在外研究途中経過 (9月24日) 

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日本は、秋のお彼岸シーズンですね。こちらはいよいよ新年度(秋学期)の開始です。

といいながら、今回は、曹洞宗の開教センターや禅センターの活動について2点ほどご報告いたします。

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Part 1

Dharma Study Group

TEXT: Shobogenzo Bussho (Buddha Nature)

Led by Shohaku Okumura

at Soko-ji (桑港寺) in San Francisco

この会は、奥村正博師(開教センター所長)の御指導の下に、『正法眼蔵』「仏性」の巻を講読するものです。月に一度、日曜日(不定期)に開催されます。だいぶ以前から続いているものですが、桑港寺は、スタンフォードからちょっと距離があるので、車の運転にも慣れてきたところで、9月10日の会に参加させていただきました。それにしても、サンフランシスコ市内は、急坂と一方通行で、本当に走りにくいですね。

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Date

<Sunday>

September 10 *** October 15 ***** November 19 ***** December 17

January 14, 2001** February 25 ***** March 25

Schedule

AM 8:30〜 Zazen ***** AM 9:10〜 Service & Samu ***** AM 10:00〜 Lecture

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奥村師の講義は、もちろん英語。写真を看てもお判りいただけるように、出席者はほとんどが白人です。常時、15〜20名近くの参加者があるとのこと。非常に熱心に聴講していて、質問もたくさん出ていました。法話や提唱ではなく、あくまで「Lecture(講義)」なのですね。

↓講義開始。このあと黒板が、英語と漢字とローマ字でいっぱいになってゆきました。

今回(9月10日)は、四祖と五祖の問答の部分。四祖の「君の姓は何だ?」という問いかけに対し、五祖が「仏性といいます!」と答えた、いわゆる「五祖姓仏性」の公案に対する拈堤です。

この部分の道元禅師の解釈は、四祖の「汝何姓」と言う問いかけを、質問にとらずに「何という姓」と解釈するとこに特色があります。つまり問処の道得なのですね。奥村師は、そこのところを、とても明確に分かりやすく説明されていました。さらに、「何」→「仏性」→「空」という、「仏性」巻の論理展開も、本文の内容に極めて忠実に再現されていたように思います。

もちろん英語で、ですが、その英語もとても分かりやすかった。なにしろ、私にも、ほとんど理解できるのですから、これはすごい。しかし、そのために払われる努力も大変なものです。なにしろ、黒板が漢字と、その読み方のローマ字(あるいはピン韻)、それに加えて意味を解説した英語でいっぱいになるのです。これは、文化と言語の相違する人々に思想を伝達するには、必要不可欠なことかもしれません。日頃の講義で、難しい専門用語や、概念規定の曖昧な提唱用語を振り回している我が身を振り返ると、語学的にも、宗教環境的にも、周囲の状況に甘えていたことを痛感いたしました。

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Part 2

Semminar in Soryu-ji (蒼龍寺 Green Dragon Temple)

in Sausalito

Speeker: Prof. William Bodiford (UCLA)

Date: Sept 18(mon) ,19(tue)

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グリーンガルチ・ファームにある蒼龍寺(5月にスタンフォード仏教センターのシンポジウムが行われたところ。既報)にて、禅戒に関するセミナーが開催されました。(Green Gulch Farm のページへ)

このセミナーは、全米の曹洞宗系の禅センターの主幹クラスが集うもので、指導者の為の勉強会という性格のものということです。ですから、参加資格も「嗣法」していることが条件。本来、私ごとき者の行く場所ではなかったのかもしれませんが、講師がUCLAのウィリアム・ボディフォード氏ということで大変興味深く、また懐かしさも手伝って、18日のみ、無理を言って参加させていただきました。

一日目の講義終了時にツーショットで。

ウィル氏の講義は、とてもよくまとまっていました。私の参加した18日は、戒律の歴史的展開を、通仏教的見地からまとめたものです。

(1)インド編では、十重禁戒を中心として律蔵の戒条の成立と、その意義および順序の変化について。

(2)中国編では、『菩薩地持経』・『瓔珞経』・『梵網経』を重視しつつ、大乗菩薩戒の展開を解説した後、禅宗清規にちょっと触れていました。質問に、出家登壇の際の戒律の問題が出ましたが、それは、 仏教側の戒律解釈よりも、当時の中国政府の度牒制度に依拠するところが多いと答えておられたように思います。

(3)日本編は、やはり鑑真(687-763)から始まりました。その後、いよいよ最澄の大乗菩薩戒壇の成立へ。ここで、最澄の四宗建学の精神に基づく新たな戒壇の成立が日本仏教のセクタリズムを生む母体となった、という解釈を提示されていました。その後、一心戒と円頓戒の解説へと移り、その根拠としての系図の発生を『伝述一心戒文』を使って説明されていました。

これで、18日はお仕舞い。つまり、肝心の道元禅師の十六条戒の成立や、それに対する氏の解釈は、19日の講義内容だったようです。その場で次の日の参加をお願いしようかとも思ったのですが、往復100マイルを越える距離をもう一度来るもの少し辛く、諦めました。

それにしても、道元禅師関係の戒律解釈をうかがえなかったのはつくづく残念。なにしろ、18日の講義の最後に、禅宗の「以心伝心」と「観法」について「以心伝心は、天台の一心戒とその系譜から発生したものであり、観法(つまり坐禅?)は、真言の阿字観から展開したものだ」と仰っていたようでしたから。これ、可能性としてはありえないことではないと思いますが、果してそれがどのような論拠によるのか、ぜひうかがいたかった。いずれにしろ、道元を研究している私としては、かなり「刺激的」な評価でした。今度、ぜひ確かめなければ。

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