名作研究所


最終更新日 : 1998年 4月 27日

 暴走機関車


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1985. THE CANNON GROUP, INC.
1. 主なデータ 4. 名シーンの紹介
2. 全ストーリー 5. 作品の背景
3. この人物に注目 6. 国王の解説

1. 主なデータ

 ・ 作品名   暴走機関車 (英名原題 : Runaway Train) 
 ・ 作品ジャンル   アメリカ映画 
 ・ 製作年月日   1985年 (キャノン映画社) 
 ・ 監督   アンドレイ・コンチャロフスキー 
 ・ 原作脚本   黒澤 明 
 ・ 主演   ジョン・ボイド 


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2. 全 ストーリー

脱獄映画でもなく。アクション映画でもなく。


真冬のアラスカ。 ストーンヘブンの重犯罪者刑務所。


1985. THE CANNON GROUP, INC.
 15歳の娘をレイプした罪で服役中の若者バック は、ボクシングのトレーニング中にテレビを見ていて歓喜の声をあげた。 囚人を人間として扱わないことで囚人達から恨まれているランキン所長の手により約3年間も地獄の監禁房に入れられ拷問されていた常習脱走犯のマニー ( 主演:ジョン・ボイド ) が、たった今裁判に勝訴し独房を出ることになったというニュースを見ていたからだ。
 刑務所内はマニー帰還を喜ぶ歓喜の声で満ちた。今や彼は、囚人達にとって英雄となっていた。

 3年ぶりに運動場に出ることを許されたマニーは、そこで刑務所の旧友ジョナと感動の再会を果たす。彼とマニーは、この冬が明けるのをまって密かに脱走を企てようとしていた。そこでバックが紹介され、彼が囚人服洗濯カゴの運搬係で刑務所外に移動できる事をマニーは知る。

 マニー達が観戦する中で、バックの刑務所内ボクシング試合が始まった。バックが圧倒的強さで相手をノックアウトしたその時、マニーがナイフを隠し持っていた謎の囚人に襲われた。試合場はたちまち混乱。マニーは深い傷を負ったが形勢を逆転する。すると男はマニーにおびえて、 ランキン所長に頼まれてやったのだと自白する。裁判に破れプライドを傷つけられたランキン所長の報復だったのだ。すぐに2人とも看守達に取り押さえられたが、これを見ていたジョナは怒り、その場で男を刺し殺してしまう。ジョナはすぐに看守達にめった打ちにされ、その場に崩れ去った。

 この事件により、ジョナは独房に監禁され自由を奪われた。マニーが考えたランキンへの復習・・・・それはもう一度ここから脱走し、自分が自由の身となることであった。彼は、すぐさま行動することを決意する。

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 その夜、バックの運ぶ洗濯カゴに身を隠したマニーは、見事刑務所外に出ることに成功。バックもマニーの姿に勇気づけられ、一緒に付いていき脱走することを決めた。氷点下30度の中、バックが泣き言を言いながらマニーの後ろを付いていく。そんなバックを、マニーは子供扱いするのだった。2人は鉄道の駅へと向かった。

 翌朝、ランキンはマニーが脱走したことを知り、自らの手で彼を始末すべく後を追った。
 一方、駅に着いた2人は、そこで4連の貨車なしディーゼル機関車を見つけ、マニーは、この列車の最後部機関車に乗っていくことにし、バックもそれに習った。2人を乗せた機関車はすぐに走り出した。ところが、先頭の車両では運転手が不運にも心臓発作を起こし、外に放り出されてしまっていた。彼が最後の力を振り絞って全開にした緊急停止のブレーキも焼き切れてしまい、無人運転で暴走し始める4連機関車。その事を知らないマニーとバックは、自分達の選んだ自由への列車がどんどん加速していくのを見て歓喜していた。
 機関車暴走の連絡を受けたバーストゥ主任以下 鉄道管制司令室のメンバーは、みな混乱していた。最新のコンピュータ・システムでも、この無人の暴走機関車を止めることができないでのだ。
 機関車はさらに加速を増し、時速150km に達していた。


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 そのころ、列車ではバックがマニーに自分の夢を語っていた。銀行を襲って大金を所持し、ラスベガスで豪遊して毎晩美女と寝る・・・。しかし、マニーはそんなバックの子供じみた夢物語を完全に否定した。前科者でも働ける職場で真面目に働き、やがて我慢すれば銀行の大頭取になれる道を選ぶべきだと・・・。マニーは、その働く道すら選べない立場であることを自ら呪っていたのだった。
 彼が脱走の末、手にする自由とは何なのか・・・。

