(第十六段・10度目のハワイ)   



2005.10.01

−Hawaii 10 times −

さて、ハワイである。
どうして私がこのように物の怪に取り憑かれたみたいに自分でも趣味かと思うほど英語を勉強しているかと言うと、たぶんハワイのせいだ。自分でもよくわからないのだけれども、初めはハワイのヨットレースで表彰台に上がってうまくスピーチが出来なかったことに起因するのだけれども、その後ハワイ大学に"なんちゃって留学"し毎日悪戦苦闘して、ほんの少しだけレベルアップしたために、声をかけて来た工事中のおじさんやバスの運転手、税関の人や店員さんと話が通じたなんてことが私を支えている。人間大好きの私にはコミュニケーションが第一なのだ。だったら英語圏なら別にハワイじゃなくても、アメリカ本土でもイギリスやオーストラリアやニュージーランドだって良いわけだが、何となく「まずはハワイでしょ」といつもひとつ覚えのように思うのだ。少しの間暮らしていたからか何も考えずに観光客の絶対乗らないバスに乗って好きなところへ行けるし、ホストマザーや友達も居るし、土地勘もあるからかもしれない。だけどそれだけじゃない。ハワイにはアロハの精神が宿っているのだか何だかわからないけれど、ハワイ好きの人たちはたいてい「しばらくハワイに行かないと体の調子が悪くなる」と言う。確かにそうなのだ。「次の機会はぜひニューヨークに行こう」などと思うのだがしばらくすると体調が悪くなり気分も低迷して来てまたハワイから始めてしまうわけだ。休みも給料も少ないしがないOLとしてはそう何度も海外旅行なんて出来ないから毎回ハワイへ行くことになる。混雑しているだろう都会のニューヨークやロンドンに、しかも冬場に行くことを考えるとコートや防寒着、セーターのことを考えただけでうんざりしてしまう。そもそもハワイ留学は持って行く衣類が少なくて済むと言うのも一因だったのだ。毎回ハワイへは機内持込の手荷物だけで行き、ホノルルについたら大きな荷物の持ち込めない市バスに乗って市内へ行く。空港へ降り立ったとたん、花の香りと、乾いた空気と、心地よい風で身軽になった気がする。山ほどの衣服を抱えて旅行に行くなんて考えられない。しかも雲のたれ込めた天気は日本だけでたくさんだ。

と言うわけでまたまたハワイへ行く。
断っておくが、「ハワイなんてミーハー(古いか?!)な観光地で、日本語も通じるし日本人ばかり居て海外じゃない」なんて言っている人がいたらその人はたぶん、ワイキキの自分の滞在している高級ホテルと免税店とショッピングセンターの三角形から出たことがなく、ともすればビーチさえ見ずに4泊6日(丸3日間の滞在)などと言う強行的スケジュールをこなした人に違いない。確かにそんなイメージもあるけどアラワイ運河で囲まれたワイキキを一歩出れば、ワイキキ内でも市バスにでも乗ったとたんに、もちろん日本語なんてまったく通じない。私はビンボーだし、高級ブティックや免税店に興味はないのでワイキキには滅多に足を踏み入れない。

夏のヨットレースに数回、9月のアロハフェスティバルの時期に数回、そして留学は1月から3月だった。どうしても別のシーズンに行ってみたかった。だったら大好きなクリスマスシーズンがベストだと以前から思っていた。ハワイ大学の先生ダニエルから毎年クリスマスに老人ホームへボランティアに行くので折り紙などを教えることが出来るならぜひ来て欲しいと言われていた。ハワイ最大のバーゲンセール時期はアフタークリスマスだとも聞いた。何より観光地ハワイのクリスマスツリーやイルミネーションはあちこちのホテルや美術館、ショッピングセンターに限らず、一般の家まで見て回る価値があるほど素晴らしいらしい。

去年までは損害保険会社で働いていた。年末はギリギリ30日まで仕事だった。今年の初めから頼まれて車のディーラーの保険課に異動になった。何と年末のお休みが28日から年明け3日までだと聞いたのは梅雨の頃だった。そして何となく気分までジメジメと憂鬱だった時、カレンダーを見て気づいた。23日から25日はそもそも祭日と土日で、たった2日間の休暇で12連休になる。私の「ハワイ旅行日程の最低限」は10日と決めていた。それ以下では意味がない。俄然元気が出た。

2005.10.05

−Newton−

その、趣味のような英語は少しも上達しない。はっきり言って上達したかどうかもわからないのである。
週に一度社会保険センターの英会話教室へ半年毎すでに2年間通い、週末時間があるとオーストラリア人のクリストとミスドで話す。クリストとはもう50回ほど会っている。毎日英会話番組を録画したりラジオを録音して聞く。会社への往復も車の中でそのテープをかける。DVD映画は英語のものだけを見る。そうやって溜め込んだエクセルのオリジナル英単語帳は2,067単語、熟語は415フレーズ、覚えたい手書きの英文ノートは11冊目で2,510文。そのままでは覚えられないので小型オーディオプレーヤーに自分でノートを読んで1,600文くらい録音した。こうやって書くと凄そうだがそんなことはまったくないのだ。身に付いていなければ何もやらないのと同じである。たった3ヶ月、あちらへ行っていたときの方がずっと密度が濃かった。英語に接する時間や機会が、何より頭が英語になる時間がまだ足りないのだろう。6月から8月まで3ヶ月、「毎日ウィークリー」と言うタブロイド判の週間英字新聞を取ってみたが、重要語句の日本語説明付きでもとても全部は読み切れなかった。日本語だったら読み始めたら止まらず徹夜までするのに、TOEICの結果通り、どうも英文を読むのは苦手らしい。

読むのが苦手なら書いてみようと思った。ちょうど英語の学習雑誌に「1日2文英語の日記を書こう」と言う記事が載っていたのだ。とにかく、日本語なら厚い本を読むのも長い文を書くのも少しも苦ではないのだ。英語だって2文なら書けるだろうと思った。

8/31 Wed.Today is the end of August. I feel timeflies. 今日で8月はおしまい。光陰矢のごとしだ。

9/2 Fri. I feel happy. Because I took a big cream puff for coffee break at my office. It was so sweet!  幸せ。会社で大きなシュークリームをもらったから。美味しかった。

9/3 Sat. A big typhoon is coming. So I washed my clothes before it started rain. 大きな台風が来るので雨の降り出す前に洗濯を済ませた。

てな具合。文を考えるのは何も苦ではなかったが単語のスペルの確認に手間取った。発音は知っていてもいざ書くとなると「台風ってどんなスペル?」と言うことになる。どうせ書くならもっと長く、とつい色気を出すのも悪い癖らしい。クリストに見せて思い切り冠詞や前置詞の違いを指摘された。

それでまだ、どうもただがむしゃらにザルで水をすくっているような気がしたので英文法の本を1冊見つけてきた。前回のものは中学生の受験向けでそれはとうに読み終わってしまったので今度はTOEICのものにした。会社の始業時間前30分は英語を勉強する時間だと決めているので自分の机でその英文法の本を広げていて専務の目に留まったらしい。たぶん入社してから始めて話した。確か専務は今年まで仕事の研修か何かでニューヨークに住んでいたはずだった。教えて欲しいと言ったら「何か1冊徹底的にやるのが良いみたいだよ」とアドバイスされた。そして家には自分が使ったTOEIC用の勉強ソフトがあり、それは750点を目指す物でソフトを学習しても750点取れなければお金を返すと言う代物だそうだ。それを持ってくるからそれで勉強してみれば?と言われた。

専務は約束通り、そのソフトを持ってきてくれた。Newtonと言うそのソフトは「単語・熟語3,000」3枚、「文法・語法」1枚、「350点保証のリスニング」8枚、「長文読解」3枚の計15枚のCDだった。750点保証だと言うのだからリスニングで350点保証と言うことはリーディングで400点取らせてくれるらしい。私のリスニングは保証してくれなくてもだいたいそんなものなので、残り7枚で本当に750点取れるようになるのなら素晴らしい。本当にそんなことが出来るのかと半信半疑、パソコンにCDを入れた。

やられたって感じ。1枚目のCDは単語・熟語の初めの1,000語が載っている。問題は100語ごと10問。だがしかし、中学生程度の基本的な単語は除いてありますと書いてあるだけのことはある。さっぱりわからない。何と始めに出てきた単語は「破産」(bankruptcy)だった。6問間違えたらおしまいと言うクイズ形式で表示された単語の意味をどんどん入力していく。パソコンは賢いから例えばbankruptcyだったら「破産」の最初の一文字「は」と入力しただけで正解となる。だけど私は100問中、22問正解するのにその6問のミスを使い果たした。しかも一度間違えると最後、これでもかと言うほど同じ問題が表示された。終わると成績が表示される。1回目のチャレンジ22/100。表によると同じ問題に5回はチャレンジしなければならないらしい。出来なければ次には勧めない。「最初に出てきた単語が破産だった」と言うと専務は「bankruptcy」と即答した上で「案内にはとにかく3枚の単語・熟語CDを終えなければ次に進んではいけないと書いてあったよ」と無情にも付け加えた。諦めて文法でもやってみようかと思っていたのだ。

750点取れなければお金を返すと強気な発言が出来るわけだ。そもそも終わりまでやれるかが問題だった。

2005.10.10

−Hawaii 10 times part2−

運動不足のため「歩くプール」で必死に歩きながら、友人と私は「飛行機が先か、宿が先か」と論じていた。
念願のクリスマスハワイの話である。
「年末だから飛行機も取りにくいだろうし、宿はもっと取れないんじゃないの?」「そう言ったって飛行機が取れなくちゃ行かれないよ。行かれさえすれば宿は何とかなるんじゃないの?」「だってあの安いアパートが取れなくちゃ苦しいよ。」結局、両方とも可及的速やかに取ると言うことで合意した。

9月以降の航空運賃も何もかも8月半ばにならなければ発表されないとのことだった。そのため先にお盆休みに「いつもの安アパート」へ英文メールを送った。すぐに返事が来ないのはハワイタイムでいつものことだ。東京のS氏もモチロンって勢いで一緒に行きたがったので糖尿病の医者と、糖尿病のために出血した目の医者の了解をもらわなければダメだと条件をつけた。ここのところ数値も安定しているらしく、食事制限も運動も頑張っているようでOKが出たとメールが来た。

飛行機の便や航空運賃が発表されてすぐ、翌日にインターネットで検索したのだが何と満席だった。いくらなんでも怪しすぎる。12月23日から休みが取れる人がそうたくさん、しかもお盆から居るとは思えなかった。たぶん業者だ。何度か見ていると1席空いたりふさがったりが繰り返されていた。マイレージが貯まるのでJALばかり見ていたがANAも確認するともっと取りやすいことがわかった。面倒なのはどちらとも決めてしまうと3日以内に購入しなければならないと言うこと。私は逆手に取って両社ともどんどん予約し、3日以内にまた別の予約を取って以前の予約を流した。皆同じようなことをやっているらしい。インターネット上の空席は数席空いたかと思えばまたふさがると言った状況が続いていた。往復運賃はいつもの時期より高いことは高いけど思ったほどではなかった。何と成田−ホノルルの普通往復運賃が28万円もすることを初めて知ってびっくりした。私たちが予約しようとしているものは半額にも満たなかった。

なかなか宿からの返事が来ないので督促のFAXを入れてみた。やっと返事が来る。いつもの部屋は1泊115ドルだそうだ。高い。一般的に考えればこれを人数で割るわけだから3人だとしても1泊4,000円ほどとそんなに高くはないのだがいつもと比べればそれでも倍額である。とにかく、「高い時期であるのは承知していますが去年は65ドルで泊まることが出来ました。もう少し安い部屋か、もう少し安くして頂くことは出来ないでしょうか」と言う文を何とか書いて送ってみた。とにかく私の思いが少しは通じたようで1泊110ドルになった。たった5ドルでも私の英語が少しは役に立って嬉しい。

航空券の方は一向にラチが空かないので予約センターに電話をかけた。何でもやりたいことはとことん諦めないタチなのだ。取れるところで押さえてもらっておいて尚かつ希望する便のキャンセル待ちを入れることが出来た。往復希望の便が取れるまで購入しなくて良いそうだ。やはりインターネットは不便。例えば行きの便が希望の便で帰りの便が希望と違ってもとにかくそのセットしか空いていなければ予約して、3日以内に買うしかないのだ。とりあえず押さえてもらっているし、まだ行くまでに時間があるので一人分のキャンセル待ちはほぼ取れることがわかっていた。

JALとANA以外の航空会社も調べては見たが何せ私は鹿児島−羽田の国内往復をしなければならないので不利だった。しかも頼みの綱の福岡−ホノルル便が今月から欠航となっている。鹿児島の友人は私のねらっている12/23より2日前に発てば航空運賃が4万円も安いことを知り、21日に出発するそうだ。追加で2泊分のシングルルームを予約した。1泊55ドル。今のところ3人なのだがそれぞれ別々に航空券を探しているためキャンセル待ちも楽だった。別に何も今更一緒に行く必要もない。皆ホノルル空港からひとりで市バスに乗ってそれぞれホテルに行くことが出来る。飛行機はたった7時間なのだ。

2005.10.15

−Hawaii 10 times part3−

北九州、津屋崎の「うみがめヨットレース」に参加。参加賞はカメの形の組木と干物。レースはお天気も風も良く、パーティーはイカや鯛、ヒラメなどの刺身や活き作り、イカの丸ごとや新鮮なお魚の炭火焼き、タコ飯、ふぐのみそ汁などをたっぷり堪能させて頂きました♪何より真夏日と熱帯夜の鹿児島から逃れ、涼しくて良い気持ち。夜は寒いくらい。

さてハワイである。鹿児島2名、東京1名の3人は全く別々に、それぞれ勝手に航空券をキャンセル待ちしたものの、同じ日程の飛行機はすべて往復とも並びの席になった。確保できたとの連絡時に「席はどうしますか」と聞かれるのだ。「実は同じ飛行機に友人が居て」と言うと便宜を図ってくれる。帰りは3人続きの、しかも2階席だ。これで安ホテルも格安航空券も確保出来た。費用は23日出発で年明け2日帰国の私が9泊11日の宿泊代と往復の航空券代合計で20.5万円。同じ日程の東京発のS氏は鹿児島−東京の航空券が不要のため−15,000円、2日前に出発する友人(11泊13日)は出発日ごとに違う航空券が4万ほど安く(!)、2泊分追加のホテル代と相殺しても−30,000円だ。別の知り合いが探した年末ギリギリから年明けまでたった4泊6日か5泊7日のツアー料金はこれよりびっくりするほど高く(約25万円だとか(^_^;))、しかも取れないらしい。ロンドンやバリ島ではテロが起きて、治安が厳しいために安全だとされるハワイは人気のようなのだ。

さっそくハワイの知り合いにメールを出す。どうってことのない日本語のメールや手紙と違ってパワーが要る。
ホストマザーのダイアンの実家はニューャージーでハリケーン被害も心配だったのだが、メールの返事はすぐに来、今は実家に居るとのことで回りにはたくさんの被災者が非難しに来ているが幸いにも彼女の周りの人に被害はなかったとのこと。いつもクリスマスの時期にメインランドに帰るのだが今年は今の時期に帰っているので特に予定がなく、楽しみに待っているから空港に着いたらすぐ電話して、食事でもしましょう。とのことだった。

チームを組んでヨットをチャーターし「アサヒスーパーカップヨットレース」に出た時初めて知り合ったハンクは、私の留学時に自分の隣の家に住んでいたダイアンを紹介してくれた人だ。彼は今ではハワイヨットクラブの会長らしいがクリスマスにはやはりメインランドの実家に帰ってしまうとのこと。だけど「来るなら誰かにヨットクラブを使えるように頼んでおくから」と優しいメールが来た。ヨットクラブの雰囲気はそりゃあ最高で、去年両親と行ったときも二階のレストランで母のバースデーパーティーをやりたいと言ったらハンクは飛んできてくれたのだ。吹き抜ける風とヨットと椰子の並ぶ景色に夕日、音楽とワインは私の夢のワンシーンでもある。更に毎週行われる「フライデーナイトヨットレース」後はこの下、1階のパーの回りでグラスひとつ片手に立ったままみんなで熱くヨットを語る。この「フライデーナイトヨットレース」は私の行くクリスマスでも年末でもやるのかと聞いたところ、「年間52週、すべての金曜日に行われる」と言う素晴らしい返事が返ってきた。

ハワイ大学でフラ(フラダンス)の先生をしているマリー・タイガーさんとは去年行ったときにはすれ違いで会えなかったのだけれども今度はぜひ会いたいと返事が来た。大柄なハワイ体型の彼女が躍ってみせるフラはそれはもう優雅で、美しく、笑顔が素晴らしい。ウクレレやイプ(フラに使われるひょうたん型の打楽器)もこなし、私たち留学生仲間は彼女の店を直に尋ねていろいろ教えてもらったのだ。人の良い彼女はCDやイプを持ち出し、店の床に広げて教えてくれた。

さてさてあと二ヶ月。もう少し英語を向上させねばならない。

2005.10.19

−Hawaii 10 times part4−

それからハワイの知り合いでメールを出しておく人は、と・・・。
担任だったベスに去年、ハワイ大学の広大な構内で偶然会った時「メールが届かなかった」と言ったらその場で教えてくれたアドレスがどこかに書いてあるはず。「海外旅行用グッズ入れ」の手提げをひっくり返してみる。あった、あった。ここのところハワイには小さなメモ帳を持っていく。行く前には行きたい場所の住所や連絡を取りたい人の電話番号、店の営業時間などを書いて行き、現地に着いたら会った人の名前や行ってからわかったインフォメーションを書き込んだり、レストランで割り勘するときの計算用紙に使ったりする。結構便利。

ついでに手提げから「外貨用財布」を取り出し、米ドルを数えてみる。50ドルほどあった。(ドルの他の、この一緒くたになった中国の元とか、スペインのペセタ、カナダドル、タイのバーツを使うときがあるのだろうか。小銭が多く選り分けるのも大変そうだ。(^_^;))前回行ったのもハワイなので財布にはスーパーマーケットの割引会員券とか、ハワイ大学のコーヒースタンドのポイントカードとか、名刺なんかもそのままだ。米ドルは他にも郵便局に勤める友達に頼んで円高の時に換金してもらっておいた3万円があったはずだ。あーなんとその時は手数料込みで1ドル105円!今は113円ほど。手数料を含めれば1ドルで10円以上違う。次に円高になるのはいつだろう・・・その約285ドルも財布に入れておく。バスの定期を買う40ドルと電話代の25セントコイン、チップ、それからフリーマーケットや屋台などには現金が必要になる。あとはカードと言っても滅多にレストランじゃ食事しないからもう少しドルが欲しいところ。交通手段はすべてバスでまかなえるのでその他の交通費はかからないのが嬉しい。

ハワイの話で盛り上がりたいのでせめてガイドブックでもと思い本屋に行くのだがなかなか面白そうな物がない。
たいていは高級ホテルかブランド物のオンパレードで、食べ物も高級レストランばかり。私が自分で雑誌を出版した方が面白そうだと思えるほど。
何とか「ハワイ本」と言う、別冊雑誌を見つけて購入した。

「ボム・ワンダフル」と言う名の、ひょうたん型透明瓶に入ったジュースが紹介されていた。あのキャメロン・ディアスが毎朝飲んでいると言うザクロとマンゴー100%のジュースなのだそうだ。色はグレープジュースのような紫。一度試してみたい。そうそう、ハワイには「お茶」のドリンクが少ない。少ないと言うよりないのだ。ただひとつ、どこのスーパーにもある「アリゾナ・グリーンティー」なる黄緑色の500ml缶に梅だか桜だかの木が描かれているものがあるが日本のお茶が飲みたい人にはお勧めしない。思い切り、甘い。すでに2度ほど忘れて飲んでしまって後悔したのだがこの雑誌でナゾが解けた。ハワイでは緑茶は甘いのが定番で、なんとこの「アリゾナ・グリーンティー」には朝鮮人参と蜂蜜が入っているそうだ。

友人はフルーツを楽しみにしている。マンゴーやパパイヤが安くて、みずみずしくて、甘くて美味しい。それらを買い込んで熟させ、冷蔵庫で冷やして朝ご飯にするのだ。チャイナタウンの市場へ行って他の種類もいろいろ試してみたいそうだ。ライチやスターフルーツ、ランブータン、マンゴスチンなどカラフルな果物をあーだこーだと食べるのもまた楽しい。ハワイは山ほどの楽しみ方があってやっぱり良いなぁ。

2005.10.23

−Hawaii 10 times "'Fried Green Tomatoes"−

鹿児島は夏と冬の間の秋がないので、熱帯夜と真夏日の連続の翌日急に気温が下がった。釧路の知り合いの話ではあちらでは氷が張り鍋を食べているそうだが私は未だ裸足にサンダルで通勤している。会社の制服が長袖のブラウスになるのは明日からだ。

さてハワイ行きまで二ヶ月となった。思ったより気分が盛り上がらないのはきっとこの時期に行ったことがないからだろうと思う。気分が低迷している時はクリスマスソングを口ずさむことにしている。何となくウキウキする。一体、本場アメリカのクリスマスツリーやイルミネーションはどんなものだろうか。

そして昨日、ハワイ大学の先生ダニエルからメールの返事が来た。毎年クリスマスにボランティアをしている彼女は今年「子供達の病院」へ行こうとしているのだが何とセキュリティが厳しくてクリスマス当日病院へ入れないと言うのだ。テロのせいらしい。そんなのってあり?!何より子供達ががっかりしていることだろう。それほど治安を厳しくしているからこそ、ハワイは安全なのだと言われるんだろうなぁ。何かどこかが間違っている気がするけど。クリスマス当日は無理でもその週の別の日に行かれるかもしれないから滞在日程を知らせて欲しいと書いてあった。子供達相手の会話は早くて歯が立たないかもしれない。

