(第十五段)   


2005.03.05 −S氏のこと−

何度も登場しているS氏である。糖尿病と診断されてからはビールを(ほとんど?)止め、脂っこいものを控え、もとが何だかわからなくなるほど調味料をかけることをやめて、何とか普通の人の食生活をして(重ねて言うがやっと一般的だと言うくらいで)体重と血糖値と血圧を低下させた。薬もだんだんに減らすことが出来、去年はみんなでハワイにも行った。だがしかし、一度壊れた身体を元に戻すほどの食生活をしているとは到底思えなかった。どうみても私と同じくらいかそれ以上で、ともするとお正月の数の子や昆布の佃煮をご飯に乗せて食べていた。子供がお菓子を欲しがるように、取り上げようとすると力ずくでも口に入れた。みんなで居る時にそれなのだから、ひとりで居る時に食べているものは推して知るべしってことだ。運動嫌いなS氏は何だかんだ言い訳をつけて最近運動も怠っているようだった。

そのS氏から、再び連絡がなかった。おかしいと思い始めたのはバレンタインのチョコを贈った時。カード式で小さなチョコが2つ3つ付いているだけのものだが、まじめなS氏はたいてい電話かメールで礼を言ってくるはずである。別にお礼が言って欲しいわけじゃなくて、その連絡も出来ないほど具合が悪いのだとしたら結構やばい。糖尿病が発覚した時も彼はメールが出来ないほどだるいと言う症状に見舞われていて、くどいほどすぐに病院に行けと言ったのだ。それでも直接病院には行かず、人間ドッグを予約し、そのドッグを受けている最中にそのまま病院に回された。誰が考えてもさもありなんと思われる。

S氏に、一言だけ「生きてる?」と携帯メールを打ってみた。半日ほどしてやっと返事が返ってきた。な、なんと、今度は「眼底出血」したらしい。

糖尿病のおさらいをしてみよう。
食事をして吸収されたブドウ糖は血液中を流れ筋肉に運ばれるのだが、なぜか筋肉に取り込まれないまま血液の中で増えてしまう。筋肉に取り込まれるために必要なインスリンと言う物質の働きが悪いのだ。この状態を「血糖値が高い」と言う。つまり食べても食べてもエネルギーにはならない。S氏や糖尿病の患者がそのままの生活を続けると、手足がしびれる神経障害、失明する網膜症、心筋梗塞や脳卒中を引き起こす動脈硬化と言う病気になる。そして「血液中の糖は、増えるとそれを薄めようとして水分を取る」ので、血圧が高くなる。高血圧もまた、動脈硬化になり、悪循環の環が出来る。血管が通っているところ至る所に危険物質を抱えているようなものだ。

つまり何とか薬や食事で今の血糖値と血圧を一時的に下げたとしても、一度傷んでしまった血管はそうすぐには元には戻せない。そのボロボロになった血管のひとつが何かの拍子に切れるわけで、S氏は仕事中、「何だか変だなぁ」と思っているうちに左目にトカゲのしっぽと言うか、ススキの穂のような影が見えて、それが広がって視界が1/4くらいになっちゃったそうである。片目がほとんど見えなくなったわけだ。そのトカゲのしっぽは光に透かしてみると赤く見えるそうで、血管だったようだ。ついに目の奥に接続された血管が切れたのだ。

現在S氏は目の中にトカゲを飼ったまま仕事も車の運転も出来ず、半月ほど先の治療の日を待っている。何とパソコンの文字を虫眼鏡で読んでいるそうだ。思い切り目に悪そうである。「新しい目が欲しい」と彼は言った。まだ、何もわかっちゃいなかった。近視の私より彼の方がずっと良い質の目を持っている。目のせいじゃない。目に繋がっている血管の修復を怠ったためなのだ。よしんば目を交換したところで同じ結果だろう。「血糖値はだいぶ下がっているから、眼底出血は糖尿病のせいじゃないかも」とも言い出した。「じゃ、何でそんなに簡単に眼底出血が起こるのよ」!糖尿病は特別なウィルスなどの病気ではなく、ただの「生活習慣病」なんだと、どうして気づいてくれないのか。あなたの、その生活習慣がそもそも間違っていたわけで、血糖値だけ下げても修復に至るまでには改善されていなかったからそんなことが起きたのだと、どう言えばわかってもらえるのだろうか。何を読んでみても治療方法は「減塩」と「運動」なのだ。夕飯に何を食べたのかと尋ねてみると「寒いからおでんだ」と言う答えが返って来た。塩分の多い汁に、塩をたっぷり入れて練る薩摩揚げが、自分の身体を痛めつけていることをどうしてわからないのか、不思議である。当初から勧めている糖尿病食の宅配も頑なに拒み続けている。

S氏に、別の知り合いの女性が糖尿病のために足を切断したと言う実話を話した。彼女はインシュリンの注射を打ちながら羊羹を丸々1本食べていたそうだ。羊羹を丸ごと食べているようじゃ足の切断もやむを得ないとS氏は言った。おでんを食べているようじゃ失明もやむを得ないと第三者から言われるだろうとは思わないのだろうか。そもそももう10年も前から周りの友人達は「そんなに醤油をかけると病気になるよ」、「そんなに血圧が高いのは変だから病院に行ったら」と何度も勧めている。何か起こるたびに「だから言ったでしょ」と誰もが思う。本人だけは気づかないものなのか。

人間は弱いものだと痛感している。どんなに言っても本人にその気がなければ無駄なのだろうか。説得が得意の私もさすがに壁に突き当たっている。完全に目が見えなくなってから「だから言ったでしょ」と言うわけにはいかない。

2005.03.09

−毎日のごはん−

だけど「生活習慣病」とはよく言ったものだ。もともと毎日の食事だけで自分の身体は鼓動を打ち、血液を作って循環させ、物を見、嗅いで、聞き、手や足を動かしているなんて凄いことだ。挙げ句心で感じ、頭を使っているなんて考えられない。朝は寝坊して抜き、昼はコンビニでおにぎりかカップラーメン、夜は揚げ物の多い市販の弁当かレトルトなんて生活を続けていて身体が正常に動くはずがない。反対に朝食にはご飯とみそ汁に焼き魚とか野菜たっぷりのサンドウィッチと牛乳や野菜ジュース、昼はバランスを考えて塩分控えめにした自前の弁当、夕飯は野菜や豆腐をたっぷり入れた鍋などを食べていたところで、たったそれだけのことで維持できるとも思いにくい。身体の大きさから考えれば、たった一杯の飲み物とか、一膳のご飯とか、一切れの肉や魚なんて全く役に立たないように感じられる。だから一食くらい抜いたって、いい加減なものを食べたってたいしたことはないとつい思ってしまう。だけどその食事をないがしろにしたせいでたくさんの人が病気になっている。その食事で私たちの身体は動いているのだ。

糖尿病である友人のS氏が眼底出血を起こし、目が見えなくなるかもしれないと言う危機(現に今は治療が済むまで仕事も運転も出来ずに家にいる)に見舞われたことで私は一層食べ物に気を遣おうと考えるようになった。大昔、「その一口がブタになる」と言うフレーズがあったけど、その1グラムの余分な塩が、砂糖が、油が、身体を痛めつけていると考えると快楽ばかりにひたってもいられない。

3月になって一時中断していた「毎日の体重測定」を復活させた。人間、怠っていると思うと後ろめたくて量る気になれないものなのだ。職場が変わって車通勤になったおかげで運動不足である。それから「どうせ食べるなら身体に良い物を」と言うことで、最近流行の寒天を購入。食物繊維が多くてカロリーは0、こんなに良い物を使わない手はない。ご飯を炊くときには粉寒天を2グラムほどパラパラと入れる。入れたか入れないか食べてみてもまったくわからない。わからないうちにお腹がふくれたり、食物繊維が取れればこんなに良いことはない。便秘にもダイエットにも良いそうで私の好きな一石二鳥である。会社の友人は昼食前にお茶に溶いた寒天を飲んでいる。のんびり飲んでいると固まってしまいそうで、どうも美味しそうじゃない。だいたいこう言った類のことは「無理」とか「我慢」はいけない。長続きこそが肝心なのだ。

この寒天は結構何にでも使える。グラタンのホワイトソースにも入れてみたがまったく変わりはなかった。ただ、野菜を軽く炒めてスープ煮にし、片栗粉の変わりに寒天でとろみをつけて弁当に入れたところ煮こごりのように固まっていた。だがそれもまた美味しかった。90度で溶け、40度で再び固まるそうだ。棒寒天を煮溶かして牛乳寒も作ってみた。これにフルーツでも入れれば、アイスクリームやビスケットよりずっとヘルシーなデザートになる。ちなみにスティック状や小袋などいろいろ探してみたが砂糖などの添加物がない純粋な粉寒天は2グラムあたり40円弱と言ったところ。棒寒天も1本90円ほどするのであまり変わらない。今は流行でどこも売り切れ状態なのでもう少しお徳用などが出て安くなってくれれば嬉しい。

野菜、ヨーグルト、ゴマ、海草、豆も極力毎日採るようにしている。豆は主に豆腐や納豆、たまにひよこ豆を茹でて食べる程度なので今は「きなこ」をデザートではなく食事に活用出来ないかと考えている。知り合いの家ではみそ汁を入れるお椀に入れてその上にみそ汁を注ぐそうだ。いろいろ考えるのもまた楽しい。

2005.03.13

−空を飛ぶ−

「♪あ〜あ、人は昔々鳥だったかもしれないね。こんなにも、こんなにも空が恋しい。」
久しぶりに中島みゆきの「この空を飛べたら」を思い出した。

レンタルDVDは11本目に「ストレート・ストーリー」、それから超有名な「モモ」を借りた。どちらも心温まる良い話だったのだが字幕に英語がなかった。もう一度レンタル屋に行って確かめたのだがパッケージのちょうどその部分に強力なバーコードのステッカーが貼ってあって見えないのだ。気づかなかったはずである。パッケージを引っ張り出して透かしてみたけど大方は見えなかった。はがそうとしてもダメだった。日本語字幕だと普通に映画を楽しんでしまいがちになるけど字幕を消すほどの勇気もなく(って言うかそれだと余計に意味不明だし)、チラチラと日本語を見ながら何とか英語を聞き取るようにした。ひとつやふたつは新しい言葉の発見があるものだ。13本目は英語字幕があるとわかったものの中からジュリア・ロバーツの「モナリザ・スマイル」、14本目はアカデミー賞作品の「恋愛小説家」(AS GOOD AS IT GETS)、15本目には結構新しい作品の「ピーター・パン」を借りた。いずれも良い映画だったが、やはり子供が見るような映画はわかりやすくて良かった。これまで全15本のベストは「チョコレート」ならぬジョニーディップの「ショコラ」、「小説家を見つけたら」、「トレジャー・プラネット」か「ピーター・パン」だろう。

一週間のレンタル期間中2度目の「ピーター・パン」を見ていて、毎日朗読CDを聞き覚えるほどDVDを見ている「ハリー・ポッター」との共通点に気づいた。

多少?!マニアックな話になるけど「ハリー・ポッター」では、人の一番嫌がる嫌いな物に化けてしまうマネ妖怪を追い払う呪文は「レディキュラス」(馬鹿笑い)で笑いが必要となり、人の魂までも吸い取ってしまう恐ろしいディメンターを追い払うためにはもっと強力な魔法「パトローナム」が必要となるのだがこれは呪文だけではダメで「今までで一番楽しかった思い出」を思い浮かべる必要がある。その思い出が強ければ強いほど追い払う力も強くなるのだ。

一方、「ピーター・パン」は子供達に「空を飛んで一緒にネバーランドに行こう」と誘う。「空は飛べない」と言う子供達に「飛び方を教えてあげる。ただ楽しいことを考えれば良いんだ。簡単だよ。」と答えたのだ。

「楽しいことを考えれば何だって出来ちゃう」のは本当かもしれないと思っている。楽しいと思ってやったことはたいてい成功するし、楽しいと思えば辛くない。もともと「楽しくやる」がモットーだったのだがいつのまにか(きっと何か妖怪のせいで)ともすると心配ばかりしていた。心配の海に陥っている時には人は決して楽しいことは考えられず、ディメンターに会った時みたいに「2度と幸せな気分にはなれないのではないか」と思ってしまうわけだ。

春だし、思い切り楽しいことを考えて空を飛んでみようかと真剣に考えている。

2005.03.17

−健康−

より健康な食事をしようと「きな粉」を購入し、どうやって食べようかといろいろ思案した。寒天と違ってなかなか難しい。揚げ物の衣に混ぜてみた。作っているときは「本当に美味しいのか」と疑問が沸くほどすごい香りが台所中に漂ったが、実際できあがった物を食べてみるときなこが入っているのかいないのかわからなかった。味が変わらないなら小麦粉だけの衣より良いかもしれない。

真冬に食べ過ぎて元になる菌がなくなってしまい中断していたカスピ海ヨーグルトを再開した。課の女の子が持って来てくれたのだ。彼女はひとりで食べる分だけを毎日マグカップに作っており、それにカルピスをかけて食べるのが楽しみだと言う。もらった、ほんのティースプーン数杯分のヨーグルトは1日でしっかりとヨーグルトになった。それを元にパイレックスのガラス瓶に移し、量を増やした。できあがった物からマグカップにでも入れて冷蔵庫で冷やして食べよう。カスピ海ヨーグルトの良いところはヨーグルトを買うよりずっと経済的だと言うことと、酸味が少ないので砂糖を入れずに済むと言うこと。なかなか良い。ヨーグルトの元と一緒にもらった季節限定のイチゴカルピスも春の味わいだ。棒寒天で果物を入れて砂糖を抜いた牛乳寒を作り、イチゴカルピスで香りをつけた。カスピ海ヨーグルトと一緒にデザートにした。

そしてまた久しぶりにお気に入りの八百屋に行く。アボガド2個150円、サニーレタス2個100円、長ネギ1束70円、キュウリ1袋80円、しめじ1パック48円、チンゲンサイ1袋70円、大きくて太い漬物用の干し大根2本で250円、小松菜1袋50円、大好きなエリンギと季節物の菜の花も買った。花瓶に入りきれないほどのフリージアの束が200円だったのでついでに購入。白と黄色の他エンジのつぼみがほのかに香っている。

何を食べたり飲んだりすれば良いのか、考えれば考えるほど難しい。人にはそれぞれこだわりや信仰?があって、実家の両親は毎朝リンゴとレモンと人参だけをジューサーにかけたジュースを飲み、朝食後には毎日粉のウコンをオブラートにくるんで飲んでいる。父に至ってはその後梅肉エキスを更にヨーグルトに混ぜて食べるそうだ。会社では毎日来るお姉さんからヤクルトを買って飲んで安心している人もいれば、ビタミン剤などのサプリメントを摂取している人もいる。私も確かに夏場のヨットレースでヘトヘトになった時はビタミン剤を飲むと結構効くようだ。風邪にかかりそうな時はレモンを搾って飲んだり、ビタミンC錠を飲んでいる。

だが世の中には「青汁」とか、「ニンニク卵黄」とか、「アミノ酸」とか、「ナントカ酢」とか、「アシタバ」とか、中には「カバノアナタケ茶」とか言って白樺だけに生えるキノコを煎じて飲むお茶が良いとか、ガンには「アガリクス茸」とか、様々な、本当にいろいろなものがあり、他の人たちはどうやってそれを信じるようになったのかがナゾなのである。確かに何かにすがりたいと言う気持ちはよくわかる。だけど、自分の身体に合ったものが何であるのか知るのはなかなか大変そうだ。

毎日マルチビタミンを飲むことが本当に良いことなのか、自分の身体には何が足りないのか、また多すぎるのか。そりゃあ食べ物だけで完璧な栄養素を採ることが理想だけれども、年々野菜の中に含まれる栄養素でさえ減っているそうだ。排気ガスや様々に化学物質にも立ち向かわなければならない。これからは、出来れば健康診断などで花粉症から近視や水虫に至るまで判断してくれて「あなたには○○が必要です」なんて言ってくれるとありがたい。過剰に摂取したのでは何にもならないもの。

2005.03.26

−Spring has come−

会社の子に「TUTAYAレンタル半額券」の話を聞いたので、さっそくインターネットからプリントアウトして持ち歩いた。16本目から7本、「CSI」を楽しんだ。アメリカのテレビドラマで科学捜査班が事件を解決する話だ。私の好きな話のひとつで、東京でテレビ放映されたと聞いて見たいと思っていたのだ。「CSI2」シリーズも発売されたので早く「新作」から「一週間レンタル可」にならないかと思っている。他には季節はずれのサンタクロースの話「34丁目の奇跡」。これも良かった。よく海外で一年中クリスマス関係の品を売る店を見かけるが私は日本にも欲しいと思うほどクリスマスファンなのだ。そのサンタがニューヨークで裁判にかけられる。人々が「サンタが実在すると信じるかどうか」が争点となる。もちろん私は信じている。もちろん、サンタが勝つ。そして大昔の「チキチキバンバン」、ハリソンフォードの「ハリウッド的殺人事件」(ネーミングが悪いと思いませんか?)。どちらも面白かったが刑事物はとてもじゃないけど英語が聴き取れない。26本目には英語と日本語を教え合っているクリストのお勧めで「グーニーズ」。子供達の宝探しの話だ。私が思い切って買った格安韓国製のDVD機は大活躍。確かに楽しんではいるが英語が上達したかは甚だ疑問。

新しく勤め始めた会社の人の理解もあって、社会保険センターの英会話教室を来期も続けることにした。終業後30分で授業が始まるし、遠くなったので早く行かないと間に合わない。半年ごとで3期目である。今期から少し値上がりしたようだがそれでも毎週半年間、23回で2万円しないのは格安だろう。クラスとしては一番上のクラスなのでメンバーも毎回ほぼ変わらず、満員にもならない。初心者のクラスばかりが毎回満員になるのは不思議。みんな途中で諦めちゃうのかも。今期最後の授業は徹底的にいじめられた。「手を抜く」「胸が痛む」「口がうまい」「目を光らす」「眉をひそめる」「頭が柔らかい」「考えが古い」「目が高い」「へそを曲げる」「尻が青い」「鼻にかける」・・・あなたはどのくらい英語で説明出来ますか?