 その時であった。司令室からの指示を受けて正面衝突を避けるべく別路線へと退避行動中だった貨物列車の わずかに逃げ遅れた一部の後方貨車に、暴走機関車が衝突した。 機関車は貨車をまき散らして、さらに疾走しつづけた。
 これを目前で見た2人は、この機関車がスピードを落とさず衝突したことで異常な状態であることに気付き、先頭車両まで様子を見に行くことに決めた。

 この事件を受け、無人機関車がやがて殺人マシンとなって会社に大損害を与えぬよう、早めに脱線させるべきと考えた司令室のマクドナルド局長は、バーストゥに機関車を廃線へいれて脱線させるよう命じた。
 連絡を受けた信号係が指示に従おうとしたその時、無人であるはずの先頭車両から汽笛が鳴った。マニーとバックは驚いて最後尾の機関車に戻った。汽笛を聞いた司令室も、あわてて脱線作戦を取りやめた。 そう・・・・この暴走機関車には誰か人が乗っているのだった。
 目の前には制限速度80km のセネカ橋が近づきつつあったが、司令室にはなすすべがなく、ただ見守るしかなかった。


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 前の車両から、何者かがこちらへ向かってくるのをバックとマニーは見つけた。ドアを開けて入ってきたその機関助士サラ −女であった− をねじ伏せるが、彼女は抵抗しないようだ。彼女は疲れた顔でこの機関車の状況を説明した。自分が2両目でうたた寝していたところ、衝突のショックで目を覚ましたこと。なぜか運転手が不在で暴走していること。4連機関車の緊急停止は先頭車両のみで行えるが、ドアが壊れてしまってそこに行けないこと・・・・。彼女も2人が脱獄囚であることを知るが、そんなことはどうでもよくなっていた。

 この機関車が止まらないことを知ったマニーとバックは、無気力のサラを横目に、決死の覚悟で機関車から飛び降りることを決意する。サラはこの場に一人残される事におびえ、必死に考えた末、スピードを落とせる方法を見つけ2人に提案した。連結部分の電気ケーブルを切断するのである。
 3人の必死の努力の末、機関車は速度を90kmまで減速。なんとかセネカ橋を越えた。

 司令室のバーストゥは混乱していた。無人であったはずの暴走機関車に、なぜか3人も人間が乗っていることを知らされていたからだ。すでに脱獄した2人が鉄道の駅に向かったことを知っていたランキン所長は、この暴走機関車に彼らが乗っていると判断。ランキンはバーストゥから強引に機関車の居場所を聞き出すと、ヘリコプターに乗り、鬼のような執念で追跡を開始した。


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 先頭車両に何とかして渡ろうとする3人は試行錯誤していたが、どうしても前へ進めないでいた。ボクシング試合の騒動で手に深い傷を負っていたマニーを見たバックは、自分が根性で機関車に乗り移ることをマニーに提案した。マニーは感心し、先ほどまで子供扱いしていたバックのことを初めて相棒として認めてやるのだった。
 バックの決死の挑戦が始まったが、やはりうまくいかない。しばらくして戻ってきたバックにマニーは激怒し、彼を容赦なく蹴り飛ばすのだった。この事にバックは怒り、やがて2人は凶器を互いに持ちあって対峙するが・・・・・・・我に返った2人はがっくりと肩を落とした。バックは、今まで自分が英雄として信じてきたマニーに裏切られたことに失望した。マニーも、自分が所長への復讐だけしか考えていなかったことに後悔するのだった。
 外は、ますます吹雪が激しさを増すのだった。

 鉄道司令室では、マクドナルド局長が次に迫りつつある危機 − 化学工場へ衝突し有毒ガスが発生して多くの市民が犠牲になるすること − を回避すべく、やむなくこの暴走機関車を廃線後へ誘導するようバーストゥに指令を出していた。
 廃線後へと入っていく機関車。無論、その先は行き止まりでの衝突しかない・・・・・。ついに機関車は最新のコンピュータ・システムでも止めることができなかったのだ。失望の沈黙がつづく司令室で、バーストゥはスペースシャトル打ち上げ成功のニュースを見ながら、ハイテク時代でありながらこの暴走を止められなかった事実を呪うしかなかった・・・・。


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 廃線後に入ったことを知った機関車の3人は、呆然としていた。そこへ、執念の鬼と化したランキン所長駆るヘリコプターが到着し、列車に降りてきた。なんとしてもランキンは、マニーを衝突前に自分の手で始末したいのだ。マニーは狂喜し、捕まえれるならやってみろとランキンを煽った。

 マニーは血まみれになって体を傷つけながらも、必死の努力の末先頭車両に乗り移り、その機関室でランキンが来るのを待った。ランキンは彼の不意打ちを喰らい、手錠で両手を鉄パイプに縛り付けられてしまった。身動きのとれないランキンは死を恐れ、マニーに非情停止ボタンを押すように言うが、マニーは聞かなかった。


