徒然草(第二段) 春がそこまで来ています

−ハウステンボスでの正しい眠り方−

長崎のハウステンボスへ行った人は多いと思うけれど、たぶん外のベンチで寝た人はそうたくさんは居るまい。

1年に一度行われる「ハウステンボスカップヨットレース」は190艇のヨットと千何百人かの人間が集まり、先日の土曜日に園内で野外パーティーが行われた。艇数、参加者の数で日本一となったため、知り合いを捜すことすら困難なほどのパーティーを終え、園内の超高級ホテルを予約していないメンバーは翌日にレースを控え、各ヨットの中で寝ることになる。どうせホテルを取ったところで宴会の続きとばかり飲み明かすのだから必要ないと言う人が多い。さて、夜と言えども暑い。とてもクーラーの無いヨットのキャビンには入れない。そこで三々五々ねぐらを探す。たいていはヨットのデッキで寝る。しかしロープや部品が邪魔で実は少し斜めなのだ。寝られるスペースは限られている。あぶれた人はヨットを降り桟橋に直に眠る。ここは幅も狭く、当然両側は海。通り道なので踏みつけにされるという危険を秘めている。どちらにしろ雨に降られればひとたまりもない。

そこで寝袋を抱え寝場所探しとなる。園内を走るバスの停留所に、おあつらえ向きのベンチを見つけた。実は来たときから目を付けて置いたのだ。すでに何人かが寝ている。少し幅が狭いのでズズズッと引きずり2つ並べる。重い。緑色の鉄製のベンチだ。平らなのが良い。ここなら屋根も付いている。寝袋を敷く。

注意点は最終バスが通り過ぎてからしばらくは天井の電気が煌々と付いていてなかなか消えないこと。昼間あんなに暑かったにもかかわらず風が通り抜けて寒いので寝袋は必需品。あとはマリーナのシャワーやトイレも近く、静かで良い。

朝になった。屋根があるということは、いきなりまぶしい朝日も射し込んで来ないので快適。
来年もここにしよう。
2000.08.30

−デジカメ−

インターネットのオークションでデジカメを落札した。オークションと言うからにはどんどん競り上がっていく、アレである。見えない相手と競り合うのだ、。新聞の折り込みチラシで安売りをチェックするようにマメに探せば掘り出し物がたくさんある。私の性格にぴったりなのだ。結構スリリングで楽しい。

今まで、このHPにデジカメは使っていない。1枚29円とかのダイエープリントをスキャナで取り込んで使っている。だが、いくら何でも面倒になってきた。フィルム1本取り終わらないと現像出来ないというのもやっかいである。そこでリサーチした。高解像度のものは高いしどうしても容量が重くなる。131万画素もあれば充分だろう。問題は防水対策である。雨も降れば汗もかく。しかも出来れば精密機械にとって最悪なヨットにも乗せたい。防水対策をとっているメーカーはと、やっぱりオリンパスだった。今使っているカメラも実はオリンパスで唯一日常生活用防水なのだ。なんとこのメーカーには防塵防水ケースと言う透明な別売りケースがあって、30m潜ってもそのまま撮影出来るとのこと。これに望遠が付いていれば言うこと無い。

オークションには探すのが面倒になるほどの膨大な品物が出品されている。と、この中になんと望み通りのものが見つかった。オリンパスのデジカメ3倍ズーム、131万画素、新品の防塵防水専用ケースに、付属品の8MBとは別の16MBのスマートメディアまで付いている。

落札終了5分前まで競り合って、結局42,500円で落札した。防塵防水専用ケースだけでも18,500円するのだからお買い得だろう。きちんと送られてきた箱を除くと「数回のみ使用」とあったデジカメは新品にしか見えなかった。おまけに文庫本まで入っており、一気に読んだ。

「捨てる神あれば拾う神あり」で世の中には私の欲しい物を「もう要らない」と思っている人がたくさん居る。貧乏人の買い物は楽しい。
2000.09.02

−秋の気配−

9月になったというのに鹿児島は相変わらず暑い。それも「9月にしては暑いね」などと言う代物ではなく、皮膚がジリジリ焼け、クラクラするほど暑い。真夏だ。去年もこんなに暑かったっけ、と思うのだがどうも思い出せない。

3回に1度しか作動しなかった頂き物のクーラーの作動率が10回に1度になった。暑くて寝られない。当然、熱帯夜である。こんな夜に限って風もなく、窓を開けるとどうやって網戸をくぐり抜けたのかと思うほどの羽虫の攻撃を受ける。せめて夕飯の時だけでもと思うのだがそんな時に限って何度試しても作動しない。やっと作動するのはそろそろ寝ようと言うときになってなのだ。もうこうなったら怖くて消せない。次回いつ作動するか保証はないのである。

しかもどうしたことか車のクーラーまでもが不調である。なんとなく効きが悪いな、と思っていたのも束の間、炎天下のヨットレースの帰り、吹き出してくるのは熱風ばかり。かけない方がマシ、という最悪の状態になった。コンビニごとに立ち寄り冷たいジュースを買う。汗が噴き出し、教習所に通ったときの様に短パンもTシャツもびしょびしょ。仕方なく途中クーラーの効いた図書館で休む。日曜日で修理工場もお休み。帰っても当然、暑い。

どこかに、秋になって「だいぶ涼しくなったね」と喜ぶのが大人なのだと書いてあった。子供は夏が終わってしまうのは寂しいから悲しむのだそうだ。読んだときは確かに子供の気分だった。確かに、何かが終わってしまうのは、それが特にキラキラする明るいものだったりするのは、悲しい。次に控えしは「寂しい」の代名詞でもあるのだ。

だが、そろそろいいぞ。涼しくて、「そろそろ毛糸が恋しくなったので編み物でもしますかね。」とか「今夜は湯豆腐でも」なんて言ってみたいぞ。

来年は新しいクーラーでも買いますかねぇ。
2000.09.05

−捨てる技術−

NHKで「捨てる技術」という本が売れているという番組をやっていた。いきなり、作家であり尼である瀬戸内寂聴さんの掃除姿。「何かに役立つと思って取って置いた紙袋なんですがねぇ。この際捨てちゃいましょう。」とダンボールに放り込む。処分した本は8トンだそうだ。8トン!!番組では「私、捨てる派」と「私、捨てない派」のそれぞれの主張をレポートしている。

