3月31日 「種をまく人」

名古屋にいったので、お目当てのボストン美術館にもいってきました。ほんまに仕事かや?<おのれ(笑)。今回はミレー展。ほら、晩鐘とか落ち穂拾いで有名な人。「オランピア」のマネとかと同時代で、ルノアール、モネら印象派の旗手より20〜30ほど歳が上。つまりあの自由な筆致が生まれるちょっと前の時代。

彼が35歳でサロンっていうフランス最大級の絵画コンペティションに出したのがこれ、「種をまく人」。これ、同時期に2枚描いてるんですね。左側の割と明るいのがボストン美術館所蔵で、まずこっちを描いた。そのあと何を思ったか、すぐにもう一枚同じ構図で描いている(右側、山梨県立美術館所蔵)。今回それを並べて鑑賞できるというのもおおきな話題。

第1作第2作

これ実は、どっちを本選に出したかわかっていないらしい。ともかく貧困を極めたミレーにとって、サロン入選は悲願中の悲願。いわばこの絵はレンアイにおける勝負おパンツ状態だったわけですね。

対象こそ農民であれ、肉体のダイナミズムは左側の方がすぐれてるし、たぶんお固いサロンには受け入れやすいものだったのではないか。それでも敢えて2作目を描いたのはなぜだろう。何が彼を駆り立てて、それがなぜ、ぼんやりと暗い画面、不明瞭な右手、ラフな空の塗り様になったのだろう。

その深層をボクらは知らない。だが理由はあるんだ。それはどんな事象でも。

         

3月30日 「名古屋とゆう街に」

名古屋とゆうところにいってきました。葉月くんにナビを無理矢理頼んで、とにかく名古屋の名物を食わせろ、とお客様なので態度Lサイズでどーんと所望。なんつーわがままな(笑)。で、それとなく入った和食屋さんで、味噌カツとどて煮と手羽先を食すのですね。どれもこれも味濃いです、はっきし言って好みです、ええ(笑)。最後天むすまで食ったりして。でもおいらばっかり食ってないか?ええのんか?

どの地にいっても遊んでくれる人がいるっていうのはなんか嬉しい。ひとりで動くことが多いので、なおさら。付き合ってくれた皆さん、さんくーね。朱紀さん、(はゆ)さん、あとエフポエムからお友だちひとり。

あとはきしめんと、なんやったっけ?ひまつぶしじゃなくて、ひつまぶし、だったっけ?ま、今度頼むよ(笑)。そうそうほんとにモーニングコーヒーにゆで卵がついてた!そんなん名古屋だけだよ(笑)。小倉トーストは勇気なかった(笑)。てゆうか朝飯は軽めにしか食わないのだ。

         

3月29日その2 「ロスト」

ずいぶん学習したからね。全然平気。大丈夫。

生きるということは失うことだ。もう、怖くはないんだよ。

         

3月29日 「ルーム」

    わたしの隙間はありますか?

    あなたの胸に。

         

3月28日 「詞華の森に」

また、本格的詩人さんたちからは怒られるんだろうけど、どうもなー、おいらよくわかんないんですよ、詩の位置付けが、さ。これは3月27日付けの朝日新聞みて書いてるんだけど、倉橋健一って詩人さんがとある詩誌の後記を「面白い」として紹介してるんですが、それはさ、「自分の中に詩(真実)を持てば周囲とは必ず問題を起こす。…すべてを要領よく、詩も要領よくでは、人を根底から動かすものができるわけがない…(西一知氏)」ってものなんですけど。

この人自身も、「近頃『詩はわかりやすくなければならない』などと、声高にいう詩人が増えている。こんなことは方法でも条件でもなく、ほんとうは詩をわかりやすく書くことがいかに難しいかを自覚しない詩人の無責任な発言に過ぎないが、…」って書いてるので、まあ一貫してるっつやぁそーですけども。