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 『 この列車は止めない。 俺は今自由なんだ。 もう勝ち負けなんて関係ない。』

 マニーは、バックとサラの乗る後方の機関車を連結器から外した。減速していく後方機関車からバックは泣きながら先頭車を止めるようマニーに叫んだが、彼はもう自分の人生を決めていた。
 マニーは屋根に仁王立ちになり、先頭車両だけが残された2人を乗せて、行き止まりに向かって吹雪の中に消え去っていった・・・・・・。




-- どんな野獣にも多少憐れみの心がある。 それを持たぬ私は野獣でさえない --
シェークスピア 『 リチャード3世 』 より。



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3. この人物に注目

ジョン・ボイド



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 現在のハリウッドにおいても、ジョン・ボイドは 『 しぶいおじさん役 』 として確固たる地位を持つ。最近の話題作における出演も多く、トム・クルーズが主演した 『 ミッション・インポッシブル 』 のスパイの親玉役、アル・パチーノのロバート・デニーロが共演した 『 ヒート 』 の冷静な悪役頭など。そして、何よりも有名な主演作 『 アナコンダ 』 がある。
 ジョン・ボイドは67年に映画デビューした古株役者である。自分の出演作品を選ぶことで有名だが、この映画 『 暴走機関車 』 のマニー役に抜擢されると、彼はそれまでの素朴で感情豊かな役者を捨て、タフな野獣としての役作りに励んだ。実際に刑務所に出かけて、その実態や囚人達の行動を細かく観察した。また、監督のコンチャロフスキーと多くの刑務所をテーマにした映画を見ていた。
 その中で彼は、囚人達の 『 声 』 に注目し、役にふさわしい どら声 になるよう、自分で工夫した。喉の先からではなく、横隔膜の奥から声を出すように努力したのだ。彼自身 「 ひと言セリフをしゃべる度に、ものすごいエネルギーを消耗していた。」 と後に語っている。


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4. 名シーンの紹介

主人と前歴者の夢物語


 マニーとバックが機関車内 (注:まだ暴走していることに気づいてない) で、脱走成功後の自分たちの将来の夢を語るシーンがある。
 バックが、銀行を襲って大金を所持して ラスベガスで豪遊しながら美女と毎晩寝るという夢物語を語りだす。 しかし、それを聞いていたマニーは、なぜか怒鳴ってその話を完全に否定する。以下は、その時のセリフである。


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 「 それがお前の夢だって? 夢なんて下らん。 そんな夢は実現するものか。 いいか、お前が将来どうなるかを俺が教えてやろう。
 お前は、前歴者でも就職できる ささやかな仕事をもらう。例えば、皿洗いとかトイレ掃除とかだな。 その仕事に後生をかけるのさ。 他に道はない。
 一日の終わりに主人がやってきて、お前の仕事ぶりを調べる。だが、お前は顔を上げようとはせず、床を見つめて主人の視線を避けている。主人は内心で前歴者を恐れている。その恐怖の目を、お前は見たくないのさ。・・・実にみじめなものだ。
 主人は床を見渡し、『 ここがまだ汚れている。 』、『 そこのシミは? 』 と、あれこれ文句をつけたがる。 お前は言いたいことを我慢して、シミや汚れを黙々と落とす。・・・そこがピカピカになるまでな。
 金曜日になれば、給料の小切手をもらえる。 それに耐えることができれば、やがては銀行の大頭取にもなれる。・・・辛抱すればな。」


 この話を聞いたバックは、マニーを笑って 「 そんなダサイこと、アンタは やりたいと思うのかい?」 と聞き返した。マニーは 静かに つぶやいた。

 「 できればな・・・・。 やりたいよ・・・・。 」



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5. 作品の背景

夢やぶれた 黒澤 明 初の海外進出


 『 暴走機関車 』 は実話である。

 1962年、ニューヨークのセントラル鉄道でその事件は起こった。全長80mの4連連結の機関車が、突然暴走しだしたのである。機関車には装置の点検員だけが乗っていたが運転の知識はなく、あいにくリモートコントロール装置も故障していた。 本線に出た機関車は大惨事を起こすことが明白であったが、関係者の必死の努力で、機関車は 136km 西にあるロチェスター市に突っ込む寸前で止まった。


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 この映画 『 暴走機関車 』 の企画は、日本映画界の巨匠 黒澤 明 が立てたものだった。1965年に 『 赤ひげ 』 を完成させた彼は、次回作としてこの実話を映画にしようと考えた。当時ハリウッドで勢力を拡大しつつあった エンバシー映画社と黒澤プロとの間で話がまとまり、1966年に黒澤演出の合作映画として製作が発表された。これは、黒澤の初の海外進出映画として期待された。