毎週ミスドでエクスチェンジしているクリストとは、彼が新しい英会話教室を開いたため土曜日の午前中に会えなくなってしまった。あちこちの教室や学校を掛け持っているために結構忙しいのだ。何とかお互いに空いた時間を探して36回目の授業は平日の夜となる。土曜の午前中と比べてミスドの客層が違うのは興味深かったが私とクリストの大嫌いなタバコの煙に悩まされた。当たり前だけど朝じゃないとモーニングセットもなかった。TOEICでリーディングの点数がリスニングの半分以下だったと話したので、彼はリーディングの教材を持ってきてくれた。「リアルストーリー(本当の話)」と「続リアルストーリー」と言う本のコピーで、ページ半分ほどの話と写真、それにまつわるいくつかの質問が書いてある。日本の小島から隣の島へ泳いでガールフレンドに会いに行く犬の話と、レモン入り洗剤のサンプルをレモンのイラストに惑わされレモンと間違ってサラダにかけて食べてしまった人の話で辞書を引かなくても難なく理解できたが、「ペットについて友達と話し合う」などと言う最後の設問がやっかいだった。文章に書き、それだけをチェックしてもらった。お返しにひらがなの書き方ノートが終わったので初対面の時の日本語会話をシミュレーションする。どうしても「私は鹿児島住んでいます。」と、「に」や「へ」、「で」などの助詞が抜けてしまう。私がofやon、inなどの前置詞が使えないのと同じだ。彼もヘトヘト。エクスチェンジなんだから私と同じように彼の脳も疲れてもらわなきゃ。

クリーニングに出そうかと思っていたなんちゃってダウンをもう一度引っ張り出して着たほど鹿児島の気温も一時的に下がったけど、ちらほら花見の話も出ている。東京からタイへ修理に行く118フィート(36メートル)、109才の木造ヨットに知り合いが乗ってきたのでみんなで温泉へ行き、食事をした。係留しているヨットの整備を手伝い、錦江湾を少し走った。すでに海上には本格的な春が来ている。

2005.03.30

−春からの英語番組−

ここ半年、NHKと教育テレビの英会話番組はほとんど再放送ばかりで、中には数年前の再放送もあったりしてひどい状態だった。もともと録画して見ていたので3回目、4回目となるともう食傷気味。それで方針を変えてDVDを借りて見まくっていたのだがやっと新年度となる。

新テレビ番組一覧表でももらおうかと行った書店で「チャレンジNHK英語講座2005」と言う小冊子を購入した。500円。冊子には春からのテレビとラジオのタイムスケジュールとそれぞれの説明、それに英語力測定テストが付いている。付属のCDを聞きながらその問題を解く。基本問題と応用問題とに分かれていてそれぞれリスニング問題10問、穴埋め10問、長文読解5問の25問で1問4点の100満点。何点くらいの人はどんな番組を見たらよいか目安の表が付いていて至れり尽くせりだ。

まず、テレビ番組は5つ。すべて新番組だ。5分間放送で有名な「とっさの一言」の今回の舞台はサンフランシスコ。月曜を除く平日の夜11時から10分間の「100語でスタート!英会話」も確か3話目となり一新されるそうでこちらの舞台はイギリス。その後の11:10〜11:30の番組も新しい。「ドラマで楽しむ英会話〜マイアミ7〜」、「テレビで留学!〜ニューヨーク大学英語講座〜」、「3ヶ月トピック英会話 1日まるごと英語で話そう!」の3本。どれも楽しそうだ。だけど「たったこれだけ?」と言う気もする。レベルの目安もない。

レベル分けされていたのはラジオ番組だった。テレビは視聴率のためか万人が楽しめるものでなければならないのだろう。ラジオは「基礎英語1」「基礎英語2」「英会話入門」とここまでが初級らしい。基礎英語の後にある1や2は、良く読んでみたら中学の1年、2年と言うレベルだとわかった。基礎編のテストで92点以上取れたら応用編のテストを解いて「英会話入門」から始まる「英会話中級」、「英会話上級」の中から聴講することが勧められている。

とりあえず基礎編の問題を解いてみた。穴埋め問題を2つ間違って(^_^;)92点ギリギリ。何とか中学を卒業して応用編と言うところだ。どうせ応用編の問題を解いたところでそんなに出来るはずはないから私には「英会話入門」か「英会話中級」が適当と言うところだろう。その他にもラジオ番組は結構豊富で「英会話レッツスピーク」と「ビジネス英会話」、「シニアのためのものしり英語塾」がレベルにかかわらず楽しめるようになっている。

テレビの英語番組は一週間分録画予約して夕飯を食べる時か食後に毎日見るようにしていたが、どうもラジオは放送時間も早朝かちょうど夕飯を作っている頃で具合が悪い。録音しようにもあまりきれいに電波が届かず、どうやって録画して良いものやら。だけどやっぱりレベルにあったラジオを聞くべきなんだろうなぁと思案中。録音出来たところで一体いつそれを聞こうか・・・。

最近メディアばかり増えて余計混乱する。大昔はレコードとカセットテープしかなかったから選択の余地はなかったけど、今はCD、DVD、MDといろいろあって、例えばカセットテープにラジオを録音したら、当たり前だけどカセットデッキじゃないと聞くことが出来ないわけだ。電気屋ではカセットなんてもはや姿はなく、今はMP3。ライターと見間違うばかりで超小型。CDやインターネットからパソコンに取り込んだ音楽などを瞬時にMP3に入れるわけだ。これでラジオ付きのものがあって録音出来ると聞き、探したのだがFMばかりでAMが入るものはなかった。その店になかったのではなく、そもそも発売されていないそうだ。この科学の進歩したご時世にそのくらいの物があっても良いのではないかと思ったのだが今はAMで音楽を聴くと言う需要がないのだそうだ。私の持っているものでラジオを録音出来そうなのは部屋にあるステレオのカセットデッキしかなく、携帯出来るものはMDしかない。どうもうまくいかない。

何とか考えて継続せねば!!

2005.04.04

−始動−

この科学の進歩した時代に、AMラジオをただタイマー録音したいだけと言う私の望みをかなえるのはなかなか難しい。流行の、まるで細身のライターのようなMP3でAMが受信出来るものは存在せず、パソコンもダメで、MD機にも手頃な物はなかった。あちこち電気屋を回ったりインターネットで調べてみたのだが品切れではなく、そもそもないのだ。だったら大昔みたいな安いラジカセでも良いと思ったのだが1,000円〜1万円くらいの各種ラジカセになぜかタイマー録音出来る機種はない。仕方なく、家にあるステレオでカセットテープに録音するか。だがこのタイマーも怪しくて1度きりしか予約出来ない。つまり、昼からの番組と午後4時からの番組を録音したいと思ったら2度に分けることは出来ないので、昼からずっと録音し続けなくちゃならないのだ。NHKラジオの語学講座を聴いている人は皆生放送しか聞かないのかなぁ。まぁ、何か新しいことをやろうと思ったときの困難はつきものなのでこの程度なら仕方ない。

3期目の英会話教室はメンバーが半分ほど入れ替わった。本当の定員は25名くらいなはずなんだけどたいていは10〜15名くらいしか出席していない。今回は少な目だそうで受講する側にとっては有り難い。初めての授業で私が話した女性はなんと「ギリシャに考古学を学びに行きたい」ので英語を勉強するのだと言う。同時にギリシャ語も勉強しているそうで英語ひとつでヘトヘトの私からすれば考えられない。ギリシャはどんなところなのかまったく知らないのでこれからの話をするのが楽しみ。他に「ご主人がトルコ人で妊娠5ヶ月」の女性。おやっ?!確かその人とは何年か前にメール交換をしたことがある。私が誰かネイティブの話し相手を捜し回って国際交流センターに登録していた外国人にメールを送った時に返事をくれた人だ。当時は結婚間近で会えなかったのだがこんなところで会えるとは。途中になってしまったトルコ料理の話を聞くのも楽しみ。

さて、GWに隔年で行われるアリランレースのお誘いを受け、参加することになった。ここのところ外洋に出ていないので、しかも前回の優勝艇なので、ちょっとドキドキ。体重が少し多めなのでお休みの日に1時間ほど歩いてみた。身体が重いと動くのも面倒になり、ろくな事はない。出来れば腹筋も鍛えないと。

2月に眼底出血した糖尿病のS氏はその後、左目にトカゲのしっぽみたいな出血部分を抱え他の部分も「磨りガラス状」でほとんど見えないまま、レーザー治療の日を待っている。左目は光を認識する程度でほとんど見えない。当然車の運転も出来ず、日常生活にも支障をきたしている。当初予定されていた治療日にはそのトカゲのしっぽがだんだんに下に降りてくるだろうとされていたのだが予想を裏切ってそのまま停滞していたため治療出来ず、このまま動かなければレーザー治療は出来ないとのこと。そうなれば手術となる。聞けば何やら恐ろしげな手術で、細い管と細いカメラを目の中に入れ、そのトカゲのしっぽを吸い出すのだという。手術は当然リスクを伴い、要らぬ物まで吸い取ってしまうため、後から何とかと言う目の水分を人工的な水分で補充しなければならないばかりか、網膜剥離になりやすく、更に数年後には白内障になる確率が高いという。手術を受けるには2週間の入院だそうだ。

S氏は昨日になってようやく再三勧めていた糖尿病食宅配の会社に登録し、寒天会社のホームページで私の勧めた粉寒天と塩分控えめの寒天スープを購入したそうだ。生活習慣病と言う名前をもう一度かみしめて欲しい。

2005.04.08

−始動 2−

文房具屋さんの3割引のチラシがポストに入っていた。まず、クリストとのエクスチェンジに教材として使って情報を教え、それから週末に自分でも買い物に行く。ほとんど日本語が読めないクリストは文房具屋のマークと、掲載されている略図、30%OFFの文字で何とか判断出来た。倹約家の彼は(と言うか、一般的に日本人より外国人の方が倹約家だと思う場面が多いけど)、その情報をとても喜んでくれた。

B5版自作単語帳も70ページを超え、開くたびにクリップが吹っ飛んでしまっていたので新しいクリップと、お気に入りボールペン(ドクターグリップ)の替えインクと、小型で缶製の可愛い筆箱を買ってゴキゲン。やっぱり文房具屋さんは楽しい。

さて、春の新番組が始まった。ビデオ予約は一週間の英会話番組を網羅出来たけど、結局ラジオは昼の2:15から3:40までを一気に録音予約することになる。「英会話入門」から始まって「英会話中級」、難しいからホントは抜かしたいけど「英会話上級」、そして要らないんだけど10分間の「ラジオ体操」、「シニアのための物知り英語塾」と「英会話レッツスピーク」である。「英会話入門」のそれより下のレベルは中学生向きの「基礎英語1」と「基礎英語2」だけで、これじぁほとんど番組全部。まぁ、ひとつの番組が15分と短いけどカセットテープを飛ばしながら聞くのも難しいし、夕飯の後にラジオ体操する気分にもなれないんだな、これが。

朝少し早く家を出て、カーラジオで「物知り英語塾」を聞きながら通勤した。これは本来の英会話番組ではないのでほとんど日本語。日本語だと運転していても楽に聴き取れるのが不思議。人って本来、自然に要る情報だけに耳を傾けているのかも。

そうそう、日本の新学期って4月でアメリカは9月だとたいていの人が知っていると思うけど、オーストラリアは1月なんだって。国によって全然違うんだ。アメリカは夏休みの後に新しい学年が始まり、オーストラリアは年末休暇の後だから年末休暇が長いのだとクリストは説明したけど、じゃ日本の春休みが短いのはなぜ?

とにかく私のDNAには「始動の春」が刷り込まれており、5月生まれだからか、どうしても暖かくなるこの時期に血が騒ぐのでここで一気にパワー全開したいところだ。S氏に寒天を勧めたのは私なんだけど、私も寒天メーカーのホームページを覗いて「お徳用かんてんクック」4g×100袋を購入。5,000円以上送料無料の為、新発売の「寒天トマトスープ」も注文してみた。カスピ海ヨーグルトも順調に育っており、毎日お弁当と一緒に生のイチゴやバナナ、リンゴの煮たもの、アーモンドなどと一緒に持って行っている。やはり会社での昼食に心休まるデザートは欠かせない。

開催まで一ヶ月を切ったヨットレースの準備として、ヨットタイマーを電池交換に出した。防水のためメーカー送りすると2週間もかかるそうで早めに出して良かった。何事も予定や日にちに引きずられるのでなくて、自分から引っ張っていくくらいになりたいんだけどなかなか。気持ちのパワーが必要。

2004.04.14

−3代目の電子辞書−

長いこと、SEIKOの電子辞書を使っていた。同じ機種を2台使った。この辞書を選んだのは以前私が愛用していた研究社の「英和中辞典」が使われていたからだ。本当に便利で、一日に何度も使っている。英語以外にも広辞苑も入っていて使わない日はない。留学中は常に助けられた。だけど2台目に買い換えたときも中辞典はまったく同じ第6版で、辞書は進歩していなかった。他に不満と言えば夜や暗いところで画面が見にくいと言うことくらいだ。バックライトが付いた電子辞書が売っていると聞いてちょっと心が動いた。

そこへ友人の電子辞書が壊れたと聞いた。修理代は1万円以上だそうだ。私の電子辞書は新品で1万円くらいだったけど今はいろいろな機能がついて高いものが多く予算内で探せないと嘆いていた。その友人に私の電子辞書を譲り、新しいものを買うことにした。どこの電気屋より、送料を入れてもインターネットの方が安かった。新しい辞書が代引きで届いてから長年使った辞書を嫁に出した。

カシオのEX−wordは機種も多くポピュラーだったけど大きさが気に入らなかった。大きいと携帯しにくいし、何となく携帯中によじれて負荷がかかるような気がする。画面の面積は大きい方が見やすいだろうが面積が大きいほどバッグの他の荷物の重さがそこに加わる可能性も高い。とにかく、どこにでも気軽に持ち運びたいのだ。そこにコンパクトタイプが登場した。強化ボディでもちろんバックライトもついている。

選んだ一番の理由はやはり入っている辞書だった。以前、ヨットの師匠でもあり日本語より英語の方が得意なのではと思える元商社マンに「英語の辞書は何と言ってもリーダーズだ」と言われて紙の辞書を買った。だがしかし、英和中辞典と比べると何倍も大きく、とてつもなく重く、持ち運べないばかりでなく重くてなかなか広げる気になれない。「だったらそのリーダーズが入っている電子辞書があればいいのになぁ」と思っていたのだ。それがあった。普通の英和辞書「ジーニアス」が入っていながら「リーダーズ英和」も入っているのがナゾだったのだがそのナゾも使ってみて解けた。リーダースは語彙や意味が豊富すぎて、勉強したい時には良いけど電車の中などでちょっと調べたい時には不向きだった。出来れば次は英英辞書も欲しいなぁ、と思っていてイギリス英語の「オックスフォード」より、アメリカ英語の「ロングマン」が良いかもと思っていたのだがその望みもかなった。

中には50冊以上の辞書が入っていたりSDカードで好みの辞書を増やすタイプまであったのには驚いたがその、EX−wordの「英語専門」と言うバージョンを買った。なんと「リーダース」に27万語、「リーダースプラス」に19万語、「ジーニアス英和」に9万5千語、「和英」8万2千語、「ロングマン英英辞典」に8万4千語、他に英語類語辞典、広辞苑、漢和辞典に、「とっさのひとこと辞典」までついている。充分だ。と言うより充分過ぎる。購入価格はちょうど2万円。

以前と同じ大きさで更に薄型になった。一台目の時に皮と布で自作したケースは今回も愛用出来た。何よりバックライトが良い。まだ慣れないけど、「単語帳」と言うところに自分がこれはと思った単語や熟語、例文が保管できる。今までは英和と和英の間のジャンプ(例えば和英で調べた単語の例文中の別の単語を調べたいときに英和に飛べる)がとても便利だったのがスーパージャンプとなり、英英辞典や広辞苑にまでリンクされている。

この中のほんの少しでも、SDカードを挿入するみたいに、私の頭の中に移せれば良いのだけど・・・

2005.04.18

−My tumbler−

毎年のことなんだけど鹿児島に春は来ず、いつのまにか桜も散ってしまって夏となる。もうこれ以上暑くならないで欲しいと思うのは無理な願いで、すぐにあとまだ10数度は上がるだろう。気温の変化についていけず喉が痛んだので医者でトローチをもらって驚いた。穴の空いた、例の薄甘いキャンディーではなく、5ミリくらいの小さな青い薬を歯と歯茎の間に挟んで2時間くらいかけて溶かすのだ。確かにその方が効率が良さそうだ。世の中は確実に進歩している。

さて、ミスドで毎週のようにエクスチェンジ(英語と日本語の会話)をしているクリストが忙しく日曜日の朝に会う。ふだんは英語で世間話やニュースの話をしたり、質問し合ったり、彼が持ってくる場面別の問題に英語と日本語それぞれ何と答えるか話し合ったり、私がプレゼントしたノートで「あいうえお」を練習したりしている。すでに40回を数える最近、私は自分で思ったことを書いた英文を持っていって添削してもらうことにした。わかっているはずなのについ、冠詞の「a」や「the」を抜かしたり、目的語が抜けたりしてしまう。「環境を守るため」を「for protect」とし、「to protect」か「for protecting」のどちらかだと言われたのだがどうしてか未だに理解できない。(^_^;)

Let me introduce my tumbler.