さて掲題の「フライドグリーントマト」である。買ったハワイの雑誌に、カピオラニコミュニティーセンターで毎週土曜日に行われる朝市の模様を写した写真が掲載されていた。その1枚にそんな看板を掲げた屋台を見つけたのだ。食べ物らしいことはわかったが記事の詳細はなかった。食いしん坊の私が記者で取材していたのなら絶対に載せたと思う。一体これは何だろう。文字通りだとすると「揚げた緑色のトマトのフライ」だけれど、そんなもの見たことも聞いたこともなかった。あちらでは揚げ物も炒めた物もフライと言うけどまさかトマト炒めでもないだろうし。何か詰め物をして料理してあるのだろうか。お菓子って線もあり得るかも。さっそくインターネットで知り合ったハワイ好きのククイナッツさんに聞いてみる。すでに今年のハワイを体験され、この朝市を勧めてくれた本人なのだ。

すぐに的確なサイトの紹介メールを頂いた。なんと「フライドグリーントマト」は「揚げた緑色のトマト」だった。しかもこれは古い映画の題名にもなっており、この食べ物を巡る心温まるストーリーなのだと言う。そのサイトのコメントには「映画を見てからずっと食べたかった」とある。見た目は輪切りにして衣をつけて揚げた「オニオンフライ」だ。魚のフライやトンカツと同じ衣。それにリクエストしてわさびマヨネーズをつけて食べるのだそう。なぜトマトなのに緑かと言うと、赤く熟した物では柔らかすぎるためらしい。

ぜひ朝市も覗いてみよう。

2005.10.27

−Hawaii 10 times Theme−

今回の私のハワイ行きテーマは「英語を話そう!」
ホストマザーのダイアンと食事したり、フラの先生と会ったり、ハンクが休暇で居ないのにヨットハーバーに乗り込んで誰かのヨットに乗せてもらってフライデーナイトレースに出たり(ハンクから"行けば乗るヨットが見つけられるよ"と無情なメールが届いた)、出来たらハワイ大学の先生にボランティアに連れて行ってもらったり、面白そうなものが上映されていたら映画館へ映画を見に行ったり(もちろん字幕がない(^_^;))、店員と話したりする。会う約束をするために電話もかけなくちゃならない。積極的に行動するために会話は必須なのだ。ハワイの知り合いはあちらに住んでいる日本人を除いて日本語が話せる人は誰も居ない。

で、他にやりたいこと。
*ワイキキのホテルやショッピングモール、市庁舎などのクリスマスツリーやイルミネーション見学。高級住宅地などもきれいらしい。

*新しくできたスーパーマーケット「ウォル・マート」や「韓国素材専門店」、全米一の電気屋「ベスト・バイ」などを覗く。去年行ったときにはどれもなかった店だ。アメリカのスーパーは本当に楽しい。

*その辺の散歩とかオープンテラスでのどうってことのないお茶やランチ。

*ハワイで一年のうち最も盛大なバーゲン「アフタークリスマスセール」も楽しみ♪

*ハワイアンの生演奏を聴きながら簡単なバイキングを食べさせる店で夕食。確か10ドル。

*大好きなラウハラという植物で編んだカゴの専門店へ行く。

*ウクレレ工房見学。

*マリン用品店(日本にはほとんどない)をチェック。

*古着屋めぐり。

*そうそう、ヘルシーフード専門店でピーナッツやアーモンド、カシューナッツなどのナッツ類を自分でボタンを押してピーナッツバターなどにする機械を試し、ピーナッ以外のナッツを味わう。

食べたいもの。
パパイヤやマンゴーなどのフレッシュフルーツ、エッグスンのパンケーキ、フローズンのヤミーヨーグルト、ノースショアの丸ごとグルグル焼いているフリフリチキン、アボガド半分入りのハンバーガー、シナモンロールのシナボン、チャイナタウンの安くて美味しい飲茶、ベトナム麺のフォー、お気に入りスポーツバーのピザ、格安本格中華、などなど。

欲しい物。
私唯一の化粧品ワイキキアロエのアロエジェルとリップ、タラゴンなどのスパイス類(日本は高い)、ドラッグストアでビタミン剤(これも半額以下)やお気に入り自然の物で作られた風邪用ドロップ、ヘルシーフードの専門店で保存が効きいろいろ種類がある豆類やお茶など、最近流行りの「チキンスープ」と言う読みやすい英語の本のハワイ版、等。

私って結構リーズナブルかも。

2005.10.31

−健康−

会社でもらったタダ券に味を占め、自腹でマッサージを受けてきた。う〜ん、天国♪
鹿児島中央駅に新幹線が開通した時出来た駅ビルの中の、紀伊国屋書店と雑貨屋に挟まれた狭いスペースの小さな店なんだけれども、スウェット地の短パンに着替えてラベンダーの香りのするベッドに横たわり、ラベンダー色のタオルをかけられてマッサージを受ける。今回は奮発してボディマッサージの前に20分間のリフレクソロジー、つまり足裏マッサージを追加したので最高だった。高いし、なんて考えてなかなか足を運べないのだが行って後悔した試しがない。年中痛い背中の痛みも消え、その日は「中山式健康器具」を背中に敷かなくてもぐっすり眠れた。少し前は結構ガランとしていた店内は混み合い、空いている席がなかった。男性の姿もあった。みんな疲れているのかしら。

そう言えば先日テレビで大地震が起こった新潟のその後を放映していた。車で何日も避難生活を送っていた人の多くが、たいていは5日間程度なのだが、調べてみると今でも足のふくらはぎや太股に血栓が出来たままになっているらしい。血栓は放置すると心臓などに達し、血管が詰まって命を落とすことにもなる重大事だ。実際、車の中で非難生活を続けていた40代の女性が車を出ようとしたとたん、亡くなったと言う。少し前には「エコノミー症候群」として話題になったが、狭いところでずっと同じ姿勢をとり続けると血行が悪くなるといういたってわかりやすい現象だ。年末のハワイ行きはこの鹿児島中央駅から高速バスに乗り、鹿児島空港から羽田まで飛行機、その後再び高速バスで移動し、成田からまた飛行機に乗る。少し早めに家を出て飛行機に乗る前にマッサージを受けて予防しようっと。

さて英会話教室で「any news?」(何かニュースはある?)と聞かれて、たどたどしく何とか、AED装置のおかげで助かった命があり、心臓発作は子供でもボールが当たっただけで起こるのでみなこの使い方を覚えるべきだ、と話した。先生はそう言えば健康に関して友人からメールをもらったと話し始めた。

脳卒中や脳溢血かどうかの判断だそうだ。そもそも脳卒中とは脳の中の血液循環傷害で、脳の中で出血した場合を脳溢血と呼ぶらしい。詰まった血管のせいで組織が死んでしまうと脳梗塞となるそうで、どのみち血液がうまく流れていないことに変わりはない。先生はstroke(打撃、発作)と表現した。その時周りの人は「あの人様子がおかしい」と思うだけでどうしたのか何が起こったのかまったくわからない。本人すら倒れないうちは「何だか変だ」と思うだけである。

そこで周りにいた人は3つの質問をすべきだというのだ。
@笑顔を作ってみてください。
A両手を頭の上に挙げてください。
B簡単な文章を言って「繰り返してみてください」と言う。

脳に血管障害が起こった場合、患者は何て事のない上記の質問に答えることが出来ないらしい。これで脳の血液傷害か他の病気かの判断が付き、迅速な処置を行えると言うのだ。先生はこの話を10人以上の人に話して広めるようにと言われたらしい。何だかネズミ講みたいだけど、聞いた人が同じように広めればたくさんの人が知るようになる。AEDの使い方と同じでみんなが知っていなければ意味がない。このページを10人以上の方が読んでくれますように。

2005.11.04

−フリマ−

クリスマス前のハワイ行きは、半袖は無理でもTシャツの上にGジャンくらい羽織れば何とかなると思っていたのだが早くも挫折しそうである。ジーンズと半袖Tシャツに薄い上着くらいではとてもじゃないけど鹿児島から成田まで行き着けそうにない。

珍しく快晴の日曜日、桜島を望むベイサイドで行われた九州一の規模だと言われるフリマに出店した。会社の友人が2区画取れたからと誘ってくれたのだ。前日の土曜日に部屋の衣服をあちこちから引っ張り出して整理し、大量のハンガーと共に衣類箱2つに詰め、頂き物で未使用の折り畳み椅子やデッキシューズ、景品など雑貨と共に車に積んだ。今まで何年も「捨てるには忍びない」と溜め込んでいたものだ。古着屋に売るほど価値のある物でもないし、100円でも売ってすっきり出来たら嬉しい。

朝8時前に会社の前で待ち合わせると友人とその妹は何と巨大なハイラックスサーフをどこからか借りてきており、ついでに巨大な会社の台車も積み込んでいた。いざ出発。駐車場から両手に荷物を抱えつつ、てんこ盛りの台車を引いて会場へ。芝生のような決められた場所にシートや布を敷いてハンガー掛けを組み立て、衣類を吊したり並べる。思ったより暖かで快適♪私たちは並べながら私がきつくて入らなくなったスカートを友人に譲り、友人の妹の未使用でショッキングピンクのアンサンブルを私が試着して絶賛されたので重ね着に最適な透け透けベストと交換した。別の友人はその妹に去年買ったばかりで未使用のコートを半額以下で譲り、仲間内の物々交換も楽しかった。

会場には380を上回る出店があり、その殆どが古着のようだ。そこへ10時の開場前から思ったよりすごい数の人がやって来た。差し入れに来てくれた課長によると駐車場は長蛇の列らしい。わかったことは「売り物はきれいに並べてはいけない」こと。始め私たちは店に並んでいるようにきちんと畳んで並べたのだが売れず、面倒がって段ボールに突っ込んだまま「どれでも300円!」とした友人の所に人が集まって来た。客は「掘り出し物」を自分で発掘したいようだ。私たちは作戦を変更していくつかの箱を並べ、「ボトムス全品300円」「この中どれでも100円」などと言う箱を作った。私はハンガーにかけた大昔のワンピースは1着300円、今時流行らない柄物で肩パット入りのブラウスは200円と定価?を決めて売り始めた。結構年輩の女性が多く昔の流行の物でも安ければ好んで買ってくれた。海外からの留学生に帽子とマフラーをセットで売ったり、とんでもない値切り交渉も楽しかった。

寒くなる前の夕方4時に終了。見渡すと廻りの人たちの商品もだいぶ減っていた。見て回るのも楽しかったに違いない。私の売り上げは7,000円ほど。元が高級品かどうかよりも単価が100円、200円と安ければ売れるようだ。雑貨は完売し、服も1/3位に減った。出店料(1区画3,000円×2)を4人で割って1,500円を支払っても思った以上の売り上げである。何よりぎゅうぎゅうだった押入や棚の整理が出来たのが嬉しい。誰でも持ってるけど着ない服とかもらったけれどサイズの合わない物とか使わないものはあるはずだ。手放してすっきりするのはお金には変えられないほど気持ちが良い。ましてや楽しみながら豪華夕飯代くらいになれば尚更である。超お勧め。

この勢いで波に乗り、早めに大掃除を済ませてしまおう。

2005.11.08

−秋の日−

11月3日は特異日でめったに雨は降らないはずだったが雨だった。
それでも先週のフリマを契機に大掃除の波に乗らねばハワイに行けない私は洗濯機を回して軒先に干し、ホコリ防止に換気扇を回しながら第二弾の大掃除をした。棚や床に散らかった雑貨や本など、それからアパートのちいちゃな玄関に置いてある靴類。履けなくなった靴を思い切りよく捨て、冬用のスリッパを出す。雑貨は服よりもかさがないため時間の割に片づかない。一時はお昼ご飯を食べるスペースすらなく、このまま片づかないのではないかと思ったほど。それでもゴミのビニール袋3個分を捨て、5本100円のリンドウを活けて何とか片づいた。買い物に出かけたのは午後4時過ぎで筋肉痛の上にお腹が空いてフラフラした。会社で仕事をしている方が楽だったに違いない。だけど大掃除はたぶん、第5弾くらいまでかかりそうだ。

そうそう「Fried Green Tomatoes」のDVDをTUTAYAで借りて見た。
ハワイのガイドブックでこの食べ物を見つけ、それが映画の題名にもなっているとサイトで知ってぜひ見たいと思っていたのだ。すばらしい映画だった。たぶん私の「映画ベスト5」に入るだろう。静かな、アメリカの田舎の物語で、平凡な主婦と病院で知り合った老婆の心温まる物語である。まだ見ていない方、ぜひ見てください。TUTAYAにはビデオもありました。

レンタルDVDはお気に入り「フレンズ」の9シリーズ54巻をすべて見終わり、後は新作が旧作扱いに安くなるのを待つだけの6巻きりとなった。CSIもマイアミ編が新作でなかなか他に見たい映画が見つからなかったのでシリーズ物の「ホワイトハウス」第一巻を借りてきた。これもアメリカでテレビ放送されている番組で日本でも教育テレビかどこかでやっていたがテレビで英語音声を聞くためにはビデオを通さねばならず、私のは未だ壊れたままだし、よしんば聞けたとしても英語字幕も日本語字幕もない。そこでレンタルとなるのだが見て驚いた。思い切り早口なのだ。あの、病院内で同時に行われているあちこちの手術や治療シーンを次々に写すERに似ている。ひとつのシーンを何とか理解しようとしているとすでに場面は別の手術室になっているというあんばい。日本語吹き替えで見てもついていけないほどだ。そのERと同じようにホワイトハウスの人たちは早足で歩きながらいろいろな人が別々の案件を話し合っている。誰が誰に何の話をしているのか、また誰に答えているのか把握出来ない。いろいろな事件や事故が起こり対応しなければならないのだが様々な思惑や利害関係が絡んで難しい。しかも報道陣が詰めかけているので即座に平静を装って記者会見をするわけだ。ふーっ。

最後にラジオで覚えた面白い英単語をご紹介。
procrastinateが動詞で、procrastinationが名詞。この思い切り長い単語は、〜をぐずくずと出来るだけ引き伸ばすとか手間取ると言う意味。名詞はぐずぐずすることまたは遅延。I prcrastinated.で私はぐずぐず延ばしてしまった、となる。文化の違いとは言え、英語にはすごいコトバがあるものだ。
年末も近いことだし、出来ればDon't put off till tomorrow what you can do today.(今日やれることを明日に延ばすな)といきたい。

2005.11.12

−オーケストラ−

花瓶の花を、赤紫のリンドウから白くて縁が濃いピンクのスプレーカーネーションに替えた。今年の初めに来た年賀状を整理して来た来ないを入力し、変わった住所を書き換える。そろそろストーブの準備もしなければならない。

勤務先の関係でオールトヨタが主催するコンサートのチケットが手に入ったので行って来た。これは20年以上も前から各地のアマチュアオーケストラを支援するための取り組みとして行われているらしい。そのアマチュアオーケストラである鹿児島交響楽団には去年損害保険会社で席を並べていた時の同僚が居る。チェロ奏者なのだ。私の勤めるディーラーの保険課に書類を受け渡しに来てくれるので彼女とは今でも毎日会っている。その毎日会っている彼女の演奏をぜひ聴きたいと思っていたのだ。このオーケストラは一昨年、姉妹都市であるイタリアのナポリで演奏し、地元テレビ局でも放映された。生で聴くのは初めてだ。チェロなんてヨーヨーマとサンサーンスの「白鳥」くらいしかわからなかったけれど、知らないものには余計に興味が湧いた。指定席2,500円、自由席2,000円と言うリーズナブルなチケットだったが更に運良く無料で手に入った。自由席なので少し早めに行く。彼女を見ようと前の方のど真ん中に席を取った。

コンサートは「トヨタコミュニティコンサートin鹿児島 ミュージカルの楽しみ」と名付けられていた。そう言えば高校生の頃、安くて、わかりやすくて、良い音楽を聴こうと詳しい友人に連れられて都響(東京都交響楽団)のファミリーコンサートやクリスマスコンサートを毎年聴きに行っていたのを思い出した。馴染みのあるミュージカルも公演されるからか、お話と音楽監督があの三枝成彰氏だからか雨模様の天気にかかわらず会場は満員とのことだった。入り口でチケットの半券をちぎっているのは顔見知りばかりだ。

楽団員が舞台に登場。同僚はさっそうと、いつにも増して堂々と、しかし優雅にチェロを抱えて現れた。緊張感とか慌てたそぶりは全くなく、いつもより落ち着いた笑顔が印象的だった。しかも最前列のど真ん中に座る。私と向き合う形となった。都響の指揮者でもあった佐藤功太郎氏が登場し、バイオリニスト(ミストレスと言うらしい)と握手をした後、演奏が始められた。私にはプロとの違いがわからなかった。現にプロの客員奏者も混じっているようだ。「ウエスト・サイド・ストーリー」から聞き覚えのある曲も演奏された。第二部は「サウンド・オブ・ミュージック ハイライト」と称したミュージカル。三枝氏の受け売りだけどミュージカルには必ずや時代的背景があるのだそうだ。

オーケストラの演奏に地元のオペラ合唱団や子供達の合唱も加わって飽きる間もなかった。やはり生で聴くオーケストラは凄かった。音量も振動も迫力満点で演奏者の呼吸すら感じられた。翌日会社に来た同僚に聞いたところによると鹿児島交響楽団は年二回の定期演奏会の他、年末やイベントなど年に4、5回の公演をしているそうだ。また近い内にぜひ聴きに行きたい。

この日チェロを演奏している同僚の笑顔を見て、何人もの友人から「ヨットに乗っている時の顔は本当に輝いているね」と言われたのを思い出した。ひょっとしてお世辞ではなかったかもしれないと今更気づいた。人は皆、楽しいことに夢中になっているのがいい。

2005.11.16

−青海苔−

ある朝出社してみると、私の机の上に今年初めまで勤めていた損害保険会社の代理店向け機関誌が広げてあった。その冊子に対するアンケートが挟んである。課長か誰かが頼まれて私にアンケートを出しておくようにとのことだと思い、書いてFAXした。短大で何十枚ものレポートや感想文を書くずっと以前から文章を書くことはまったく苦にならず、と言うか好きなわけでアンケートなんて得意分野だ。だから当然、忘れていた。

そして昨日、会社にフルネームで封書が届いた。「抽選で何名様に図書カードを差し上げます」と言う例のアンケートのお礼だった。そんな機関誌のいかにも面倒そうなアンケートに答える代理店なんてそう多くはなく、しかもちゃんとまめに感想を書く人がたくさんいるとは思えなかったからたぶん送ってくるだろうとFAXした時は思ったし、たった500円の図書カードだけど妙に嬉しかった。これで来月のラジオ英会話番組のテキストが1冊半買えるわけだ。

好きなことが多いってことは世の中楽しいのだ。食べ物の好き嫌いだってない方が体に良いだけでなく幸せを味わえるし、例えば読書が好きなら読書を、スポーツが好きならスポーツをと幅広く楽しめる。

そんなわけでってほどでもないけど、ダイエーのお客様ご意見BOXに投函した。
今まで定期的に購入していた「青のり」が見あたらないのだ。置き場さえなくなっている。お好み焼きや焼きそばに振りかけるあの「青のり」だけど、どこにでも売っている一袋100円の安物じゃなくて、徳島県産の青のりと言う高級品(ったって200円程度なんだけど)を見つけて以来ファンになり、あの青のりじゃなくちゃ嫌だとまで思っている。何と言っても安物のようにガサガサせず、きめが細かく、薫り高い。私的には焼きそばやお好み焼きにかけるより、納豆やとろろに使う方が出番が多い。この青のりは他の安物と一線を画し、乾物コーナーではなく海苔のコーナーに並んでいた。売り場が変わったのだろうと思って広い店内を2周したが見つからなかったのだ。

しばらくたって昼休みに携帯が鳴った。ダイエーの担当者だった。「今、お客様のおっしゃる青海苔を探しています。どのようなものか教えて頂けますか?」とのことだった。自分の所のスーパーでどんな食品を売っているのか把握していないなんてことがあるのかと驚いたが、業者任せで商品が変わるらしい。私がスーパーの経営者だったらすべての商品をパソコンででも管理し、売り上げがわかるようにしておいて人気商品や多くは売れなくても確実に売れる息の長い商品を置くようにするだろう。そんな管理なんてエクセルでだって簡単に出来そうなものだ。

更に何日かして電話があった。「お客様のおっしゃった商品を注文致しました。商品が変わっていたようです。今後陳列するようにしますが数日後には店頭に並ぶと思いますのでどうぞお買い求め下さい。」とのこと。さっそく行ってみると以前並んでいた場所にあの青のりに「お客様のご要望により」と言うカードがついて並べてあった。

だがしかし、3度目の電話。「あの商品は製造中止となってしまいました。現在店頭に並んでいるものだけで以降入荷されません。お早めにお買い求めください。」ダイエーの客の声に対する対応は完璧だったけど肝心の商品について徹底的に分析すればもっと売れるんじゃないかなぁ。さっそく残りの青のりを買い占めに行こう。

2005.11.20

−冬到来−

この前の週末は相変わらずあまりパッとしない天候で、大掃除の変わりに仕方がないからヤカン1個とドア2枚を磨いたら情けないことに筋肉痛になった。(^_^;)北海道の友人からはすでに氷が張り氷点下でおまけに雪だと言う便りが届いたので私もストーブを引っ張り出したが、鹿児島の最低気温は未だ2桁だし高騰している灯油を買いに行けないでいる。

そろそろあちこちから忘年会のお誘い。これがまた本当に「あちこち」で、残念だけど四国高松で開かれるヨット仲間の忘年会には交通費が高くて行けそうもない。代わりに会費2,500円の英会話教室の忘年会に出席するか。仕事上の飲み会は好きじゃないのであとは会社の忘年会(初めてだけど課ごとではなく全員でやるらしい)にひとつ出席しておしまい。

レンタル半額セールだったので、前から見たかった「マイ・ボディガード」のDVDを借りてきて見たがちょっと期待はずれ。映画自体の出来はともかくやっぱりハッピーエンドでなくちゃねぇ。

美味しそうな佐賀産の大きなレンコンが手に入り、キンピラにした後はさみ揚げを作ってみたらとても美味しかった。何となく鶏挽肉にもどした干椎茸と長ネギのみじん切りを混ぜ、塩と胡椒に何となく醤油までたらして丼の中でこねた。小麦粉をはたいたレンコンの輪切りに伸ばして別のレンコンで挟む。想像ではぎゅっと挟んだらあの穴から肉が出てくるのではないかとか、揚げているうちにはずれるのではと心配したが「案ずるより産むが易し」って感じ。塩を振って食べると美味しい。料理の本を見たわけではないからひょっとしたらみんなもっと違うものを食べているのかも。

それから時々タコス、つまりトルティーヤにトマトとタマネギ、ピクルスのみじん切りを混ぜたサルサソースを挟んで食べるがアボガドも美味しいと東京から来た会社の子に教わる。熟したアボガドでアボガドディップを作るわけだが「グァカモーレミックス」と言うスパイスを混ぜれば簡単だと買ってきてくれた。どうやら彼女は東京にいた頃タコス屋でバイトしていたそうで本格派。そのミックススパイスはどうみてもアメリカ製で、年末のハワイでのスーパーマーケットめぐりがますます楽しみなる。ミックスをリサーチして来ようかと申し出たところ、「それよりライオンコーヒーをお願い」と言われてしまった。彼女はバイトで中古車部に居り、カセットしか聞けない私の車に合うCDを解体車かどこかから探してきて付けてもらう約束も交わした。何と整備士の資格をもっているらしい。いろいろと情報交換出来る友達が居るのは楽しいのだ。

そして鹿児島には鶴の飛来で有名な出水(いずみ、と読む)と言う場所があって、今シーズンこそは見に行こうと思い、出水支店の女の子に情報を聞いている。9日に4,566羽だった鶴が4、5日たっただけで倍増したとのこと。よくわからないけど鶴の種類はナベヅル、ナベクロヅル、カナダヅル、マナヅル、クロツルなどで、もう少しすると一万羽以上集まるのだそうだ。雪景色に白い鶴の居る冬の景色はイメージ的にちょっと暗いかも。

2005.11.24

−クリスマスまでひと月♪−

あっという間になんて表現はもうありきたり過ぎるんだけど、ハワイ行きまでひと月を切った。ってことはみなさん、あとひと月でクリスマスってことですよ。Oh,Time flies!

