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2006/9/11( 子々孫々

40年も前になるだろ うか、兄が鹿児島で挙式した時の事…私が養子になった話しになり、兄弟に、財産なんか何もないよ、と言ったとたん、実父から厳しく叱責された。「財産と は銭金ではない!その今の姓が財産だ!何を言っとるんだばか者!」…
一生忘れないし、とても恥ずかしい一瞬だった。(小学一年生だった自分は、美味しいものが沢山食べられる…の魅力ある一言につられて、養子になることを了 解したものだった が…)其のとき、元の姓に決 別した瞬間でもあったなー
だから、3番目に長男がやっと生まれたときは責任を果たしたと感じたし、妻に感謝した事だった。
(その子供達は次々と結婚し、来年の2月、7月には、ピンとこないが孫もできるらしい…)

時は流れ、価値観は一 変し…夫婦別姓も取り沙汰 されるご時勢、祖先から引き継いだ個人の姓など、なに程のこともなくなった…しかし、せめて自分の子等だけは大切なものを見失わない…守るべきものを守っ ていって欲しい

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2006/5/20( 私の記憶

自分の誕生日はいつの 間にか過ぎても、子供達のは不思議と覚えている(今日は次女の誕生日)…
覚えておきたい事、忘れられないこと、誰にでもある…その思い出、いや全ての記憶を忘れてしまうとしたら…

先週、「明日の記憶」 という映画を鑑賞した。脳が萎縮というか、少しづつ破壊されて…仕事はおろか、妻さえも忘れていく。現在医学では対応不可な若年性アルツハイマーをテーマ としている。自分の場合は若年とは 言わないだろうが…
その忘れていく過程は辛く苦しい日々…しかし、すべてを忘れてしまったら、気楽なのんびりした人生が待っているのだろうか…
そういえば…ラストシーン…忘れられた妻は唖然呆然とし、本人は明るく楽しそうだったな

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2006/1/16( 浜の真砂はいくつあるのか…

浜の真砂が尽きると も、世に盗人の種はつきまじ…半年以上ご無沙汰のHPであるが、正月そうそうの書き出しが、盗人騒動で始まる。石川五右衛門やねずみ小僧ばりの天下の大泥 棒ではなさそうである。現金や印鑑は納得するが、大事な手袋やお気に入りの爪切まで持っていくとは…サッシを破り、鍵を開けて入ったものの、手が寒かった のか、そして、爪が伸びているのに気づいたのか…意外と落語に出てくるような、そこつなこそ泥であったのかも…。
時々みるテレビドラマ「はぐれ刑事純情派」ならば藤田まこと等が署を上げて対応してくれるところだろうが、わが町の警察は我が家に来てはくれたが、被害の 届けを受理してくれただけのようである。ご近所を回って聞き込み、もしくは用心の呼びかけもやってないようである。
お隣や町内に空き巣被害があったことは知っていたが、まったく無用心な我が家であった。反省…
早速、感応式のライトを裏庭と車庫のあたりの二箇所つけた…。

さてと…年金生活二年 目に入ったなーこの青春をどのように謳歌しようか…考えねば…

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2005/6/25( 山中に暦日なし…

何もしなくても、いつの間にか時は流れてしまう…梅雨と言うのに全く雨は降らず、今日も 晴天真夏日になりそうだ…
先日、本箱の隅にあった古ぼけた本「般若心経入門」を読んだ。その中の一節が掲題の文句である。大自然の中にあれば時間も予定もない訳だが…生臭い世間で はそうは行かない。
我があり情があり諸欲がある。それに世間体やら義理やらお付き合い等
ある…とはいうものの、今の自分は、かなり自由気ままかなー。早い話が、パンツ一枚で一日中、家でゴロゴロしていても 一向平気である。日曜も月曜も、何月何日すら分からない時がある。はは〜ん、是がボケる数歩手前の状態か等と考える…

掲記の言葉は禅語であり、難しい教義なんであり、ゴロゴロ気ままに時を過ごす意味では、 もちろん無い。つまり、「空」の中には生死がない、不生不滅であ る。…と言う教えなんだそうだが…分からん…禅宗は他力本願でないから、自己責任という観点からすればゴロゴロでもいいか、と勝手に解釈…。
そして、自儘勝手の晴耕雨読で明るい明日が見えるまでゴロゴロ過ごそうか……。

