日々のこと(20010月)

2001年10月30火曜日(晴れたり曇ったり雨が降ったり )

ああ、大変なことになっております。

子どもが大きくなると、そうそう病気で悩まされることなんてなくなります。ここのところ、ずっと子どもの病気で欠勤なんてことはなくなっておりました。ん? よーーく考えると、それもここ数ヶ月のことですねえ。そう言えばひつ次郎が保育園に通っていた頃までは、ずいぶんと仕事を休むことで悩んでいたものでした。

ところが。

男ども2人。トンでもない伝染病にかかった疑いがあります。なんだか熱は高いし、元気はないし、どこそこ赤いてんてんが発見されるし、痒かったり痛かったりもする。もともとストレスがたくさんたまっていたので、そこを病気に付け込まれたのでしょう。

なのに寝ている時以外は起き出して来て、どこそこ歩き回るしはしゃぎ回る。病気が移ったとて、それはあたりまえですよねえ。

母子家庭における、子どもの病気の問題で、一番重要なのは、

「いかに母親に移さずにその病気を退治するか 」

ということなのです。

子ども達に次々にうつされるのは、これは仕方がない。でも、母親である私にうつされて、寝込んでしまったら。

それは、母子家庭の破滅、母子家庭の一家心中、母子家庭の終焉を意味します。だって。誰が看病をし、誰が病院に連れて行き、誰がおかゆを作り、誰が体温計をはさみ、誰が夜中にアイスノンを取り替えると言うのでしょう。

そこで仕方なく、大人の病気の予防法を実践して寝ることにいたします。

えっ? 大人の病気の予防法とは何か、ですって?

そりゃアルコール消毒ですわ。

どこを? どうやって? ですって?

ははは。体内アルコール消毒。ま、方法はビールで体内を消毒するってやり方ですよね。

明日は男ども2人を引き連れて病院へ行き、ついでに、締め切りが7月だった私のレントゲン写真もとることにいたしましょう。

ああーーーーーーーーーー、面倒くさい。いやだ、いやだ。

 

2001年10月28日日曜日(雨 )

いつの間にか1週間が過ぎておりました。

最近、我が家の近所のトトロの森が公園化されて、一般公開されております。公園ったって、子どもが遊ぶ公園ではなく、自然の森をそのまま生かした散歩道って感じです。

それが区報などで、でかでかと紹介されたものですから(区内ではじめての試みで、ちょっと気合が入っているらしい )お天気のよかった昨日は一日中ひっきりなしに人が訪れておりました。

普段は全く人通りのない、静かな我が家なのですが、昨日ばかりは隣のお化け階段を、まああきれるばかりのたくさんの人が通っていきます。

ちょうど春の草花の植付けをしていたもので、ずいぶんと多くの方に覗き込まれてしまいました。化粧もしてなくて、いいかげんな服を着ていたので、たいそう恥ずかしい思いもしましたが。

夕方から出かける用事があったので、シャワーをあびてさっぱりし(忙しくって疲れてしまって、2日間風呂に入らずに寝てしまっていたので )、化粧もして着替えて、ようやく我が家の第二の庭とも言うべき、その公園に出かけてみました。

ど真ん中に、自然に倒れた木が横たわっており、どこそこに、しいのみがたくさん落ちています。散歩道には小さな木のチップがたくさんまかれ、ふわふわのじゅうたんの上を歩いているような気がします。空高く、高い木々の間から小鳥の声が聞こえ、足元にはさまざまな虫が息づいています。

しかし、自然を保護する目的からか、散歩道にしか立ち入ることが出来ず、せっかくの土手には登ることが出来ません。魅力的な階段にも近づくことすら出来ないようになっています。倒れた木に登ることも出来ません。ちょっと残念です。

で、今朝。

雨のために昨日とはうってかわって、全く訪れる人がいないところで、雨にぬれながらもあちこち十分散策することが出来ましたし、しいの実もたくさん拾って帰り、美味しくいただくことが出来ました。

この1週間。ばたばたと忙しかった割には、多くの事件がありました。人っていうのは、昨日とあまり変わらないように思えるけれど、本当は日に日に変化しているものだと思います。そして、何かがあった時に、その人がどのような毎日を過してきて、どのような性格に成長しているかが分かるのだと思うのです。毎日ってのは、ただなんとなく過ぎていくように思えて、実はとっても貴重な時間なのかもしれません。