うーんどこか違うよなー、って思うのは自分だけ?中途半端な覚悟では駄目だ、命を賭ける気構えあってこそ詩人であるのだっっ、てことなんだろうけど。そうやって「詩」というアートフォームを一部の人にしか解放しないっていうところが、ね。たぶんそゆ人って、ネット詩なんてもっとも低レベルにランクしてるんだろうねえ。

それって、たとえば政治家さんたちの感覚がどんどんおいらたちから離れていくのと似てないですか?政治は政治のプロにまかせなさい、とか、政治家生命を賭けてやり遂げます、なんていう意識の根底と、どこか共鳴する部分がないかな、と。

強烈な自負。もちろんそれは必要だ。だが一方で、ポピュリズムもまた求められる。その柔軟性が必要なんじゃないか。そうでなければ、このエリアの広がりは望めない。そんな気もするね。

はああ。朝5時半。もう寝るよ。くー。

         

3月27日 「ドリ、これからの」

ドリこと、Dreams Come True。西川クンがメンバーから抜けることになったんだね。うーん。ま、いろんなことは当事者でしかわからないこと。ひとまずご苦労様。「あの夏の花火」って、西川クンの曲のはず。よかったのにね。

ドリカム現象とまで言われてさ。男ふたりと女ひとりの組み合わせ。その後のJ-POPがどれだけ追従していったか。その功績は測りしれない。ボーカル吉田美和クンの表現力がすごいと思う。たとえばMISAとか、最近ではBOAだったっけ?でも吉田クンを超えてないんじゃないかと思うんだけど。声量とか、物理的なうまさは知らないけど、ソウルのレベルで。

サウンドメーカーとして意識したのは4枚目のアルバムかな。「彼は友達」って曲があって、これがすごく新しかったんだよね。レンアイと友情と。これに真正面からぶつかっていったとこ。NHKの朝ドラでブレイクしたってことになってるけど、もうある意味トップグループだったと思うけど。

吉田クンの歌詞もすごくいいね。強さと弱さ。あと、すごく現実感があるとこ。触れることのいとおしさ。それをここまで楽曲に昇華したのはすごいと思う。でも、ほんとうにむつかしいね。うたいつづけるってことは。

じゃあことばはどうだろう?

         

3月26日 「フェアエル」

先輩の送別会に出かける。なごやかな祝辞、懐かしい顔。最後は主役のあいさつだ。その中で印象に残ったことばが、これ。

「20年間、自分は自分なりに一生懸命やってきました。ですが、今思えば、どれもが中途半端だったようにも、思います。」

来月から新天地が彼を待っている。身も心も、休まる暇もないはずだ。そんな中、小さく振り返り、中途半端だよな、って、つぶやくこと。

胸のチャイムがまっすぐ揺れた。フェアエルの鐘。

         

3月25日 「PET SHOP BOYS」

発売日はチェックしてたのでさっそくゲットしてきました、PET SHOP BOYSのニューアルバム、「リリース」。ま、相変わらずの軽やかさは健在。

ちょっとびっくりしたのは、タワーレコードでもそうなんだけど、「癒し系サウンド」として紹介してあったとこ。アルバムの帯にも「まさに気持ちをホッと解放(リリース)してくれる曲満載。この気持ち良さは格別!」などと書いてあったけど。ほんとかなー。

リリースって、解き放つってイメージ。つまり、自分の感性に忠実にサウンドを「放った」のであって、リスナーの気持ち良さを狙ったものではないと思うけど。むしろ、ここまでメジャーになってなおかつ、自分の内的意識に忠実にあろうとする冒険じゃないのかな。時代をキャッチして変わっていくのも才能だけど、内なる声に従う勇気もまた、並み大抵じゃないはず。古びていく恐怖をきっと彼等は持っているはずだ、トップアーチストならでは、こそ。

世間の評論家たちがなんて言ってるかは知らないけど、ひとまずおいらはそう思う。軽やかであり続けること。そんなにヤワじゃないよ、さすがThe Smithsの潮流。

         

