんなに幸せでしょう。

夢。どうせ無理よということなく、夢に向かって突き進んで欲しいなあ、そう思っています。

 

2003年3月7日金曜日(雨 )

土砂降りの雨。その中、荷物にレインコートと称したゴミ袋をかぶせ、えっちらおっちら抱えて傘を吹き飛ばされながら歩いていたのは、この私です。コートもマフラーもびっしょびしょ。ああ、なんでこんなことをしているのだろう、、、神社で叫んでも、その日にははと一羽いない。

それにあなた。土砂降りだというのに、なぜか今年初めて発症した花粉症。今年は全く兆候もなく、快適ライフを満喫していたのに。なぜ、土砂降りの日に。

木曜日、マスコミ関係の仲間と10人近くで飲みました。その日、とっても嫌なことがあって、子どもたちに慰められていたのですが、その会で悩みやもやもやはすべて吹っ飛んでしまいました。

たった一度の人生なんだもの。やれることはなんでもやりたい。手に入れたいと思うものすべてを手に入れずして、何のための人生だろ。夢ってのは見るためにあるんじゃない、かなえるためにあるんだ、ってことを強く意識しました。

後ろ向き度58%だったのに、帰る頃には前向き度380%。やりまっせ。

しかし。

とっても美味しかったビールとワインの相乗効果で、今日はまあ、頭が痛いし気分は悪いし最悪です。

それでも、

そうか、そうか、じゃ寝てなさい、と言って、黙って自分たちで朝の支度をして出かけていく子どもたちに支えられて、雨の中ハードに仕事をしてまいりました。世の中すべてが敵に回ったとしても、私には応援してくれる家族がいる。

それに、どどーんと落ち込んでいたのに、今日はとってもよいこともあったのです。

幸せってのは、何かが持ってきてくれるものでもなく、そこに待っているものでもない。幸せってのは、すべて自分の中にあって小出しにちょっとずつ気がつくものなのかもしれません。

物事には幸せも不幸もありません。それらはすべて感じる自分の中にあるのだと、そう思います。

 

2003年3月3日月曜日(晴れ )

デジカメを買ってずいぶんたつ。使えるようになってからは、まだわずかな月日しかたってないが。使ったのにいたっては、数えるほどしかないが。

で、なんとかネットでも使ってみたくて、いろいろやってみていた。ら、できた。

            

宇宙から来た十段バラ星人52号。

別名、あずさで寝る長男巨大胃袋妖怪1号。

  

 

お目直しに、八ヶ岳の夕日。

なーんだ、いろいろできるじゃないですかあ。

さあ、次は何が出てくるか、どうぞお楽しみに。

 

2003年3月2日日曜日(晴れ )

昨日とはうって変わった今日の快晴に、羽根木に行きたいとひつ次郎はごねる。が、明日から長男ふた男は学期末テスト。長女おとめ子は夕方から塾、私には仕事がある。行けるはずもなく。

3歩進んで2歩下がり、その後1歩は進んだものの、一気に10歩は後退している現在。先のことなんか全く見えなくなって、ふと考えた。

先を見るからいけないんだ。先なんてどうでもいい。まずは、今。

で、今のことだけを必死で考えています。考えているのは次のようなこと。

1)今年は花粉が多く、今までよりも花粉症に苦しむ人が多いとのこと。確かにうちの子ども達は、去年まではそんなに花粉症って症状もなかったのに、現在はぐしゅぐしゅ、ごほごほ、ふにゃふにゃ苦しんでいます。

私の場合、去年の今頃は自分の声がもともとどういうものだったかなんて全く分からない状態で、おまけに普通とおりにしていても鼻水がたらーりたらーーーりだったので、常にティッシュを鼻に突っ込んでおりました。仕事中は、ずっとティッシュを持ってたれる鼻を吸い取っておりましたっけ。

   なのに、今年、私には、全く、なんの花粉症の症状も現れていません。

   ちょっぴり目が痒い時があり、時々くしゃみが出るくらいです。鼻にいたっては、全くなんてこともない。

   突然、どうしたんだろ?? 何がよかったのだろう?? とっても不思議です。

2)最近、サントリーのダイエットって発泡酒がお気に入りで、ずっとそればかりを飲んでいます。カロリーは50%、糖質が70%、プリン体は50%カットってやつです。

  ところが、このダイエットビールってのは、どうしてもするする体に入っていってしまい、結局いつもの倍の量を摂取してしまっている。

  50%オフも、倍を摂取すれば0%オフ、でも、お金はオフでないので倍になれば倍払うことになる。

 これって、新しい商法なのかなあ。

3)あるコマーシャルでの一こま。

「ばら色って何色? 」

これをずっと考えています。

 ばら色。一体どんな色なんだろ?? 真っ赤じゃないし、紫でもないし、ピンクなんだけど、どんなピンクなんだろ??

 ばら色って何色??

 皆様、どう思われます??

 で、こんなことばかりを考えている私って、本当にばら色の人生を歩いているんだな、って、ちょっと幸せです。

 ちなみに、私は真紅のバラが、いっちばん好きです。


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