I bought it at Starbucks Coffee Shop.

It was \1,000, but if you buy a tumbler, you can get a free drink.

I think it is a reasonable price.

Besides if you bring your tumbler to Starbacks , they'll give you \20 discount anytime.

I heard it is to protect the environment.

Also in the sleeve of this tumbler, you can change the inside pattern.

So I love it.

私のタンブラーを紹介するね。スターバックスで買ったの。1,000円だったけど、タンブラーを買うと最初のドリンクはタダなの。お得だと思うよ。それにそのタンブラーを持って飲み物を買いに行くたびに20円引きしてくれるんだって。環境を守る為だって聞いたよ。しかも中の模様が取り外せて変えられるんだ。だから気に入っているの。

自分で書いた英文を日本語に直すのは何だか妙な気分・・・ホントにこれで私の英語は上達するのか。

2005.04.23

−偽牧師−

より多くの食物繊維を取るためにインターネットで取り寄せた粉寒天を、毎日研いだ米にパラパラと入れて炊いている。寒天と一緒に注文した、お湯を注ぐだけのトマトスープがこれまた美味しい。トマトの風味が生きており、ミネストローネスープみたい。キャベツや人参などの野菜も豊富で入っている寒天はマカロニの食感。次回は別のスープも試してみたい。この伊那食品工業(株)の通販は気前が良く、ゼリーや杏仁豆腐の素の試供品がたくさん入っていた。カロリーのない寒天、成人病やダイエットにお勧め。ちなみに5,000円以上は送料無料。

さて、そのエクスチェンジ相手のクリストが新しい仕事のインタビュー、つまり面接を受けることになったと言う。日本で、まったく日本語の出来ない彼に肉体労働を除いて英語教師以外の仕事があるとは思えなかった。それがあったのだ。昔々、大相撲の千秋楽の後、表彰式でパン・アメリカンと言う今はなき航空会社の、すでに亡くなったと聞く愛嬌のある外国人が、大きな優勝カップをヨロヨロと持ち上げ、「ヒョウ、ショウ、ジョウ」とたどたどしい日本語で杯を手渡したのを思い出せる人は少なくとも若者ではない。つい私はそれを思い出してしまった。

何と結婚式で、「汝は、病めるときも、健やかなるときも互いに・・・」と言う、あの役をやるのだそうだ。あれって本当の牧師様じゃなくても良いの?資格も勉強も要らないの?といろいろな疑問がフツフツと沸いたが、結婚式場に雇われるんだからまぁ違法ってことでもあるまい。どうせ結婚する方もクリスチャンでもなく、ただ単にあーゆー教会っぽいところで、あんな感じにしたいだけなのだろう。確かに、「あんな感じ」にしたければ彼は見栄えとしてはピッタリだ。

ところどころの説明書き以外すべて大文字のローマ字で書かれた台本?を、彼はどさっとミスドのテーブルの上に置いた。結構厚い。その日のエクスチェンジはその訳に費やされた。何たって意味がわからなくちゃどこで区切ったらよいのかも、何かハプニングが起きたときにどこからやり直せばよいのかもわからない。彼は日本語一言一言に対訳を求めるものだからこれは結構難題だった。ローマ字なので思い切り読みにくい。しかも日本人でもふだん使わないような言葉が多かった。「ご起立」「ご着席」「ご退場」などはまぁ良いとしても、「神のご加護」とか「賛美歌」などは電子辞書に活躍してもらうほかなかった。名詞はまだ良い。接続詞や助動詞はとても私には訳せない。敬語もまたやっかいだった。

更に発音が彼を苦しめた。まず「新郎、新婦」がスムーズに言えない。たどたどしい日本語が売りなんだろうけど限度問題だ。「病めるときも」が「辞めるときも」になったら一大事である。しかもその発音の差はほとんどない。日本語の合間合間に格好いい(と聞こえるであろう)英語の文章がちりばめられていて(もちろんそこは完璧だから)、効果的に盛り上がるように出来ていた。いちいち全員を立たせ、こちらを向かせ、宣誓や指輪の交換が行われるようになっている。

世の中には本当にいろいろな職業があるものだ。しかも彼曰く、「英語教師よりバイト代が良い」のだそうだ。日本人は結婚式にはいくらでも支払うらしい。と、彼の携帯が鳴った。「日本語だめ。友達、変わります。」と携帯を私に押しつけた。どうやら結婚式の見学時間についての問い合わせだった。確かに仕事の電話は「ご都合」などとわかりにくい言葉が多い。だけど仕事は出来るわけだ。

私も海外へ行ったら何とか食べて行かれるのだろうか。

2005.04.28

−出発−

近所の八百屋で1パック190円のイチゴを2パックと国内産のレモン3個で120円を買って煮、カスピ海ヨーグルトと一緒に毎日会社へ持って行っている。一昨日は手作りベーコンと新タマネギにハワイで買った安物の蟹缶とチーズと牛乳を使って茹でたパスタにからめて食べた。昨日は半額になっていた子持ちカレイを出汁と生姜で煮、大量の生キャベツに素揚げした鶏肉を載せて、お酢と醤油やラー油、山盛りの刻みネギで作る自慢のネギソースをかけて食べた。だから少しも痩せない。(^_^;)

ヨットレースのために早めに電池交換に出したヨットタイマーの腕時計の電池は無事交換できたのだけれども、何とカレンダーが2004年で終わっているとのこと。そんなのあり?!時計そのものはアナログで表示部分がデジタルなんだけど、デジタルはせいぜい15年分のカレンダーしか入っていないらしい。ダイエーの眼鏡&時計売り場の店長が四苦八苦して2005年、つまり今年と同じ曜日を持つ年をその15年から探し出してくれた。1994年らしい。当分、閏年が影響するまでは大丈夫みたいで良かった、良かった。

新しく入手した電子辞書にも慣れ、毎日のテレビ英語番組の録画予約も週に一度で済むよう工夫し、懸念したラジオも聞きたい番組が絞れて来た。毎日夕飯後にはそのいずれかを見るか聞くようにしている。ラジオは中学生向けの基礎英語1と基礎英語2を飛ばし、その上の英会話初級と中級にした。上級は難しすぎてついていけないが一応続きで放送されるので録音はしている。だけどクローン技術についてなんて日本語でも無理。このシリーズは月・火、水・木、金・土がそれぞれ同じ放送のため週3回録音すれば済む。一度家で聞いた後、通勤の車で流すようにするとそのたび新しい発見がある。(^_^;)GW中の録画予約も済ませた。

今日、福岡を夕方の6時にスタートし、対馬でフィニッシュするヨットレースに乗り、そのまま対馬で出国手続きをして翌日韓国の釜山に向かう。釜山の湾内で親善レース(市長杯)を2レースして盛大なパーティーに参加し、釜山から一気に博多まで帰ってくるアリランレースに参加の予定。鹿児島から福岡に向かうもっとも安い方法は高速バスで往復7,500円。高速バスに乗るためには最寄り駅からJR。ちょうど通勤ラッシュ時間だ。仕方なく合羽やハーネス、フリースでパンパンになった荷物をマリーナへ送った。1,060円。たった一晩で、もうとっくに着いているそうだ。便利である。ヨットレースにはヨットが重くなるから余分な荷物は極力持ち込まない方が良いのだが、合羽などはなければ大変なことになる。結局それらの必需品だけでバッグは一杯になり、着替えを入れるスペースすらほとんどない。ヨットを始めるようになってから普通の旅行の荷物もどんどん減ってきた。日常生活に必要なギリギリ(私の場合は化粧品もないし(^_^;))の少な目荷物はいたって快適なのだ。帰りのお土産はせいぜい韓国海苔かなぁ。あれなら軽いし。レースの結果を気にしなければキムチを樽ごとなんて選択肢もあるんだけど、前回の優勝艇なんでそうもいかない。

じゃ、行ってきま〜す。

2005.05.07

−帰着−

帰ってきた。久々の外洋ヨットレースを堪能した。楽しかった。身体がバラバラである。

本当に腕や足が取れちゃったわけじゃないんだけど、なぜかヨットレースの後は作りたてのロボットみたいに体のひとつひとつのパーツがぎくしゃくしてバラバラの気分なのだ。特にどこか一カ所の筋肉痛と言う感覚を越えている。それに陸に居たら「こんなアザ出来たらしばらくは痛くて唸っているんじゃないの」と言うアザがあちこちに出来ていてもどうして出来たのかすらナゾで、従って痛くもない。ヨットを始めた頃は体中そりゃあたくさんのアザだらけで、ぶつけた記憶がないものだから変な病気かと心配したくらいだ。ヨットレースは結構、人間の体には過酷らしい。

さて4月28日、鹿児島から高速バスで3時間半ほどの天神で下車。暑いほどの良い天気だ。ヨットハーバーであるマリノアまでは30分置きに100円のバスが出ていた。さすがショッピングセンターである。マリーナへ送っておいたバッグもちゃんと届いていた。お昼の後3時頃ヨットを上架し、みんなで船底を磨く。わずかな汚れが艇速を落とし、命取りになるのだ。ポカリスエットがヨットの黄ばみ落としに良いなんて初めて知った。ヘリーハンセンのリバーシブルのベストと、パーティー用の薄紫色の長袖ワイシャツが支給される。近くのスーパーまで買い出しに出かけ、夕飯のおにぎりや飲料水、ペットボトルのお茶、食べやすいリンゴ、飴、菓子、パン、ビニールテープ、乾電池などを買い込む。メンバーのうち女性が4人も居るので楽チンである。しかも皆いたって手際よい。風が強すぎるのがちょっと気になる。

全員で艇の安全備品をひとつひとつリストで確認し、準備をしながら夕飯を済ませ、出航。風は強めだったが思ったほどではなかった。午後8時スタート。最初は安定しなかった風もアビームの20〜25ノットほどで安定し、ポートタック1本で走れた。つまりずっと左横(西)からの風である。時々風速計は30ノットを越える中、オーナーが新調したメインセールとジブトップが抜群の働きをした。島影で艇速の落ちていた大型艇を抜き、艇速は8ノット台をキープ、GPSの対地速度は時々10ノットを記録した。つまり、ゴキゲンの走りだった。時折、ハイクアウトしている私たちの足やデッキを波が洗い、靴の中がぐしゃぐしゃと濡れた。フィニッシュの対馬、厳原まではおよそ60マイル(約110km)で当然午前中の到着が予想されたが夜中の3時過ぎには着いてしまった。そのころから少し雨が降り出した。霧雨の中だし、真っ暗だし、フィニッシュラインは港の入り口なので周りの状況がわからず、このままの勢いで突っ込んでフィニッシュした後どのくらいスペースに余裕があるかわからなかったのでドキドキした。ヨットを港の中に係留し、簡単に片づけて明るくなるまで休む。予約してあった民宿にお願いして朝から入れるように計らってもらった。交代でお風呂に入り、散歩がてら定食屋でご飯を食べ、夕方のパーティーまで眠った。

対馬までのレースは2位だった。優勝できなかったのは残念だったけど、皆笑顔だった。久しぶりに他艇のヨット乗り達と話が出来るのが楽しかった。我のふ〜ぞチーム総勢9名はそのまま居酒屋で宴会となった。

翌朝、宿でゆっくり朝食を取り、雨が降る前にと艇の整備をした。対馬から釜山まではレースではないので燃料と水を船のタンクへ入れ、再び定食屋でお昼を食べ、またまた買い出しへ。インスタントみそ汁やスープも買い込んだ。午後3時、出国手続き。対馬での出国なんて通常の観光旅行では考えられないのだけれど荷物検査のX線装置も何もなく、ただパスポートだけ持って並び、スタンプを押してもらうだけなので簡単なのだ。手続きが終わると出国したことになるのでその辺をぶらついてもいられず、天候も悪くなりそうだったのでそのまま出航した。厳原から2時間ほど走って浅茅(あそう)湾へ入る。対馬をご存じだろうか。地図で見ると真ん中で南北(上下)にわずかに分かれているのだ。その分かれている隙間である。たいていの場合、そんな地図上の隙間は時化ても風が吹き込まず、穏やかだ。初めての浅茅湾は奄美大島と加計呂間島の間の大島海峡を思い出させた。

私たちは何艇かの参加艇と一緒に浅茅湾のブイにロープで繋げたまま、折しも強くなったどしゃぶりの雨とひどい雷をよそに、さっき買ってきたばかりのまだ暖かいほか弁と熱いみそ汁で夕食をとり、乾いたキャビンの中でセールや荷物を工夫し平らにして眠った。ヨット乗りはただ乾いた寝床と暖かい食事だけで最高に幸せな気分になれるのだ。

2005.05.12

−号外−

アリランヨットレースの話の前にS氏である。

ここで散々書いてきた糖尿病のS氏は2月だったか、左目の中の血管が切れて出血を起こし、血が広がった部分が黒くなり、そのぶぶんの視界が遮られた。出血していない隙間部分は光は判別できるほどだったのに今はだいぶ濁ってきたそうだ。出血部分を取り除くためにレーザー治療の日を心待ちにしていたが何だかダメだそうで、大丈夫な右目も同じように出血するかもしれないということもあって手術が決まった。不自由な片目での生活におさらばしようと言う決断だ。たいていは出血部分が下に下がってくるのだそうで、そこをレーザー治療するのだそうだがS氏の出血部分は待っても下がってこなかった。それからレーザー治療はどうやら瞳孔から行われるそうで、普通の健康な人は猫みたいに暗くなると瞳孔が開くのだがS氏は糖尿病のために開き方が小さく、従って隅々にまでレーザーが届かないらしい。

聞けば恐ろしげな手術である。目の中に細い管を入れ、出血部分を吸い出すのだそうだ。吸い出すわけだから余分な、吸い出さなくても良い物まで吸い出されてしまうそうで、手術後に人工的に作られた目の中の水分を再び目の中に入れるらしい。更に吸い出す時に力がかかり、角膜剥離を起こしやすいとのこと。「角膜剥離は手術で直せるからサ」とS氏は言った。

S氏は昨日2週間の予定で入院した。明日手術である。私の勧めたデジタル・オーディオ・プレイヤーを購入したそうだ。あれなら病室で眼帯をしたままでも少しは気が紛れるだろう。

何だか落ち着かない。
本当に、何か別の理由ではなく、生活習慣だけが原因だとしたら、心当たりのある人は今すぐ改めた方が良い。

2005.05.14

−S氏 無事手術終了−

手術の翌日、つまりつい先ほど、S氏からもう電話が来た。
目の手術なんてホント恐ろしげで、何とか航空券を工面して見舞いに行かないといけないかと友人と相談していたのだがとりあえず無事に終わって良かった。

昨日午後2時から始まった手術は2時間の予定をオーバーし、3時間かかったそうだ。
目に3つの穴を開け、水分を抜く管、同時に人工的な水分を注入する管、そしてカメラを入れたとのこと。出血で溜まっていた血を吸い出し、血管の修復にレーザーをあてて治療したそうだ。部分麻酔のため何をされているかわかってしまうと言うところがまた恐ろしい。麻酔の注射3本と更に目に麻酔を打たれ、それでも痛い場合は点眼の麻酔薬を与えられると言う。治療に邪魔だとか言う理由で水晶体?とかのレンズの役目をしている部分を外して治療したので今は白内障の手術と同じように、人工のレンズが入っているそうだ。今まで前側からレーザーをあてるだけの治療だった訳だが今回は裏側からも見ることが出来(どうして?(^_^;))たため、新たな出血箇所や修復しなければいけない血管も見つけて治療したので時間がかかったとのことだった。恐ろしげだと言うこと以外よくわからない。

だけどもう眼帯をしておとなしくしているだけでよく、S氏は暇で仕方ないと言っていた。1日4回の点眼の時間にわずかに開けた目で光や看護婦さんの輪郭がわかったと喜んでいた。今までは出血した血のせいで左目はほとんど見えなかったのだ。本人が喜んでいることほど良いことはない。

何だか目頭や瞼に縫合の糸が残っているそうで(これまたどうしてだろう?(^_^;))、一週間後に抜糸の予定とのこと。今のところ角膜剥離も起こらず、視力がどれほど回復するかはわからないそうだが一応はめでたし、めでたしと言う感じ。

「もう、コロッケが見えなくなるほどソースをかけたり、溶き卵が醤油と同じ色になるほど醤油を入れて卵かけご飯を食べない事ね」と言ったら大声で笑っていた。糖尿病食はそんなものではなく、もっと極端に塩分やカロリー、油を減らさなくちゃいけない。これからも頑張るように。

いつだって人が喜んだり、笑っているのは気分が良い。

2005.05.18

−再びアリランレースの話−

今日はお誕生日だったので会社の人から赤ワインをプレゼントして頂きました♪
S氏の手術が一段落したのでアリランレースの話。
未だ、手の指先がパンパンで感覚が変。何というかほら、お風呂に長時間入っていると指先がシワシワになる、あれを通り越すとシワシワが取れた後見た目じゃわからないくらいに指先が腫れた感じがして感覚がなくなる。指紋がなくなった感じ。

I joined in Ariran Yacht Race during this G.W.(GWで通じるか?!)

