徒然草 (第五段) 海辺のカニ




2001.03.15

−スカッシュ−

友達に誘われて初めてスポーツクラブとやらへ行った。
スカッシュなんてやったことはないが、とにかく運動不足には違いない。この際、楽しく運動できれば何でも良いのだ
まずジムを覗く。身体は柔らかいので柔軟体操は苦にならない。ただ、ハツカネズミのように同じところでじっと自転車を漕いだり、ベルトコンベアの上で走ったりするのは頂けない。ビスケット1枚ものカロリーを消費しないうちに飽きてしまう。いくらテレビを見ながらとか、ラジオを聞きながらと言っても第一楽しくない。中には雑誌を読みながら自転車を漕いでいる強者も居た。だが、疲れる前に飽きて嫌になってしまう。

4面を囲まれた、テニスコートが半分になつたようなスカッシュコートへ行く。テニスに比べると圧迫感がある。ピンポン玉くらいの大きさの、柔らかい、しかも弾まないボールをテニスよりスマートなラケットで打つ。コートが半分なので味方も敵も同じ側に立っているのが不思議だ。どこの壁に当たるかわからず、当たってどこへ飛ぶか予測できないという大変やっかいなスポーツだった。壁が恐い。どこへ走っても壁なのだ。へたにボールを打とうとするとラケットが壁にぶつかってしまう。ただ、ラリーが続いたり、取れそうもないボールが取れたときは楽しい。しかし20分が限界だった。足がもつれ、肩まで使って呼吸しているにもかかわらず心臓が酸素不足でバコバコしている。どうも身体が退化しているらしい。

一番気に入ったのは「青竹踏み踏みエアロビクス」。普通のエアロビなんて付いていけないと思ったので初心者向きの青竹を踏みながらやるコースに参加した。音楽に合わせながら青竹を踏む。結構バカにできない運動になる。楽しかった。

最後にサウナとお風呂に入って出てきた。すでに車に乗る時から足腰が痛い。痛いと言うより自分の手足が自分の物ではないようにバラバラに感じた。翌日は更に悲惨だった。座っているときや立っている時はさほどでもない。いざ座ろうとしたり立とうとするとヨロヨロする。腕が痛くて、お茶を飲もうと茶碗を持ち上げただけでブルブル震える。力が入らない。おかしくて笑うと腹筋の筋肉痛が追い打ちを掛け、笑いが止まらなくなる。そうとうな重症だ。

夏までに必ず何とかする。

2001.03.23

−エアロビクス−

うひゃひゃひゃひゃ。立つとき、座るとき、思わず笑ってしまう。一度笑い出すと腹筋が引きつって止まらなくなる。
電車から降りようとしてたった一段のステップをヨロヨロと降りながら笑い出した私を、周りの人はきっと病気だと思ったに違いない。

冬は筋肉が堅くなっているそうで運動を始めるのは春が一番、と看護婦の友達から教わった。
体重も、基礎体力も、夏までにはどうにかしなきゃならない。
まずスポーツクラブへ行って生まれて初めてのスカッシュを体験。たった1時間で、もうその夜から筋肉痛に悩まされた。翌日から筋肉痛に逆らって通勤時に歩くことにした。1日1万歩。で、次の日曜日、スカッシュ1時間に加えてまたまた生まれて初めてのエアロビクスを体験したのだ。これがいけなかった。知恵熱ならず運動熱が出そうだ。

スカッシュは先週より楽だった。少し慣れたのかもしれない。エアロビクスは初心者のクラスで、どうみても60歳をゆうに過ぎた女性や私の体重の2倍はあろうかと言うおじさん達も参加していた。侮ってはいけない。またそれがみなさん、動きが軽やかなのだ。前後左右に歩く簡単な動作から始まり、途中休憩を挟んで最後はゆっくりと深呼吸まで1時間。「ハイ、前へ−、横!」と言うインストラクターの声通りに動けない。ひとつテンポを間違えると隣の人とぶつかってしまう。やっと終わってヘロヘロになった私を後目にその年輩の女性達は疲れも見せずジムで別の運動を始めた。

知り合いにも運動を始めた人が多い。週末ごとのの水泳を始めた人も、ジョギングをやりだした人も「最初の3キロはすぐに落ちる」のだそうだ。「1ヶ月はかからない」と言う。その後運動を続けながらしばらく平行線をたどり3ヶ月で自然に5キロくらい減量されるのだそうだ。ちょうど一週間しか経っていない私の体重は心なしか増加している。友達から「体の中に脂肪を燃焼する工場を建てているのだ」と訳の分からない理由でなぐさめられた。

道のりは険しい。

2001.03.28

−150人分の脂肪−

日曜日ごとに運動を始めて3回目、体脂肪測定をした。
まだ二週間とはいえ、筋肉痛になるまでスカッシュや初挑戦のエアロビクスをしたし、その間平日は今までできなかった1日1万歩の歩きを実行したのである。だが現実は甘くない。

もともと「怪しいな、スカートがきつい」とか「夏までに体力つけないとバテちゃう」と思い始めた運動である。そう感じたときにはすでに手遅れの状態だったのだ。今まで何年もかかって蓄積された物がそうやすやすと燃焼するはずはない。

以前測定した時は「ふーん、30%を超えると”軽い肥満”なのかぁ、やばいな」と思っただけである。パーセンテージなんて所詮実感が沸かない。それが重さで表示されると「ぐっ」と来るのだ。

コンピュータの前で裸足になって体重計のようなものに乗る。スポーツクラブの係りのお兄さんに「ちょっと多いですねぇ」と言われドキッとする。体脂肪は外見ではあまりわからない。単に「太っている」とは違うらしい。外見ならまだしも心臓や肝臓などの臓器に付くとやっかいなのだそうだ。そう言えば脂肪肝なんて言うのを聞いたことがある。

記入した診断結果を渡される。なんだか通信簿みたいだ。
「うっ」。
身長、体重に続いて体脂肪率、なんとその後にその体脂肪率から計算した脂肪の重さが出ていた。体重と脂肪率がわかれば誰だって簡単に計算できるのに妙に新鮮だった。それが「15s!!!」。なんと脂肪だけで15キロ。あの、スーパーの、すき焼き用の白い油の塊が目の前にチラチラする。「ご自由にお持ち下さい」というヤツだ。15キロと言えば100グラムの豚カツ150人前。それが全部脂肪。うっひゃあぁぁぁぁぁ!10キロのお米の袋だって相当重い。しかも1.5倍。それがすべて私の身体に付いている。階段を上って息切れしない方がおかしい。お米の袋を1個半も抱えてスカッシュやエアロビなんてできない。

脂肪の次は脂肪を除いた体重。「脂肪がなければ私ってこんなに軽いのね」なんて妙に感心したりする。続いて水分量。男性の適正脂肪率は14%〜、女性は17%〜。つまり脂肪は50キロの体重に対して8.5キロもあれば充分だってことだ。この、私の脂肪は半分に減らさなくちゃならない。

夏までになんとかなるだろうか。脂肪とやりがいだけはたっぷりある。

2001.04.07

−ボア・アップ−

きのう、損害保険会社で仕事をしている私は面白い電話を取った。相手は若い女性。
だいたいの電話が、いきなり「私の入っている保険は大丈夫なの!?」とか、「財布を盗まれてもいいの?」などと、何がどう大丈夫なのか、そりゃあ財布が盗まれることはいけないことなんだけど、とついつっこみを入れたくなるほどこちらもさっぱりわからないお問い合わせが多い中、その会話は、「すみません、私そちらで原付の自賠責保険に加入している者なのですが−」と、至って優秀な出だしで始まった。

ご用件は、「50CCの原付バイクを改造して51CCにした場合の保険契約上の変更について」だった。答えは簡単、「自賠責保険契約上の”原付”は125CC未満を指すので保険料は変わりません。ナンバーが変更になる場合はその旨お知らせ下さい。」と言うひとことで終わった。だが、しかし−。

