八千代市郷土歴史研究会


Web速報版 No.5

2004年4月〜06年11月の報告ページです

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No.6 06年12月〜07年3月の報告 No.5 05年4月〜06年11月の報告 No.4 04年10月〜05年3月の報告
No.3 04年4月〜2004年9月の報告
 No.2 03年11月〜04年3月の報告 No.1 03年1月〜03年10月の報告

報 告
11月18(土)-19日(日) お疲れ様でした
 八千代市民文化祭 郷土史展「旧村の姿・大和田新田研究」 スナップ写真をアップしました。

「史談八千代」31号が発刊されました。⇒目次と販売のご案内
11月12日(日)全日 20名が参加し、10時から午後2時半まで文化祭展示作品の制作共同作業を博物館で行いました。

11月10日(金) サポセンで印刷作業4名 博物館で展示制作2名参加

11月3日(祝)サポセン祭り フルルにて市民へ本会を紹介
25団体が集った第3回サポートセンター祭り、前日の準備、当日と会長・副会長をはじめ会員の皆さんの協力で盛会でした。
ポスターコンクールでは関和会員の力作が堂々第3位の表彰をうけました。 
フルルガーデンでの開催は今年が最後でしたが、豊田市長も当会のブースを訪れ、日ごろの活動に感心されたようでした。

10月29日(日) 10月例会      
23名が参加し、午前10時から「史談八千代」校正編集作業と郷土史展案内葉書の宛名書き、午後は4時ごろまで、阿弥陀堂調査の報告や展示やスケジュールの確認などを博物館で行いました。
10月14日(土) 午前9時〜12時半 白井善兵衛家墓地内の阿弥陀堂と仏像の調査
           午後2時〜4時半 白井家で聞き取り調査

 『旧高旧領取調帳』に記載の大和田新田幕府領の除地「阿弥陀堂」2石余の場所について、吉橋の花輪向に近い小字平作の白井善兵衛家墓地内の阿弥陀如来像を安置している小さなお堂に手がかりがあるのではないかとの情報が寄せられ、会長および会員有志8名が、白井善兵衛家墓地と阿弥陀堂の調査を行いました。
 半間四方の堂内には木造阿弥陀如来立像が安置されてあり、また墓地の入口には宝永三年(1706)銘の丸彫りの石造地蔵菩薩立像がありました。

 午後からの白井家聞き取り調査には、会長ほか2名が参加。阿弥陀像は、元は墓地へ行く路地の左手前に道に面してあった壊れかけた家(旧阿弥陀堂)の中にあり、また、吉橋弥右衛門家の話しでは、地蔵像も今の墓地ではなくこの旧阿弥陀堂のところにあったとのことです。
  「旧高旧帳」の除地の「阿弥陀堂」は、この旧阿弥陀堂に比定できる可能性があり、今後も調査を継続して次年度の研究発表につなげたいというのが会長以下参加者の意見でした。


宝永三年(1706)銘
石造地蔵菩薩立像

堂内の木造阿弥陀如来立像
(来迎印、銘は無し)
10月8日(日) 午後1時〜午後5時  校正編集作業 

(1)14名が参加して市博物館にて、「史談八千代」31号の校正編集作業を行いました。
まだ調査を要する事項や、補充すべき内容や疑問点もあり、すべて入稿とはなりませんでした。

(2)また当日は、大和田・萱田町の時平神社中年祭礼と大和田新田上区の新木戸祭りが重なり、時平神社に2名、新木戸祭りに1名の会員が祭りの取材と見学を行いました。

午前中の拡大役員会
(大和田の祭礼について実行委員会からの呼びかけを検討)
9月9日(土) 午前10時〜午後5時 拡大役員会(AM)・例会(PM)

(1)21名が参加し、市博物館にて「史談八千代」31号の内容や体裁(A4版に変更)、スケジュールを決めました。原稿締め切りは、会長に22日夜までに送り、読んでもらってから、決定稿を増田さんに9月30日までにメールで送るようになりました。

(2)編集委員会の委員長は畠山会員、組版は(盛岡に移住した)増田会員にお願いします。

(3)10月8日午後、大和田と萱田町の時平神社の中年(ナカドシ)祭礼に、祭礼実行委員会からの呼びかけで、交通整理のお手伝いと取材に当会会員が参加することになりました。(⇒その後、お手伝いの必要がなくなり、一部会員の見学に切り替えました)

