管理人のつぶやき


このページでは、管理人であるSatoshiが思ったこと、
考えたことなどについて書きたいと思います。
ここに書くことはあくまで私個人の意見ですが、
いずれ、結構きわどいことも書くつもりです。
批判はお受けしますが、中傷はお断りします。
「こんな風に考えるやつもいるんだな」と寛容に受けとめてやってください。

2000年3月以前のつぶやき

2001年6月22日

 本業で多忙だったため、更新をしない日々が続いておりました。本業も若干落ち着きつつありますので、そろそろ復活したいなぁと思っていますので、よろしくお願いします。
 


2001年3月15日

 ピチカートファイブが解散する!めっちゃショック。
もし明日私が会社を休んだらこのショックのせいだと思ってください・・・。


2000年12月3日 

 私の姿が日経新聞のホームページの「today's shot」に出てしまいました。

 仕事関係の露出なのですが、変に目立っていたので笑ってしまいました。しかし、私にとってこれがメディア初進出かと言えばそうではなくて、何回か出たことがあります。
 私がこれまでメディアに露出した中で最もまともに露出したのは、大学3年の時のMBSラジオのインタビューです。サークル(神戸大学総合ボランティアセンター)の新入生歓迎の花見に夙川公園に行ったときに、花見に来ているアホな大学生の代表としてインタビューを受けました。
 その場に居合わせた人の中で一番偉そうな肩書き(副代表でした)を持っていたがために私が対応することになってしまったのですが、なんか結構スタジオでは受けていたらしく、「ボランティアをしている人のようには思えないですねぇ」などと司会のアナウンサー氏に言われていました。

 その場はそれで終わったのですが、その後、意外なところで反響があったりしてびっくりした覚えがあります。自分があまりAMラジオを聴く習慣がないので、どうせあんまり誰も聞いていないだろうなぁと思っていたので、かなり驚きました。メディアに露出するということは、どこで誰に見られているかわからないもので、怖いなぁと思いました。

 今回の「today's shot」に出ていたのも、実は大学のゼミの教授に指摘されて知ったことなので、そういう意味では反響がすでにあったということになるのですが、今後どこでどんな反応があるかと思うと楽しみな反面、怖くもあります。 


2000年11月3日

 パソコンを買い換えました。

 これまで使っていたパソコンは2年前に買ったものですが、データを詰め込みすぎているせいか、動作スピードがどうしようもなく落ちてしまって、Windowsを再インストールしてもらちがあかなかったりしたので、買い換えることにしました。

 今回のパソコンはインターネット通販を利用して購入しました。店に行っていろいろ見たりしましたが、やっぱりネット通販の方が3割ぐらいは安くつきました。それにしても、性能が倍増(CPUのクロック数とかメモリとか)したのに、価格が2年前の半額と言うのは何とも切ない気がしました。また2年後にはさらに半額になっていたりするのでしょうか・・・。


2000年10月10日

 東京都でゴミ処分場の土地の強制収用をやっているようです。
 反対派のいうことはたぶん正しいと思うのですが、わたしは全く説得されません。

 これにはたぶん二つの要因があると思います。
 ひとつは、「じゃあ、ゴミをどうするのか」という問いに答えていないからです。確かにゴミ処理場は環境を汚染する可能性はかなり高いでしょう。しかし、ゴミは毎日確実に出るわけで(そのうちのいくらかは反対派の人が出したものでもあるでしょう)、焼却したとしても、質量をゼロにすることはできません。何らかの行き場をどこかに用意しなければなりません。反対運動からは、それをどうするかということが聞こえてきません。もしこの答えがないまま運動をしているのであれば、自分のことを棚に上げているといわざるを得ませんし、誰もが納得しうる答えを用意しているとしても、それを広報し切れていない時点で敗北を認めないといけないでしょう。

 もうひとつは、テレビで映し出される反対派の人たちを見ていると、我々と同じ価値観を持って、社会で暮らしているような人たちに見えないこと、つまり、「ためにする運動」ではないのかという疑念を持ててしまうからです。長髪でひげを生やした、ふつうのサラリーマンをしていたらまず名刺交換の相手にはいないだろうというようなルックスの人がたくさんいるのをテレビで見るにつけ、当地の自然を守りたいから結束しているのではなく、自然保護を訴えるために、あるいはその他の何らかの目的を持って(権力に反抗するため、とか)、紛争が起こっている場所に集まってきているだけのように思えてならないのです(まあここまでいうのは言い過ぎのような気もしないでもないですが、私にはそう思えるということは事実です)。

この件は、まず間違いなく行政が勝って、何事もなかったかのように操業を開始することになると思いますが、この種の話はちゃんと議論しなければならない問題であるだけに、いい絵が撮れるときだけマスコミに取り上げられてそれで終わりになってしまうのが残念なような気がします。 


