当サイトの1行詩投稿コーナー、「ことばの沈む海」からの紹介です。最近は避暑地の鳥のさえずり並に静かな感じでやってます。ちなみに感想掲示板の「プランクトンの積もる夜」では、管理人のコメントが前向きについてきたり。衆議院さんより、ええ、ずっと。
さて、これは7月第4週の投稿作品。
世の中には、結果だけ求めるような風潮が蔓延してる。それはあなたと私、でも同じ。結果がなければゼロと一緒、っていうんじゃ、さみしすぎると思うんだけど。
内に秘めるっていうのはもう、美徳でもなんでもないのかもしれないね。伝えるデバイスは、だって世界にあふれてる。メール。ブログ。逢う。抱き合う。
ほんとはさ。届けなくてもいいもので、世界は構築されている。言わなくてもいい海で、私たちは泳いでゆく。
わかってほしいって、みんなみんな思ってる。だけど本当に大事なことは。信じるという作業、なのにね。ラジオから流れるニュース。新聞の見出し。あなたの過ち。私の嘘。
信じることをやめてしまえば。
私は、私でなくなるんだ。
フリートーク
ほんとに。今思っていることをつらつら書くわけですけど。
このメルマガを読んでる人って、詩を趣味にしてるわけですよね。何部くらい購読してる人がいるのか知らないけど、まあそんなに世界にあふれるほどいるわけじゃないと思うけど、詩に親しむ人は幾ばくかは必ず生息してる。そのあたりについて、あまり疑問はないわけですよ。
詩人の定義って、どんな風に思ってますか?どこかに投稿でもしようかと思ってたんですけど、こんな作品。
(問7) 詩人の定義を、詩という言葉を使わずに書きなさい(6点)。
詩を書く人を、みんな詩人って呼ぶのはちょっとちがうと思うんですよね。走ってる人が誰しもアスリートではないように。もちろん、ことばも一種の方法であり武器でもあるから、たたかう人のためのアイテムって言えなくもないんだけど、だけど詩で世界平和なんて来ないわけだし。
自分的に極論を言えばですよ。詩を書いてなくても、生きること自体が「詩」になってる人もいるんじゃないか。それを提示できれば、たぶん、いいんだ。ことばである必要さえもない。
あらゆる事象と対峙し、目をそらさないこと。
もう、ある種の祈りに近いんだけどさ。
誰かのためとか、自分のためとか、もうどうだっていいんだよね。
空いっぱいのオーロラをみてみたい。それが、きっと、詩なんだと思う。
馬鹿みたいに書いてるよ。
ごめんね。
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ことばのせみしぐれ、「Club Seagull's」。けっこうしつこくやってます(笑)。