日々のこと(2002年1月)
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2002年1月31日木曜日(晴れ ) |
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庭に小鳥がたくさんやってきます。 大きな木があるせいでしょうか。近頃はうぐいすがよくやってきては、木の幹をつついています。そばでよく見ると、うぐいすのくちばしって、結構長い。 ホオジロやめじろもやってきます。すずめは集団でやってきて、時々おとめ子が庭にまいているハムスターのえさの残りをつついています。 すずめよりは大きめ、はとよりは小さめの鳥も来るのですが、名前がわかりません。なんとはなしにこれらの鳥を見ていると、なんだか心が和みます。時折洗濯物の上に落ちているふんには閉口しているんですが、ねずみのふんほどには腹は立たない。子ども達が泥遊びをする土の上にある猫の糞にはちょっと頭に来ますが。 もう今年の1月も終りとなってしまいました。もうすぐ冬季オリンピックが始まります。前回の数々のドラマからもう4年も経ってしまったのでしょうか。4年前とメンバーはあまり変わってないような気がしますが、また4年前とは全く違ったドラマが繰り広げられるのでしょう。 なんだか世間では、いやな事件ばかりが続いております。 企業は信用できないし、子どもだって塾の合間に殺人を犯す時代。子どもには「嘘をついてはいけません 」なんて教えるくせに、大人の世界はうそやごまかしばかり。 国際的にも、ちょっと緊張が高まっているような気もします。 一体どうなってゆくのでしょう。 4年前のオリンピックの年。あの頃は、まさか4年後がこんな情況だなんて、誰も思わなかったでしょう。きっと日本は立ち直っている。今がどん底だ、これからはよくなる、そう信じていたような気がします。なのになあ。 この先の4年も、全く分かりません。こんな世の中に育っていく子ども達がちょっと不憫でもあります。が、裏を返せば、これからの世の中は彼ら次第ってことでもあります。 なんだかこれから大きな変化があるような気がしてなりません。何も考えずにただ波に押し流されてしまうと、とんでもないことになりそうな気もします。 世の中がどうなろうと、子どもには、人としてきちんと信じる道を歩いて行って欲しい。そろそろいろんなものが陶冶される時代がやってくるのかもしれませんね。 「子どもの時間は無限ではない。子どもの時間は有限なのだ 」 誰かがそうおっしゃっていました。あと数年。私は彼らに何を残せるのか。 ちょっとあせらなければならないような気もします。 |
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2002年1月28日月曜日(晴れ ) |
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脂肪の量とやる気ってのは、反比例の関係にあるようですねえ。 また、脂肪の量と、愚痴・怒り・八つ当たりってのは、正比例します。 朝顔を洗う時に、なんだかホホのふくらみが両手の平にいつもにまして感じられた時。昼に着替える時のスカートのフォックが止まらずに、ボンレスハム状態どころか、極太ウインナーソーセージ状態に近いことが分かった時。その後の人生真っ暗に思えるものです。で、なんだかイライラする。でも出かけなきゃならないのに、着ていく服がない。いつものスカートをはいても、出ている足はぶっといし、セーターを着た二の腕はぷよぷよしている。寸胴のワンピースに着替えても、本来ならば寸胴のはずなのに、なんだか裏地がふともものあたりの肌にくっ付いてくる。寸胴をやめて、ジャストウエストのものにすると、あらあら、ウエストのくびれがない。ベルトを締めようとすると、ああ、極太ウインナー。 それでも今の時期はコートを着て誤魔化せばいいけど、どうしたって二重あごを隠すことはできない。二重あごのちょいと上を見ると、なんだかたるんできた張りのないお肌に化粧が浮いている。ああ、こんな私に誰がした。 で、イライラはつのる。出かける気も失せる。悔しいからそこにあったバナナを1本食べて、ついでに隣にあったチョコパイにも手を伸ばす。 「ねえ、見てて、見てて 」とまとわり付いてくる子どもがわずらわしい。わずらわしいのは分かっているのに「見てて、見てて 」と言われると、ついついそっちをむいてしまう己がいやだ。それに、こっちが仕事の手を休めてじっと我慢をして首を曲げて見ていた時に限って、彼らの行動は失敗に終わる。「もう1回。ねえ、見てて、見てて 」は、彼らの試みが成功するまで続けられる。成功したらしたで、もう一度成功するまで続けられる。つまり、彼らが飽きるまで続くのだ。「どれだけでも見ててあげるから、その宿題をやってしまいなさい 」とか「見ていてあげるから、歯をしっかり磨きなさい 」なんて時には「ちゃんとやるから。