サンフランシスコ禅センター(発心寺,
Beginner's Mind Temple) にて、「現成公案」のワークショップが開催されました。自称「眼蔵家」の私としては、これを外すわけにはいきません。アメリカ一の「眼蔵家」のカール先生と2人で出席してまいりました。
奥村師、このワークショップでは、『御抄』を中心に据えたとのこと。いきなり、「現成公按抄」全文の英訳が配布されたのには驚きました。本当に精力的な翻訳活動です。
3日は、まず『正法眼蔵』と『御抄』の関係、筆者の詮慧・経豪師資と道元禅師の位置関係を明確にしてから、江戸時代以降の『御抄』重視の歴史を概説されていました。そしてその後、問題の「冒頭の三句」について、触れたところで終了。
解釈は、内山老師のものを基本としているということですが、『御抄』が、「迷・悟・修行・諸仏・衆生・生・死」を諸方の代表とする解釈を退け、第三句「仏道もとより...」も、はっきりとPracticeの強調として捉えているのが印象的でした。
4日は、近年問題となった「自己を運びて万法を修証するは迷いなり」の一節の解釈と「水と月・鏡と影」の喩えが討論の中心。なんと、私の論文を使ってくださいました。奥村師は、私の解釈を指示してくださったのですが、他の参加者は、ちゃんと「一法究尽」的解釈を知っていて、それゆえすぐには受け入れてもらえませんでした。本当はここで、私が立ち上がって一席、といけば良かったのですが...。
参加者の方々の職業や立場は、本当に多岐に渡っているようです。哲学科の学生風から、普通の社会人や絡子を掛けた人まで。カールさんも「いろんな人が集まってくる」と仰っていましたが、提唱録などをしっかり読んでいて、単なる「キワモノ趣味」ではないことは確実。皆、活発に議論していました。
※San Francisco Zen Center
(Hosshin-ji, Biginner's Mind Temple) は、1962年に鈴木俊龍老師によって開創されたセンターです。他に、Green
Gulch Farm(既報)とTassajara Zen Mountain Center が同一組織化にあるため、市内のセンターはCity
Centerと呼ぶようです。City Centerの現住は Branche Hartman師。アメリカ特有の、在家者を中心とした禅コミュニティーに位置付けられます。詳細はオフィシャルページで。