今度は「50CCを51CCにして何のメリットがあるのか」と言う私の疑問が残った。バイクに詳しい社内の人に聞いてみたところ、そうやって燃料タンクの内側を削ったりして排気量を増やすことを「ボア・アップ」と言うのだそうだ。その人の言うには400CCくらいだとエンジン自体も大きいので450CCくらいに改造出来ることもあるのだという。ただ、外見からはわからないので内緒に、つまり違法にやる人が多いのだという。

電話をかけてきた女性はナンバーを黄色に、つまり合法的に排気量を上げたとわかるようにすると言っていた。改造も結構な手間がかかり、手数料もバカにならないのではないか。まぁ、排気量が大きくなればその分早くなると言うことだろうが1CCアップしたところで目に見えて早くなるとは思えない。社内の人が言うには「他の人と違う黄色にナンバーが欲しいんじゃないの?」とのことだった。そ、そんな・・・・。

その社員が代理店をしているバイク屋さんで話を聞いてきてくれてやっと意図がわかった。1CCあげて黄色のナンバーにすると制限速度が30キロではなくなり、2段階右折をしなくてもよくなるのだそうだ。

そうか、原付の制限速度は30キロだったんだ。「2段階右折」と言うのは、原付はスピードが遅いのでいきなり右折車線には入れず、左車線から一度歩行者のように向こう側へ渡り、それから右折するものだ、ということをやっと思い出した。私も免許は持ってはいるが四輪に付いてきたオマケなので原付のことなどとっくに忘れていた。

世の中は、知らないことがたくさんあるから面白い。

2001.04.15

−形状記憶体重計−

鹿児島に夏が来た。
桜と同時につつじが咲いたかと思ったら、ちょっとヨットに乗っただけで真っ赤に日焼けし、帰りの車にはクーラーが必要だった。
月曜から金曜、毎日1万歩を歩き、毎週日曜日にスポーツクラブへ通って1ヶ月となる。
「バテない身体」を目指しているのではあるが、「できればちょっと」痩せるといいなぁと思ってみたりするのが人情だ。
タダでさえ体脂肪30%。男性は25%から、女性は30%からが「軽い肥満」とされる。脂肪、つまり油を15キロも抱えて生活していると思うとゾッとする。

いや、しかし、体重は落ちない。
ふつう、一般的には最初の1ヶ月で3キロくらいは「すぐ落ちる」のだそうだ。それから先が落ちないのだという。それが私の場合、最初から落ちないのだ。体重計は同じ所を指したまま、「形状記憶体重計」となっている。いや、身体の方が「形状記憶」しているのかもしれない。始めは「筋肉を作るための工場が体内に作られているんだ」等という慰めにも納得していたのだがどうも怪しい。まぁ、毎日大瓶5本のビールを飲んで居た人がビールをやめたとか、何本も飲んでいた缶コーヒーをやめたとか言う場合は顕著に落ちるのだろうが、今更やめたところで大幅に改善されるものはない。お酒も飲まず、缶ジュースも飲まず、外食もしていない。強いて言えばコーヒーはブラックでは飲めず砂糖やクリームを入れてしまうとか、会社で配られるお土産のクッキーや饅頭をつい食べてしまうくらいのものだ。食事を減らしたのでは意味がない。

スポーツクラブでスカッシュやエアロビクスを始めて3回目くらいまでは、ひどい筋肉痛になった。翌日とは言わず、ジャグジーに入って帰る時からすでに痛い。車の乗り降りからして辛い。疲れて、バテて、ヘロヘロになって家に帰り、なぜか野菜や果物が食べたくなり、野菜ジュースを飲んでサラダやポテトを食べて寝る。翌日起きても、更に翌々日でも痛い。それがこのところあまり翌日に響かなくなった。これを「体力強化」されたと言うのだろうか。ただ身体が「慣れた」だけなのだろうか。

ここまでやって諦めるわけにはいかない。この際、腹筋も加えてとりあえずもう一ヶ月、続けてみる。

2001.04.23

−ノートパソコン−

「軽くて安いノートパソコンが欲しい」と、しばらく前から探している。
それが驚いたことに「これは」と言うものに行き当たらない。

私が持っているのは3年前の、テレビのようなデスクトップだけ。当時としては最新式で3.2ギガのハードティスクと初のUSB接続ポートを備えていた。メモリを32から64に増設し、MOを接続しただけで今でも健在である。だが、しかし、持ち歩けないとパソコンの前に座る時間が限られるため、メールに目を通すだけでも大変になってきた。当然旅行中も使えない。

この、「軽くて安い」に、せいぜい「ホームページを更新したい」というくらいのささやかな希望が叶わないのだ。
本当に「軽くて安い」のはwindows CE機で、メールをチェックするには良いけどホームページを更新するのはやっかいで、やはり普通のwindows機ということになる。この際OSは、windows98だろうが、2000だろうが、MEだろうが構わない。でもやはり「これは」と言うものが見つからないのだ。

そりゃあ画面は大きい方が見やすいに決まっているけど、画面が大きいと言うことはそれだけパソコンも大きくなる。バッテリーも消費する。女性が、例えばその他のサイフとか(これは軽いけど)、手帳とか、ハンカチと言ったものと一緒に持ち歩くにはA4サイズは大きすぎ、重すぎる。A4サイズとは普通のコピー用紙の大きさで、当然厚みも2センチ以上有り、だいたいが重さも1.5キロ以上となる。中には3キロなんて持ち運ぶだけで一苦労なんて言うものやA4ファイルサイズと言って「A4を綴じるファイルの大きさ」=A4より一回り大きい、なんて言うのもある。メーカーは本当に「持ち運ぶ」ことを考えているのだろうか。まさか技術が足りないなんてことはないはずだ。持ち歩くのは車で移動するビジネスマンだけだと思っちゃいないだろうか。

初め、カシオの「FIVA」がいいかなぁと思っていた。結構値段も安そうだし、大きさも手頃。だけどよく調べてみると必須のCDドライブやFDドライブなどが付属して居らず、別に購入するとあまり安くはならない。外見もちょっとおもちゃっぽくって扱いの荒い私には「壊れそう」な感じ。次に、IBMのThink Padを見つけた。こちらはB5サイズで画面も大きく、重さも1キロちょっと。何せIBMはアフターケアに定評があり、故障などの際は宅配業者が取りに来てくれるそうだ。だが、何せバッテリーの持ち時間が公式で1.8時間。と言うことは使い方によっては1時間そこそこってことで、これはあんまりじゃないの?!。いくらなんだって電車の中かどこかでメールを書いていたら「ブチッ」ってことがあり得そうだ。

そうこうしているうちにB5版のThink Pad1124のバッテリー保ち時間は5時間になっていた。パソコン業界は1年に3回も、つまり4ヶ月に一度バージョンアップしているのだから当たり前と言えば当たり前なのだが結構感動した。「やっぱりThink Padかなぁ」と思って値段を調べたが別売りのCDドライブを加えると20万を超える。「そうかぁ、高いなぁ」と思いながらパソコンショップを覗くと、何と「本日発売」の札。今度はSONYのVAIOだった。

新型VAIO505Rは、B5より一回り大きいB5ファイルと言うサイズながらハードディスクは15ギガ、メモリはなんと128メガでそれにCDに書き込む事もできるCDRWが付属して20万円を切っていた。う〜ん、ヤラレタって感じ。こうなるともう、あまりに高性能過ぎてもったいないとまで思える。SONYは業界でも独特で、ひとたびSONYの世界に足を踏み入れると、デジカメやウォークマン、ビデオなどすべてSONY製品で揃えなければ居られないような世界に入り込みそうで恐ろしい。別に揃えなくても良いのだが専用ケースから何から至れり尽くせりでどうしても揃えずには居られなくなるらしい。

もうひとつ、小型のVAIOC1は見た目A4の半分くらい。これでも10ギガ、128メガあり、CDドライブ付きで17〜18万。こちらにはビデオカメラまで付いている。カメラを外してもいいからもう少し安いものはないのだろうか。

こうやっているうちにまた新型が発売される。これじゃ、一生買えそうもない。

2001.05.04

−GW−

ヨットレースのため、夏に2週間に渡るハワイ行きのスケジュール調整や山積みの雑用、金銭面、体力作りなどの理由から、生まれて初めてとも言える遠出をしないGWを迎えた。遠出と言っても私にとってはまだ鹿児島に居ることそのものが若干「遠出」の気分なのだが、その鹿児島のGWは雷雨の中、午前4時の桜島の爆発で始まった。

