松戸駅、午後(1997/03/06)
色は思い出せないほどありきたりだが、とにかく馬鹿でかい車がぶうんと音を
立てて曲がり、止まった。ぼくは約束の東口のマクドナルドの前で、目印の、緑
の、大きめの週刊誌位の大きさの封筒を持って立っていた。
前の生徒が合格して以来、1ヶ月半ぶりの新しい仕事だ。この職業は、成功す
ると仕事が消滅してしまう。楽しい矛盾。不安定な生活。いっそあの子を落とし
てしまったら、また来年もお願いしますということになったかもしれないなあ、
などと考えていたらハザード・ランプが灯り、なかから母親と子供が出てきて挨
拶した。
薄く茶に染めたロングヘアー、明らかにブランド物とわかる黒いセーター、深
緑のコットン・パンツ、痩せ型。可愛いと言ったタイプではないが、分類すれば
美人に入る。好みのタイプではないが、かなりの美人だと言えるのではないだろ
うか? 多分、ぼくより年下だ。こんなことは、はじめてだ。おまけに、子供は
コム・サ・デ・モード・フィスの黒いトレーナーを着ていた。
10人以上の生徒を見たが、小学生というのははじめてだ。はじめての小学生
が1年生というのもハードな条件だ。1年生に英会話を教えて欲しいというのが、
今回のオーダーだが、そういう注文は聞いたことがない。
そんなの無理ですよ、ぼくはセンターの職員に言った。小学生なんて、やった
とがないんです。彼は言う、バイトの学生に任せるわけにもいかないんですよ、
お願いしますよ、他に適切な人がいないんです。
仕方がない。ぼくは仕事を選り好みできる立場にはないのだ。では、ピアノを
弾いて、『イマジン』でも歌わせたらいいのか、あるいは『セサミ・ストリート』
のビデオでも見せればいのか?
はじめてだなんて、言わないで下さいよ、そう言うとどこのお母さんも不安に
思うんです。彼は続ける。誰だって、最初ははじめてですのにね、ぼくは言う。
全く、と彼は微笑む。
本当に、家庭教師派遣センターなんて信じてはいけないと思う。この間仕事を
したセンターは、家庭に、ベテランの先生だから安心して下さい、と言ったらし
い。だが、そのセンターは、ぼくのキャリアなんて聞きはしなかった。経験はあ
るんですね、と聞いただけだった。どうして、ぼくがベテランだと知っているの
だろう? 日本で最大手の、別のセンターの紹介状には「先生を推薦いたします。
基礎から丁寧に教えるベテランの先生として定評があります」と書いていた。確
かにぼくは、そういう講師として定評がある。嘘ではない。でも、そのセンター
はぼくのキャリアの内容なんて聞きはしなかなかった。こなした人数を聞いただ
けだ。どうしてぼくがそういう講師だということを知っているのだろう?
バス停の近くの酒屋を通り過ぎて、狭い坂道を登った。マンションの4階だっ
た。通された部屋は見事に片づいていて、引っ越して2、3日目とはとても思え
ない。だが、あの車の持ち主としては、部屋数が少なすぎる。狭すぎる。
インテリアの小物がことごとく凝っていた。テーブル・ランプはアンティーク
風の、ユリだかリンドウだか、花びらをかたどったガラス製のシェイドだった。
どこにもここにも緊張感がある。さり気なく、かつ、頑張りすぎている。これで
は、父親に関することは聞けないなと思った。
指導方針だとか、お母さんからの要望だとか、とりあえず色々話し合った。私
立の小学校に通っているため、3年から英語がはじまってしまう。だが、この子
は不器用で、落ち着きと集中力がなく、このままではこぼれてしまう、そのまえ
にどうにかしたいのだということだ。子供は、ぼくは落ち着きがないんだ、集中
力がないんだと自慢気に言った。そんなことを威張るんじゃありません、と彼女
は叱った。子供は全くこたえず、ぼくは集中力がないんだと、また自慢した。
塾は3回変ったらしい。ピアノも習わせていたのだが、彼は腹を立てピアノを
かじったらしい。ピアノの先生は、泣いて抗議したらしい。ぼろぼろ、わんわん、
ぼろぼろ、わんわん、いったいどういう躾を、お宅ではなさっているのですか?