2000年9月19日

 最近陪審制に関する議論が進んでいます。

 これまでは弁護士側が陪審制の復活(昔は陪審制をやっていて、今は凍結しているだけ)を要求し、裁判所側がそれを拒否する構図だったのですが、裁判所が裁判に市民が参加することを認める方向に転換したという報道が最近ありました。時代は裁判への市民参加を促進する方向に進んでいるようです。

 でも、本当にこれでいいのかなぁと疑問に思います。

 国民と政治の関係で、代表民主制が成立するための正当化の根拠として”治者と被治者の自同性”ということが言われます。これは、治める側だった人が”治められる側に回ったり、あるいはその逆に治められる側だった人が治める側に回るという可能性が担保されるがゆえに、統治する人とされる人を同一視できる、また、同一視できる以上、統治する側に回った人も無茶なことはしないだろうという信頼を統治者に寄せることができる。という理屈です。
 裁判にも市民が参加すると言うことで民主化しようとするのであれば、裁判所と国民の関係でも、この自同性が担保されないと、恣意的な裁判が行われる可能性が出てくるでしょう。つまり、被告人と陪審員の間に自同性、つまり陪審員もいつ被告人になるかわからないという認識を抱く状況になれば(それはそれで怖い状況ですが)、不必要な厳罰が科されたり、犯人かどうか疑いがあるにもかかわらず有罪認定するといった疑念を抱くようなことはなくなるでしょう。しかし、今のように無罪が推定されるはずの逮捕された直後の容疑者段階でも、報道される写真を見て「悪そうな顔をしてる、犯人に違いない」と納得してしまう人がほとんどだという状況では、被害者と陪審員の間の自同性だけしか働かなくなるでしょう。そうなると、必要以上の厳罰が科せられたり、検察の証明が不十分でも有罪にされるといったことが起こる懸念があります。これはつまり国家による人権侵害がおおっぴらにされることになります。

 そういう状況にはならない、陪審員になった人は予断を持たずに判断できる、という信頼が国民相互間に醸成されないうちは、陪審制はやめておいた方がいいのではないかと思うのですがどうでしょうか。  


2000年9月18日

 15日に発見されたゴキブリを抹殺するために導入した「ゴキブリキャッチャー」(注:ゴキブリホイホイの類似品)の効果が早速出ました。今日見たらゴキブリが入っていました。効果があるのはいいのだけれど、やっぱりいるのだということを思い知らされて、がっくりきました・・・・。


2000年9月15日

 我が家にゴキブリが出ました。

 ハイツの1階で築年数もそこそこ、それなりに餌になりそうなものもあるかもしれないので、多少出るのは仕方がないのかもしれませんが、ごそごそ動く黒い物体を見るとそれなりにぞっとするものです。

 私に目撃されたゴキブリは、私のゴルゴ13を彷彿とするような驚異的殺人(殺虫)能力によって手を汚すことなく葬られましたが、相手は一匹見たらその30倍はいるといわれる生き物だけに、これからも死闘を繰り広げることになるのかと思うと、いやだなぁ。 


2000年9月10日

 この夏はあまり雨が降らなかったので、水不足が起こっているようです。

 近畿地方で水不足ということは、琵琶湖の水位が低下するということとほぼイコールで、ニュースを見れば「琵琶湖の水位はマイナス**センチで・・・」などとよく言われます。

 ところで、この琵琶湖の水位、何を基準にプラスとかマイナスとか言っているかと言えば、結構みんな知らないで使っているようです。

 琵琶湖の水位は、大阪城のてっぺんの高さを基準にしています。

 滋賀県では小学生でも知っていることなのですが(=小学校で習う)、滋賀県を一歩出ると、このことを言ってもなかなか信じてもらえません。冷静に考えたら、滋賀県と大阪府にそれくらいの高低差があるから淀川も流れるのだと言うことになるのですが・・・。これって、日頃当たり前に使っていることでも、ほんとに意味をわかって使っていることが少ないってことの例かもしれません。


2000年9月3日

 最近ホームページの更新を怠っています。

 忘れているわけではないのですが、最近出張が多く、ホームページ更新まで手が回らないというのが率直なところです。
 大学時代はせいぜい年に一回ぐらいしか行っていなかった東京に週一回行っているというのも、社会に出たことで起こった環境の変化のひとつだなぁと改めて思います。

 別に私はそれほど出張をいやだとは思っていないのですが、困っていることがあります。
 ゴミが出せないのです。早朝出発や宿泊出張のあおりを受けてただでさえ2週間に一度しかない資源ゴミの日を3回スキップしています。おかげで古新聞とか瓶とかがうちにあふれています。

 でも、今度の資源ゴミの日は9月15日、敬老の日です。この日は会社が休み。ということは出張がありません。だから、ゴミが出せます!! 寝坊しないようにしなければ。 

 それはさておき、ぼちぼち更新していこうと思うのでお見限りなきようお願いします。


2000年8月15日

 週末に実家に帰っていたら思いがけない話を聞きました。

 小学校で埋めたタイムカプセルを掘り返すというのです!