3月24日 「ポジション」

見失わないように。でもこだわらないように。

時々思うんだけど、ほんとうにここでいいんだろうかって。その恐怖はありますね。もちろんこの画面の中にもない。じゃあリアルの世界にあるのかといえば、住所だって仕事だって携帯だって、それは全部相対だから。自分の足で立っている、でもその地面さえ確かではないんだから。

どんな場所も相対的でしかない。どんなふうに感じるか、それはいつも試されている。ただ、こたえがなくても歩いていけるでしょ?それを悲しんじゃいけない。絶対であることは、とても安心で、ゆらぎがないだろう。だけど、さ。そうじゃないんだ。

自分が信じるのは自分。弱さとかずるさとか、全部全部ひっくるめて。世界は私の外側にある。それこそが揺らぎないこと。

それは貴方が教えてくれた。

         

3月23日 「さくら」

そんなこんなで、ちょっと演劇を見てきました、Project Fe公演、「さくら」。ちっちゃなちっちゃな劇場で、観客40人?くらい。地元の大学演劇部とか、劇壇出身のフリーランスさんとか、どんなもんだろって思ってたけど、いやーよかったね。1500円は安いって感じで。びっくりしました。SF仕立てのファンタジーなんですけど、6人でやるふたり芝居。ちょっと新井素子風のエッセンスで。

ことばをね、きっちり伝えていく技術。これがすごいね。小さなサービスがあるわけですよ、笑いとかポーズとか声の効果音とか、観客の意識を散らさない工夫。これはやっぱり文字媒体とは違って、流れてゆくものだからこそ必要なポピュラリティ。それはすごく大事なんじゃないか、と。

で。逆に、文字だけの世界を進んでいくのなら、声も音楽もビジュアルをもしのぐだけの情報量をテクスタイルに内包しなくちゃいけないってことだ。あるいは観客(読者)も利用しながら。

遠いね。とても遠い。でも出来ないことじゃないと思うんだ。

文字だけだって恋はできる。そういうこと。

         

3月22日 「メッセージ」

    残せることばも、そんなにないし。ことばにすればうそになる。

    ありがとう。がんばれ。

         

3月21日 「リトルターン」

うーん、やっぱ買ってしまいました、リトルターン。かもめのジョナサン、あの作品がどこかにひっかかってるんだと思う、今でも。

あのラストシーンが残してくれたものは、決して小さくはない。自分にとって、「飛ぶ」ってことは、あのシーンになってしまう。滑空じゃない。自分の力で、高く。高く。

とゆうわけで、リトルターン、響いてくれるか、どうか。週末が楽しみ。

         

3月20日 「着信履歴」

    今日逢える? あなたの返事携帯に 震え出すのを手のひらで待つ

    着信の履歴呼び出す真夜中の 1時あなたが自由なる時間(とき)

    君の腕つながる術は知っている そのやわらかさその頼りなさ

         

3月19日 「レディ・ゴディバ」

ゴディバとゆうチョコレートの名前の由来、知ってる?領主の重税にあえぐ人々のため、領主の妻レディ・ゴディバが税を軽くするように頼んだんです。すると領主は、お前が全裸で町中で廻ることが出来たらそうしよう、と答えたわけです。レディ・ゴディバは悩み抜いた末、ついに白馬に乗って町中を廻る。感激した街の人々はその日窓を固く閉ざして、誰ひとりとして彼女を見ることはなかった、と。この彼女のやさしい心をたたえ、社名をゴディバにしたんだそうな。

どっかで聞いた話だな−、と思ってうつうつとしてたんだけど、ようやく思い出したので御報告。そう、ピーピングトムの話だ。レディ・ゴディバをこっそり覗き見してた仕立て屋トム、目を潰されたかどうだかしたんだっけ。これがあのチョコレートと結びつくとわ。

しっかし、究極のいぢわるだわね>領主レオフリック>調べたらしい(笑)。

やさしさは利用される。それは間違いない。そしていつもやさしさは破れゆく。だからやさしさの勝利した事例は語り継がれるんだ。メロスにしたって、そうじゃないか。それは困難であることの裏返しさ。はー。

ま、でもさ、だからといって、あきらめるのもしゃくなんだよね、うん。

         