(4)9月25日(月)文化祭展示に向けて、石造物(小柴宣雄墓碑など)の拓本採りを2班に分かれて行うことにしました。

(5)今回も「史談八千代」草稿を中心に、盛りだくさんの資料が配布され、調査の進展のあった@「成田山開帳」史料中の大和田新田について、A「大教院」について、B「佐圓司筆子塚」にある行政区域「大区小区」についてなどの報告がありました。
8月20日(日) 午前10時〜午後5時 拡大役員会・例会と大和田新田下区のフィールドワーク

(1)市博物館にて、新入会員1名を含む27名が参加し、大和田新田研究に関する調査の報告、史談八千代31号執筆項目の検討、文化祭展示作品などの情報交換を行いました。

1 情報交換・調査報告
@ 大和田新田の屋号について、古文書に記載されている屋号表と 昭和4年当時の屋号の地図案を提示し調査の到達点や疑問点について報告しました。(蕨会員)  
A吉橋大師32番札所であり、稲荷神社手水鉢や飯綱神社石塔に彫られている「大教院」の行方について、判明したことを報告しました。(平塚会員)  
B 佐圓司筆子塚の調査について、佐圓司はどこで学んだかなどの疑問点を提起しました。(佐久間会員) 
C 石造物調査の到達点について報告しました。(園田会員) 
D 千葉県の明治初期の行政区域「大区小区」について作成した分画図を提示、明治5年〜9年の大和田新田の変遷状況の説明をしました。(佐藤会員)



八幡神社にて
2 事務連絡と打合せ
@ 「史談八千代」31号の体裁変更(A4版へ)と目次・内容・執筆分担(村田会長)
A サポートセンターの「サポセン祭り」について、11月3日(祝) パネル4枚 展示内容は活動状況の紹介の予定(実行委員・佐久間会員)
B 増田会員が転勤に伴い盛岡市へ転居、「史談八千代」の編集はメールと郵送で行う
C 新会員の紹介

3 「郷土史研通信」55号の発行

(2)大和田新田のフイ―ルドワーク
午後2時半から、車に分乗して市役所へ、ここから例会資料の屋号地図を参考に、下区の神社、石造物などを探索しました。今年度の調査対象地域について、初めての方も土地勘と新しい発見が得られたと思います。
(終わってからは、有志で暑気払いがなごやかに行われました)

コース:稲荷神社 - 庚塚 - 旧家の墓地 - 道祖神 - 子安塔群・佐圓司碑 - 下区公会堂の不動祠・札所・石碑群 - 八幡神社境内石造物


稲荷神社

子安塔群

八幡神社
7月9日(日)例会 調査研究情報交換


市博物館にて、新入会員1名(学生)を含む27名が参加し、大和田新田研究に関する中間報告や聞き取り調査などの情報交換を行いました。

(1)6月24日、大和田新田下区旧家の小林サヘイジ家、鈴木ジンベイ家訪問の報告(佐久間会員、蕨会員)

(2)「利田家文書」(54号3月「品川歴史館と大森の史跡」参照)から、道標寄進者の品川宿和國屋の存在を探す作業の報告=8点の史料のうち「旅人玉数高書上 明治四年未正月分」に「和國屋文七」が「旅籠屋」として出ている(富永会員 左下の写真)

(3)墓碑と保受録から見る小柴宣雄の系譜について(畠山会員)

(4)小林佐圓司周辺の人物について(佐久間会員)

(5)大和田新田基礎史料として「善兵衛組」に関する文献(2月例会学習資料)を配布(会長)

(6)市民活動サポートセンター運営委員の関和会員より、「サポセンまつり」参加、機関紙『わ』に記事掲載などの報告と提案

(7)その他事務連絡=9月10日の例会は9日に変更


6月10日(土)〜11日(日)
一泊見学学習会 那須野ヶ原開拓跡とさくら市ミュージアム他見学


6/10; 勝田台北口7時発(バス)・さくら市ミュージアム・佐倉陣屋藩士の墓・勝山城趾・昼飯・黒磯・青木周蔵別荘・西那須野乃木温泉ホテル一泊
6/11;乃木神社・乃木別邸・那須野ヶ原博物館・那須疎水堰他見学・勝田台北口

6月10・11日の那須野が原研修旅行は楽しく終了しました。 初日は予報が外れて好天でしたし、2日目は少し雨に濡れましたがそれ程のこともなく、暑くないだけ快適な旅でした。 旅行のレポートは増田さんが書くことになっています。 (畠山会員より)

 (下の左端の記念写真は、クリックすると大きくなります。期間限定)
   

