▼浸炭処理▼

●浸炭処理の種類と特徴

浸炭処理は加工性の良い低炭素鋼または低炭素合金鋼を機械加工した後、その表面層の炭素量を増加させ、表面層のみを焼入硬化する処理法である。その内部は硬化不能で柔軟な組織のままであるため、処理品はじん性が高く、表面層は耐摩耗性を維持できる。自動車部品・船舶部品等をはじめ、各種の機械部品に幅広く応用され、最も普及している表面熱処理である。
古くから行われていた固体浸炭を始め、昭和30年代初期に我が国に導入実用化された液体浸炭、続いてガス浸炭、最近では真空イオン浸炭と種類は多い。下表は主な4種類の浸炭法について、ごく一般的な特徴を示したもので、実際には処理品の形状・処理量・処理費・処理後の寸法精度などあらゆる面からの検討が必要であろう。最近ではガス浸炭が後述するいくつかの雰囲気を用いて、利用が大幅に増加している。

 
全硬化層深さ[mm]
長所
短所
固体浸炭
0.25〜3.0
大物部品の処理が可能
少量生産向き
設備費が安い
硬化層のばらつきが大
過剰浸炭がしやすい
作業環境がやや悪い
液体浸炭
0.05〜1.0
小物部品の処理に有利
薄い硬化層が可能
設備費が安い
廃水処理設備が必要
浸炭防止が困難
ガス浸炭
0.25〜3.0
炭素濃度の調節が可能
自動化が容易
多量生産向き
設備費が高い
量産でなければ処理費がやや割高
真空浸炭
0.5〜3.0
作業環境が良好
処理品の光輝性が良好
粒界酸化の面で有利
設備費が高価
薄い硬化層がやや困難
処理費が割高になりやすい

●固体浸炭と液体浸炭

固体浸炭法は固形浸炭とも呼ばれ、非常に古くから行われている方法で、簡単な設備で手軽に処理できること・他の処理で設備に装入出来ないような大型部品にも適用できる点から今後とも利用されると考えられる。
固体浸炭剤の主成分は木炭であるが、処理品を浸炭剤とともに浸炭箱に詰めて密閉し、一定時間900〜1000℃に加熱して浸炭させ箱ごと冷却する。処理品は冷却後に取り出して、焼入れされる。
浸炭して炭素が加熱中の鉄に個溶した状態を「Fe+C」で示せば、浸炭反応は以下の(1)〜(3)式で表される。

1) C + O_2 → CO_2
2) C + CO_2 → 2CO
3) 2CO + Fe → [Fe + C] + CO_2

すなわち、浸炭箱中の酸素(O_2)と木炭によって生じた一酸化炭素(CO)によって、浸炭反応が行われる。浸炭反応を活発にするために、浸炭促進剤として炭酸バリウム(BaCO_3)・炭酸カリウム(K_2CO_3)などが木炭に混合される。硬化層にばらつきが多いが、これは浸炭剤の熱伝導が悪いことと浸炭箱の外側と中心部とで昇温時間に差のあることに起因するもので、浸炭箱に充填する際に注意が必要である。
液体浸炭はシアン化ソーダ(NaCN)を主成分とする塩浴(溶融状態のKCl・BaCl_2など化学薬品の槽)によって行われるが、処理品は浸炭と同時に窒化も受けるので、正確には浸炭窒化処理の一方法である。処理品を塩浴中に浸漬して浸炭した後、油焼入する簡単な工程で行われるが、浸炭反応は以下の(4)〜(5)式で表される。

4) 2NaCN + O_2 → 2NaCNO
5) NaCNO + CO_2 → NaCN + CO

最初に、空気中の酸素や炭酸ガス(CO_2)に触れて、NaCNの一部はシアン酸ソーダ(NaCNO)に変わる。さらに、このNaCNOが分解して、COと原子状の窒素(N)を生じ、浸炭と窒化が行われる。
反応が複雑であるので反応式の一部は省略したが、900℃前後の処理ではほとんど浸炭反応だけであるが、それより低温に移行するにつれて窒化反応が活発になり、処理品表面層中の窒素量が増加する。
NaCNは有毒であることから公害問題が発生し、高価な廃水処理設備を付属させるか排水を外部に排出しないように対策しない限り、処理の実施は許されない。この点からNaCNを含まない塩浴の開発も行われ、一部で実用化しているといわれている。

