ベッドサイドに、その写真立てはある。小さな川と、ささやかな畑。背後によこたう、低い山。
−これ、なんか懐かしい感じですね。御自宅のへんですか?
「これはね、うちの縁側から見える風景なんですよ。ここのビニールハウスはね、今は人に頼んで菊を植えちょります。」
−あ、そうなんですか。うちの田舎もこんな感じですよ?
「あー、先生とこもそうなんですか?今年は雪で大変でしたよねえ。」
そのあとひとしきり生活談義。農家で長く働いたおばあちゃんの、農作業への思いはとてもよくわかる。
−うちもたんぼ潰して、ピーマン畑にしたんですけど、ありゃ駄目ですよねえ。
「そうそう、取入れが間に合いませんわねえ。トマトも忙しいし、でも、やっぱなんか作りたいですよねえ。味がもお、全然違いますからね。」
で、農作物の話とか、長男がどうのとか、そんな話を、長々と。
−あ、すいません、今日は病気の話を全然しませんでした(笑)。ま、それもいいですかね(笑)。
おばあちゃんが笑っている。もう長い入院になった。まだ、退院のめどはたたない。寛解するのかどうか、それさえ。
医療は効率化にすすんでいる。病診連携こそが美徳だと、政府は医療費削減に躍起になっている。たかだか数週間で別の医療機関に移ることが当たり前になった。長期入院はもはやかなわないだろう。
ほんとうは。環境を目まぐるしくかえることなんて、心身に負担になることくらい、誰だって知ってる。だけどその声は届かない。弱い場所からきしんでゆく。身体も国も、たぶん、同じだ。
小さな政府は、ある意味正しい。ただ、関係者は納められた歳入に襟を正しているだろうか。声なき人たちを、ただ追い込んではいないだろうか。
* * * * *
長期の入院患者さんを抱えるお家の方へ。自宅から見える風景を、飾ってみませんか。ふるさとは、我々が考えるよりずっとずっと。強くて、やさしい。
3-5-06