    
5月28日(日)博物館事業協力 @再発見八千代・吉橋大師と文化財探訪に講師派遣  
5月7日(日) 5月例会 大和田新田研究 13:00〜 八千代市立郷土博物館にて 22名が参加

1.大和田新田にある明治期の個人顕彰碑(墓碑・筆子塚)について、銘文解読とその背景などの調査結果の発表がありました。
 @「小柴宣雄之墓」について・畠山会員
 A「小林佐圓司先生之碑」と「小林秀次郎墓」について・佐久間会員

2.「郷土史研通信」54号の発行


4月22日(土)  
大和田新田のフィールドワークと旧酪農開拓農家S家訪問



大和田新田地域総合研究のひとつとしてこの地区の酪農研究のため、会員20名が当研究会創設時の会員でもあった市東氏のお宅を訪ね、氏に苦しかった創業時代を回顧しながら現在までを語っていただきました。
平成18年度定期総会  4月9日(日)八千代市立郷土博物館にて

平成18年度定期総会 &会員研究発表会  10:00〜16:30 29名参加
(詳細は後日報告します)
3月19日(日) 3月例会 品川宿と大森貝塚の史跡めぐり    

・JR大森駅改札口10:30集合 21名参加し、東海七福神めぐりの成果をふまえ、大和田新田に建立された成田山参詣道標の寄進者「品川宿和国屋」を探索しました。

・コース:品川歴史館〜大森貝塚碑〜「加納久宜遺徳碑」〜お七地蔵〜大森海岸駅



品川歴史館に着きました

品川宿の復元展示模型・真中が和国屋


「利田家文書」から和国屋の手がかりを探す

品川区大井町鹿島谷の「大森貝塚」碑

 
大田区入新井宿山王下の「大森貝墟」碑
大田区の碑の場所は佐々木忠次郎の証言により、
また品川区の碑のある所の地形は
モースの報告書のスケッチに近いといわれる

 
入新井第一小学校内の「加納久宜遺徳碑」
上総一宮藩主の久宜(1948〜1919)は廃藩置県を提唱、
明治時代は産業振興につとめた指導者







密巌院境内の
「お七地蔵」

刑死した八百屋お七
を供養したと伝承される

拡大役員会

3月5日(日) 午後1時半〜4時半  八千代市立郷土博物館学習室にて

2月12日(日) 2月例会 旧大和田新田の総合研究についての学習
・午後1時〜4時半 八千代市立郷土博物館学習室にて

・24名が参加し、次年度調査テーマ・旧大和田新田の総合研究について文献資料(『八千代市の歴史』の「白井家文書」)の学習などをしました

・例会内容
(1)旧大和田新田の総合研究課題の概要と分担について(村田会長)

(2)学習会
 1.近世の大和田新田幕府領について(村田会長)
  「元禄郷帳」では無高。「天保郷帳」では558石。
  「旧高旧帳」では574石。幕府領以外の除地は、神明社・八幡社・阿弥陀堂。
  大和田新田は、元禄以前に新田開発されたが、正徳元年(1711)段階でも高入れされず、反別30町7反に対し、永16貫271文を納めている。史料⇒「卯御年貢可納割賦之事」(白井家文書106号)

 2.村の構成について(蕨)
 大和田新田は成田街道一本松の西側が善兵衛組(上区)、東側が佐五兵衛組(下区)に分かれていた。
 村高303石と善兵衛組の村役の屋号 ⇒ 「文化五年三月 大和田新田善兵衛組村小入用帳」(白井家文書68号)
 大和田新田の15の屋号 ⇒「文政九年三月 大和田新田積金講人数覚」(白井家文書93号)

 3.昭和初期ごろの村の様子と屋号(石井・蕨)
 善兵衛家子孫白井さんからの聞き取り調査結果の報告
 「昭和四年修正地図 習志野原」を配布、大和田新田上区の一軒一軒の家がわかるので、屋号調査の基礎地図になる

(3)3月例会・品川宿と大森貝塚の史跡めぐりについての予習(牧野)

郷土史研通信53号を発行しました

初春2006年1月8日(日)東海七福神めぐり

京急大森海岸駅改札前に、12時半、会員22名と会員以外の参加者8名計30名が集合し、初春の一日 旧東海道の道筋を辿っての東海七福神をめぐり、また境内や道筋にある石碑・史跡も見学しました。