 確かに小学2年生のときに「2000年にあけるから」といって埋めました。そこに入れるための作文を書いたような気がします。今頃そんなのを見るのはこっぱずかしいので出来ればずっと埋めておいてほしいのですが、そんなことより、掘り返す時が来てしまったということが改めてショックでした。

 2000年にあけるといわれたときは、2000年なんて想像もつかないぐらい先のことで、そのころには自分は23歳で、すごいおっちゃんや、と思っていました。

 そんなタイムカプセルが掘り返されるのです。

 ああ・・・・。


2000年8月10日

 私の勤めている会社から歩いていけるところにデパートがあります。

 私はこのデパートはごくたまにしか利用しないのですが、このデパートは今のところから離れたがっているようです。確かに、立地的にはターミナル駅でも何でもないし、ビジネス街ではあるものの、休日は人が集まらず厳しいことはよくわかります。さらに、阪神・淡路大震災で被災して、未だに仮店舗のような店舗で営業しています。

 このデパートはまず梅田に進出しようとしました。国鉄精算事業団が持っている大阪駅前の土地を買って、店舗を新築してそこへ移ろうとしました。しかし入札でヨドバシカメラに敗れ、移転はかないませんでした。
 そして次にはミナミに進出しようとしました。民事再生法を申請したそごう大阪店を買収するべく名乗りを上げ、もう一つ名乗りを上げた、そごうに隣接するデパートと比べて優勢と伝えられていました。しかし、そごうが西武百貨店と提携したために、そごう大阪店売却の話自体が立ち消えになってしまいそうです。

 キタにも行けず、ミナミにも行けなかったこのデパートはどうなるのでしょうか。このまま会社の近所にあり続けるのか、開き直ってヒガシやニシにでも進出しようとするのでしょうか。でもヒガシと言ったら京橋だし、ニシと言ったら弁天町か?


2000年7月28日

 今日は森首相の所信表明演説があったそうです。

 首相の所信表明演説なんて、そんなに気にしていませんが、今回ちょっと気になることを聞きました。
 「ボランティア活動をする若者に感動したので学校教育に奉仕活動を導入する」などと言っています。

 この話は所信表明演説ではじめて出たのではなく、先週出された、首相の私的諮問機関である「教育改革国民会議」の分科会の報告書の案にすでに出ていました。それによると、満18歳の全ての国民に「一定の試験期間後、できるだけ速やかに満1年の奉仕期間を義務付ける」と明記してあります。

 なんでこんなあほなことを言えるのか私には理解できません。

 まずボランティアとここで言われている奉仕活動を同視するのはナンセンスです。ボランティアとボランティアでないことを分けるメルクマールの基本である自発性が奉仕活動にはありません。

 また、出生率が減ったとはいえ、同学年の子供は100万人ぐらいいます。それだけの人数を受け入れてしっかり対応できる受け入れ先を見つけることは困難だと思われます。こういう活動の適切な受け入れ先というのはそれほどないでしょうし、奉仕活動を受け入れて、やってきた子供を動かすのは、アルバイトの学生を使うのとは違う特殊なスキルが必要です。そして、それだけのスキルを持っている人はそんなにいません。受け入れ体制を整えることなく、このような奉仕活動を導入したら、せっかく来たのにほったらかしにされたり、とんでもない仕事を押しつけられたりするような状況が必ず発生するでしょう。そうなれば、奉仕活動に来た子供は不満を持つことが多くなるでしょう。そんなとき、フォローしてくれる人がいればまだ救いはあるでしょうが、そういう人がいなければ、結局不満を持ったまま奉仕活動を終えることになります。

 いやな思い出を持って、この奉仕活動を終えた子供は、二度とそういうことをしなくなるでしょうし、奉仕活動でやらされるようなことについて否定的な見方さえするようになるでしょう。そうなれば今問題になっている教育問題の解決どころか、教育の失敗を拡大することになるでしょう。

 こういうことは、子供たちが自分から進んでやりたがるような環境をいかに提供するかという観点から考えないと、間違いなく失敗すでしょう。その辺のことをちゃんと首相はわかっているのでしょうか。わかってないだろうなぁ。


2000年7月24日

 沖縄サミットが終わりました。

 沖縄サミットで唯一よかったのは沖縄の現状を世界に発信できたことだと言う論調が多いようです。
沖縄の現状というのはもちろん基地をめぐる様々なことですが、沖縄の米軍基地がなくなると言うことは残念ながらないだろうと思っています。あるとしたら憲法を改正して、自衛のための戦争を名文で認め、自衛隊を合憲にして、実質的な防衛力を備えてからということになるのではないかと思います。