ハワイは暖かいって言うか暑いはず(想像出来ない(^_^;))なので薄着で行きたいけど国内移動が難問。あちらの気候に合わせてジーンズとTシャツ、これにせめてGジャンくらいで行きたいところなんだけど一体アパートを出てJRの駅まで行き、あの遮る物のない吹きさらしのホームで列車を待って、鹿児島中央駅で地下道を抜けてバスターミナルでバスに乗り込むまではどうしたら良いものやら。考えてみると羽田−成田間はリムジンバスに乗るだけなのであまり外へは出ないはず。だけどいくら鹿児島が暖かだからと言ってもねぇ。いっそのこと捨てる予定のフリースか何かを着て行って成田で本当に捨ててしまうとか、スカーフやショールを巻いて我慢するとか、地元の駅まで走っていくとか画期的な案は未だ見つからず。あちらで何か買うでしょと思っているから帰国時のことはまったく考えていない。出来れば帰って来たくないし。ホカロンだけじゃ心許ないしねぇ。

渡米?を前に少しだけ英語の勉強にも熱が入る。週3回放送されるラジオ英会話を録音して車の中とか少なくとも2回ずつは聞いている。これで不思議なことに気づいたのだ。中学1年生向けの基礎英語1★、同じく2年生向けの基礎英語2★★、初級英会話★★★、中級英会話★★★★とこの順番に難しくなるとNHKは言っている。基礎英語1に始まる難易度の★はひとつづつ増えているのだが実際にはそうではない。

基礎英語1は確かに簡単で、あいさつに始まり8ヶ月経った今でも規則的にedを付けた動詞を使った過去形の文などと言う程度である。毎月変わる世界各国の舞台が楽しくてそこはどんなところかわかるので聞いている程度だ。だがしかし、基礎英語1と基礎英語2の間で一体何が起こったのかと思われるほど”2”は難しい。聞くだけでよいと思っていたのだけれど慌ててテキストを買いに走った。中学と高校、少なくとも6年間は英語を学んできたみなさん、「不定詞の副詞的用法」とか「動名詞と不定詞の違い」なんてピンと来ますか?説明出来ますか?だったら「*1 美味しいカレーを作るためにはたくさんのスパイスを使う必要があります。」とか、「*2 私たちは同じ間違いを繰り返すことを避けなければなりません。」なんて即座に言えますか?言えないのは私だけか・・・。

それに比べれば初級英会話は簡単なのだ。「ご注文はお決まりですか?」(Are you ready to order?)、「お待ち頂きありがとうございます」(Thank you for waiting.)なんて具合。中級も初級より多少会話が早くなったり、言い回しや単語が難しくなるだけで辞書を引けばわかるので基礎英語2ほど慌てなくて済む。英会話上級は話題自体が日本語でも難しい。結局私のウィークポイントはやっぱり文法ってこと?!−だよねぇ。

*1 You have to use many kinds of spices to make good curry.
*2 We have to avoid repeating the same mistake.

2005.11.28

−そろそろ師走−

そう言えばその簡単だと思っていた初級英会話の英文。これにもちゃんと不定詞と動名詞が使われていたことに気づく。やはりコトバは「習うより慣れろ」か。単語5、6個の短い文章なら何とかなるんだけどねぇ。・・・

ついに灯油を購入。灯油缶を車に積んでセルフのガソリンスタンドまで行って買ってきた。1178円/18L。前は700円くらいだったのに。さっそく昨シーズン終わりのバーゲンで買った新しいストーブの上でおでんを煮込む。ついに冬が来ちゃったって感じ。早くハワイへ行かなきゃ。ただし灯油と同様、この円安をどうにかして欲しい。

ハワイ前に14ヶ月ぶりで美容院に行った。あまりに毛先が痛んでいたので切ってもらったけど20〜25センチはちょっと切りすぎたかも。だけど未だストレートロングヘアに変わりはない。糖尿病のS氏は病院の定期診断の他、歯医者にも行ってきたそうだ。先に発つもうひとりの友人は小遣いを稼ぐため土曜や祭日も仕事だとのこと。

「私の車、今時カセットしか聴けないんだけど」と言ってから数日後、中古車部の女の子が誰やらに頼み、頼まれた課長が廃車する車から探し出し、中古車部の別の担当が外して動作テストまでしてくれ、ラジオにカセット、CDが着いたデッキが私の手元に届いた。その日の夕方、私の上司がわずか10分で取り付けてくれた。す、すごい。借りたCDを流しながら帰ったのだけれど別の車かって言うくらい良い音がした。そう言えば英会話のテープしか聴いたことがなかった。暗い中今までただの引き出しだった部分のCDのスイッチ類がグリーンに光る。前のディーラーに居たとき車が壊れて社員価格で15万円の車を買ったので友人から「そりゃあボーナスだよ」と言われたのだが今回はCDデッキがボーナスのようだ。本物のボーナスがなくても結構やっていける。気楽な分、派遣の方が良いかも。中古車部宛、ハワイ土産にマカデミアンナッツチョコを買ってくる約束をした。たまには自分の車も磨いてあげないと。

NHK雑誌「英語でしゃべらないと」に「英語が上達する77本の映画」が載っていたけど、私がレンタルショップで次に何となく借りたのはその中の1本「ブリジットジョーンズの日記」だった。新しい作品が出ていたので古い方から見ようかと思ったのだ。良かった。何より面白いし、30才未婚女性の日常生活の日記風言い回しも役に立ちそう。私のベスト映画に殿堂入り。英会話教室の先生オーストラリア人のブライアンは何とこの映画の字幕で「勝負下着」なんてコトバを覚えたのだそう。そんなの出てきたっけ?!雑誌によれば「となりのトトロ」などの宮崎駿監督作品も英語で聞けることがわかったので次回は見てみたい。他のDVDではテレビシリーズ「フレンズ」(60巻)をほぼ見終わってしまったので最近は同じくテレビシリーズの「ホワイトハウス」を見ている。楽しんでいる間にいつの間にか英語が上達したら良いのだけれど、運動しないで痩せるのが難しいようになかなかうまくいかない。

で、年賀状を購入し、パソコンで図案を作り、住所録の整理を終えた。布団を干してシーツを洗い、いつ寒くなっても良いように電気毛布をベッドに設置。あとは年賀状を印刷してもう少し掃除をし、ハワイの近況を調べなくっちゃ!

2005.12.02

−ハワイ・持ち物−

いよいよ12月。
以前から欲しかった深紅のミニシクラメンをゲット。クリスマスっぽいでしょ。ちなみにダイエーで198円。花がひとつとたくさんのつぼみがあったが部屋に置いたら水すらやらないうちに一気に開花。映画は「ブリジットジョーンズの日記」より更に面白い「キューティーブロンド」を発見。映画で英語を学ぶなら絶対にコメディだと雑誌に書いてあったけどそうかも。重い戦争映画など何回も見る気になれないもの。コメディってドタバタ喜劇のことだと思っていたけど最近、「フレンズ」を始めアメリカのコメディがお気に入り。

さて、ハワイ行きの荷物。
■インターネットとFAXで予約した宿泊確認のコピー。それからもちろん■パスポート(残り期間が3ヶ月以上あるもの)。■航空券またはe-チケット。■日本円とドル(この円安はどうにかならないもの?)■クレジットカード(使用期限要確認)。■日本国内往復連絡用のためのいつもの携帯。S氏はまたもや日本と同じ電話番号が使える携帯を借りていくそうだが日本からの国際電話代を着信しても取られるのはかなわない。■電子辞書。■デジカメ(+保存メディアとバッテリー)。■地図やガイドブック。タオルは不要だけど■歯ブラシ。シャンプーやボディソープはいつもみたいにみんなで共用するものをスーパーで買えば良いし。服は最低、■短パンと下着(男性は海パンで代用?)とTシャツが数枚ずつ。長ズボンとクーラー対策の上着は着て行く物でまかなう。ちゃんとした服が必要な状況ってあるかなあ。足りないものはお気に入りの古着屋「グッドウィル」で購入する。あと機内でも使う■ビーチサンダル。

それから私は■ハワイ用メモ帳。特別なものじゃなくて100円くらいの小さなものなんだけどそれに行きたい店の住所や営業時間や電話番号とか、向こうで連絡を取り
たい人の電話番号とか、買いたい物とか覚えておきたいことをいろいろ書いておくと便利。もちろん向こうでもメモ帳や日記代わりに使えるし。それに■筆記用具。これは出入国でも何かと使うからボールペン1本でも持って行くのがベター。あと■バスパスを入れるケース。月末でもバスパス、買えると良いなぁ。ノートパソコンは重いから今回はパス。

ここまでが必須。あとは■誰かに会った時渡すためのお土産。私が個人的に上記に追加するのは■耳栓と■中山式健康器具(これが一番嵩張るかも)、■旅行用の洗濯物干しとロープと洗剤1、2回分。■街着兼用の水着。乾いた機内で使う■スプレーに水を入れた物。

これらを町で学生が使うようなディパック(リュック)に入れる。プラス今年は小さなショルダーバックより便利な腰で使うウエストポーチ?を入手したのでそれに貴重品を入れる。この程度であれば飛行機で荷物を預ける必要もなく、現地でもすぐに入国出来、しかもそのまま市バスに乗れる(大きな荷物を持っていると乗せてもらえない)。ひょっとしたらチェックイン時間前の安アパートに荷物も預けずそのまま観光に出かけても良いかって言うくらいの軽装が便利。おっと空港から市バスに乗るためのきっちり■2ドルの用意。

2005.12.07

−ハワイ・日程−

嵐のような風が吹いて、どしゃ降りの雨かと思えば陽が差して、急に気温が下がったかと思ったらなんと・・・翌朝は雪!
ハリーポッター最新作「炎のゴブレット」を見てきた。良かった。鹿児島中央駅の駅ビル「アミュ・プラザ」の椅子は座り心地も良く、快適。2時間45分にも及ぶ長編だったがまったく飽きることなく、持っていたスタバのコーヒーを飲むのも忘れて見入った。先に本を読んでいれば楽しみは倍増。読んでいない人には少しわかりにくいかも。英会話教室の授業の合間にはハリーポッター談義が交わされた。殆どの人が内容に詳しく、そのうち何名かは原書で制覇している。スネイプ先生は何だか有名な俳優なんだそうだ。私は「ブリジットジョーンズの日記」に、「嘆きのマートル」が出ているのを知っている。とにかく今回は空中や水中など映画にしにくそうな場面が多いのだがそれらも見事に、忠実に描かれている。まだご覧になっていない人はぜひ始めからどうぞ。

で、ハワイの日程を考えてみた。別にツアーでもないので予定通りに行動する必要はまったくないのだけれど、どうやったらより楽しめるか程度の話。誰かに怒られそうだけどやっぱり9泊11日じゃ、足りない。

■23金 午前8時ホノルル空港到着後市バスで安ホテルへ。バスパスを入手し先発の友人と合流後、カハラへ。人の少ないカハラモールでクリスマス飾りを楽しみ、のんびりお茶またはランチ。後、すぐ近くのヘルシーフード店を覗くも良し、1番のバスで生活感あふれるワイアラエあたりに出るも良し。夕方Friday Night Yacht Race。どこかのヨットに乗せてもらおう。

■24土 平常通りやっていればコミュニティカレッジの朝市へ。ここの名物「フライド・グリーントマト」なるものを偵察。それからチャイナタウンを歩き、翌日25日はどこもお休みとのことなので新しく出来た巨大スーパー「ウォルマート」などで食料調達。アラモア・ナショッピングセンターの裏側にはこのウォルマートの他、韓国スーパーも出来たらしい。夜はお気に入りの店が営業していれば生のハワイアンを聞きながら10ドルバイキングを食べるクリスマスイヴなんて言うのも悪くない。

■25日 クリスマス当日はワイキキ以外マクドナルドでさえ休みらしい。テロ事件のためボランティアも出来そうもないので教会を覗くとか、水族館か映画館がやっていれば見て、さもなければやはりワイキキ散策か。有名な市庁舎のクリスマス・イルミネーションはまさかお休みってことはないでしょ。

■26月 明け方から行列が出来るという、年に一度のアフタークリスマスセール。特に下調べをしていないのでアラモアナ・ショッピングセンターやワード界隈を回る。私たちが狙っているのはせいぜいアウトドア用品のウィンドブレーカーやパタゴニアのフリースだけどハワイには不要らしくお目当ての店は軒並み潰れてしまったらしい。

■27火 私たちはトレンディだと思っているんだけど観光客のあまり行かないカパフル通り。楽器屋、雑貨屋、B級グルメ。そのまま北上してワイアラエに出、ハワイ大学近くのヘルシーフード店やスターマーケットへ。夜はそのままココ・マリーナへ出る案も。

■28水 ノースショアへ。ハレイワタウンなど。早く帰ればK−martや新しく出来た巨大電気店を覗くことも可。

■29木 海のめちゃきれいなカイルア。ビーチで寝そべるも、軽くウィンドサーフィンなど借りるも天候次第。カイルアタウンも楽しげ。

■30金 月水金に行われている無料ウクレレ教室にやっと参加?!サンドアイランドのマリンショップあたりへ。夕方再びFriday Night Yacht Race。

■31土 24日に行かれなければ朝市。ほかに行きたかったところへ。生鮮食料品のお土産(ほとんど自分用なんだけど)を買い、カウントダウン。アロハ・タワーあたりが賑やからしい。

■元旦 残念ながら朝10時発の飛行機で帰国。成田着は翌日午後2時。

2005.12.11

−ハワイ・食べ物−

レンタルショップのTUTAYAからDVDレンタルが半額だと言うメールが来たので行ってみると、何と待ちに待った「フレンズ」と「CSI」の新作が旧作料金になっていただけでなく、借りられずにそこにあった。さっそくレジに並ぶとメンバーズカードの更新キャンペーンで無料更新してくれた上にDVDレンタル無料券と割引券までくれた。超ラッキー。

さてクリスマスハワイまであと10日余り。大まかな日程も考えた。旅行の楽しみはたいてい観光や買い物だが、私の場合観光と言うよりもホストマザーや先生、友人に会って話したり、ブランド品ではなく雑貨や食料品や古着を買ったりするのが楽しみ。後は思い切りハワイの空気を吸い込んで風に当たり、自然や海を眺め、ゆったりとハワイアン音楽に浸る。これは別に生の演奏じゃなくてもBGM流れるショッピングセンターの脇の椅子でも構わないのだ。日本でCDを聴くよりずっと落ち着ける。他に楽しみと言えばやはり食べ物だろう。

■まずは「ヤミー・ヨーグルト」。知らなければ食べてもアイスクリーム屋かと思うほどの各種フローズンヨーグルトに好みのトッピングを乗せてもらう。トッピングとは言え生のフルーツやほんの少し煮たイチゴ、砕いたクッキーやチョコチップなどがてんこ盛りされ侮れない。これがすこぶる美味しい。アラモアナ・ショッピングセンター1F。

■もはや日本にもお目見えした「シナボン」。いわゆるコーヒー・ロールなのだが季節限定商品の「チョコ・ボン」や「ピーカン・ボン」などもあり、小型「ミニ・ボン」も捨てがたい。出来れば暖かいうちに食べるのがベター。ここの瓶入りシナモンパウダーを買って帰ったところ絶品。私はカハラモール内に行くがパールリッジなどにもある。

■ちょっとマイナーなんだけど「プリッツェル」。プリッツと言ってもグリコのポッキーみたいに棒状のクラッカーかビスケットのようなものではなくてどちらかと言えばパンに近い食感。細長いパンをねじって腕組みさせたみたいな形で、塩味とかシナモンシュガー味を頂く。確かお財布に10個食べたら1個タダのカードがまだ入っているはず。これも暖かいうちがお勧め。カハラモール内。

■本当にたくさんの店や種類があって迷うプレートランチ。ほか弁と言うよりレストランのお持ち帰り弁当風なのだがもっと豊富でリーズナブル。有名なのがアラモアナ・ショッピングセンター内のフードコートにもある「ヤミー・コリアンBBQ」などのコリアン弁当。まずチキンとかビーフ、カルビなどの肉を選ぶ。肉を焼いてもらっている間にキムチとかモヤシ、豆腐、コーン、マカロニサラダ、青菜などたくさんの種類の付け合わせの中から4種類を指差してチョイス。専用プレートにアイスクリーム2つ分のご飯(2スクープと言う)と注文したお肉、それに選んだ付け合わせがこれでもかって言うくらい盛られる。私はすべてが半分(ご飯1スクープと付け合わせ2種)のミニサイズで充分。普通のサイズで7〜8ドルくらい。他にも中華料理の「パンダエクスプレス」などプレートランチには事欠かない。夕飯はたいていこれらを各自買って部屋でパーティーとなる。

■そうそう朝ご飯にはフレッシュフルーツ。パパイアがお勧め。日本では見たこともないような大きなものがチャイナタウンやスーパーマーケットでは1個1ドルくらい。緑色のものを買って数日置き、黄色くなったら冷蔵庫で冷やして食べるのがベスト。半分に切って種を掻き出し、レモンかライムを搾ってどうぞ。ちなみに私はホストマザーの家の前にライムの木があったのでそれを頂いた。ライムなんて、なんて贅沢!

■とにかくハワイに行ったら日本人好みのポキ。ぶつ切りのお刺身をネギやタマネギ、海草などと一緒に醤油やラー油、塩などで和えたもの。店でも食べられるがスーパーマーケットの量り売りがいろいろ選べて楽しい。マグロの他タコポキなどもある。ご飯のおかずにもビールのつまみにもどうぞ。

おっと食べ物も短期間では食べきれそうもない。

2005.12.17

−マグロとほうれん草−

さ、寒い。日本海側も例年にない大雪だそうだが鹿児島では珍しい雪が毎日のようにちらつき、桜島は冠雪している。今朝はあられの降る中、朝市でダイダイをゲット。ハワイに行く前に何とかポン酢を作って置かなきゃ。今晩はワシントンホテルで会社の忘年会。嵐のような風が吹いている鹿児島で、しかも風雪注意報の中出かけるのはいかがなものか。これじゃ今週末、軽装で空港へ向かうどころか雪に弱い空港が閉鎖しかねない。あー神様。行くことさえ出来れば私は帰れなくても一向に構いません。(^_^;)

さて自分ひとりだけ毎日英語の勉強をしていてもつまらないし、英語はとにかく使うに限るので会社で英語クイズを流行らせている。クイズと言ってもただ日本語を言って英単語を答えるだけなのだがこれが結構面白い。シンプルな方が面白いのだ。

まず手始めに動物シリーズ。犬(ドッグ:dog)や猫(キャット:cat)は「私の事、バカにしてるの?」なんて感じで即答されるのだがこれは前座。ゾウ(エレファント:elephant)やウサギ(ラビット:rabbit)くらいまでならたいていの人は何とかなる。それが馬(ホース:horse)、シマウマ(ゼブラ:zebra、これならボールペンに書いてあるからわかると思うんだけど)と進んでキリン(ジラフ:giraffe)くらいになってくると殆どの人が答えられない。たぶんネイティブなら5歳児でもどうってことのない単語を、中学から少なくとも6〜10年英語の授業を受けた日本人が答えられない。たいていの人はこのことに気づき、愕然とする。何を隠そう私はサイ(ライノ:rhino)で気づいた。

机(デスク:desk)や椅子(チェアー:chair)、鉛筆(ペンシル:pencil)ならみんなわかるのに、日常生活に多く登場するのに答えられないのが「鍋」だ。ポット(pot)と言うとみんな「それは湯を沸かす電気ポットのことでしょ」とポットのスイッチを押すまねをする。「ドンマイ」(「気にするな」ならnever mindでdon't mindとは言わない)みたいな和製英語とか外来語がゴチャゴチャになっている。

野菜シリーズや体の部位は平均点が低い。人参(キャロット:carrot)やサツマイモ(スイートポテト:sweet potato)なら大丈夫なのにカブ(ターニップ:turnip)やほうれん草(スピナッチ:spinach)までたどり着かない。そう言えばカブは宮崎駿監督の最新作「ハウルの動く城」に何度も出て来る。英語で聞けばこの映画では絶対に案山子(スケアクロー:scarecrow、案山子ってスズメじゃなくてカラスを追い払うものだったの?)も覚えられる。案山子の頭がカブなのだ。会社のある子は「ほうれん草」を考えて「ポパイ」と言った。気持ちはわからなくもない。散々考えて「スパニッシュ!」と言う子も居たがそれは「スペイン」のことで微妙?!に違っている。体の部位は惨憺たる物でみんながわかるのは頭(ヘッド:head)と首(ネック:neck)と目(アイ:eye)や耳(イヤー:ear)くらいでほっぺた(チーク:cheek)すらわからない。女の子なら少なくとも化粧品を手に取ったことがあるだろうに、チークダンスくらい聞いたことがあるだろろうに正解率は低かった。かかと(ヒール:heel)に至っては全滅。ハイヒールの意味を何と心得る!?