私は掃除が苦手である。というか、時間がかかる。でもガラスをピカピカ磨いたり、掃除機をかけたり、拭き掃除をするのは結構楽しい。問題は掃除ではなく片づけなのだということが最近わかってきた。知り合いにはまるで住宅展示場かと思うほどきれいに片づいたお宅が何軒かある。これらの人々は一様に「掃除するのが大変だから物を置かない」のだと言う。確かに何もない。「何かひとつ買う時はどこに置くか考えて買う。」とか「ひとつ買ったらひとつ捨てる。」などと言っている。どこか、何か違う。

貧乏性の私の部屋にはモノが多い。これらはすべて「整理待ち」なのだ。たくさんの名刺や写真、パンフレットなどはそれらが納められるべき場所に整理されるのを待っている。雑誌も切り取られて種類別にスクラップされるのを待つ。この種類がめっぽう多い。料理、旅行、ヨット、陶芸、編み物、スキー、パソコン・・・それに「何かいいなぁ」と思うものが山ほどある。これらも、私がもっともっと怠惰な性格で、何年も整理されないとわかったのなら思い切りよく捨てることも考えられるのだが、なまじ1、2年に一度は「誰が見てもわかるスクラップ」だとか「出版できそうな資料」になってしまうのがいけない。これらを片づけるには内容を読むことから始まる。当然膨大な時間がかかる。「捨てる技術」によると「何も考えずに捨てなければいけない」のだそうだ。

番組では「捨てない派」のマンガ家が紹介された。なんと30年前、小学生の時に訪れた国会議事堂のパンフレットを持っている。最近それを使ってマンガを書いたのだそうだ。エライ!!

私が求めていたものは「捨てる技術」ではなく「片づける技術」だった。ひょっとしたら片づけられない人が諦めて全部捨ててしまうのかもしれない。捨てればよいと思っている人に抵抗を感じる私は「捨てない派」なのだろう。番組は続く。どこかの偉い評論家の部屋には床から天井まで足の踏み場なく書類や本、紙などが積み上げられていた。本人にもどこに何があるのかはわからない。何か探そうと思えばどうしても雪崩が起きて山が崩れる。捨てずに取って置いた場合はそれがいつでも取り出せるように整理されていなければ意味がない。これは「捨てない派」の風上にも置けない。

取って置いても役に立たなければただのゴミである。だったらこの家賃の高いご時世、ゴミに家賃は払えない。「いつか整理を」と思ったところで人間のキャパシティは限られている。スクラップしたことすら忘れていることもある。中には「捨てるか捨てないか選別する時間が無駄だ」とする「捨てない派」も居たが私は大いに選別すべきだと思う。探すのに時間をかけるより余程良い。

ここらでひとつ「当分整理出来無そうもないモノ」とか「自分の興味が薄れ、キャパシティからはみ出たモノ」を捨てることにしよう。そりゃあ私だって荷物は少なくすっきりした方が良い。自分の手の届く範囲内にまとめるに越したことはない。何か良い手はないものだろうか。1日ゴミ袋1つ捨てるって言うのはどうだろう。ただ捨てるのが嫌なら、その分毎日整理するってことで。

ただ捨てるだけなら技術は要らない。
2000.09.08

−ゴキブリ−

私は、この世でこれほど嫌いなものはない。口に出すのも憚られるほどだ。あの姿、形、スピード、動き、貪欲さ、しぶとさ、どれを取ってみても鳥肌が立つ。
鹿児島では「アマメ」と言うらしい。唐津では「ゴッカブロ」と聞いた。
中には海岸べりに生息するあのフナムシと同じ呼び方をするらしい。とんだお門違いだ。フナムシに対して失礼先晩と言うものだ。

バッタでもカエルでも、蝶々に蛾、アリにトンボ、ヘビまでつけても私は別に嫌いじゃない。噛まないモノなら手でつかんでも構わない。ヤモリも慣れれば可愛いし、部屋にいる小さなクモは、蚊などを捕獲してくれることを期待してそのままにしてある。決して虫嫌いなわけではない。
なら、なぜこの話題にしたかというと撃退方法なのである。

よくスリッパを持って追いかける勇敢な主婦が居る。考えられない。
戦って、勝ったとしよう。で、その後そのスリッパはどうするのだろうか。
考えるだけでおぞましい。しかもスリッパの長さはたかだか30センチ。
そこまで近づく、という事自体、考えられないのだ。
逃げ場を失った敵が壁を登ったらどうなるか。それこそ私が最も恐れている事態となる。空中を飛び、刃向かうのである。

現状は、ホイホイとか言う家の形をしたもので捕獲するか、人任せにするか、私が逃げる。ホイホイも捕獲してしまった場合、「うわっ」となり、近づけない。
自分の部屋であれば逃げるわけにも行かない。気になって眠れなくなる。
最悪、殺虫剤を持ち、ノズルをめいっぱい伸ばし、なんとか届く距離からかける 当然、へっぴり腰となる。
しかもこの殺虫剤、あの敵があれほど簡単に死ぬのだから猛毒なのだろう、と思うと、台所など下手なところでは使えない。よもや成功し、死んでしまった後の始末もオソロシイ。
最近、出かけるときに仕掛けておいて、霧だか煙だかを部屋中に充満させて殺すというものが流行っている。これも説明書を見ると食器などを洗わなければならないばかりか、布団までたたいて干さなくてはならないとのこと。赤ちゃんばかりでなく、ひょいと落ちた食べ物を拾って食べたりした場合、死なないまでも毒性が高そうで怖い。

「部屋をきれいにしていればゴキブリは来ない」なんて大嘘だ。
何とかこちら人間様に悪い影響が無く、簡単に撃退出来る方法はないものだろうか。
2000.09.11

−東京−

勤めていた事務所が閉鎖になってしまった。言うなればプータローである。
加えて近頃、「考えても仕方のないことは考えない」タチに無理矢理なろうとしているため、果報は寝て待つことにした。

で、この機会に、連休を挟んで1週間ほど東京に帰った。
鹿児島−東京間の航空運賃は片道33,000円。往復66,000円というのは香港やロサンジェルスへ行く、ホテル付きのパック料金より高いというのが腑に落ちない。いろいろあたって東京往復にホテルが1泊付いているパックを39,500円で予約した。帰りの飛行機は2週間以内であればいつにでも変更可。どうしてホテルに泊まると往復の航空券より安くなるのかは未だにナゾ。しかもこのホテル、1泊だけはどうしても外すことは出来ないとのことで、実家から30分とはかからない「新宿ワシントンホテル」に泊まった。なんと朝食券まで付いていた。