 軍隊の基地というのはどう考えてもゴミ処理場などを上回る迷惑施設であることは間違いなく、そう言う意味では沖縄の主張というのはよくわかります。

 しかし沖縄に基地がそれだけあるということは地政学的に重要であるからでしょう(第二次大戦でアメリカがまず沖縄に上陸してきたのはその証拠でしょう)。もしここに防衛力がなければ、他の国やテロリズム勢力が占領すべく攻撃を掛けてくることさえ考えられます。今そんなことを考える国家がなくても、いつ近所の国がクーデターか何かで転覆して、日本の敵対勢力になるかわからないと言うのも、一面の現実だと思います。

 基地は地域との共存をはかるべく、効率的に運用していくことが必要だとは思いますが、基地撤去の要求が基地と、そこで命がけで働く軍人(たまに不届き者もいますが・・)によって守られている平和が前提になって、「平和だから基地はいらない」「平和を守るために基地はいらない」という議論になっているとしたら、変な話だなぁと思ったりもします。


2000年7月21日

 沖縄でサミットが始まりました。

 サミットに限らず、このような大規模な国際会議が開かれるところではNGOが集まってきて、自分の団体の主張を繰り広げることがふつうになってきました。今回のサミットでもNGOがいろいろなことを主張しているようです。その中でよく聞こえてくるのは「先進国は途上国に対して持っている債権を放棄すべきだ」という主張です。

 NGOは主張します。「福祉や教育に回すべき資金が債務の返済に回されている」と。確かにそう言う見方も出来るのかもしれませんが、私はどうもこの主張に納得できないでいます。

 「福祉や教育に回すべき資金が債務の返済に回されている」といいますが、その前に、かなりまとまった資金がその国には流入しているはずで、それらは産業基盤の整備や教育などの投資に使われているはずです。それがそこそこ有効に使われて、その投資が回収できるようになっていたら債務はそれなりに返済できるはずです。

 それが出来ていないということは、どこかでつまずいてしまっているという結果だと思います。

 そしてその大部分が融資された多くの資金が隣の国との境界紛争のために使われたり、富の偏在を助長するような使われ方をした結果なのではないかと私は思っています。

 そうなってくると、この前のそごうの問題と結局同じ構図になるのではないかと思います。

 債権を放棄しろというのは任意整理をするのと同じで、経済運営に失敗した政府の責任を問わないまま借金を棒引きするのと同じです。債権を放棄しないというのは、本当に困っている国の場合は最終的には何らかの手段で国際機関の介入で精算されるでしょうから、そうなると法的処理と同じです。どちらの場合も、日本政府は税金を投入して処理します。
 またこのような処理で迷惑を受ける国民の存在というのは、程度の差こそあれ従業員の存在とパラレルではないかと思います。そして、雇用を守るためには任意整理の方がいいと言われましたが、そごうの場合では日本国民は法的処理を支持しました。
 
 それから、経営陣の責任という点でも任意整理では、経営陣は道義的責任以上の責任は必ずしも問われません。それはおそらく途上国の債権放棄でも同様でしょう。法的処理では基本的に経営陣の責任は問われることになります。日本にはたまたま都合のいい民事再生法という法律があったので、それを利用することで、そごうでは経営陣の責任逃れと再建に向けた動きを両立することが今のところ出来ていますが、途上国の場合、法的処理ということになればそうはいかないでしょう。借金を棒引きされたらモラルハザードという問題も発生します。

 そう考えると先進国はどうするのが正しいのでしょうか。NGOには、デモ行進をする前に納得できるような説明をしてほしいものだと思います。


2000年7月16日

 最近ホームページの更新が滞っていたのは、さぼっていたというのが4割ぐらいの理由としてありますが、別の理由があります。
 
 ネットの設定をいじっていたら、弾みで記憶させていた接続用のパスワードを消してしまい、またそのパスワードを忘れていたために、プロバイダーにパスワードを照会している間に一週間近くたってしまったから、自宅のネット接続環境を断たれてしまっていたというのが残り6割ほどの理由です。

 パスワードを消したとき、焦って思いつくままにパスワードにしていそうな言葉をいくつか打ったのですが、全くつながりませんでした。しかし、そのときに真っ先に打ったものが接続パスワードだといった返答がプロバイダーから来ました。たぶんそのパスワードを打ってトライしたときに別の理由で接続が確立されなかったから、そのパスワードは違うと思ってしまったのでしょうが、その返答を見たときにはがっくりと、膝から崩れ落ちるような衝撃を受けました。

 やっぱり、プロバイダーが悪いのだろうか。変えようかな。(ちなみにそのプロバイダーはこのページを置いているプロバイダーとは別のものです)


2000年7月5日

 最近ニュースを見ていると、危機に直面したときのリーダーの姿勢が問われることが多くあるように思います。

 危機への対応に成功するとイメージが向上するなど、文字通り災い転じて福となることが多いのに対し、対応に失敗すると取り返しのつかないことになってしまうことが以前よりも多くなったように思えます。

