healthy merci (2) (正統派健康コラム) No.73-82

82.「さわやかな汗をかく仕組み」

さて、休憩室でうだうだと話をしていると、岩盤浴の話題となりました。ストレス解消にいい汗をかこう、というわけです。スポーツや入浴などの発汗はなんだかさわやかな印象がありますが、一方で会議に遅刻したりして額にじっとりとかく汗、あれはなんだかベトベトして不快です。今回はそんな汗の話。

発汗のもっとも基本的な作用は、体温調節です。体が熱を発生する場面で発汗が促され、蒸発することで身体を冷やします。発汗を増やすためには体表面の血管を拡張させ、血流を増やす必要があります。増加した血流がろ過され、少量の塩分を含んだ薄いさらさらの汗が体外に分泌されることになります。スポーツはまさに最適な発汗促進アイテムです。

一方、びっくりしたりストレスが原因で手のひらや額に汗をかくことがあります。これは精神性発汗といって、交感神経という興奮に関連する神経系の作用によるものです。その際は、汗腺にたまった少量の汗を無理やり絞り出す形になるので、塩分や油脂成分の混じった汗がでます。脂汗とは、まさにこのこと。そういえば、ガマの油がたらーりたらり、というのは、ガマガエルが鏡に写った自分の姿に驚いたからでした。

また、立毛筋という筋肉が交感神経の興奮とともに収縮し、体毛を逆立てます。これが「鳥肌が立つ」という現象です。これによって汗腺の出口をふさぎ、身体から熱を逃がさないようにするのです。ですが交感神経により発汗作用は促進されるため、精神性発汗は体毛の少ない手のひらや額などで目立つことになります。

交感神経の興奮とは、もともと獲物を取るための野生の反応といわれていて、血圧を上げたり呼吸を促進したりします。手のひらの発汗が増えるのも、狩りのためのすべり止めによいのではないかと考えられています。

汗腺の数は生まれつき決まっているのですが、半数ぐらいは利用されずに冬眠した状態にあるのだそうです。スポーツなどで発汗するクセをつけると、普段の発汗作用もよりスムースになります。また、末梢循環をよくするためには、温熱とリラックス。多くのヒーリングセラピーは、副交感神経優位な身体にするため、さまざまな工夫を行うわけですが、その中でも温熱とリラックスが重要な因子であるのはいうまでもありません。

となると、手っ取り早くいい汗をかくには温泉で卓球ですかね、やっぱり(笑)。大勢でいくとその良さが倍増です!誰か企画してください!
     

    10-17-08 kuu

        

81.「意外に奥深い砂糖の話」

活字中毒、でもないんでしょうけど、ペットボトルのジュースなど飲んでいると、ついつい容器に書いてある説明を熟読してしまうクセがあります。最近気づいたんですけど、清涼飲料水の原材料で、よく「果糖ブドウ糖液糖」というものを見かけます。これは何だろう?ということで、調べてみました。

砂糖はほとんどがショ糖という二糖類で、さとうきびやてんさいから作られます。体内に入ると腸管で分解され、ブドウ糖と果糖という単糖類となって、小腸から吸収されます。

では、今回の果糖ブドウ糖液糖というのはショ糖と同じものかというと、成り立ちがかなり異なります。科学的には「異性化糖」と呼ばれ、酵素を使ってデンプンをいったんブドウ糖に分解し、さらに別の酵素でブドウ糖を果糖に変えて甘味を増やしたもの。果糖の割合が多いものを「果糖ブドウ糖液糖」、もしブドウ糖の割合が多いなら「ブドウ糖果糖液糖」と呼びます。液糖というのは、液状の糖という意味。とうもろこしのデンプンを用いることが多いため、英語ではコーンシロップと呼ばれています。