桜島は日に何度も噴火しているらしい。気をつければ噴火の爆発音がすると言うのだが、昼間は自然と、「どこかで車がパンクしたのかな」などと思って気づかない。それが「どーん」と言う、地響きにも似た音で目が覚めた。どこかで工場かプロパンガスが爆発したのでは、と思うほどの音だった。その後、雷と土砂降りの雨。こんな時にヨットになんぞ乗っていなくて良かったと暖かく乾いた布団の中で思ったが、結局前半は3日間とも雨で、予定していた洗濯も布団干しもできずじまい。晴れたら晴れたで「どうして予定を入れなかったのだろう」と言うことになるのは明白で、我ながら人間は不平不満の多い生き物らしい。陶芸教室に出かけ、お気に入りのポットが焼き上がっていたので満足する。加えて人間はゲンキンだ。

毎週日曜日に通っているスポーツクラブはほぼ二ヶ月が経過し、友達とGWの特別プログラムに参加。私の「形状記憶体重計」は相変わらず「形状記憶」したままだったが、わずかに体脂肪が落ちていた。体脂肪2%は、ほぼ1キログラムの脂肪に相当する。500グラムの肉の塊2個分がどこかへ行ってくれた模様。体重が変わらないのは気に入らないが、とりあえずめでたい。

後半は打って変わって晴天。1日4回もの洗濯でシーツやカーテンを洗い、布団を干す。布団干しはエアロビクスよりきつい。そう言えば母が「そんなところへ行くなら階段の雑巾がけでもして、床を磨けば一石二鳥だ」と言っていた。
仕方ない。ガラスでも磨こう。

2001.05.17

−免許更新−

その、慌ただしい雑用のひとつに「自動車免許の更新」があった。
近所の交通安全センターで日曜日も更新できるというありがたい案内が来たので行って来た。警察署での更新は別途写真を撮って持っていかなければならず、面倒だ。
さすがに日曜日は長蛇の列。この1ヶ月に誕生日を迎える人がこんなに居るとは・・・。全員日曜日に更新しているに違いない。

まず、更新のハガキと免許証を持って一番の窓口に並ぶ。
ここで手数料を支払うのだ。ハガキには確か合計2950円と書いてあった。それがどうもおかしい。次々と、並んでいる更新者をこなしている担当者は機械のように同じ言葉を繰り返しているようだが、最後に早口で「5年間の更新の方には3000円の、協会への寄付をお願いしているのですがよろしいですか」と言う。それまでの言葉もろくに聞き取れていない更新者は「あー、はい。」とあやふやな返事をし、結局5950円支払うことになる。これはまずい。前に並んでいる何人かと左右の列の人たちを観察する。ほとんどの人が寄付を支払っているようだ。大いにまずい。と、労働者風の男性がハガキと一緒に3000円を窓口に無造作に放り出した。係りの人は寄付の話はできなかったようだ。幸い財布には1000円札が3枚あった。「よし、それでいこう」。自分の番だ。書類と一緒に3000円を置く。それでも係りの人は寄付の話をした。(ようだ。早口で良く聞き取れない。)仕方なく、「あの−、持ち合わせが無いのですが。」と言うと、更に早口で「それでは5年後にまたお願いします。」とのこと。あー良かった。寄付なんて強いられてするものではない。

もらった書類に記入して2番の窓口、3番の窓口は視力検査。次は写真だ。壁の大きな注意書きに赤字で、「女性の方は微笑みを」とあったのには吹き出してしまった。

最後は講習。幸い無事故無違反のゴールドカードは30分それ以外の更新者は2時間だそうで、30分ならガマンできそうだ。その30分の間に免許ができあがるしくみらしい。2度目のゴールドカードだが、ほんの何キロかのスピード違反をしなかった人なんて居るわけはなく、見つからなかったと言う方が正しい。講習のビデオでは、6歳、20歳台、65歳以上のそれぞれ男女に行ったスピード感覚のテストが興味深かった。なんと65歳以上だと言う女性は、「近づいてくる車に轢かれないギリギリ安全な時に横断歩道を渡る」と言うテストで最悪の結果を出した。まだ大丈夫だと判断したのにもかかわらず、その時渡ると完全に轢かれる計算となる。その後、係員の説明があった。実は今、鹿児島県は全国でもワーストワンと言うくらい死亡事故が多い。それで、全国で5番目の長寿県の為かお年寄りの事故が多いそうだ。全国的には交通事故そのものは少しずつ増加していても死亡事故は減っているとのこと。それなのに逆行しているので県警はやっきになって減らそうとしている。約170万人の県民に対し免許所有者は100万人、車の台数は150万台なのだそうだ。免許所有者も車の台数も東京などよりよほど比率は高いだろう。お年寄り、しかも女性に気をつけろと言う。

そこで係員曰く、「おばあさんを見たら赤信号だと思え」。
いくら何でもこんな標語、使っていいわけ!?

2001.06.17

−ヨットレース−

土日で福岡へ行って来た。友達が乗っているヨットが新しくなり、日曜に進水式とレースがあると言う。二つ返事で必ず行くと答えた。鹿児島からだと九州縦断となり、片道数百キロの道のりを運転することになるが、別にどうも思わないのは私がどこか変なのだろうか。職場の人たちに驚かれた。普段はどうしても起きられなくても遠足の時は早く目覚めた、あの子供の頃の感覚をみんな忘れては居まいか。

新しいヨットはベネトーと言うメーカーの40.7フィート。全長約12メートルの大型艇だった。
梅雨の時期だというのに珍しく晴れた。湿度は低く快晴、最高気温28度、風は15〜20ノットくらいだろうか。うねりはない。絶好のコンディションだった。新しい艇は車で言う新車のにおいがしてワクワクする。渡されたユニフォームを着てレースに出る。スタート10分前のフォーンが鳴り、旗があがる。5分前、・・・3、2、1、スタート!目の前の能古島を時計回りで廻る。ライバル艇が帆を絡ませ脱落する。

1位だった。久しぶりの本格的なレースで、最高の気分だった。
冷えたシャンペンで乾杯し、桟橋に机やクーラーボックスを並べて進水式をした。
オーナーは海に投げ込まれた。
夕方マリーナを出たが4時間半で先ほど家に着いた。東京から毎週渋滞を通り抜けてマリーナへ行くのとたいして変わらない。

友達がタイのプーケットでのヨットレースに行った時、地元の女の子と仲良くなって聞かれたという。
「優勝したらいくらもらえるの?」
これは日本でもよく聞かれる質問なのだ。ヨット乗りは苦笑い、もしくは吹き出す。
実は、1円ももらえない。お金どころか賞品だって持ち回りのトロフィーとか盾、あとはせいぜいTシャツくらいだ。ゴルフやテニスの大会と一番違う点かもしれない。世界で一番大きな、国同士の戦い「アメリカズカップ」だって、何億もの費用をかけ、何年も費やして艇を設計し、練習して、持ち回りの銀杯(アメリカズカップ)ひとつなのだ。
どこかの映画で、ジョギングをしようとした登場人物に誰かが質問するシーンを思い出す。
「どうして走るの?」「いや、健康の為に・・・」「それでいくらもらえるの?」と。

世の中、「お金の為」だけじゃないのだ。人は「お金のため」より頑張れることの方が多いと思う。
人の「気持ち」なのだ。どうしてもやりたいと、心の底から楽しいと、思うことができれば何だってできる。
それを仲間で共有してできるってことはやっぱり何にも代え難い。
最高の気分だった。

2001.06.23

−世の中のスピード−

以前、何年間も美容院に行かないでいたら、知らない間に「ストレートパーマ」ではない「縮毛矯正」と言う技術が進んでいたと書いた。それと同じ様なことがあちこちで起こっている。パソコン業界がそれの最たるもので、知らない間にケーブルなしでインターネット接続できるしくみや、新しく発売されたパソコンにはわからない言葉がたくさん載っている。そりゃあ1年に3回も新しいものが発売されているのだから、余程気をつけて雑誌などをチェックしていないと置いてきぼりになるのは仕方ない。