もう、イヤだなあ、ちぇっ、なんでそんなことをしなきゃならないんだよぉぉ 」と嫌がるくせに。 逃げてしまおうと台所の方向に歩き始めると、落ちていた鉛筆を踏んづけてバリっと音がする。その辺にほったらかしのランドセルに躓く。その弾みで、せっかくたたんで各人別に分けてあった洗濯物を見事に蹴散らす。あっと思いそっちに気をとられた瞬間、足はスカートのすそを踏んづけ、なにかの拍子にすその祭り縫いがびりびりとほどけてゆく。 あーーーーーーーーーーーっ、もうっ!!!! で、怒りは爆発する。 怒りが爆発した時に限って、勘はさえる。 長男の部屋の明かりがちかちかするので、蛍光灯を取替えようと彼のベッドに登ったところで、そう言えば彼は先日修平に向かって「お前なあ、机の引き出しなんかに隠しておくからすぐに見つかるんだよ。ちゃんとベッドの下に隠さなきゃ 」なんて言っていたことを思い出し、こいつも何かを隠しているに違いないと、ちょいと布団をめくってみたならば・・・ 。まあ、そこにはずっと禁止されていて、何度も何度も取り上げられては捨てられる、山のようなゲームの数々。最近部屋に入ると、勉強しているふりをしながら、ひょいと手をお尻の下にやって隠していたものはこれだったのか。そりゃお年玉が全く残っていないわけだわなあ。 ま、ひょいとめくった瞬間に、Hな本がどばーっと出てきたらもっとショックだとは思うのだけど。 怒りは全身がぶるぶると震えるぐらいにまで達し、しかも、震えるのが筋肉ではなくて脂肪だってことに、また腹が立つ。 もう、いやっ!! と、手はビールに伸びてゆき、しかしてやる気など全くなくなり、やらなければならないことはすべて忘れて、かくして脂肪は増え続ける。その間も、八つ当たりは続く。 そして、翌日顔を洗うとき、昨日よりももっと膨らんだほほを両手が確認し、脂肪の悪循環は続くのです。これぞまさしく、脂肪の法則。 あ、先週、ひつ次郎のぶつぶつについて、たくさんの励ましと慰めのメールをいただきました。せっかく行った皮膚科がたまたま休診日だったり、行こうと思っていたのに、脂肪の法則によっていかなかった日があったりはいたしましたが、3日目ぐらいにめでたく病院に行ってまいりました。 原因は・・・・・ 、ダニ・・・・でした。あとアレルギーとアトピーと乾燥。 あんなにネズミがいた時にも、ダニの被害にはあわなかったのに。なんで? きっと、兄にみならい、彼のベッドのしたには、世にもおぞましいたくさんのものが隠されているのでしょう。 布団にせっせと掃除機をかけ、日に干したものの、そのくらいでダニが降参するとは思えない。バルサンを買ってこようと思っております。 ああ、ネズミに猫に鳥にダニ。動物との共存ってのは、むずかしいものなんですねえ。 |
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2002年1月21日月曜日(雨 ) |
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私は母親失格です。 へっ、もう買って来たビールが8本もなくなっています。500じゃありませんよ、350です、単位はミリリットル。 今日は、朝から駆け足で出かけ、午前中から夜7時半まで、なんたらかんたら仕事をこなして参りました。秒単位で動いて、東京中を駆け回ってきました。もちろん昼食なんて抜きです。帰った時にはもう倒れそうでした。帰り道、コンビニで買った肉まんを2つほど食べながら帰ってきました。 でも、明日、ひつ次郎を病院に連れて行かなきゃならないので、真夜中の現在、明日の午前中の仕事を今しております。 でもね、飲みながら。飲まなきゃやってられないよぉぉ。 忙しいのには理由があります。気にとめなきゃならないことは山ほどあります。今日だって、ふた男とおとめ子の保護者会だったのですが、そんなもんには出られません。ひつ次郎の保護者会は先週だったかなあ。それももちろん出ておりません。 そんなことは仕方がない。そんなことは子ども達だって分かっている。 でもなあ。土曜日のひつ次郎の凧揚げには出たもんなあ。 「かあちゃん、明日のタコ作りと凧揚げにはね、出なくてもいいからね。僕はかあちゃんがいない方がちゃんとできるからね。寝てな。疲れているんでしょ? 僕はかあちゃんがいなくてもちゃんとできるからね。ゆっくり休みなよ。疲れをとってね。僕は大丈夫。ちゃんとやるからね 」 そう言われたらなあ。出ないわけには行きません。「お母さん、土曜日はなんの予定もないからね。出られるよ 」と言ったときの彼の顔。顔が輝くなんてこと、大人の世界ではめったに見られるものではありませんが、子どもと接していると、結構頻繁に見れるものです。 学校に行き、しばらく彼の様子を遠くから眺めておりました。よそのお父さんにいろいろ面倒を見てもらって、でも、なにか心にはあるのでしょう。