次にせっかく東京に来たのだから、と携帯電話の機種変更を行った。早い話買い換えである。ご存じの通り携帯電話の電池は1、2年しか保たない。電池は結構高く、4,000円ほどする。だが電話機ごと買い換えても電池1つとほとんど同じ料金の安売り店があるのだ。だったら誰でも新品の方が良いに決まっている。以前、調子の悪くなった携帯を持って買い換えの安い店を探した。が、私の契約はもともと東京の契約だったため、鹿児島市内の安売り店では買い換え出来ないのだそうだ。東京で買い換えるか電話番号を変えて新規に契約しない限り、定価になるのだと言われた。これもナゾである。結局、今回東京で私の携帯は3,980円で電話番号はそのまま新しい機種となり、新しい電池や充電器も手に入れた。資源保護とか使い捨てをやめようと言っておきながら、電池がだめになったら電話機ごと買い換えた方が安いなんて、やっぱり不思議だ。

価格のナゾは深まるばかりである。
2000.09.20

−東京U−

そんなわけで39,500円のパックで東京の実家へ行った。

ほんのしばらくぶりの東京はやっぱり混んでいた。乗っていた車は、もう信号が2回変わったというのに右折出来ない。JR一駅分走るのに30分以上かかった。以前、渋滞も人混みも満員電車も他の人が言うほど苦にならず、「都会っ子」だと自負していた私が「どこかおかしい」と思い始めていた。クーラーが効いた快適な車の中なのに、妙にイライラした。暑い鹿児島の自分の車のクーラーは壊れっぱなしなのにイライラはしない。やっぱり何かがおかしい。台風の影響で蒸し暑い路上を、大勢のサラリーマンが背広を着て汗を拭き拭き歩いていた。そう言えば昔から、どうして皆暑いのに上着を脱がないのか不思議だったんだ。

二日目は車を使わずに外出した。途中、恥ずかしいから、あくまでこっそり、万歩計を覗くと半日で15,000歩を越えていた。東京都民は全国で一番歩いているのだそうだ。駅での乗り換えだけでも5分くらい歩く。友達にも車の免許を持たない人が多い。これだけ渋滞して、しかも私の家賃より高い駐車料金を取られるのであれば車は持てまい。

その日、確かに欲しいモノは手に入った。ちょっと専門的な物でも何でも、注文ではなくその日のうちに確実に手に入る。今までそれが当たり前だと思っていた。売る人も買う人もそれが当たり前だと思うから無理をする。店が少々遠くても、手に入るとわかっている物は手に入れなければ気が済まない。少ない時間を更にギリギリ有効に使おうとする。そこで電車の1本、ほんの5分の遅れで怒り出す。階段を駆け上ってきた人の鼻先でドアが閉まった。車内では「危険ですから駆け込み乗車は止めてください」のアナウンスが流れる。

それが地方になると諦めざるを得ない。欲しい物は注文して何日か待つことになる。実際に手にとって確かめたいときには不便極まりない。だけど電車は一度走り出しても停まって、ドアをもう一度開けて歩いてきた乗客を乗せている。乗客は車掌に笑顔で会釈をする。とても同じJRとは思えない。

そう言えば、鹿児島に移っていつの間にか、息苦しいほどの肩こりが消えていたのを思い出した。
2000.09.25

−東京V−

日頃の行いが悪いせいか、東京での一週間は台風に見舞われた。
従って私にしては珍しく、マリーナや海辺には顔を出さなかった。鹿児島では市内のどこからでもすぐきれいな海が見えるのに、東京の実家からマリーナの点在する神奈川の油壺までは高速を使って2時間ほど。電車だと3時間近くかかる。この、片道80キロを毎週通っていたわけだが、さすがに毎週通うというような「勢い」がないと遠い。パワーが必要になるのだ。

と言うわけで、地方ではあこがれとなっている東急ハンズやロフトをめぐり、ウィンドショッピングとなった。前述したように携帯電話を買い換え、秋葉原では友人の働く店でデジカメから読み込むの為のUSBスマートメディアリーダをゲットし、ロフトでは早くも来年版のシステム手帳用カレンダーを入手した。更には東京を離れてから私の御用達となった文明堂のクッキーを買い、地方の百貨店くらいは優にある大きさの手芸洋品店「ユザワヤ」で珍しいマリン柄の布やビーズを見て回る。雑貨店、手芸用品店、書店、文房具店の規模は到底、地方では太刀打ちできない。だが昼食を取ろうと思っても、ちょっとお茶をしようと思っても簡単に1,000円札が飛んでしまうのは辛い。前からこんなに高かったっけ、と考えたが思い出せない。

電車の乗り継ぎの表示に「おやっ?」と立ち止まる。
「大江戸線?」「なんだ、こりゃ!そんなのあったっけ?」
光が丘というベッドタウンから練馬を通り新宿へ。新宿からは「陸の孤島」と呼ばれていた六本木や表参道を通り、御徒町などの要所を通過してぐるっと一周、また新宿へ戻る地下鉄が出来たそうだ。高校、短大時代にこれがあればどんなに楽だったことか。12月に全線が開通するらしい。

たくさんの土産物を抱えて鹿児島に戻った。何だか疲れがどっと出た。
鹿児島はまだ3年だが、浦島太郎にならない程度にたまに東京へ買い出しに行く、というのが身体には良いような気がした。
2000.09.28

−体脂肪−

この、オソロシイ言葉を聞いたことがありますか?
身体の何パーセントが脂肪か、つまり早い話どのくらいデブか、ということなのです。
体重計みたいな、こんなものに乗っただけでそんなのがわかるのかと言う不満もありますが、とにかく友達の家にあったのです、体脂肪計。
男女別と身長を入力し、体重計の上に乗ります。体重が表示された後に・・・
「ぎゃぁーーーーっ!」
確かに痩せちゃいません。だけどこれほどとは。

男性は27%、女性は30%以上が「ヒマン」とのことです。あと一歩。ヤバイ。
骨も、血も、肉もある身体なのです。その3割が脂肪というのは何とも恐ろしい。ダイエットして体重を減らせばよいと言う問題じゃないのです。脂肪だけを燃焼させなければならないというのが余計にやっかいです。
「いつもヨットに乗っているんだからあなたは大丈夫でしょう」とよく言われます。
ご冗談を、そんな言葉には乗りません。日焼けなら自信アリですが、ヨット、特に私が乗っているクルーザータイプのものは運動量が少ないのです。オリンピック種目のディンギーのように、ロープで支えられて海面すれすれに乗り出す、なんてことは無いのです。特に遠くへ行けば行くほど食べて寝るだけ。絶体絶命のピンチです。