私はメガネをかけている。
コンタクトの手入れが面倒だと言う安易な理由からだ。
それが今は面倒ではないらしい。「煮沸消毒」なんて言葉は死語だと言われた。何か洗浄液の瓶ひとつだそうだ。

「2週間もハワイに行くのならその間携帯の料金プランも変えておいた方が良い」と友達に言われた。何でも日割り計算してくれるとのこと。そう言えばもう、かれこれ5年も前に携帯を使いはじめたとき、いろいろ検討して結局普通の「ベーシックプラン」にした。基本料金4500円で当時としては安いと思われた。それが知らないうちにいろいろなプランが出来ていた。基本料には無料通話料が含まれていることも知らなかった。しかも料金プランを変更するのは面倒で平日の昼間、つまり会社に行っている時間帯しか変更手続き出来なかった。それが夜も7時過ぎまで、土曜日でも受け付けてくれるらしい。フリーダイヤルも可能だそうだ。

NTTドコモの携帯をお使いのみなさんへ
A.ベーシックプラン・・・・基本料4500円(無料通話料600円含む)+通話料
B.おはなしプラスBIG・・基本料9100円(無料通話料6600円含む)+通話料(A×1.1)
C.おはなしプラスL・・・・基本料5500円(無料通話料3000円含む)+通話料(A×1.2)
D.おはなしプラスM・・・基本料3900円(無料通話料1100円含む)+通話料(A×1.3)
E.パーソナルプラン・・・基本料3500円(無料通話料500円含む)+通話料(A×1.4)
他にも「長得プラン」や「ドッチーモプラン」がある。

あまりの移り変わりのスピードに、「おばあちゃんがお墓から出てきたらびっくりするだろうねぇ」と言う、母の言葉を思い出した。

2001.06.27

−ノートパソコン 1−

深みにはまっている。
一度携帯を使ったら手放せなくなるように、どこへ行くにも車を使うように、パソコンを使いはじめると抜け出せない。考えに考えて購入したデスクトップは、もはや3年。何年もかかってモデルチェンジする車と違って1年に3度も新しい機種が出ているのだからたまらない。こちらが良くてもやれ新しいソフトが対応していないとか、インターネットオークションで落札したオリンパスのデジカメで撮った写真をパソコンに落とすにはスマートメディアリーダーと言うものが必要で、それを使うにはOSがwindows98以上じゃないとだめだとか、いろいろ問題が起きてその都度財布の口を開けることになる。昔の「VHF」対「ベータ」のビデオ戦争の時からずっと、とにかく何かひとつに統一して欲しいと願っている私の望みはなかなか叶えられない。

1日2〜30件のメールを読み、返事を書く。夜11時〜朝8時までのテレホーダイタイムには限界がある。とてもホームページをチェックして読むまでの時間がない。だいたいデスクトップじゃあ持ち歩けず、数日間家を空けるととんでもないことになっている。

デジカメで撮った写真はパソコンに落とす。それでまたカラになったスマートメディアで写真を撮る。確かにフィルム代も現像代も、焼き増し代さえ要らないのだが何かするにはパソコンが必要なのだ。海外など長期の旅行ではパソコンがなければスマートメディアを何枚も用意しなければならない。

最近は文章を紙に書かなくなった。紙だと消すのも訂正するのも面倒だがワープロなら消した後も残らない。メモがどこかに紛れてしまうこともない。一度書いた物は何度でも加工して使える。ボールペンのボテッとしたインクもれもなければシャーペンが折れることもない。

旅行の多い、その時に感動も多い私は必然的にパソコンを持ち歩くことを考える。
そこでノートパソコンだ。「そんなに考えていたらパソコンが腐っちゃうよ」と言われるほどリサーチしたのだが、調べれば調べるほど「ここがああだったらなぁ」とか「もう数百グラム軽ければいいのに」とか「値段が高過ぎる」「バッテリーは3時間は保ってくれないと」と言うことになってなかなか決められない。考えているうちに次々と新しい機種が発売になるので余計買えない。だいたいメーカーは女性が私用で使うことを考えていない。何もパソコンを使うのはサラリーマンばかりじゃないのだ。niftyの会議室で相談したところ、値段が安く、画面がきれいで、バッテリーが3時間以上保つと言う新しい機種が出ることがわかった。発売日は私の誕生日だった。きれいな画面に惚れた。

とにかく、買うにはきっかけが必要だったので2週間のハワイに連れていこうと決めた。となると出発まで一ヶ月を切っている今が限度だ。設定後に慣れる時間がない。まぁ、デジカメの写真を落とし、思いついた文を書く。出来たらインターネット接続してホームページに掲載しよう。

購入はやはり都会の方が有利かなぁと思っていたらそうでもなかった。今どの店が一番安いかが常に表示され、その場で注文できるサイトを利用した。最安値だった大阪のパソコンショップから注文したノートパソコンが届いたのは、電話をした翌日の土曜日だった。店から買って帰るような早さだ。送料と宅配便の代引き手数料各1000円を加えても地元のパソコンショップより2万円安かった。

2001.07.01

−ノートパソコン 2−

そして戦いが始まった。

137,000円と送料1,000円、代引き手数料1,000円、それに消費税を宅配便のお兄さんに支払ってパソコンをゲットした。東芝のリブレットL1。新しく発売になったマイクロソフトのOffice XP Personalと言う、ワードとエクセルの最新版2002が入っている、アプリケーションインストールモデル。B5サイズより一回り小さく、横長のノートパソコン。満員電車の中で立ったまま開くモバイル機と言うよりも、旅行先のホテルでストレスなくホームページを更新するのに丁度良い。OSはWindows ME、CPUはクルース。この小さい体に10ギガと言う、現在のデスクトップ機3倍のハードディスクと、2倍の128メガメモリを積んでいる。これで1.1キログラム。

土曜日の今日やらなければずっと出来ないと思い、まず設定の前に専用ケースを作る。丈夫な物が良いだろうとミシンに通る皮で作り、外側にはヨット柄の生地を縫い合わせ、手提げを付けた。外は30度を優に越えている。とにかく暑い。

さて設定だ、と思うほどのこともなくあっけなく終わった。電源コードをつなげて立ち上げ、自分の名前とOKボタンを3つ、4つクリックするだけだった。半日もかかったデスクトップとは大違い。とにかくもともとCDドライブもFDドライブも何もない。必要なソフトはインストールされている。

その「何もない」ことが問題だった。
設定が終わり、バッテリーを充電し終わるともう、やることは何もなくなってしまった。

デスクトップ機で私がいつも使っているソフトは、メール関係に「nifty maneger」、ホームページ作成は「ホームページビルダー」、で、ワープロはMS−WORDなのだが日本語入力システムは「ATOK」ときている。この3つがインストールされていないとお手上げなのだ。日頃使い慣れていないものを無理に使おうとするとストレスとなる。さて、どうしたものか・・・。

翌日の日曜日、まずストレスの一因である慣れない「マウスポインタ」に代わる携帯用USB接続マウス ¥1,980とパソコンの大きさピッタリのファスナー付きラバーケース(サンワサプライ)¥460を購入する。課題は「ソフトをどうやってインストールするか」だった。まず安易に、パソコン上で教わった「USB接続インターリンクケーブル」を考えた。多少速度は遅くても簡単で安価だ。だがしかし、お店のお姉さんは「不安定で確実ではない」と断言。じゃあどうするか。

次に考えたのは「あるものを使う」。デジカメの中に入っている、あの小さなカードにはどうやら写真だけじゃなくてその他のものも記憶させられると言う。「あのカードの中にデータを入れることが出来ればUSB接続で簡単にデスクトップの情報をノート側に移せるのではないか。」「いや、待てよ。あのUSB接続の、ナントカリーダーとか言うものをノートに認識させるにはFDのドライバ(ソフト)が必要だったはず。FD挿入口さえなく、デスクトップとつなげられなければ認識させることが出来ない。」「じゃ、ドライバだけ自分宛のメールで送ってみたらどうだろう」。無い知識を総動員したところでなかなか解決策は浮かばない。