3月18日 「秒読み」

    そんなこともあるよ。

    その繰り返し。

         

3月17日 「書を捨てよ、街へ出よう」

ってわけじゃないけど、ちょっとパソコンがらみを脱出!放浪してました、2日間。こゆときに活躍するマウンテンバイクのプジョー君。乗り心地の悪いとこがまたケナゲでよろしい。

別にアウトドア、嫌いじゃないですよ、いえ十分好きの部類だろうな。こゆ文系のサイトしてるくらいってことで、なーんか見た目センシティブなイメージもっちまったそこのアナタ!それ、駄目です。過ちです。訂正して下さいね(笑)。

結局70kmくらいは走ったろうなあ、久しぶりに。そんなに疲れませんよ、その位じゃ。それでも途中iモードで掲示板チェックとかしてる自分もいたけどさ。

でも、なーんにも作品はでてこなかったな。書きたい衝動はほかにあるんだろうね。改めて、思う。

         

3月16日 「春夏秋冬×2」

というわけで、2周年ですよーよくもまあ。自由詩ってフィールドにも、もう何年足突っ込んでるのやら。そゆことやってる人って、ネット上にもたっくさん。同人だってたっくさん。勉強会だってたっくさん。たっくさんの中の、ぽつんとひとり。でもそれでいいんだよ。呼吸するのは、誰のためでもない。自分なんだ。

どっちみちさ。おいらは生きていて、そして死んでいく。何も残さない。その証拠もいらない。ただその日まで、おいらは何を考え、感じ、組みほどくのか。ただそれが知りたいだけ。

いっしょに、どお?

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

来てくれてありがとう。また、よろしく。たくさんの、感謝。

         

3月15日その2 「ネットフレンズ」

ちょっとお仕事で名古屋と札幌に出かけるんですけど。3月29日(金)の名古屋は、あのVerse-Vergeの好青年、葉月クンが遊んでくれるみたい。やったー!葉月クンは、なんかわりとクールって感じなんだけど、1500℃の高熱ハートですからねー。あぢ。これ読んだ東海近辺の方々、生葉月クンは生八つ橋より確実に美味ですので、是非賞味しましょう。

4月26日(金)、札幌では裕樹クンが遊んでくれるって。Nifty詩のフォーラムではかなりのビッグネームなんですけど、いいのかなー、そゆラッキーあって。甘えさせてもらいます、ええもう、ぺっとりと。北海道方面って、誰かいたかなあ。昔シバさんっていたけど、どこいるんだろ?北海道近辺の人、どおでしたっけ?

とゆうわけで、お出かけの春であった。もちろん理由はあります。ええ、そりゃもう。

         

3月15日 「モチベーション」

ボクの身体の8割は、モチベーションで出来ている。

         

3月14日 「与謝野蕪村」

調子にのってBBSでカキコしてたら、メールでそっと耳打ちしてくれた人いました、あのー、与謝野晶子のだんなさんって、与謝野鉄幹じゃなかったっけ?って。そおいやそおだな。だれやねん与謝野蕪村って(笑)。

あーアナがあったらあったらはいりタイ。ANAだったら飛んでゆきタイッ(笑)。

         

3月13日 「ボタン」

えー、じゃあぜんぜん違う話でもしよっかな(笑)。あのねIT革命とかいうじゃない。それってさー、その先はどうなのかって、考えたこと、ある?おいらの友達に新聞社に勤めてるやつがいるんだけど、昔はね、写植ってゆうのかな、鉛の文字を素早く正確に準備するプロ中のプロ、みたいな人たちがやってたんだって。

けどもう今じゃ、紙面もパソコンですいすいできる。となると、その人たちの職人魂はどおなるんだろ?ってことですよ。今はね。それに敬意を表わして、部署を変わってもらったりしてがんばってたりするらしい。でもさ。みんな気付いてるんだ。ITの先にはたぶん、そんな世界もあるんだよ。