今までで最高に面白かった答えが魚シリーズである。クジラ(ホエール:whale)やイルカ(ドルフィン:dolphin)くらいはわかるだろうけど、タコ(オクトパス:octpus)がわかってどうしてイカ(スクィード:squid)がわからないんでしょ。鮫(シャーク:shark)を「ジョーズ」とは出来すぎ。それはそうと珍回答は「マグロ」なのだ。ご存じですか?私が知る限り2人が「トロ」と答えて大爆笑!正解はツナ(tuna)である。決してあの缶詰のことだけを指すわけじゃないのでお間違えなきよう。

2005.12.23

−出発前−

その土曜の夕方、雪がちらつく中で15分もバスを待っていつもの3倍の1時間半も渋滞のバスに乗り会社の忘年会に出席。55人もの大宴会の席順はくじで決められ、隣の席の日頃話したことのないサービス部部長とマリン談義に花が咲いた。彼は釣り雑誌に記事を書いているらしい。丸テーブルでの中華料理。ラッキーなことに抽選でジャムとラスクのセットが当たり、紹興酒までお土産にもらって一次会で早々に帰宅。本格的な雪だった。日曜の朝は寒さで目が覚め、5時半にストーブをつけてまた寝た。近頃寒くてヨーグルトの出来も悪い。今年最後の掃除のために開けた窓からは冷凍庫を開けたみたいな冷気が入ってくる。洗濯物も氷のように冷たい。ここってホントに鹿児島なの?!早くハワイへ行かなきゃ。昼になっても日陰にはわずかに雪が見える。そしてポン酢作り。1個50円のダイダイ8個で650CCの果汁が取れ、結局2Lくらいのポン酢が出来たがいつも1年以内に使い切ってしまって、なかなか美味しいと言われる3年物にならない。ダイダイが八百屋にお目見えするのはほんの年末だけなので来年こそは大量に作ろう。

で、年賀状印刷。今年プリンタが不調だったために買い換えて機種が変わったので多少の不安が残るものの今年は限定発売の光沢紙年賀葉書をゲットしてある。印刷スピードは確実に上がっていた。来年用の図案はハワイのダイアモンドヘッド上から望む私の大好きな灯台ときれいな海。印刷しながらガス台でベーコンの燻製。部屋の中はダイダイの酸っぱい香りから一挙燻製の香りに変化。そしてハワイ準備。ここで考えると「とりあえず長袖も1枚」と言う気になるがインターネットのライブカメラを見た友人が「みんな水着か短パン&Tシャツで誰も長袖のヤツなんかいない」と言っていたので荷物は先日リュックに入れた短パンとTシャツで良しとする。それよりハワイの知り合い達に「予定通り行くよ」と言う英文メールを出さなきゃならない。インターネットで行きたい店のクーポンも印刷したい。だがしかし、プリンタのインク切れ。石油ストーブの灯油も切れて補充。仕方なく車でインクを買いに行く。超、さむい。

そして今週、友人の一人が私の二日前に東京経由でハワイへ発った夜、再び雪。しかもびっくりするほどの大雪と嵐だ。Tシャツとウィンドブレーカーにホカロンを貼り付けて出発した友人から「国内線の飛行機の中は暖かだし飛行機も大丈夫だったよ」とメールが来た。国際線がわずかに遅れているだけのようだ。だがその頃南国鹿児島は大変なことになっていた。なんと暴風雪と波浪の警報が出ている。台風のような風の音が恐ろしい。注意報じゃなくて警報だった証に、翌朝は88年ぶりだか観測史上初だかの雪がわんさと積もっていた。もちろん空港も閉鎖。鹿児島市内で10センチの降雪だそうだ。もっと積もっているように見えた。車にヤカン1杯のお湯をかけるも効果なし。まだまだ降り続いている。何とかいつものように車を出したがアパートを出たとたん動けなくなった。大渋滞だ。幹線道路に出る前なので道幅が狭く行き来も出来ない。従って引き返すにも引き返せない。そのまま殆ど動かない状態で1時間半が経過し、しびれを切らした私は「100メートルも動いていないので次の曲がり角でいったん帰ります」と課長にメールを打ってアパートに引き返した。ニュースでは10センチの積雪記録が11センチに塗り替えられていた。翌日は出発だしとりあえず洗濯して部屋に干し、英文ノートなどを眺めてから再び出勤にチャレンジ。雪は上がり青空も見え始め、冠雪した桜島がくっきりとしてきれいだ。原付で通勤しようとして2度も転んだ挙げ句エンジンが止まり、諦めて引き返したなんて同僚も居た。仕事の書類も遅れていた。そして何とか、今年最後の仕事終了。課長の「思い切り遊んでいらっしゃい」の一言が嬉しかった。帰りに年賀状を投函する。アパートの部屋は冷え切っていて時々「ドカン!」と地響きがするのは屋根の雪が落ちているのだろうか。

そして今日。雨上がりの空はうっすらと晴れ、雪は残っているものの気温も上がるそうだ。あとは燃えないゴミ捨てさえしたらハワイ。飛行機さえ飛んでくれたら言うことはない。みなさま、行って来ます。メリークリスマス!そして良いお年をお迎え下さい。

2006.01.03

−ホノルル帰京 1−

ホノルル空港に着いて、「ただいま」と言った。思い切り快晴。やっと帰って来た。寒いのか暑いのかわからなかった。昨日までの厚着をしなくて良いのが何だか心許なかった。残念だったこと。バスパス(バスの1ヶ月定期券)が12月も残り10日を切っていたので売っていなかったこと。お気に入りのレストラン「ウィローズ」はホリデーシーズンで、いつもの生バンドを聞きながらの10ドルブッフェがやっていなかったこと。そしてクリスマス柄のグッズが、着いた時にはどこももうとっくに売り切れていたこと。そんなものであとは最高だった。これはもうすでに観光なんてものじゃなかった。帰京である。
そして1月2日午後2時、成田空港の気温は何と摂氏4度でしかも雨、鹿児島は5度だ。ホノルルとはたぶん20度以上違うはず。凍えそうだ。私は再び「仮の姿」に戻ってしまった。

12月23日(金)・到着日:カハラ−ワイアラエ
まだまだ雪の残る鹿児島を出発。あちこち体が痛く不調だし、前日の雪で交通機関も乱れているのでさっさとアパートを出る。ストーブと、ホットカーペットと、ガスの元栓を3回くらいずつチェツクし、電気のコードを引っこ抜いた。デイパックを肩にかけてJRに乗る。TシャツとジーンズにGジャンで寒くなかった。背中のホカロンが暑いくらい。鹿児島中央駅で空港行高速リムジンバスに乗る前にマッサージを受ける。飛行機でぐっすり寝なくちゃいけないし。高速道路は空港から先は雪のため通行止めだった。アブナイ、アブナイ。マッサージのおかげかバスで熟睡。一足先に出発した友人の薦めで1本早い国内線に乗れないか鹿児島空港で掛け合う。羽田到着から成田発まできっかり3時間は忙しいらしい。幸い空いていたので1本前で羽田へ飛んだ。時間もあるしそう言えばお昼も食べていないので空港で成田行きのバスを待ちながら昼食。リムジンバスもインターネット予約していたけど早い時間に変更してもらう。鹿児島には売っていない万世のハンバーグサンドウィッチとフォーションのアップルティーを購入。念のため風邪薬を飲んだせいか再びバスで熟睡。成田は思ったほどの混雑はなかった。東京に住むS氏と合流し、少し機材遅れだったJALに搭乗。ラッキーなことに2人で3人席を使う。19席の空きだそうだ。特別食(彼の場合は糖尿病食)をお願いしていたS氏の食事も彩りよく美味しそうだった。着替えて、耳栓を使ってとにかく寝た。行きはたった5時間半しかない。到着は12月23日の朝8時。時差の得した気分は帰りにしっぺ返しされることは考えない。

一足先に到着していた友人が空港まで迎えに来てくれた。とにかく体が気温に慣れず、長袖のTシャツにジーンズでも暑くなかった。青い空と風がすがすがしい。市バスに乗りアパートのようないつものホテルにチェックイン。いきなり英語を使わなくちゃならなくてもうろうとした頭が回らない。友人はシングルルームを引き払い、3人で予約していた大きな部屋(一応スイートルームと呼ぶ)に荷物を置く。りっぱなホテルと違って朝でも部屋に入れるのが嬉しい。ABCストアで観光客用の4日間バスパスを購入($20)しそのままカハラへ向かう。ツーリストパスパスは4日たったらまた買わなくちゃならないし大きさも大きくて不便だ。次回は誰かに頼んで1ヶ月用の本物の?!バスパスを買って置いてもらおう。

夢に見た真っ青な空だ。混雑していないカハラモールをぐるりと歩きながら、ハワイのあの香りと音と雰囲気を味わって深呼吸した。ここはのんびり出来ない私が一日中ボーッと出来る場所のひとつなのだ。有名なポインセチアの鉢植えを積み上げたクリスマスツリーを見あげ、高速道路を挟んで対岸のウメケマーケットでランチ。ここ一、二年で出来たヘルシーフード店(自然食品を扱っているスーパー)で私は$3.5のシーザーサラダを食べる。S氏はヘルシーな野菜や豆腐を使った弁当、もう一人の友人はカウンターでブァッファローバーガー(ビーフ)を注文。カハラモールに戻ってロングス・ドラッグスなどで買い物。シナボン(コーヒーロールの店)でミニボン(小型サイズ)もゲット。1番のバスで懐かしのハワイ大学(UHと呼ぶ)近くへ。もう一軒のヘルシーフード店「ダウン・トゥー・アース」を覗いてから夕方再びバスでアラモアナへ戻った。バス停は少し風が強く肌寒いほどだ。夕食を買いにアラモアナS.Cのフードコートに立ち寄りフード・ランド(スーパーマーケット)でミネラルウォーターも買ったが、なんとこの日ショッピングセンターは11時まで営業すると聞いて買い物袋を下げたまま見て回る。夕食は部屋で。私はお決まりのヤミー・コリアンBBQで照り焼きチキンのミニプレートを購入。選べる2種の野菜はどちらとも青菜炒め(菜の花)、つまりダブルにした。美味しい。ワンスクープのライス付。ミニプレート(半量)で充分だ。ホストマザーに電話する。ご飯でも一緒に食べようと言っていたのだ。クリスマスの教会のミサに誘われた。どこか教会にでも行きたいと思っていたのでもちろんOKする。そのままベッドに倒れ込んだ。

2006.01.07

−ホノルル帰京 2−

時差ボケか疲れか異様なほどの早寝早起きが続いている。だがしかし、日本は鹿児島でさえ寒過ぎる。寒くて肩が凝る。すでに「ハワイへ戻りたい病」発病。

12月24日(土)AM:KCC朝市
インターネットで知り合ったハワイ好きのククイナッツさんの勧めでKCC(カピオラニコミュニティカレッジ)の朝市へ行ってみるとにした。毎週土曜の朝7:30からオープン。ちょっと寝坊したけど朝ご飯は友人が買って熟させて置いてくれたパパイアやパイナップル、マンゴー、龍眼などのフルーツをホテルで食べ目を覚ます。今回の滞在中毎朝新鮮な果物を頂いた。朝食はこの程度にしておいて何か美味しそうな物を見つけたときに少しずつ食べようと言う作戦だったがあまりに楽しくて食べるどころじゃなかった。何より果物で充分だった。新鮮なフルーツと毎日の過激なほどの徒歩で体調が良い。

ダイアモンドヘッド登山口そばのKCCに小さな白いテントが並んでいた。クラクラするほど良い香りのコーヒー、新鮮な野菜や果物、鮮やかな花などどれもこれも楽しそうだ。一通り見て回る。毎回少しずつ店が変わるらしい。私はジンジャーシロップの店で足を止めた。小瓶とそれより大きなペットボトルサイズのシロップを売っていた。私は以前、煮詰めて部屋中を生姜の香りで充満させて同じようなものを作ったことがあったのだ。ここではジンジャーソーダも飲ませてくれるらしい。寒くはなかったけど何か温かい飲み物が飲みたかったので躊躇していると「ホットティーも作りますよ」とのこと。さっそくお願いする。おちょこ2杯分くらいのジンジャーシロップにお湯を注ぎレモンを搾る。美味しい。風邪や喉にも良さそうだ。さっそく一瓶購入。ちなみに小瓶$7、ペットボトル$14。これ以来、私はすっかりジンジャーフレーバー好きになる。友人は果物屋さんで何やら怪しげな果物を試食していた。「チェリモヤ」と言う。黄緑色の、何やらゴツゴツした物体で果肉は白。ペルーから来た果物だそうで私も食べてみると味は西洋梨に似ている。もう少し甘く、シュガーアップルくらいの甘さか。梨と言う人もバナナと言う人も居るよと店員。友人は小ぶりのものを$2ほどで買った。今度は蜂蜜を売っているところでスターフルーツに何やら振りかけ状のものがまぶしてあるものを差し出された。「えっ?!」二度聞き直した。何と花粉だそうだ。役に立たなさそうな単語だと思っていたんだけど、たまたまpollenと言う単語を知っていて良かった。小さな瓶に入れて売られている。色とりどりの小さな粒が入っていた。当然、花によって花粉の色が違うわけだ。そんなに味がするものではないが後で聞いた話によるとマラソンランナーなどがエネルギー補給だか持久力アップのために食べるのだそうだ。友人はこれも購入していた。バニラアイスクリームにかけて楽しむのだそうだ。確かにカラフルで楽し気である。

少し小腹が空いたので友人と半分ずつホットドッグを食べてみることにした。これがまた美味。と言うか、こんなにリアル?!なソーセージを食べたことがなかった。ガブッと噛むと歯ごたえ良く肉汁が口の中に広がる。ソーセージと言うより肉だ。パンに、グリルで焼いているソーセージかハンバーグを挟むだけの店なのだが人気があった。ノースショアの牧場が出店しているらしい。ちなみにソーセージはスパイシーとそうでないものの2種類。テーブルにはマスタードとケチャップ、ピクルスのみじん切りが置いてあり好みで挟む。実はここには雑誌で見た「グリーン・フライド・トマト」なる店を見たいと思って来たのだがこの日はあいにくバケーションだと入り口の案内カウンターで聞いた。だが十二分に楽しめた。スーパーマーケットではさほど必要のない会話もファーマーズマーケットともなると話すことで楽しみが何倍増もすることを改めて痛感。少しは勉強した甲斐があったかと思うと嬉しかった。ちなみに入り口あたりの教会には車椅子でも使えるきれいなトイレもあり、便利。

2006.01.11

−ホノルル帰京 3−

鹿児島の風物詩、「菜の花マラソン」を見に行った。菜の花咲く池田湖の周りや海沿いを走る一大イベント。仮装あり、芋やバナナ、豚汁や飲み物などの差し入れありでなかなか楽しげだが何と言っても42.195キロのフルマラソン。とても出る気にはなれない。会社などの知り合いが全部で20名も出ると聞いて応援に行ったわけだ。優勝を狙うと言うより「疲れたら歩く」程度の気楽なマラソン。応援者と挨拶を交わしたり立ち話なども見かけた。1万人を超す参加者でなかなか知り合いの見分けがつかない。晴れて良かったけど、風が吹くとやっぱり寒い。

12月24日(土)PM:チャイナタウン−ワード−アラモアナS.C
そのKCC朝市を見た後、ワイキキ方面へ戻るバスでそのままワイキキを通過してチャイナタウンへ向かう。美味しいフォー(ベトナムの麺)を食べさせる店があるのだ。結構店休日が多く友人達は今回が初めてだとのことでここでお昼。少し並んで店に入る。やはりここのフォーは最高だった。スープが絶品。レギュラー(スモールサイズ)、ミディアム、ラージの3種類の大きさがあり、私はレギュラーサイズでしゃぶしゃぶみたいな生肉を別盛りにして自分で投入するタイプを選んだ。$4.50。友人が頼んだ牛の腱が入ったフォーもコリコリした歯ごたえが良くコラーゲンが体に良さそうだし美味しかった。この腱を何と英語でTENDONと言う。天丼、覚えやすいでしょ。調べたけどちゃんと辞書にも載っているのだ。例のごとく山ほどのモヤシやスィートバジルを入れて食べた。それからチャイナタウン散策。市場は凄い活気。クリスマス用にダックを購入。北京ダックと言うヤツだ。実は私、クリスマスには七面鳥を食べるものだと思っていたのだけれど本来七面鳥はクリスマスより以前の感謝祭の食べ物で、クリスマスには主にハム(クリスマスハムと言って蜂蜜が塗ってあるらしい(^_^;))を食べ、家庭によってチキンやビーフ、ラムなどを食べるとのこと。それじゃあと私達はダックにしたのだ。周りが飴色でパリパリの皮をしているダックは半身で$7。結構人が並んでおり、好みで細かく切ってくれる。中国語が飛び交っている。切り株のようなあの中華のまな板の上で巨大な包丁を使って骨ごと叩き切ってくれる様は豪快。他の店で大好きなジャスミンティーのティーバック100袋入りたったの$2.50を見つけ、S氏と一緒に購入。お茶なら彼の体にも良い。そうそう3人とも日本から荷物を入れてきたディパック持参。買い物には便利。そのままディスカウントショップ、ロス・ドレス・フォー・レスでDANKY SPORTSの黒いカットソーとトミー・フィルフィガーの短パンをゲット。カットソーは胸に黒のビーズでロゴが入りおしゃれ。どちらも約$16。昨日今日と二日間回ったけどクリスマス柄のアロハやペーパータオルなどの雑貨はあまり見ることは出来なかった。サンタ柄のアロハシャツは3週間前でも入手困難だったと言う話を後で聞いて驚いた。クリスマスに対する思い入れの違いか。クリスマス用品を購入したい人は11月末の渡航をお勧め。

バスでワード地区へ戻る。クリスマスイブで営業時間は夕方5時までとのこと。新しく出来たスポーツ用品店などを覗いてスターバックスでお茶する。ホリデースペシャルの中から「ジンジャーブレッドラテ」を注文。クリスマス用の赤いコップに入ったラテは生クリームにスパイスを振ったカフェオレで私のお気に入りとなり、滞在中にあと3回飲んだ。ワード地区を散策し、ジップロック容器付きリバーシブルクリスマス柄お弁当箱包み$10とエグゼクティブシェフで計量カップの小型版オンス単位の計量おちょこ購入。日本とアメリカではと単位が違うためカップ1杯の容量が40mlも違うのだ。

それから新しく出来たスーパー、ウォル・マートへ行ったが15分で閉店。ちなみにここは平常は午前9時から6時まで。それでも私は大好きなラウハラで編んだカゴバックをゲット。友人は明日教会へ着ていくための襟付き正装、つまりアロハ・シャツを購入。それからダイエーでまぐろのポキ(刺身とネギ、醤油などの和え物)とタコのスモークを量り売りで買い、先ほどのダックと友人がワインショップで買ったワインを開けて部屋でクリスマスパーティー。S氏はサラダとご飯にダックの脂身がないところ。翌日の待ち合わせのため再びホストマザーに電話。友人は留学した時のクラスメートに電話して(こちらは日本語だから良いけど(^_^;))食事の約束を取り付けた。ウキウキ気分満載!

2006.01.15

−ハワイ帰京 4−

会社で鏡開きのぜんざいが作られた。長いOL生活初めての経験。大きなお供え餅の中から、個別に包装された普通の四角い餅が何十個と出てきた。給食の時使われるような巨大な鍋で総務の女の子が朝から小豆を煮てくれた。各自勝手に台所のガスコンロの網の上で用意されている餅を焼き、お椀に入れ、とろ火で暖められている小豆を注ぐ。餅だけ食べたい人のために醤油と海苔まで用意されている。餅好きな人は3つ4つと食べる。私は3日間、弁当に加えて毎日餅ひとつと小豆を食べてしまった。何とかカロリーを消費せねば!