 具体的に言えば、危機への対応に最近成功したのは脅迫を受けた参天製薬であり、失敗したのは森首相や雪印乳業であると言えるでしょう。この成否の分かれ目となったのは、もともとどういう姿勢で仕事に取り組んできたかということもさることながら、マスコミを味方に付けることが出来たかどうかと言う点にあったのではないかと思えてなりません。そして、失敗した人たちがマスコミを味方に出来なかった理由は、責任を転嫁したり、すぐバレるうそをついたり、開き直ったりするなど、感情的な対応をしてしまったことが大きいのではないかと思います。そう言うシーンを撮られると、マスコミが嬉々として繰り返し放送するため悪循環に陥り、とんでもないおおごとになってしまったのではないかと思います。

 やはり、公の場、仕事の場ではつとめて冷静でいなければならないなぁとニュースを見ながら思いました。


2000年6月26日

 昨日総選挙がありました。
今日は選挙全般についてです。

 選挙結果は

 自民党 233
 民主党 127
 公明党  31
 自由党  22
 共産党  20
 社民党  19
 保守党   7
 無所属の会5
 自由連合  1
 無所属  15
(投票率62.49%)

  です。

 この選挙結果をどう見るかということについては、プリズムを通して光を見たときのように、拠って立つ立場の違いによってさまざまだと思います。連立与党だけを見たら、数という面では、絶対安定過半数(すべての委員会に委員長を出しても過半数残る)を超えたということは連立を支持されたという風にも見えます。内容を見たら、大都市部で大苦戦して、現職大臣2名を含む、それなりに地盤があるだろうと思われる人が数多く落選し、選挙協力をしたはずの公明党と保守党は惨敗とも言える結果になり、自民党自身も38議席減で負けたようにも見えます。実際新聞の見出しも両方の見方に分かれているようです。

 この解釈をして、実行していくのは現在の与党であるので、与党のいいように解釈されることになります。そのため、過半数を取ったことが強調されて、現行のままで行くようになるようです。

 私個人の感想としては、自由党も社民党も(自由党と社民党の宣伝・戦略は結構よかったと思います)殺さず、共産党も躍進させず(その原因を与党の謀略と公言してはばからないのは最悪だと思います)、自民党もぼろ負けさせなかったこの選挙結果はよくできているなぁと思うのですが、結局のところ、民意の最大公約数は、連立政権でもいいけど、森首相は辞めてほしいなぁということのような気がします。今回の選挙ではこの民意は反映されません。たぶんこれからも選挙前と同様に首相が何か余計なことを言ったらいちいち報道され、支持率が落ちていくという流れになるだろうと思います。この政権がいつまでもつのかが今後の政治の焦点のひとつになるのではないかと思います。


2000年6月22日

 もうすぐ選挙がありますが、週間天気予報によると雨のようです。投票率に影響するのでしょうか。

 一般的に見て、投票率は低落化の方向にあるそうですが、その原因は政治に対する無関心とかいろいろいわれています。しかし、投票率が低下しているにもかかわらず、一貫して当てはまると私が思っているのは、政治家の資質は国民の資質に正比例しているということです。政治家の質が落ちたから国民が政治に無関心になったという風に論じられることがよくありますが、政治家の質が落ちたのは国民の質が落ちたからとしか私には考えられません。

 政治家は基本的に投票してもらってなんぼの人気商売です。国民の意向を実はよく聞かざるを得ません。そう言う意味では政治家は国民の意向を映す鏡です。確かに、国民の意向を映す鏡といっても、一部の国民の意向のみを映すようになったという側面があることは否めません。しかし、そう言う意向を持っている人も国民であることには変わりなく(「神の国」発言が出るというのはそう言ってもらうことで喜ぶ人がいるからで、その人も国民です)、また、投票を棄権するなどの方法で、それを黙認してきたのも国民であるのです。

 今度の日曜日の選挙では国民の質はやはり下がったという結果が出るのか、やはり国民は正しかったという結果が出るのかどちらでしょう。自分が参加していないところで日本国民の質が問われるのはイヤだという人は選挙にいきましょう。


2000年6月17日

 今年になって広く名を知られるようになった会社に「コムスン」という会社があります。

この会社は介護サービスを提供する会社で、今年4月の介護保険に向けて大量の宣伝を打ち、急速に事業を拡大したため一気に認知度を高めました。この会社を持っているのが「グッドウィルグループ」という人材派遣業者ですが、この「コムスン」は「グッドウィルグループ」が設立したのではなく買収したものです。

 「コムスン」は介護保険以前から、先進的な介護サービスを提供する民間会社として福祉業界では大変有名な存在でした。3年ぐらい前に買収されるまで「コムスン」を経営していた榎本さんという方は、パネルディスカッションで話を聞いたことがあるのですが、穏やかな口調で理想を語るおっちゃんと言った感じの方でした。だからといって経営感覚に欠けるかと言えばそんなことはなく、ソロバンに対しても配慮しながら全国で積極的に事業展開をされていました。