タコに絵を描く段になるとその子に場所を譲って、床に新聞紙を広げてマジックで小さな絵を描き始めるひつ次郎。私の姿に着がついてからも、おおっ、へーーっ、という顔はするものの、平気な様子で描き続けるひつ次郎。 おもいっきりカラフルで、おもいっきり派手で、最高にステキな絵を描いて、高く高く空に上げてきました。だれよりも、ステキだった凧。 今日、遅くに帰ってみると、おとめ子がトン汁を作っていました。疲れてくたびれて倒れこんでいる母親を尻目に、子ども達3人で仲良く夕食を済ませておりました。トン汁と御飯だけの夕食。お米を研いでたいたのはふた男らしい。 ふと気がつくと、ひつ次郎が上着を脱いでいる。見ると、背中から腹、お尻から足まで、まっかっかのぶつぶつがぎっしり。これはなにかの病気に違いない。 そう言えば、昨日ぼりぼり掻いてばっかりだったもんな。「ちゃんとお風呂で洗いなさい 」なんて言っちゃったなあ。今日も朝から掻いていたなあ。さぞ痒かったんだろうな。なのに、なんにも言わなかったな。 「いや、土曜日からだったよ 」 とおとめ子は言う。土日、そして今日。ずっとずっと我慢をしていたのかな。 なにはともかく、様子を見て、今日はそのまま寝かせました。でも、お布団に入って温まったら、痒くて痒くてなかなか寝られないことでしょう。先ほど見に行ったら、ズボンを脱いで、毛布を跳ね除けて、布団だけを着て寝ておりました。布団だとカバーが冷たくて、気持ちが良かったのでしょう。 一昨日から痒がっていたのに、全く気がつかないなんて。 これが、もしも、もしも、命に関わる病気であったらならば、彼は今頃ここにはいない。 もしも、もしも、今朝気がついていたら。 ああ、でも、今日は朝から絶対にはずせない用事が夜まで続いておりました。 一体気がついていたら、私はどうしたと言うのでしょう。 今もう一度見に行ったら、ぐっすりと寝てはおりましたが、はーーっとため息のようなものをつきながら、手は痒いところを掻くために、せわしく動いておりました。ズボンは脱いだまま。布団も暑かったのでしょうね、跳ね除けておりました。このままだと、痒い上に風邪までひいてしまう。 母は、こんな時、ビールをせっせと飲みながら、なんとか明日朝一番で病院に連れて行けるように、明日の分の仕事をせっせとするしかないのです。それでも、明日は午後からは絶対にはずせない仕事があります。 私は医者ではないから、彼の状態をどうにもしてやることができません。薬剤師でもないから、薬だって何を使ってよいのかわかりません。ただ、できることは、祈ること。そして、彼の治癒力を信じることしかないのです。 ひとりですべてをやっている母親ってのは、いつも天秤を心の中に持っています。仕事と保護者会。仕事と子どもの病状。あっちの子の用事とこっちの子の用事。自分の疲れと今日の晩御飯。家事か子どもの勉強か。それらは常に49対51ぐらいの割合で、どっちが勝つかは土壇場まで分からない天秤。 土曜日から痒かったひつ次郎の状態が、今日の今までわからなかったというのは、神様の思し召しなのか、彼の優しさなのか。 どっちにしても、明日にはなんとかしなくてはならない。あと少し。もう少し。なんとか頑張って、明日の午前中をあけなくては。そして、今のうちに病院を決めなければ。 ひとりで子育てってのの限界を感じるのって、ほんと、子どもの病気の時ですよね。何よりつらいです。 |
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2002年1月19日土曜日(晴れ ) |
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長く使わないと、その使い方さえ忘れてしまうものってあります。それどころか、そのものがあることすら忘れている。こんな暮らしをしているとなあ、ま、仕方がないのかもしれません。 ああ、最後に使ったのって、一体いつだったっけ? もうすっかり忘れてしまっている。必要ないといえば、そうなのかもしれないけど、その必要性をすっかり忘れて暮して行くなんて、ちと悲しい。私の人生、この先だって、まだまだあるんでしょうに。 ああ、こんなにもご無沙汰しているものだと、いざ使おうって時に、どうしても勇気が出ない。このまま、あれを使わずに、一生を終えるのかと思うと、それはそれでなんだか淋しい。でも。でも。 ああ、神様。どうぞ私に勇気をください。 何かのテレビの番組では言っていました。あれ、を一日3回使うと、いつまでも若々しくすまーーとでいられると。 でもなあ。怖い。怖いんです。 どんな反応があったのやら。今の私がどの程度なのやら。全く分からないんだもの。 ああ、どうぞ、どなたか。 体重計に乗らずに、私の体重を教えてくださいませ。 |
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2002年1月18日金曜日(晴れ ) |