今日より明日、明日よりあさって。去年より今年、今年より来年。もっと素晴らしい自分でありたいし、子ども達もそう成長して行って欲しいと願っています。

 

2001年10月21日日曜日(晴れ )

「すごいねえ 」「うん、すごい 」「どこにこんなにあったんだろうね 」「でっかいねえ 」

私がほじくりかえして、そのブツを並べるたびに、2人の子どもからため息交じりの賞賛の言葉が聞こえてきます。もうひとりは身動きが取れないために「捨てないでよ、終わったら見るんだから 」と身を縮めて口だけで怒鳴っています。

そう言えば、忙しさのあまり、ずいぶんほったらかしていたからなあ。

終わった後、3人で頭を並べて覗き込んでいるのは、たまりにたまっていた3人分の耳垢でした。耳垢取りをしていて、でっかいのがごそっと取れると、本当に気持ちがいい。

ある夜。ひつ次郎とおとめ子があまりにもうるさいので、何事かと思ってみてみると。

パンツいっちょうになった彼らが、そのおパンツをお尻に食い込ませ、並んでふた男の部屋の前に並び、歌っている。

「やったー、やったー、やったー、やったー、かっぱたーい 」

かっぱたーいの行進は、いつまでもどこまでも続く。再びふた男の部屋に戻ってきたとき、ついに私も参加してしまいました。3人並んだ ふんどしかっぱたーい。

「あんた、いい歳して、恥ずかしくないの? 」

ひとり冷静なふた男がため息をついておりました。

またある夜のこと。

四つんばいになったおとめ子にひつ次郎がまたがり、ハイドーハイドーとタオルでお尻を叩いています。それを見ていたふた男が何を思ったか「俺にもやらせろ 」とやり始め、そのうち3人でどたばたになって、ハイドーハイドー、まさに「一体なにやってんだか、わかんない状態 」。

秋の夜長、なんだか壊れつつある人間の寄り集まり。

周りには衣替え中の衣類が山と積まれ、暖房器具がないため、寒さに震えながらも、なんとか暮しております。

そうなんだよなあ。今日も買いに行くのをサボってしまった。ファンヒーター。通信で買おうかなあ。

 

2001年10月19日金曜日(晴れ )

生活の教科書がないことを「前の学校に忘れてきた 」と、ずっとほったらかしていたひつ次郎。その前は、ふた男が「理科の教科書がない。習字の道具がない 」と騒いでおりましたっけ。習字の道具は、おとめ子のを借りるように言ったのですが、運悪くちょうど習字の時間が重なってしまい、「お残り習字 」を命じられたと申しておりましたが、先生が忘れてくれている様子。しかし、ついに買いました。新しい習字の道具一式。だってどこにあるのやら、全く分からないんですもの。理科の教科書については、その後何も言わないところを見ると、どうにかなっているのでしょう。

鍵盤ハーモニカは、友達のと入れ物の色が違っていたらしく

「まったくぜんぜん違ったのを使っている 」

というひつ次郎の言葉にだまされて、また買ってしまうところでした。家には同じものが3つもあると言うのに。

おまけに「朝顔はいつ持っていけばいいの? 」とずっと聞き続けていたというのに「今度の学校では持っていかなくてもいいの 」という言葉にだまされて、ほおっておいたところ、「今度の時間には、朝顔のつるでリースを作ります 」との学年便りの言葉。あわてて問い合わせたら「ひつ次郎君は、以前の学校では朝顔を植えてないとおっしゃっておりましたので、余ったものを使っておりました 」との返事。びっくりして枯れかかった朝顔を学校に届けたのでした。

そして今度は、親子で作ろうなんとか教室。これもほとんどの親が参加していたにも関わらず、全く何も言わないひつ次郎。「親が来てなかったのは、あんただけだったんじゃないの? 」と聞くと、「いいの。親と一緒にやりたい子だけが、親を呼んだの 」ですって。どうやら彼は、皆親が来ていて一緒にやっていても、自分はひとりで平気らしい。

本当かいな?

そう言えば、宿題の音読カードには、きったないひつ次郎の字で、保護者の欄に『山 』とサインがしてある。読んだの? と聞くと、読んだと答える。が、本当に4回も読んだとは絶対に思えない。

これって、嘘はいけません、って怒るべき? それとも、親はなくとも子は育つと喜ぶべき? それとも、なんてけなげな子どもなんでしょうと、涙するべき?