ここの陶芸のページ、ヨットもこなす「櫻窯」の主はなんと54歳の年齢にもかかわらず18%。さすが肉体労働派。出来れば1歩も余分に歩きたくないと思っている私とは大違いです。さっそく鍛えなければなりません。でも鍛えるって難しい。その主ほど動いたのでは私の身体は簡単に壊れてしまいます。テレビショッピングじゃないけれど、楽して減らす方法、無いですかねぇ。
2000.10.01

−オリンピック−

いやぁ、オリンピックが終わりましたね。柔道のヤワラちゃんにもジーンとしたし、何と言っても高橋尚子選手の、あの金メダルには涙が出ました。マラソンは48kg級なんて無いですからね。外国人選手とあれだけ身長が違うってことは一歩の歩幅も相当違う訳で、素人の私にはハンディだと思えるのですが、「君ならできる」と信じた監督も凄かったですね。それにしても女性陣。日本の18個のメダルのうち13個が女性とは輝かしいです。ソフトボールは本当に惜しかった。日本チームがソフトボールが強いなんて初めて知りました。水泳もシンクロも、ビーチバレーも良かったです。

で今回、何だか今までの日本とは違う印象を受けました。以前だったら銀でも銅でも、もらえれば万々歳で、例えばロシアには仕方ないよ、的な見方があったように思うのですが、そんなんじゃみんな満足しない。「最高でも金、最低でも金」のヤワラちゃんの言葉に始まって、水泳で銀メダルを取ったインタビューに「めっちゃ悔しい!」などと心強い答え。好きだなぁ、こんな言葉。しかもみんなその競技を好きで好きで仕方がないって言う気持ちが伝わってくる。高橋選手は走ることが「大変」とか「頑張ります」ではなくて、「楽しい」と言った。そうだ、そうだ、やれ、やれ〜。楽しくなくちゃ何も出来ない。

実は、ビーチバレーなんて競技がオリンピック種目だとは知りませんでした。しかも他の競技に比べて何て華やかなこと。姿格好と言い、応援の音楽と言い、見ていて楽しくなりますね。いきなりメダルを取った「テコンドー」なんていう競技も見たことも聞いたこともなかった。こうやってどんどんスポーツ人口が増えていくのでしょうね。と言うことは、個人的にはヨット競技の放映が少なかったのがちょっと悲しい。いくら日本チームがアメリカズカップに参加したとはいえ、国民がヨット自体を知らない様じゃ勝てませんよ。覇者ニュージーランドでは子供達がキャッチボールをするみたいにディンギーに乗り、ヨットの数は車の所有台数を超えるって言うんだから底辺が違います。

私は日本のオリンピックはバレーボールだと信じていました。で、そのバレーボールはどうしたのって友達に聞いたところ、予選で敗退して出られなかったそうで、「猫田、往古、横田はどーした?!」なんてトシがバレることを言ってしまいました。そう言えば「アタックNO.1」なんてマンガもありましたねぇ。(今はコミックって言うんですよね。)そうやってどんどんバレーボール人口が増えていったんですよ。ところがですよ、その友達によるとどうやらルールまでもが変わっているらしい。何とサーブ権を持つ持たないにかかわらず得点が入ると言うではありませんか。しかも1セットが15点じゃないとか。その時代に合わせてどんどん変えていくのは良いことなのでしょうけれどちょっと寂しい気もしますねぇ。

ヨット、ヨット、誰か時代の流れにマッチさせたヨットのマンガやお話でも描きませんかぁ。

−悲観的と言うこと−

例えば部屋のベッドカバーがずり落ちていたとしよう。
「うっ、ずり落ちている」と気づく。
「ああ、直さなきゃ、面倒だな」と心に負荷がかかる。
当然、どうってことのないほど些細なものなのだが、負荷には違いない。
「そんな時はみんなそう思うだろう」と言う考えは私だけの物で、実は間違っていたらしい。

「この、でろっとしているところが良いんじゃない?!」
と友達は事も無げに言ったのだ。
「良い?これが?」
まぁ、カバーがずり落ちているからと言って寝られない訳じゃないし、何か損害を被るわけでもなく、誰にも注意されたりもしない。だけど、だけど・・・。
良いと言うことは負荷どころか歓迎すべきことなので、そんな時友達は当然直さずそのまま楽しむそうだ。

夜、ベッドに横になると妙にいろいろなことが気になる。
「ガスの元栓は閉めたかしら」「明日は燃えるゴミの日だ」などと言う程度ならまだ良い。
翌日、知り合いの家へ行くことになっていた。
車で行くにもかかわらず、その知り合いの家には駐車場がないと言う。路上に止めるしかないそうだ。
ふと気づくと、路上駐車で捕まった時のことを考えている。余計、眠れなくなる。
我ながら始末が悪い。

その、「でろっ」が好きな友達は私の話を聞いて大笑いした。
「考えても仕方のないことは考えない」のだそうだ。そんなにうまくいくか。
そうだとしたら昔からこんな状態の私の寿命は短そうだな、とまた仕方のないことを考えている。

−バス−

久しぶりの飲み会だったので、珍しくバスで出かけることにした。
早めに行って本屋でも覗こうと、サンダルをつっかけてアパート前のバス停まで時刻表を見に行く。
「うっ?」
目を疑った。
15:05の次は16:24。
1時間19分の間、バスがない。
しかもこの2本、休日は運休とのこと。休日、車がない人は昼から夕方まで出かけられない。
ここからJRの最寄り駅まで徒歩30分もあるのだ。
どおりでバス停はあってもバスを見かけないはずだ。
バスというのは待っていればたまたま来るものではなかったのか。

アパートの目の前なのに10分も早く部屋を出た。
停留所には木のベンチがある。花に囲まれたベンチ。
よい香りで風が気持ちいい。

バスが来た。当たり前のことに感動もひとしお。
しかも横並びのやつじゃなくてちゃんと客席が前を向いた高級車。
当然、ガラガラ。
程良く冷房が効いた車内の、BGMはなんとクラシック。
運転手がそのシューベルトだか何だかを口ずさみながらハンドルを回している。

たまには、いいか−。

−バスU−

そのバスで通勤するハメになってしまった。
たまにはいいか、と思っていたほどのバスである。

1時間19分も待ってはいられない。
10数分歩いてJRの線路を越え、国道に出ることにした。
30分歩いて駅に行くよりマシというものだ。
こちらは20〜30分に1本。しかも当然のように遅れる。