この異性化糖は、甘味が口の中に残りにくく、また低温で甘味度を増すことが特徴です。このため、清涼飲料水や冷菓で多く利用されています。おまけに大量に工業生産することができ、安価です。アメリカでは1970年代、コカコーラ社が甘味料として異性化糖を使用したことで急速に普及しました。その背後にはキューバとの関係が悪化し、砂糖の輸入が途絶えたことがあります。ちなみにこの工業生産の技術は日本のもの。国有特許の輸出第一号として、億単位の国庫収入を獲得することとなりました。

さて、果糖ブドウ糖液糖に50〜90%含まれている果糖について。名前のとおり果物に多く含まれる糖であり、ブドウ糖やショ糖より甘味が強く、また血糖値をあげにくいことから、欧米では一時糖尿病患者の甘味料として推奨されたこともありました。ですが、最近の研究では、中性脂肪の上昇をもたらし、肥満や動脈硬化の原因となるのではないかといわれています。事実、果糖は肝臓でのみ分解されてエネルギーを産生するのですが、不要なエネルギーは中性脂肪の形で貯えられます。異性化糖の消費量と糖尿病患者の増加が相関するという統計データもあります。

さわやかな清涼飲料水や炭酸飲料、その中に入っているのは肥満につながるかも知れないコーンシロップ、ですか・・。ちょっぴりさわやかでない結末でした。
     

    9-15-08 kuu

                

80.「お酒は飲んでも飲まれるな!」

急性アルコール中毒。これは、アルコールの中枢麻痺作用により呼吸抑制や低体温で死に至るという、あなどれない救急疾患です。大学生の一気飲みが一時期話題になりましたが、実際には年齢・性別・季節を問わず発生しています。病気そのものは仕方ないですけど、ときどき頭を抱えたくなるような事例があるので、今回はその話。

たとえばサークルの友人同士で飲んで、というケース。この場合、付き添ってきた友達もほぼ完全に出来上がっています。こん睡状態の友人の顔を突っつき「ひょーい、おひろよー(おーい、起きろよー)」などとのたまう若い男性。なるべく怒りを押し殺して「処置中なので待合室でお待ちください」と言ったら、「うーわ、怒られちったあ〜」などと言う始末。さすがにぶち切れて、友人全員を病院からつまみ出しましたけど。

すると今度は別の友人が酩酊から昏睡となり、病院玄関で意識がなくなっているとのこと。やむなく救急患者として受け入れると、今度は別の付き添いが廊下で吐きまくり、とまあ、スタッフ全員呆然と立ちつくすような事態が、ごく普通に展開されているわけです。

友人同士では埒が明かず、家族に電話をすることもあります。きちんとした父兄の方ももちろん少なくありませんが、「自分は朝から会議なので忙しい。本人はもう社会人なのだからそちらで全部やってください」とのたまったお父さん。あのー、本人は意識ないので、全部こっちがやるんですけどー。あるいはマザコン系のお母さん。「まあ○○ちゃん、かわいそう〜。気の優しい、いい子なんですよ〜」って、そりゃ息子自慢もいいですけど、ひとことお詫びの言葉があってもいいんじゃないかと、吐物の処理をしながら我々は思うわけです。

本人は本人で、目が覚めたら、「オレ昨日救急車っすか?そりゃもう、がんがんいったっすよ〜、救急車かあ、やりぃ」などと、いつの間にやら武勇伝状態。首でも絞めてやりたい気分です。

お酒は飲んでも飲まれるな。この鉄則を世界中の人たちにお伝えしたいとともに、出来ればまわりにも気配りをいただけたらと、ひそかに願う今日この頃です。
     

    8-16-08 kuu

         