そして極めつけ。どんぐりが必要な教材があったのだけど、そんなもん、今更言われてもどこから探してくればいいのよ、とはねつけていたのが、、、今日、子ども部屋を見てみたら、どんぐりがわんさか落ちている。ごろごろごろごろ落ちている。まさか、あの子たちって、ついに魔法でも使い出したのかしらん? 数日前までは、絶対になかった。なのに・・・ 。どうしても不思議でたまらない。

もうひとつ不思議なことは、あんなにたくさんあった食料が、今日飴を一個なめたいなあと探したら、どこにもひとつもないこと。ちょうどお客様が多く、お菓子をたくさんいただき、おまけに私の実家と元夫の実家からたくさん送ってもきていたのに。

3人とも、お母さんは忙しくって学校に来る暇なんて全くありません、と言っているらしく、今日、たまたま学校の展覧会ってのを見に行ったところ、すべての先生に「まあ。わざわざ。お仕事は大丈夫なんですか? 」と聞かれてしまいました。

こりゃ、先日の保護者会は、昼寝をしていて行けませんでした、なんてことは、口が裂けてもいえないなあ。

どうも知らないところで、何か起きているような気がする今日この頃です。

 

2001年10月16日水曜日(雨 )

今日。仕事でお会いした方から

「あなたの書く文章と、実際の様子では、全く人格が違っている 」

と言われてしまいました。公に対して、精一杯張り切った文章と、ぎゃーぎゃーうるさい普段の姿とは全く結びつかないと。

昔、学校の先生をしていた頃、生徒にも同じようなことを言われたことがあります。

「しゃべらなきゃもてるのに 」

「遠くからあこがれて眺めていたのに、その先生が担任になって、口からぽんぽん出てくることばには、本当にびっくりした 」

ちょっと、いえ、相当落ち込み、反省しております。

なんとかこの性格っての、直らないかなあ。どうしてこうなっちゃったんだろ??

先日久しぶりのお友達とランチを共にしました。2人の彼女達は、いずれも専業主婦です。

「毎日家にいて、ほとんど外出しないし、人にも会わないから、今日はとっても楽しかったわぁぁ 」

お2人とも優しい夫さんがいらっしゃって、子どもが1〜 2人いて、平和で明るい家庭の持ち主です。会話はとっても面白く、ご自分の考えもしっかりと持っていて、飽きることもなく反対にとても勉強になることも多い。

なーんでこうも違うのかなあ。私が一体何をしたのかなあ。

最近仕事で帰りが遅く、8時に帰っても9時に帰っても、何も言わずに子どもだけで留守番をしている子どもの姿を見ることが多い私には

「子どもが帰ってくるから、早く帰らなきゃ 」

とあたふたとバスに乗り込む友達の姿が、ちょっぴりうらやましい気もします。

違う人生もある。そう言ってしまえば簡単なんだけど。

秋深し、私は何をする人ぞ。

大きくなって子ども達に「暗い家で留守番をするのは本当にイヤだったんだ 」とか「全くかまってくれない母ちゃんに、いつもがっかりしていたんだ 」とか「普通の家(この言葉って全く嫌いなんですけど )のように、家にいて『おかえりなさい 』と迎えてくれて、手作りのおやつを食べるような生活がしたかったんだ 」とか「もっとお金をかけて欲しかった 」とか「皆のようにスキーに行きたかった 」とか、もっと強烈に「淋しかったんだ 」なんてことを言われたら、一体私はどうすればいいのでしょう。その頃は子どもはもう大きくなっていて、家庭もあって子どももいて、ひざに乗せて抱きしめてよしよしとするわけには行かないでしょうし。

文章を書く私と、普段元気に頑張る私と、家庭で疲れて泥のように寝ている私と、子どもなんて全くかまっている暇がなくても、子どもの人生さ、と割り切ったような顔をしている私と、でも、本当はいやだ、もっともっとかまってやりたいと思っている私と、しかたないじゃんと思っている私と、なんで? と思っている私。すべてが私。どれが本当かは自分でも分からない。

自分ってどこで出せばいいのだろう。多分、あらゆる場面で、TPOに応じて使い分けているつもりで、混乱して正しい使い分けが出来なくなってきているのかもしれません。

愚痴をこぼす、相談をする、話す、そんな人って周りに本当にいないなあ。

ある人には「偉そうな口を叩いていたって、あなたが倒れたって一体だれが助けてくれるっていうんだ。あんたなんか・・・ 」ってなことをしょっちゅう言っておりました。本当にそうだよなあ。つくづく思います。