 そんな方が「コムスン」を手放す(持ち株の売却ではなく、第三者割り当て増資だったはずなので、正確には手放すという表現は正しくないかもしれませんが)ことにした理由は、これから全国展開をしていく上で必要なのは資金力であるという判断からだということです。

 その第三者割り当て増資を引き受けたのが「グッドウィルグループ」で、ここの経営者の折口さんという方が新しく「コムスン」の代表者となりました。この方は、防衛大学卒で任官拒否して商社に入りジュリアナ東京やベルファーレをプロデュースしたあとに独立下という経歴を持つ有名な方ですが、この方の話もパネルディスカッションで聞いたことがあります。「これからは情報通信産業の次に介護産業が伸びる」とガチガチに緊張しながら熱弁をふるっておられたのを覚えています。

 私はその辺の話を前から知っていたので、その「グッドウィルグループ」が株式を公開し、「コムスン」の将来性を材料に買い進まれていき、派手に広告を打っていること、大量採用をしていることをある種の感慨を持ってみていたのですが、介護保険導入後は思っていたほど事業が伸びなかったようで、大量採用した人材を大量に整理することになってしまったようです。

 介護保険制度はそれまでの措置制度に代わり、福祉の世界に市場原理を持ち込む意欲的な制度であると言えますが、その先兵となる介護サービス提供会社の経営がなかなかうまくいっていないということは、なかなか厳しい現実です。しかし介護業界はこれから先、需要増が確実に見込める数少ない業種の一つであることには間違いはありません。今回のことは制度の欠陥というよりも、制度導入当初から期待をしすぎたという経営上の判断ミスの結果だと思いますが、これからもこの会社がどうなるのか興味を持ってみていきたいと思っています。


2000年6月11日

 今週の火曜日には衆議院選挙が公示されます。

 そのため町でも街宣車をたくさん見るようになったり、我が家にも政治家から郵便が来たり、ビラが入ってきたりしています(でもいつも午前1時頃にビラを入れるのはやめてほしいな、*明党さん)。今朝もテレビで政党代表者の討論会をやっていたので一つ見ました。それを見て思ったのは、やっぱり野党が優勢に立っているのではないかということでした。

 与党は自分のことは棚に上げて開き直っているようにしか見えず、野党は力不足であることは見て取れるにしても、政策論争も主導してそれなりに頑張っているように見えました。

 理屈では説明の付きにくい現実に対してそれなりの対処をすることを強いられる与党に対して、その結果について文句を言っていればそれなりに格好の付く野党の議論ではふつうに考えたら野党の方が楽に議論を進められるのは当然ですが、それを差し引いても与党の勝ちとは言えないようなものでした。国民に対して自分の考えを説明して説得しようと言う姿勢を感じることは出来ませんでした。もっとも、その番組に出ていた政治家個人の問題という考え方も出来るかもしれませんが、それぞれの党の役員でもあるので、たとえ個人の問題だったとしても、そう言う人を役員に選ぶ政党の見識が問われるのはやむを得ないでしょう。

 今の与党の議席は336議席あるそうですが、目標は諸説あるにしても中間をとって過半数とすると241議席だそうです(定数が20減りますが)。あらかじめ100人近く落選しても構わないという目標を立てています。その勢いを感じることが出来た、それなりにおもしろい討論会でした。


2000年5月29日

 うちから割と近いところに関東系の安売り家電量販店が出店することになりました。

 大阪初出店ということで、開店の2週間前からチラシを入れていて、とうとう今週末にオープンするので行ってみようかと思っていました。でも今日帰ったら、「中途半端が大嫌い」な関西系家電量販店からダイレクトメールが来ていました。曰く、「Y社オープン対抗特別ご招待会の案内」ということで、「Y社オープンチラシと本状をご持参ください。必ず「お安く」させていただきます」とのこと。なんと露骨な。でもわかりやすくていい。ということで今週末は家電量販店をはしごすることにしようと思っています。

 それにしても、こんなダイレクトメールに反応する私は、賢い消費者なのか、踊らされているだけなのか、どっちなんだろうとつくづく思いながらも今日も仕事のあと某スーパーの「カード会員様特別ご招待会」に行ってたりもするし・・・。


2000年5月25日

 首相の発言をめぐる問題の陰に隠れてそれほど目立っていないようですが、建設大臣がいらんことを言ったようです。

 吉野川河口堰の建設に反対して住民投票運動をしている幹部には逮捕歴があるので信用できず、対話できないと言うのが要旨ですが、これは、政治家の品性という問題以上に、一私人の厳格に管理されているはずのプライバシーを現職閣僚が暴き立てることは名誉毀損に該当する(刑法的にもたぶん免責されないでしょう)という問題でもあるし、所轄外の官庁の大臣が私人の逮捕歴を知ることが出来るということは、司法行政にとっても問題であると言えます。