79.「繰り返す、夏のために」

大きな災害とかあると、コンビニのレジのところに募金ボックスがおかれたりします。あのお金って、きちんと届いているんでしょうか?今回は、大学時代の後輩の、S君の話。

S君は卓球部で1学年下、性格は温厚で、むしろおとなしめのいいヤツって感じでした。大学時代、自分はいろんな事をしてたんですけど、その夏はサマーキャンプの実行委員長をしていました。200人規模の大掛かりなもので、10数人のスタッフは裏方や準備に大忙し。それはそれで大変だったけど、いい思い出です。S君はそれにも参加してくれていました。医学への夢を生真面目に語る姿が場違いで可笑しかった。そんな彼が急逝したのは、それから数ヶ月もたたない、秋のことでした。急性骨髄性白血病。小高い丘、葬儀に並ぶ、長い長い列。頭を深々と下げるお母さん。

それから何ヶ月かたって、自分宛に郵便が届きました。S君のお母さんからです。息子の最後の夏をとても楽しいものにしてくれた、サマーキャンプへの感謝の言葉と、これを皆さんの活動に役立ててくださいと、学生にとってはずしりと重い金額の、寄付。サマーキャンプ実行委員会様と書かれた封筒を、しかしどうすればいいんだろう。途方にくれてしまいました。

本当なら、彼の学資の一部として、教科書代とか日用品とか、そんなものに充てられるはずだったその幾枚かの紙幣を、キャンプファイアーの薪とか、テントのレンタル料とか、打ち上げのビール代とか、そんなものに費やしてよいのだろうか。彼の遺志はどこだろう、難病の研究、困っている遠い国の子供たち、このお金は誰の手に渡るべきものなのか。考えても考えても、答えが出るはずもなく。結局そのお金の行き先は自分に一任されることとなりました。

実は。そのお金はまだ、自分の手元にあります。インフレも進んだので、ちょっと目減りしてしまったかもしれない中身と白い封筒の、しかしその意味は少しも色あせず。行く先を決めきれなかった自分の優柔不断を、ちょっと嘆くように。

あの夏に語られた彼の夢の、その先に自分がいますように。旅立った彼、あるいは実習先の患者さん、初めての見取りをさせてくれたおじいちゃん、手のひらの下で、もう声をあげない赤ん坊。

みんなみんな。
また夏が。来ますように。
     

    7-15-08 kuu

     

78.「ツーキニストの憂鬱」

自転車で通勤する人をツーキニストって言うらしいですね。となると、社会人になってからはずーっとツーキニストということになります。筋金入りですね(笑)。

学生の頃はドロップハンドルのスポーツ車だったんですが、さすがにそれはどうかということで、今はクロスバイクっていうのを使っています。マウンテンバイクの街乗り版。これまたマニアワールド全開で、プジョーっていうメーカーさんのものを愛用しています。そういえば数年前の夏休み、大分から阿蘇山を超えて熊本まで、自転車で九州横断ってやつをやってみました。こう書くと相当本格的な感じですが、やまなみハイウェイはほとんど押して歩いていたというひ弱っぷりです。さておき。

珍しい車種(広島では扱ってません)なので、部品もけっこう取り寄せになってしまいます。先日、タイヤゴムの交換に専門店にいってきました。タイヤゴム2本で、2千円ほど。案の定取り寄せで、それは全然かまわなかったんですが、お支払いが前金制になっていました。聞くと、昔は商品ひきかえ制だったんですけど、取り寄せても気が変わって買わなくなるとか、連絡がつかなくなるとか、ひどいことになっているそうなんですね。ここ数年、特に。

これは自分たちの世界でも同じ。医療費不払いは、どの病院も抱えている頭の痛い問題です。特に救急をやっている病院で顕著となる傾向があるそうです。治療を受けてもお金を払わないっていうのは、無銭飲食とかと同じでそのまま裁かれてもいいんじゃないかと思うんですが、言い過ぎでしょうか。

そういえばちょっと前、給食費を払わないっていうのもニュースになっていましたね。これがどんな解決を見たのかよく知らないんですけど、金額からいえばその何十倍もの医療費が滞納されているそうです。うーん。