そこで店のお姉さん。「デジカメの記憶媒体はフラッシュメモリですか?」「うっ。(-_-;)」だいたいメーカーによってフラッシュメモリだとか、メモリースティックだとか、違うからややこしくなるんだ。だから統一してくれれば良いのに、と言ったところで始まらず私のオリンパスのデジカメは「スマートメディア」と言う記憶媒体の名前だったと判明。次に家にあるその「スマートメディアリーダー」は書き込みも出来る物でしょうか、とお姉さん。またもや「うっ。(-_-;)」「書き込みが出来る物だと、スマートメディアリーダー/ライター」と言う名前なんだそうだ。

戦いは始まったばかりだというのに、パソコン業界からの完全な落ちこぼれを今更ながら実感した。

2001.07.05

ーノートパソコン 3ー

落ちこぼれの戦いは続いている。
新しく購入したノートパソコンに、今までのデスクトップ機のデータを入れてやらなければ使えない。

もし仮に、私の持っているデジカメの「スマートメディアリーダー」が、書き込みのできる「リーダー/ライター」だったとしても、当然のことながら「スマートメディア」という3センチ角ほどの薄っぺらいカードを持っていなくてはお話にならない。今持っているのは8メガと16メガの2枚だけ。外見は同じだけどもっと容量の大きな、32メガや62メガは当然ながら高い。何千円から1万円くらいもするのだ。ということは、これを買わない限り容量の大きいファイルなどはノートに移せないということになる。

う〜ん、どうも「帯に短し」(古いねぇ)なのだ。もっと安価で簡単な方法はないものか。
そこでいっそのこと清水の舞台から飛び降りたつもり(またまた古いねぇ)で4万円ほどの「純正CD−RW」を買ってしまおうかということになる。だがしかし、店に在庫はなく「お取り寄せ」になるとのこと。しかも「だいたい10日ほどかかります。」とは・・・。結局、鹿児島市内のパソコンショップと大手電機屋4店舗を廻ってみたがどこも同じ。どうやら鹿児島には現物がないらしい。いったいどうなっているんだろう。モバイルするためのノートパソコンなら、家のパソコンデータを入れるなんてごく当たり前の使い方ではなかったのか。

最後の手段は、今度は技術的に「清水の舞台から飛び降りたつもり」のLAN接続だった。大企業の社内じゃあるまいし、まさかSEでもない私がこんなことをするハメになるとは思ってもみなかった。デスクトップ機側の取り付け口LANボードと、ノートパソコン側のLANカード、間をつなぐケーブルの3点が必要らしい。ここでもデスクトップ機が新しければいちいち中をあけてボードを取り付けなくてもPCカードを挿入する口がついているのだそうだ。ノート側もLANポートが付いていればPCカードは不要とのことだがどちらもない。2メートルのクロスケーブルを含めて、店にあった一番安い3点を合計4000円ほどで購入した。

デスクトップ機の中を開けるのは、MOを取り付ける際にどうしても口が足りず、スカジーボードというものを取り付けて以来だった。おまじないのように手を洗いよく乾かしてから開けること、という注意書きを思い出した。デスクトップ機側はこのボードを入れ、ボードに付属のソフト(ドライバ)をインストールする。問題はノート側のPCカードのドライバをどうやってインストールするかだが、これは一度デスクトップに読み込んでメールで自分宛に送るしかなかった。部屋の中で1メートルも離れていないパソコン同士のデータを移すのにこんなに大変だとは思わなかった。

その後、今まで何の意味もなくデスクトップに表示され、片隅に追いやられていた「ネットワーク」というアイコンが脚光を浴びることになる。

だが、しかし・・・

2001.07.13

−ノートパソコン 4−

友人の力を借りて、どうにかLAN接続された。
デスクトップを開けてLANボードを挿入し、フロッピィディスクのソフト、ドライバをインストールする。
ノートにフロッピィディスクを入れるところはないのでノートのLANカードのドライバは一端デスクトップにインストールし、メールで自分宛に送り、ノートパソコンで開くと言う面倒な作業となる。
それでもどうにかこうにかクロスケーブルで繋ぎ、めでたく2台のパソコンは「情報を共有」できることとなった。「ネットワークコンピュータ」と言う、今まで捨てるに捨てられなかったデスクトップ画面の、隅に追いやられていたアイコンを開けるとLAN接続された相手のパソコンの中身が開かれた。

作った文書などのファイルはドラッグひとつでノートパソコンに移っていく。鼻歌でも歌いたい気分だ。私の使っているメールソフト「ニフティマネージャー」は最新版をデスクトップ機でダウンロードし、解凍する前にノートへ移して解凍した。う〜ん、快調、快調。

だが、しかし−。
肝心なソフトがインストール出来ない。デスクトップ機へCDを入れると、そりゃあ当たり前のようにデスクトップ機の画面には自動的にインストールウィザードが表示される。でもインストールしたいのはノートパソコンの方なのだ。ウィザードを閉じてノートパソコンからCDドライブを開くとうんざりするほどのファイルやホルダーが並んでいる。何となく怪しいと思われるファイルを開くとPR用のデモビデオが流れたりして終わるまでそれを見なきゃならない。

「.EXEを探せ」、メールで尋ねた友人から指令が飛ぶ。
やっとノートパソコンにインストールウィザードが現れ、めでたくインストールされる。

パソコンは何をやっても一難去って三難くらいが出現する。
2つのパソコンのファイルをあっちだ、こっちだと移動しているうちどっちがどっちだかわからなくなった。「ネットワークコンピュータで開いたフォルダーが相手」で、「マイコンピュータで開いたものがこちら」とはわかっているつもりなのだが、開いていくうちに不明になる。しかもノートパソコンはテンキーが付いていないので入力がスムーズに行かず、ついデスクトップを使ってしまう。余計にどちらでメールを出したんだか、ホームページを更新したんだか不明となる。

もうひとつ隅に追いやっていた「ブリーフケース」と言う、サラリーマンみたいな名前のアイコンを使えるようになれば私もバージョンアップして一人前になれそうな気がする。

2001.08.27

−ハウステンボスカップヨットレース−

土日、ハウステンボスへ行って来た。毎年恒例のレースだった。
いつでも、どこでも、少ないレースの参加者はここだけは各艇定員をオーバーするほどの盛況ぶりを見せる。と言うのも参加料でハウステンボスに入場出来、土曜日の夜は園内で前夜祭が行われる、参加Tシャツ付きのレースだからだ。いつも肩身の狭いお父さんもヨットレースの間に家族を遊ばせておけると言う一石二鳥のレースなのだ。
土曜日朝6時半過ぎに鹿児島を出、約350キロを長崎へ向かう。駐車場に車を停め、ゲートから入場。ヨット仲間と昼食。
野外パーティー参加者は2000人を超えただろうか。だんだん暗くなっていくので知り合いを探すどころか迷子になりそうな状況だった。周りで焼かれているバーベキュー、焼きそば、焼きおにぎりを確保し、紙皿と箸、それにビールを一度に持ったまま知り合いを見つけては歓談する。もちろん二次会は係留してあるヨットの上。
そして高級なホテルに泊まる以外はヨットの中、桟橋、そこいらのベンチで眠る。

レース当日の朝は心配していた雨は降らず、ヨット乗りにとっても、園内で遊ぶ家族にとっても嬉しい「曇り」となった。
だがしかし、嬉しくないのは「風」だ。
もともと大村湾の中は穏やかなため風が弱い。ただでさえ定員オーバー気味のヨットは風が吹かなければ走らない。
唐津から来た我「WINチーム」は名古屋の「JUSTチーム」、大阪の「のふーぞチーム」等の混成チームだった。
いつもは甘いスタートが今年は厳しく、「リコール(フライング)艇有り」のフラッグが揚がったかと思ったらゼネラルリコールになってしまった。つまり多くの艇がリコールしたためスタートのやり直しということになる。気を取り直してスタート。WINはヨット仲間に操られ、そよそよ吹く軽風下でシャワシャワとわずかな波音を立てながらゴキゲンな走りを見せた。自艇よりもレーティング(ハンディキャップ)の高い大型艇を凌ぐかと思われるほどの気持ちの良い走りだった。
と感動するのもつかの間、風は完全に止まってしまった。赤ちゃんがハイハイするより遅いほどの、やっと漂っているといった状態で頑張った。だが、わずかなところでタイムリットに間に合わなかった。ロングコース、ショートコース全部で150艇余りのヨットが出場したが、ロングコースでは20艇ほどしかフィニッシュ出来なかった。