The race held evry other year.

The yacht I helped crew came from Oska.

The owner gave us team uniforms.

It was a navy blue reversible vest and a purple shirt.

These were cool.

The Ariran Race is from Busan in Korea to Fukuoka Japan.

But the first race was from Fukuoka to Tushima.

We started from Fukuoka at 8:00pm.

This leg was so exciting.

Because the wind was from the side, we could sail at a good speed.

We finished in Tusima at 3:00am.

It took only 7 hours.

So, we took second place.

英語だとどうしてこう「〜がありました、でした、ました」みたいな小学生作文並の文になっちゃうんだろ。(^_^;)まっ、日本語でもあんまり変わらないか・・・

翌日出国手続きを終え対馬を夜中に出航して釜山に朝着くはずが、ひどい雷雨で浅生湾で天候待ちとなった。その代わりゆっくり出来た。午前3時ごろ出港。昼には釜山に着いた。福岡から対馬より、対馬の北端から釜山の方がずっと近いのだ。釜山の港は靄がかかり、中国の墨絵のような風情。

釜山は来るたびに開発されていて、初めて来た時に建設中だった高速道路のような橋がりっぱに出来、前回はなかった高層ビル群が建設中だった。検疫を受けるための黄色い旗と、韓国旗と日の丸を揚げて入港。検疫も入国も簡単に済んだ。ヨットクラブの人のバンに乗せてもらい、ホテルへ。夜は焼き肉を食べながら同じ大阪のヨットクラブから来た3艇と釜山ヨットクラブの親睦会に出席。親睦会の前に海岸と市場のあたりを散歩。見慣れないものもあったが何となく外国と言う気がしない。何より驚いたのは初めて釜山に行ったときは町ゆく人が皆針金みたいに細く、私の脚が入るジーンズなんて売っていなかったほどなのだがなぜか激変。これもマクド○ルドとかケンタッ△ーなどのファーストフードが原因だったら、オソロシイ。

2005.05.23

−釜山市長杯−

そのアリランレースと言うヨットレースはもともと隔年に行われ、韓国の釜山から一気に(と言っても思ったより近く107マイル=約200キロ)福岡までのヨットレースなんだけれども、どうせ釜山に行くなら行きにもレースしちゃおうとか、せっかく釜山に集まるのだから湾内でも親善レースをやろうとか言うことで結局今年も合計4つのレースが行われた。ただしこの市長杯は数年前から毎年行われるようになっている。

行きは福岡から長崎県の対馬までがレース、その翌日出国手続きをして各艇釜山まで勝手に行き、入国手続きを済ませる。入国の翌日は湾内レース(釜山市長杯)だ。実はこの一連のレース期間中、「必ず一度は荒れる」と言われているGWにもかかわらず一度も時化ず、しかも雷雨のために対馬で天候待ちをしたおかげでどこにも雨に降られないという幸運に恵まれた。対馬に着いたときには島の人や関係者達に「中止かと思った」と言われたほど風が強かったようだが、風向がアビーム(横風)だったため極楽だった。確かに30ノットくらい吹いていたけど、私たちは今回のためにオーナーが新調したジブトップと言うセイル(帆)を使って一気に帆走した。62マイル(約115q)を7時間ほどで走ったのだ。
釜山入国の翌日、釜山市長杯の日もまさにヨットレースに打ってつけの日だった。快晴でしかも風があった。

この距離はレース後の成績発表で話題の争点となったのだが、1レグたった0.8マイル5本のソーセージコースだった。つまりスタート地点から風上に0.8マイル(約1.5q)のところにマークがある。それを回って戻って来て1往復、これを2往復半すると言うことだ。とてつもなく忙しい。ご承知の通りヨットは風上へ向かう時には方向転換のタックを繰り返しジグザグに進まなければならず、従ってその都度セイルを入れ替え、調整し、マークを回る。簡単に言うと例えば今まで右から風を受けて左側に張っていた帆のロープをゆるめ、舵を切って左から風を受けたとたんに右側の帆のロープを引く。もちろんそのたびにクルー全員が移動する。

今度はマークを回ったとたん、風は追い風になるので別のセイルを揚げる。追い風用のスピネーカーだ。これまた挙げたと同時に先ほどまで活躍していたセイルを降ろすわけだ。これを繰り返す。わずかなコースの違いとか、ミスとか、ミスしないまでもセイルの調整や体重移動などで大きな差がついてしまう。風があったのでわずか45分ほどで1レースは終了した。しばらくして同じレースがもう一度行われた。2レース目は更に風が上がった。皆、気合いが入っていたのでスタートはゼネラルリコール(多くの艇がフライングしてスタートのやり直し)となりヘトヘトになったが我がチームは更に良い走りが出来た。

発表されたレース結果に疑問があった。レーティング(ハンディ)が高い艇と、それより低い我艇のフィニッシュ(ゴール)時間が、修正時間後に更に広がっていた。例えば10時ちょうどにゴールしたヨットの10秒後に私たちがフィニッシュしたとする。10時にフィニッシュした艇より私たちの方がハンディが低ければその10秒は修正タイムでは必ず縮まるわけだ。もちろん2艇のハンディが同じなら差は10秒のまま変わらない。ハンディの差でその10秒が5秒になる時もあるし、逆転すれば後にゴールした我が艇の勝ちとなる。発表された修正時間では10秒より広がっていたのだ。そんなことはあり得ない。審判もおかしいとは認めたものの何が間違っているのか突き止められなかった。我チームの頭脳班が関数まで使って図解し、「距離が違うんだ!」とわかって夜中に艇の中のGPSまで確認しに走り、何とか翌朝のアリランレーススタートまでには市長杯総合優勝が決まった。その頃、女性陣は夜中12時までのスーパーにタクシーで向かい、レースの為の買い出しを済ませた。

2005.05.28

−ついにアリランレース−

5月3日、アリランレースのスタート日は風が弱めだと言うことを除いては最高に良い天気だった。人間不思議なもので天気がよいと笑顔になる。まぁヨット乗りは変わっているから「怪しい雲行き」で、バンバン、ビュービュー風が吹いてくるとニコニコし出す輩も居るけどそれは「晴れやかな」と言うより、「不敵な」笑顔と言う感じだろう。

12人のメンバーは皆晴れやかな笑顔で、元気に出航準備をした。みんながお土産に買い込んだ大量の韓国海苔(これだけは軽いから良いというお許しが出た)はゴミ出し用の黒いビニール袋で覆い、レース中誰かに踏まれたり蹴られたりしなさそうな、そして出来るだけ濡れなそうな場所を見つけて格納した。良い香りを漂わせていたお隣のヨットからカレーライスを頂いてみんなで回して食べた。

我がチームはスタートから良い走りだった。途中、航路ギリギリを走ったものだから韓国警察?の警戒艇にすぐ横を走られたがそれ以外はトラブルもなく韓国海域を離れた。よく、ヨットに乗ったことがない人から「走っている間は何をしているのか」と聞かれるけれど、やることはいっぱいあるのだ。舵を取り、セイル(帆)をトリム(調整)して少しでもスピードを上げようとし、まわりをワッチ(見張り)して何か余計なものやゴミがヨットにぶつかろうとしていないか見るとか、どこに風が強く吹いているか探さなくちゃいけないし、他のヨットがどのような走りをしているか見て参考にしたり、チャート(海図)を見てコースを考えたり、GPSで位置確認をして始終スピードや潮に流されていないかチェックもしなくちゃいけない。一晩中、場合によってはそれ以上延々とそれらの作業が続くわけで何よりもまずテンションと言うか、やる気を持続さることが大切なのだ。サボったチームは確実に遅れていく。私はヨットを始めた頃、疲れてきた人に1杯のお茶を入れたり一粒の飴を配って雰囲気を変えることだけでも重要な仕事なのだと教えられた。

とにかく、経験豊富な(他艇から言わせれば贅沢な)メンバー達は交代でわずかな休憩を取り、出来る限りの努力をして走らせ、夜になり、テンションを持続したまま朝を迎えた。だが明け方、更に風が落ちた。夜の間は各艇がマストのてっぺんに灯すライトで何とか「あそこにヨットが居る」ことを識別するのだが、明るくなると想像と海況はずいぶん違っている。居るはずだった僚艇の姿も見えなかった。フィニッシュまでの残りの距離と現在のスピードから予定到着時刻は簡単に割り出せるためGPSに表示されるのだが、一時は午前中に着く予定だったものが風が落ちて今日中に着けるか微妙と言う苦しい状況になって来た。夕方までに着けなければ入国審査を受けられず、せっかくフィニッシュしても陸には上がれない。「陸でお昼ご飯」を諦め、何とか夕方までに入国して夕飯を食べることにした。日が変わっても快晴だったし、誰かの元気がなくなってもまた別の人が盛り上げることが出来たのでデッキ上の雰囲気は良かった。

玄海島の横で何とか昼過ぎに出てきた風を捕まえ、午後3時にフィニッシュした。釜山からの所要時間、27時間。すでにさぞやたくさんの艇がフィニッシュしているかと思いきやそうでもない。仲良しの大型艇「マーチ」に「何時に着いたの?」と聞いてみる。「2時だよ!一番の大型艇とせりあって数秒、わずか数十センチの差で勝った、ファーストフォーム(着順1位)だ!」と言う答えが返ってきた。「2時!?」「たった1時間前なら見えていたはずだし、ひょっとして夜中の2時か」などと噂し合うもそれはほんの1時間前の話だった。それなら順位はまんざら後の方でもない。

私たちは機嫌良く後かたづけを済ませ、マリノアマリーナ脇のレストランで5時過ぎに食事を取った。皆疲れも見せず、ただし相当汚い格好のままビジネスホテルにチェックインし、全員でタクシーに乗って温泉へ行き、更に博多ラーメンを平らげ、それから女性陣はカフェまで行って遅くまで話した。たぶん、私の知る限り、「ヨット乗り」と言う人種がもっとも長時間遊び続けられる。

2005.06.01

−レース終了−

翌朝、今日家に帰る人たちはビジネスホテルから重い荷物を送り、マリノアシティでのパーティーに参加。女性陣はヨットを大阪まで回航するメンバーの買い出しをする。今度はレースじゃないのでコーヒーもドリップ式を購入。アルコールも可。パーティーは以前参加したときと比べてホテルなので立食だったけど結構豪華だった。結果は2位。マークしていたレーサーや大型艇には負けていないと我がチームの頭脳班が計算したのだけれども、後から来たレーティング(ハンディ)の低い艇にやられてしまった。

レースで頑張って走るからその後のパーティーの会話が楽しいのだと誰かが言ってたけど、本当にその通りで、日焼けした仲間や他艇のレーサー達とおしゃべりするのは最高に楽しかった。そのまま大阪へヨットで回航するメンバーを見送り、マリノアシティと博多で時間調整し、私は高速バスに乗るために新幹線チームと分かれた。鹿児島は1歩も歩けないほどの土砂降りの雨と雷だった。

The Ariran yacht race started.

It was a fine day on May 3rd just on noon.

We enjoyed sailing and the sunshine.

And also we controled our yacht smoothly.

But we felt our yacht hadn't kept up a good speed for lack of wind.

The wind power was getting weaker little by little.

Early next morning, there was little wind.

When it was getting light, we couldn't see the other yachts.

We were disappointed a little, but we kept going.

As the wind picked up, we made our way.

We tried to change many sails.

If we didn't finish before evening, we couldn't take immigration formalities.

Our food began running out, too.

But at last we finished at 3:00pm.

It took 27 hours.

Then we were surprised to discover that we had gained 2nd place.

2005.06.06

−デジタルオーディオプレーヤー−

と言う物があると知ったのはもうずいぶん前だった。それは100円ライターほどの大きさでとても小さく、軽く、音楽を入れて(以前の言い方だと録音して?)イヤフォンで聞くものである。カセットテープで言えばウォークマン、さもなければCDウォークマン、近頃ではMDプレーヤーと言えば良いだろうか。その、ニューバージョンである。

近頃は家にあるパソコンもインターネットへつなぎ放題にしている人が多いらしく、CDなどもネットで買う。店に行って現物を買うのとは違って、ネット上でデータとしてダウンロードするので同じCDアルバムの曲を買うにしても多少安いようだ。家に居ながらにして購入できるしくみ。その、ダウンロードした曲をデジタルオーディオプレーヤーに入れたり、ダウンロードしたままパソコンで聞いたり、果ては自分でCDに焼いたりして楽しむ。便利な世の中なのか、不便なのかよくわからない。

そんな一見面倒くさそうなことはしないと思っていたので、そのプレーヤーは確かに小型で便利そうだし値段も思ったほど高くなかったので良いなとは思ったものの使ってみたことはなかった。そんなに年中どうしても音楽を聞きたいと言うほどでもない。中にはFMラジオが内蔵されているものもあって、しかもそのラジオ番組が録音出来るとのことだったけれど、私が聞きたい、もしくは録音したいラジオ番組はAMの英会話番組だったので諦めた。なぜかAMラジオ付きはどんなに探しても発売されていなかった。

ところがある日、会社で見かけた新聞の折り込み広告が目に留まった。デジタルオーディオプレーヤーのボイスレコーディング機能というものだ。インターネット上で購入した音楽ではなく、インタビューや授業、会議などを録音するのだと言う。しかも10分や20分ではなく、容量にもよるが10時間20時間と言う単位だ。ちょっとひらめいた。だったら私にも便利かも。

翌日、電気屋へ行った。セール中のRIOと言うメーカーで一番安いデジタルオーディオプレーヤーは1万円もせず、容量が2番目に大きい256MBのものが9,000円だ。その機種で18時間ものボイスレコーディングが可能だった。それでも一晩考えて購入した。敢えてFMラジオ付きはやめた。

GW前で私はヨットレースのために福岡まで高速バスに乗る予定で、片道4時間もの時間をどう使おうかと思っていたところだった。車酔いするから本は読めない。ヨット乗りだってと言うか、正常の人なら皆乗り物酔いするのだ。で、尚かつ、覚えたいとノートに書き留めている英文が最近増えるばかりでなかなか覚えられずに不満だった。これらを一気に解決しようと思ったのだ。何と私は自分で書いたノートを自分で読んで録音した。30センテンスごとに録音した。ちょっと恥ずかしくて初めのうちは緊張したがどうせ自分が聞くのだ。カセットテープレコーダーと違って一区切りの30文は途中で止めて休むことは出来ず、途中で電話でも鳴ろうものならその30文を最初から入れ直さなくちゃならなかった。ノートは9冊あるが3冊くらいでヘトヘトになった。とりあえずそのくらいで充分だ。それでもまだ15時間何分か録音できると表示されている。他にはそこだけ覚えておきたいと思ったラジオの英会話番組の一部なども録音した。録音は難しくはない。接続もインストールも何も要らない。ただ、静かにしたまま録音ボタンを押すだけである。ラジオや話している本人に近づければ、まわりの雑音もそんなに気にならなかった。

購入したデジタルオーディオプレーヤーはその100円ライター程度の本体に携帯電話か何かを首からぶら下げるようなヒモが付いており、そのヒモがイヤフォンになっているので絡まりにくく、そのヒモを首からかけるだけで良い。ヒモの途中から出ているイヤフォンジャックを耳に入れる。ジャックを外してもヒモがあるのでそのままにしておける。しかも携帯電話などよりずっと軽いので下げていても気にならない。かくして往復の高速バスは無事に過ごせたわけだけれども別の面白いことに気づいた。或る程度緊張して声に出す、つまり録音すると言う行為そのものが英語を覚えるためには結構有効らしい。

2005.06.12

−映画−

毎週のようにTUTAYAで借りているDVDだが、お気に入りの「CSI(Crime Scene Investigation):SEASON2」のシリーズが新作料金からはずれて一気に見てしまったため見る物がなくなってしまった。私の好きな犯罪捜査の話で、確か東京ではテレビ放映されていたはずである。ケチな性格上?!あまり冒険出来ないタチなので自分的に突拍子もない映画はなかなか借りられない。007シリーズ、ダーティーハリーシリーズ、刑事コロンボシリーズなどもたいていは見てしまっていて、家にはお気に入りベスト10のハリーポッターシリーズとディズニーのパイレーツ・オブ・カリビアン、リロ&スティッチ、天使にラブソング1&2がある。借りた映画の中で何度も見たいのはジョニーディップ様のショコラと、ヒューグラントのTwo Weeks Noticeの2本かなぁ。後者はNHKの英会話番組で勧められていたもの。いつかゲットしたい。私が借りる場合、英語の勉強と言う名目があるので?!英語でなければならない。刑事物はスラングが多くて勉強になるかどうかは甚だ疑問ではあるけど、どちらにしても邦画や韓国映画には興味がない。偏っていると言えば思いっきり偏っている。

とにかく狂という字が付くほど、小学生高学年から(それより以前は覚えていない)ずっと本が好きで、誕生日もクリスマスもプレゼントには本をねだった。中学生の時は図書委員長という職権を乱用して書庫の鍵は私が持っていたので(^_^;)一年に365冊読んだ事もあるくらい。だから大人になって好きな本が読めるようになると最大の悩みは「何を読むか」だった。好きな作家やシリーズが見つかるとあっという間に読破してしまう。そして次は何を読もうかと悩むわけだ。

それに似ている。次の映画は新しく制作されているハリーポッターシリーズと、パイレーツオブカリビアン2が楽しみなのだが、まだ製作段階なので気長に待たなくちゃならない。そう言えばディズニーからナルニア国物語の映画が出るそうで、書店の児童書のコーナーには大きな張り紙がしてあった。この本は私が小学生の頃、シリーズ全7巻をたぶん30回以上は読んだ名作で転校生の友人ハシモトさんと「ナルニア国物語辞典」まで作ったのだ。こちらも相当楽しみ。そうそう、パイレーツ・オブ・カリビアンの方はロードショーに合わせてディズニーが凄いことを考えているらしい。過酷な、世界一周ヨットレースにヨットを仕立てて出場とのこと。名門スゥエーデンかどこかのチームと契約したとかで何とCGで描かれたヨットの帆はメインセイル、ジブセイルともに真っ黒に塗り潰し、真ん中に海賊を思わせる赤いバンダナをした大きな骸骨と交差した骨が描かれていた。船体も真っ黒に赤。このヨットに乗れるなら何でもするんだけど・・・。帰港する各地で行われるパーティーには出演者も来るらしい。PRにヨットレースを使うなんて、さすがディズニー!!