ひとりぼっちなんだなあ。

秋深し となりは何をする人ぞ。

 

2001年10月13日土曜日(晴れ)

明日は休みだ、学校もなーーい♪ るん、と眠りについた丑三つ時。

とんでもない喧嘩で目を覚ましました。その喧嘩は我が家の庭で行われている模様。ものすごい怒鳴り声。ぎゃーーーーーーーーーっ、ふーーーーーーーっ、ふぎゃーーーーっ。

カーテンをそーっと開けて見てみると、ぎらぎら光る目をした真っ黒い物体が体中を膨らませてうなっている。相手はすでにどこかへ逃げてしまったもよう。

家の前にはお化け階段。ちょっと窓を開ける気持ちにはなれません。

 

翌朝、喧嘩の正体は、庭にくさい物体を残していなくなっておりました。物体の名まえは‘ふん ’。猫の糞ってどうしてあんなにくさいのでしょう。

昼間はのんびりと陽だまりでまるくなっている猫も、夜中には死闘を繰り広げなくてはならない事情もあるんですね。今度この家にねずみが出たら、是非家に招き入れようと思いました。

明け方、猫の喧嘩を見たからではないのですが、もちろん、その復讐をしようと思ったわけでもないのですが、単にこの陽気に誘われて、漱石の猫の家を見に行くことにしました。

道を歩いていると、よくお人に「漱石が住んでいたという猫の家はどちらでしょう? 」と聞かれます。鴎外も住み、終の棲家になったという観潮楼は現在図書館になっていますので、見つけやすいのですが、こちらの猫の家はなかなか探しにくい様子。

地図で見てみると、いつも郵便を出しに行くポストの近くらしい。ちょうど出さなきゃならない郵便物もたまっていましたので、散歩がてらでかけることにいたしました。

住所だけを頼りに、だんだんと目的地に近づいて行く時って、どきどきわくわくしてしまいます。2−23、2−22、2−20、あ、そろそろこのあたりだ。どんな家なのかなあ、どんなところなのかなあ。あ、あそこに風情のある家がある。あれかなあ、なーんて近づいて行くと、全く違う小さな病院だったりもします。そんな時に、ふと、あたらしいお店を発見したりもするものです。

目的の猫の家は、ビルになっておりました。しかも現在工事中。でっかいクレーンが様々なものを吊り上げています。古い建物は、明治村に保存されているらしいし、工事中のため碑もどこかに移動しているようです。小さな看板だけが、ここが明治時代夏目漱石さんがお住みになった場所で、猫を書かれた場所だと示しております。

そう言えば、猫の中には裏手に学校があり、ボールが飛んでくるなんてことが書かれておりました。確かにその家の裏手には学校があります。竹やぶや猫が捨てられる空き地などはもちろんありません。

ここかあ。

ビルの建築現場からは、その頃の様子などを想像することすら難しい。

帰り道、いつもバスから眺めるだけだったスーパーに立ち寄って、きのこソテーの材料になるエリンギやしめじやマイタケやえのきを買って帰りました。

あ、いけない。また暖房器具を買いに行くのを忘れてしまった。そう言えば衣替えもまだまだはかどらない。

このまま初秋ののどかな天気がずっと続けばいいなあ。

近くでは菊祭りなんぞも行われているようです。

 

2001年10月12日金曜日(晴れ)

ほーーーーらね、ほーーーーーーら。

ちゃんと神様は私の味方をしてくださるのです。

ここのところ、とっても温かいでしょう? 暖房器具なんて要りませんよね。仕事場では今日クーラーを入れてましたものねえ。

子どもって半袖でよかったでしょう?