バス停で思わぬ人に会った。「どっかで会った人なんだけど・・・」というあの感覚。
先方が覚えていてくれた。知的障害者の福祉施設へ遊びに行った時にいた”ひとみちゃん”(仮名)だ。
彼女は私以上の距離を歩いているはずだった。

バスは乗車時に整理券を取って値段がカチャカチャ上がっていく、あの方式。
東京でもほとんど乗ったことのないバスのオキテに閉口する。まず、整理券を取り忘れる。
回数券は車内でも販売しており、行き先別ではなく、100円券とか10円券なんて言う単位。
ミックスなんてまるで社員食堂のようにいろいろな金種の混ざったのまである。
この回数券を購入する、または機械で両替をするなど席を立つ時はバスが止まっていることを見極めなければならないらしい。じゃ、降りるとき一番後ろに座っていたらどうなるの?!
年輩の女性はバスが停車するたび、少しずつ前の空いた座席へ移っていた。
結構難しい。

私の隣に笑顔で座ったひとみちゃんとは、「どこで降りるの?」の会話しか成立しなかったが楽しかった。
彼女は乗車中ずっと、私の取り忘れた整理券を握りしめ、私より先に降りて行った。
降りた彼女は目の前で走り出したバスの中の私を目で追いかけ、見つけると大きく手を振ってくれた。

なんだかとても嬉しかった。

−想像力−

「何に使うの?」
ここの陶芸のページでご紹介した唐津焼き「櫻窯」の作品を福祉施設の秋祭りで販売した
そのとき何度も聞かれた言葉である。

「これには漬け物を入れてください」なんて言ったら、「そんなの人の勝手でしょ」とは思わないのだろうか。
この手の質問があまりにも多いので、並んで出店していたプロの作家さんはダンボールをちぎってサインペンで書き始めた。
「アイスクリーム用」 「煮込みに最適」 「スパゲッティを盛ってください」などなど・・・
色も素材も同じ、ただ大きさと形だけが違う器に、である。
その作家さんは「当然、好きに使っていただいて構わないのですが」と苦笑いしていた。

例えばグレープフルーツを食べるときは専用スプーン、アイスクリームだったらあのくびれのあるスプーン、カニはカニ用・・・と、便利は便利なのだろうがいちいち揃えては居られない。なければ食べられないと言う物でもない。
第一、出すのもしまうのも大変である。しまう場所がいくらあっても足りない。

お気に入りの器をひとつ見つけて、それに肉じゃがを盛ったり、たまにはお茶漬けを食べちゃったり、それでお茶を点てたりしても、時には花など活けても良いんじゃないかなぁ、と、その方がかえって豊かでぜいたくな気分が味わえるのではないかと、ふと思った。
ひとつのものを今度はどう使おうかといろいろ工夫するのは楽しい。
その方がモノに愛着が湧いて大事にできる気がする。

売るのも、使いこなすのも、難しい。決まっている以外の使い方をするには想像しなければならない。
買いそろえるのではないぜいたくを味わいたい。

−悲観的ということ U−

10/10第二巻の徒然草に、ずり落ちたカバーを見て「その、でろっとしたところが良い」などと言う、私にとっては青天の霹靂とも言える友達の話を書いた。私もそう思うことができれば、どんなに楽かわからない。

知り合いの、90才近いお母さんの具合が悪くなったそうだ。それも体ではなく気持ちの面らしい。
そのお母さんは「でろっ」とずり落ちたものを見て「嫌だな」と思う前に直さなければいられない、潔癖性の方だった。気にしすぎて具合が悪くなったらしい。

冷たい飲み物のコップをテーブルに直に置いたとする。コップを持ち上げる。テーブルにコップの底の形に輪の後がつく。
さあ、どうするか。
その、知り合いのお母さんのようにすぐ拭くか。
私のように嫌だなぁと思い続けるか。
その輪の形を楽しむか。
その知り合いから別の意見が出た。
「放っておけば乾くでしょ」というのだ。
う〜ん。

最近NHKでは、「敷き布団には通常10万匹以上のダニがいる」と放送していた。
しかも布団をたたけばたたくほど中からダニの死骸が出てくるので、かえってたたかない方が良いと言うものだった。10万匹のダニの上に寝ていると思うと身体がムズムズして寝ていられるどころじゃない。
この世の中、いちいち気にしていたのでは生きていられないらしい。

他の人が気にならないことを具合が悪くなるほど気にしてしまうのは、何か損をしている気がする。

−秋祭り−

北海道では雪が降ったそうだが、鹿児島はまだまだ暑い。
バスも会社もクーラーが入っている。
だが、街にはキンモクセイの香りも漂い、そろそろ風邪も流行り始めて確実に秋の気配。

そこに、ヨットだ何だとさぼり続けていた英会話教室のメンバーから電話が来た。
秋祭りの出し物、英語劇のメンバーが足りないと言うのだ。
年に二回、春と秋にセンターではお祭りが開催される。まぁ、文化祭だ。
英会話教室と言ったって月に2回、仕事帰りにお茶のみ話を兼ねて集まっているのだが祭りの劇は本格的。
まず出演時間に合わせて日本語の台本を作る。
先生が英語に直す。
配役を決める。
背景の大きな絵を場面ごとに描く。
小道具を作る。
・・・という具合。これを年に二度、もう18年も続いているのだそうだ。

メンバーになってすぐ、アリババと盗賊の主役、アリババをやった。
頭には会議室のテーブルクロスを巻いてブローチで止めた。
赤ずきんちゃんの猟師、ヘンデルとグレーテルのグレーテル、桃太郎のおじいさん・・・そう言えば私も2年は続いている。
「今回は何?」
「浦島太郎の乙姫役が出られなくなったの」
「乙姫様?!」

仕方ない。今回はカーテンでもかぶるか−。
土曜日1回の練習だけで本番となる。
舞台装置作りにも時間がかかるのでどうせ他のメンバーも似たようなものだ。
何と本番では下に車を付けたカメを用意し、実際に藁の腰蓑をつけて釣り竿を抱えた浦島太郎を乗せて引いた。
あんまり驚いたので頭からセリフが飛ぶ。
「This is a box called ’TAMATEBAKO’.Please don’t open・・・」
なぜか皆、誰も「あがらない」のだけが取り柄なので間違えない。