コース
大森海岸駅・・磐井神社(弁財天)・・鈴が森刑場跡・・天祖神社(福禄寿)・・品川寺(毘沙門天)・・=旧東海道=・・荏原神社(恵比寿)・・一心寺(寿老人)・・養願寺(布袋尊)・・品川神社(大黒天)・・京急新馬場駅・・解散(15:30)


大森海岸駅に集合

第一京浜国道を行く

磐井神社の名の起こりの井戸

磐井神社にて
次は鈴ヶ森へ
鈴ヶ森刑場跡にて

鈴ヶ森刑場跡にて

天祖諏訪神社の福禄寿と

天祖諏訪神社の狛犬を調べる

次は品川寺へ

荏原神社をめざします

品川神社で結願

品川神社の富士塚へ

登頂しました

無事帰路へ

⇒風景写真はこちら @ふぉとすけっち「史跡歳時記」   今年も良い年でありますように

12月23日 12月例会 大和田新田フィールドワークと忘年会

午前中、11名が西高津小学校内の「八千代市文化財整理室」で、昨年12月例会で見学した浅間内遺跡から出土した土器などの遺物を見せていただきました。
午後1時からは、26名が参加して、平成18年度からの調査地域となる大和田新田上区を中心に高津より緑ヶ丘駅まで踏査しました。
さらに、4時半から勝田台で新入会員2名を含む24名の参加で忘年会で盛り上がりました。
皆様、お疲れ様。良い年をお迎えください。


八千代市文化財整理室にて


浅間内遺跡出土の弥生後期の附加条縄文土器

彩色された土師器について質問や意見が交わされました

「郡」の墨書のある土師器


高津団地バス停から午後のフィールドワーク出発

習志野駐屯地フェンス沿いに、旧地形を観察しながら歩く

「あれが血流地蔵尊への道標です」


本会により新木戸交差点に復元された道標

船橋市との境の野馬除け土手を見る

吉橋・高本・坪井をさす道標が刻まれた墓石

新木戸八幡神社


この狛犬は音五郎の作


神明社境内には三山碑や馬頭観音塔などが集められている

出羽三山碑を見る


米本道の入口、ここに成田道道標があった

仲の台遺跡・ヲイノ作遺跡の跡は緑が駅とビル・マンション街になった。

関連ページ⇒浅間内遺跡発掘現場を見る(変貌する八千代の風景・村上駅周辺2) 
 
         弥生後期の附加条縄文土器について(弥生のうつわin八千代)


       ある道標の独り言(「血流地蔵道」道標復元の物語)
12月18日(日) 千葉県郷土研研究発表大会  八千代市立郷土博物館 学習室

当会員の参加者16名。2名の会員の発表も含め、充実した内容でした。
11月19日(土)午後1時〜5 時 於:勝田台文化プラザ2階 展示室
   20日(日)午前9 時〜午後4 時  


市民文化祭参加「郷土史展」 「旧高津村のすがたと人々U」

盛況のうちに終了しました⇒速報スナップをUP

参加者数(速報数) 第一日目(19日・土曜日)90名(内会員26名) 
             第二日目(20日・日曜日)93名(内会員27名) 

「史談八千代」30号「郷土史研通信」52号を発行しました
11月13日(日) 展示作品共同制作 午前9時半〜午後4時半 
八千代市立郷土博物館にて


・文化祭展示作品制作作業を19名で行いました 
・「郷土史研通信」52号y郷土史展配布アンケートの印刷作業を、市民サポートセンターを行いました
・文化祭当日の役割分担やスケジュールの打ち合わせを行いました。
10月30日(日)校正作業 
市博物館で、4名が9時半〜14時、「史談八千代」の最終校正をしました。
 10月16日(日) バス見学会(文化財保護の会行事)

・テーマ:土浦市周辺の史跡、文化財を訪ねる

・当会より17名参加
・小田城址(国史跡)、平沢官衙遺跡(国指定史跡)、土浦まちかど蔵、
 土浦城址(亀城公園)、阿見町自衛隊内予科練記念館、
 上高津貝塚ふるさと歴史の広場(国指定史跡)などを見学



小田城址 平沢官衙遺跡 平沢官衙遺跡 上高津貝塚
10月9日(日)  午前10時〜午後4時半 郷土博物館にて  機関誌校正作業 ほか 


「史談八千代」の校正をしています

「史談八千代」校正・編集と文書史料の入力作業

真剣に [観音境内・田畑等寄進状]を読んでいます

1. 18名が参加。
「史談八千代30号」校正・編集作業のほか、急遽掲載することになった高津山観音寺文書8点の解読・整理作業を併行して行いました。
2.市民文化祭「郷土史展」へ向けて、準備作業を始めました。