まぁ、それはそれで仕方ない。
レースが終わり、シャワーを浴びてまたまた乾杯をする。ヨット乗りはヨットにさえ乗れれば機嫌が良い。

ハウステンボスの片隅にチョコレートショップがあった。カウンターで頼むと、棒の付いた普通のバニラアイスをチョコレートの壺にドボッと入れ、砕いたアーモンドの皿の上を転がしてくれる。アイスが冷たいのでチョコは一瞬で固まる。砕いたばかりの香ばしいカリカリナッツと本物チョコが絶妙である。
風のない、暑いレース海面でこの話をした。「今食べられるのなら1万円出す」と言う人まで現れた。
もちろん、その後夕方6時をまわろうかというのに、みんなで300円握りしめてゾロゾロ食べに行ったことは言うまでもない。アイスひとつでこれだけ盛り上がってしまうので毎年参加しているのに園内をゆっくり回った人は少ない。

何とこの日、350キロかけて来るだけでも呆れられてしまう私達を遙かに凌いで「のふーぞチーム」は車で大阪へ帰って行った。もちろんアイスを食べた後だ。
「明日の仕事に間に合えば良い」と言う言葉にホッとした。
好きなことは辛くない。
同じことを好きな人々を仲間と呼ぶ。

2001.09.01

−玄米ご飯−

久しぶりに、いつもと違ったご飯を作ってみた。何だかウキウキする。
ハワイに行ったり、ハウステンボスに行ったりして家を開けていたので、久しぶりの休日だった。
洗濯機に洗濯物を放り込んで朝ご飯を食べ、昨日恐る恐る買った玄米を洗ってみる。
初の試みなのでとりあえず2キロ。スーパーの片隅のお米屋さんで1キロ350円だった。普通のお米よりずっと茶色っぽい。
玄米は圧力鍋でしか炊けないと何かで読んだことがあり、諦めていたのだ。それが普通の炊飯器でOKなのだと本屋で立ち読みした本に書いてあった。その本には玄米に合うおかずも紹介されており、それがまた妙に美味しそうだった。そうそう、玄米は研ぐのではなく洗うらしい。ホコリなどを取るだけで良いそうだ。
その玄米をすすぎ、水につけておく。ここが肝心とのこと。

夕方、水に浸けておいた玄米0.5合に普通のお米1合を加え、水は何となく多めの2合にして炊いてみた。高級な炊飯器ではないのでもちろん「玄米炊き」などのスイッチはない。ただとりあえず、何となく、「柔らかめ」と言うボタンを押した。玄米は固ければもう一度水を加えて炊き直したり、チャーハンにしたり、柔らかければお粥にしたり、そのままコロッケの具にしてしまえ、とその本には書いてあった。

結果は成功だった。思ったよりずっと美味しかった。おかずはシシャモを焼いて、ハスのキンピラを作り、鶏肉とあり合わせの野菜を煮てみた。煮物はやる気ついでに昼に作ったイカ飯の煮汁を使ったのでほとんど手間はかからなかった。イカ飯もイカに餅米を詰めて煮るだけなのだ。玄米ご飯は何か、時代劇に出てくるような食事をイメージしてみた。それが予想以上に玄米ご飯にはあまりおかず要らないらしい(いいぞ)。ごま塩とみそ汁だけでも満足出来そうなのである。白米と混ぜた玄米の味は白米だけの時より味わい深く、ゴマのような「ぷつっ」と言う食感が楽しめた。

玄米はミネラルや繊維質などが豊富で美容と健康にも良いらしい。普通のご飯より噛みしめなければならないのでダイエットに使っている人も多いという。確かに江戸時代ような食生活にすれば肥満することはないだろう。それで美味しければ言うことはない。
明日の朝は昔のサムライが持って歩いたようなおにぎりとたくあん、それにみそ汁にしてみようか。

2001.09.05

−マサイの戦士−

これが飲み物の名前だと気づく人はたぶん居ないと思うけど、れっきとした、市販されている飲み物の名前だった。

友達から「どぅどぅわーるどにゅーす」なる冊子が送られてきた。これは「道祖神」と言う、知る人ぞ知る東京の旅行会社の発行する冊子だった。これがまた凄い。ツアーの紹介と言えばそれまでだが「マサイとサファリ三昧8日間」とか、「タンザニアオフロードツーリング13日間」とか、とにかくマニアックとしか言いようのないツアーばかりで「ヨーロッパ周遊10日間」とか「ディズニーワールドツアー」なんてポピュラーなものはまったくない。世の中には本当に様々なものに熱中している人が居るんだなと、嬉しくなるような冊子だった。友達はその冊子のコラムに記事を書いたのだと言う。「ケニアで毛糸が出来る?!」にも紹介した通り、彼女はボランティアでケニアの女性達が刈り、紡ぎ、染めた毛糸を輸入し、販売している。日本で市販された規格サイズの太さと決まった色合いに満足していない人には最高の、雨が少ないという理由だけで何ヶ月も送られてこない、バケツでひとつずつ染めるため多少色ムラのある、いかにも手作りと言った風合いの本物の毛糸だ。確かにケニアの話題だった。

「マサイの戦士」はその冊子の広告欄の片隅に掲載されていた。
見たとき、「この冊子は日本の、日本人のための冊子だったよね」とまず表紙を返して確認した。発売元はかの有名な大塚製薬。「大塚製薬 マサイの戦士求む!!」「サバンナの栄養食」とある。「マサイの飲み物を忠実に再現した発酵乳」と書いてあるだけで何から作られているかが書かれていない。書かれていないと余計気になる。そう言えば鹿児島にも怪しげな発酵乳があった。その名を「ミキ」と言う。奄美大島で、牛乳パックと同じ様なパックに入れられて販売されている。東京では見たことも聞いたこともなかったが奄美ではおじいちゃんもおばあちゃんも「ミキ」を飲んでいた。味は・・・小さい頃から慣れ親しんでいない私にはお世辞にも美味しいとは言えない。アルコールが出来る直前の日本酒のような、甘酒のようなものだ。病気の時、食欲のないときにも飲んだりするらしい。確かに栄養はあるかもしれない。

問題は「マサイの戦士」だ。マサイ族と言うのはひょろっとして首にはジャラジャラと飾りを付け、槍を片手に恐るべき高さにジャンプする人々ではなかったか。あのジャンプや獣を追いかける持久力の源だろうか。味は期待できないが、ちょっと気になる。なぜか関西と徳島の限定販売だそうだ。

どなたか飲んだことのある方、お便り待ってます。

2001.09.09

−水出しコーヒー−

苦い物が苦手である。だからビールも嫌いだし、コーヒーにもたっぷりとミルクを入れる。
それが、その、アフリカからボランティアで毛糸を輸入している友達の家で美味しいコーヒーを頂いた。ミルクも砂糖もなしで飲める美味しいコーヒーだった。秘密は豆にあるのではなく、「水出し」というコーヒーの入れ方にあるのだと言うことだった。どこの家にでもあるコーヒーメーカーのような器具に普通の水を入れ、ドリップで落とすのだ。ただ、時間をかけて入れることに意味があるそうで普通のコーヒーメーカーのように飲みたくなってから入れたのでは間に合わない。暇な時や出かける前にセットしておき、入れたコーヒーは瓶に入れて冷蔵庫で保存。飲みたいときに暖めるのだという。

一度入れたコーヒーを保存するなんて鮮度と一緒に味まで落ちそうではある。だが、私の嫌いな電子レンジで暖めたコーヒーが、家でドリップした入れ立てのコーヒーより美味しかったことは言うまでもない。何でも水で出すと、熱湯で強引に出すときのような脂肪分や余分なものが出ないのだと言うことだった。熱を加えて入れるわけではないので鮮度も落ちにくいそうだ。