これで実用英会話が上達すれば言うことは無いのだけど、やっばり度胸だけじゃ、ねぇ。

― 車 ―

友達の車が煙を噴いた。
変なにおいがするので、 「最近、桜島の降灰が多いなぁ」と思ったそうだ。
窓を閉めてもにおいは消えず、おかしいなと思ったとたん、ボンネットから煙。
前を通るたびコンビニに立ち寄り、ラジエターに水や麦茶を注ぎながら何とか帰ってきたという。

「車は走ればよい」と思っている私もオーバーヒートしたことがある。
潮風に当たりすぎたのか、錆びたラジエターに穴が空いていた。
2月の寒い日だった。ホースでジャージャーと水をかけた。
その後、オガクズをワインのコルクのように固めた、原始的な穴塞ぎ剤とペットボトルの水を始終車に乗せていた。結局12万キロまで使った。
2台目は、何だか不明だけれどしょっちゅうオイルがなくなってしまうのでオイルの缶を積んで走った。オイルさえ注いでやればゴキゲンなので、やはりそのまま11万キロまで乗った。

が、友達の車はただのオーバーヒートでは済まなかった。
ラジエターから吹き出しているのは水ではなく、真っ黒なドロドロしたオイルだったそうだ。
と言うことは家まで麦茶で走ってきたことになる。

いいなぁ、麦茶で走る車。
とはいうものの、また10万キロを超えた私の3台目もちょっと気になった。

−唐津くんち T−

今年も唐津くんちを見に行った。唐津君家ではない。お祭りだ。供日と書く。
最大の見物は14台の曳山(ひきやま)。国の重要文化財である曳山は町内ごとに1台ずつ、14町内が所有している。普段は唐津市内の曳山展示場にすべて展示されているが、くんちの時は各町内から街を廻る。
これが漆塗り。今作れば1億円はくだらない。

行いが正しく、認められた人だけが曳山を曳くことができるそうだ。
若者達は、少なくともこの時期だけは茶髪を黒く染め、短く刈る。町内ごとの祭りの衣装に身を固める。
曳いている人、特に曳山の一番上に乗ってかけ声をかけている人はヒーローなのだ。

宵山はそれぞれの町の曳山が町内を駆けめぐる。曲がり角は結構スピードが出ているのでスリリングである。
それでも山に乗った人達は笛を吹き続け、太鼓をたたく。
かけ声は「エンヤー!」「エンヤー!」

翌日はそれぞれの曳山が小学校の校庭に一台づつ集まる。
校庭はわざとデコボコにしてスムーズに曳けないようにしてある。
結婚式のキャンドルサービスでロウソクの先を濡らしておくようなものだ。
みんなで懸命に曳いている。汗とかけ声が飛び交う。

そう言えば去年、会社をさぼって見物に来ていたYさん。
NHKの全国放送で校庭に居る場面を放映されちゃったんですよねぇ。

−唐津くんち U−

唐津くんちのごちそうの目玉は、何といってもアラ。
関東では魚のアラと言えばそれぞれの魚の頭などを指すが、九州のアラは魚の名前である。私の身長ほどの大きさがある。
内臓を取り出し、大根を丸ごと何本か押し込んで、大きな四角いおでん鍋状の鍋に寝かせるようにして煮る。醤油、みりん、酒が1:1:1で、そこへザラメを加えてひたすら煮込む。水は1適も加えないので煮汁を魚に掛けながら8時間ほど煮込まなくてはならないらしい。

去年のくんちで生まれて初めて食べた。
なんともいえない美味しさ。白身でほど良く脂が乗り、カレイなどの煮魚と違って身がしっかりしている。
当然、汁も美味しい。それだけでもごはんが食べられそうな汁をかけながら食べる。
もちろんお腹に詰めた大根もよく煮えている。

唐津くんちの時期は、お隣の福岡で大相撲の九州場所が重なり、アラは引っばりだこだそうだ。
いつもこんなに美味しいものを食べているのか、お相撲さん。
たまには一般庶民にもおすそ分けを−。

−唐津くんち V−

実は、唐津くんちと時を同じくして佐賀ではバルーンフェスタが行われていた。
帰りの道路が渋滞しているなと思ったら、頭上にはバルーンがたくさん浮かんでいた。いや、飛んでいると言うのが正しいのだろうか。
そういえば、アドバルーンのアドって何だっけ?

落ちかけてきたバルーンの中では盛大に火をたいて上昇しようとしている。
何かに燃え移らなければ良いがと思うほどの結構過激な火だ。
バルーンは見える範囲で40個ほど。スポンサーの名前をつけている。
パンダの形をしているのもある。思ったよりも大きい。

火をたけば上昇する。そのままだと落ちてくる。
じゃ、左右にはどうやって進むのだろう。
見る限りでは舵などは無さそうである。ヨットよりずっと難しそうだ。
海とか河とか、そんなとんでもないところに落ちそうになったらどうするのだろう。

競技としては、地上に描かれた円に砂袋を落とすのだという。
一体いくつのチームが決められた場所に落とせるのだろう。
「もっと左!」と思ったら、左に吹く風を求めて上昇するのだろうか。まさか−。
高度によって、吹いている風向きが違うこともある。だけどそう都合良く吹いてくれるとも思えない。
下手なウィンドサーフィンみたいに戻ってこられないなんてこともあるのだろうか。
風任せ。う〜ん、ロマンだ。

−献血−

初めて、献血手帳をもらった。
今までその気がなかったわけじゃない。
比重が軽い、腕の血管が出ない、などの理由で拒否されて以来、入り口でオレンジジュースをもらってすごすごと帰るのはなんだか気恥ずかしく、チャレンジする気もなくなってしまったのだ。

昼休み、会社に献血車が来る。社内放送では何度も献血が呼びかけられていた。
「よ〜し、久しぶりにトライしてみるか」という気になったのは、同じく初めてだという同僚が居たし、風邪が流行っているため薬を飲んでいるので献血出来ない、という人がたくさん居たからだ。いつも献血していると言う同僚は何やら今回だけは「あなたの血液には今日は余裕がないようです。」なんて怪しげな理由で断られて帰ってきた。献血すると後日、血液の検査結果も送られて来るという。そういえば最近健康診断も受けていない。
とにかくチャレンジすることにした。

何やら説明書きを読まされる。住所や氏名を記入する。
右腕にちょっと注射針を射され、何やら絵を描く時のパレットのようなものに私の血をたらしている。
初めてOKが出た。血圧も115−75とやらでバッチリだそうだ。