あーーーーーー、よかったよかった。なんとか今日まで持ちました。明日からの休みで、どうにかすることにいたしましょう。

分かっちゃいるのです。神様だって忙しい。

何度も何度もこんな願いは聞いちゃくださいませんよね。

 

2001年10月8日月曜日(曇りのち雨)

生協の注文票を出し忘れていて、食料が底をついたので、午後から思い立ってデパ地下に買出しに行って参りました。荷物持ちと気分転換をかねて、雨の中、子ども達3人も連れ出しました。

いつもは池袋の西武か東武に行くのですが、今日はバスで上野に行くことにいたします。売り場面積が東武や西武に比べるとずいぶんと狭いため、地下食料品街は、人人人人であふれておりました。久しぶりに人ごみに出た3人、ちょっとびっくりしております。

食料品の1番の目的は、お肉。このあたりでは、小売店やスーパーに行くよりも、デパートの方が肉は安いのです。

狂牛病騒ぎもあっていることだし、牛肉はオーストラリア産を選び、しかも特売グラム280円のもの。でも、買う量は、500グラムです。合びきも500グラム、豚もも肉グラム108円も500グラム、鳥胸肉グラム98円は2枚。これだけ買っても1週間持つかどうか分かりません。

隣の「松坂牛ステーキ2枚で1280円 」ってのを欲しがる子どもを、ショーウィンドウからなんとか引っ剥がし、「あんた達にはね、質より量なのよ 」と叱っていたら、隣のご夫人がくすっと笑われます。「あ、ごめんなさいね。でも、昔を思い出しちゃった。子どもって本当に質より量だわよねえ 」。今では御主人と2人用、200グラムぐらいを買われていた上品な方のお肉の値段は、そのグラム数でも我が家のキロ単位の合計よりも高かったような気がします。きっとお皿に盛られたその肉は、我が家のように野菜やスープで膨らませることなく、そのままの材質を楽しめるようなお料理になっているのでしょう。

その後、久しぶりではあることだし、屋上に上がって少々遊ばせました。飲み物を入れて小遣いはひとり1000円。

最後にコインがじゃらじゃら出て、それを使い果たすまでに時間がかかり、ちょっと遅くなってしまったので、夕食はデパートの食堂で食べて帰ることにして、昔懐かしい大衆食堂に入りました。私は中華の定食、おとめ子はかた焼きそば、お子様ランチがいいと言うひつ次郎をなだめすかして、洋食の定食にさせ(値段は変わらないのに、量は10倍 )、ふた男はざるうどんを2枚。だって、お子様ランチなんかだと、ひつ次郎には全く足りないのは分かっているし、ふた男もちろんざる1枚では足りません。でもね、ひつ次郎はお子様ランチの旗がどうしても欲しかったんですって。精神年齢と食欲が全く一致しない彼。

が、まさかその後で、生の大食い選手権を見ることになろうとは、この時は思っていませんでした。

運ばれてきたざるうどんを2枚、あっという間にただのざるにしたふた男は、ひつ次郎のライスの半分と、私の御飯の半分に、私とおとめ子もらった様々なおかずを乗っけてペロリと平らげ、それからもらった1000円を握り締めて食券売り場に走ります。

運ばれてきたざるうどん2枚を、これまたあっという間に平らげて、「俺、まだ食える 」。ところが、洋食ランチ、サラダスープ付きってのを、これまたペロリと平らげていたひつ次郎が「俺もざるうどんを食う 」。

そこで、また食券売り場へ。

食堂で働くお姉さま方があっけにとられて注目する中、彼らはのりのひとかけらも残さずにうどんを平らげて「ああ、苦しい。ご馳走様 」とそこを後にしたのでした。

男の子の食べ盛りってすごいのよ〜 。男の子が2人もいると、御飯は1回一升焚きだし、ラーメンなんて、洗面器を抱えて食べているようなものよ〜 。

そんな話はよく聞いておりました。が、その頃のふた男は、朝1口、昼1口、夜一口しか食べないような男の子で、がりがりにやせ細り、一体どうなることやらと心配させる体だったのです。そんな日がこの子に来るなんて信じられないと思っておりました。でも、今じゃ3人そろって恐ろしいほどの食欲を見せてくれます。

そうやって食べていると、成長も著しいものがあるような気がします。去年の服は皆入らない。水着も入らない。靴下だってサイズが変わる。靴だって下着だってパジャマだってすべて買いなおしとなります。