音大系、ピアノ的世界観の狭さ。要するに、面倒なことは引き受けたくないのだ。
ぼくが今まで接触してきた母親たちは、みんな10歳以上は年上だったが、今
回のケースでは、なんと彼女は年下だった。しかも彼女は小さなギャラリーを経
営する女社長でもあった。
忙しくて、忙しくて、と彼女は言った。毎日、2、3時間しか寝ていないんで
す、この子には父親がいないから、私が頑張らなければ共倒れしてしまう。大人
の男の人と接する機会は、会社の従業員とくらいしかないんです。
よくある、父親代わりか?
28歳、美女、未婚の母、ギャラリーを経営する社長。聞くわけにもいかない
が、きっとさまざまなドラマがあったのだろう。
もしも彼女がマリリン・モンローか何かだったならば、とぼくは思った。これ
から色々なことがあるのだろう。ロマンスの予感。すれ違い。誤解。ライバルの
出現。多分彼は、大手ギャラリー・チェーン(あるのか? そんなもの)の経営
者で、プライドが高く、人間的には明らかに二流でしかない中年の紳士だ。彼は
彼女のギャラリーを傘下に収めたいと思っており、しかも彼女を狙っている。好
色なのだ。いかにも三流の手下がいて、色々な陰謀のアイディアを出すが、全部
失敗する。彼は不正をして手に入れた契約書か何かを握っていて、彼女を脅迫に
かかる。そこに雇われてくる、ひとりの家庭教師。冒頭ではライオンがガオーと
鳴くか、あるいは富士山みたいなきれいな山が現れ、最後には何もかもが上手く
いくのだ。
だが、ぼくだってかすみや空想を食べているわけにはいかないし、現実に着地
しなければならない。ぼくはできる限り親身なことを言った。そういうのは柄で
はないのだが、まあ、仕方がない。
個室でしばらく子供と話した。上手くいくかどうかは、結局わからなかった。
今度結婚するから、自分の子供を育てる予行練習のつもりでやらせてもらいます
よ、一応、そう言っておいた。
帰りの車の中で、なるべくのびのびと育ててやって下さいね、とぼくは言った。
このタイプの子供は、たいがい社会との軋轢の中で潰される。落ち着きなくたっ
て、集中力がなくたって、それは大人が面倒臭いだけで、なんのデメリットにも
なりはしない。ちゃんとやれば、ちゃんと育つ。そんなことで、子供をつぶして
しまっては、つまらない。
そうもいかないんですよと、彼女は言った。私だって、子供をのびのび育てた
いと思っていました、特に、妊娠中は。子供を持っていない友達に限って、そう
言うんですよ、あなたみたいに子供に何もかにも身に着けさせようと、あれもや
らせる、これもやらせる母親は残酷だって。子供が可愛そうだって。でも、先生
も子供を持てばわかります。
だが、人間がのびのび生きていくためには、何らかの確実な技術がいる。矢野
顕子がのびのびするにはピアノの技術が必要だったように。ただ単に放任主義で
のびのびやらせたら、確実に社会とぶつかってのびのびなんてできなくなる。た
めらいなくのびのびやれように、なにか確実なものを身につけさせなければなら
ないんですよ、そう言おうと思ったのだが、今は、止めておいた。
学歴なんてこだわらなくても、という気もするんです、そう彼女は言った。で
も、この子に何か可能性があるのだったら、つぶしてしまってはいけないし。学
歴と言うのは、とぼくが偉そうに言った。特別な才能に恵まれているとか、例え
ばピカソのように、あるいは人生が順調にいっていて何も不安がないときには越
えられるかもしれないけれど、人生が嵐に吹きまくられて飛ばされそうなとき、
最後の一本の命綱になるんですよ、とぼくは言った。そういうときには、誰も何
も、味方してはくれません、そういうときには、学歴が命綱になったりするんで
す、お母さんも、経営をなさっているからわかるでしょう、ぼくがそういうと、
彼女は涙ぐんでいた。そう、誰も助けてはくれませんよねえ。だから、学歴を身