●ガス浸炭

■ガス浸炭反応
ガス浸炭に用いられる実用的な浸炭性雰囲気のガス組成の一例を下表に示すが、これらは混合ガスの形で供給される。

 
ガス組成(%)
CO_2
CO
H_2
H_2O
CH_4
N_2
吸熱式変成ガス
0.2
20.7
38.7
0.6
0.05
残り
滴下式分解ガス
0.3
34.8
残り
0.8
0.5
----

実際には他にO_2、Ar等も含まれるが、各ガスは高温において鋼との間に還元性・酸化性・浸炭性・脱炭性・窒化性などを示す。
次表に高温における各ガスの反応性を示す。

ガス名(化学記号)
還元性
酸化性
浸炭性
脱炭性
その他
酸素(O_2)
 
 
 
炭酸ガス(CO_2)
 
 
 
一酸化炭素(CO)
 
 
 
水素(H_2)
 
 
 
水(H_2O)
 
 
 
メタン(CH_4)
 
 
 
プロパン(C_3H_8)
 
 
 
ブタン(C_4H_10)
 
 
 
窒素(N_2)
 
 
 
 
不活性
アルゴン(Ar)
 
 
 
 
不活性
アンモニア(NH_3)
 
 
 
 
窒化性

また、N_2およびArは不活性ガスと言われて一般的には鋼と反応しない。
以下に鉄との間の各反応式を示す。

6) 2Fe + O_2 → 2FeO
7) Fe + CO_2 ⇔ FeO + CO
8) Fe + H_2O ⇔ FeO + H_2
9) Fe + 2CO ⇔ [Fe + C] + CO_2
 
10) Fe + CO + H_2 ⇔ [Fe + C] + H_2O
11) CO + H_2O ⇔ CO_2 + H_2
12) CH_4 ⇔ C + 2H_2

(6)〜(8)式は酸化還元反応で、式中の⇔は反応がどちらにも進むことを示したもので、その方向はガスの混合によって決定される。右に進めば(→)酸化され、左に進めば還元され鋼は処理中光輝状態である。ここでFeOは酸化鉄の一つの形をあげたもので、実際にはFe_2O_3、Fe_3O_4も生成される。
(9)〜(10)式は浸炭脱炭反応で、右に進めば浸炭が進行し、やがて鋼中のC量が増えもせず減りもせずに一定になる。これを平衡になるといい、この反応を平衡反応と呼んでいる。このときのC量を平衡炭素濃度(カーボンポテンシャルとも呼ばれる)といって、浸炭性雰囲気の性能はこの形で表される。
(11)〜(12)はガス相互間の反応で、(11)式は水性ガス反応、(12)式はメタンの熱分解反応で、いずれも浸炭反応の基礎になっている。

■雰囲気の調節と浸炭処理
浸炭処理の仕様は普通、硬化層深さと表面硬さで規定される。以下に雰囲気調節の手順を示す。

処理の
仕様


硬化層の深さ
──
処理時間
──
肉厚による補正


雰囲気の
調節


露点法
CO_2量法
O_2センサ
表面硬さ
──
表面炭素量
──
合金量による補正

硬化層深さは処理時間に左右される。また、処理品の肉厚によって昇温時間に差があることから補正が必要となる。
浸炭は表面反応で炭素が鋼に浸入し、内部に向かって浸透する拡散現象で成立しているため、浸炭法の如何にかかわらず、全浸炭層深さは計算で求められる。しかし、実際の硬化層深さは後述するように有効硬化層深さで決定されるので全浸炭層深さより少ない。
上記手順内の表面硬さは表面炭素量(通常処理後のC量0.8%が目標値)によって左右され、合金元素の添加量によって若干の補正が加えられる。これらの要素を考慮して、雰囲気の調節は露点法・CO_2法・O_2センサ法のいずれかで行われる。
我が国に雰囲気熱処理が導入された初期においては、操作が簡単なことから露点計による調節が行われていた。露点とは気体中の水分量(H_2O)を示す値で、水蒸気の飽和状態の温度で表される。
各種の雰囲気調節機器の性能を下表に挙げる。