初めて車の中に入る。歯医者の椅子のようなものに寝かされる。
ちょっと緊張。
血管が見つけにくい私の左腕に注射針を射した看護婦さんはベテランだった。
200CCを採るのに10分はかからなかった。針を射したときチクッとするだけで、別段痛くもなかった。
同じく初体験の同僚も「フラフラするかと思っていたけどなんともないね」とのこと。

人間はその位の血液を採ったところでどうってことはないそうだ。汗をかいたくらいで水分を補給すればよいとのこと。オレンジジュースはダテじゃなかったらしい。女性は出産するときには体型に関わらず600CCの血液が流失するし、事故やけがでも血液の1/3までは大丈夫なのだそうだ。でも現在の日本の法律では献血は200CCまたは400CCに限られているとのこと。400CC採る場合は、18歳以上でかつ体重が50キロ以上、それに比重値が決まっているそうで、ちなみに私の比重では400CCは献血出来ないらしい。

とにかく、大手を振ってオレンジジュースと歯磨き粉をもらって来た。
付け加えておくと、その後仕事をしていても普段と変わりはなかった。

−海からの贈り物−

あの、大西洋を初めて飛行機で横断したリンドバーグの夫人が書いた掲題の本を読んだ。
夫人は自らも飛行機を操縦し、執筆家であり、妻であり、5人の子の母でもある。

彼女は、この世は心を砕くものが多すぎ、自分のことを考える時間がなさすぎると嘆く。
ひとつひとつの貝殻に例え、このようなシンプルな生活を目指したいと言う。

たとえば、服をたくさん持っていれば、まずどれを着ようか迷い、それだけ洗わなければならず、クリーニング屋へ行ったり取ってきたり、しまわなければならず、それだけ繕い物やアイロンがけもしなければならないという。

そりゃあ、そうだ。
「モノを持つ」ということは、とかく心を惑わされる。
高価なものを持っていればいるほど「盗まれないか」「壊れないか」「なくなったらどうしよう」と心配しなければならない。私にはそんな心配はないが、モノがあればあるだけホコリがたまり、片づけなければならず、引っ越しや移動も不便だ。

この本を勧めてくれた友人は「トランク1つでいつでも海外へ」を心がけているそうだ。

何よりケチな私は、しまい込んで探し出せなくなり、もう一度同じモノを買わなければならないという事態が許せない。土地の高い日本の家屋にゴミをため込んでいるのも同じことだ。だけどもったいなくて捨てられないというのも事実なのだ。

必要最小限の、気に入ったモノだけに囲まれて生活する。夢のようではないか。
資源保護を考えても、物価高騰を考えても、精神衛生上も良いに決まっている。
何より、心のゆとりにはいくら電化製品が発達してもだめなのだ、と夫人も書いている。

大掃除のこのシーズンからぜひ心がけたい。

−唇に歌を−

知り合いの歯医者に、ストレスがあるかと尋ねられた。
自分でも気づかないうちに、歯を食いしばっているのだそうだ。どうも歯ぎしりではないらしい。
「歯を食いしばる」というのは諺にもあるとおり、必至で頑張る様を言う。
最近、そんなに必至で頑張ったことなどあっただろうか。

自分で自分を観察してみた。
たいして重くもない物を持ち上げるとき、何かを引っ張るとき、嫌なことがあった時、しまったと思った瞬間、寒いとき、なんと袋菓子の袋を破く時まで顎に力が入っていることに、初めて気づいた。そういえば映画やドラマを見ていて、主人公の背後から悪者が襲いかかろうとしている時など、周りから見てもわかるほど身体に力が入っていると友達から注意されたことがある。

なるほど−。
そういえば子供の頃から異常な肩こり症だった。体質だと思っていた。運動不足かとも思った。
だけどこんなにいちいち歯がすり減るほど力を入れていれば肩が凝らない方がおかしい。
しかも自分自身の観察によれば、一度力を入れるとその後もそのまま持続していることが多い。
後かたづけのため食器のお盆を持ち上げる時に歯を食いしばる。そのまま台所へ行く。食器を洗う。
気づけば歯を食いしばったまま食器を洗っている。このままベッドに入ったところでそう簡単に眠れる物ではない。何だか体に悪そうだ。

編み物は私の趣味の一つだ。
このように他の人が「肩が凝る」と言っている作業では肩は凝らない。
リラックスした姿勢で、ただフンフンと鼻歌混じりに編めば良いだけなのだ。
そういえば車の運転でも肩は凝らない。
山登りなど力が要るはずの自然の中でも不思議に力は入らない。
所詮自然相手では私が歯を食いしばったところで力など及ぶはずもないのだ。

好きなことをしている時や楽しいときはどうやら大丈夫のようだ。
観察を続けて解決方法をひとつ見つけた。
歌を歌っているときは歯を食いしばれない。

一生懸命も良いけどたまには肩の力を抜こう。
このふわふわと楽な気分だと、ましてや歌なんか口ずさんでいると、不思議と楽しくなり周りのこともよく見渡せる。
何もたかが仕事一つに、すり減らしてまで歯を食いしばることはないのだ。

−ゾンビ逝く−

本当のヨット乗りだった。
夏のレースに「咳が止まらないので精密検査を受けなきゃならない」と珍しく来なかった。
「タバコとお酒の飲み過ぎよ」というと、「やめなきゃならないなら死んでしまう」と咳き込んでいた。
それから何度か電話をかけたが通じなかった。
病院に入院して、あと三ヶ月の命だと言われた後も、毎晩飲み歩いていたという。
周りの仲間も毎晩飲み歩ける位なら、と心配しなかったそうだ。
いかにも彼らしい。
苦しそうに友達の美容室に顔を出し、髪を切ってもらいながら「財産分与はどうしようかなぁ」などと言っていたそうだ。

もちろん、ゾンビは本名ではない。
もともと栄養の足りなそうな、ガリガリの身体に、一見浮浪者と見間違いそうな、エスニックな服をまとっていた。
何よりお酒が好きで毎晩地元、島の黒糖焼酎の瓶を空けていた。
酔うと手をヒラヒラさせて話す。
その身振りがテレビゲーム「すーぱーぷよぷよ」の登場人物、ゾンビにそっくりなんだそうだ。
従って、ゾンビのヨットは「すーぱーぷよぷよ」と言う。