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昨日までの雨は上がって、またとっても良い天気です。が、とっても寒い。 またいつものような毎日を過し、いつの間にか週末を迎えようとしています。 そう言えば、今週の最初だったんだなあ。ゴローちゃんが復帰したのって。あれからすでに幾日かが過ぎて、またまたいろんなことがあったんですよねえ。 阪神大震災からもう7年だそうです。今見る神戸はとっても素晴らしいビルが立ち並び、まさか7年前に大地震があったなんて全く感じられません。 が、7年前、ひつ次郎がまだおなかにいる頃、確かにあの震災は起こったのですよね。ビルが横倒しになり、火の手があがり、人々は寒い中、火を炊いて温めあっていた。たくさんの人が一生分でもあるかのような涙を流した。公園にはテントが立ち並び、道路にはゴミの山ができていた。たくさんの方が亡くなり、たくさんのものが失われた。 今でも多くの方の胸の中には、当時のことがはっきりと残っているのでしょう。でも、残っている人たちは生きている。都市は復興している。前へ、前へと進んでいますねえ。少しずつ、ほんの少しずつ。配給が始まり、秩序が生まれ、お店が再開し、テントが建ち、生活が戻って行った。テレビに毎日映し出されていたあの光景は、とっても感動的だったことをはっきりと覚えています。人ってすごいなあって。 離婚に苦しみ、離婚を経験している方も、同じような気がします。たくさんのそんな方々を見てきました。 「前向きに生きておられますね 」ってよく言われます。「前へしか進むことはできないから、過去に戻ることはできないから 」って答えます。 生きている限り、どんな状態でも、それは前向きなんでしょう。たとえ、自分の殻にこもっていたとしても、社会からかけ離れた生活をしていたとしても、それはそれで前向きなんでしょうね。 離婚して、ひとりで子ども3人と一緒に過し、いろんな問題に立ち向かっていると、ついつい、 「離婚なんてせずに昔のような立場にいたら・・・ 」ってことを考えます。 あのまま、なんとか我慢して過していたら、もっとお金もあっただろう。子どもだって、ただの母子家庭っていうのではなく、地元では名士のおぼっちゃん、おじょうちゃんでいられただろう。この先、なんの差別もなく過していけただろう。もっとお稽古事や塾や学校にお金をかけられただろう。もっと良い服装ができただろう。私だって、こんなにあくせく働かずに、優雅に過せただろう。良いものを食べ、いろんなものが買えただろう。何かに守られて生活をすることができただろうに。 なにより、なにより、こんな思いなんてせずに、日々守られて暮すことができただろう。 でもね、でも、もしも、なんてことはないんですよね。全く、どこにも、存在しないこと。 もしも・・・・ 。 そんなことをあまり考えずに、この先のわずかな先のことだけを考えて生活する。それもまたある意味では幸せなことなのかもしれません。この先のことは全く分からないから。輪からない先のことばかりを考えたって、仕方のないことだから。 天災だって人災だって、いつどのような形でわが身に降りかかってくるか、それが全く分からない世の中。 だとしたら、信じるしかありませんものね。 「きっと、きっと、絶対に幸せになるんだ。なれるんだ。この先、何があったって、何が起こったって、きっと幸せになるんだ 」 ってね。 多くのことの上に、私たちの生活は成り立っている。多くの人の思いの上で、私たちは生きている。多くのものと私たちはつながっている。だから感謝って気持ちが生まれる。 ひとりひとりが皆幸せになって、自分の人生を最後まで生きぬくことが、この世の中のためになっているのかもしれません。 だからこそ、ひとりひとりが自分の人生を生きているんですね。どんなことがあろうとも。私も、ただ、その中のひとりってことに、すぎないんだと思うのです。 だからね、皆さん、頑張りましょう。明日のために。自分のために。 |
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2002年1月16日 水曜日(曇りのち雨 ) |