そりゃそうかもしれません。今ふた男は12歳。あと5〜 6年のうちには、身長も20センチ以上は伸びて、骨格たくましい青年になるのですものねえ。

子どもって成長するものです。もちろん体も心も。私たちはゆっくり年老いておりますが、彼らは急いで大人になっているんですね。

これからの数年。彼らが食べる量や勉強する量、体験する量や揺れ動く感情の量は多分私たち大人が想像する以上に多いものなのでしょう。

そんなのって忘れていたなあ。でも、思い出して、そして見守り応援したいなあ。

「俺はこれからお母さんのしもべになって、言うことを何でも聞きますから、どうか買ってください 」とお願いされた「ゴジラ対モスラ 」と「懐かしの電車機関車 」の中古ビデオを3人寄り添ってベッドに寝転がってみている子ども達。久しぶりの外出に見も心もリラックスしているのでしょう。行き先はデパートでしたが、それでも彼らは十分楽しんだ様子。

連休も終り、また忙しい日々が始まるけど、ちょっと成長した子ども達もなんとか頑張って行くのではないかなあ。

そうそう。帰りのバスで一番前に座った修平を、ふた男が「ここにお前が座ると、お年よりの方が入ってこられたときに、後ろの方まで行かなきゃならなくなる。お前は歩けるし、元気だけど、お年寄りで杖をついているような方は、ちょっと後ろまで歩くのさえ大変なんだよ。だからお兄ちゃんと一緒に後ろに行こうね 」と説得しておりました。

こうやって母親と外出してくれるのもいつまでかなあ。金は少々かかりましたが、もっと大事にしたいなあ、こんな時間。生協の注文票は、たまに出し忘れるようにするのもよろしいかもしれませんね。いつもと違ったことをすると、必ず発見や喜びがあるような気がいたしました。

あ、そう言えば、肝心かなめの暖房器具を買うのを忘れた。大変だ、大変だ。もうずいぶん寒いのになあ。それにまだ衣替えもしていません。どうか神様、もう少しだけ地球を温かくしていてくださいませ。あと1週間でいいから・・・ 。

 

2001年10月7日日曜日(晴れ)

久しぶりに外出。調布の先まで行っておりました。

9時までには帰り着くつもりで、塾に行っている息子にカギを持たせてなったら、家の門をくぐったのが、なんと10時になっておりました。

「遅い! 9:15 」

と書かれたメモが郵便受けにははいっておりましたが、肝心かなめの息子はいない。

大体塾からはいつも9時半過ぎに帰っておりまして、最初の頃は何度も心配のあまり迎えに行っていたのに、こんな時ばかりはやけに早い。

こんなのって、夫婦間だと結構よくあるような気がします。毎晩当然のように午前様で、どんなに文句を言っても「仕事だ 」「付き合いだ 」と開き直ってしまう夫が、こっちが出かけていると、とんでもなく早く帰ってきている。早く帰ってくるにはそれなりの理由があったのであるわけで、「今日は早く帰れたから外に食事にでも行こうかな 」と思っていたり「あの馬鹿上司のせいで、俺が散々な目にあった。今日は家で一杯やって不貞寝だ 」ともともと気分が悪かったり。で、予定が狂った夫は遅く帰ってきた女房にそれをぶつける。ぶつけられたものは気分であったのが、受け取るときには、十分な皮肉やイヤミになってしまうんですねえ。「こんな時間まで主婦が遊んでいられるなんて、結構なご身分で 」「働いてきた亭主には、飯も食わせないのか 」なーんて。

年に数回のことなんでしょうけど、こんな時って夫婦のタイミングが妙に合う。それって裏を返せばタイミングの合う、とっても相性の良い夫婦なんでしょうけど、当人達にはわからない。

だからと次からは時間を気にして早く帰っても、今度はそれが分かっていたかのように、午前様で悠々と帰ってくる。せっかく作った食事も「済ませてきた 」と無駄になる。出かけていても、なんだか時間ばかり気になってしまって、せっかくの外出も全く楽しくない。気分転換にもならずに、ストレスがたまるだけ。だから「(彼がね )うるさいからね、行かない 」ってことになってしまう。行かないのは自分の決断なんだけど、それは相手のせいになってしまって、夫婦間に溝が出来てしまう。何かの拍子に溝はだんだん深くなって行き、気がついた頃は、海峡状態。

それって、最初は何かの拍子にふすまに開いた小さな穴が、子どもの小さな手によって、ほじほじ、ぐじぐじ、びりびりされて、とてつもないでっかい穴ぼこ状態になるのと同じような気もします。最初の段階でなんとかふさいで置けばよかったのに、まだまだ小さいからと放置していると、あっと言う間にそうなってしまう。ふすまだとまだ上から紙を張ればよいけど、これが畳だとちょっとやっかい。ま、上から貼った紙だって、結局いつの間にかびりびりになってはおりますが。

