それから
(とある掲示板で発表された、離婚後の報告)
あまり嬉しくもないことが連鎖しました。
妻が出発した数日後に、1階の実家のクーラーが、ゼロックスが、電話が故障し、
なり、父が脳の血管を切って入院し、祖母が目の手術を終えた途端に、昨日、フロ
イトが「夢判断」を出版した歳に生まれた、昭和天皇と同い年のおじいさんが、ベ
ッドから落ちて足首を故障しました。
入院は嫌だと、言い張っているらしいです。下手をすると寝たきりになってしま
うかも知れません。母と妹が、とりあえず田舎に飛びました。父の食事の支度を頼
むと、買ってあった鰻の蒲焼きをおいていきました。
むろん鰻だけで食事になるはずはありません。午前中に英語の授業を終えたぼく
は、冷蔵庫の中身を調べ、スーパーマーケットまで自転車を転がしました。
そういえばこの1ヶ月ほど、食生活なんてかなりめちゃくちゃになっていました。
ひとりで何かつくる気も湧いてこず、1階の実家の食事に混ざったり、ひとりで牛
乳を飲んだり、布団の上でせんべいを齧ったり。
父が突然、健康的なメニューとか言い出したので、加熱の少ない、塩分のあまり
いらない、野菜中心の献立を紹介がてら1階キッチンでつくることもあったけれど、
どうせゲストで、材料だってあるものを組み合わせてたし、なければ殿様みたいに
妹か母親を階に走らせて平気でした。だから、冷蔵庫の中身と相談んしつつ、メニ
ューを組み立てながらスーパーの棚をのぞくなんて、ほんとうに忘れかけていた感
覚なのでした。
売場は何もかも以前と同じでした。ぼくが来なくても、そっくりそのまま続いて
いたんだというのがリアルにわかりました。ぼくは、同窓会に遅れて到着したよう
な気分になりました。袋詰めのピーマンや、ブロッコリの切り口や、輪ゴムで束ね
られたアスパラや、にがうりのラップに反射する蛍光燈のあかりなんかを見ている
と、例えばドキドキだとか、あるいはわくわくとか、なんだかとてもときめいきた
のでした。
メニューを考えながら歩くと、スーパーっていうのはとてもときめく場所なんだ
って、思い出してきました。ぼくの胸の内側は、希望に向かって楽しく活発に計算
しはじめていました。だとするとやっぱり、ぼくは確かに、ずいぶんと楽しい気持
ちで生活していたことになります。今は何かを思い出そうとすると、あの走馬灯の
ように嫌な、きつい思い出とかがよぎるばかりで、結構嫌なものなのですが。
家に帰って、すぐ食事の支度をはじめました。きゅうりを切ってほんの少しの塩
であえ、汗をかいてきたところに酢をかけ、わかめを切り、胡麻を炒って擦り、庭
からとってきたしそを刻んで、混ぜて、一品め。半分に切って、柔らかくなるまで
焼いたなすに、しめじをにんにくで炒め塩胡椒で味をつけたもの合わせ、擦り胡麻
の残りと、さらし玉葱を散らしたもので2品め。ごはんも久々に、ガスできちんと
炊き、蒸し焼きにした蒲焼きを乗せ、蒲焼きからでた汁と焦げ付きをかつお昆布で
取った出しでのばし、さらに付属の鰻のたれと日本酒を追加して煮詰めたものをか
けてふたをすれば、メインの鰻丼のできあがり。残りのだし汁で、豆腐となめこと
みつばの味噌汁をつくりました。父は、漬け物が欲しかったといいました。
母が戻ってきて、祖父がまだ入院を嫌がっているけど、ずいぶん元気になってき
たと報告しました。夜中に、トイレなどにおきるときには一人で起きられない、そ
れで祖母が、結局徹夜みたいになってしまっているそうです。
スーパーマーケットの棚は、しいんとして、きらきらしているように感じられま
した。南太平洋に浮かぶ島にある、野菜でできた、野菜の王国みたいでした。
1998年8月20日木曜日
Love & Peach あぜ
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