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少々雨が降りました。庭のプランターのパンジーほかたくさんの花々が、霧を吹いた様な水滴に喜んでいるような気がします。 さて。 連休最後の月曜日もべーごまをしに、はるばる羽根木公園に行っておりました。そこは、梅が丘という駅名が示すように、公園中梅の花で一杯です。 早くも咲いている梅の木もあります。その梅の香りを堪能しながら、片手にクッキーを持って歩いていた櫻子の身に、とんでもないことが起こったのです。しかも、その事件で、ああ、私は母親として全く失格者なんだなってことを、思い知らせてくれることにもなりました。 あーーーあ。私は母親としても、大人としても、失格なのかなあ。 ちょいと落ち込んでおります。 というのも、 おとめ子がクッキーを持って梅の木々の間を歩いているその間に、どこそこからたくさんの大きな黒い物体が空中から集まってきたのです。そう、その物体の名は‘カラス ’。みる間に彼女の周りは真っ黒になってきて、そして彼女を攻撃する態勢になって行ったのです。 あ、大変だ。昔大きな男の子がカラスに攻撃されていたっけなあ。どんなに追い払っても、しつこくしつこく攻撃していたっけなあ。あんなになったらたいへんだなあ。 振り返っておとめ子の様子を見て、そんなことをしばし考えておりますと。 隣にいたふた男が 「投げろ!! その手に持っている食べ物を投げ捨てるんだ!! 早く! 遠くに! 」と叫びます。近くにいた犬の散歩をしていた男性が 「たぁぁぁぁ――――――――っ 」 と、カラスの大群の中に入っていかれました。 びっくりしていたおとめ子は、手に持っていたクッキーを投げ捨てたものの、その後どうしてよいか分からない様子。 男性の威嚇もあって、カラスがしばしたじろいでいた時にようやく 「走ってこっちに来なさい! 逃げろ! 」 と声を出すことができました。 結局、おとめ子は逃げることができて、難なきを得たのです。無事を確かめ、あっといけないと振り返り、犬を連れた男性に心で「ありがとうございました 」と告げながら頭をぴょこんと下げ、相手にもそれが伝わったとひと安心することができました。 「かあちゃん、そんな時にはかあちゃんが持っていたクッキーをカラスめがけて投げ捨てるんだよ 」 息子にそういわれて、ああ、私は結局なにもできなかったんだなあ、って、心から思いましたよ。あーーーあ。大事な子どもひとり救えなかった。なんだかびっくりして、ぼーーっとして、手も足も出なかったなあ。彼女はさぞ怖かったでしょうに。 子どもを救う鳥や動物の武勇伝ってのが結構ありますよね。勇敢に立ち向かい、少しもひるまない母親の姿は、見るものの心を打ちます。 が。 私は何もできなかったんだなあ。 ちょっとショックな連休の最後の一日でした。 |
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2002年1月13日日曜日(晴れ) |
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あらあら、更新しないままに1週間が過ぎてしまっておりました。 仕事も始まり、新しい仕事の依頼も来たり、春休みの計画を立てたり、いつもと同じようなあわただしい日々を過しておりました。 なんでこんなに忙しいんだろう。この頃では、3日前の出来事は、もうすでにずっと前の過去のことになってしまっております。いろいろあったんだけどなあ、思い出せない。 それにしても、この3連休。なんてこともなく過ぎて行っております。すでに冷蔵庫はものの見事にからっぽ。正月前に、隙間もないくらいぎっしり詰め込んでいたのに。ま、あれからもう半月たっていますからね。それに子ども達も休みでずっといたわけだし。減ってあたり前なのかもしれないけど。 それにしても暖かい日が続きます。日中はどこかに出かけたい気分になりますね。 昨日は羽根木公園に出かけておりました。梅の花もちらちら咲いております。途中でへそを曲げて「俺、行かないから 」とひとり留守番を申し出たふた男を置いて、おとめ子とひつ次郎だけを連れてまいりましたが、ふたりとも、べーごまに夢中になったり、泥だらけ、傷だらけになって、そこいら中を駆け回り、遊びまわっておりました。 自分から行かないと言ったはずのふた男は、途中何度も携帯に電話をしてきては 「俺は一体どうすればいいのだ 」「腹が減った 」「どうして俺を置いて行った 」とうるさいことこの上ない。夏休みにはその公園までひとりで遊びに行っていたのだから、遅くなってもくればいいのに、いざそうやって置いてけぼりを食った心細い情況では「行き方が分からない 」ってなことになってしまうのでしょうね。千代田線の終点まで乗って、そこから反対のホームに来た電車に乗り換えて、梅が丘で降りるだけなのに。 気持ちにゆとりがないときには、簡単なことだってできなくなってしまうもの。 帰ってみると、しばらくは部屋から出てこようともしませんでしたが、お土産の穴子寿司に釣られて出てきた後は、3人でべーごま大会をしておりました。弟や妹の面倒を見ながら、からかいながら、ベーごまに打ち興じている姿が、あまりにもけなげなので、明日も同じ羽根木公園に連れて行く約束をしてしまいました。 ひとりで留守番をしていた時間。確かに彼はいろんなことを思い、少しは成長したのでしょう。でもなあ、こんなことってしょっちゅうあるんですが。 今日は3人で喧嘩をしながらもずっと庭で泥遊びをしておりました。何が楽しいのか、泥をこねたり形を作ったり並べたり。