見るべき映画を迷っていた時に好きなハワイのサイトで面白そうなものを見つけた。ハワイ在住のサリーさんと言う日本人女性が作っているサイトで、「今更なんだけどフレンズにはまっていてDVDを揃えた」と言うのだ。聞いたことがある。確か日本でも教育テレビかどこかで平日の夜7時頃に放映していたアメリカのコメディだったはずである。TUTAYAで探したところ「2本で1本のレンタル料金」のコーナーにあった。それぞれ6巻ずつ、確か4シリーズあった。これが面白かったら当分楽しめる。

実は私、コメディアレルギーなのだ。落語なら面白いと思うのに日本のコメディ、特にドタバタと舞台で面白くないことを言って人を殴ったり滑ったり転んだりする漫才などがダメだった。ダメなんていう物ではなく、ゴキブリとタバコの次に大嫌いだった。だいたい人を殴ったり、わざと転んで痛い思いをしてどこが面白いのか全く理解出来ない。コメディと聞くと拒否反応が出るのだ。

だけどとにかくフレンズの、最初の2巻を借りてきた。誰も殴られたりわざと転んだりせず、次々とユーモアたっぷりの話題で飽きさせない。面白かった。そう、そう、痛い思いをしたりさせたりするのとユーモアとは全く別の次元の話なのだ。6人の男女の友人同士の話で、エディーマーフィーやハリーポッターのロンの母さんみたいに早口なので日本語字幕を消すと笑えないのが玉に瑕だが楽しい上にいろいろな表現を聞くことが出来て嬉しい。しばらくはこのシリーズを楽しむことにする。

2005.06.16

−血管−

糖尿病のS氏の、眼底出血のための手術が無事に済んでひと月経った時、メールを入れてみた。返事の変わりに電話が来た。「報告しなければならないことがある」と聞いてドキリとした。何と再び出血したそうなのだ。朝、目が覚めたら左目だけ暗くて、何だか変だと思いつつカーテンを開けてみてもやはり左目だけが見えなかったそうだ。幸い、日が経つに連れて改善されているようで今回は手術をしなくても済むかもししれないとのこと。だけど手術をして出血部分を取り除き、水晶体まで交換してあちこちレーザーを当てて修復したのではなかったのか。まだ一ヶ月しか経っていない。

そんな折、会社で一人の若者の訃報を聞いた。昨日の未明だそうだ。29才の若さでなんと心筋梗塞!彼は前の日まで元気に出社しており、つなぎを着て車を整備するサービスの仕事をしていた。彼はカーディーラーの、私の所属する保険課の下の階で働いていた。

例えば塩分を取りすぎたりタバコやお酒の飲み過ぎで高血圧になり、血管が傷む。もともと生活習慣によって起こることだし、一度傷んだ血管はすぐには元に戻らず、しかも本人にも気づきにくく、何かの拍子にそんな血管に圧力がかかって破裂する。破裂した血管がたまたま頭の中にあれば脳溢血になるし、心臓なら心筋梗塞、目なら眼底出血だ。なんと恐ろしい。S氏はビールや塩分と油の多い食事は取ってはいたがタバコは吸わない。もちろん、若ければ大丈夫と言うこともない。

こうなれば自分の血管がどの程度劣化しているのか、していないのかぜひとも知りたいところだが体重や血圧を測るようにはわからない。2度も眼底出血しているS氏の血管はすでに相当劣化していることが想像でき、何か重いものを持ち上げようとしたときとか立ち上がろうとした瞬間、さてはくしゃみをすると言ったどうってことのない時にいつどこの血管が破れてもおかしくないと言うことだ。どうもヒビの入ったガラスのコップとか、切れそうなロープ、何度も洗って洗濯して薄くなったシャツを思い浮かべてしまう。何となくビクビクする。

ここはひとつ地道に、塩分や油を控えた野菜の多いバランスの取れた食事と充分な睡眠、適度な運動と行きたい。どうも運動にだけは自信がないので新しく出来た温泉のあるプールにでも足を運んでみることにしよう。だけど人間何歳まで生きるかわからないし、どうも私は楽しいことがないとダメなタチなので、今のうちに楽しんでおかなくちゃなどと理由をつけて旅にでも行きたいと思っている今日この頃なのだ。

2005.06.20

−加藤登紀子コンサート−

金曜日のお昼に珍しく携帯が鳴った。加藤登紀子さんのコンサートのチケットがあると言う。しかもタダ!急な話でコンサートはその日の夜だったがとにかく5枚確保してもらい、今期初めて英会話教室をサボって行くことにした。会場は市民文化ホールで、会社から10分ほど。実はコンサートがあると言うことは知っていて行きたいとは思っていたのだが最近はコンサートチケット代が知らないうちに高騰していて諦めていたのだ。確か以前(昔?)はCD1枚と余り変わらない値段だったのに、技術の進歩と物価の上昇の差が広がり今ではCD2〜3枚分もの値段になっている。

会社の同僚?を誘ったのだが皆若すぎて「知らない」と言う子まで現れた。(おトキさんを知らないなんて?!)お父さんやお母さんがファンだと言われ、「良いなぁ。行きたい。」と言うのは課長や部長クラスの年代だった。とにかく、ヨットの友人と近所に住む課長の娘さん、会社の同僚とそのお母さんとで行くことになった。

久しぶりのコンサートだった。鹿児島では初めてかもしれない。簡単に車で行くことが出来、しかも駐車場もある。東京では考えられない。席も悪くなく、楽しかった。1部と2部の間に休憩を挟み、ひとりでの弾き語りから始まってたくさんの曲を聴かせてくれた。確かに若い子が知らなかったはずである。彼女は歌手生活40周年で、61才らしかった。東大生で、獄中結婚したのはリアルタイムで知らずとも有名な話だったのだが・・・

トヨタがスポンサーに付いているらしく、気前よくパンフレットは販売されずに入場時に手渡された。彼女は環境問題に取り組んでいるらしく、掲載広告は自然にやさしいが売りの車プリウスだった。確かに今はお金持ちだったら燃費の悪い派手なスポーツカーで見栄を張るんじゃなくて、こういったエコカーが最もおしゃれなのだと言って欲しい。鹿児島−福岡間をたった10Lの燃料で走ると聞いたことがあるが未だに信じられない。

「ひとり寝の子守歌」「灰色の瞳」「この空を飛べたら」「島唄」や新しいアルバムの歌を披露し、アンコールは舞台にバラをちりばめた幕が下りてきて「100万本のバラ」
の大合唱となった。気分を良くした彼女は舞台にお酒を持込み、飲みながら歌った。本当に自分が楽しんでるかのようだった。舞台から降りて、更に「知床旅情」を歌って幕を閉じた。幕の後、彼女はCDや書籍を購入してくれたファンのためにロビーでサイン会を行った。

久しぶりに、本当に久しぶりにギターでも引っ張り出して弾いてみよう。

2005.06.29

−今週末、大阪へ−

カラ梅雨だと思っていた鹿児島もここ数日、土砂降りを越えて嵐か台風のような天気(^_^;)雨が上がれば上がったで極暑(ゴクアツ?!)梅雨も猛暑も大嫌いだ。

ここのところ何となく「私じゃないなぁ」と思いながらフツーの生活をしていた。これは私にとって本意じゃなくて、何かキラキラ出来なくてもどかしいわけだ。毎日会社に行って自炊をし、英会話の番組を見聞きしているだけで、何かこうズルズルと時間に引きずられて、自分が自分の時間をリードしていない気がする。私には楽しみがなくちゃダメなのだ。しかもテレビを見るとか、おしゃれをするなんてことはまったく楽しみには含まれない。

バイオリズムとか体調が悪いのかとも思い、鹿児島で初めてのコンサートに行った数日後は初めてのマッサージに行ってみた。派遣会社からボーナスの代わりか、マッサージのタダ券を頂いたのだ。鹿児島に新しくできた駅ビル「アミュプラザ」のおしゃれなマッサージルームのもので、20分2,000円の券を数枚。それを使って40分のボディマッサージを受けた。ラベンダーの香りと色のタオルにくるまれ、足や腰、背中をマッサージされるのはほとんど天国。今までは高いのでせいぜいフットマッサージくらいしか受けたことがなかったが病みつきになりそうで怖いほど。私には最高の贈り物だったのだが一気に元気が出たわけでもない。お金がないせいか、果てまたトシか、とも思ったのだがそうでもないらしい。

そんな折、GWにアリランレースに参加したヨット「のふ〜ぞ」が、今日本で唯一のヨット雑誌「舵(KAZI)」の取材を受けることになったと掲示板に書かれていた。ヨットがあるのは大阪、西宮だ。遠いし、レースでもないので読み流していたのだが妙に盛り上がっている。土曜の取材の後は宴会で、しかも日曜は地元のレースに参加するとのこと。今までの戦歴を調べて確認し合ったりして賑やかだ。実は「のふ〜ぞ」のクルーは全国に散らばっており、私の知る限りオーナーを除くほとんどの人が大阪以外に住んでいる。それが、東京や徳島、香川から皆集まると言うのだ。

最初は「梅雨も明けていないし」などとぐずぐず考えていたのだが、行くことにした。友人から、「今までやった、もしくは行った後でお金がないために後悔したことってある?」と聞かれてドキッとした。そう言えばビンボーはただの言い訳でしかない。航空券は何とかマイレージが使えた。金曜日の最終の飛行機に乗り、伊丹空港で東京の友人と落ち合い、彼女の仕事がてらどこかのイタリアンレストランにつき合い、夜10過ぎに徳島からバスで到着する別の友人を迎えてヨットに泊まる。土曜日取材を受け、みんなで騒ぐ。日曜日は11時スタートのヨットレースに2レース参加する。一般的に言えば過激なスケジュールではあるがヨット乗りにとっては至極フツーのことなのだ。

気づいた時にはマイレージの航空券購入期限があと2時間に迫っていた。3日後のことなのだ。しかも日曜日の最終には間に合いそうもなく、せっかくマイレージが使えるのでみんなのお勧めの夜行バスはやめにして月曜日の午後から出社することにしてクリックした。呆けていた頭が急に回転し始めた。

2005.07.10

−大阪 1−

5:30までの仕事を5時に飛び出して鹿児島空港に向かった。いつもの駐車場に車を預け、6:45大阪伊丹空港行きのJALに乗る。インターネットで予約した席がちゃんと空いていて安心した。隣の席にはお腹は出ているけど知識もお金もありそうな、人当たりも良さそうなおじさんが座った。何と彼は離陸して高度が安定したとたんA4ワイドサイズのノートパソコンを取り出した。ビジネスマンかと思いきや、何とパソコンでは何か手術のビデオが始まった。嫌でも見えてしまう。緊迫したムード。(^_^;)そもそも私は検死官シリーズの小説や科学調査ものテレビを好んで見ているからまぁ何とか大丈夫だけど、手術室の光景は凄まじかった。今手術している部分が人のどの部分なのかは考えたくなかった。あーゆーものが苦手な人だったら倒れるかも?!

着陸して携帯の電源を入れたとたん、電話がかかってきた。徳島から駆けつけたクルーを拾ってきたオーナーの車に、ほぼ同じ時刻に東京から到着した同じくヨット仲間と乗せてもらう。熱帯のような鹿児島と違って大阪は涼しかった。東京から来た、のりちゃんの仕事関係のイタリアンレストランで4人でお食事♪真夜中ごろ新西宮マリーナのヨット「のふ〜ぞ」へ到着。GWのアリランレース以来だ。雨も上がって心地よく風が吹き良い感じ。朝仕事に行った格好のままでヨットを、最近世界一周から戻って来たばかりの堀江さんのマーメード号の隣に係留した。オーナーが持ってきてくれたアイスワインで再び宴会そのままヨットの中で寝たのはたぶん午前3時過ぎだろうか。何となく土砂降りの雨が降り出したのは覚えている。

翌朝誰かの電話で起こされて、朝一番の飛行機で続々とみんなが到着する頃、寝ぼけたままマリーナのシャワーを浴びる。新西宮マリーナは初めてだったけどティールームもレストランもマリンショップもあってとってもきれい。香川から車で到着したメンバーがみんなのユニフォームを持ってきてくれた。凄い。アロハシャツにポロシャツ、短パンまである。しかもヘリー・ハンセン。風呂上がりにお茶しながらワイワイと着替え、風呂道具を目の前のヨットへ置きにも行かないで日本で唯一の雑誌「KAZI」の取材にスライドした。そしてそのまま2階のレストランで昼食&取材。雨はなかなか止みそうもなかったし、風もビュービュー吹いていたのでその他大勢はいろんなおしゃべりを楽しんだ。だいたい私はちゃんと大阪へ行ったのは初めてで、今回やっと西宮が神戸、つまり大阪寄りだけど兵庫県だと言うことを知ったくらいなのだ。オーナーは地元大阪なのだけどこれがほとんどのクルーが大阪や神戸には住んでいない。東京とか徳島、香川などから集まっている精鋭なのだ。しかも20人近く居る。従ってヨットの、しかもレースの話になったら止まらず、延々と盛り上がるわけだ。

何とか外に出て写真撮影をしているうちに不思議と雨が上がる。デッキの上で集合写真を撮ってもらった後、ヨットを出した。結構(風が)吹いているので良い感じ。だけど確かに西宮の海は東京湾と争えるほど汚い。長い取材の後はみんなでビジネスホテルに移動、チェックインの後近くのパタゴニアのアウトレットを覗き、散々食べたのにまたまたラーメン&餃子を食べ、カラオケスナックで盛り上がった。翌日、日曜はクラブレースだ。

2005.07.14

−大阪 2−

翌朝起きたときは雨は降ってはいなかった。マリーナへ戻る。準備をして出航するも風が弱い。幸い降水確率80%の雨は夕方まで我慢してくれていたようであまり降らなかったが風が弱く結局ノーレースとなる。だけど半日海へ出ていた。30艇以上居るまわりのヨットやレースルールの話、次のレースの話に花が咲いた。いつだって海は良い。上架して片付けをしている間に雨は土砂降りとなる。着替えてみんなでお好み焼きを食べに行く。

さて、大阪−鹿児島間の飛行機は便数が少なく、夜遅くの便がない。それで日曜はどこかに泊まって朝一番で帰らなくちゃならない。みんなが携帯電話などであちこち調べてくれた。こうなると土地勘がないのでどこが空港に近いのか、便利なのか、さっぱりわからないのだ。結局東京と大阪を行き来しているビジネスマン(A級ライセンスを持っているほどのれっきとしたヨット乗りだけど)の勧めで三井アーバンホテルに決まった。

オーナーのセルシオに乗せてもらって東京組を空港に見送った後、地下鉄でホテルに行った。(革張りのシートってお尻が滑ると思いませんか?)ホテルは地下鉄の駅から続いているのでそのまま行かれて便利だ。しかもどことなく高級感がある。フロントの脇には大好きなスターバックスコーヒーがあって◎。部屋もきれいでトイレにはウォシュレット。ベッドもほんの少し大きい。これで5,800円なら申し分ない。コーヒーとオレンジシフォンケーキを部屋に持ち帰り、ベッドに横になったままテレビを眺めた。

金曜からほとんど寝ていなかったので熟睡した。翌朝、ドアの下から差し込まれた新聞の音で目覚めた。そう言えばどこか海外旅行をした時もそうだったのだが、ここのところ海外旅行でさえそんなホテルに泊まったことがなかった。チェックアウトはチェックインの時に支払った5,800円の領収書をもらうだけだった。それにしてもすごい雨だ。ホテルから地下鉄の駅が繋がっていて良かった。隣の梅田駅でこれまた地下から階段を上がったところにある空港バスに乗ったため濡れずに済んだ。

空港までどのくらいかかるかわからなかったので、とにかく行って伊丹空港で朝食を取ることにした。バスを降りたところにあるガラス張りのカフェテリアに入った。パンとコーヒーの店かと思いきや、なんとそこはおにぎり屋だった。500円で好きなおにぎり1つを注文するとみそ汁とドリンクバーのカップが付いてくる。+100円でおにぎりかおかずの追加が出来た。私には最高の朝食だった。焼きタラコのたくさん入ったおにぎりをほおばり、陶器の茶碗に入った美味しいみそ汁を堪能し、カップにカフェラテを注いだ。無料のインターネットコーナーがあったのでとりあえずヨットの掲示板にお礼を書き込んだ。