何の気なしに、って出来事が、案外大きくなることって多いです。

息子は10時過ぎに元気に帰ってまいりました。どこで何をしていたのかは分かりませんが、あまり不機嫌な様子でもないし、こっちもあれこれ聞くことはしない。何か食べ物を買って帰るつもりが、遅くなったので買えなかったことに対しても何も言わずに、自分で昼食の残りの焼きそばと御飯を混ぜて、そば飯にして食べている。小学生が10時に帰宅だなんて、と、思わないわけでもないけど、こんな時間までコンビニや本屋にいたなんて、とも、思わないわけじゃないけど。カギを持たせなかったこっちが悪いのだから。元気に時間を潰してくれてありがとうという気にもなるわけです。

ああ、息子でよかった。これが夫だったら、離婚騒ぎにもなりかねなかったなあ。ま、夫はおりませんが。またこれが娘で、待っている間に何かの事件に巻き込まれてしまったりしたら、それはそれで取り返しがつかない。

転ばぬ先の杖ってのも、確かに大事かもしれないけど、転んだ後のバンソウコウってのも、それはそれで必要なものなのかもしれません。

そうだなあ。これからはあちこちに杖を置き、あちこちにバンソウコウを置いておくことが必要なのかなあ。

つまり、我が家の場合それは、母をあまりあてにせずに、自分達で考え行動し、カギがなければ友達の家に転がり込み、飯がなければ自分で作り、金がなければ自分でかせぐ、ってことなのかなあ。ははは。親子の場合はそれで良いけど、夫婦の場合って難しい。皆様一体どうしておられるのでしょうね。

 

2001年10月5日金曜日(曇り)

ああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ。

忙しい、忙しい、忙しい、忙しい、忙しい、忙しい、忙しい、忙しい、忙しい、忙しい。

せっせ、せっせ、せっせ、せっせ、せっせ、せっせ、せっせ、せっせ、せっせ、せっせ。

 これってなんだ? 

 不思議な国のアリスの、うさぎの気分なのだろうか。

 

2001年10月1日月曜日(雨)

地獄階段と呼ばれる急な階段を登ると、森鴎外が昔住んでいたという名残りの石畳があります。その2階からは、昔東京湾が見えたとか。現在では図書館になっております。

駅からの一番の早道なので、地獄だとは分かっていても、その階段をえいこらしょっと登ります。登り詰めたところにあるその風景がとても好きです。秋には空襲で焼けたものの、生き返ったというイチョウの木が、見事に紅葉するのでしょう。雨にぬれた石畳を歩いた鴎外の足元は、下駄だったのでしょうか、ぞうりだったのでしょうか。外国帰りの方なので、くつだったのかもしれません。

今では東京湾なんて望むことは出来ません。が、あのビルの向こうには世界とつながっている海があるんだなあと思うと、なんだかうれしくなってしまいます。

今日は都民の日で小学校はお休みです。休みなのは子どもばかりで、親の方は仕事が忙しい。しかし休みでも腹はすくらしい。昨日作った大鍋一杯のおでんはほぼからっぽ。昼に肉豆腐を作り足し、いざ食べようと思ったら、朝5合焚いた御飯がからっぽ。朝はピザトーストだったのに。

ここのところ忙しそうだった長男は、今日は一日寝て過ごしました。彼が寝ているとなんだかくさいのですが、この雨で窓を開けることも出来ません。

下の2人は一日家の中で喧嘩ばかりして過ごしました。

早く外の公園が出来上がって、そこでどんぐり拾いでもしたいなあ。

私が仕事を始めると、8畳の居間が資料だらけで足の踏み場もないくらいになってしまいます。もちろん子どもの立ち入りは禁止。こんな時には、狭い台所で、ダンボールをテーブルに食事をさせます。この前はカレーだったなあ。今度は何にしようかなあ。どうせ御飯はないんだし。

電話が鳴って話をしている間に、書き込みが多かったカレンダーをめくったら、あと今年の分は3枚になってしまいました。去年の今頃、こうやってここにいて、こんな生活をしているなんて、考えても見ませんでした。先のことは分からないものです。

あと3ヶ月、何があってもおかしいことはありません。

一期一会。今を大事に、今を未来へとつなげて行きたい。真っ白なカレンダーを前に(いくつかもう書き込みはありますが )そう思いました。