高津山観音寺文書目録

1.天保12年8月 「源士信公御逝去葬式略記帳」
2.天保12年11月 [先君供養料寄進状] 
3.天保13年3月 [観音境内・田畑等寄進状]
4.天保13年3月  「御差置反別書上帳」
5.文久3年5月 「高津山観世音略縁起」
6.文久3年5月 [下総国千葉郡高津村観音寺本尊観世音縁起]
7.年不明 [御返答書] (間宮士信差出?)
8.年不明 「高津山観世音之縁起」(原稿用紙ペン書き)





史料整理中、学生さん(?)が見学にきました

わからないところは知恵を出し合って

[先君供養料寄進状]の入力作業
 9月18日(日) 午後1〜4時半 郷土博物館にて 例会   
・17名が参加し、「史談八千代」30号原稿の目次作成と題名などの検討、郷土史展展示作品の打合せをしました。
・会員からの報告=1.高津の吉橋大師講の様子(斉藤) 2.高津の延宝2年と佐倉市の寛文9年の十九夜塔の比較、子安鬼子母神像の紹介など
9月11日(日) 午後1〜4時半 勝田台七丁目公会堂にて 拡大役員会  

21名が参加し、「史談八千代」30号原稿内容の検討、編集の段取り、17年度郷土史展のプラン、次年度の調査研究対象地区の選定などについて、活発な意見の交換をしました。
8月21日(日) 例会

・午後1時半〜 八千代市立郷土博物館にて 24名参加

・「史談八千代」30号原稿打合せ(前回の調査研究の追加として) 
 9.高津の現代の文化財-韓国式鐘楼・・・牧野 
 10.村の構成(石造物・古文書の屋号の照合)・・・担当未定
 11.石碑銘文から見る高津の変遷・・・小菅・園田・鈴木
 12.津山観音寺の戦没者名簿・・・畠山・小菅・鈴木・
・文化祭展示用の調査作品例「八千代市の狛犬たち」の紹介・・・平塚

・その他情報交換と討論 
 延享2年銘の十九夜塔の銘文解読 
 「境内観音堂縁起」について
 
郷土史研通信 51号 発行 

連絡事項 
・9月11日(日) 拡大役員会の場所変更勝田台七丁目公会堂にて(博物館は選挙のため使用不可)
・12月例会(フィールドワークと忘年会)12/18から12/23に日程変更をしました
7月17日(日) 例会 午前9時半〜12時半 八千代市立郷土博物館にて 

    22名の参加で調査研究の情報交換を熱心に行いました。

1.旧高津村総合研究、2年目の課題と調査の進行状況の報告、資料の紹介

2005.7.17PM 高津観音寺、十九夜塔の銘文調査

 1 女人信仰について=子安講、および十九夜塔など石造物調査・・・蕨
 2 高津山観音寺所蔵史料=「境内観音堂縁起」について・・・佐久間・畠山
 3 観音堂に関する調査中間報告(「第六番」の御詠歌額のなぞ)・・・佐久間
 4 高津のおける大師信仰・・・斉藤  「中村忠治之記念碑」銘文・・・平塚
 5 正福寺に関する資料整理・・・森山
 6 地図に見る旧高津村域の変遷・・・佐藤
 7 間宮士信による百草八幡神社所蔵の古刀箱書き・・・畠山
 8 「干城録の間宮家」・・・村田

2.「史談八千代」30号記念特集について
 1 本会の活動について、会員全員に300字の原稿を依頼し、掲載する。
 2 文化祭に何を発表するか。  など

午後からは、グループで現地調査などをおこないました。
 6月5日(日)  市博物館活動協力活動・沼掘割工事関連の地見学会

・本会から6名の会員がボランティアとして参加し、市のバスわかば号に乗って、八千代市郷土博物館主催の市民参加行事・印旛沼掘割工事関連の地見学会の案内役をつとめました。(写真は増田会員撮影)

5月28日(土)〜29日(日) 一泊旅行見学会(蔦の細道・丸子・静岡市方面)
17年度の郷土史研旅行は、晴れ男晴れ女の神通力で、晴天に恵まれ、参加者17名全員が、宇津峠の難所だった蔦の細道〜明治トンネルを踏破し、楽しく無事終わりました。