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2005/2/6( 幸せは歩いてこない…

むかし、子供たちによく言った…
“千里の道も一歩から、宝満山に登るんだって、一歩一歩の積み重ねだ。単語を一個一個覚えなさい”と…。
ふと思い出した歌もある。
幸せは歩いてこない〜だから歩いて行くんだよ一日一歩、三日で三歩

ゴスペルAmazing graceを聞いていたら、突然そんな事が思い巡る…日頃あまり考え事をしな いのに、むなしい時には、ひとりでに頭が働くものらしい…人は何のために生き続けているんだろう…何故死にたくないんだろう…母達は何を目指して、一歩一 歩一日一日過ごしていたんだろう…幸せだったんだろうか…自分はどう、関わってきたんだろう…そして自分は明日に何を求めているんだろう…青い考えが駆け 巡る。
49日の法要が済んで一週間…少なくとも、親の保護枠が消えて無くなり、今後全くの自己責任で生きていく。
いま、一歩踏み出した気がする…

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2005/1/11(火) いい顔…

突然母が死んだ…12月26日()午前11時過ぎ、お 腹が痛いと言う母を主治医杉病院へ運んだ。風邪だとの診断、処方するから帰ってもいいと当番医から言われた。安心はしたものの、全く力が抜けて歩けない し、腹痛も治まらないので入院をお願いしたところ、空き部屋が無き為、福大筑紫病院を紹介された。問いにははきはきと答える母は6人部屋へ…。腹痛は癒え たものの、だるいきついと大きな声を出して苦しむ母に対処する医師は時間が経つに連れて1人から4人にまで増えていった。血液検査の結果、酸素が少なく なっているが、原因は分からないとの事(肺も心臓も腹部も異常なし)。6人部屋からICUへ移された。午後9時半頃、医師から病状は安定したので帰っても いいと言われた。
翌真夜中3時過ぎ、病院から電話で呼び出される。駆けつけると医師が人工呼吸をしていた、既に30分はしているとの事。さらに30分以上人工呼吸を続ける も回復せず死亡を宣告された。時刻12月27日(月)4時29分…死因不明
訳が分からぬまま、あれよあれよと事態は悪化、実母に続き、今度は養母の突然の死である。一番びっくりしたのは母自身ではなかろうか…享年89歳
母を思うとき、自分が子供の頃の事ばかり浮かぶ…。一人っ子(私は養子)を得て嬉しかったんだろう…しつけは厳しかったが、とても可愛がってくれた。その 反動か、妻との確執は激しかった…妻の死後、私は母を憎んだ…

遺影はいい顔をしている。こんなに優しく温かみあふれる母だったんだ…観音菩薩様のような…合掌

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2004/12/8(水) 訃報…

真夜中に来る連絡に朗報はない。実母の死を知らせる電話が(5日)兄よりあった。95歳 の天寿を全うした。そうかーと言う感じで、悲しみはあまり湧かなかった。夜中3時過ぎの事で思考力がなかったせい…だけではない。長寿を全うしたせいかも 知れない…最近の苦しみであるリューマチの痛みから解放してあげたかったせいかも知れない… 自らの病苦をおして誠心誠意の介護を続ける兄貴達への感謝のせいかも知れない…自分の養母に対して、是ほどの介護は出来ない…

実母への思いは尽きないが、晩年の事、忘れられない出来事があった。
10年以上も前だろうか、実母が入院をしたので養母を連れて見舞いに行ったことがある。思うに養母は「地動説」ならぬ「諸動説」、つまり諸事全ての人や物 が自分を中心に回っている…と思っているのではなかろうかと、私は考えるのであるが…その時も、実母への見舞いの言葉もそこそこに、自分の事を話しはじめ た。自分は夫(私の養父)を亡くして以降、誰も味方してくれる者が無く、みんな嫁の味方をする。自分は全くの一人ぼっちである。…と、私としては極めて心 外な事を言うのである。すると実母は、それは良かったねー…それが家族円満の秘訣なんだねー、と養母を褒めるような口調で話すのである。養母はあっけにと られているようなふうであった。私は、涙があふれ出して部屋を出て行ったものでした。その後、この事を思い出す度に、涙ぐんでしまう…。
実母の死は長い時間を掛けて悲しみが深まるのではなかろうか…合掌