汚い手と足で家に上がってくるもので、なんだか今日はあちこちに泥の塊が落ちています。 最後は「片付けなさい 」って言葉を見事に無視して、どこかからか棒を拾ってきてのちゃんばらごっこ。片付けているのは、おとめ子だけ。これもいつもの光景です。 そう言えば、去年の今頃の我が家のブームは、バトミントンでした。引っ越してバトミントンができる場所はなくなってしまったのですが、それでもなんとかやりたいと思ったのでしょう。庭にはラケットが転がっています。もしかしたら、羽を下の家の庭に落としてしまって、それで諦めたのかもしれません。 体はでかくても、12歳になっても、春からは中学生になるのでも、まだまだ子どもなんですね。子どもには、太陽と泥と水と、駆け回れる広い場所が必要なのでしょう。 勉強や知識や読書も大切でしょう。でも、思いっきり体を使って遊ぶこともとっても大事。そうやって蓄積したゆとりが、この先様々な苦労やハードルを乗り切っていくことへのエネルギーになってゆくのでしょう。 明日は成人の日。なんだかなあ、人生80年の時代でも、結局は20歳ぐらいまでの蓄積が、その後の人生を左右しているような気もします。学校だって、職業選択だって、すべて20年の間にやっている。そう考えると、なんだか怖いなあとも思います。 私は成人式からもうすでに倍の年月を生きてきたことになりますが、この子ども達が成人する頃、成人式から倍の年月が過ぎた頃、日本は一体どのようになっているのかなあ。私はどのようになっているのかなあ。子どもらはそれぞれどのように生きているのでしょう。 絶対に見届けたいから、もう少し頑張って、生きて行きたいと思っています。 |
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2002年1月6日日曜日(晴れ) |
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人には休養と休息が必要です。 夏休みというもの、引っ越しと新しい仕事、そして、子どもの夏休みが見事重なったため、全く休養にもならずに、反対に忙しすぎて体まで壊しちゃった私。この冬休みを首を長く長く、まるで池からえさに向かって突進してくるカメさんのように長くして待っておりました。 が。 子どもがいたら、冬休みは普段の日より、もっと忙しい。それに、休みだと、なんだか遣り残しの仕事やこれからの仕事のことが気になって気になって、なんだかサボっているような気がして、全く休まらない。確かにやらなきゃならないことがたくさんありました。でも、休養も必要だなんて思って、だらだらしておりました。結果、これからたくさんのことをまたこなしていく日々に突入するわけです。免許の更新だってまだだし。あ、そういえば、この前とってきた住民票ってどこにやったんだろ? そんなんを探す仕事まで増えてしまっています。 とどのつまり、この冬休みも、掃除と洗濯と炊事で終わってしまいます。 鍋、雑煮、そば、すき焼き、てんぷら、カレー、豚汁、ハンバーグ、スパゲッティ、サラダ、焼肉、焼き魚、ラーメン、うどん。これらすべてこの休み中に作った料理です。三が日はおせちとお雑煮で済ませるなんて昔の人は思ったかもしれないけど、そんなことうちでは全く通用しません。 年末にあふれんばかりだった冷蔵庫だって、今じゃ見事にからっぽです。牛乳や卵は買い足しています。それに家にいると減るのがお菓子。テレビを見ながら、外で遊びながら、ぽりぽりばりばりお菓子を食べている子ども達を見ると、なんだか彼らがお金をかじっているような気がしてくるのは、私だけでしょうか。 そして、ついに、昨日、見てしまいました。宝くじの当選番号。今頃この世の中のどこかでは、当選して喜んでいる方が確かにいらっしゃるんですよねえ。なのに・・・ 。やっぱりあの9000円で寿司でも食べに行けばよかったかなあと腹が立つ。 5日は新年会で日本橋へと出かけておりました。いやあ、日本ってすごいですねえ。あのビル群を見るたびにそう思います。新宿とはまたちょっと違った日本橋の風景。歴史の重みを感じます。 今日は用事があって、あの音羽通りを歩いていました。鳩山御殿の近くを通り、ああ、やっぱり家にはとがいる、なんて感動しながらも、あの雰囲気の中にいたら、私だって自分を見失ってしまうかもしれないなんて思ってしまいました。 あのビルやマンションや景色に代表される日本って豊かなのかなあ。人って本当に満足して暮しているのかな。幸せってなんなんだろう。地位や立場やお金があることが、やっぱり幸せなのかな。 それは分からないけど、地位やお金がないと、幸せではないってこともないような気がします。 子どもが3人いると大変でしょう? ってよく聞かれますが、子どもが3人いると社会が構成され、子ども達の世界が出来上がるので、結構助かるものです。