につけさせたいというのは、いい考えだと思うんですよ、もちろん学歴を身につ
けさせようと頑張りすぎて、本人をつぶしてしまっては本末転倒ですけれどね。
ぼくはただ、ぼくに関する話を独白していただけなのけれど、彼女は勝手に、
自分に関する話なのだと思って、納得していた。車はぼくを最初に拾った場所で
停まり、ぼくを降ろし、彼女は最大限の微笑みの痕跡を残して、去って行った。
何か、状況にうまく反応できずに、ふらふらしていた。
東口の駅前のデッキでぼおっとしていたら、女の子の歌声が聞えた。再生音だ。
関東で一番大きいと言われるゲームセンターのビルの壁に巨大なテレビ画面が
動いていた。カラーだって当然映せる最近の巨大モニターのなかでは、平均的な
能力を持ったモニターが、ある女性ロック歌手の動きを、白黒で写していた。
画面は、ビートルズの引用?、パスティシュ?、まあそういったものだった。
『ハード・デイズ・ナイト』か何かの引用で、タートルネックのセーターに、
ジャケット、キノコ頭の若者たちが気が狂ったように、気が狂った振りをしてい
た。コミカルに、演奏をしている振りをしていた。一番クレイジーな素振りをし
ている男の子、ジョン・レノンの役なのだろう。観客役の日本人たちは、わざと
らしく失神したりして、『ハード・デイズ・ナイト』を盛り上げていた。わざと
らしい、古めかしげな映像だ。気狂いじみた騒動を、懐かしげに再現していた。
ノッコ、悪くないね、ぼくはそう思った。ああいう企画があるのだったら、相
談にのっていいような気がした。一生懸命、知識と知恵をこらして、面白い引用
とパロディを思いつく限り考えてやる。うまくはまったら、誇らしげに自慢して
やる。
ノッコが歌っていたのを生で聴いたことを思い出した。大学のスロープの側で、
いきなり歌い出した歌手がいた。その場の空気が変わり、誰もがそこに集中して
しまった。下らない感想を述べるくらいならば、彼女の歌を聴くべきだ、そんな
感じに満たされた。
何だろう、この説得力はとぼくは驚いた。それは、文化祭参加のリハーサルに
来ていたノッコだった。本物とはこんなに説得力があるものなのかと、ぼくは正
直言って驚いた。それでもぼくは、ノッコが嫌いだった。こんなに説得力がある
にも関わらず、当時のぼくが切実に欲していたものを何も実現していなかったか
らだ。
でも、ビートルズもどきのバックバンドもどきを引き連れた、60年代風のノ
ッコは、なんだかとても魅力的だった。ぼくもビデオ画面の一員になりたいのに
なあと、いう感じがした。
ぼくの後ろを、ミニ・スカートにルーズ・ソックスの、髪の毛を染めた女子高
生たちが何人も通りすぎた。それぞれの集団が、それぞれの話題を持っているの
だなということが自然とわかった。バイトの男の子たちは、無料のPHSを配っ
ていた。通話料で、採算をとるのだ。もっと歳が上の男たちが、風俗関係のチラ
シを配っていた。このチラシを持っていけば1000円の割引で、遊べる。指名
料は2000円だそうだ。
ノッコ、悪くないじゃないか。
そのとき、ぼくは自分が世界を肯定しているのだということに気がついた。こ
ういう風に世界を肯定している自分は、10年振りなのではないだろか。就職活
動の季節、懐かしきバブル経済、空前の売り手市場。もっと厳密に計算したなら
ば、最初に本格的に壊れてしまったのが高校2年生のときだから、17年振りだ
ということになる。
自分が世界を肯定しているのだと気がついたら、何かがすううっと軽くなって、
うまく言えない、まあいわゆる不思議な気持ちになった。
ノッコはチャーミングで、それを引きたせるために、バックバンドもどきは一
生懸命、ひたすらコミカルで、観客役のエキストラがわざとらしく失神して。
そしたら、ぼくはどこか遠くに向かって石を投げたくなった。