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2004/10/15(金) 露天風呂…

風呂はあまり好きではないが温泉は大好き である。なかでも露天風呂は素晴らしいと思う…だから温泉宿に泊まると必ず露天風呂へ行くのである。屋内にあるべき風呂を屋外へ持ってきたのが露天風呂、 だから、自然の中にいるようなごつごつとした岩に仕切られ、滝があり、流れがあり、山林に囲まれ太陽があり、満天の夜空がある。つまりその景観を売り物に している。しかしながら、当然、外部の人からは見えにくく工夫されているものである。
ところが昨日
、甲府から来ている姉に久し振りに会うために行った別府の帰りに寄った 天ヶ瀬温泉…
「日帰り温泉の旅」なる雑誌には、この地2軒のホテルの案内があった。そこを探していると、川沿いに「大衆浴場/神田湯」という案内板を発見!とりあえず 車を止めてみると…川へ降りていく石段が看板の下にある。そこには、なんと、流れる川の側に、ま〜るく岩で仕切られた露天風呂が…車を数百メートル先の市 営駐車場に置き、いつも用意している入浴セットを持って、いざいざ、と楽しくなる…5〜6mもあるんだろう階段を下りると、風呂の横に鳥の巣箱のようなも のがあり、入湯料100円を入れるようになっている。
まさしくこれぞ露天風呂、脱衣場所なく、洗面器が一つコロンとあるのみ…対岸にはホテルが並び立ち、その部屋の窓々はまるで特等観覧席のようにこちらを見 ている。こちら側にしてもホテルこそないが道を歩く人が覗けば当然何の妨げもない。
川は九州一の筑後川上流、広いからそして、あまりに自然だから恥かしさも薄らぐ、木曜日の夕方5時前後、客も居ないんだろう、人影は殆どない。大胆にも湯 船を上がり、風呂の周りを歩く、流れの音や景色を楽しむ…全くの一人。

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2004/10/4(月) 虫の声…

久し振りに娘の飼い犬と散歩に…思い立っ たのが遅かったので、外は薄暗い。春ごろまでは毎日行っていたコースを武蔵(飼い犬の名前)は覚えていた。グイグイと自ら進んでいく…
鷺田川の草むらは虫の声で一杯…犬を放し、しばらく虫の音を楽しむ…車の音、遮断機の音は耳から消え、揺れるススキ、ちょろちょろと川の流れ、冷ややかな 風、そして虫の声、そんな静かな音だけが聞こえる…
秋が急速に深まって行く。ほんの少し前までは暑さに閉口していたのに…。そういえば、いつの間にか10月…

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2004/9/6(月) 日帰り温泉…

日帰り温泉の入湯料は普通500円 〜1000円が相場のようである。別府・原鶴・相知・厳木・嬉野・武雄温泉等々、何箇所か行ったが、なかでも武雄温泉の大衆浴場「元湯」が気に入ってい る。千三百年の昔から日本の名湯として親しまれていたらしい…明治9年に建立されたという元湯は温泉情緒豊か、むかし子どもの頃に通った銭湯を思い起こさ せるレトロな雰囲気漂う懐かしい浴場である。そびえ立つ入り口の楼門が世知辛い世間を切り離す関所の感もある。
数回行った後、回数券を買った。3000円で13回分ある。湯船から見上げると、豊臣秀吉の三か条からなるお掟め書きがあった。(土地の高官でなく豊臣秀 吉である。)
一つ、湯治の客は、土地のものに対して難題を申し付けぬ事。
二つ、客は一人につけ五文の宿銭を払う事。
三つ、薪柴は必要であるが、敷地内及び指定区域内の樹木を伐採しない事。
とあった。安土桃山の頃である、当時から盛んであったことが推測される。
湯の温度は調整された「ぬる湯42〜43度」と「あつ湯44度〜45.5度」の二つの大きな浴槽が並んである。1度違いでこんなにも…と思った。いづれに せよ熱い。今お騒がせの水道水や井戸水を沸かしたものではない…むしろ51度の熱湯を薄めているのである。いい湯であります。(単純温泉アルカリ性:疲労 回復)
家から73`、車で1時間40分いささか遠いが、回数券は既にない…朝6時半から24時まであいてます。

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2004/8/6(金) あぢぃ〜こりゃー異常だ!