12月25日(日)AM:教会でのクリスマスミサ
この日、3日目から更に加速度的に日本人の観光とは無縁の旅になる。従ってどうしても英語で話さなければならず、当初の「英語を話そう!」と言う目的は見事に叶えられた。そうそうハワイの機関誌にのっていた「ボム・ワンダフル」と言う、キャメロン・ディアスが毎日飲んでいる100%ザクロジュースを見つけて朝食時に飲み始めた。4ドルいくらかで少し高め。スーパーマーケットの冷蔵庫にひょうたん型の透明ボトルが売っているのだがザクロの他にもいろいろな味があるようだ。pomegranateと言う単語に初めてお目にかかる。ザクロは女性の体に特に良いと聞いたことがあったのだ。美味しいが濃いのでそうたくさんは飲めず、毎日少しずつ滞在中2本を消費。そしてこのジュースといつものフルーツで朝食を済ませ、バスを乗り継いでホストマザーと約束した教会に向かう。私は一応紺色無地の「どんなときでも便利なドレス&半袖カーディガン」を着、友人達はアロハシャツにスラックスと言うハワイスタイルの正装で約束の10:15より少し早く教会の前に到着。何やら人が出入りして慌ただしい。さて、どうしたものか。

教会の前のベンチに座っていても仕方ないので入り口で飲み物とクッキーを並べていた男性に声をかけてみることにする。「Dianneをご存じですか?」彼は作業の手を止め、中にいたホストマザーと引き合わせてくれた。ボーイフレンドのグレッグも一緒だ。久しぶりの抱擁、つまりハグ。薄暗い教会の中はクリスマスの飾り付けがしてあり、何やら舞台のようなものまであった。映画で見たような横長なベンチ。前から2列目に5人で並んで座る。

帽子をかぶり司祭の服をまとった神父様が長い説教をするのかと思いきや、いきなりアロハシャツの男性がギターを抱えて現れ演奏を始めた。その後歌有り、子供達のフラダンスあり、さながら楽しいショーを見に来ているようでびっくりした。舞台にみすぼらしい格好をし、ひげを伸ばした男性が現れた。名前をシルヴァと言う。同じくみすぼらしい奥さんも登場。そのシルヴァ家にヤマモトと言う日本人の客も現れ浴衣で怪しげな踊りを披露。後から知ったのだがシルヴァはポルトガルで多いありふれた名、ヤマモトは日本を代表する名を意味していたらしい。その男性が人種をサラダになぞらえ、きゅうりやレタスやトマトをひとつのドレッシングで和えて美味しくすると言う話をした。ドレッシングは神なのだそうだ。子供にも、私たち英語を母国語にしない者にもわかりやすい話で「人種を超えてみんなで仲良くしよう!」と言うかけ声に参列者は一斉に応えた。そして入場の時に渡された歌詞カードを見ながら、私の大好きな映画「天使にラブソングを」に出て来る歌やクリスマスソングをみんなで合唱。「こんなんで良いの?」と目からウロコのクリスマスミサだった。今回の旅で一番の経験だったと思う。この時期に行くのだからどこかの教会でも覗いてみようとは思っていたもののダイアンが誘ってくれなければいつどこに行って良いかわからなかった。彼女は彼女で言っていることが理解できるかと心配してくれていたらしい。本当に良い経験だったとお礼を言った。

終わった後、「どうせクリスマスで店はほとんどやっていないから私たちと一緒にランチしましょう」と言う申し出を有り難く受けることにし、ダイアンやグレックがあちこちの知り合いと挨拶を交わしている間、言われたとおり入り口のクッキーを食べて待った。これがまた素晴らしく美味しいクッキーだった。

グレッグの車に乗ってすぐ聞いた。「一体神父さまは誰なの?」何とみすぼらしい格好のシルヴァが神父様だったらしい。本当の名前は日系の名前で、みすぼらしい格好の奥さんも彼の本当の奥さんとのことだった。最初から最後まで、日本によく見られるような挨拶ひとつ無かった。

2006.01.19

―ホノルル帰京 5―

12月25日(日)お昼:消防署−ジッピーズ
「食事をする前にちょっと寄っても良い?」「もちろん。」クリスマスミサでゴキゲンな私たちは更に楽しくゴキゲンなドライブを楽しんだ。またまた快晴である。ここに住んでいるダイアンでさえ、ここ何日間かの天気を「絵はがきのような」と表現した。年末年始のこの時期、運が悪ければ毎日のように雨が降るらしい。結局私たちが雨に遭ったのは帰国日の早朝だけ。しかも車で送ってもらったので何の不便もなかった。

クリスマス当日はどこの店もやっていないというので、私たちは唯一店が営業しているワイキキをブラブラするくらいしか手はないと考えていた。それが教会のミサに参加できた上今度は、消防署を見学出来ると言う。何とこれから立ち寄る先はグレッグの息子の勤務先、つまり消防署で、クリスマスプレゼントを届けに行くと言うのだ。ファイアーファイターズ、つまり消防士と言うのはあちらでは憧れの職業であり、日本より評価が高い気がする。「数分で着くよ」と電話を入れて置いたので息子のケオラが迎えに出ていた。ダイアンの家にいた頃会ったことを覚えていてくれたようだ。本物の消防署の中なんて日本でも入ったことがない。

「ここから先は入れません」なんてケチなことは誰にも言われず、案内してもらった。あちらの消防車は皆黄色だ。「日本は赤いよ」と言うと「昔は赤だったけど夜は黄色の方が目立つので今では全部黄色だよ」と言いながらピカピカに磨かれた赤い消防車も見せてくれた。確かに今の黄色の車両と比べるとアンティークである。ドアまで開けて「座って写真を撮れば?」なんて言ってくれる。そのうち上司が出てきた。自己紹介の後、立ち話。4人体制で24時間勤務なのだそうだ。話しているうちに救急車が出動した。火事ではないのでケオラは行かなくて良いらしい。写真を撮り、挨拶をして再び車に乗る。

「もう一軒寄りたいところがあるんだ。」「どうぞ、どうぞ。」今度は丘をどんどん登っていく。見晴らしが更に良くなった。グレッグの友達の家だそうだ。庭には大きなモーターボートが置いてあった。瓦葺きのような、日本家屋みたいな家だ。庭先で彼らが話している最中、私たちは景色を堪能した。もちろん花々が咲き乱れ、光った海が見える。グレッグは「あーお腹が空いた」と戻ってきた。クリスマスに唯一営業している店「ジッピーズ」へ行く。カハラの、私が滞在していたホストマザーの家の近くの、レストラン併設のジッピーズだ。一緒に話せて楽しめるならジッピーズで充分。

本当にどこもやっていないと見えて待合い席には長い列が出来ていた。レストランコーナーで食べるのはやめにしてテイクアウトを買い、テーブルで食べることにした。私はダイアンと同じ「フライドチキン弁当」、グレッグと友人はホリデースペシャルメニューのラムカレー、S氏はサラダとサイミン(スープに入った麺)。チキンは揚げたてでとても美味しかった。いつものようにダイアンは健康のために皮を外して食べ、グレックはしかられながらもその皮を盗み食べている。

以前私が滞在していたダイアンの家がそのジッピーズから見えた。「ほらあそこ、大きな木が見えるでしょ。その左。」彼女はどこか学校の先生だと言う人にその家を売り、今では別のアパートに住んでいる。「ケオラが新しく建てていると言う家は今のあなたの家のそばなの?」と聞いてみる。「そうよ。パンチボールのそば。後でグレッグに見に行きたいって言ってみれば?」彼女は私にウィンクして見せた。

2006.01.23

−ホノルル帰京 6−

なかなか25日が終わらないけど・・・

12月25日(日)PM:パンチボール−ワイキキ−映画
そしてお昼を食べ終わり、ダイアンと私の思惑通りグレッグの運転で再びドライブすることになった。今度はグレッグの息子ケオラの建てている家を見に行くのだ。ハイウェイに乗り、パンチボール方面へ。その家はやはり眺めの良い丘の上にあり(どうしてこうも皆家の間取りや豪華さではなく、眺めに執着するのか。日本ではこだわりたくとも眺めまでは望めないのか。)、崖をブルトーザーで削って1階部分を車庫にした木造建築の家で骨組みまで完成していた。なかなかりっぱな家だ。このあたりは駐車スペースがないのでガレージには3台分の車を停められるようにするのだとダイアンが説明してくれた。ケオラは独身で、確かまだ20代のはずだ。物静かな好青年である。父親であるグレッグは現在アメリカ本土のラスベガスに住んでいる。今はいつものようにガールフレンドのダイアンのアパートに滞在しているのだろう。私が彼女の家に居た頃、グレッグが来るとご飯を食べに誘ってくれたものだ。息子の家は春には完成するらしいので今度来るときには泊めてくれるように交渉してみよう。またダイアンは「良い彼女を探しているのよ」とも言った。もう少し若ければ立候補するんだけどなぁ。

車に戻り、すかさずダイアンから「パンチボール、行ったことある?」と聞かれて「yes」と答えたのは私だけだったので、「近くだから寄りましょう」と言うことになった。大昔母とツアーで来て連れて行かれた。ツアーでは良く立ち寄る有名な場所だ。確かに友人達はツアーでは来たことがないので行ったことがないらしい。パンチボールとはcemetery、つまり共同墓地である。日本のお墓と大きく異なる点はまず、土葬のためスペースが広く墓石が建っていない。そして日本のような白や黄色の菊ではなく赤やオレンジ色の原色の花が飾られていて華やかだ。つまり広々とした芝生の公園のようなところに点々と地面に直に花瓶などがおかれて花が活けてあるのだ。たまたまcremate(火葬する)と言う、絶対に使いそうもない言葉を知っていたため日米のお墓の違いについて話すことが出来た。(^_^;)見晴台と言うか町の景色が眺められる遊歩道で気持ちの良い天気と眺めを堪能し、そこから見えるダイアンのアパートも確認し、写真など撮って帰途につく。グレッグは私たちをホテルまで送ってくれた。「滞在中にまた会って食事でもしましょう。いろいろ話したいし。」とダイアン。誘われたのも嬉しかったけど、日本語のまったくダメなダイアンが「私と話せる」と思っていることが、つまり意思の疎通が出来ると思っていてくれたことが更に嬉しかった。

一旦部屋で着替えてワイキキに繰り出すことにする。クリスマスでワイキキ以外はすべて休みなのだ。車の中でダイアンに聞いたホテルなどのお勧めクリスマスツリーを見学して歩く。各ホテルやショッピングセンターが競って飾り付けしたツリーはとてもきれいだ。中には雪景色に木々を植え、ジンジャークッキーで作った建物を配し、電動のちいちゃな汽車を走らせているホテルもあって見応え充分。噂によるとこのクッキーを食べてしまう人も居るとか。

夜は、疲れて足が痛いと言うS氏と別れもうひとりの友人と映画を見に行くことになった。初体験である。とにかくバスでワードへ行く。ワード・エンターティメント・センター内のワードシアター16と呼ばれるここが一番新しくきれいなはずだ。映画館以外どこもやっていないかと思ったのだがすぐそばのサンドウィッチなど売っている店が営業していた。とにかく先にチケットを買わなくちゃ。私たちは日本ではまだ上映されていないディズニーの新作、「ナルニア国物語」を見ようとしていた。いろいろ考えた挙げ句、ディズニーならわかりやすいだろうと思ったのと、何より大好きなナルニアだ。先取りと言うのも気持ちがよい。チケット売り場(らしい(^_^;))には列が出来ていた。列の先には日本のディズニーランド入り口のようなガラス越しにチケットを買うブースが並んでいる。そこに座っているオペレーターの女性達はマイクを着けている。ちょっとやっかい。マイク越しの会話は直接話すより難しい。どうやらすべての映画のチケットをここで買うらしい。何と言おうか考えるまでもなく私たちの番になる。映画の題名を言う。「ナルニア」はそのままでは通じず、「ナァニア」くらいの発音でないとダメなのをエクスチェンジ相手のクリストで思い知っていたので何とか通じた。事前にインターネットで上映時間を調べてあったので20:10の映画があるはずだ。だがしかし不思議なことを言っている。どうやら前の映画は始まったばかりなのだが席が殆ど空いておらず2人並んで座れないと言っているようだった。「いいの、いいの。私たちはその前に夕飯を食べるんだから。」と心だけでつぶやいてOKした。

値段はひとり8ドルいくらか。日本円に直すと1,000円ほどだ。これが日曜日の夜ではなく、平日の昼間になると更にぐっと安くなる。日本の価格ももう少し安くならないものか。それにハワイではワイキキのビーチで毎週無料の映画も上映されている。後から聞いたのだがダウンタウンのレストランでは50セントで数ヶ月遅れの映画も見られるらしい。いいなぁ。さて私たちは階段を下りてサンドウィッチ屋へ入り、ポッチギースープ(ピリ辛ポルトガルソーセージの入ったトマトスープ)とサンドウィッチをオーダーして慌てて食べ、映画館に入る。システムは日本と同じだけどもの凄い数の部屋があって迷いそうだ。どおりで上映時間が1時間ごとになっていたはずである。ひとつの映画が終わる前に別の部屋で上映が始まるのだ。席は決まっておらず、私たちは見やすそうな席を確保した。体の不自由な人しか座れない席もある。座席は大きくスペースもあって快適。予告編で大好きな「パイレーツ・オブ・カリビアンU」の宣伝を見て興奮した。

映画は楽しかった。日本語で何十回も読んだ物語だけあってだいたいわかった。日本でのロードショーもぜひ見に行こう。
私たちはどうせバスはなかなか来ないと踏んで徒歩でホテルに戻った。S氏は007の映画を眺めていた。ハワイに着いてから1日2万歩くらいは歩いているのでベットに入ったときにはもう意識はなかった。

2006.01.27

―ホノルル帰京 7―

12月26日(月)アフタークリスマスセール
この日は楽しみにしていたアフタークリスマスセールの日。後から知ったのだがイギリスやオーストラリアでもこの日はボクシングデーと言ってやはりバーゲンセールの日らしい。ショッピングセンターは早朝から長い列が出来ていると噂には聞いたけど、かと言って何の情報もなく、実際に並ぶと言ってもどこに並んで良いのかもわからず、第一何が欲しいかもわからないので、とりあえず私たちはいつものようにパパイヤやマンゴーの朝食を取り、アラモアナS.Cに行ってみる。確かいつもより少しは早くから営業しているはずだ。

第一どこの店のどんな商品がバーゲンになっているかがわからない。案の定ブランドショップなどは通常どおりのようだ。手始めにクリスタルガラスで有名なスワロフスキーや、軽くて洗える便利な布バック屋のレスポート・サックに行ってみたがいつもと変わらなかった。スワロフスキーでクリスマスオーナメントとして売っているクリスタルの雪だるまなどがバーゲンになっていたくらい。可愛い服を売っているシナモン・ガールもセールになっていたのはクリスマスオーナメントなどの商品のみ。それじゃあとちょっと目をつけていたキッチン用品店のウィリアム・ソノマで雪だるま柄のマグカップとボールを見に行ったのだが時すでに遅し。レジには長い列が出来ていて何と気前よく半額になっていたそれらのクリスマス用ラインナップは完売。(^_^;)なるほど。

友人に付き合ってシンプルな服を売っているバナナ・リパブリックに行き、上質の黒いTシャツ(36ドル→16ドル)、パーティーで着られる黒の袖無しブラウス(胸の部分が菱形に空いていてクリスタルのホックで留めると言うちょっと変わったデザイン)を半額の40ドルほどで購入。このブラウスは小さく畳めて旅行に便利だと思っただけなのだが後で見たらシルクだった。

私たちはアラモアナS.Cに新しく出来た本屋「バーンズ&ノーブル」の次に、ワードセンターの「ボーダーズ・ブックス&ミュージック」で待ち合わせた。待ち合わせにはブックストアが最適。CDも売っているし、どちらもカフェ併設だし。ランチはそのワードセンターにあるカカアコキッチンで。レストランが経営する有名なプレートランチの店なのだが今まで機会がなく初めて食べた。量を恐れていたのだ。メニュー表示だけではどんなものかよくわからないため友人に任せて「本日のお勧め」とアイスティーを注文。ミートローフなんてあまり食べたことはなかったけどこれがまた美味しかった。新鮮なトスサラダ(グリーンサラダ)に付いていたマスタードドレッシングもGOOD。マカロニサラダが好きな人も多いけど私はいつも食べきれないのでトスサラダにしている。膨大なライスが付いてきたら困ると心配していたのだが何とワンスクープのマッシュポテトだけでご飯はなし。ラッキー!友人が頼んだ「クリスピーフライドスィートチリチキン」(鶏の唐揚げを味付けしたものと玄米ご飯にサラダ)も美味しそうで完食していた。

このワードにあるスターバックスコーヒーでやっと念願のクリスマスマグをゲット。今までスタバのマグは日本の物の1.5倍くらい大きいし車のカップホルダーに収まりきれないので敬遠していたけどデザインがカラフルだし、クリスマスバージョンは見る角度によって絵柄が変わる仕様になっている。すでに売り切れの店が多かったが見つけたのだ。しかも$9.95が半額。帰国後フレーバー紅茶を入れて毎日出勤に携帯しているが水分を取った方が良いのにあまり量を飲めなかった私が大きさに慣れて飲みきれるようになった。

午後はバスに乗りカハラモールでドラックストアなどを覗き、初日に行った自然食品のウメケマーケットやUH(ハワイ大学)そばのスターマーケットともうひとつの自然食品店ダウントゥーアースで買い物。やはり自然食品店やドラッグストアは何度行っても楽しい。ロングスドラッグスではクリスマスバージョンの為セールになっているライオンコーヒー、自然食品店では日本の1/10位の値段の豆を買った。

夕飯は留学中お世話になった金華海鮮酒家(ゴールデンダイナース)でテイクアウト。ブロッコリー&チキンケーキヌードル、つまりブロツコリとチキンの焼きそばと野菜炒めを作ってもらった。ずしりと重くてこの値段!バスの中では倒れそうなほどの良い香り。

2006.01.31

―ホノルル帰京 8―

鶴の飛来で有名な鹿児島県出水市に鶴を見に行った。出水支店の女の子が案内してくれた。驚くことに飼われているものと違って「決められた場所」ではなく、あちこちの田圃にあちこちに居た。考えてみれば当然だけど野生の鶴がここそこにいるなんてすごい。道路の真ん中に居て車が渋滞することもあるそうだ。朝この声で起きると言っていた彼女の言葉通り、思っていたより強烈な声だった。地元の人はさぞうるさいだろう。そして何より私が鶴だと思っていたものはタンチョウヅルでここにはおらず、別のいろいろな種類の鶴が居た。マナヅルが結構可愛い。

12月27日(火)AM:カパフルアベニュー
この日はフラ(ダンス)の先生と会おうと思っていたのだがご主人の糖尿病の具合が悪いらしく、電話が繋がらない。とりあえずみんなでぶらぶらと事務所のあるカパフルAve.を北上してみようと言うことになる。天気や青い空を楽しみながら、まずハワイ大学の先生だったダニエルに電話してみた。フラの先生と会うなら一緒に会いたいと言っていたのだ。とりあえず私たちはダニエルとランチすることにした。待ち合わせはこの通りの、またもやジッピーズ。まぁ会って話せればどこでも良いけど。

まず大きな収穫としては私の大、大好きなカゴバック屋に遭遇。何度も歩いたことがあるのにどうして今まで見つからなかったかと言えば毎日開いている店ではないとのこと。小さな店ながら床から天井までぎっしりカゴ、カゴ、カゴ。素晴らしい!オーナーの女性は隅の机で何やらカゴバックの補修をしていた。私好みの天然素材、天然色のカゴが所狭しと積み上げられ、しばらくは選ぶことさえ出来なかった。ふたつを手に「どっちが良いと思う?」と友人に相談したところ、値段を聞いた友人は「両方!」と即答。確かにどれもこれも12〜14ドルとリーズナブル。結局大きさやデザインの異なるカゴバック3個を確か合計36ドルほどで購入し、大満足。これでウォルマートで買ったカゴと合わせると4つを日本に持ち帰ることになるのだと言う不安もよぎったが深くは考えなかった。幸いにもこの4つは少しずつ大きさが違ったためバックの中にバックを入れ子にしてきれいに収まりひとつになった。ワイキキに店を出すのだとオーナーは言ったけど、お願いだから価格は据え置いてください。

次にS氏が行きたがっていたアロハの古着屋に入る。目の玉が飛び出すほど高価な古着もあったが、膨大なシャツの中からS氏と友人のふたりは10ドル以下でなかなか良い裏地仕様の、しかもマリン柄のアロハを見つけた。

そして楽器店。体を横にしないと入れないような狭い店なのだが、私たちが去年と今年見た中では一番良心的な値段の店だ。その店に何とコアロハのウクレレ発見。売り切れの多いこの商品は2日前に先に到着した友人がチェックした時はなかったそうだ。「買いだよ、買い!」S氏と私は友人をけしかけた。

さてまだ昼までに少し時間があったので、カヌー屋など覗きながら私はもうひとりの先生だったベスに電話してみることにした。彼女は日本からメールを出したが返事がなかったのだ。すぐに本人が出た。私が誰かわかったかは怪しいけど、何と彼女もジッピーズに来るそうだ。私のちょうど1年後に同じ教室でしごかれた友人は英語の先生がふたり一緒に来ると聞いて怖じ気づいた。

ダニエルはいつものように自転車で、ジッピーズに現れた。食べ物を買おうと並んでいる間にTシャツ&短パン姿のベスも来た。さぁ、大変!とりあえず私たちは軽食を買い、出来る限りの知識を総動員して、時には電子辞書の力も借りて話した。ちなみにここのマッシュルームハンバーガーはなかなかいける。話題は私たちの近況から環境問題やゴミ問題にまで及んだ。ご承知の通り日本では厳しくゴミを分別しなければならないけどハワイでは何も分けない。最近ようやく瓶の飲み物などを購入する際に税金が課され、その分は空き瓶を返すことで返却されると言うしくみになった程度。ふたりはそれを嘆いていた。私は日本のゴミの分別方法を何とか説明した。日本のゴミ処理に感心してくれたようだ。日本のハイブリット車が人気で半年待ちだと言う話も聞いた。上司が聞いたら喜ぶだろう。滞在中にもう一度電話するとダニエルに約束させられて?ジッピーズを出た。

ベスはこれから私たちに予定がなければ「コンテンポラリー美術館」に行こうと誘ってくれた。何だかわからないけど彼女はそこのメンバーなのだそうだ。「コンテンポラリー?!」近代美術などたぶん私には理解出来ない。しかもハワイのガイドブックにそんな美術館など載っていただろうか。典型的なアメリカ人のベスと違ってアジアの血が入っているダニエルが察してくれた。「時間があるなら連れて行ってもらったら? 近代美術は好きじゃない人も居るけど、あそこのカフェはなかなかよ。」この日は夕飯の約束があるだけだ。私たちは連れて行ってもらうことにした。

2006.02.04

―ホノルル帰京 9―

12月27日(火)PM:近代美術館―展望台―BBQ
ベスの、ほとんど新車のトヨタに乗り、なぜか財布を忘れて来てしまったという彼女の家に立ち寄る。ジッピーズからそんなに離れていなかったがまたもやここも高台で、すこぶる眺めが良い。私はこの時初めてポインセチアがもとは立派な木で、クリスマス前に鉢植えに入れて売られている、あの部分がたくさんなっている?!ものだと知った。ベスの家にあったのだ。

そして近代美術館に到着。これまた山の上だった。メンバープラスひとりはタダと言う話だったのだがベスの顔でみなタダになった。まずカフェへ。室内とオープンテラスとがあり、私たちは緑の中のテーブルについた。日向は暑いとベスは心配したが心地よかった。タイの甘いミルクコーヒーと小麦粉を使わないチョコレートケーキを注文してご馳走になる。繊細な味で、良い景色ときれいな空気、静かなたたずまいにうっとりした。