 政治家が自らの権限を狭くしかねない住民投票に反発するのはわかります。私個人も住民投票の制度を導入することには問題があると思います(反対運動の一つの手段になっていることもさることながら、住民投票が誤った結果を導いてしまったときにそれを仕方がないことだと国民が思えるようにならないといけませんが、それをいまの国民に期待するのは酷でしょう)。このような発言でもって、運動を封じ込めようとすることは、言ってみれば反則負けです。

 ふつうの状況ならこれだけの発言をしたら更迭されるでしょうが、首相の「神の国」発言が大きな問題になっている今ではそういうこともできません。それを見越して発言したということもないでしょうが、あいまいなまますませてはならない問題だと思います。


2000年5月19日

 少年法を改正する動きが最近活発になっています。

現在16歳までは刑事罰を受けないことになっていますが、これを14歳以上の者には刑事罰を課すことが出来るようにしようとか、殺人などの重大な罪については原則刑事裁判にかけることにしようとかいうふうに、重罰化の方向で議論されています。

そもそも、少年法が触法少年や虞犯少年を刑罰ではなく保護処分でもって対処する(刑務所に入れないで少年院や少年鑑別所に入れる<保護観察もあるとかいうような細かいことは、この際言わないでください>)のは、平たく言えば、「まだ人格形成の途中だから、未熟なところもあるはずで、それを少年だけの責任とするのはおかしいし、ちゃんと手助けしたら、正しい人格を(これが何を指すかはあやしいけど)形成することが出来るはず」だからで、少年が人格形成の途中であると言うことは今も昔も変わっていないはずです。また、最近の(特に重大な)少年犯罪を見ていると、未熟さゆえに引き起こされているものが増えているのではないかと思います。

にもかかわらず、私は少年に対して刑事罰を与える途を広げることを実は賛成しています。少年犯罪の中には本人に帰責させるのが相当であるものも多いし、かえって、きっちり罰を与える方が本人のためになるのではないかと思われる場合もあるからです。

しかし、それは処罰をしないで保護処分をするという途を広げることと同時になされなければならないと思っています。どういうことかと言えば、それぞれの犯罪がどのような背景を持ってなされてきたかということを個別に見て判断出来るようにするべきだと思っています。

個別に犯状を見て対応を決めることこそ、現在のように、16歳までは刑罰を与えないとか、18歳未満は死刑にしないと言う制度をとるよりも、より少年法の趣旨にかなうのではないかと思います。

現実的に考えたら、個別に処遇することは一つの裁判・審判に時間がかかることを意味するため、現在の体制では裁判官が足りず、無理だと思いますが、裁判官を増やしてでも、このようにしてほしいものだと思います。


2000年5月10日

 宗教法人「法の華」の教祖が詐欺罪で逮捕されました。

 私はこの教祖が書いたとされる本を持っています。四条烏丸の駅で配っていたのをもらって、さっと斜め読みして、いつかこの本は何らかのネタになるに違いないと思って大事にとっておいたものです。5年経って、思った通りネタになるときがやってきました。

 それにしても、この本を読んでこの宗教に入ろうと思う人の気が知れないというのが率直な気持ちです。
その本にある教祖の略歴 『昭和20年、山口県生まれ。生態哲学博士。すべての問題の根本原因は個人の悩みも含めて、「大自然の法則からはずれた人間にある」という大自然のメッセージそのままを提唱。問題解決のために、原因そのものの「生きざま」切開を指導する「人間鑑定師」』 というのを読んだ瞬間に怪しさがあふれていて、自分は詐欺師だと言っているようなものだと思うのは私だけでしょうか。

それとも、追いつめられると人間は、こういうことをぬけぬけと言う人にもすがっていかざるを得なくなるのでしょうか・・・。


2000年5月5日

 ゴールデンウィークのはじめに駐車違反の反則切符を切られてしまいました。

 30分ほど駐車禁止に指定されているところに車を止めていて、帰ってきたら黄色い札がぶら下がっていました。
 仕方がないので近所の警察に行って青キップを切られてきました。

 そこに車を止めていたことは事実なので、仕方がないのですが、幹線国道で一車線をつぶしたり、駅前で交通を妨げたりするような止め方ではなく、誰の迷惑にもならないような道の路側帯にすっぽり入るように止めておいたので、そこが駐車禁止に指定されていること自体がおかしいと、つまり、構成要件には該当するが、違法性や責任は阻却されていいのではないかと思ったので、反則切符にサインする前にそのことを聞いたら、
「何らかの理由はあるが、駐車違反の指定をしているのは公安委員会なので、理由については警察は言えない。駐車違反の指定をしてあるから警察は違反を切っているということだ。」と言われました。

