銅像になった北海道ゆかりの人々

クラーク博士だけが北海道にかかわった偉人ではありません。
私が道内で出会った北海道ゆかりの偉人たちの銅像を紹介します。

[画像はいずれも拡大できます]

松浦武四郎(まつうらたけしろう)

江戸末期に「蝦夷地」をくまなく
踏破した探検家。
「北海道」の命名は彼の意見具申
による。

松前藩の圧制の下にあったアイヌ
の人々にも深い同情を寄せた。
鴨川三四郎と同じ三重県出身。

(撮影:留萌支庁小平町・鰊番屋前
 の「鰊文化歴史公園」)
島義勇(しまよしたけ)

明治初期に判官という役職で
開拓に従事。
札幌を北海道の首府と定め、
札幌の都市建設計画を立案し、
これに着手した。

いわば「札幌の生みの親」だ。


(撮影:札幌市役所1階ホール)

島義勇が札幌の都市建設に
当たり詠んだ漢詩。
「札幌は世界一の都になるだろう」
としている。
北海道開拓にかける島の意気込み
が伝わってくる。
ぜひ拡大してご覧下さい。

(左の像の足元にある。)

岩村通俊
(いわむらみちとし)

明治19年に設置された北海道庁
(当時は国の機関)の初代長官。
島を次ぎ、札幌の建設に当たった。
入植者のストレス解消、治安安定
のため、大歓楽街「すすきの」のもと
となる薄野(すすきの)遊郭を作る
「すすきの」の生みの親といえるか。

(撮影:札幌市円山公園)