行きのJALの機内誌に載っていたのだが、確か伊丹空港には香川県の「讃岐うどん」が売っているはずだ。これは本場高松の「讃岐の夢2000」と言う、うどんのために開発された小麦粉を使った半生麺うどんだとのこと。それをみつけて購入した。ヨットのメンバーの中には高松や徳島から来ている人も居て、うどん談義に花が咲いたのだ。麺をクール宅急便で送ってもらう約束はしたが、近々、うどんツアーに行きたい。店によってはそこで食べるしかないらしい。

無事飛行機に乗り、あっという間に鹿児島空港に着いた。駐車場から車に乗り、そのまま会社へ向かった。

2005.07.19

−梅雨明け・火山めぐりヨットレース−

車通勤による運動不足と体重の増加をくい止めるためには運動しかなかった。走るとか体操をするとか言ういわゆるエクササイズはどうも好きじゃないので泳ぐことにした。とにかく、ホコリっぽいとか汗まみれになるのは苦手なのだ。

車で10分くらいのところに、県と市が作った「ふれあいスポーツランド」が出来ていた。各種競技場や運動場、トレーニングジムの他に室内プールがある。一般の私立スポーツクラブは高いし、かといって市立プールはシャワーすらないのだ。その点「ふれスポ」は良い。プール入場料300円。温泉を利用した温水プールで、コースロープの張られたプールの他子供用プールと手すりのある歩行用プール、おまけにその横にはジャグジーや電気風呂、打たせ湯まで備えた本物の温泉がある。もちろん水着のままだけれども体を温めてから更衣室へ戻り水着を脱いでシャワーを浴びることが出来る。回数券を買って3日連続通った。2、300メートル泳いで(しばらく泳いでいないのできつかった)歩行用プールで真剣に歩く。1時間もしないうちにくたくたになってシャワーを浴びて帰る。銭湯だと思えば安いものだ。

筋肉痛の3歩手前っていうくらい、何となく足腰がだるい程度。会社の子に「体脂肪が燃焼している感じがしますか」と聞かれたけどとてもそこまではいかず、体重も体脂肪もあまり変わらない。そりゃあたった3日じゃ変わらないのが当たり前ってものだ。

そしてその週末、今年も梅雨明け翌日に火山めぐりヨットレースがやって来た。毎年暑くて「もう来年は出ないぞ」と誓うのだけれど、ヨット乗りは学習能力に乏しいからもう何年も続けて出ている。今年は本当に予定がなかったのだけれど、知り合いから「予定がないなら北九州から友達がひとりで回航するから、良い艇だし良い人だから手伝うように」との電話があった。彼は青森から函館までの青函レースの運営をしなくてはならないらしい。

その「ボラボラ」(カタリナ 36ft)は悪天候のためレース前日に到着した。本当にひとりだと言うので友人とふたりで乗り込んだ。クルージング艇で錦江湾で桜島を見ながら乗りたいとのことで優勝をねらっても居ないし、きつくて長い第3レースは出ないとのことだったので気楽だった。火山めぐりヨットレースは市の観光課が主催しているだけあって県外からの参加は大歓迎なのだ。回航補助金や無料温泉券を頂いてオーナーも喜んでくれた。

第1レースは梅雨明け直後だったためまだ風が残っていた。お昼前には終わったのだけれどウィンチを回した右腕と踏ん張ったのか左足の付け根が夕方には筋肉痛を起こした。だけどこのヨットが持ってはいるけど揚げたことのないセイル(ジェネカー)も試し、ゴキゲンだった。二日目のレースは風がなくジリジリと太陽にさらされ、結構きつかった。第2レースまでで充分堪能した。温泉に入り、黒豚のしゃぶしゃぶをご馳走になり、車で鹿児島の港を案内した。

三連休の最終日は起きあがっただけで体がきしんだ。歩き方もぎこちない。まだ体がバラバラってほどでもないけど筋肉痛である。風もなく、今頃第3レースが行われているかと思うとちょっぴり優越感を感じた。出場していた時は「今頃みんなクーラーのきいた部屋でアイスコーヒーなんか飲んでいるんだろうなぁ」と思っていたものだ。水泳よりヨットレースの方が過酷だとは思えないのだけれども、レース展開に夢中になっている時はそう言えばアザが出来ても気づかない。これで脂肪が燃焼してくれれば文句はないんだけど、このひどい日焼けもしばらくは落ち着かせなくちゃいけないし、さて、また泳ぎに行こうか。

2005.07.23

−夏、真っ盛り−

火山めぐりヨットレース参加の皆様、お疲れさまでした。またまた梅雨明け直後でいつにもまして風のないレース展開となりました。体にもお肌にも充分水分をあげましょうね。

泳ぎに行こうとは前から思っていたのだけれど、背中を押したのは身体検査だった。そう言えば去年は車通勤でもなかったし、駅まで歩き、駅から歩き、5階まで階段を上っていたのだ。今の事務所は2階建てである。

まるでホテルか応接間のような、検査専門のクリニックに行ったのは今年で2度目。心電図や視力、聴力、レントゲンと言った基本的な検査に加えて去年と同じくトータル婦人科検診のセットを追加した。いろいろなオプションがあるのだ。有り難いことに今年は会社のシステムが変わって手出し分が減っていた。最後に問診があり、レントゲンを始めその時出ている結果の説明がある。今年初めて測った甲状腺が、正常値4mm以下のところ3.9mmで辛うじてセーフだと言うことくらいで問題はなかった。一体甲状腺って何?ちなみに4mmを超えるとどうなるのかと聞いてみたのだが、「食べてもいないのに太る」(きっと私はこれだわ(^_^;))とか、汗をかくとか言われたくらいで命に別状はなさそうだった。

だがしかし、体重が3キロ増えていると宣告された。わかっちゃ居たけどこれは結構やばい。そんなわけで泳ごうと思ったわけだ。鹿児島は外に立っているだけで苦痛なほど暑い。停めてあった車には暑くてすぐには乗れない。もちろん真夏日と熱帯夜の連続で、会社でさえも「具合が悪いときには休む。水を飲む。熱中症に気をつけよう!」なんてメールが回っているほどなのである。そんな時に水泳は良い。さっぱりして気持ちがよいのだ。温泉付き300円を利用しない手はない。11回綴り3,000円の回数券を購入した。

そうそう、それから「スターウォーズ」を見た。映画館で映画を見るのは久しぶりだ。鹿児島に新しくできた駅ビル「アミュプラザ」の映画館は全席指定で上演までの間ウィンドショッピングが楽しめ、座席も座り心地が良い。ロードショー初日にしては字幕版のためか空いていたのが更に良かった。私はあまりこのシリーズには詳しくないし、ご承知の通りストーリーが年代の古い順に作られていないのでやっと辻褄が合ったって感じ。だけど28年間?!もかかってひとつの物語を終結させるのは凄い。それを待っているファンも凄い。映画はそれだけの価値はあった。ストーリー的には善人が奥さんとそのお腹の子を守るためだと称して悪人に寝返ってしまうのが気に入らなくて、エクスチェンジの時にオーストラリア人の、「オタク」が付くほどスターウォーズ好きなクリストに説明してみたんだけど、出世欲と言うか自分のすごい才能を生かしたいがゆえのことだろうとのこと。だったら女性を理由にしないで欲しいんだけど・・・。

結構忙しい夏である。

2005.07.27

−JALマイレージ−

暑くて、仕事が終わってから駐車場まで歩くだけで汗をかく。その上もの凄い暑さの車に乗るものだから勢いで泳ぎに行かれる。たった300メートル泳いだだけでヘトヘトになるのはやっぱり運動不足だろうか。しかも足腰がだるい。筋肉痛の2歩手前って感じ。日曜日に火山レースでお世話になった北九州のヨットを山川まで回航した。台風がそれて一安心。どうか、どこにも被害がありませんよーに。

航空会社の(私の場合はJALだけど)マイレージシステムはホント、わかりにくい。「いい加減諦めろ」と言わんばかりである。だけどビンボーな私は諦めるわけには行かず、やっと全貌が明らかになった。ふーっ。

JALの飛行機に乗るたびに、距離によってマイレージが貯まる。マイレージカードをクレジットカードにしていればそのカードで買い物しても金額によってマイルが貯まるしくみだ。そうやってマイルを貯める。ただしマイルには使用期限があって2年で消滅する。消滅させないために2つ方法がある。どちらにしろ15,000マイル以上貯めなければ使えない。ひとつはそれを使って飛行機に乗る。最もお得な方法だ。15,000マイルで国内どこでも往復出来、その他マイルによって海外でも行かれる。先日私は初めてこれを使って大阪へ行った。電話1本かインターネットで手続き出来る。ただし消滅するのは年末なので、仕事で使う人以外は忙しくて使えなかったり、マイルでタダ乗りするためには時期が限られているため年末年始はダメだとか、お盆やGWはダメだったりして好きなときに使うというわけにはいかない。

そこで消滅を防ぐため、紙のクーポン券に交換する。15,000マイルは5,000円券3枚になる。15,000円分だ。こちらは金券と同じなので時期を問わずいつでも使える。だがおわかりのように15,000円では国内往復はおろか片道にだって足りない。だけど消滅するよりはマシなのである。しかもこちらを航空券にするためにはJALのカウンターか空港に出向かねばならず、カウンターは平日の昼間しか営業していない。更にこの紙のクーポンも交換後13ヶ月以内に使わなければ消滅するのだ。

この紙のクーポンを何とか使って、夏休みのこの時期、東京に帰りトウキョウズカップヨットレースに参加することにした。夏休みは往復割引すらなく、21日前割引を使って鹿児島−東京往復5万円を予約。空港まで行ってそのうち3万円分はクーポンを使い、残りは現金で支払った。

今時紙のクーポンなんて流行らないと思っていた矢先、やっと紙のクーポンの代わりにクレジットカードに入れておくというシステムが何とか生まれ、私のカードも15,000円分は使えるはずなのだが紙のクーポンとの併用は不可とのことだった。この15,000円は専用の機械でチャージするとカードの中に組み込まれ、空港の売店でお土産や弁当を買えるそうだが15,000円分も空港で買い物するとは思えないのでチャージはしていない。一度チャージするとカードの中に金券を入れた状態となるために今度はインターネットで航空券を買ったり出来ないのでご注意。来年の1月までにどうにかしてこちらも使いたい。

2005.08.03

−大雨の週末−

土日、ずっと雷雨。こんなに長く続くのは初めてだ。子供の頃東京で雷が、ましてや停電するほどのヤツが鳴るのは夏の終わりと決まっていた。しかも一瞬で終わり。両親が懐中電灯やろうそくを用意しているのを見るとなぜか不謹慎にもワクワクしたものだ。それでも長くてほんの数十分。今回鹿児島では二日間続いた。しかもまだ7月だった。停電が続いたためテレビやステレオの時計を入れ直し、録画予約を入れ直さなくちゃならない。結構な被害だ。

英会話は「フレンズ」と言うアメリカのテレビ番組をDVDにしたものにはまっており、しかもこのシリーズはTUTAYA価格2本で1本の料金で借りられるためもう4シリーズ目に突入している。1シリーズ6本なのでもう20本以上見ていることになるのだがまだ倍以上あるので余裕である。何が余裕かと言うと楽しみが続くと言う感覚がよい。面白い小説に続編があると思うと安心出来るタチなのだ。

ここのところヨットレースも立て込みしかもそのDVDにはまっているから、週3回録音したラジオの英会話番組を聞き直して週一回の英会話教室に行くのがやっとで、月曜〜金曜まで毎週2時間25分分の英会話テレビ録画が山のように貯まっていたのだ。大雨なのでそれを見る。一週間分見るとヘトヘトになる。その分「オリジナル覚えたい単語帳」に入力すべき単語が増え、「オリジナル覚えたい英文ノート」に書く文がやたらと増える。「英文ノート」への清書は毎朝会社に行って始業時間までのわずかな間にやっているのだがなかなか追いつかない。デジタルオーディオプレーヤーにも録音したいのだがそちらもノート10冊のうちまだ4冊。大好きな児童書「ナルニア国物語」のディズニー映画制作が決まって買った英語文庫「ライオンと魔女」も3月のロードショーまでに開くことが出来るかどうか。やりたいことは山ほどあるのだ。

土曜日は生まれたばかりの子猫が車の下から鳴き続けていたので、わずかに雨が上がった瞬間に引っ張り出した。車の下じゃなくて、タイヤの付け根部分の影にはまって居たのでなかなか見つからなかったのだ。このまま走っていたらと思うと恐ろしい。

日曜日はついにビデオ飽きて、大雨の中、車でいつものプール兼温泉へ行く。夏休みなので混んではいたけど200メートルほど泳いで、30分くらい真剣に歩いたら下半身がだるくなった。夜は来週の東京行き準備。猛暑やクーラーで弱った体を運動でリフレッシュした後はニガウリ炒めと行こうか。

2005.08.12

−トウキョウズカップヨットレース−

暑い。異常に暑い。まだヨットレースの最中なら走れば涼しいし諦めもつくが座っているだけで苦痛なほどだ。アパートのドアからたぶん1メートル以内のところで少なくとも2匹のアブラゼミが鳴いており、暑さに拍車をかけている。数日前東京に居たとき鹿児島の方が2度ほど気温が低かったようだがやはり鹿児島の暑さは半端じゃない。窓を閉めてクーラーをガンガンに効かせた車でさえ、右腕の上で目玉焼きが出来るかと思うほど。

神奈川県三浦半島の南西側油壺から伊豆大島まで30マイル(約55キロ)のヨットレース「トウキョウズカップ」に参加してきた。「のふ〜ぞ」は大阪のヨットだけれども全国各地にクルーが居る。そのうち大阪が最も少なく、1/3は東京で1/3は四国だ。鹿児島のヨットレース「火山めぐり」で知り合ってから今年はGWに福岡−釜山の「アリランレース」に参加させてもらった。アリランレースの成績は対馬までの往路と釜山−福岡が2位、釜山でのレースは優勝。その後日本で唯一のヨット雑誌「KAZI」より大阪でチーム取材を受ける。毎年7月に行われる「鳥羽レース」はたぶん日本のヨットレースの中では最大規模のもので、先月そこで見事総合優勝を果たした。そして今回、「トウキョウズカップ」開催の前日、私たちが載っている「KAZI」が発売された。出来すぎなくらいの舞台設定である。またその「KAZI」が、「さすがプロ」と言わざるを得ない。あの、雨のしとしと降る中での撮影とは思えなかった。チーム全員が元気いっぱいにキラキラ輝いている。

東京にいた頃はヨットに住んでるのかと言われたほど通った油壺にたぶん2年ぶりくらいに行き、懐かしい顔にたくさん会った。快晴。9時スタート。相模湾特有のうねりはなく、風は弱め。ご承知の通りヨットレースにはレーティングと言うハンディキャップがあり、同時にフィニッシュ(ゴール)したとしたらレーティングの低い方が勝つわけだ。「のふ〜ぞ」のレーティングは17番目。つまり小型艇に属するわけで、レーティング順にフィニッシュしたとして17番目までに入れば優勝がねらえる。もちろん「のふ〜ぞ」より低いレーティングの艇には先にフィニッシュしてもレーティングを上回る時間の差をつけなければ勝てない。風がなくては走れないが、ビュンビュン吹くと大型艇はその分セイル(帆)の面積も大きいからどんどん先に行ってしまう。案の定、少し風が上がると大型艇は先行し、前方に1センチくらいの大きさに先行艇が3〜4艇見えた。風がだんだん落ち、靄がかかって視界が悪くなった。0度が北で180度が南だから200度ほどの位置にある大島へはほぼ南下することになる。真横に走っているヨットは少し大きなヨットだったので風が上がればやや先行され、落ちればこちらが少し先行すると言った状況。私が生まれて初めて乗せてもらった「さち風」は艇団を嫌って早々に東側に去っていた。

ますます風が落ちた頃、舵を取っていた通称「親分」が前方の左側、つまり東側にしか風がないと言った。実は三浦半島と大島の間には「大島エクスプレス」と呼ばれるほどの強い潮が流れているため、まっすぐに大島をねらうとどうしても東に流されてしまうのでやや西を目指すのが当たり前になっている。他のヨットも潮を嫌って西を目指している。だがしかし、西には風がない。しかも西側、大島近くにいるヨットがどうも止まっているように見えるのだ。

私たちは西側のポイントではなく、直接フィニッシュするポイントを目指すことにした。潮に流されながらもジリジリと進む。思い切り流されればすぐにタック(方向転換)した。親分は普通の人ならそのまま流されてしまう状況下で艇を少しずつ風上に上らせた。1センチほどに見えた先行艇がだんだんに大きくなっていく。霧のため視界はもっと悪くなり、あんなに大きな大島が直前まで見えなかったほどだ。まわりのヨットの状況がわからなくなる。何度目かのセイルチェンジの後急に風が強まり、NO.2ジェノアを揚げ、元気なクルー達はハイクアウト(皆の体重で船の傾きを抑える)しそのままゴールした。「順位は?」確か1センチに見えた艇団はそのまま島影に置いてきたはずだ。だがこの視界の悪い中、どんな伏兵がいるかわからない。「ひょっとしていけるかも」。私たちはそう思うことにした。

波布港入港。「!?」私たちと同じ30マイルを走ってきたヨットはいなかった。つまり、レーティングの高い大型艇も差し置いて1着。文句なく優勝である。帰着申告の後「波布ヒメ神社」にお参りし、かき氷を食べ、岸壁でのパーティーに参加。久々のくさやの干物や、婦人会作成のみそ汁や薩摩揚げ、カレーに舌鼓を打ち、1着(ファーストフォーム)と、1位(優勝)と、総合優勝(都知事杯)の3度、お揃いのアロハシャツを着て舞台に上がった。