 しかし、エンバシー側が提案した決定稿をめぐって日米両者で大きな溝ができたのをきっかけに、それまで順調に進んでいた話がこじれ始める。アメリカ側は黒澤にモノクロ作品での制作を提案していたのに、彼はカラー作品を作るつもりでいた。
 結局のところ、最終的に この話は黒澤側の意向で延期 (実際は中断) になった。

映画実現までの長い道のり


 無論、この映画を惜しむ声は非情に強かった。
 それから後は、実際に事件の起こったニューヨーク・セントラル鉄道での撮影が許可されない事が、制作者側の意欲を低下させてしまい、この話は長い間日の目を見ることができなかった。

 1979 年、黒澤は、『 フレンチ・コネクション 』 などで有名なフリードキン監督を推挙し、再びこの作品製作を立ち上げた。しかし、カナダ・パシフィック鉄道を使うことなどが決まっていたが、この話も軌道にのらなかった。


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 1980 年、黒澤の 『 影武者 』 が完成した。この作品の外国版制作者で著名な映画監督であるフランシス・コッポラに 『 暴走機関車 』 にふさわしい監督を推薦してもらったところ、アンドレイ・コンチャロフスキーの名があがった。 ソビエトの演出家の名が上がったので黒澤側は驚いたが、コンチャロフスキーは黒澤を敬愛するほどのファンであった。無論、彼はこの話に大変乗り気を見せて来日し、具体的な話あいが日本で行われた。1981年 のことだった。

 撮影には、アラスカ鉄道を使った。無論、鉄道と機関車を使っての撮影は困難で、本物の列車が通る度に本線から立ち退かねばならなかった。一度の撮影で良質なショットが撮れるように、常に3台のカメラで撮影した。 また、このアクション映画は黒澤が求める人間味のある作品を目指していたので、雪を白に、走る機関車を黒に見立てて、少しは白黒映画のようにしようと全体の色彩を工夫した。

 ( 上の写真は、2枚とも アンドレイ・コンチャロフスキー 監督 )


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6. 国王の解説

アクション映画の中の 『 人間 』



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  1998 年、映画 『 タイタニック 』 が作品賞、監督賞など、アカデミー賞の11部門の栄誉に輝き、これまでのハリウッド映画の最高記録である 『 ベン・ハー 』 の11部門のタイ記録に並んだ。
 この映画の特徴は、『 ポセイドン・アドベンチャー 』のように、『 沈没船もの 』 の映画として莫大な金 ( 250億円 ) と技術がかけられていたが、それ以上に完成度の高い人間ドラマとしての評価が高かった。

 例えば 『 ジュラシック・パーク 』 などに代表されるような現代のアクション映画は、スリルやリアルさを追求するあまり、話に人間味が欠けているものが多い。
 つまり、これら 『 お子さまランチ 』 なアクション映画には 『 人間 』 が存在しないのである。

 私がこの映画に出会ったのは、小学校6年生の誕生日に友人からもらった映画集ビデオからだった。
 そこには、他に1985年頃を代表する映画 『 スペースキャンプ 』 や 『 トップガン 』 が入っていたが、なんといってもアンハッピーエンド?なこの映画 『 暴走機関車 』 に驚かされた。
 暴走する機関車を巡って、2人の囚人と機関助士、さらには刑務所所長や鉄道司令室のメンバーまで人間感情をむき出しにして、野獣のように 『 暴走 』 する・・・・。 ただ単に暴走する機関車のお子さまなアクションでもなく、脱走犯の豪快な武勇伝でもない。 これこそ純粋な人間活劇である。


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 しかし、この名作は不幸なことに、当時はあらゆるメディアから好評であったにもかかわらず 『 今年度最高のアクションムービー 』 としてしか受け止められていなかった。 演技派の名優達による人間ドラマは、その評価の対象ではなかった。
 例えば、この映画の監督であるコンチャロフスキーは、青春を生きる若者を哲学的に扱う作品をそれまで多く撮っていた。だからこの作品に推薦されたのに、この映画を境にアクション映画監督としての地位を得てしまい、スタローン や カート・ラッセル が主演する映画などを作るようになったのだ。
 また日本公開でも、邦題が 『 暴走 』 となったのをはじめ、情宣でも 『 限界を超えたアクション 』 なる宣伝文句が主体となっていた。 なぜなら、人間活劇よりも、アクションを好む大多数派の観客感情を優先したからである。

 この映画の醍醐味はつきないが、以上に解説してきたように 『 暴走もの 』 や 『 脱獄もの 』 といわれる単純な映画を凌駕していること、つまり、演技派俳優 ( 全員名演技と言ってもいい ) によって演じられた黒澤のシリアスな人間劇であることを考えれば、この作品 -- 名作 -- が歴史の影に消え去りつつある事実を嘆くべきではないだろうか。


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