管理が容易になるってことは、人手がいらないってこと。ITの先には大失業時代があるんじゃないか。ワークシェアリング、なんてゆう発想もようやく出てきたみたいだけど、まだぬるいね。5時以降仕事禁止!残業したら罰金!そのくらいにしないとさー、この国は立ち行かないんじゃないか。しずかな、それでいて前向きな沈み方を、おいらたちは会得しないと。

どこで掛け違えたんだろ。未来の、ボタンを。

         

3月12日 「リミット」

わかっていることを、静かに待つ。そんな感じ。

         

3月11日 「からから」

問7 次のうち、作者のいう「からから」にふさわしいのはどれか(15点)。

   1.のど  2.むね  3.財布

         

3月10日 「国道54号線」

市街地に向かって、走る走る。木偶の坊なトラックや、横柄な高級車をすり抜けて。そしたら、おいら以上に激しく車線変えてる車発見!軽のワゴン車だ。信号待ちで隣になる。ドライバーの彼女は、一心にカラーの髪をといている。

一瞬、視線がからむ。信号は、青。

アクセルを思いきり踏み込む。何かから逃れるように。

         

3月9日 「大空はるか」

ちょっと所用で中学校にいってきました。正確には、だったところ、かな。がらんとした体育館。校歌の看板だけ、まだ残ってる。小さな昂揚と、あこがれが入り交じった時代。戻ろうとは思わない。戻れないから。

ボクはもう、変わってしまったのだろうか。わからない。

         

3月8日その2 「あなたのせいで」

  「あなたのせいで」

    人間には二種類あるんだ
    あなたが教えてくれた
    冷たい人
    暖かい人
    手を差しのべる人
    惜しみなく奪い去る人

    どうしよう
    私の中にも二人いる
    あなたを責めている私と
    あなたを許してる自分
    あなたを憎んでる一人と
    あなたを求めてるもう一人

    どうしよう
    あなたのせいだ
    でも
    あなたがいなければ

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

唐突ですが。この作品、昨年の夏、日替わりポエムと称して一週間限定でアップしてたんだけど。今は「こらぼ&」においてあるんですけどね。

実は、これが他人の視線を意識して書いた最初の作品です。そして、ニフティの詩のフォーラムってメディアに初めて投稿した。ひゃー(笑)。

うーん、今読んでもあんましトーンが変わってないなあ。となると、モチベーション的にほとんど進歩がないのかも。逆にいえば、そこまで食い下がるんかい〜、って感じかな。むつかしいことはわからない。自分にできることはそんなに多くないからね。あふれたものをすくってくるだけ。

先日、レンアイ詩が多いって書いたけど、その形式はそうなんですが、めざしてる角度はちょっと違う。気付いてる人、いるかもね。

あなたにとどけ。

         

3月8日 「ことばのベル」

「…サイトみました。ありがとう。」

お礼いわれちったよ。そんなことって、あるんだね。

思うんだけど、自由詩って、やっぱり、書いてある文字の背後にその何倍もの事象や感情が託されているものじゃないのかなあ、と。それはアリスのだまし絵みたいに、気付いた人にだけ見える。小さな伏線に反応できた人たちには、推理小説はきっと何倍も魅力的なはずだ。結局は、読み手かもしれない。

小さなサインに耳を澄ますことのできる、そんな読み手になりたいね。それはきっと、悪いことじゃない。そして、そんな人たちのこころのベルを、かろやかに鳴らせるような、そんなことばを書きとめられたら。そんなふうに、なれたら。

なれたら、いいね。

         

3月7日 「プロペラ」

まあともかく今さらですが、自分って、レンアイ詩が多いな(笑)。これってまあ、同人的にはもひとつなんでしょうね。レンアイをココロに持っている人にしか意味のないものだから。

おいらも書かなくなる日が来るんかなあ。書く必要のない暮らし。それはそれで幸せなんだよ。

くるくる回るプロペラで。

         

3月6日 「マーブル」

分け合えるとは思ってないんだよね。だから逆に、さみしさは信じられると思うわけですよ。だって本人以外、わかるはずないんだから。

自分のままで。あなたのままで。そうやって混ざりあうのが好きだ。マーブルケーキの模様みたいに、偶然の曲線で時間を止めて。

そして決して溶け合わない。

         

