ぼくが昔書いたもの、いくつか 

    
     サイトをはじめたら脳内の地層が動きはじめ、
     まあ、それがどの程度の地殻変動をもたらすかはまだわかりませんが、
     ちょっとそれにのめりこんでしまいました。
     昔歩いた街を、いつまでもふらふら歩いてみたり、
     本棚の本の背表紙を隅から隅まで見たり、
     レンタルビデオショップのビデオの棚をやはり端から端まで見たり、
     そこで静止したまま埋もれていた昔の記憶、感覚、情感との対話をはじめてしまったり、
     何枚もの殴り書きのメモをとったり、昔書いた文章を読み返してみたりと、まあいろいろです。
     サイトの更新もすっかり滞ってしまいました。 
     
     書くということは、外側に向けて開いていくことであると同時に、
     内側に向けても開いていくことでもあります。
     だから、外側に向かって動けば動いていくほど、
     内側は休火山の下にあるマグマのようなものを蠢かせることになるようです。
     
     
     
     ある時期、昔まだ、パソコンがMS−DOSだった頃、
     ぼくはモノクロノームの液晶画面のノートパソコンに向かって、
     日記代わりに、毎日毎日思いつく言葉を放り込んでいきました。
     それ以外に自分を持続させる方法を見つけられずにいたのです。
     何の当てもなく、どうしようということもなく、ただ片っ端から言葉を放り込んでいきました。
     それがぼくを繋いでいた命綱でした。
     一瞬でも手を緩めたら、どこか深く、また遥か彼方にまで飛び散っていってしまいそうでした。

     ふと書き付けた言葉がいつのまにか増殖をはじめ、
     より大きな塊になっていくこともありました。
     そういうときは、ほとんど何も考えずに、
     当時はじめたばかりのパソコン通信を利用して、
     あたりかまわず、やたらめったら、知り合い中にばら撒きました。
     予想に反するほどの励ましをいただけることもあったし、
     誤解され、話も聞いてもらえず、信頼や友情を失ってしまうこともありました。
     いくつもありました。
     むやみやたらと傷ついたことも確かですが、
     それでもぼくは、どっちでもよかったんです。どうでもよかったんです。
     今の自分に他のことはできないということは、よくわかっていました。
     ある場合、書くというのは、ただひたすらそういう行為です。
     
     それにも関わらず、恐らくどんな言葉も、ひたすら受け止められることを目指して蠢いています。
     ここに採録される文章たちも、どこか見知らぬ場所に受け入れられ、
     地に蒔かれ、根や芽を伸ばすことを夢見ているのだと思います。

     ここでは、そのときに書いたものを含めたいくつかの文章を採録しようと思います。
     ナンセンスなものもあるし、シリアスなものもあります。
     長いもの、いい加減なもの、高校時代に書いたもの、まあいろいろなものが混ぜこぜにあります。
     どの文章にも共通していることは、
     いずれも書いたというよりは、突き動かされるように、書かされてしまったものばかりだということです。
     言葉が、別のある言葉から、勝手に増殖をはじめてしまったのです。
    
     だからどうしたのだといわれれば、まあ、ただ困ってしまうだけですが。



                                    2000年3月28日火曜日午前4時13分



    最初の結婚直前に書いたもの
      
      □松戸駅、午後
      □馬を放った朝
      □2度目の授業
      □彼女のために死ねるか?

       

    離婚前後(古きよきパソコン通信のボードで発表されたものなど)
    
      □とある大手の掲示板に発表された、これから離婚を公表する妻への返信
      それから 離婚直後の少しだけの回復

 
    再婚前後(古きよきパソコン通信のボードで発表されたものなど・2)

      □大団円・はっぴいえんど 
      □電脳家族、関係ない話

    
    大学時代(スタイルが確立しちまった頃)




    高校時代(初めて文章らしきものを自分の意志で書いた頃)
       
      恩田(もみあげ)教聖典 「局の書」・電脳版 
      □三無党宣言