一期一会
ひつ次郎が来年小学生になります。我が家にはもう修平の机を置くスペースがありません。
「ねえ、もっと広い家に引っ越そうか 」
「俺、嫌だ 」
「何で? 」
「俺、転校するの、もう嫌だ 」
子どもは新しい環境にすぐ慣れるものです、とか、子どものストレスは親が思うほど大きいものではありません。仕事上、相談された時にこのように答えていた自分が恥ずかしくなりました。
「ねえ、どうして東京に行くの? 」
「子どもは黙って親についてくればいいの 」
これだけの説明しかなく、転校、転園、育成通い、言葉の変化などの、事情や環境の激変に耐えていかなければならなかった子どもたちの不安や緊張は計り知れないものではなかったかと、今になって気付かされます。しかしこれらのことをクリアーした子どもたちは、現在人の痛みの分かる、誰よりも優しい心を持ったいいやつに成長しました。
あなたたちのことを思う時、母は心のどこかに少しの痛みを感じます。
それが、日頃厳しく言いすぎて封じ込めていることへの反省から来ているのか、一番幸せになって欲しいと心から願っているあなたたちに対し、辛い思いばかりさせなければならない現状が辛いのか、それを引き起こしてしまう母自身が情けないのか、いつもいつもどこかで「ごめんね」が引っ掛かっているのです。
みんな大好きなのにね。あなたたちは母の宝物で、何より子どもがいるから頑張れるのにね。
いい母親では決してないことはわかっています。でも、何よりおまえたちの1番の理解者でありたいと願っています。
心のどこかの小さな痛みは、おまえたちの心の痛みかもしれません。
どこかで覚えていて欲しい。かあちゃんにはわかっている、と。
2つの忘れられない風景があります。
ふた男が2才、未熟児だったおとめ子の育児と家庭内の様々な出来事に母が疲れ切っていた頃のことです。
デパートに散歩して、ケンタッキーで昼食を買い帰りかけた時、食べていきたいとダダをこねるふた男を叱り飛ばし、おとめ子の乗るベビーカーを押して、泣き喚くふた男の手を引きずり、無理やり歩かせて家に帰りついた時のこと。帰る早々フローリングの床にペタンと座り込み、息もつかずにケンタッキーをほおばり出すふた男の小さな姿。「そんなにおなかが空いていたの…」無理に歩かせて泣かせたという思い。泣きながらもちゃんと歩きとおしたふた男。
クリスマス。サンタさんが持ってきたおとめ子のプレゼントをいじくり回して壊してしまったふた男。まだ2才なのに、赤ちゃんのおもちゃでも欲しがる時期なのに…。無性に腹が立ち、壊したおもちゃをふた男の足元に投げつけて「直しなさい、謝りなさい」と叫ぶ私に、おびえた目で全身をふるわせながら「ごめんなさい、ごめんなさい」泣きながら何度も謝る小さな小さなふた男。
そのすぐ後離婚して、子ども達を手放したひとりの部屋で、その2つの出来事が繰り返し繰り返し思い出されました。離婚後引っ越したその部屋には、ふた男が好きだった電車の踏み切りの音が響いていました。
子どもを連れて最後に行ったデパートの屋上で、引越しが終わったガランとしたマンションで、思い出されるふた男のその姿に幾度となく手を合わせ、頭を下げました。
子どもを再び取り戻せた時「あんな思いはもう絶対にしたくない。後悔するような叱り方だけはしない」そう心に強く誓ったはずでした。
しかし現実はそうそううまくいかないものです。へたをするとあの時以上の叱り方をしているかもしれません。でも、次の日には必ず「昨日はごめん。かあちゃん叱りすぎた」とだけは言うようにしています。彼らは必ず「いいんだよ、自分がわるかったんだから」と言います。
明日何が起こるかわからない。だからすべてのことに終止符を打っていきたい。これは子どものためじゃあなく、私のためです。
叱りすぎて落ち込んでいる時、周りの人達の言葉に幾度救われたことでしょう。
子どもは決してひとりでは育てられない。
子どもたちは、かあちゃんが周りの人たちに限りなく感謝していることを知っています。かあちゃんにとって大事な人は、自分たちにとっても大事な人であることを知っています。
自分をこのようにしてくれた人たちへの、感謝の心を知っています。
そして、そのような子どもたちを育ててくれた人達に、私は心から感謝できる人間になりました。「育児は育自」この事を教えてくれたのは子どもたちです。
ありがとう。