柴屋寺

蔦の細道

行程:
5/28 勝田台北口6:50集合=バス=柴屋寺=丸子宿=道の駅・・歩・・蔦の細道・・・明治トンネル・・・宇津の集落・・・お羽織屋・・・道の駅=島田市博物館・・・島田宿大井川川越遺跡=蓬莱橋=焼津ホテル泊

5/29 =藤枝市内=志太郡衙跡=岡部宿・歴史資料館=車窓より五智如来公園=誓願寺=日本平〜ロープウェイ〜東照宮〜日本平=車窓より駿府城跡=勝田台19:30解散


Link⇒旧東海道・駿河の旅(「さわらび通信」) 
 5月7日(土)例会 午前10時〜12時 八千代市立郷土博物館にて

・22名が参加し、学習会と情報交換をしました。

・新しく発行された『八千代の歴史 資料編近世W』のから高津と高津新田研究の参考となる史料の解釈と検討を行いました。

史料を読んでの疑問点や考察
 1. 2月例会で検討した「文化十一年五月 祖高山高秀霊神弐百年御忌御法事御祭事記録」その他高秀霊神祭礼に関する文書=領主方に名前のある「宮本 伊右衛門光胤」は船橋大神宮の社家ではないか? 「別当正福寺」の状況、「小前」に下賜された金品に種類の違いがあるのはなぜか?

 2. 「天保十三年高津明神等祭り方につき一札」=粗略にしないようにという神仏の中に「薬師」があるが、薬師堂がどこかにあったのでは?

 3. 「天保三年高津村去卯御年貢米相納申目録」=領主側へ前払い分が多い。計算値が合わない。「名主」と「年番名主」がある。

 4. 「延宝四年高津新田検地張写」=4名が屋敷地を持っている。数十名の耕作者の名前があるが、「八郎兵衛」以外にその後の文書や現在の屋号に相当する名前が見当たらないのはなぜか?良田良畑はほとんどなく「野」が多い。

 5. 「安政五年高津新田磯女御祝儀貰請覚帳」=実籾村など習志野・船橋市内との縁が多い 

その他いろいろ、貴重な意見や質問、問題提起が出されました。

・史料を解釈するため、古文書によく出てくる単位と数え方を学びました。

・新史料として高津観音堂内の観音像の修理札と入仏式の札の写真コピーを発表、そのいきさつを考察しました。

「郷土史研通信」50号を発行しました。PDFファイルでもご覧になれます。


見学会の現地下見
 5月7日、例会を終えた午後から、会員9名で「八千代市立郷土博物館主催講座 平成17年度第1回「再発見八千代」印旛沼開発の史跡をたどる」の下見に行ってきました。
 長門川の「長門水門」や利根川の「印旛水門」北印旛沼と西印旛沼をつなぐ捷水路、平戸にある新川開削の祖・「染谷源右衛門の家」や明治の調査に協力した「植草兵左衛門家の家」、天保年間に新川を開削するために庄内藩から派遣され横戸村で亡くなった「庄内大服部村百姓仁兵衛の墓」、開削の状況が確認できる横戸緑地の位置を確認し、見学者の乗降位置、乗降位置から見学場所までの誘導方法等を確認していました。
 講座のコース確認だったのですが、私にとっては始めていく場所も多く、とても勉強になりました。(By.増田)
4月29日(祝) フィールドワーク・高津の歴史と民俗を訪ねて 

快晴の新緑の中、新入会員を迎え、会員17名が参加しました。
午後1時 高津観音寺〜観音堂〜正福寺跡〜〜道祖神〜梵天塚〜高津比盗_社〜高秀霊神社〜観音寺〜午後5時解散


高津観音寺にて

正福寺跡にて
  
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LINK 会員の情報交換用掲示板 (「tokiohome」提供

「tokiohome」新掲示板を、本会会員相互の情報交換用に利用させていただいています。皆様のご協力で、便利で実りある内容の掲示板にしていきましょう。
八千代市民文化祭参加 17年度「郷土史展」
会主催の一般参加行事の様子
「史談八千代」在庫・販売案内
「史談八千代」全目次リスト     (URL変更・HP「現地が一番」にUP)
「史談八千代」表紙絵作品集  「tokiohome」にUP
「郷土史研通信」アーカイブス (HP「現地が一番」にUP) 
高津ひめ神社・2003年三山七年祭を追って

ドキュメント 七年祭を迎える人々 in高津etc
三山七年祭 大祭記録 11.02 in三山
高津ひめ神社花流しの記録 11.03 in高津
画像データ集  高津の「ツジギリ」  咳神様(八千代市・佐倉市志津・臼井など)

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