在外研究途中経過 (5月14日) 

The Past obsessions: War and Memory in the Twentieth Century

By Carol Gluck, Columbia University

少し時間が経ってしまいましたが、今回はEast Asian Studies〔東亜研究〕program主催の講演会の報告です。題名を見ても明らかなように、戦後処理問題に関する内容ですが、有名な先生ということで聞きに行きました。

極めてシビアな話題で、良く聞き取れもしないのに安直なコメントをするのは不謹慎と思われ、ここでのコメントは控えさせていただくことにいたします。但し、題名からも分かるとおり、「戦争」(特にWWU)について、個々の人々に残された「記憶」と、史実としての「歴史性」との間の乖離の問題を語られているように思いました。

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「ZEN Buddhism」の講義

今週は先週に続き、頓・漸問題について『六祖壇経』と宗密の分析を中心に扱っていました。

5月8日(月) 先週の「頓悟」の後を受けて、今回は「Sudden Practice」からでした。中心となったのは、『壇経』の「無念」「無住」「無相」。それを『壇経』の英訳(ヤンポルスキー訳)を読みすすむ形で解説していました。それにしても、私、読んだことがあるはずなのに、聞いていてすぐに原文が浮かんできませんでした。いやはや、ひょんなところで、勉強不足が露呈するものです。これから『六祖壇経』を読み直さねば。

5月10日(水) いよいよ「頓漸論争」です。これには、宗密『都序』の「頓悟漸修」・「漸修頓悟」を用いて説明していました。つまり、「頓悟」という精神的背景は同一で、そのプロセスの違いに両者の意識の相違を見るということなのでしょう。さらに「頓」の意味について、「Instantaneous(瞬間の)」・「Quick(迅速さ)」・「Simultaneous(同時性)」の三種の角度から解説していました。

5月12日(金)論じ残した「Simultaneous」の解説と、救済論への展開。「Soteliology」という、小さな辞書には載っていないような、難しい単語が頻繁に出てきます。確か「救済論」という意味。どうも、それが、禅の場合は、自発的な自然発生的な自己認識にあるとされていたようです。ただし、それをはっきりと儒教や道教的なスタイルとしていた所は、けっこうシビアな分析だと感じました。

今週末は、学内でノミの市が開かれています

Tバックの水着の隣が盆栽屋さん。ちょっと笑えた。

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