医療界の抱える問題は、教育界とほんとによく似ていて、たとえば非常に自己中心的で理不尽な要求を繰り返す保護者がモンスターペアレントと呼ばれて社会問題化していますが、医療従事者や医療機関に対して同様の態度をとる患者や家族がここ数年急速に増えています。教育界になぞらえて、モンスターペイシェントと呼ばれるのですが、クレームだけでなく暴力行為も非常に多いのが特徴です。

古きよき時代に戻りましょう、などというつもりはありませんが、せめて最低限のマナーを守ってほしいと願う今日この頃です。
     

    6-18-08 kuu

         

77.「さしすせその科学」

料理の味付けの基本は「さしすせそ」、すなわち、さ=砂糖、し=塩、す=酢、せ=醤油(せうゆ、と書いたりするようです)、そ=味噌を指す、とはよく聞く話。さて、これにはどんな科学が隠れているのでしょうか。

砂糖は分子量が大きく、なかなか食材の内部まで浸透しません。そのため砂糖を入れるのは早い方がいいです。特に、塩や醤油を先に入れると、食材に甘味が付きにくくなります。

本来、細胞膜は砂糖(体内では分解されてブドウ糖になっています)を通しにくいようになっています。このため、熱を加えて細胞間の結び目をほどいたり、時間をかけて調理をする必要があります。

塩は食材への浸透力が高いのであとから加えます。また、浸透圧を高めるので、これを利用した調理法もしばしばあります。青菜に塩、というように、野菜に直接振りかけるとしんなりしてしまいますが、これは野菜の水分を奪ってしまうから。漬け物がよい例です。

また、塩には細胞蛋白の安定化作用があるので、ステーキを焼く時には、焼く直前に少量をつかいます。早過ぎると、肉汁の旨味が外に出てしまいます。

ホウレン草を茹でる時、塩をひとつまみ入れますが、これも細胞の安定化作用。葉緑素の変性を押さえ、色あざやかに茹で上がります。また、茹で水に少量の塩を加えることで、茹で水の浸透圧が少しだけアップし、ホウレン草が水っぽくなるのを防ぎます。細胞外に水を引き出す原理なのですが、塩が多過ぎると逆効果です。

酢のすっぱさは主に酢酸によるものです。揮発性ですので、過熱する場合はなるべく後で加えます。また、葉緑素は酸性の条件で退色するため、野菜に酢を入れて長く煮ると色合いが悪くなってしまいます。一方、酢は多彩なアミノ酸を含むため、旨味目的で使用することも。その際は過熱の早い段階から加えることになります。

醤油も味噌も蛋白やアミノ酸の風味を楽しむものなので、仕上がりに入れる事が望ましいです。ただ、醤油の場合は、その味をしみ込ませる目的で最初から煮汁に加えることもあります。

こんなふうに、何気ない習慣やことわざの中に、いろいろな理由が隠れていることもよくあります。もしかして近代化学も、まだまだおばあちゃんの知恵袋にはかなわないのかもしれませんね。
     

    5-11-08 kuu

      

76.「くるまマニアのささやかな疑問」

趣味と呼べるのかどうかはわかりませんが、明らかにくるまマニアです。基本的にはちっちゃなくるまが好きかも。軽自動車ではなくて、普通乗用車のくせに、ちっちゃいやつ。なんなんでしょうね。いじらしいところでしょうか。

一時期アメリカに留学していたんですが、彼の国は自動車社会ですので、とにかく車がないとどうにもなりません。しばらくしてダッジ・オムニというクライスラー社の小型車を中古で買いました。8百ドルだったかな。8万円。そのお値段に恥じない、見事なオンボロっぷりでした(笑)。運転中に変速ギアが床から抜けるとかね(笑)。すごいですよ。すぽって。

クラクションが壊れて鳴りつづけるとか。これもかなり迷惑です。アパートに帰ってバッテリーをはずして、ハンドル分解してみたら、クラクションのスイッチがさびてショートしています。まあ原因がわかればなんてことないので、ダンボールを切って即席の絶縁物を作って対応。なんかあれですね、実物大のプラモデルみたいで楽しい!