原理
機械名称
感度
応答速度
炉温10℃
当りの変動
露点法
CO_2分析法
O_2センサ法
デューセル露点計
赤外線ガス分析計
ジルコニアセル
0.05%C
0.02%C
±0.015%C
12〜15分
9秒
1秒
±0.04%C
±0.06%C
±0.04%C

露点法に比べて感度が高く応答速度も速いため、赤外線分析計によるCO_2量制御法とジルコニアセル(O_2センサ)による起電力測定法が大幅に実用化されている。他に、処理後の厚さ0.05〜0.1[mm]の箔の化学分析法、直径0.05〜0.1[mm]の鋼線による電気抵抗測定法、ガスクロマトグラフによる雰囲気組成分析法などがあるが、いずれも自動制御への応用に難点がある。
前述の浸炭性雰囲気のガス組成の一例に示した変成ガスはキャリアガス(搬送ガス)とも呼ばれ、処理炉内に送入される。加熱は浸炭と拡散時期に分けられるが、浸炭時には浸炭性の上昇を目的として、エンリッチガス(増炭ガス)としてC_3H_8が添加される。エンリッチ量は2%以下であるが、これにより露点およびCO_2量は低下する。
エンリッチ時には最表面層のC量は1.3〜1.5%となる可能性も考えられるが、この際の最表面C量の低下・硬さ分布の改善・有効硬化層の増加を目的としたのが拡散処理である。有効硬化層とは浸炭後焼入れのままか、200℃以下の焼戻しした硬化層の表面からビッカース硬さ550の位置までの距離である。また、硬化層の表面から深部に向かって硬さまたは組織の差異が区別できない位置までの距離を全硬化層深さと呼んでいる。
滴下式分解ガスはアルコールなどを主体にした液体原料を直接炉内に滴下し、その分解生成ガス中にて各種の熱処理が可能である。浸炭処理を行う場合、雰囲気組成は異なるが基本的な浸炭反応には大きな差はないと考えられる。他に、省エネルギ・省資源を加味した熱処理技術として注目されているのが窒素ベース雰囲気であるが、欧米からの研究報告が多く、我が国でも実用化が進んでいる。

■浸炭後の熱処理と硬化層
浸炭後に徐冷した断面部の組織から概略の炭素濃度分布が判別できる。表面部の組織はパーライト(C量 : 0.8%)100%で、200[μm]くらいから一部フェライトが出始め、全浸炭層500〜600[μm]程度と考えられる。
浸炭後、本格的な熱処理は次の順序で行われる。

1) 一次焼入れ(粗大化した結晶粒の微細化)850〜920℃油冷(水冷)
2) 炭化物の球状化(浸炭部のじん性回復)
3) 二次焼入れ(浸炭部の硬化)750〜800℃油冷(水冷)
4) 深冷処理(残留オーステナイトのマルテンサイト化)-50〜-80℃空冷
5) 焼戻し150〜200℃空冷

上記の処理を全て行うことは処理費の上昇に結びつくので、量産品では二次焼入れ・焼戻しのみを採用する場合も多い。逆に、特殊な強度を要求される部品では炭化物の球状化および深冷処理の適用も十分考えられる。
浸炭焼入加工についてはJISで規定されているが、以下に表面硬さのばらつきの許容値と硬化層深さのばらつきの許容値を示す。なお、表中の1号とは特によい品質を要する物、2号は一般用との物をさす。

加工品の区分
表面硬さのばらつき(HV)
単体内
同一ロット内
500以下
500を超える物
500以下
500を超える物
1号
2号
35
45
60
80
55
80
100
140