いくつかオブジェが点在する庭園も素晴らしくきれいだった。もともと人は少ないが観光客と思われる人も、もちろん日本人も居なかった。バスの便も悪いらしい。とりあえず近代美術とやらも見てみよう。私には到底理解できないと思っていたのだがそれがなかなか面白かったのだ。しかも英語ではあるがガイド付きである。正規のガイドをお願いするとひとつひとつの作品の前で「自分だったらどう思うか」などと論じながら見て回るそうで、静かにしなくちゃいけない、私の知っている美術館とは別物だった。ベスは担任だった頃「トス・マスター」と言う弁論会に私を連れて行ったほどの先生なので、さっそく作品に対する意見を求められた。人間のエゴの部分をお金に例え、段々にそれをそぎ落としていく=金額が減っていく作品や、「人生は最高」とか「両親は私のもっとも近しい友達だ」、「物事は本当に良くなってきている」などの文からひとつにチェックしろなどと言うもの、ただ女性の胸が揺れ続けているだけのビデオ画面、個室にマイクが置かれており、マイクに向かって話さなければならない参加型の芸術、何でもアートだった。作品は3ヶ月ごとに変わるそうだ。

建物から出、私たちは再びのんびり庭園を散歩した。時間がゆっくり、のんびり流れているようで、その分緑もきれいに見えたのかもしれない。ベスは美術館を出た後も時間があったようで「少しドライブしましょう」と言い出した。そして私たちが聞いたこともない、未だに何回聞いても覚えられない「PUU ULAKAA STATE PARK」と言う素晴らしく眺めの良い場所へ案内してくれた。パンチボールよりどこより、眺めならここが最高だと言うほどの場所だった。アメリカ人の観光客はひと組見かけたけれどたぶん日本の観光ツアーの中には含まれていないと思う。ダイアモンドヘッドも全部を一望出来、ワイキキもダウンタウンも空港まで何もかも見渡せた。

私たちはアラモアナまで送ってくれたベスに何度もお礼を言って車を降りた。何と翌日もノースショア方面に行くと言う私たちに付き合ってくれるという。「ちょうどひとりでビーチに行こうと思っていたところなの。朝、電話ちょうだい。」

そして我々は再びアラモアナからバスに乗り、24時間営業のロングス・ドラッグスで飲み物を買い、友人のかつてのクラスメールであるマサコの家に行った。彼女はこちらで結婚し、生活しているのだ。一緒にご飯を食べようと誘った友人にマサコは私たちみんなをBBQに招待してくれたのだ。

その同じアパートに住む日本人の奥さんとアメリカ人のご主人の組み合わせ2組、そして彼女らの友達、そして私たち3人の日本人が次々に集まり駐車場横のスペースでBBQパーティーが始まった。日本人同士交わす英語に日本語が混ざる。留学したとき初めどうしても日本人同士で英語を話すことに抵抗があったのだけれど今はそれにも慣れた。たどたどしくても何でも英語しか話せない人が居る中で日本語を使うのは気が引けた。「これも勉強のうちだ」と割り切って何とか話す。こちらに住んでいる人の情報は貴重だった。「イオラニ宮殿」でイオラニ女王の誕生日を祝して二日間だけ宮殿が一般公開されることを教わり、パンケーキは日本人にも有名で長蛇の列が出来る「エッグス・イン・シングス」よりも「リリハ・ベーカリー」が美味しいと聞き、釣り好きなS氏はマニアックな釣り用品屋を教えてもらってから車でホテルまで送ってもらう。
濃厚で充実したハワイの1日がまた過ぎてしまった。

2006.02.08

―ホノルル帰京 10―

もう何年か鹿児島に住んでいるのだが、未だ節分の「恵方巻き」には慣れない。巻き寿司を今年の恵方(良い方角)に向かって口もきかずただ黙々と丸のまま食べるのだそうだが何だか楽しくないし身体にも悪そうである。そんなわけで頂き物の巻き寿司をきれいに切って、ストーブの上のおでんと一緒に美味しく頂いた。

12月28日(水)昼間:MALEAKABANA BEACH
朝食時にベスに電話して9:30にZOO(動物園)の駐車場で待ち合わせ。相変わらずのハワイアンタイムだけど青い空と緑に海まで見える駐車場に居れば飽きることはない。ガソリンを入れてくるのを忘れたと言うベスに私たちが負担することを提案。「あなた達が払いたいの?OK。サンキュー」と快く受け入れられた。日本でだったらガス欠ランプが点灯しているこのクラスのトヨタを満タンにしたらたぶん5,000円以上覚悟しなければならないところほぼ半額で済んだ。それでもガソリンの高騰を嘆く彼女に「日本の半額だよ」と言っておく。

どうしても家に帰って「ボディボード」を取って来た方が楽しめると言うベスの言葉に従い、またもや彼女の家に寄ってからドライブが始まった。解説付きであちこちのきれいな景色を楽しみ、カネオヘ湾横の公園(たぶんKOMO MAIと言う)で散策。海の中に古い養殖池があった。それから名前はわからないけどびっくりするほどきれいなブルーの海を眺め、ベスお勧めのプライベートビーチ「MALEAKABANA」(彼女のお薦めはどうも名前を覚えられない)へ到着。ここはキャンプ場があるためにビーチが道に面していないから静かで良いそうだ。キャンプ場を見回る人もいるから車も安全なのだと説明された。彼女の提案で近くのスターマーケットで昼食を調達。各自サンドウィッチやサラダ、飲み物を買う。私はチキンと大好きな生マッシュルームの入ったシーザーサラダに甘さが無難なリプトンのレモンティー。

よく海外の小説を読むと主人公のステキな女性がランチにサラダだけを食べている。何か格好良い。スマートだ。日本ではサラダはサイドディッシュの感覚があるので「ご飯やパンは食べなくてもお腹が空かないのだろうか」などと心配したものだが憧れてもいたのだ。実際に食べてみると量が違うことに気づく。気づくと言うより圧倒される。日本の「ほか弁」の弁当箱の1.5倍くらいの透明な容器にぎっしりと野菜が、そしてこれでもかと言うくらいのチキンやマッシュルーム、クルトンなどがひしめいていて持つとずっしり重いのだ。充分に満腹出来る。炭水化物はクルトンだけなのでほか弁よりずっとヘルシー。

私たちはそれをビーチ脇の木のテーブルで食べた。外で、しかも景色と空気が良いところでのランチは格別。ビーチで寝そべる。おーなんと快適!どうやらここには唯一マナと言うハワイのスピリッツが宿っているビーチとかで心が安らぐのだそうだ。マナのせいか、こう言ったところでは絶対に寝られない私も一瞬意識がなかった。静かで、暖かで、風が心地よい場所だ。私が意識をなくしていた間、S氏は日課の散歩に出かけたらしい。別の友人は昼寝の後、海に入っていた。シャワーもある。バンガローも借りることが出来、テントも張れるそうでパンフレットをもらって置こうという私にベスは喜んで事務所までついて来てくれた。

しばらくのんびりしてからノースショアに向かう。途中、今までどこだかわからなかったカフクエビの養殖場を通り、この時期世界から有数のサーファーが集まって良い波を待っているビーチを眺めながらドライブ。さすがに交通量が多くなる。ベスは買い物にはまったく興味がないらしかったのでノースで買い物をしようと思っていた私たちはバスで帰るから先にかえっても良いよと言ったのだが時間があるから待っていてくれるそうだ。

2006.02.12

―ホノルル帰京 11―

この寒いのに週末はハワイで買ってきたかごのバッグを持って出かけている。超、便利♪同じくハワイで入手した石鹸を使いたいのだが画期的な携帯用石けん箱が見つからず、仕方がないので身体を洗うナイロンタオルの端を縫って石けん入れにした。一石二鳥!どなたか大昔からあるあの石鹸箱じゃなくて、外国製の大きめなものでも入って、しかも蓋が取れて割れちゃったりしない、石鹸を携帯する良い方法があれば教えてください。

12月28日(水)午後:ノースショア−ダウンタウン
サーフショップのストロングカレントではお目当ての地元イラストレーターが描いたバッグが売り切れだったものの、私は気に入ったTシャツを見つけ($19.99)、ノースショア・マーケットプレイスで私たちみんながなぜか好きなジュエリーや石を売っている店に入った。ここのハワイアン・ヒエログリフ、つまり銀製の象形文字のデザインが気に入っているのだ。私はここのヒエログリフのペンダントヘッドをひとつ壊してしまったので持って来ていた。フラ(ダンス)を踊っている姿のもので、磨いているときに腕が折れてしまったのだ。店員に何とか頼んでその場で直してもらう。ヨカッタ。ひとつひとつの象形文字の意味合いを教えてもらい、もうひとつ、人が槍を掲げている姿のヒエログリフ"Royalty"($18)もゲットした。友人達もそれぞれお気に入りを見つけたらしい。

快適なドライブは帰路についた。バスと違ってさすがに車は速い。ベスは突然何かを思い出したらしく、「そう言えばあなたは私の勧めたことを皆実行したわよね」と言い出した。留学中に何もかもやりたい私は授業の他に放課後のフラ教室や週末のセイリング教室に参加した。「授業の他に宿題や予習復習があるのにそんなことをしていて良い物か」と思ったのだがベスは「直に英語を学ぶまたとないチャンスだ」と強く勧めてくれたのだ。大学のレジャープログラムの一環で安い料金で安心して楽しめるなんて、私には願ってもないことだった。学期の終了時には各国から来ている学生達とハワイ島ツアーにも参加した。これらが英会話の向上に役立ったかは別としても滅多に味わえない素晴らしい経験だったことに変わりない。日本人留学生はなぜかほとんど参加しない。せっかく長期滞在しているのに参加する人が少ないと言うのは私にも未だにナゾではある。

「明日はどこに行く予定なの?」「きれいなカイルアビーチかな」「あなた達は本当に日本人らしくないわよね」「どうして?」「だって日本人はいろいろなアクティビティーにも参加しないし、観光客は買い物ばかりでワイキキエリアを出ない。ビーチにも行かないわ。」日本人の、特に観光客は滞在時間が短い上にお土産を買わなければならないのだと説明したものの、やはりここに住んでいるベスもそう感じているのかと思うと日本人が妙にあくせくと言うか、ジタバタと落ち着かない人種のような気がした。ハワイをただの観光地だと思っているみなさん、一度ワイキキから出てバスに乗り、きれいなビーチで波の音を聞きながらの昼寝や、心地よい風に吹かれてのランチを楽しんでみてくださいませ。

そしてベスは更にこれからダウンタウンのクリスマスイルミネーションを見に行こうと提案してくれた。素晴らしい!その飾り付けはグレッグの車の中からとパスの中から昼間見ただけだったので夜、自分たちで行ってみようかと思っていたところである。車を近くの市営駐車場に停め、市庁舎に歩き出した。そう言えば朝からずっと同じ格好である。エクササイズにも使えるタンクトップとショートパンツ型のセパレート水着の上に長袖のTシャツとビーチサンダル。ホント楽チン。ベスはと言えばワンピースの水着の腰にパレオを巻いただけだった。日本が冬であることはとうに忘れていた。

その格好で市庁舎の様々なクリスマスイルミネーションを見てまわり、しかも市庁舎の中に入って見学した。さすがに日が暮れてからは美しい。こんなにたくさんのクリスマスツリーを今まで見たことはなかった。クリスマス飾り大好きの私は夢の中にいるようだ。市職員が各部門、その部門ならではのオリジナル飾りを作っているとのこと。隣のイオラニ宮殿も覗いたがマサコの教えてくれた一般公開は長蛇の列で諦めた。

最後にアラモアナS.Cまで送ってもらってもう大丈夫だから、歩いて帰れるからと説明してベスと分かれた。私たちはそれぞれ自分の好きな夕飯を買い、部屋に戻る。私はフードコートではなく2階の元気寿司をチョイスした。その夜、電話のない部屋にはびっくりするほど伝言メモが届いていた。しかもスペルが筆記体で殆ど読めない。これから帰国までの毎晩、誰かしらからこのメッセージが届くことになる。ピンクの伝言用紙が夢に出て来そうだ。食べながらS氏の携帯を借りて一件ずつ電話する。

ダイアンからの電話はマサコの教えてくれたイオラニ宮殿の情報だった。しかも「明日の夕方見に行くけど一緒に行かない?」と言うお誘い。一般公開は今日と明日のたった二日間だけだ。明日はカイルアビーチにでも行こうと思っていただけなので夕方までには帰ってこられそうだし、他の二人ももちろん賛成だったのでOKした。長い列が出来ていたと伝えると少し早めに列に並んでいるからそこで待ち合わせましょうとのことだった。「NHKとっさのひと言」で出てきた「in line」(=一列に並んで)と言う語が役に立った。

最も難解だったのがRONだかDONからの男性の名前のメッセージだった。部屋番号か何かの間違いだとも思ったのだが念のため男性から電話した方が良いだろうと言うことで友人にかけてもらう。彼も私の1年後に同じ留学プログラムに参加しているのだ。相手が出たようだ。だけど友人はすぐには切らない。何と自分の名を名乗って怪訝そうな顔をしている。・・・そして表情がパッと明るくなった。ビール?あぁ、先日会ったダニエルの友達だ!友人はビールの醸造に興味があり、自分でビールを作っていると言うダニエルの友達に専門店の場所を教えてくれるように頼んで置いたのだ。ダニエルは友達に連絡を取ってくれ、しかもその人はすぐに電話をくれたのだ。友人はビール作りに必要な材料を売る店を教わったらしく、電話の後は地図とにらめっこしている。S氏も昨日BBQパーティーで教わった釣具屋を探すらしい。
本物のイングリッシュシャワーは、何をするにも体力が必要。

2006.02.16

−ホノルル帰京 12−

またまた出したことさえ忘れてたけど、NHKの英会話テキスト巻末アンケートに当たって500円分の図書カードが届いた。結構辛口の答えだったのがかえって良かったかも。これで次号のテキストが1冊半、タダになる♪

12月29日(木)日中:カイルアビーチ
朝からあちこちに電話する。やはり9泊11日でさえ時間が足りない。(^_^;)
朝食にはいつものように部屋で熟させたパパイアとフレッシュパイナップルに今朝はヨーグルトも食べて、バスパスを持って部屋を出た。私は前日味をしめていたのでセパレート水着にTシャツ。&もちろんビーチサンダル。アラモアナS.Cの山側から57番のバスに乗る。S.Cの海側にも停車し、そのまま西へ。ダウンタウンを通ってカイルアビーチに向かう。ワイキキから58番のバスに乗ると海沿いの景色は楽しめるかもしれないけど遠回りなので時間がかかりそうだ。以前に行ったときよりあっと言う間にカイルアに到着。その先のバスは滅多に来ない(1時間に1本らしいのだが見たことはない)ので歩く。徒歩も以前よりずっと近く感じられた。芝生の庭にカラフルな花の咲き乱れる売り家の前を何軒か通り過ぎて、初めて家を欲しいと思った。生け垣の素晴らしく良い香りの白い可憐な花が気に入って写真に撮る。後日これがハワイでよく耳にするピカケでレイにも使われ、別名ハワイアンジャスミンだと教わって以来、チューリップを抜いてジャスミン好きな私の花ベスト1となった。

全米一にも輝いたビーチは相変わらず美しく感動的だ。波はない。ウィンドサーフィンでも借りて楽しもうとしていた友人はビーチの係りのお兄ちゃんと話した末、風がないので諦めたようだ。観光客が黄色いカヤックを借りて来て乗り込むのを見て私も借りてみようかと思い、友人を誘う。係りのお兄ちゃんもカヤックを勧め、何やら防水バック無料レンタルなどの割引メモを書いて友人に渡してくれた。近くにいたアメリカ人観光客らしいご夫婦に値段を聞いてみると昼食などをセットして60ドルくらいとのこと。ショップに行ってみる。結局私が雑誌から切り取ったクーポンも見せて4時間税込み43ドル(荷物入れ防水バック付)でカヤックを借りることになった。

カヤックを引きずって来て防水バックに荷物やTシャツを入れて乗り込む。白い砂と、私が今まで見た中で一番美しい海の色と、青い空に黄色いカヤックが映えて美しい。私たちはカヤックをこぎ始めた。結構力が必要で筋肉痛になりそうだったが波も風もないし、何より覗き込んだまま飛び込んでしまいたくなるような妖しげな光を放つ海がヨットよりすぐ近くにあった。最高に美しい海を、たまに行き交うカヤックの人たちに声をかけながら進んだ。私たちは勝手に名付けた「平たい無人島」を目指していた。殆ど岩で出来ているその島にはわずかな砂浜があり、そこに上陸する。カヤックを引き上げて散歩。徒歩で一周10分程度の何もない小さな島だったけれど、絶景は更に絶景となる。じっと投網を構えて海を見つめ、永遠に動かないかのように魚を狙っている姿もあった。

さて、まだ時間もあるしこのまま帰る気にもなれず、私たちは次にカイルアの隣のビーチを目指すことにする。話には聞いていたが行ったことのないラニカイビーチだ。細長いビーチの端にカヤックを停めて、反対側の端まで歩いた。ビーチ沿いに民家が建ち並び、私は再び「家欲しい病」に取り憑かれた。まっ、ハワイに住むことさえ出来ればヨットでも橋の下でも一向に構わないんだけど。こぢんまりしたビーチはバケーションシーズンなので家族連れ、可愛い犬を散歩させている人などで楽しげな雰囲気。次回はランチを持ってカヤックを借りよう。ついでにビーチに続いている細い道を出て一般道との接続も確かめた。確かにバスでは行きにくそうだ。

私たちはゴキゲンでカイルアビーチに戻ってカヤックを返し、別に濡れてもいないのでそのままTシャツをかぶってカイルアショッピングプラザまで歩く。ランチタイム。各自好きな昼食をゲットしてスターバックスコーヒーのパラソル席で待ち合わせ。私は「Fat Boy」と言う、出来れば店名を変更して欲しいくらいの店で「チキンカツミニプレート」$3.75を購入。野菜とチキンカツ(ソースは少な目ね!)にワンスクープのご飯を完食し、ウィンドショッピングのために再びバス停で待ち合わせた。あいにく、雑誌を見て気になっていた「マヌヘアリィ」の服はデザインが変わってしまっていた。この日は木曜日でカイルアショッピングセンターでは夕市があると聞いていたのだがこの日限りの宮殿見学のために諦めた。バス停には時折、結構大きな怪しげな木の実が落ちてきて飽きない。またもやバスはスムーズに到着。イオラニ宮殿へ行く前にシャワーでも浴びようと部屋に戻った。

2006.02.20

―ホノルル帰京 12―

2月の目標はTOEICの申し込みと運動。インターネットで申し込みしたところ今回3月の試験を最後に試験内容が大きく変わるそうだ。とりあえず変わる前に受けておくのも悪くない。運動はおにぎりとお茶を持って日曜に家から平川動物園まで歩いてみた。片道およそ50分。晴れて気持ちが良い。何年かぶりの動物園は入場料200円のまま変わっておらず、ゾウやサイ、ライオン、トラ、白熊、ペンギン、キリン、ラマ、ラクダ、カンガルーやワラビー、フラミンゴの群れに日本で一番多いコアラまでが広大な敷地にのんびりしており、私の知っている中では一番の動物園なのだ。園内はウォーキングコースにもなっており4キロほど歩くことが出来る。夜行性動物の洞窟のような展示や大きな温室に人間が入って見学出来るようになっている鳥類のエリア、猿山はなんとニホンザルではなくてオランウータンで楽しめた。もちろん帰りも徒歩。ついでにそのままスーパーに寄って買い物。この日は一度も車にエンジンをかけず、地球に優しい日となった。懸念した筋肉痛もその夜と翌日だけでたいしたことはなかった。体重は減ってなかったけどね。

12月29日(木)夜:イオラニ宮殿−リリハ・ベーカリー
部屋でシャワーを浴びて着替え再びバスに乗る。ダウンタウンのイオラニ宮殿へ。昨日来たときより早い時間だったので列は少し短め。ダイアンとボーイフレンドのグレッグを列の中程に発見する。抱き合う挨拶のハグにも慣れ、おしゃべり。6時の開場は少し早まるとのこと。いつもおしゃれなダイアンは琥珀らしきネックレスを茶色のTシャツに合わせていたが偽物だそうだ。pretendって「〜のふりをする」って意味で、偽物はイミテーションじゃなかったっけ?まぁたしかにわからなくもないが、辞書を引いたら「見せかける」って意味もあった。なるほど。

列が少しだけ進んだ。時間になったらゾロゾロと入れるものと思っていたのだがそうでもないらしい。時間をあけて20名くらいずつ入り口の椅子に座っている。数ドルの入場料を支払い、私たちも椅子に座った。なぜ椅子に座るのかナゾが解けた。全員、靴カバーをつけなければいけないらしい。何というか昔の雨が降った時用の靴カバーとか、精密部品の工場でホコリなどが入らぬように履く、あれである。白っぽいビニールのカバーが配られ、靴にかぶせる。結構厳重だ。一般市民や観光客が見学するのは今年初めての企画らしい。そしてゾロゾロと宮殿に入場する。ちょっと薄暗くて天井の高い、映画に出てくるお城そのものだった。玄関、居間、食堂、ダンスルームなどでそれぞれ立ち止まり、床まで届くドレスを着た係の女性から説明を受ける。ちょっとディズニーランドを思い出した。各部屋にはバイオリニストなどが立ち、生の演奏が更に雰囲気を盛り上げている。