それに、誰かひとりいなくても、残りの2人で結構やることはあるようです。 でも、子どもが3人いると、他人の存在が常にあることで、いつも人との関わりを求めるってことが弊害ではあります。ひとりに何かを集中してやらせようにも、残りの2人がちょっかい出したり、邪魔したり、応援したりで、なかなか集中ってことができない。すぐに気をとられて、ふざけて遊びだす。気をとられまいとすると、喧嘩になる。喧嘩になると「おかあさーーーーーーーーん 」とこっちに助けを求める。で、まとめて怒鳴られ怒られて、3人固まってひそひそ何かをしだす。 しかし、3人まとまって、何か仕事をしようとか、そんな意識ってのは生まれないらしい。 さて、冬休みも残すところあと1日だけ。でも、給食が始まるのは10日から。ということは・・・ 。2日間はまだまだ昼ごはんのしたくをしなきゃならないってことですよね。 そろそろ長男の卒業や入学の支度も考えなきゃならない時期になって参りました。それにしても本当によかったって思うのは、去年のひつ次郎の卒園入学と、今年のふた男の卒業入学が同じ年じゃなかったことです。もしもこれらが重なっていたら・・・ 。しかし、これから誰かと誰かで重なることもあるかもしれません。でもね、そんな先の、そんな恐ろしいことは、できるだけ考えないようにしています。 |
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2002年1月4日金曜日(晴れ) |
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相変わらず良いお天気が続きます。でも、他の地方では大雪だそうですね、飛行機も飛ばなかったとか。今日の仕事初めに、皆様間に合ったのでしょうか。 我が家では、最近、奇怪な現象が続いております。 まず、靴下の片方が次々となくなってゆく。洗濯をして干して、取り込んでたたんでいると、なぜか片方だけの靴下というものが出てくるのです。洗濯機にも、子ども部屋にも残っていない。そして、次第に子ども達の靴下が減ってゆく。 だからと言って、残った片方の靴下を、お役ご免と捨ててしまってはいけないのです。なぜか、いつか必ず残りの靴下が出てくるのですから。 この近所に狐の親子か何かが住んでいて、ちょっと怪我をした、ちょっと寒いってんで、洗濯して干してあるものを借りてゆくのかもしれませんねえ。または、小鳥が巣を作るのにちょうど良いからといって、ちょいと持ってゆくのかもしれません。で、用が終わればちゃんと元に戻してあるのかしらん? だったら、恩返しに、反物かつづらかをくれればよいのに、なんの音沙汰もありません。 ネズミの被害に悩まされた以前の家と違って、この家ではまだネズミにおめにかかったことはありません。が、今度は、猫と鳥の被害に毎日悩まされております。 猫は庭にふんをして逃走します。また、たまったゴミ袋を外に置いていると、ビニールは引き裂き、中身を取り出し、ご丁寧にも、それを庭の端から端まで散らかしてくれております。 鳥はチュンチュンと現れる姿がとっても可愛くて、毎日パンくずをまいていたこともあったのですが、最近では洗濯物の上からふんを撒き散らしてくれるので困ります。洗濯さおやハンガーは、毎日ごしごしと布で拭かないと何も干せない状態。 そう言えば、ご近所に、本当にたくさんの鳥が集まっては、毎日毎日夕方になると、枝もたわわに鳥達が連なっている木があります。まるではっぱと見まごうばかりにたくさんの鳥がなぜかその木に集まっています。そんなに大きな木ではありません。今日見たら、なりものがあるわけでもありません。なのに、すごい数。その木の下、もちろん、ものすごい量の鳥の糞です。 しかし、そのふんが落ちる場所にある階段は、普段はとってもきれいです。きっと掃除をされているのでしょう。その階段、風情があって、この地方の紹介では必ず出てくるような階段ですから。 それに比べたら、まだましかなあ。 しかし、今日はとってもきれいな図鑑でしかお目にかかれないような鳥が庭先にいて、しばし見とれてしまいました。 今日、いよいよ見苦しくなってきた長男の下着を買いに、足立区の方へ出かけてまいりました。私が住んでいるこの周辺。スーパーというものがありません。土地が高いのでしょうね、小さな食料品のスーパーがあるだけです。あとは商店街。子どもの下着屋さんはありません。アメ横まで出かければあるのかなあ。 あるのはデパートだけなのですが、デパートで子どもの下着は買いたくない。以前住んでいた場所の近くには、スーパーもあり、商店街にはとっても安い洋服屋もあるのですが、知り合いに合うのがわずらわしい。で、地下鉄で3駅出かけ、駅前のでっかいビルと、イトーヨーカ堂へ子連れで散歩してまいりました。スーパーは久しぶりです。ちょっと郊外(って言うのかなあ、そこも23区内ですし )に出ると、楽しいスーパーが駅前にたくさんあります。 