 法学部的にいえば、違法状態の認定は裁判所で行うべきことであり、警察が判断することではない。また、処分に不服であれば、裁判に持ち込むことも可能である。そもそも、駐車違反の青キップは行政処分であるから、構成要件や違法性や責任という刑事責任を論じるときに行う議論をするのは筋違いである。とでもいうことになるのでしょう。

 しかし、政治コース的にいえば、公安委員会は警察の親会社みたいなものであり、事実上一体といえる。また、年間一千億近くに上る反則金は警察庁の予算管轄になっており、警察がこのような建前で逃げるのは卑怯であるとと思い、大変気分を害したのですが、こんなことを目の前の巡査に主張してもどうにもならないと思い、その場はサインをして帰りました。

 そしてそのあと、よっぽど出頭して不服申し立てをしてやろうかと思いましたが、そのためには平日に門真まで行かなければならず、私の会社が試用期間中は有給休暇を取れないということもあって、事実上不服申し立ての手段を断たれてしまっているので、仕方なく、反則金を払って終わりにしました。

 今回のことで感じたのは、権利というものは当然自分で勝ち取っていかなければならないものであるけれども、それを勝ち取るために、払わなければならないコストが、それによって守られる権利を上回ってしまうのはおかしいのではないかということです。

 不服申し立てをするために会社を欠勤したとして、一日では済まないので、有給休暇がなければ数万円の収入減になってしまいます。また、交通費など雑費もかかります。そうなったら、15000円の反則金を払っておいた方がどう考えても得です。

 不服をいいやすくなって、反則金を素直に払う人が増えたら警察の収入がダイレクトに減るので、なかなかそういう風にはなっていかないだろうとは思いますが、こういう身近な法律がらみの争訟に市民がきちんと対応できる仕組みは必要なのではないかと思います。出頭する場所をもっと増やすとか、都心におくとか、時間をずらすとか、休みの日でも出来るようにするとか、そんなことからでもはじめてほしいものです。


2000年4月26日

 昨日松下電器産業の社長が交代するという報道が出ました。新社長は滋賀県出身ということだったので、もしやと思い、高校の同窓会名簿を繰って調べたらヒットしました。私の高校の30数年先輩にあたるようです。

 別に社長が高校の先輩だからといって松下電器が私に便宜を図ってくれることはまずないでしょうし、私にとってもそのことがソニーの商品を買うのをやめて松下のにしようというモチベーションになるかといえばそういうこともないでしょう。

 でも、出身校の先輩にどういう有名人がいるかというのは、出身校を説明するときの結構重大なポイントになったりします。別に学歴で人を見るというところまでいかなくても、出身学校名とOB,OGの名前をつきあわせて、なんとなく「そんなタイプの人と同類か」というくくりをして、それでなんとなくその人についてわかった気になってしまうところがあるようです。
 でも、そういう風に人を見ることもあたらずとも遠からずといえる面もあるようで、学生時代をどういう校風のところで過ごしたかということが多少人格形成に影響を及ぼしている面もあるからです。そういう風に考えると高校の先輩で大企業のトップが出ると悪い気がしないというのもわからないでもない気がします。

 ちなみに、私の出身高校の卒業生で有名な人といえば、「朝まで生テレビ、サンデープロジェクトの人」や「投資ジャーナルの人」や「ラルクアンシエルの人」などです。私はいったいどんな人だと思われるのでしょう・・・。


2000年4月16日

 埼玉県の保険金殺人事件の凶器はふつうの風邪薬だったそうです。

 ふつうの風邪薬を栄養剤だとかいって一日に20錠とか飲ませて慢性中毒にしたとのことです。
それにしても、売薬で死んでしまうものだろうかと思って、私が高校時代に一世を風靡した”完全自殺マニュアル”を改めて見直してみました。それによると、死ねない薬は無いということで、酔い止めのようなものでも、そこそこ飲めば死んでしまうということです。塩ですら300グラム飲めば食塩中毒で死んでしまうそうです。
また、アルコールと併用すれば効果(危険性)も増すということでした。

それにしても、こんなことがすぐ調べたらわかるというのも怖いし、薬を飲ます人がいるというのも、だまされて(嫌々だったかもしれませんが)その薬を飲む人がいるというのも怖い話です。全く恐ろしい世の中です。恨みを買わないようにするだけでは不十分。だまされないように気をつけなければ。
 


2000年4月3日

 小渕総理の脳梗塞は大変衝撃的でした。
 
 現職の総理が倒れて入院してしまうということよりも、前の日まで公務をこなしていた人が次の日に昏睡とか脳死寸前とかになってしまうということが私にとって驚きでした。確かに政治家、首相という仕事は想像を絶する激務でしょうし、最近はとくにいろいろとストレスも多かったようですが、それにしても・・・という感じです。

 過労やストレスをためないようにしようという決意を新たにした入社式の夜でした。


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