さて、アメリカでは車の修理は見積もりが出るまでドキドキです。なにしろ高い。さらに、きちんとやってもらえるのかどうかもわからない。たいていのことは自分でやったほうがマシでした。そのうちフロントガラスに大きなひびが入りましたが、まあ気にせず乗ってましたけど。

ところで、医療というサービス業は、質とコストとの関連性が見えにくいという点で、車の修理業に似ているといわれています(「日本の医療はそんなに悪いのか?」 真野俊樹著)。確かにそうかも。

さらにいえば、今年度から始まった後期高齢者の主治医制度、仕組みがちょうど定額払いのメンテナンスサービスみたいです。開業医さんと主治医の取り決めをすると、原則月600円の負担で医療が受けられるというもの。ちょっとした検査や投薬をしても、経済的に不利になってしまうため、治療の質が落ちるのではないかと懸念されています。また、自動車のメンテナンスサービスは新車から何年と期間が区切られているのに対し、こちらの期限は無制限。ちょっと考えられないんですが‥。

年金から保険料を天引きするなど、かなり強引な感じのする数々の制度改革。医療費抑制も大事ですが、もうちょっとお年寄りを敬うようなシステムにすべきだと思うのですが、どうでしょうか。
     

    4-14-08 kuu

        

75.「夕暮れの火事」

近所で、火事がありました。

夜8時くらいでしょうか。まだ空にぼんやりと青みが残る頃、近くの運動公園のあたりから、もうもうと白煙が湧き上がっています。とんど祭りにしては時期が違うし、ごみ焼きにしてはおおげさだなー、と思っていたら、程なくサイレンが響き始めました。いかがなものかと思いつつ、急いで家に帰り、高校生の息子を誘って現場に行きました。

道路沿いの、古くて立派な家の周りには、すでに何台もの消防車が横付け立ち乱れています。消防士の方があわただしくホースを運ぶさまは、急変が起こったときの、病棟の光景によく似ていました。人を呼ぶ声。指示を出す声。エンジン音と煙の中で、声だけが強く意味を持ちます。

窓という窓、あるいは瓦の隙間から、容赦なく白煙が立ちのぼります。いつの間にかギャラリーも増え、人ごみは二重、三重になっていました。やがてテレビ局の人が現れ、ライトで民家を照らしつつ、傍若無人な感じで舐めるように撮影しています。ライトに照らされた間だけ、煙ははっきりと輪郭され、獰猛な記号のように渦巻いています。

これまで見た中で、一番大きな火事だと息子が言いました。よく考えると、都市生活の中で、自然災害自体が珍しいことです。崩落するビル。不時着する機体。多くは社会の病理です。そんな中で火事とは、自然の猛威を見せ付ける、稀有な存在なのかもしれません。

ようやく少し、作業に余裕が出てきたのか、甲高い笛の音とともにギャラリーが整理され始めました。いろいろな顔があります。学生さん。主婦の方。工事服のおじさん。イケメンなあごひげ。おそらくボクらは、湧き上がる白煙の下で、ゆるやかに連帯していました。自然と対峙し前を向く、もはや本能に近い衝動。

病気とか災害とか。本当の意味の連帯とは、生老病死を共にする、とまでは言わないまでも、何か圧倒的な力の前で、手を取り合うことなんだろうな、と。見上げるギャラリーの中にまぎれて、そんなことを思いました。
     

    3-12-08 kuu

        

74.「採血検査は交通量調査によく似てる?」

唐突ですが、交通量調査ってありますよね。これは国土交通省が行なっているもので、「道路交通の現況と問題点を把握し、将来にわたる道路の整備計画を策定するための基礎資料を得る」ことが目的です。大まかには種別とナンバープレートのチェックをします。アルバイト情報などを見ると、単純作業だけにけっこうつらいお仕事のようです。