勤務していた頃は「生活習慣病検診」が強 制的にあった。今にして思えば大変ありがたい事だったんだ。今回、市の健康検診を受けた。これがなかなか予想に反して充実していたし親切だった。大腸便検 査では異常があった訳でもないのに、便が細くなったと申告しただけで大腸内視鏡検査の手配をしてくれた。楽な検査ではなかったが…異常なく安心した。この 頃(およそ3週間掛かった)その他諸検査の総合結果表が届いた。歳相応の問題はあるが、まあー健康だった。来年もお願いしよう…この暑さ乗り切らねば…

健康だと楽しい事が多いんだから…7月31日の事、東から接近してきた大型台風10号が四国から中国地方へと上陸し大雨をもたらした日である。親しき仲間 達との暑気払いバーベキューに参加した。先輩手作りの枝豆、カボチャ、とうもろこし等々を味わい、久し振りの健康的自然に触れたひと時を過ごす事が出来 た。和気藹々気兼ねなく…楽しかったなー

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2004/6/4(金) …気丈の人…

イラク戦争の凶弾で虐殺された橋田信介さ んの奥さんの記者会見を見た。
彼女の表情は強張ることなく、むしろ笑顔を見せながらの会見。まるでリポーターのような状況分析と説明。
こちらは悲しくて涙は止まらない
なんなんだろう、この気丈さは…いかに愛し合い信じあい理解しあっていたとしても…いかに覚悟の前とはいえ…
胸に秘めた悔しさ無念さは、溜まる涙の
彼女の目をみるにつけ、その悲しみの深さが推察され、より一層胸を打つ…

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2004/6/3(木) みえない人…

佐世保で小6女子生徒同士(親友だったら しい)の殺人があった。新聞・テレビ・ラジオ等をにぎわしている。
被害女子の文集に…「パソコンでの友達は見えなく知らない人だからこそ、いろんな悩みや相談が出来る…」という一節があった。
人と人との関係は触れ合って目で直視し合って話し合ってこそ成立するものなのに…
そういえば、我が家でも話し合うという事がめっきり無くなった。連絡は携帯電話、しかもメールで済ませることが多い。
人と人の間に、物が介在する…いろんな意味で豊かになった生活は、悲しくも貧しい心を育み蝕んでいる。

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2004/4/13(火) イラク人質未だ解放されず…

いつの間にか葉桜…少し前には、降る雨を 催花雨と言って桜を待ちわびていたが、それが、花ちらし雨となり、花吹雪、花いかだ、と散っていく花こそ美しい桜は終わってしまった…花は移ろい、目に見 えて春がやって来た…と、これは平和な日本のお話。
人は十人十色、いろんな人がいる。何を考えようが何をしようが勝手であるが、人様に迷惑をかけてはいけない。昔々そう教えられたものである。ところが、親 兄弟親族一同の説得、悲しみも虚しく、何をしようというのか、いま最も危険な他国へ行って、人質となってしまった3人の若い人がいます。日本中の人が、人 命を尊び救出を願っている。解放予告はあったものの、虚しく時はすぎるばかり…一刻も早く「無事解放さる!」のニュースを待ち望んでいます。
それにしても、地球よりも重いはずの人命を一番軽んじている人は誰なんだろうか…そして、本物の声を発しているのは誰なんだろうか…

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2004/2/16(月) 歩く… 

昨年11月25日より歩き始めて、やがて 3ヶ月…我ながら良く続いている(一日一個の梅干は、塩分が強いと友人に指摘されて止め、酢を飲む日課もいつの間にか止めてしまった)。毎日5`を、つま り時速6`として50分程度歩く事を目標としていたが、その日のコース選定や寒い日、雨の日等は歩けない等の難点があった。ところが、我が家の直ぐ近く(200m程の距離)市民プールがあり、そこのアスレチックジムを利用する事に気がついた。備え付けの、動く 歩道(ランニングマシーン)はすごく便利なもので、歩速を設定出来る、距離はもちろん、歩行時間や費消カロリーが分かる。ついでに、体重計や血圧計が備 わっている。入所料は1時間 100円。毎週月曜日が休館日 だからけじめがある。
時速6.5` 〜7.0`に合わせ、根拠はな いが費消300Kcalを目安 にすると、休み無しで約47分 間、5.25`程歩く勘定になる。今月5日より通っています…そもそも歩く発端となった血圧は目に見えて改善されているのが嬉しい
ただし、楽しい早足の散策だったのが、ラジカセを聞きながらのハードな運動になってしまった…。