となるとその器具が欲しくなる。それはご存じ「通販生活」と言う雑誌で購入した物で1万円ほどしたと言う。どうみてもふつうのコーヒーメーカー、それが1万円は高い。ただポットの上にドリップペーパーと挽いたコーヒー豆、その上から1秒に1滴程度の水さえ落ちれば良いのだ。何か、どうにかなりそうな気がした。ハワイで美味しくかつ安いコナコーヒーを買ってきた。

鍵はその「1秒に1滴」だ。
まず知り合いから未使用の点滴セットを入手した。具合の悪いときに病院で刺してもらう、あの点滴だ。薬を入れて吊すビニール袋はついていない。その袋に刺す針と管、管の間の調整する部分、患者の腕に刺す側の針という構造だ。

次にいろいろ考えた末、空いた牛乳パックに水を入れる。牛乳パックの脇の一番下の部分に、水漏れしない様ビニールテープを貼り、その上から針を刺す。高いところが良いと思い、蛇口の上に置く。それより低い位置に、コーヒーポットに普通にドリップコーヒーを入れるようにセットし、その上に患者の腕に刺す側の針を固定。後は1秒に1滴程度水が落ちるように調節し、待つだけ。

初めは外出から帰った後もまだドリップが終わっておらず大笑い。次は水が多すぎたようだ。
看護婦の友人に教わった。点滴19滴で1CCなのだそうた゜。
着実に「美味しいコーヒー」に近づいている。

2001.09.14

−語学の拾得−

日曜日、久しぶりに地元錦江湾のヨットレースに行った。
今回は、毎年錦江湾ヨットクラブと姶良郡隼人町が行っている「国際親善レース」だ。海外から鹿児島に来ている英語教師の補助、ALTと呼ばれる人たちと高専の留学生達、30名余りが参加してくれた。各艇の人が艇名を書いた紙を持ち、ゲストを10艇ほどのヨットに振り分ける。私と一緒のヨットに乗ったのは、ベトナムから来た留学生「ニョット」君とフィリピンから来た「ランディ」君。二人は何の支障もなく日本語の会話が出来たので繰船に加わってもらい結構楽しめた。「ニョット」は言いにくいので「ヨット!そのロープ引いて」なんて呼ばれるハメになった。

短いレースが終わった後、船でしか行かれないすぐ対岸の小島にヨットを係留し、バーベキューパーティーが行われた。すぐ横の海で泳ぐことも出来る。海にでも入らなければいられないほど暑く、天気にも恵まれた。ワイワイがやがやとあちこちでビール片手に国際親善が測られた。

そこで、「どうやって言葉を覚えたのか」と言う質問をあちこちでぶつけてみる。この人達が日本語を覚えたように私も英語を覚えたい。中には日本に来てまだ1ヶ月のALTも居た。みんなの意見を総合すると、まず「とにかくたくさんしゃべること」。何人もの人に話しかけると「そのうち何人かの親切な人」が、いろいろ教えてくれたのだという。なるほど・・・みんな、聞かれたら親切に答えてあげようね。まだ日本語の話せないALTは「coffee talk」が良いと言い、誰か英語を話す人となるべく多く、喫茶店でもどこでも良いからとにかく多く「話す」ことを勧めてくれた。その、ヨット君達は寮に住んでいる。寮の中は何語で話しても構わないそうなのだが、ベトナムから来たヨット君とフィリピンから来たランディ君は当然母国語が違う。同じ国から来た者同士以外は日本語が唯一のコミュニケーションの方法なのだそうだ。私が英会話を勉強するのだとしたら?、と聞くと口を揃えて「英語を話す国へ行った方が良い」と答えた。英会話教室や学校へ通ってもその授業の時間しか使わない言葉は忘れてしまうと言う。

次に「話す」こと以外の勉強方法だ。ヨット君は授業のための勉強時間は2時間だそうだ。その他は?と聞くと「テレビが良い」と答えた。アニメや人気ドラマかと思いきや「ニュース」とのこと。ニュースなんて政治や経済など、日本人が日本語で見ても難しいのでは?と聞くと、わからないことはわからないとして車がひっくり返った写真があれば車の事故だということだけはわかるから、と言う。中でも教育テレビの「手話ニュース」がゆっくりとしたペースだし字幕スーパーも出るので最適だそうだ。とにかく最初からすべてわかろうなんて言うのは無理な話。ひとつでもわかればよいと言うくらいの余裕が必要なのだろう。だけどそう簡単に割り切れるものなのだろうか。相手の話していることがわからず、イライラともどかしくならないのだろうか。はじめの1ヶ月は授業の10%もわからなかったよ、と同じヨットに乗ったふたりは口を揃えた。「1割も理解出来ないで、よく嫌にならなかったね」と聞くと、二人はただ笑っていた。

人間として考えられないくらいのひどい事件が起こっている。
早く、安全にゆっくり旅をして英語を勉強出来るようなアメリカに戻って欲しい。

2001.09.20

−自賠責保険−

「保険」と聞くと嫌ぁな気分になるとか、「もうダメ、私わからない」と拒否反応を示す人が多いと思うけど、知っていて損はない。反対に知らなければ損をするのだ。

ご存知「自賠責保険」というのは、50CCの原付から乗用車、トラックに至るまで車なら何でも加入しなければ走行できない、国で決められた保険である。必ず入らなければならないので「強制保険」とも言う。ギョーカイ用語では「ジバイ」と呼ぶ。普通の乗用車だったら車検を受ける際に「車検期間を満たしている」自賠責の付保が義務づけられているので漏れる心配はないが、車検のない、例えば原付などは要注意だ。ちなみに、原付の自賠責保険料は12ヶ月で7,700円、24ヶ月で9,500円、36ヶ月で11,250円。乗用車だとそれぞれ16,950円、27,600円、37,650円となる(2001.9月現在)。1個100円のリンゴも5個買えば400円になると言うわけだ。加えると最近、全国の郵便局でも二輪自動車の自賠責加入が可能となった。国の保険なのでどこの保険会社で加入しても内容や料金に変わりはない。

自賠責は最低限を補償するものなので保険料、つまり掛け金はそう高くはないが、従って補償額も高くない。万が一誰かを轢いてしまい、死亡したり後遺症が残った場合の最高補償額は3000万円。ケガの治療費に至っては120万円が限度である。しかも相手に対する人身の補償だけで相手の車に対する補償や、まして自分のケガや車に対しての補償は何もない。これでは足りないので不足分は「強制保険」に対して「任意保険」、つまり自動車保険をかけることになる。

その自賠責保険。任意保険のような無事故割引などはないが、車を廃車したり売ったりした場合、任意保険と同じように解約や車の入れ替えが出来るのをご存知だろうか。解約の場合は自賠責の証明書の他に廃車の証明となる書類、これに本人ならば印鑑だけで数分で手続き出来る。わずかながら解約返戻金もある。手続きした日が解約日となるので廃車したら早いほうが良い。

入れ替えは普通の任意保険のように保険期間の途中で車を変更出来る。廃車にしろ買い換えにしろ、自賠責保険の補償期間を残したまま車を手放すのはもったいない。同じく自賠責証明書の他に今までの車の廃車証明と新しく取得した車の車検証と印鑑で手続き出来、今までの証明書に車の内容が書き換えられる。

権利譲渡と言って、持ち主を変えることだって可能なのだ。例えば私の車を気前よく弟にあげたとする。当然車検の残っている車なら自賠責も付いている。ここで例によって自賠責の証明書と、名義変更された車検証のコピー、それに譲渡人である私と譲り受け人である弟の印鑑があれば解約することなく名義を書き換えられると言うわけだ。

これらの手続きは代理店では出来ないところが多いので営業時間内に保険会社の窓口へ直接行く。事前に電話をかけ、必要書類を確認すれば万全だ。

2001.10.24

―自動車保険―

突然ですが、一般的な、個人所有の乗用車につける任意保険についてのごくごく基本。日本の損害保険会社であればだいたい同じです。だけど知らない人が多い。(^_^;)車を持っている方は最低ここまでは知って置いた方が良いですよ。