まったくそうは見えないが、ゾンビは何店舗もお酒を飲ませる店を持っている。シャチョウだった。
自由に使える時間を使って、やっと島にたどり着いた人手不足のヨットを手伝ってあちこちまで行った。
どんどんヨットの腕を上げていた。もともと夜には強い。
時化た夜中のデッキには必ず彼の姿があった。
島では少ないヨットレースが好きだったゾンビに、もっともっといろいろな人を紹介してあげたかった。
一緒に大きなレースに出たかった。

酔うとなぜか「〜ザンス」とザンス言葉になった。
夜にかかってくる電話はザンス言葉になっているかどうかでお酒の摂取量を想像出来た。
彼は詩人でもあった。
出版された詩集を真剣に読んでいる私に、うれしそうに感想を聞いた。
今でも島に渡れば、島の言葉で「しゅったしゅったして」(ズラズラとだらしなく衣服を引きずる様)迎えに来てくれそうな気がする。

ぼーっとスーパーに買い物に出かけた。
店内に流れているBGMに、急に涙があふれた。
美容師の友達に「祈ってあげてね」と言われた。祈ってどうにかなるものなら祈りたい。
明日は海に出ることにした。

−おでんの素−

おでんは煮込みが命だ。
寒い時期、時間があり尚かつ大根やこんにゃくが安く買えた時、おもむろに作る。
ただし明日もしくはあさって食べようと言う気長な気持ちがなくてはならない。
寸胴鍋に水をたっぷり張り、大根を4センチほどの厚みにザクザク輪切りにし、皮をむいて放り込む。
ちょっと気が向いたりすると面取りなどする。
それにだし兼具として昆布を入れる。煮干しなどがあれば何匹か加える。

これだけなのだ。
これを、今の時期ならストーブに乗せる。
沸いたら火から下ろし、そのまま放置する。
この辺で西日本や九州には存在しないちくわぶや、ゆで卵までなら入れて良い。
朝起きたときや会社から帰ってきたときなど、次に気づいたときまたストーブに乗せる。
これに塩、少しのしょうゆとみりんを加える。調味料はこの3つだけ。
沸いたらまた火から下ろし、また放置する。
味というものは冷めていく課程で付くものなのだそうだ。

さて今日こそおでんにしようと思ったら、ささつま揚げの類を熱湯で油ぬきして投入する。
一回沸いて自然に冷まし、もう一度火にかけるくらいから美味しく食べられる。
塩味が足りなければ加減する。辛子をつけて食べる。
何から出た味なのか、何とも言えず美味しい。

それが、だ。
何とスーパーに「おでんの素」なるものが売っていた。
まさかしょうゆと塩とみりんだけではあるまい。
では煮込まなくてもよいというものなのだろうか。
それじゃいくら何でも大根は柔らかくならないし、味もしみ込まない。
だし、と言っても具と兼用の昆布を入れなくて済むと言ったところであまり便利だとは思えない。

ナゾである。
世の料理人たち、何気なく便利そうだからと言って、はめられてはいけない。
それとも何か別の使い方があるのだろうか。

― 楽しさ主義 ―

あるお坊さんが「なぜ人は生きているのか」と言う少年の問いに答えて、「人は楽しむために生きています」と答えたそうだ。
まったくだ。人それぞれ感覚は違っても楽しくなければ生きていられない。

「楽しさ」には個人差があって、孫や盆栽の成長を見ているだけでも楽しい人もいれば、趣味を持ち、それをやっている時に楽しい人もいる。ボランティアにやりがいと楽しみを見いだす人もいるだろう。どんなことでも本人が楽しいと思えれば良いのだ。世の中には山ほどの「楽しさ」が転がっている。

会社で、仕事中に始終ため息をついている社員を見かける。
人ごとながら「そんなに辛ければどうにかすれば良いのに」と、つい思ってしまう。私だったら到底ガマンできない。違った方向から物を見てみるとか、他に楽しみを見つけて会社は給料をもらうための手段だと割り切った考え方をするとか、仕事のやり方を変えてやりやすくするとか、転部願いを出すとか、仕事を変えてみるとか、いろいろな方法があるはずだ。思い切るには勇気も要るが、たいていやってしまえば大したことはない

ヨットに乗り、陶芸をし、好きなハーブを育て、食べたい料理を作っている私を見て、同世代の女性社員は「生きていて楽しいでしょう」と聞く。これが不思議なことによく聞かれる。「じゃあ、あなたは楽しくないの?」と聞いたところ「楽しくない」と即答されてしまった。そ、そんな。

「楽しさ」というのは難しい。お金があれば楽しいというものでもなく、時間ばかりあっても楽しくない。ただテレビを見たり寝ているだけではなかなか楽しさは見いだせない。

私の場合、何が楽しいか。転がっている「楽しさ」を始終拾い集めている。
お金が無い上に、最近では時間もままならないので時間を作ることから始めなければならない。でもやはり自分から行動を起こして何かしている方が楽しい。
格好良く言えば「クリエイティブ」ということになるのだろうか、この年から一日中テレビを見ていて満足できるはずはないのだ。

−楽しさ主義 U−

時々、頭だか心だかが無性に渇く。
自分でもよくわからない。
敢えて考えてみると前向きではないとき、流されて生活して居るとき、充実感が味わえないときに起こるようだ。

そういうときに新しいことを始める。
手軽なのは本屋か図書館に行くこと。
そう言うときの気分にぴったりな本を探す。
たいていは何か今までやりたかったが手を着けて居らず、自分の中でくすぶっていた物の実用書が多い。
スキューバダイビングもレザークラフトもそんなときに始めた。
結構楽しいが自分の中では急場しのぎで、1年も経てば褪めてしまう。

そうやって「嫌だなぁ、つまらないなぁ」と言う気分からとりあえず脱却する。
その間に何かが自然に見つかる。
「嫌だなぁ、つまらないなぁ」と思っている時にはろくな事は思いつかない。

昔々小さかった頃、ボーイフレンドが出来ないなぁと思っていた。
そんなことを考えているうちは全く出来ない。すでに本人の気持ちが前向きじゃないのだ。
ところが自分自身が何かに充実し始め、ボーイフレンドのことなど忘れている時にいきなりモテ始める。
人には、マンガみたいに他の人のキラキラが見えるのだと思う。

ヨットをはじめてからは「嫌だなぁ、つまらないなぁ」とは思わなくなった。
雪崩のように次々に新しいことややりたいことが押し寄せて来た。
何かに充実していれば、楽しいと思っていれば、自然に他のことも楽しく見えてくる。

「人は楽しむために生きています」と言い切ったお坊さん。
やはり私は充実して生きるために、いつもキラキラしていられるように、楽しみを追求したいと思います。


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