ブックオフにも寄って、1冊100円で山のように本を買ってまいりました。こんなに安く手に入るなんて、出版業界やら、本屋さんが苦しいはずですわなあ。でも、いつも行く神保町の三省堂だって、いつも人は満員ではある。活字離れなんて言われているけど、本当にそうなのかなあ。 2枚300円のパンツにしたって、1冊100円の本にしたって、購買意欲が満たされたときの満足感ってのはとってもよろしいものですね。あ、奮発して修平に2300円の靴も買いましたっけ。 これまた久しぶりにマックによって、昼食か夕食か分からないものを食べて帰りました。もしも学校が始まって「冬休みには何をしたか 」なーんてテーマで作文を書かなければならなかったとしたら、子ども達はそろってこのイトーヨーカ堂とマックのことをかくのでしょう。 で、今、2階で「おかあさーーん、ひつ次郎が片付けるのをちっとも手伝わない 」「かあちゃん、お姉ちゃんが僕のものを捨てるぅぅ 」とまたうるさい喧嘩が始まったので、ちょいと覗いてついでに掃除機もって掃除をしてまいりました。 すると、ずっと考えていた靴下片方行方不明の謎がようやく解けたんですねえ。 いやあ、それぞれのベッドで固まっている毛布を広げ、いろいろ持ち込んでいたおもちゃを片付けていたら、まあ、出てくる出てくる。靴下の山。 どうやら怪奇事件は、やはり妖怪たちが引き起こしていたようです。 ああ、今日、スーパーで靴下買わなくてよかった。 そう言えば、もうひとつ、我が家の奇怪な出来事があります。 長男。外出していて帰る時、必ず帰るコールをするんです。なんのこたあない。一番近くの駅の公衆電話から 「あ、おかあさん、今から帰るから 」 って電話をよこすだけ。 「あ、そ。気をつけて帰るのよ 」 って答えるだけ。 なのに、毎回毎回かかってきます。 どうしてかなあ、なんでかなあ。よっぽど悪いことをしていて、見通されているようで敷居が高いからかなあ。 そんな遺伝子は全くないだけに、これも謎のひとつです。 |
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2002年1月3日木曜日(晴れ) |
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あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお付き合いくださいませ。 今年も駅伝で始まり、駅伝で終わったお正月でした。大晦日、紅白が終わった後、長男と近所の神社に初詣には行ってまいりましたが。それ以外は外には出ず。とーーっても良い天気続きのお正月でしたので、庭の落ち葉をはいたり、花に水をやったりはしておりました。 今日、庭にたまった枯れ葉の山に火をつけたら、まあ、ものすごい勢いで燃え出して、煙が我が家の上にある家の方へすべて行ってしまうので、慌てて消しました。枯れ葉を燃やして焼き芋を作るなんてことは、もうこの都会のど真ん中では出来ないのですね。 さて、もう明日から仕事の方もいらっしゃることでしょう。私もそろそろ頑張らなくてはなりません。とは言うものの、元旦から洗濯物は毎日洗濯機に2回分、食事は一日3回作っております。おせち料理なんてそれこそ、あっと言う間になくなってしまいますし、腹をすかせた巨大胃袋妖怪達は腹が減ったとその辺をうろついている。妖怪たちを落ち着かせないとこっちは何もできないので、しぶしぶ台所に立って何かを作るしかないのです。 が、妖怪たちが落ち着いた頃には、山のような洗い物が残り、結局疲れて何もする気がしない。12月に、あんなに掃除をしたのに、もう、なんだか汚い部屋になっている。 その妖怪達も、今年は、中学1年、小学校5年と2年になります。早いものです。 上京してきたときには、確か、まだ、1年、年中、2歳でしたのに。 子どもが大きくなってくると、彼らにもいろんな事情が出てきて、やれ受験だ、やれ部活だ、やれ、彼女だ彼氏だと、家族そろって何かが出来る正月ってのは少なくなってくるのでしょう。いつまでかなあ。こうやってのんびり暮せる正月は。 今年の抱負なんてものはありませんが、今年は絶対に去年よりも、いえ、その前のどの年よりもよくなると信じています。 で、その最初が、宝くじ、なんですけどねえ。 まだ見ておりませんの。長男が毎日「かあちゃん、宝くじ当たってた? 」って聞きに来ますが、まだ確かめておりません。ああ、もしも、もしも、当たっていたら・・・・ 。 夢ってのは、ずっと持ち続けていたほうがいいですもんねえ。それにね、30枚しか買ってないので、あっと言う間に調べ終わっちゃうんだもん。毎度のことながら、調べ終わった後はなんだかいやーーな気分になるのですねえ、ああ、9000円がぁぁ、って。 でもなあ。これから子どもが大きくなるにつれ、そんないやーーな現実に直面することも増えるのでしょうねえ。 そうして、しわが増えてゆくんだなあ。 |