2005.08.16

−お盆休み−

そんなわけで特に鹿児島は異様に暑いからなかなかことがはかどらない。寒いときは考えがまとまらないなんてことはなかったのに、暑いとなかなか考えられない。体を使っても頭を使っても暑いのだ。特に私が汗かきということはまったくなく、「水を飲んでもっと汗をかいた方が良い」と言われていたほどなのだがこのベトベト感だけでもたまらない。クーラーのガンガンかかった会社では「お盆休みなんて今までなかったし、あれもこれもしよう」なんて考えていたのにいざ休みになるとやる気が起こらなかった。混雑とホテルも航空券も高いこの時期は何か余程楽しいイベントかヨットでもない限り遠出はしたことがない。

とにかく洗濯機を2度回しながら朝食を取り、メールをチェックして昨夜水につけて置いた豆と干し椎茸を煮る。大豆と椎茸に昆布、冷蔵庫に残っていたこんにゃく、人参、乾燥大根を入れてお気に入りの小型土鍋でコトコト煮る。火を使うのだが頭を使うよりはマシだ。以前はこんなに暑いとすぐにバテてしまってそうめんやアイスクリームすら食べたくなかったのに近頃は体が鍛えられたのか、より食いしん坊になったためか食べるのはおろか料理だって苦にならない。朝食はミルクたっぷりのコーヒーと東京で買ってきた神戸屋のパン、カスピ海ヨーグルトとバナナ。ちょっと食べ過ぎか(^_^;)・・・

たまっていた「覚えたい英単語」をエクセルに入力する。1時間ほどたって10時になったところで調子の悪いステレオのカセットデッキをどうにかして欲しいとパイオニアに電話する。ここでこのデッキが言うことを聞かなくなればAMラジオの英会話番組が予約録音出来ないのだ。何回か修理をお願いしているので担当者を呼び出す。「お盆休みはいつからですか?至急直して頂きたいのですが。」午前中に持ち込んで明日部品が届けば何とか明日の夕方までに直るだろうとのこと。あさってからお盆休みだそうだ。15分後、デッキを外し、麦茶を持って車のエンジンをかけた。

町に出た?ついでなので、修理をお願いしてから銀行でお金をおろし(東京にいる頃から銀行を変えていないので鹿児島県には一箇所しかないのだ)、旅行会社に立ち寄って9月以降下期の航空券の状況を聞き、アミュプラザと言う新しい駅ビル内の無印良品へ寄る。

最近、ここの「ナシゴレンの素」と「グリーンカレーキッド」が気に入っている。何もおかずがないときは残りご飯と適当に家にあるタマネギやピーマンを加えてナシゴレンを作り、目玉焼きを乗せてお弁当を作る。簡単で結構美味しい。レストランで食べた味に近い。ちなみに具は何も入れなくてもご飯と炒めるだけで充分に美味しい。グリーンカレーの方は友達から聞いたもので粉末のココナッツミルクを水で溶き、炒めた肉や野菜に水とグリーンカレーの粉を入れて煮込み、ココナッツミルクと添付のナンプラーを入れるだけだ。できあがりに散らすように輪切りの唐辛子が付いているが、辛いもの苦手の私はその唐辛子だけはパスしてぬか漬けや他の料理に少しずつ使っている。

ちょっと疲れたので何ヶ月も前に図書館で予約し、やっと貸りる順番が回ってきた「ハリーポッターと不死鳥の騎士団 上巻」を読む。今まで我慢して英語のテープしか聴いていなかったのだ。う〜ん、概略はわかっていたけど細かいところが全然聴き取れていない。休みは太らない程度に美味しいものを作って食べ、たまっていた英語を片づけよう。

2005.08.24

−ハウステンボスカップヨットレース−

「お休み」というものはいつでもあっという間に終わってしまう。良かったことはステレオのカセットデッキが一晩で直してもらえたこと。悪かったこと、お盆休みでお休みだろうと思っていた英会話教室が実は休みではなかったこと。(^_^;)おー。

次の土日で長崎へ行って来た。ハウステンボスカップヨットレースだ。
毎年このレースはお盆の翌週土日に開催され、とにかく暑い。ホテルを予約していないチープな連中はヨットのキャビンでは暑くて寝られず、寝袋を持ち出してハウステンボス園内の至る所で寝ることになる。園内バスの停留所はベンチに屋根までついて快適なのだ。

それが今年は違った。まず土曜日の朝、車で鹿児島を出る。何やら前線が停滞していて凄い雨。ワイパーを最速にしても前の車が見えないほど。お昼頃ハウステンボスに着いたものの土砂降り。短パンにTシャツでは薄ら寒いほどだ。いつものマリーナ出入口から土日有効のヨットレース参加パスをもらって入場する。そう言えば毎年のように何回も来ているけど正面玄関から入ったことはない。夏休みの土曜日だと言うのに園内は閑散としている。傘をさして歩いて見るもずぶぬれ。しかも経営が思わしくないとは聞いていたがあちこちの店は改修工事中とやらで閉店しており、開いている店も何やら寂れているところが多かった。仕方なく、ヨットで雑談しながら夕方のパーティーを待つ。毎年、マリーナ脇のスペースで行われるレースの前夜祭なのだがこのままの土砂降りでどうなるのか。

幸い小雨になり、パーティーが始まった。あちこちのチームの知り合いと挨拶し歓談する。ヨットレースの度に見かける顔、一年ぶりで会う顔、東京の人、同じ鹿児島から来たチームなど様々。ヨットの中で二次会をしてそのまま就寝。久保田の万寿とサンマのお刺身を頂く♪涼しいので快適だったが時折降る大雨が不安。

翌朝、不穏な雲が結構な勢いで移動している。やはり涼しい。もう秋?!小雨は降ったり止んだり。ヨットの上でコーヒーを入れ朝食。早々に出航していく艇のクルーは合羽を着込んでいる。濡れるのを覚悟で出航する。雨は上がり、陽が差してきた。やっぱり晴れていると気分がよい。やる気が出てきた。ショートコースは9:30のロングコースの後10:30スタート。ロングコースの走り方を見られるので楽チンだ。今回は大変な混乱になるスタートのやり直し(ゼネラルリコール)もなく平和。心配されていた風も弱いながら何とか保って上マークを回り、追い風用のジェネカーセイルを揚げる。ロープを持って上を見上げていると暑く、背中に汗が伝う。前に見えていた集団を何艇か抜いてフィニッシュ。オーナーは完走を目指しており、出来ればビリではないことを目標としていたにしては上出来だった。

シャワーを浴び、イタリアンレストランでピザとパスタを頂き、恒例のナッツがけチョコレートアイスを食べながら帰途につく。やはり家に居るより、人と会うだけでも何か行動することが良いと実感する。遊び慣れない鹿児島の会社の子達は土日で鹿児島−長崎往復は狂気の沙汰だと思ったみたいだけどそんなことはない。時間は有効に使わなくっちゃ。参加したヨットは北九州の津屋崎と言うところのヨットで、10月には漁協とタイアップしたヨットレースが行われるとお誘い頂いた。パーティーでは新鮮な魚介類が振る舞われるそうで心引かれた。10月は北九州か?!

2005.08.29

−パソコン 1−

ヨットレースに合わせて8月の始めに東京に帰り、二人の人物に会ってびっくりした。
ひとりは小学生の甥で、もう一人は昔からの友人、私と同世代の美恵子だった。

甥は両親、つまり私の弟夫婦に時間制限付で使用を許されるほどのパソコン好きで、ホームページも立ち上げたと聞いた。だがしかし所詮小学生であり、私たちの血を引いているのであれば尚更特別なことはあるまいと高をくくっていた。確か母親、弟の奥さんも機械に詳しいなんて話は聞かない。子供の頃机の前に5分と座っていられなかった私の弟は1日中パソコンの前に居る息子に対し、「1日1時間の散歩」を義務づけたほどである。甥は終始時間の許す限り、一番話を聞いてくれそうな、同じくホームページを持っている叔母、つまり私とパソコンの話をしたがった。もちろん「オバサン」なんて呼ばせない。物心付いたときから名前で呼ばせているので今まで自分の父親と私が兄弟だったなんて知らずにいたほどだ。彼の話は生まれて間もない頃は自閉症が心配されたほどなのに早口で聴き取れなかった。しかもどうやらプログラミングについて話しているようだと気づいてちょっと慌てた。自分のサイトでは置くことの出来ないCGを作りたいので私のサイトの容量を貸して欲しいと言うことしかわからなかった。私がホームページを持っているからと言っても、そんなの誰だって既成のソフトを使えばワープロと同じに出来ることなのだ。もちろんプログラムを組んだことなんてない。そんな私に彼はペラペラとまくし立て続けた。おじいちゃん、つまり私の父のパソコンにフロッピィを差し込みながら、「ちょっと簡単なゲームを作ってみたんだ。母さんがはまって全部クリアしたんだよ。ちょっと見てみる?ほらね。この、次々と出てくる人にこの画面の旗を取らせていけば良いんだ。レベルは3段階にしてあるから初級なら簡単だよ。」「ふ〜ん。」だけど彼は私にゲームをやってもらいたがってはいないようだ。

「ヨットが好きなんだよね。じゃぁ、ヨットのゲームを作ってあげるよ。リンクを張ればホームページから来られるし・・・」「?」
彼は使い慣れていないおじいちゃんのパソコンからブツブツ言いながら使えそうなソフトを探し、Windowsのパソコンならどれにでも入っているお絵かきソフトの「ペイント」を立ち上げた。しかも喋りながら、あっという間に簡単なヨットの絵を描き、色を付け、コピーして何艇も増やした。「爆弾なんて海にはないよね。何にする?毒クラゲ?良いねぇ。」次はクラゲの絵を描く。「僕のは塀の上に旗があるんだけど海だったら何?」「防波堤?どんなの?じゃあ灰色に塗れば良いね。」次に彼はワープロでは最もシンプルで軽いソフト、「メモ帳」を立ち上げた。何が起こるか想像も付かなかった。慣れた、不釣り合いなほど小さな手でキーボードを叩く。ふっと気づいたのだがローマ字入力だった。ローマ字って何年生で習うんだっけ?!しかも早い。彼は♯などの記号を使い、枠のようなものを書いている。手は一瞬も休まず、しかもずっとしゃべり続けている。「この枠、ここだとちょっと細長くなるでしょ。だけどできあがるとちゃんと正方形になるからね。」

次の瞬間、魔法をかけたようにゲームができあがっていた。カラーの画面が動いている。甥は次々と現れるヨットをエンターキーで配置し、防波堤の上の旗を取るゲームのシミュレーションをしていた。たぶん、始めてから10分程度だと思う。私は小学校5年生の時には何をしていただろうか。自分が、世の中の、しかも小学生のレベルにも満たないのかと思ってクラクラした。

2005.09.02

−パソコン 2−

もう一人のびっくり、美恵子の話だ。

東京から鹿児島に帰る時、空港まで友人の美恵子が車で送ってくれることになった。友達と一緒に迎えに来てくれてレストランでお茶する。友達が美恵子に話している。「この前の写真、CDに焼いてあげるよ。」そこで美恵子、「ちゃんと紙に、普通に現像してくれなくちゃ嫌っ!」「?」
私は美恵子に確か数年前に会ったときにもパソコンの使用を勧め、彼女は転職を考えていたため履歴書に「パソコン使えます」と書きたいばかりにそれからずっとパソコン教室に通っているはずである。最近知り合いから不要になったノートパソコンをパソコン教室の復習用にもらって来たと言ったばかりなのだ。
「美恵子のノートパソコンにCD入れられるよね。」「うん。」「じゃ、なんで嫌なの?!」「あのパソコンは教室の復習用なの」「?」
そう言えば最近、フィルムを現像に出して無料のアルバムに挟み、番号をつけて回覧し、希望枚数だけ数えて再び現像に出すなんて聞かない。いちいちどの写真が要るのか要らないのか考える必要もなくCD1枚に焼き付けてしまえば簡単だし、安いし、現像所に足を運ばなくても済むからだ。その話を延々と私と友人とで説明したが結局彼女にはわかってもらえなかった。彼女は未だインターネットに接続もせず、プリンタも入手せず、単なるワープロ練習用としてしか使っていない。

美恵子に言わせれば私は特別なのだと言う。私としては甥の凄腕を見せつけられたばかりだし、到底そんな気分にはなれない。一般的なレベルだと主張する私に、今度は美恵子、友人を問いつめる。「パソコン使う?」「そりぁまぁ普通に。」「メールもする?」「携帯のメールより簡単だし、写真や文書も添付できるからね。」「インターネットは?」「なかなか売ってないような部品は海外のサイトから取り寄せた方が安くて早いよ。」その友人はインターネットオークションで趣味の磁器を集めているそうなのだ。「あの食器、私も好きで持っているんです。ネットオークションは普通に店で買うより安かったりしますよね。」美恵子抜きで盛り上がってしまった。彼女は特別なのは私だけでなく「あなた達だ」と言い直した。

車を持ち、携帯を手放さず、やれ花火大会だ、フラワーフェスティバルだと出かけている美恵子なのだから、使ってみれば便利だと気づくはずなのである。車に乗った後も二人で説得を続けた。
「年賀状は作らないの?」「年賀状は手書きすることに決めているの。」
「写真はCDでもらえば自分で好きな写真を選んで現像に出すことも出来るし、気に入った写真を引き伸ばして印刷することも出来るよ。」「別にそんなことしなくても良い。」
「インターネットに接続すれば旅行のガイドブックを買わなくても行きたい場所の新しい情報が調べられるよ。」「そんなしょっちゅう旅行に行く訳じゃないもの。」
「買い物は?」「実物を見なくちゃ買いたくない。」
なかなか手強い。定年を過ぎた頭の固いおじさんに説明する方がマシなくらいだ。私は賃金の安い縫製業界で働いている腕もセンスの良い美恵子に、副職でも良いから製品を作ってインターネットで販売することを勧めているのだが彼女には未だ想像すら出来ないでいる。説得が得意なはずの私としては甚だもどかしい。

彼女はパソコンが使えないのは自分の頭が悪いせいだと思っているのだが、もちろんそうじゃない。説得していて「やりたいことがなければ何も出来ない」と言うごくごく当たり前のことに気づいた。パソコンなんてただの道具なのだ。「こんな年賀状が作りたい」と思えば簡単に出来るが、「パソコンを覚えたい」と思ってもなかなか覚えられない。ほほぉーっ。今更気づいてしまった。パソコンに限らない。運転を覚えたいから免許を取るのではなく、どこかに簡単に早く行きたいからだ。いいぞ。留学したいから海外に行くのではなく、人と話したいから英語を勉強するのだ。思いは必ずや叶うはずである。

2005.09.06

−オーストラリア事情 1−

3週間故郷のオーストラリアに帰っていたクリストが戻ってきた。ミスタードーナッツでの会話を再開する。
「どうだった?」「最高!それがね」と、とりあえず意思の疎通は成立するものの相変わらず私の文法は自分で話していてもわかるほどメチャメチャである。だけど、「何をしたの?」「どこへ行ったの?」「美味しい物食べた?」と質問攻めにしてみた。知らないところの話を聞くのはいつだって楽しい。

「オーストラリアは冬だよね。寒いの?」「朝は0度になるけど昼間は15度から20度くらいだからそんなに寒くない、快適。」「家はどうだった?」「羊に赤ちゃんが3頭生まれたんだ。双子ともう一匹。飛び跳ねるんだ。可愛かったよ。」彼の実家はシドニーから車で4,50分西にある。雪はほとんど降らないそうだ。

彼が久しぶりにオーストラリアに帰って一番驚いたことは、「オーストラリア人の肥満化」。日本人は「西洋人」とくくるからみんな同じように思っていたけどオーストラリア人ってもともとそんなに痩せてたっけ?!「皆、アメリカ人のようになってしまった」と言う。特に労働者階級の人たちが住むエリアがひどく、増えてきたファーストフード店と食生活のせいらしい。そう言えば私も今年のGWに久しぶりに韓国へ行って同じように感じた。あんなに誰も彼も細すぎるくらいの体型だったのに、町行く人に太った人が目立ったのだ。アジアもオセアニアも世界的にファーストフード店がはびこって肥満化の一途をたどり、高血圧や糖尿病などの生活習慣病に悩まされるのだろうか。反対に、ファーストフードを食べただけでそんなに急に太るものなんだろうか。恐ろしい。一節によるとここ数年、先進国で平均体重が増えていないのは日本人の、しかも女性だけなんだそうだが、私にはまったくファーストフードを食べないのにかかわらず当てはまらない。(^_^;)そんなにみんな太っていくのに、確か世界には未だ食べるものがなく子供達が餓死している国があるのは甚だ不公平だ。

まず彼は、親戚の家でやったバーベキューと(と言っても彼はほとんど肉を食べない)、お母さんが作ってくれたとびきりのパンプキンスープと、家の近所で見つけた店の「美味しいフィッシュアンドチップス」を食べたそうだ。「フィッシュアンドチップス」も相当カロリーが高そうだが、彼は日々身体を鍛えているし、太っても居ないので深くは追求しなかった。その代わり「それはイギリスの食べ物じゃないの?」と聞いてみた。オーストラリアには多くのイギリス文化が入ってきているらしい。「じゃあ、実際どんなものなの?」「大きな、30センチくらいの魚の切り身のフライとポテト。」「白身の魚でしょ。何の魚?」「鮫が多いけどそうでない場合もある。」それを「バターフライ」か「パン粉をつけたフライ」どちらかの調理法を選び、紙の箱に斜めに入れて(大きくて横には入らないから)、隙間?!にポテトを詰め込んだものだそうだ。「それがポテトがまた美味しいんだ」「だってポテトチップスでしょ」「もっと厚くでジューシーなんだよ」と、本当に美味しそうに言った。チップスと言ってもフライドポテトらしい。それらに好みで塩を振る。チキンソルトという風味のついた塩があるらしい。どうしても私にはそんなに美味しそうだとは思えなかったけど、それは黙っていた。