3月5日 「疑心暗鬼」

    ボクらのためにあることば。

         

3月4日 「野菜とアロエのヨーグルト」

うーん買ってしまった、コンビニアンですし(笑)。グリコの「10種の野菜とアロエのヨーグルト」。いや、いいんですよ、いいんですけどね、人参色の奇妙な中身も許すし、アロエも認めてあげるからさー。だから商品名の上に小さく書いてある説明が、ねえ。

なにしろ、「野菜を乳酸発酵!おいしくてカラダに良い」ときたもんだ。野菜の、乳酸発酵?なんじゃそりゃ?もしかして、漬け物ってこと?ねえねえねえったら〜〜〜(笑)。

         

3月3日 「詩のボクシングのテレビ放映」

「詩のボクシング、広島大会決勝」の25分のドキュメント番組を見ました>NARUKOさん、教えてくれてさんくーね。番組は3人の方に密着して、生活ぶりと大会での様子を紹介してました。40代主婦の方はユーモアとほのぼのが持ち味の生活感あふれる作品、20代の男性は人生ってなんだと叫ぶ街頭演説系(すまぬ)、もうひとりは17歳女子高生、教室や日常から湧き出る感性で勝負。

「劣等生だったけど、こうやって一回戦を勝てて少し自分に自信がつきました。」(20代男性が2回戦で負けたのちの感想。)

「あの人の人生にはかなわない。」(40代主婦の方が準優勝となる60歳代の男性に2回戦で破れたあとで。)

「私負けたなんて思ってません。ことばはそんなものじゃない。」(女子高生が優勝者となる20代男性に2回戦で負けたのちに。優勝者はまさに「あー」とか「うー」とかのうなり声と、中国語のような早口(意味はたぶんない)を組み合わせたパフォーマンス。)

なんとなくそうかなあとは思ってたんだけどね、新聞記事読んでて。リーディングはたぶん二分するんですね、朗読という作品系とパフォーマンス系とに。あとは聴衆次第じゃないかな。日本には実は落語というりっぱなリーディングフォーマットがある。それはある種古典であり何回も何回も同等に演じられるものだ。それを打破するために創作落語があり、またパペットを使ったものもある。ルールの中でせめぎあうこと。

音楽はすでにジャンルに分かれてる。じゃあリーディングはどうだろう。このまま混在して進むのも手、ジャンルに分かれていくのも方法かもしれないね。

おいら思うけど、優勝者は朗読系の作品の中だからこそ勝ち抜くことが出来たんじゃないかな。去年いとうさんとこのオフ会でリーディングのほんの切れ端に出てきたんだけど、パフォーマ−のすごさたるや、そんなもんじゃなかったよ。もしかして、ほんの個人のオフ会(でも50人はいたな−(笑))だったけど、非常に高レベルだったのではないか?>どおよ?いとうさんとか、参加した皆さん。

ということを思ったな。ともかく、おいら1年前のそのリーディングオフまだ鮮明に思い出すことできるから、やっぱすごかったのかなー。しみじみ。

         

3月2日 「キーワード」

友人から作品の感想をもらう。まあまあだけど、時々意味わかんないって。そおかもなあ。で、なんだかよく出てくる単語があるらしい。何だろ。そら、とか?ひかり?ちがうなあ。ねえ?なんてそうでもないし。

「もっとどよーんと暗いやつ。」暗い?うーん。

「えっとねー、『憎しみ』。」  え゛?

         

3月1日 「サウスポー」

へー左利きなんだ−。  「そ。箸と鉛筆は直した。」

じゃテニスは?  「左。でも卓球は右だったり(笑)。」

包丁は?  「左だねえ。あと消しゴムが左。筆は右だけど絵筆は左とか。」

じゃあねー、誰かの頭叩く時!  「なにそれ?(笑)。たしかに左、かも。ねえ
                 それって意味あるの?」

ふふ。