さて、私たちが行なっている採血検査もこれに通じるところがあります。たとえば貧血の有無は、血液中の赤血球数や血色素量を測定することで得られます。まさに血管という道路を行き来する血球の量を調べているのです。

しかし、実際の採血検査はさらに複雑です。たとえば肝機能検査だと、肝臓が傷害されたときに血液中に放出される微量の酵素をカウントしています。それらの数値が高ければ、肝細胞が壊れているだろうと推測するのです。

これは、交通量調査をもっともっと大掛かりに行なっているようなものです。砂利を積んだトラックの割合が多ければ、ああこの近くで建設工事をしているんだろう、と類推するのです。たとえば、ある街では二輪車が多いとする。その街は、天候がおだやかで二輪車走行に向いているのかもしれません。あるいは道路整備が遅れていて自動車が渋滞するため、やむなく自転車やバイクを使っているのかも。さらには、たまたま二輪車の集まるイベントがあって、皆がそこに集結している途中ということもあり得ます。

採血検査の危うさは、交通車両をカウントして地域の生活を類推する手法によく似ています。トラックが少ないからといって経済が立ち遅れているかどうかはわかりません。物流を支えているのは鉄道かもしれないし、バイク便かもしれない。採血でわかる範囲というのは、万能ではないのです。

時々、検診で採血検査異常に関する質問をいただくことがあります。早急に再検査が必要なもの、放置してよいもの‥まさに千差万別。救急現場では、分単位で採血結果が必要な場合もあります。採血検査は、非常に多くの情報を与えてくれるものですが、一方では交通量調査とおなじようなあいまいさも持ち合わせています。そのあたりの判断は難しいのですが、検診の検査を放置していて、(あ、しまった!)ということのないように、どうぞよろしくお願いします。
     

    2-18-08 kuu

            

73.「浮島の絶え間なる」

こんにちわ。今日は今考えていることをつらつら書いてみます。

震災のニュースが、やっぱりその日も流れたけれど、東京の方ではちらっと流れただけで、たいしたことなかったらしいんですね。そう友人がぼやいてました。もう終わったのかなあ、って。効率とかコスト意識とかを言い始めると、まあそうなりますよね。どんな世界でも。もちろん、医療もですけどね。

出版社の倒産がいくつか話題になったんですけど、病院も静かに閉鎖されていってますけどね。受診の機会さえ奪われる。山あいの町とか。海辺の町とか。効率を考えると、消費者と供給者は近いほどいい。そして消費者は多いほどいい。物流はコスト、ですからね。忌みすべきこと。

前の経済の大臣が言ってましたけど、地方に人を分散して、さらに効率化を図ればいいと。愕然としますね。その発想が矛盾ですから。分散すればするほど、効率化から遠くなる。机上の空論もここまで来たかってことですね。

通り魔だったり、家族だったり、人が人を殺めるニュースも後を断ちません。あれもまあ、世の中の責任ってありますよね。死が遠いですからね。今は。

震災のニュースがそこまで風化してしまう。今日にでも、地が裂けるかもしれないと思うと、もうちょっと世の中も穏やかになるはずなんですよ。おそらく。

自分たちの仕事が尊いとかそうでないとか、それはよくわかりませんけど、ある種の使命感がないとやっていくことは困難です。それはたぶん、日本中の医療従事者が思っているはず。救急患者さんを30の施設でたらい回しって、あれもニュースになったですけど、高度医療センターの類いの病院には連絡していないんですってね。重症ではないという判断で。で、それを書いている新聞と、書いていない新聞がある。そこには意図があるんです。取材する側。される側。

癌の患者さん。難病の若い方たち。家族。友人。死はどこにでもあるし、ここにもある。死は生を求めるけれど、生は死から目をそらせる。国土自体がそうですからね。マグマっていう液体の上の、リンゴの皮程度の地面。そりゃ裂けますよ。

それでも。明日はやってくる。
当たり前のようで、すごいことだと思います。
     

    1-19-08 kuu