2005.09.10

−オーストラリア事情 2−

オーストラリアから帰ってきたクリストに、今度は「家のそばで何か野生動物を見なかった?」と聞いてみた。
「ウサギを見た。」「白いの?」「グレー」「へぇ、野生のウサギがいるんだね。」
「あぁそうそう、豚がいたよ。」「えっ?豚?野生の?」「そう、親子で5匹。」「5匹も?!で、どうしたの?捕まえて食べたの?」「豚撃ち(Pig Shooter)を呼んだんだ。」
どうやら豚がいるのは良くないことらしく、豚はあちこちを掘り返して芋や植物の根を食い荒らし、穴だらけにするとのこと。野生の、しかも黒豚だと言うから肉屋で買えば高そうだし、美味しそうだ。だけどクリストはほとんど肉を食べないので興味がなさそうだった。私なら断然、「フィッシュアンドチップス」より黒豚だなぁ。だけどPig Shooterって仕事があること自体、驚きである。東京から4,50分のところに野生の黒豚が、しかも家族で出現したら間違いなくニュースになる。

で、オーストラリアはここのところ水不足に悩まされているらしい。洗車もしてはいけないことになっていると言う。クリストの両親の広大な敷地には大きな池があって特に深刻な問題はないらしいが池の水位が30センチくらい下がったそうだ。それよりその池に、たまに釣って食べるために放ったバスの稚魚が一匹もいなくなったというのだ。水位が30センチくらい下がったからと言って稚魚が死ぬとは思えないし、誰かが取った形跡も、狐などが食べた形跡もなく不思議に思って池の周りを歩き回り、犯人を突き止めたそうだ。それは巨大な、1メートルはあるかというウナギだった。

驚くことは多い。まず、日本人はバスを食べない。近頃は日本でもスポーツフィッシングが流行っていて、釣る時のアタリだか引きが良いとかで誰かが海外から持ち込んだバスが池や湖に繁殖し、釣るには釣ってもそのままリリースするからますます増える。もともとの生態系すら壊してしまうと言う問題が起きているのだ。それを食べられれば、食べて美味しければどうにかなるのに、と思っていたのだ。クリストから普通の魚と同じようにように美味しい、ソテーやフライで食べると聞いて驚いた。しかも稚魚を放流してまで食べたいらしい。

そのことを話したら彼は、「オーストラリアにも同じように繁殖して生態系を壊し、問題になっている魚がいる」と言うのだ。それは「鯉」だそうだ。オーストラリア人は鯉をまったく食べないのだそうだ。「どうして食べないの?」「骨が多すぎて食べられない。」「日本人のお年寄りはたいてい妊婦には鯉を食べろって言うよ。中華料理でも食べるし、鱗を食べる人もいるよ。」「Never!」と言われてしまった。確かに骨だけ考えれば鯉よりバスの方が食べやすそうではある。だったらバスの繁殖に困っている地域の人は一度食べてみるって言うのも良いかもしれない。

そしてもう一つ驚いたのはそのウナギだ。オーストラリア人はカンガルーやワニまで食べるらしいのに、ウナギは食べないそうだ。クリストは今では好物になったが、日本へ来るまで一度も食べたことはなかったと言った。確かに外見はヘビみたいであまり美味しそうだとは言えないけど、日本でウナギは高級品のひとつである。

オーストラリアではウナギや鯉を、日本ではバスを食べるようにすれば世の中、もう少しうまく行きそうな感じがするのだが・・・

2005.09.14

−世界地図−

半年毎、私にとっては3期目の英会話教室最終日、私たちはこてんぱんにやられた。
世界の国々の国境と言うものは永遠ではなく刻々と変わっているのだから「私の国」「あなたの国」と言う考え方ではなく、「ひとつの世界」と言う見方で見なければ環境問題は解決されないと言うそもそも日本語で話したって難しいテーマの中で、その国境が「ここ10年でどう変わったか」と先生のブライアンは言い出したのだ。東西ドイツが統一されてソ連がロシアになったことくらいしかわからない。セイロンがスリランカになったとか、チェコとスロバキアが分かれたのはどうやら大昔らしい。しかも白地図のどこがどの国かと言う問いには日本を含めてせいぜい10カ国くらいしか答えられなかった。アフリカとか中東に至ってはお手上げだ。カザフスタン、ウズベキスタン、タジキスタンの区別はつかず、聞いたことのない国も多かった。

それで翌日、もうずいぶん前から買おうと思っていた世界地図を今度こそ買おうと出かけた。いつもニュースでどこかの国が報道されるたび「一体その国はどこにあるんだ」と思っていたのだ。新しくできた駅ビル「アミュプラザ」の紀伊国屋へ行く。子供用も含めるとずいぶんといろいろな種類があり、私はポスター大の「旺文社・世界地図」を買った。クルクルとカレンダーのように丸めてある1枚のビニール張された紙で地図の回りには各国の国旗が描かれている。値段は950円で、なぜもっと早く買わなかったかと後悔した。とりあえず私と同類だと思われる知識の方、購入をお勧めします。

ついでに無料券の期限が今月いっぱいだったのでアミュプラザの中のマッサージショップへ行き、40分間のボディマッサージを受ける。もう、最高!マッサージされてみて始めて身体のどの部分が疲れていたのかを思い知る。行くたびに「月に一度くらいは行っても良いかな」と思うのだけれどなかなか手が出ない。ビル内のパン屋でカロリーの低いベーグルパン、おしゃれなスーパーで細かくしたモッツアレラチーズを購入。

帰りに車を停めておいたダイエーで買い物。ホークスセールとやらで安かった。2,100円以上の買い物で3時間の駐車がタダになるので牛乳、ごま、醤油、小麦粉98円、鶏肉、パン粉、チョコ、鹿児島産鰺の干物98円、サラダオイル168円、89円のチューブわさびとカラシ等を購入。八百屋で1個100円のキャベツと2個100円のアボガドを追加して帰ってきた。いくらガソリンが高くても電車や徒歩じゃこんな買い物は出来ない。

その英会話教室なのだが社会保険センターで行われているため安い。まぁ安いから続くわけだが今までは抽選だ先着順だと大人気だったのに来期は空いているようなのだ。週一回で半年間2万円以下の講座が卓球、ゴルフ、テニスから流行のダンス、書道やカラオケまで確か50以上ある。一度は「今期は以前より難しくなったからついていけない」と駄々をこねたのだがまた来期も参加することにした。英会話の教室で満員なのは初心者のクラスだけだった。ブライアンは、難しかったのは続けて使っていたテキストが終わりの方だったからだと言い訳してたけど彼はほとんどテキストは使わないのだ。次回はもっと楽しいテキストにすると言っていた。

最近、大相撲の観客が減り、プロ野球のファンも減ったと聞いた。レストランや居酒屋の競争も熾烈らしい。アミューズメントパークのハウステンボスもガラガラだったし、スターウォーズエピソード3の初日すら満席ではなかった。カルチャーセンターの参加人員も減っているとなると一体みんな何をしているのだろうか。

2005.09.18

−トルコとギリシャ−

私の参加しているその英会話教室に、トルコ人の妻が居た。彼女は日本人だ。ご主人とは鹿児島大学で働いていて知り合ったそうだ。私のトルコに対する知識は甚だ乏しく、トルコ料理が世界三大料理だと言うことと、巨大な焼き鳥のようなシシカバブくらいしか知らない。日本のことについて「富士山とサムライ」しか知らないのと同じである。だけど世界三大料理の割にはフランス料理や中華料理みたいに馴染みがないのはなぜなんだろうと以前から思っていたのだ。余程日本人の口には合わないのかと思いきや、彼女は「日本人好みの味」だと言う。家でトルコ料理を作るときはインターネットで購入した安いラム肉や日本のスーパーに売っている食材で作り、香辛料だけはご主人が実家?!に電話して送ってもらうのだそうだ。世界地図で「トルコはどこか」と言われても私はこれまた極めて怪しく「どこかイラクかイランのあたりだっけ?だったら治安は悪くないの?」と言うことになる。「イラクやイランとはほんの端の方しか接してないし、治安は良い」とのことだった。食べ物もご飯とおかずとスープの、日本と同じようなスタイルだそうだ。

で偶然にも、車の中で聞いたラジオ講座「基礎英語1」で放送されている舞台がこれまたトルコだった。「橋のあちら側がヨーロッパで、こちら側がアジアだ」と言うその日覚えるべきキーフレーズを聞いて「ほほぉーっ」と思った。アジアとヨーロッパの境目だなんて知らなかった。しかも翌日の基礎英語1では有名な「トプカプ宮殿」に行くことになったらしい。トプカプ宮殿はトルコにあったのだ。500年の歴史があり、その他にもたくさんの古い建物やモスクがあるそうだ。俄然興味が湧く。

さっそく購入した世界地図を見る。何と北は黒海、南は地中海に面していた。首都はアンカラ、思ったより大きな国だ。東側はわずかにイランとイラクに接し、地中海を挟んで隣(西)がギリシャ、対岸(南)はアフリカ大陸のエジプトだ。地中海はトルコあたりが東の端で、西の端がスペインになる。ギリシャとスペインの間には長靴型のイタリアが横たわっていた。ギリシャとトルコの間には島が多く、どう見てもクルージングには最適に思えて余計興味深かった。そうだ!その話をどこかで聞いたんだ。

同じ英会話教室でいつも一緒に会話をする「ギリシャ好き」が居る。彼女は美術館に勤務しながらギリシャ語と英語を学び、ギリシャの遺跡を勉強しにギリシャ留学を夢見ている。何度かひとりでギリシャにも行っていた。「一体、ギリシャって何が有名なところなの?」と聞いたことがある。「たいていみんなクルージングに行く」と言う答えが返ってきた。彼女によると観光客はたいてい自分の日程に合うスケジュールで好みの島に行く船を探して乗り、クルージングを楽しむのだそうだ。半日とか日帰り、数日間のクルージングなどいろいろなスケジュールがあり、島も夕日がきれいに見える島や遺跡のある島、船も1等船室や2段ベッドなど様々なクラスが用意されているらしい。彼女はその二段ベットの4人部屋で、あちこちの国の人と何とか話しをしながらクルージングをするのが楽しいのだと言った。ちなみに食べ物はクレープ状のパンのようなものに肉や野菜を挟み、好みのソースをかけたものをよく食べたとのこと。

そのトルコとギリシャが私の頭の中で繋がった。隣の国だったのだ。地中海で出来た小さな湾を殆ど囲むようにトルコとギリシャがあり、湾の奥はかのエーゲ海と呼ばれていた。その間には世界地図で見るだけでも無数の島があり、その湾をふさぐようにクレタ島がある。
一度は行ってみたい場所が増えた。

2005.09.23

−ビデオとDVD−

ビデオの電源が入らない。リモコンでも本体でもダメだ。コンセントの抜き差しで時間表示は消えるから、ついに何かが壊れてしまったようだ。結構マズイ。毎日放送されている英会話番組はビデオだけが頼りなのだ。私はテレビを見ず、殆どこのビデオに録画して必要な番組を見ていたし、ニュースを見るときも必ずビデオの電源を入れて副音声で聞いていた。だからテレビの使用時間とビデオの使用時間は同じで、年月を考えればもう寿命かもしれないけど、それでも痛い。

環境には甚だ優しくないのだけれども、今の世の中って言うか特に日本は「修理するなら買った方が安い」と言う不思議な現象が起こる。ここで考える。「今更ビデオを買うか」。今時ビデオは少ない。電気屋へ行っても殆どがDVDに取って代わっている。私もDVDプレーヤーを持ってはいるがあくまでプレーヤーでレコーダーではないので再生専用なのだ。録画は出来ない。まぁ何が起こっても買い換えられるよう、確か7、8千円の韓国製の安い機種を買ったのだが大活躍している。

会社の同僚に相談して凄いことがわかった。世の中は知らぬ間にドンドン進化していた。まず彼女の家はハードディスク付きのDVDを使っているそうだ。私がDVDプレーヤーを買ったほんの少し前には、ハードディスク付き、つまりDVDの丸い盤を入れなくてもDVD自体が持っているハードディスクにパソコンのように録画出来る機種は8万とか9万円した。それが今では4万円台に、ほぼ半額になっているそうだ。ハードディスクがあればいちいちDVDに録画しなくても一度見て消したい物はそのまま削除出来、編集もカンタンで、残しておきたい物をDVDに焼いてもビデオテープの様に場所を取らないのだと電気屋のセールスのように説明された。そして何より驚いたのは、録画方法だった。

私は今まで毎週ビデオに録画予約していた。「何月何日何曜日の何時から何時まで」と言う設定をひとつひとつビデオのリモコンを使ってテレビ画面でするのだ。確かに英会話番組なんて毎週決まったチャンネルで同じ時間に放映されるのだからその都度予約しなくても済みそうな物だとは思っていた。新聞や雑誌のテレビ欄には数字が羅列されたコードやバーコードがあってそれさえ読み込めばいちいち時間を入れなくても済むと言うくらいの知識はあったが、あいにく私の所のビデオデッキにはそんな機能はなかった。だがしかし、同僚はそれすら面倒だと言った。何と今時のDVDレコーダーはテレビ回線を使ってテレビ画面に番組表を表示させることが出来るらしく、それを選びさえすれば良いのだそうだ。すぐには理解出来なかった。ひょっとしてテレビガイドを買ったり、新聞のテレビ欄を見る必要もないとわかると結構ショックだった。チャンネル数の多いアメリカでは常時番組表だけが流れている番組チャンネルがあったことを思い出した。

それに加え深夜の、特にNHKの番組はその日の事件やニュースに左右されることが多く、録画しても放映時間が変わっていて後半しか見られないなんてことは日常茶飯事だったが、時間ではなく番組を録画予約するため放映時間が変われば変わった時間で録画してくれるとのことだった。夢のようだ。

おかげでハードディスク付きのDVDレコーダーの良さは充分理解出来たが一体私はどうしたら良いのか、世の中に付いて行けず思案中である。

2005.09.27

−国際DVD−

暑い。洗濯物を干しただけで汗だくである。連日30度を超えている。とても9月の終わりとは思えない。

さて、壊れてしまったビデオデッキは未だそのままになっている。鹿児島市内の店をあらかた見て回ったのだけれど電気屋のやる気が見られないのだ。だってインターネットの方がずっと、送料や振り込み手数料を考えても安いのだ。だから英会話番組は早朝の出社前に録画なしで見て、後はラジオの英語番組を録音して凌いでいる。

まずこの多様化した時代に私の欲しい機能がないのだ。以前にもただ「AMラジオの番組をいくつか予約録音したい」と言う、一見出来そうな、当然技術的には出来るだろう機能がついたラジオやオーディオプレーヤー、ステレオすら探し出せなかった。高価なステレオでさえ、出来て1度に1番組しか予約出来る機能はない。第一複数の番組が録音出来ると言う機能のついたものが作られてもいないのを知って唖然としたのだ。だから結局私は、何回か再放送されているうちで録音したい番組が出来るだけ一続きになっている時間帯を探し出し、途中に不要なラジオ体操などと言う番組が入っていようともそのまま続けて録音し、聞くときに飛ばすと言う原始的な方法をとっている。

どうせ新しいDVD機を購入するなら、私の欲しいのは「外国で買ってきたDVDを見たい」と言う至極当たり前な、素朴な機能である。だけどこれも叶えられそうにない。オーストラリア人のクリストがオーストラリアで買ってきたDVDを見られるデッキを持っていたのでいろいろ調べたのだけれど、どこかの誰かが不正コピーを恐れるあまり世界をいくつかの地域に分け、リージョンコードと言うものを違えたために見ることが出来ないのだ。ちなみにオーストラリアと日本とアメリカはそれぞれ別のリージョンコードになっている。

この、海外で買ったDVDを見るためにはまず、海外でDVDと一緒にデッキそのものも買ってくるか、または現在のデッキをリージョンフリー(自動切替)かマルチリージョン(手動切替)に改造するかのどちらかになる。そうそう調べた結果、もともと日本でこれらが叶う機種は現在作られていない。

海外のDVDも見られるようにすると言った改造は違法ではないらしく(だったら最初から作って欲しいのだけれど)、自分で改造するか、人に頼むかのいずれかとなる。改造は機種によってはさほど難しくないものもあるらしいのだが、テレビやステレオ、デッキなんていう物は買ってきたら電源を差し込むだけで使えると思っている私のような人種には甚だ面倒くさい。機種によっては改造のための部品も調達する必要があるのだ。親切にもインターネットではそれらを販売している業者もある。じゃ、自分でやりたくない、または出来ない人はどうするかと言うと業者に送って改造後送り返してもらうと言う手がある。鹿児島市内の電気屋に聞いたところそれらしいことは専門の業者しかやっていないらしい。ただ当然往復の送料の他、部品代と改造の手数料がかかる。

そんなわけで未だ壊れたままのビデオデッキを眺めている。クリストはオーストラリアで買ったビデオすら見られなくてビデオデッキも特別な物を買ったそうだ。(アメリカで買ったビデオは辛うじて日本でも見ることが出来る。)確かに彼が言うとおり「stupid!」以外の何ものでもない。


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