銀食器と燭台が並んだテーブルの前で当時どんなに贅を尽くしたものを食べていたか、長々と聞かされてお腹が減った。世界各国から取り寄せた食器(日本からのものもあるそうだ)を使って、鶏肉、豚肉、牛肉、子羊などのあらゆる肉料理、そしていろいろな種類の魚、各種のスープ、デザートだけでも果物やプディング、チョコレートなど9種類もの皿が毎日しかも一度に並んだそうだ。ほの暗くて広いダンスルームでは何名かの楽団員が演奏をしており、いかに素晴らしいパーティーが行われたか説明された。ついさっきまで、豪華な衣装をまとった人々が踊っていたかのような雰囲気だ。自分だけがタイムスリップしたよう。どこも色あせてはいない。一通り説明を受けた後、写真展示室と勲章や羽根や宝石を使った装飾品などの展示室を見学する。説明を受けるより、展示の説明文を読む方がやっかいで時間がかかった。電子辞書が手放せない。勲章の中には日本でデザインされたものも含まれていた。ほほぉーっ。小さな売店も覗いてハワイについての塗り絵BOOKを購入。ハワイの州花や魚などの絵がそれぞれのページに解説付きで載っている。ハワイの歌の楽譜と旗に始まり、ハワイの木はククイ、ハワイの花は黄色いハイビスカス、鳥はネネ(ガチョウの一種)、ハワイの海のほ乳類はザトウクジラ、そして魚が何と「フムフムヌクヌクプアプア」。早口言葉かクイズのようだ。後で解説の言葉を調べたが「ヤガタイサキ」とあり、余計わからなかった。

のんびり見学して表に出た。広大な芝生の庭にほどよい木々がライトアップされている。振り返ると宮殿がきれいだ。暑くも寒くもなく、心地よい。グレッグの車に乗ってみんなで夕飯を食べに行くことになる。店はわからないからダイアンに任せ、走り出した。ふと思い出して「リリハ・ベーカリーって知ってる?」と聞いてみた。こちらに住むマサコが勧めてくれたパンケーキの店で、帰る前に一度朝食時にでも行ってみようと思ったのだ。「知ってるよ。パンケーキだろ。そうだリリハ・ベーカリーに行こう!」とグレッグ。場所を教えてくれるのかと思いきや、これから夕飯を食べに行くというのだ。「パン屋で夕飯?」「嫌?」「こんな時間にやってるの?」私達はパン屋で夕飯が食べられるなどとは思ってもみなかったのだが何とやっていた。夕飯がパンケーキとコーヒーだけだったら寂しいだろうと思ったのだがダイアンが反対しないところを見ると他にもメニューがあるらしい。3ヶ月一緒に住んでいて、彼女と私の食べ物の好みはだいたい一致しているので彼女の勧めに従えばほぼ間違いなかった。

パンが陳列されているガラスケース奥の長いカウンターに座り、メニューを見た。結構充実していた。私はダイアンと同じハンバーグランチを、友人達はマヒマヒ(ご存じシイラです)ソテーランチ、それに友人と一緒にパンケーキもひとつ注文してみる。ハンバーグやマヒマヒにはご飯とトマトサラダ(確かマカロニサラダか何かとのチョイス)、何とロールパンまで付いていた。ロールパンは何にでも付いてくるらしい。ハンバーグも美味しかったがこのロールパンも絶品。S氏は「こんなに美味しいマヒマヒは久しぶりだ」と絶賛した。紅茶はティーバツクで頼めばお湯を足してくれた。ハンバーグのグレービーソースはかけて良いか聞いてくれるので日本人だったら「少な目」がお勧め。さてパンケーキである。味といい、ふわふわ感やしっとり感といい、申し分なかった。ここのオリジナルか、ロールパンやパンケーキに付いてくるたっぷりのふわふわバターがまた美味しいのだ。朝食用のココパフなどを買い込み私たちは大満足で店を出た。値段もリーズナブルでこれだけ食べてもひとり10ドル未満。そうそう、ここの店でパンを買うときは銀行の待合い所にあるようなチケットを取らないといつまでたっても買うことが出来ないのでご注意。

2006.02.24

−ホノルル帰京 13−

ついにポリタンクひとつ分(18L)の灯油が、セルフのガソリンスタンドでさえ1400円を超えた。ガソリンも高騰を続けているし、このままストーブが要らないほど暖かくなると良いんだけど。(^_^;)

12月30日(金)日中:ショッピングと冷麺
帰国する前に友人は留学していた頃仲の良かったクラスメートに会うことになった。クラスメートは日系のおばあちゃんで何と80才くらいとのこと。言葉は日本語と英語のミックスで、誰よりもボキャブラリーが豊富だったが文法がなっていないとクラスに参加したそうだ。友人はおばあちゃんの家の近く、ダイエーの前で待ち合わせたと言うのでフルーツと昨夜のココパフの朝食後みんなでぶらぶらとダイエーまで歩いた。このダイエーはハワイからの撤退が決まったそうでちょっと寂しい。ダイエーを一回りした後友人と別れ、私はS氏と近くのファブリック・マートに行く。ここは布地専門店で、大量のハワイ柄の布が並んでいる。もちろん日本よりずっと安い。S氏もテーブルクロスにする生地を探していた。楽しく生地を物色して購入した後、先日15分しか見られなかったウォル・マートに向かう。ついにこの日と翌日いっぱいしかハワイに居ることが出来ないのでいくつか買い物をしておきたいのだ。広い店内を端から見て回る。なるほど商品が充実していて私の好きなK−martは苦しいだろう。だけど生鮮食料品はないのでダイエーまで撤退しなくても良いのになぁ。この店の入り口でおばあちゃんと会っていた友人と待ち合わせている。私がレジに並んでいた時、友人はゴキゲンで戻ってきた。

さて、ちょっと早いけどお昼ご飯を食べてから各々分かれて買い物に行くことになった。このあたりに確か美味しい冷麺の店があるはず。あった、あった。韓国の焼肉店で「ゆっちゃん」と言うこの店の営業時間は午前10時から午後11時まで。日曜休み。中はちょっとラーメン屋の風情。インターネット上の食べ比べで一番美味しいとされた冷麺を注文する。スープも麺も申し分なかった。スープはシャリシャリと半分凍っており、麺は葛か何かで出来ているとかで黒い。お決まりのきゅうりや茹卵がのっている。絶品!!ちょっと高めだが税込み10ドルの価値は充分にあった。ヘルシーだし確かに毎日食べても飽きそうにない味で、すでにもう一度食べることを夢見ている。

さて我々はアラモアナから3人一緒に20番のバスに乗った。ワードを通り過ぎ、まずS氏がピア38で釣具屋を探すために降り、次に私がマリンショップを覗くためにサンドアイランドで降りた。もう一人の友人はそのまま空港近くのビール醸造グッズ専門店に向かった。私は特にめぼしい物は何もないだろうと思っていたマリンショップで散々迷った挙げ句、マリン用の薄手ジャケットを購入。夏用のライトな合羽上下を探していたのだ。ヨット用合羽の一流ブランド、ヘンリー・ロイドの女性向け商品でマリン用にしては珍しいピンク。99ドル。トラウザーもセットで欲しいところだったが長すぎて(私の足が短すぎて?!)サイズが合わなかった。日本には女性用はおろか、Sサイズすら輸入されていない。

お土産のキーホルダーと一緒にレジに出すと「会員証は持っていますか」と聞かれた。確か前の年に来たとき、無料でもらった小冊子についていたので財布に入っているはずだ。私は日本で使う財布とハワイ用の財布を別々にしていて、どちらにもクーポン券や会員券がたくさん入っている。だから財布は去年のままのはず。何とか厚紙の会員証を引っ張り出した。ここからが難しい。100ドル以上買った人は(99ドルのジャケットとキーホルダー1個だから税金を入れなくても104ドルくらいだろう)20ドル支払うとゴールド会員になることが出来、しかもゴールド会員になったお礼に20ドル割引になると言うのだ。損はなさそうだと言うことだけ何とか理解し、店員の勢いに曖昧にうなずいて結局6ドルほど安くなった。レジスターの表示は104ドルの買い物に税金が加算され、更に会員料20ドルが一旦加えられ、店員は20ドル割引券のバーコードをなぞった。ゴールド会員は買い物の割り引きがあるらしく、特に店のオリジナル商品が安く買えるようでキーホルダーはだいぶ割引されていた。そして何と先日、ひと月ほど経ってから日本の私のアパートに今度はプラスチックで出来た会員証が郵送されてきたのだ。同封の案内に書かれていた大幅割引のヨットやボートはとても買えないけど、ちょっと嬉しい♪

マリンショップの帰りにK−martに寄り(確かに商品が少ない気がする(^_^;))、バスでアラモアナへ戻る。ヤミーヨーグルトを食べながらワイキキヨットクラブを覗いて、荷物を置くために一度ホテルに戻った。何と入り口で荷物を抱えた友人に出くわした。夕方ハワイヨットクラブで待ち合わせていたので彼は鍵を持っていない。何とラッキーな。しかも彼は私とS氏が買うことを勧めていたウクレレを抱えているではないか。ビールを造る材料もウクレレもゲットしてゴキゲンな友人と部屋に荷物を置き、一緒にヨットクラブへ向かった。この日は金曜日、フライデーナイトヨットレースの日なのだ。

2006.02.28

―ホノルル帰京 13―

4月からのNHKラジオ英語講座新番組が発表された。「シニアのためのものしり英語塾」と言う番組が結構お気に入りで毎朝聞いているのだが視聴者はシニアとは限らないし、内容も誰が聞いてもためになる。そこで先日アンケートに、「表紙にでかでかとシニアと書かれていては持ち歩きにくいのでは?」と書いて図書カードをもらったのだ。4月からの新番組は内容や講師はほぼ同じで番組名は「シニアのための」が除かれ、ただの「ものしり英語塾」になっていた。ふふふ。

12月30日(金)夜:フライデーナイトヨットレース
ハワイヨットクラブで行われるフライデーナイトヨットレースは1年間で52回、つまり年末も年始も夏休みも何もなくすべての金曜日の夕方に行われる。行われることはわかってはいるのだがこの日特に誰とも約束しているわけではないので、乗せて欲しかったら直接行って誰かに頼むしかない。私の頼みの綱は何年か前にスーパーカップヨットレースに出場したとき知り合ったハンクなのたが、そのハンクにメールを送ったところ「クリスマスは母親に会うために本土へ帰っていていないけど、きっと誰かのヨットに乗れるよ」と言うお返事。彼はヨットクラブの前会長だ。知った顔を探すべく少し早めにクラブに行き、幸いにも友人が留学していた頃毎週乗せてもらっていたヨットのメンバーを発見。クルージングヨットではなく、小型のレース艇で勝ちに行くタイプの艇だったのでちょっと躊躇したがオーナーの「泳げるか?」と言う一言で結局そのヨットに乗せてもらうことになった。

何とヨットクラブでばったりそのハンクに会う。クリスマスに本土へ帰り、今日戻ってきたとのこと。確かに私たちがハワイに着いたのは23日の金曜日で、この日は30日だった。居なかったのは本当にクリスマスだけだったらしい。年末だなんてとても思えない。「乗るの?」「Yes.」私たちもヨットに乗り込んだ。

いつものようにヨットクラブの芝生の庭にぶら下げてある鐘と対岸の一番高い椰子の木の間のスタートライン手前でスタートを待つ。あちこち行き交いながら知り合い同士挨拶したり、からかったり、ジョークを飛ばしたりする大型艇が何艇も、狭い水路の中を行き交うのだから結構神経を遣いそうな物だが皆ビール片手に歓談しながら操船している。レベルが高い。ギリギリでタック。日本のレースだったらこうは行くまい。きっと誰かが大声で怒鳴っているだろう。ここで聞こえるのは笑い声だけだ。小型艇から時間差のスタートをするのでゴール順がそのまま順位となる。スタート。港の出入口にはいつものようにカメが泳いでいた。

良い風が吹いている。だんだんに陽が沈む。ヨットは順調に滑るように走っている。太陽が海の向こうに半分くらい隠れた時、海から見えるワイキキの高層ビル群が金色に輝いた。言葉通り本当の金色だ。太陽自体も黄色からオレンジ色に変わり、最期の一瞬金色になる。ハンクの乗ったヨットとすれ違う。方向転換のタックを繰り返し、マークを回って走る。星が瞬き始めた。確かにハワイに居たら、私も必ず年間52回出場するだろう。

優勝は逃したものの結構良い順位で戻って来られた。このレースに限って私はなぜか順位にこだわらない。オーナーは成績の良かった時にしかヨットクラブの桟橋に停めずすぐに帰ると聞いていたがヨットは桟橋に横付けされた。毎週恒例、レースの後は皆ビールやラム・コークを片手に盛り上がるのだ。私は一気に酔っぱらってしまうのを防ぐため、この日はカウンターでカシスソーダを作ってもらった。たいてい何でも1ドルから1ドル50セントだ。ハンクや見知った顔とハグし、挨拶し、写真を取って歩き回った。最高に幸せな気分♪

その後夕飯を食べに、友人と私はそのままバスを乗り継いで最高に美味しいピザとビールの店に繰り出した。ハワイ大学の学生が集まるオープンスペースのスポーツバーだ。半分ずつ違う味をオーダーしたピザは薄目の生地がカリッと香ばしく焼けており、それでいてもっちり感も味わえ、これでもかと言うくらいふんだんな具の上でチーズがとろけた。友人は大好きな地元産ロングボードビール、私は味をしめてまたもやカシスソーダ。ワイワイと賑やかなバーは以前来たときのままだ。
あと一日、大晦日の丸一日を倒れるまで満喫しよう。

2006.03.04

―ホノルル帰京 14―

3月になったので何となくモコモコしているジャケットは着たくなくて、昔両親のイタリア土産革ジャケットを着ている。当然その中は薄手じゃないとダメなわけ。会社の駐車場から事務所までのわずかな距離が寒くて走った。2月より寒いなんて、三寒四温って徐々に暖かくなるんじゃなかったっけ?!

12月31日(土)朝:KCC朝市
この日はニューイヤーズ・イブ、つまり大晦日である。誰も彼もが「この時期の滞在は初めて?」と聞いた後で「耳が聞こえなくなるほどの」とか「息が出来なくなるほどの」騒ぎになると言うのだが今一歩よくわからない。家族で紅白歌合戦を見て年越しそばを食べ、ゴォーンと静かに除夜の鐘を聞く日本とはだいぶ趣が違うらしく、大晦日の夜は皆派手なパーティーをすると言うのだ。だったら最後の夜を3人だけでホテルの部屋で過ごすのもつまらないからどこかのパーティーに参加しようと言うことになる。

ハワイ大学の私たちの先生だったダニエルは何とか自分が参加する友人の家でのパーティーに私たちを誘ってくれようとしたが何としても交通手段の確保が難しいと電話が来た。他にもあちこち、アロハタワーの店などでもパーティーをするらしかったが、その後ホストマザーのダイアンも誘ってくれたのでもちろん地元の人と過ごす方を選んだ。申し訳なさそうなダニエルに「ホストマザーと一緒にパーティーに行く」と行って安心させる。場所はあの、クリスマスミサの後にドライブした見晴らしの良いグレッグの友人の家だそうだ。嬉しいことに往復ホテルまで来てくれるとのこと。素晴らしい!日本人と感覚の似ている、つまりおおざっぱではないダイアンから服装は普段着で良く、夜中の12時ごろに終わるので1時ごろにはホテルへ送ると説明された。

ハワイ大学のもうひとりの先生ベスは車を持ってはいたが、騒がしいところは苦手と見えてパーティーは不参加だそうだ。その代わり私たちがこの日もう一度朝市に行くと言ったら彼女も来るとのこと。それに何と帰国日の明日、つまり元旦の朝空港まで送ってくれると言うのだ。「日曜日だし皆パーティーで朝まで飲んでいるから道も空いているのよ」とのことだった。何とラッキーな!

とにかく冷蔵庫のフルーツを食べてバスに乗り、滞在中二度目のカピオラニ・コミュニティーカレッジでの朝市にやって来た。再び来たのは正解だった。何と前回やっていなかった「フライド・グリーン・トマト」が出店しており、初めての味を体験できたのだ。思ったより若いと言うか種類が違うかもしれないくらい緑色の堅いトマトの輪切りにフライの衣をつけて揚げたもので、チーズが入っているようなマヨネーズのソースをつけて食べる。アツアツの揚げたてだ。思ったよりずっとトマトに甘みがあった。

前回じっくり見られなかった店も見ることができた。この日二つ目の収穫、リリコイ・バター。リリコイと言うのはパッションフルーツのことで、そのジュースから作られたクリームの瓶詰めである。外見はシュークリームの中に入っているカスタードクリームのようなものだ。そこから甘さを減らして変わりにフルーティーな酸味を加えた感じ。味見をさせてもらったところ最高に美味しく、虜になった。いくつか種類があって、私が購入したものはパッションフルーツ本来の甘み以外砂糖は入っていないタイプのもの。そのジュースを絞ってミルクや卵を加えて作るらしい。パンケーキやトーストに塗ったり、焼いた肉にも乗せると言う。

S氏も慣れたらしく、良い香りの漂うブースで「本日のお勧めコーヒー」を飲んでいた。もう一人の友人は前回私も買ったジンジャーシロップを日本に持ち帰ることにしたらしい。一通り見終わった頃、ベスが来た。彼女は一目散に、新鮮野菜の店で生のビーツや大根、フルーツを買った。日本の八百屋で生のビーツなんて見たことがない。赤カブかと思った。茹でずにそのまま食べられるアスパラガスなどもあり、次回はここで仕入れた野菜で、サラダくらい部屋で食べようと心に決めた。生姜のようなうこん、つまりターメリックも量り売りされていてベスと一緒に物食した。

これからカハラに出てフラの先生とランチするからバスで行く、と説明したのだがまたもやベスは車で送ってくれると言う。結局ダイアモンドヘッド近くのビーチやカハラの高級ホテルなどをドライブして写真まで撮り、翌朝ホテルまで迎えに来てくれる約束をしてカハラまで送ってもらった。少し時間があったのでもう一度カハラモールを一回りし、先日閉まっていたダイアンお勧めのパン屋に入った。

2006.03.08

―ホノルル帰京 15―

課長がおやつにマシュマロを買ってきてくれた。アメリカのココアに入っているようにココアに浮かべると美味しいのだが新たに発見。コップに入れたマシュマロの上からコーヒーを注ぐとほどよく溶けて良い感じ。砂糖とミルクなしでは飲めない私には砂糖の変わりにちょうど良い。

12月31日(土)午前:パン屋
そのカハラのパン屋は「グレートハーベスト」と言う。私のイメージする「美味しいパン屋」はこぎれいな店にショーケースやカゴが並びいろいろな味や形のパンが売られている、いわば普通のパン屋だったがイメージは覆された。ドアを開けて店に入ると、小さなカウンターとレジしかない。レジの奥の棚には今そこで焼かれたばかりかと思われるパンが見える。ガラスケースなどに入っておらずむき出しである。巨大オーブンの中から出したばかりのような幅の狭い幾段もの飾り気のない棚が天井まで届き、ぎっしりパンが並んでいる。しかも皆同じ形で同じ大きさだ。種類があるのかどうかさえわからない。不思議なことに皆大きくて丸い。どれも皆同じ形、同じ大きさ。巨大なメロンパン型のパンだ。直径20センチはあろうかと言う大きさ。それらはあまりに作りたてで、これから売り場に並べるかのように見えたのだがどうやら客はそれをそのまま買うらしい。カウンター越しなので間近で見ることすら出来ない。

よく見るとパンの名前が書いてある小さな紙切れが棚の各段に留めてある。カウンターでは試食を配っていた。それがまた、小食の人ならそれでランチが済んでしまいそうな厚い一切れを気前よく配っているのだ。いかにも自然の素材を使ってちゃんと焼いてあると言う味がした。精白した小麦粉よりも全粒小麦などで焼いた茶色っぽいパンが主流らしい。ぜひひとつ買って帰りたいと思ったが色も形も同じなのでどれにするか決めかねた。仕方なく、私はメモに書かれている名前を指さしながらいちいちそれがどんなパンなのか尋ねた。私の知っている普通のパン屋だったら「チョコレートコルネにクリームデニッシュ、ラズベリータルト、何だかわからないけどこれもひとつ試してみようか」と店員と会話する必要もなくいくつか買うところだが、何しろ大きいのでたくさん買うわけにはいかない。ここではどうしても会話する必要がある。結局、「ホリデースペシャル」と言う、ナッツやドライフルーツが焼き込んであるパンをひとつ買った。渡されたパンはずっしりと重い。後で聞いたところダイアンは水曜日限定発売の「ホワイトチョコレート&ラズベリーパン」がお気に入りのようだ。つい食べ過ぎて危険、らしい。

その後、カハラから1番のバスでスターマーケットへ。この入り口でフラの先生と待ち合わせをしていた。時間まで、またもや自然食品店やスターマーケットの中を見て回る。乾燥した豆は日本より本当に安く、特にひよこ豆(ガルバンゾー)はお気に入りなので今回合計で2ポンド(1キログラム弱)ほど買い込んだ。茹でただけでも、サラダでも、シチューなどに入れても美味しいのでいくらあっても良い。そう言えばスターマーケットに天然素材で作られた石鹸が売っているとどこかで読んだ。たぶんインターネットのハワイサイトでハワイで生活している学生のお薦めで、ドクターボロナーズのマジックソープと言うものだ。すべて自然素材と言うのも魅力だったがそれより「オールワン」、つまりこれひとつで身体全部洗えると言うので買ってみた。7、8種類の中から刺激の少ない「ベビーソープ」と香りの良い「ローズ」にしてみる。

明るい日差しの下、マーケット前の椅子に座っていると目の前でクラクションが鳴らされ、フラの先生が登場した。前回はご主人の具合が悪くて会うことが出来ず、今回も今まで会えなかったので久しぶりだった。思い切りハグ。「ランチは何が良い?」「何でも。」「魚は?」「もちろん好き。」ってことで彼女の車で連れて行かれたのは私が行きたかったけどまだチャンスのなかった「ヤマズフィッシュマーケット」だった。

2006.03.12

―ホノルル帰京 16―

社会保険センターの4月からの前期英会話講習会に、やっぱり継続申込みした。確かこれで5期目だったかなぁ。毎週仕事が終わってから30分後に始まるため慌てて運転して行かなくちゃならないし、駐車場もいっぱいだし、多少面倒だと思うこともあるけど、帰り道はやっぱり行って良かったと思うので続けることにした。ずっと何年も殆どメンバーが替わらないのも珍しい。しかも定員25名になることはまずない。昨日なんて8名しか居なかった。オーストラリア人のブライアンもいろいろ工夫を凝らしてくれるので授業自体もとても楽しく、これで半年2万円を切るとあればリーズナブルを超えて破格と言うべきだよね。