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2004/2/7(土) 改装… 

25年前先輩の勧めに従って、貯金ゼロに も関わらず、80坪の土地を購入し、家を建てた。その後若干の建て増しをしたものの、畳を含めなんらメンテナンスしてない可愛そうな我が家を、ひょんな きっかけで改装する事になった。
もとはと云えば、昨年7月19日の大雨による床上浸水ではあるが…その時の廃棄物やこの際捨ててしまおうとした家具等々を筑紫野市の宝満環境センターへボ チボチ運んでいた12月、たまたま、リサイクルセンター業者が町内を個別訪問してきて、要らない家財がないか、リサイクルできるような物なら買取で、物に ならなければゴミでも何でも
(有 料で)引き取ってくれるとい う。家具、取り外して外に放置 していたクーラーや古いテレビ(これらは自分で処理できない)、本や雑誌等々併せて、4トン車 3台分にもなった。しかしなが ら6千円しか掛らず、安いものでと ても助かった。雨が降ったり、なんやかやで、数日間要したが、親切な業者だった。壊れた車庫の屋根を見て、これは危ないと注意を受けたのがきっかけで、車庫どころか家中が古くて…と、水害の事やら、ひび割れた家の外 壁などを見せながら話をしたら、自分の会社は本業は工務店だから専門の担当者を連れて来ても良いかとの事、了承して、後日会ってみた…結局、水害にあった床はもちろん、外壁補修、屋根瓦取替え、内装、台所、風呂と、つまり、か なりの費用を掛けての大改装をする事となった。友人は素性も分からない業者に頼むべき工事ではない、と心配して言ってくれるが、気は心、信頼にたると自分 が判断した訳だから良いではないか…1月20日から掛かった工事は2月の24日が仕上がり予定日。寒波到来の思わぬ大雪等天候不順で、大工さん(これが又、人の良さそうな働き者達)が大変苦労して いるようである…

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2004/1/28(水) 映画… 

何年ぶりだろう…記憶する限りでは過去 10年いや15年以上観てない。要はいつ何を観たのやら思い出せない。映画館も…東中洲、キャナルシティと天神の3ヶ所しか知らなかったが、娘に教えて 貰って近くのワーナーマイカル大 野城という映画館へ行った。入 場料1800円(4時間の駐車 券を貰った)、観たのは前評判 高い「半落ち」。原作:横山秀夫/主演:寺尾 聡/主題歌(声):森山直太郎監督:佐々部 清
何のために誰のために生きるのか?命以上に自分は守るべき何かを誰かを持っているか…
涙をぬぐう為に何度もはずすメガネ…気恥ずかしかった。多くの人は余裕なく生きている。厳しき仕事に疲れ果て、その日その日の生活に追われ考えるゆとりな どない…私のように仕事を辞め少しばかり時間があれば、たまには、泣かせる映画もいいなー。感動を求めて、今度は「ラストサムライ」を見に行こう!

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2004/1/14(水) いつの間にか新年… 

昨年の年初は「将来の事を考える年」とし ていたが…転勤、床上浸水の大水害、ニュージーランド家族旅行、母の介護問 題、退職、子ども達による道後温泉旅行等々… 凄まじい程いろんな出来事が我が家にあり、必然的に考える羽目になった。
さて、今年である…長男が社会人となり経済的に自立すれば、気掛かりは母の健康のみとなる。ゆえに自宅にこもる時間が増える為、それを有効利用して、将来 のロングスティを視野に入れた英会話の習得を何とかすべく、この一年を過ごしたい。過去挑戦してなし得たものは禁煙のみ…今年、熊本の姪がアメリカへ嫁に 行くのも追い風になるのかなー。

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