■ 1年分を1度に支払うか、分割するか。
 
毎月の銀行口座引き落としの場合、1年間の保険料の5%増÷12となる。

■ 年齢条件を、全年令、21歳以上、26歳以上、30歳以上のどれにするか。
若い人が運転するほど事故率が高く、従って保険料も高い。運転する可能性のある一番若い人を考えて設定する。例えば20歳の子供が運転するからと年齢条件を全年齢にすると保険料が「目の玉が飛び出すほど?」高くなるので年齢条件は30歳以上のまま、「子供特約」などと言う特約を設定している会社もある。
保険会社によっては年齢条件がもっと細かく別れている。例えば安田火災には35歳以上という区分がある。

■ 家族限定割引をつけるか。
この特約をつけることによって5%の割引がある。だが、契約者と同居の親族(別居の未婚の子を含む)しか運転出来ない。友達や親戚などと交替運転する可能性がある場合はつけない方が良い。

■ 補償金額を決める。
人に対してケガなどを負わせた場合の「対人賠償」は「無制限」かけている人が多い。相手の車やガードレール、ショーウィンドゥなどにぶつけてしまった損害に対しての「対物賠償」も「無制限」の他、「1,000万円」などとかける。自分の車に乗っている人のケガを補償する「搭乗者傷害保険」は「1,000万円/1名あたり」くらい。

上記3つの補償の他に自分の車の修理代である「車両保険」をつけるかどうか決める。一般的に考えても人が亡くなったりケガをしたりする事故より、車同士こすったりぶつけたりする事故の方が多いのは明白なので保険料も高い。大ざっぱに言うとたいていの修理代が補償される一般の車両保険と、保険料はだいぶ安くはなるが相手が車に限られ、なおかつその車が判明していないと補償されない、「エコノミー」などと呼ばれる車両保険がある。私のように自分の車がボロく、「壊れたら廃車だ」などと考えている人は不要。

■ 保険料
だいたいこのあたりで掛け金が決まる。あとは車の種類やグレードによる。初めて加入する場合の等級は6等級(年令条件により30%割増〜0%)から始まり、1年間無事故の場合は次年度7等級となり、無事故割引が適用される。反対に事故を起こし、保険金を請求すると1事故3等級ダウンとなる。5等級が10%増し、4等級が20%増し…と1等級で50%増しだ。無事故割引は、保険会社を他の損害保険会社(含む農協など)に移行した場合も有効。ちなみに割増も保険会社を変えても逃れられない。割引の最高は60%。

個人ですでに1台目を所有している場合(契約者、所有者および使用者が同一)の2台目の契約は「セカンドカー割引」などと言って、1台目の無事故割引が11等級以上であれば7等級から契約出来る。

2001.11.07

−火災保険 T−

ブラウス1枚で良かった鹿児島だが、1日で10度気温が下がった。6月と12月のボーナスシーズンに自動車保険の契約が多いように、秋から冬にかけて火災保険の契約が増える。空気が乾燥し火事が増えるからだろうか。そこで、知られているようで実際はほとんど理解されていない火災保険の話。誰でもこのくらいは知っておいて損はない。と言うか、知らなければならないと思う。

人が住んでいる住宅に対して、たいていどこの保険会社でも「住宅火災保険」と「住宅火災総合保険」がある。違いは「総合」が付くか付かないか。 まず人はどうして火災保険に入るかというと「火事」が心配だからである。
その、火事で焼けた場合の「火災」に加え、「破裂・爆発」、「落雷」、「風・ひょう・雪災」が補償される。ここまでの補償で良ければ総合の付かない、つまり安価な「住宅火災保険」で補償される。

ここで「総合保険」にすると何が加えられるのか。自動車保険などと同じで補償範囲が広くなれば当然保険料も高くなる。下記「総合保険」になると広くなる補償内容は、他人への弁償(=賠償)ではなくあくまで自分の家の損害についての補償となるのでご注意を。

*他の戸室で生じた事故または給排水設備の事故による「水漏れ」
* 建物外部からの「落下・飛来・衝突・倒壊」
* 「騒じょう・集団行動・労働争議に伴う暴力」
* 「盗難」
* 台風や豪雨などで高潮、土砂崩れに遭った場合などの「水災」。ただし保険会社により床下浸水などは補償されない。
* 「持ち出し家財」

普段使い慣れた言葉でないのは勘弁して頂くとして、つまり、台風での水害や泥棒に入られることが心配だったら「住宅総合保険」に入らなければならない。アパートやマンションなどの借家でも同様。心配だったら今すぐ保険証券を引っぱり出してみよう。ちなみに証券が見つからなければ再発行を申請出来、なくしたからと言って補償されることに変わりはない。「住宅総合保険」だと上記に加えて「賠償責任保険」や借家の場合には「借家人賠償責任保険」、「交通傷害保険」も加えられる。賠償責任保険があれば、マンションなどで水漏れを起こし階下に迷惑をかけた時(=賠償)などにも安心できる。

こんなにたくさん補償されれば万全なような気がするけれど、これだけでは補償されないものがある。今盛んに宣伝している「地震」だ。

2001.11.10

―火災保険 U―

まず、「住宅火災保険」にしろ「住宅総合保険」にしろ、入る時には「建物」と「家財」を別々にかける。もちろん、どちらか一方だけでも加入出来る。例えば建物を5000万円、家財を300万円と言うようにつける。補償金額は建物の建っている場所、構造、広さ、家族構成人数などにより決められる。そしてそれぞれに地震保険をつけるかどうかを決めるのだ。

ここでちょっと脱線すると、たいていの人は「うちはそんなたいそうな家財なんてないよ」と言う。300万とか500万円などと聞くと高価な家具や宝石類を想像するが、そうではない。例えば家が火事で丸焼けになったとする。まず、鍋釜からやかん、皿や茶碗、箸などの食器類、バケツやタワシ、下着やTシャツ、ズボン、靴下、上着などの衣類、石鹸や洗剤、タオル、靴やカバン、テレビやラジオ、ステレオやCD、ストーブ、エアコン、炊飯器に電子レンジ、タンスに食器棚、ティッシュペーパーにトイレットペーパーまで、これらをもともと生活していた時と同じに買い揃えるのは相当な額になるのだ。平均的な一人暮らしの場合でも300万円はあるとされている。反対に高価なものを持っている方は別途申告する。ちなみに1個または1組で30万を超えるもの(ダイヤの指輪とかイアリング、壺など)は明記物件と言い、別途証券に記載しておかければならない。

そもそも火災保険は人の住んでいる「住宅」、店舗・事務所などの「一般」、それに「工場」と分かれている。前回の「火災保険T」で記載した通り、同じ住宅でも「住宅火災保険」と、補償範囲の広い「住宅総合保険」などがある。これらは通常1年単位の掛け捨ての保険だが長期や短期で契約したり、掛け捨てではなく満期返戻金のある積立の保険もある。長期でかけると、例えば2年契約では1年の保険料の1.85倍、3年だと2.65倍と割安になる。(2001.10.01改訂)

そしてまず住宅の火災保険に入るためには建物の構造が必要になる。平たく言えば木造だと燃えやすいので保険料が高く、コンクリートは燃えにくいため安い。ABCDと4つのランクに区分され、大ざっぱに言うと木だけで造られた建物はD、それに加えて壁にモルタルなど不燃材料が塗ってあればC、鉄骨モルタル塗りなどがB、コンクリート造りがA構造となる。その構造と、建物の建っている都道府県(または市区町村)、住宅火災保険か住宅総合火災保険なのかによって同じ5000万円の補償額でも保険料が違ってくるのだ。

地震保険の補償額は、その基本契約の30〜50%で決める。なおかつ、建物は5000万円、家財は1000万円が限度となる。基本契約と同じ額、つまり100%つけられないのは地震の損害は1軒だけでは済まないので保険会社がつぶれてしまうからかも知れない。冒頭の例でいくと建物の基本契約は5000万円なので1500万円〜2500万円の範囲で地震保険をつける。家財の基本契約は300万円なので90万円〜150万円の間でつけることになる。地震保険に入っていなければ、地震が原因で起きた火災や津波、倒壊なども補償されないのでご注意。

「保険なんて入るときばかり調子の良いことを言っておいて、何かあると結局補償されない」と嘆く前に、自分がどんな保険に入っているのか、認識しておくことも大切だ。



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