12月31日(土)午後:ランチと荷造り
「フィッシュマーケット」と言っても日本のような魚屋ではなく、総菜やランチを売っていた。長いショーケースとカウンターだけの店で、結構たくさんの店員と客で混み合っている。店員のうしろの黒板にランチメニューがかかれていた。どうやらハワイアンフードも扱っているらしい。ここでランチを買ってすぐ近くの公園で食べようと言うのだ。何と素晴らしい提案!私はアヒ醤油ポキ(マグロのぶつ切りをネギや醤油で和えた物)の量り売りをスモールカップに入れてもらい、小さなカップに入ったサラダとアイスティーを購入。S氏はそれにライスを加え、もう一人の友人はハワイ料理のカルーアビッグ弁当をゲットした。これは豚肉をティーリーフと言う葉っぱで包んで蒸し焼きにした物。それらを公園で広げた。鮮やかな緑の芝生に直に座る。青い空と風が気持ちよい。時折子供がスケボーで通りかかる。フラの先生はハワイの人らしく、ロミロミサーモンとポイだった。ロミロミとは揉むと言う意味でスモークサーモンにタマネギなどをミックスしたもの。ポイはタロイモで作った紫色のお粥のようなものでご飯代わりに食べるのだ。どれも美味しかった。ハワイ料理は日本人好みだと思う。

先生は私に手作りのレイやキルティングで作ったアルバムをプレゼントしてくれた。手芸が得意なので時々あちこちのフェアで売っているのだ。フラの話、フラの時に使う打楽器IPUの話、ウクレレの話、そしてご主人の容態などを食べながら話した。話すと言ってもこう書くと普通に話しているように聞こえるけど何とか意思の疎通を図る程度。それでも楽しかった。ご主人は糖尿病で足を切り、視力も弱っているらしく食べることが楽しみなのだが当然食事制限が厳しい。だから先生は自然食品を使ったり、砂糖を使わないお菓子を作っていると言う。今まで気にしていなかったけど食品表示を良く読んでみるとびっくりすることが多いとのこと。冷凍の鶏肉、ハワイのスーパーでよく見かける箱入りで売られている鶏の足、は冷凍する時に塩が添加されているのだそうだ。塩分も油分も糖分も控えなければならない糖尿病には危険がいっぱいなのだ。同じ病のS氏、先生の言ったことわかったかなぁ。

大晦日とは思えないほどのゆったりしたランチを終えて、私たちはホテルまで送ってもらった。最後に部屋から近いアラモアナ・ショッピングセンターを一回りしてから、朝は開いていないホテルの事務所へ寄ってチェツクアウトを済ませる。夜、ダイアンとグレックがニューイヤーズパーティーの迎えに来てくれるまでABCストアでもらって置いた段ボールに各自荷物を詰め込み、シャワーを浴びて休憩。ダイアンからの電話で、またまた意味不明のピンクの伝言メモが届いていたが友人が何とか解読した。予定は30分ほど遅れ、迎えに来てくれるのは隣のホテル前らしい。車を停めるスペースがないからだろう。

毎度のことながら行きの荷物は皆デイパックひとつなのに帰りはカラのまま折り畳んできたスポーツバックなど(私は布製のレスポートサックのスーツケース型バック)と段ボールが増え、みんなの荷物は数だけでも3倍になる。だけどカゴバックを4個も買った割には思ったほど多くもなく、持ってきたデイパックは畳んで仕舞った。段ボールには豆やドレッシング、チョコレートなどの食品と古着屋やセールで買った服を入れる。ドレッシングがこぼれないよう、厳重にビニール袋に入れた。私のかさばる荷物はカゴバッグだったが友人はウクレレケースを別に持つ必要があった。これらは機内持込にする。

そして午後8時30分過ぎ、部屋に鍵をかけて3人でホテルを出る。隣のホテル前に、少し遅れてグレッグの黒っぽい日本車が滑るように入って来た。

2006.03.16

―ホノルル帰京 17―

お天気の良い日曜日に散歩に出かけた。3度目。おにぎりと飲み物とタオルに万歩計を持って家から歩く。一度行った動物園の上、つまり山の上にロケットがあって公園になっているそうなのだ。ご存じ鹿児島は種子島でのロケット打ち上げが有名だけれども、その実物大のロケットが展示されていて国道からでも見えるのだ。そこに行った。片道1時間弱、約7,500歩。公園は思いの外整備されていて見事な眺めの展望台やハーブガーデンなどもあったが、ほぼ同距離の動物園と違って散策は坂道だった。全行程2万歩弱。帰りに温泉に入ったもののアパートに帰ってからきっかり24時間、下半身のだるさに苛まれた。結局筋肉痛はなかったけどあれは何だったの?!

12月31日(土)夜:ニューイヤーズイブパーティー@
ダイアンとグレッグが連れて行ってくれたのは先日の、あの山の上の眺めの良い家だった。ボートが陸置されている芝生の庭から玄関に入る。ダイニングのテーブルには料理が並び、10名くらいの人達が食べながら歓談していた。カウンター越しのキッチンの中はとても広く、二人は片っ端から中にいた女性達とハグの挨拶をしている。よく見るとダイニングの外のテラスにも同じようなテーブルがあり、そこにもまた何人かの人たちが料理を楽しんでいた。結構な人数だ。一度に紹介されたは良いが、こうなっては到底名前も覚えきれず、一体誰がグレッグの同級生なのか、つまりその家の主さえ判別するのは難しかった。「こんにちは」くらいの、怪しげな日本語を披露してくれた人はいたけどもちろんすべて英語だった。

おろおろしているとあちこちから「さぁ好きな物を食べなさい」と勧められて、ダイニングのテーブルに居た人たちは魔法のように消えてしまった。どうやら交代の時間らしく、ダイアンが渡してくれた赤ワインのグラスを持って席に着くとすばらしいご馳走!巨大な魚が丸のまま一匹、皿に横たわっていた。魚も凄いけどこんな皿が有ること自体凄い。何とか聞き出した所によると「オナガ」と言う魚らしい。「じゃ、日本語じゃないの!?」と思ったが、こちらの人には日本語だという意識はないらしい。どうやら鯛の一種で「尾長鯛」と言うらしい。やっぱり日本語だ。そこに居たおじさまの息子がどこか島の近くで昨日釣り上げてきたそうである。白身がプリプリもちもちとしていて、やっぱりすこぶる美味しかった。その家の主の妻をやっと見つけて料理法を聞いてみた。そうそう、その家はAKAKI家と言うらしい。赤木?!だけど誰も日本語は話せない。奥さんは自分を「チャプスイ」(中国語のお粥になぞらえて混血)だと言っていた。皆フレンドリーでとても居心地が良く、心配していた違和感や疎外感はみじんも感じられなかった。皆上手に、当たり前のように箸も使っていたので私も当たり前に使った。

「尾長鯛のスチーム」
どうやらこの巨大な魚は蒸してあるそうだ。一匹丸のまま蒸すことが出来ると言うのも驚き。チキンスープと尾長鯛の上から、熱した油に入れて揚げたスライスにんにくを油ごとかけるのだと言う。ジューと言う音が聞こえてきそうだ。その際にんにくは焦げたくらいが美味しいとのことで、皿のスープの中から焦げたにんにくをすくい上げて見せてくれた。その上からネギとパセリの刻んだものと醤油を加えて蒸す。中華料理だ。

他にも数々の料理が並んでいた。まず、マグロの刺身。大振りで厚めに切った刺身はもちろん冷凍ではないので味が濃く、最高に美味しい。醤油とわさびもあった。ここで驚くべき事はツマだ。日本では一般的に刺身のツマは大根と決まっている。鹿児島では「トイモガラ」と言って芋の茎を使うこともあるらしいが結局これは代用品で基本的には大根である。それがなんとここハワイでは当然のようにキャベツだった。(^_^;)私のイメージではキャベツの上にはたいてい揚げ物が乗っているのだが、彩りとしては悪くはなかった。だけどとても妙な気分。「日本では大根を使う」と言ってはみたけど「あら、そう」ってなもので、この私の違和感は通じなかった。ハワイにも大根は売っているので次回行ったらぜひ大根のツマを切って見せ、「日本ではどこの家でも刺身にはこのような大根のツマだ」と言ってみたい。

「コレ」と言う魚の唐揚げも美味しかった。小振りのカレイくらいの魚で平べったく黒っぽい。それが丸ごと揚げてあってバリバリ食べる。チキンや豚肉なども味付けして焼いてスライスしたものが山積みになっており、各種サラダの他にロール寿司(太巻き寿司)やパンもある。他にも堅焼きそば(長崎の皿うどんのような物)、なぜかスライスしてある薩摩揚げの大皿、一面にマッシュポテトが敷き詰められたオーブン料理などなど。ただひとつ、私が箸を付けなかったのは何やら怪しげなショッキングピンク色した料理の小鉢だった。

2006.03.20

―ホノルル帰京 18―

唐津で静養しています。ゴロゴロして、ワイワイ喋って、マッサージを受けて、映画を見て、ウクレレを弾いて、美味しい物を食べる。まぁ、基本ですな。

12月31日(土)ニューイヤーズイブパーティーA
「TZATZIKI」
どう見ても質の悪い着色料の色だ。あまりにも色がけばけばしかった。この料理は「ザジキ」と発音するらしい。この家の夫婦の、どちらかの姉妹が嫁いだ先がギリシャで、ご主人はギリシャ人だった。その夫妻もギリシャから里帰り?していた。今度はギリシャ料理である。S氏が糖尿病だと言って勧められたビールを断ったとき、「この料理なら大丈夫よ」と勧められたのだ。「?」。一見、一番身体に悪そうだった。中身はヨーグルトとすり下ろしたにんにく。塩さえ入っていないそうだ。じゃこの色は何なのかと言うとビーツだそうである。日本で生にお目にかかることはないが真っ赤なカブのようなもので、ラディシュなどと違い、中まで真っ赤な野菜である。ロシアのボルシチとか、サラダの上に缶詰のビーツのスライスが乗っているくらいしか馴染みがない。それを生のまますり下ろしてヨーグルトに混ぜるそうだ。それだけでこんな、本当のショッキングピンクになろうとは。一般的には(種を抜いた?)キュウリをすり下ろすそうだがパーティーなどの席で使うときは色がきれいなので(きれいすぎると思うけど)ビーツにすると教わった。これはディップで、生のブロッコリーや野菜、クラッカーやパンにつけて食べるとのこと。恐る恐る食べてみたけど確かにヨーグルトとガーリックで、外見に似ず優しい味がした。

本当に、違う国には日本人が想像も出来ないような料理がたくさんあって楽しい。しかもここハワイの普通の家で味わえるのは得した気分♪ ギリシャ人のご主人とセーリングについても話した。ギリシャには島が多く世界的にも有名なクルージングスポットで、彼もヨットに乗ると言う。共通の趣味もまた、会話の重要な要素だ。ギリシャでセーリングするなら8月がお勧めだそう。その前は天候が荒れてキケンらしい。S氏は先ほど食べた魚を釣ってきた息子を持つ父と釣りについて、ジェスチァーも、知ってる単語も全部総動員して話して?いた。

お腹が一杯になってきたのでデザートに取りかかる。これまたカウンターの上にぎっしり、皿が落ちるほど各種のデザートが並んでいた。私のお気に入りは小さく切ったコーヒーゼリー、こちらではコーヒージェロと言うらしい。ブラックじゃなくてミルクコーヒーの色。ちゃんとデカフェ(カフェインなし)なのだそうだ。ダイアンの作ってきたプリッツェル・オン・ザ・チョコレート(いくつかに割ったちょっと塩味のプリッツェルをチョコレートでコーティングしたもの)には赤い粉がかかっていた。聞いてみると何とパプリカ。料理に使うパプリカを、彩りがきれいだからと言ってチョコレートにかけるなんて考えたこともなかった。どうも私は頭が固いらしい。大きな丸いガラスの容器にスポンジと生クリームを交互に「これでもか」と詰め、イチゴが載っている夢のようなデザートはハワイの別の家でも食べたことがあった。

外ではパンパンと結構派手な音がし始め、時折歓声が聞かれ、煙も流れてきた。ついに「戦争のような」花火が始まったに違いない。サンダルをつっかけて外に出る。あたり一面煙っている。芝生の庭を囲むように、道路側に向いて観客席の椅子が並んでいた。いつの間にかダイアンとグレッグも外に出ていた。誰かが次々に火をつける。とにかく花火と言ってもおとなしいものではなく、爆竹のような音だ。地面に直に置いて火をつけ、盛大な音と火花が散るものや、本当の爆竹を何メートルも繋げたリボン状のものに点火する。庭に置いてあったボートの舳先にぶら下げたまま火をつけると派手な音と共にリボンがくねくねと跳ね、全部が爆発し終えるまであまりの音に会話は出来ない。

よく観察してみると騒いでいるのはこの家だけではなかった。どこの家も、遠く下の方に見えるワイキキあたりも皆騒いでいるのだ。どこか大きなホテルからは花火大会の時のような花火が上がっていた。そろそろ年明けである。

2006.03.25

−ホノルル帰京 19−

鹿児島も暖かくなって来ました。ようやく最終回です。

12月31日(土)〜元旦:ついに帰国
AKAKI家では深夜に近づくと再びキッチンが活気づいた。まずどうみても日本酒を飲むあのおちょこが30個以上並べられ、酒?が注がれた。爆竹の最後に配られた線香花火のお兄さんのような花火を振り回しながらみんなでその酒を頂く。どうやら日本酒じゃなくて焼酎のような味。結局銘柄は不明。皆、気分は絶好調だ。そして再びダイニングに集まり、パーティーの最後に必ず食べると言うポッチギースープが登場した。それもどこかホテルの立食パーティーで出てくるような巨大な銀色の四角い鍋で、下にバーナーがついている。そこに並々と作られたスープはトマト色。ハワイで何度か食べたが日本人の口に合うミネストローネのようなスープなのだ。ポッチギーとはポルトガルのことで、ピリッと辛いポルトガルソーセージが入っている。あとは豆と野菜。聞いたところによると豆は3種類も入っていた。私の好きなガルバンゾーも見えた。そしてテーブルにはパン。そりゃあ日本だって夕飯のあとに年越しそばを食べるけどこんなボリュームはない。配られた器に少しだけ盛りつけると案の定もっと食べなさいととがめられた。だってあんなにたくさんの夕飯とデザートを食べたのはついさっきなのに。とりあえず席についてスープを頂く。さすがにパンには手が出ない。だけど暖かく、優しい味がした。

ダイアンの予告通り午前1時ごろパーティーはお開きとなった。そう言えばグレッグは運転のためお酒を飲んでいないようだった。たぶんダイアンが「パーティーに参加するかわりに運転してね」と言ったに違いない。再び全員とハグの挨拶をして、来年もぜひ来るように言われ、ギリシャ人からはギリシャにも来るように言われ、私たちも心からまた来たいと思い、AKAKI家を出た。滞在中初めての雨がぱらついていた。ホテルの前まで送ってもらって倒れるように眠る。朝まで一度も目覚めなかった。

朝、冷蔵庫の残りのジュースなどをお腹の中に片づけて、昨日まとめておいた荷物をひとつずつズルズルと部屋からエレベーターの前まで引きずり出す。3人だと楽チン。各部屋忘れ物の点検。約束の7時より少し早かったけどいつもハワイタイムのベスがすでにホテルの前に来てくれていた。ベスは良い香りのプルメリアの花をピンで私の髪に留めてくれた。出発。最後まで「まだ時間があるから朝食やお土産を買いにスーパーに寄れるけどどう?」とあちこち勧められたがもう充分だった。空港の前に車を停めて記念撮影。この時撮った友人の顔は小さい子がだだをこねるように「帰りたくない」と主張している。もちろん私もこのままずっとここに居たかった。とうとうベスとハグをして別れた。手荷物検査は靴は脱がされたものの段ボールの中を開けられることもなくあっけなく終わり、前回に引き続きなぜかJALのラウンジが使えると言われたので朝食を持ってラウンジへ向かう。

恒例のホットドッグとスタバのコーヒーは辞め、バーガーキングのワッパーを持ってラウンジにたどり着いた。飲み物も飲み放題、静かで、トイレもきれいで搭乗時間まで快適に過ごす。飛行機は3人並んで二階席が取れていて、往路よりやや席と窓のスペースがあった。元旦である。フライトアテンダントがお正月の絵柄がついた紙箱を配ってくれ、中に入っていたおとそ用のおちょこに日本酒が注がれた。疲れと酔いの酔い気分でウトウトする。だがしかし、私には買い物があった。

往路に見た機内販売誌で、私が以前から気になっていたティファニーのブレスレットが載っているのを見つけてあった。留学中ホストマザーのダイアンも毎日身につけていたもので、近頃はお気に入りの映画、そうそう今回アカデミー主演女優賞を取ったナントカ・ウィザースプーンの出ている「キューティーブロンド」のイントロ部分に出てくる太めのチェーンにハートがぶら下がっているものだ。ハワイの滞在中に大きな買い物をしなかったら帰りに買おうと思っていた。ここまで友人の高級ウクレレとS氏の育毛剤を上回る買い物はしていない。ブレスレットはたぶん、日本で買うよりだいぶお安い2万円。それを購入することにした。何とJALカードで購入したので更に1割引となりゴキゲンだった。

時差のため翌日、日本着。屋外じゃないのに飛行機から渡された成田空港への通路に出たとたん、現実を思い知った。寒い。誰か知らない乗客が「だから帰ってくるのは嫌だと言ったんだ。」と大声で誰かに怒鳴り、通路の人たちは皆ニヤッと頷いた。

2006.04.01

−ククイナッツさん−

そんなわけで現在に至る。帰ってきてからはカハラのパン屋で買った美味しいパンと朝市で買ったリリコイバターを食べ、会社にはクリスマス柄の包みのついた弁当箱と半額セールで買ったスタバのクリスマスバージョンマグに中華街で買ったウーロン茶か、朝市で買ったジンジャーシロップにレモンとお湯を注いで持っていく。休日には寒くてもカゴバックを使っている。時々クリスマスセールセールで買った服を着る。お気に入りの写真はハガキに印刷してフラの先生手作りポストカードケースに入れて友達に見せた。私の場合一回のハワイ旅は計画段階から考えると前後半年間は楽しめるわけ♪次はいつかなぁなんて考えていたら、あちらで結婚して住みBBQをご馳走してくれたマサコからメールが来た。カメハメハ王生誕記念行事があり、レインボーシャワーツリーの咲き乱れる6月が気候も最高だとか。ほほぉーっ。6月には行ったことがなかった。だけど6月には祭日がないのよねぇ。いつかきっと。

そして更に英語の勉強を続ける。私って結構意思が堅いのかしら。ほほほ。今月久しぶりにTOEIC試験を受けたのだけれど2時間集中(緊張?)するのも久しぶりなのでヘトヘトになった。次回から試験内容が「より実際的に?!」ガラリと変わるそうで、何となく受けておいて良かった。だけど「TOEICが目的じゃないのだから」と言い訳して専用の勉強をしていないのでリスニングは聴き取れたけど穴埋め問題とか正誤問題の文法はそりゃあヒドイもの。長文読解ももちろん時間が足りない。だけど今回初めて自分が何をしているのか、どんな試験だったかわかった感じ。会話と言うか何とか意思の疎通を図るだけだったら確かにそこにofが抜けていようといるまいとだいたいの意味は通じるし、アドバイス(advice)が名詞で、アドバイズ(advise)が動詞だなんて言うややこしい問題もあまり気にならないんだけどなぁ。だけど今のところ英語が向上しているのか後退しているのか測る手だては他に思いつかない。

ハワイから帰って最初のイベントは今月の「ハワイ報告会」。まぁ、花見と同じで理由はどうであれみんなで集まってワイワイ出来れば良いと言う類のもので、一昨年一緒にハワイへ行った佐賀県唐津の刑事さんの家へ、今回は恒例の年末年始も行けなかった訳だし、いつも一緒にハワイに行く3人でお邪魔することになった。そしてそこにククイナッツさんもお誘いした。ククイナッツさんと言うハンドルネームの女性とは何とインターネットを介しての知り合いなのだ。私がなんちゃって留学しているときの「マヒマヒ日記」を読んでお便りをくださったり的確なアドバイス(advice)をしてくれ、ハワイでも一度お会いしている。彼女は仕事の休みをやりくりして毎年半月ほどのハワイ旅行をひとりで楽しんでいるのだ。何と彼女も二つ返事で来てくれることになった。私と友人は車で、S氏とククイナッツさんは飛行機で唐津に集まり、ハワイの写真を見せ合い、映画を見、ラブラドールと散歩をし、鍋やBBQを楽しんだ。彼女から見る私たちは「好きなことを言い合っていて楽しい?!」のだそうで、おとなしい彼女はカルチャーショックを受けたかも。

彼女はほぼ初対面レベルの私たちにお土産を持ってきてくれた。まず地元で有名なコーヒー豆を持ってきてコーヒーを入れてくれ、みんなにひとつずつ黒七味の可愛い缶をプレゼントしてくれた。薫り高いコーヒーはコクがあって美味しかったし黒七味は初めてだった。外見は七味唐辛子の赤に対して名前通り黒く、黒ごまや山椒が入っている。香りが良く、今までに試してピッタリだったのはみそ汁、うどんなどの麺類、キンピラゴボウ、麻婆豆腐にも良く合う。そして究極のお土産は何とヘチマ。鹿児島では確かにみそ汁の具などにして食べるが、お風呂で身体を洗うアレである。驚いたことに彼女はそのヘチマを作ることが趣味なのだそうだ。それをひとり一本ずつ?!配ってくれた。今までヘチマ作りが趣味だという人と出会ったことはなく、よく考えてみると天然のヘチマでちゃんと身体を洗ったこともない。頂いたヘチマは振ってみるといくつか黒い種が飛び出して来た。本物だ。適当な長さに切って使うこと、必要で有ればヒモを通して使っても良いことのレクチャーを受ける。濡らすと思ったほど痛くなく、適当な堅さがあって心地よい。病みつきになりそうだ。「やっぱり枕はそば殻ね」なんて言っているおばあちゃんのように、私も「身体を洗うなら天然のヘチマでなきゃ」なんて言いそう。

新しい友人と過ごすのはお互いに知らないことがたくさんあって刺激的だ。



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