硬化層深さ[mm]
深さのばらつき
有効硬化層深さ[mm]
全硬化層深さ[mm]
単体内
同一ロット内
単体内
同一ロット内
0.5以下
0.5を超え 1.5以下
1.5を超え 2.5以下
2.5を超える物
0.1
0.2
0.3
0.5
0.2
0.3
0.4
0.6
0.2
0.3
0.4
0.6
0.3
0.4
0.5
0.7

●真空浸炭と真空イオン浸炭

真空浸炭は真空操作と高温浸炭の利点を組み合わせて開発された技術で、一度炉内を真空にした後、やや減圧されたC_3H_8などの浸炭性ガス(300〜400[Torr])を送入して行われる。短時間で所定の浸炭層が省エネルギにも適していると考えられる。しかし高温処理であるので、処理後の変形や結晶粒の粗大化に注意が必要である。
真空イオン浸炭は処理品を加熱室に装入し、炭化水素系ガス(主にC_3H_8)の減圧雰囲気中で加熱すると同時に処理品(陰極)と放電電極の間にグロー放電を起こさせる。この時発生する炭素イオンを加速し、処理品表面に衝突浸入を行わせる方法である。最初炉内を10^(-2)〜10^(-3)[Torr]まで排気し、H_2を導入して表面を清浄化(クリーンアップ)するので、真空浸炭と並んで処理品表面の高輝度は高い。

●ガス浸炭窒化処理

浸炭窒化処理(浸炭浸窒処理ともいう)は800℃以上の温度で鋼の表面に炭素と窒素を同時に浸入させる処理であるが、塩浴による方法とガスによる方法がある。ガス浸炭窒化処理は浸炭性雰囲気にNH_3(5%以下)または窒化性化合物(滴下式の場合)を添加して行われるが、その利点は次の通りである。

1) 浸入窒素の影響によりA_1変態点が下がり、浸炭より低い焼入れ温度の採用が可能となり、焼入れ変形が減少する。
2) 浸入窒素の影響により焼入れ性が良くなるため、炭素鋼でも焼入れが容易となり、焼割れの面でも有利になる。
3) 浸炭と比較して、表面硬さおよび硬化層の均一性がよくなる。
4) スーティングが少なく、加工品表面が光輝状態である。

しかし、反面次の各点に注意を要する。

1) 表面層の炭素および窒素濃度が上昇しやすく、残留オーステナイトが生成しやすい。
2) トレイ・コンベヤなど炉内耐熱部品の寿命が低下する。
3) 雰囲気の調節が複雑になり、試料ガス採取用配管に白色生成物を生じやすい。

●浸炭処理に伴う欠陥と対策

浸炭処理は比較的安価な低炭素鋼をじん性の高い機械部品に加工できる優れた処理法であるが、高温加熱処理であるので処理に伴う欠陥も発生しやすい。以下に欠陥とその対策を示す。

■過剰浸炭
浸炭時のカーボンポテンシャルが高すぎることにより発生する現象で、最表面にセメンタイトが塊状(粒状)または網目状に析出し、破損の原因になりやすい。ガス浸炭では調節法の進歩によりほとんど認められないが、固体浸炭では観察されることがある。対策としては緩和浸炭剤の使用が望ましい。

■粒界酸化とその影響
長時間浸炭した表面層に発生する現象で、結晶粒界中のSi・Mn・Cr・Alなどの酸化物である。粒界酸化層厚さが13[μm]以上になると疲れ強さに大幅な影響を及ぼすと言われている。出来るだけ長時間処理を避け、炉内における酸化の防止が望ましい。

■残留オーステナイトと深冷処理
浸炭後焼入れした鋼の表面にはオーステナイトが残留しやすいが、その量は鋼種・焼入れ条件・表面C量などによって異なる。残留オーステナイトは表面硬さを低下させ、耐摩耗性の低下を招き、寸法精度の経年変化の原因となる。対策としては深冷処理(サブゼロ処理ともいう)の実施があげられる。



・このページのデータは機械設計(2000年3月号)を元に作成してあります。
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