hospital aquarium (病院生態系) no. 61-64

64.「土曜丑の日」

「せんせー、あのウナギは、食うちゃったですかいのー」

−あ、食べましたよ。いやあもお、別物でした!

「ふぉっふぉっふぉー(笑)。」

それが。ボクらの最後の会話。

(土用の日に、ウナギを食べにゃあいけんでしょ?とびきり美味しいのを食べさしてあげるけえ、楽しみにしときんさい。)(えーじゃあ甘えますよ?)(ふぉっふぉっふぉー)

当の本人は。サンショウをつけるかどうかで家族ともめ。(だって基本的には絶食なんだけど、ボクが勝手に許可していたし。)土用の日が来るまでと意地を張り。(肩で息をしてるのに。)

でも。あと数日が遠かった。

全身転移で見つかった腫瘍。それでも、化学療法で食い止めて。長い入院。幸い、痛みがなかった。

(せんせー、ワシのガンは消えたんかのー)(一部消えたンですけどね、まだ芯みたいなやつが、おるんですけどねー)(そうかのー、えらい調子がよおなったんじゃけどのお)(まあこの貧血が落ち着いてから、今度は軽めに点滴ですかねー)(ふぉっふぉっふぉー)

巨漢をゆすって、また食べ物の話。そりゃ糖尿病にもなるわなあ、と、苦笑。

今日は丑の日。残ったウナギを、今日食べよう。送り主はもういない。だけどね、それを美味しく食べてあげるのも、それもいいんじゃないかって。

ウナギの話で終わった夕暮れを。

梅雨が。もうすぐ明けてゆく。 

7-22-06

       

63.「バースデイ」

えー今年のお誕生日は見事に病院からの呼び出しでスタートです。ドリカムの名曲に「午前零時を過ぎたら/一番に届けよう/Happy Birthday…」(HAPPY HAPPY BIRTHDAY)ていうのがあるんですが、まあそんな感じで。

酸素投与とバイタルチェック、ひとまず安定しているので、救急隊の記録簿にサイン。病院到着時刻と病名を書く欄があるんですけど、そこに書きながら。

「18年4月27日0時10分、と…あのお関係ないんですけど、今日自分、誕生日なんですけどねー」

「あ、おめでとうございますー」「おめでとうございますー」。患者さんも生命に別状ない様子でもあり、救急隊員さんたちも、ちょっとのどかな感じで。

さーまた1年が。忙しく過ぎるんだろうなあ、などと、思いながら。 

5-1-06

    

62.「フォトグラフ」

ベッドサイドに、その写真立てはある。小さな川と、ささやかな畑。背後によこたう、低い山。

−これ、なんか懐かしい感じですね。御自宅のへんですか?

「これはね、うちの縁側から見える風景なんですよ。ここのビニールハウスはね、今は人に頼んで菊を植えちょります。」

−あ、そうなんですか。うちの田舎もこんな感じですよ?

「あー、先生とこもそうなんですか?今年は雪で大変でしたよねえ。」

そのあとひとしきり生活談義。農家で長く働いたおばあちゃんの、農作業への思いはとてもよくわかる。

−うちもたんぼ潰して、ピーマン畑にしたんですけど、ありゃ駄目ですよねえ。

「そうそう、取入れが間に合いませんわねえ。トマトも忙しいし、でも、やっぱなんか作りたいですよねえ。味がもお、全然違いますからね。」

で、農作物の話とか、長男がどうのとか、そんな話を、長々と。

−あ、すいません、今日は病気の話を全然しませんでした(笑)。ま、それもいいですかね(笑)。

おばあちゃんが笑っている。もう長い入院になった。まだ、退院のめどはたたない。寛解するのかどうか、それさえ。

医療は効率化にすすんでいる。病診連携こそが美徳だと、政府は医療費削減に躍起になっている。たかだか数週間で別の医療機関に移ることが当たり前になった。長期入院はもはやかなわないだろう。

ほんとうは。環境を目まぐるしくかえることなんて、心身に負担になることくらい、誰だって知ってる。だけどその声は届かない。弱い場所からきしんでゆく。身体も国も、たぶん、同じだ。

小さな政府は、ある意味正しい。ただ、関係者は納められた歳入に襟を正しているだろうか。声なき人たちを、ただ追い込んではいないだろうか。

  *  *  *  *  *

長期の入院患者さんを抱えるお家の方へ。自宅から見える風景を、飾ってみませんか。ふるさとは、我々が考えるよりずっとずっと。強くて、やさしい。 

3-5-06

     

61.「ドードーのいた風景」

他の病院に紹介した患者さんのお見舞いにいった。年に数回、そういったことがある。その患者さんは近くの大きな病院の集中治療室にお願いした。うちは中規模病院であって、本格的な集中治療室がないので。

その前日、研究会で担当の部長先生に会って。「きびしいけど、なんとか、がんばってるよー。見た目はよさそうなんだけどね…。」そうですよね。病気の本質を知るだけに、あとはあまり、言わない。

その日は土曜日で、久々にちょっと創作活動を、する。裏でぽえまーやってる。最近あんまり恥ずかしくなくなってきた(笑)。某サイトでは2000人のエントリーの中で、総ポイント9位。まー作品が多いだけなんだけど。

で。患者さんを見送るスタッフの作品、というものをを書いて。こっちね。仕事に関連するような作品は、あまり書かない。年に1、2本程度。

なんかすらすら出来たので、ネット上にアップして。で、お見舞いに出かける。えーっと、○○さんのお見舞い、なんですが。そこのスタッフに声をかける。あ、あの、お帰りになりました。え?外泊かなんかですか?あ、自分、前の病院の担当医なんですけど。

「すいません。朝まで普通に食事をされていたのに、お昼、急に呼吸が止まって…。」え?

それはちょうど。作品を書いていた時間。もちろん、それはただの偶然で、なんの関連もない出来事。なんだけど。

ドードーという鳥がいる。発見から100年で絶滅した種だ。(まだ大丈夫。)みんなそう思っていた。だからこそ、未来にたいして無防備だった。そんなふうに。

  *  *  *  *  *  *  *  *

今日はお通夜にいってきました。自分が逝ってしまった時、いったい誰が参列するんだろう。ネットのともだちとか、どうするのかな。

そんなこと思いながら。末席でぼんやりと、泣く。

10-17-05