INTRODUCTION T
振り返れば、16年間。
人生の半分の年月が経っていた。
いつも私の足元にはブラックホール(鬱)がひそんでいた。
そして私の頭上には、どんよりと重たい空が広がっていた。
きっかけは、失恋だった。
(『 』は当時の日記からの引用。)
中学卒業間際に、好きだった男の子に振られてしまった。
「もしも同じ高校に入れたら、私とつきあってくれませんか?」
みごと玉砕!
それでも、片想いのままでも、今まで通り遠くから見ていられれば良いと思ってた。
そして、彼と同じ高校に合格。
嬉しさとともに、新しい生活に不安と期待を抱いて入学式を迎えた。
ところが入学してみて驚いた。
その「遠く」だったはずの彼と、同じクラスになっていたのだ。
皮肉な運命の悪戯だった。
初めは途惑いと嬉しさがあった。
でも、すぐにそれは苦しさになっていった。
「いつまでも、あなたのことなんて好きで居ないわ」
精一杯のプライド。
自分で無理やり、心を引きちぎって捨ててしまった。
遠くから見ていられれば、それでよかった。
たとえ振られても、片想いでも、想いつづけることは出来ただろうに。
いつか少しづつ、別の誰かの存在が大きくなって、自然に忘れられる日が来るまで。
私の心は空っぽになってしまった。
そして、無気力になっていった。
何をしていても、いつもどこかに「虚しさ」が憑きまとっていた。
高校受験後の燃え尽き。
中学までは、授業はすべて理解できたのに、高校に入るとそうはいかなかった。
さすがに県下トップクラスの進学校だけあって、授業のペースも速かった。
しかもその頃の私は、とても勉強できる精神的コンディションではなく、
授業が頭の中に入ってこない状態たった。
いつも頭の中にはぼんやりと霞がかかり、教壇に立つ先生の声が遠くに感じられた。
今から思えば、軽い離人症状態だったのだろう。
はじめての落ちこぼれ体験。
試験で良い成績をとることしか関心のないクラスメイト達。
口を開くと「勉強しろ」としか言わない親。
一体、ほかに言葉を知らないのかのごとく。
「勉強」の文字を禁じたら、親子の会話なんてなくなってしまいそうだった。
『でも、学問とは、勉強とは、大学受験の為だけなの?
大学に行く手段の為だけに高校はあるの?
高校生活は、大学に入るためのただの「通過点」でしかないの?
だったら、なんの為に高校に通うの?
大学に行くためだけなら、予備校だけで良いじゃない。
勉強以外に目を向けちゃいけないの?』
『成績が何よ。
勉強なんてその気さえあれば、いくらだって後から取り戻せるはず。
みんなみんな自分のことばかり。
文化祭・体育祭…、全部無関心。
大学行くのだけが青春?!
今という瞬間は、今しかないのに!』
まだ、子供だったから、簡単に割り切ることなど出来なかった。
矛盾を受け入れて聞き流せる大人になんかなりたくないと思っていた。
「大学に入ったら、あとで好きなだけやりたいことなんて出来るから」と、
すべてを犠牲にして、ただひたすら勉強することを親は要求した。
『それなら、何の為に今を生きるの!?
今を否定したら、生きている意味が無いじゃない?
「今」は二度とは還らない。
勉強は取り戻せても、時は取り戻せない。
大学進学への勉強の氷漬けで、三年間を過ごせというの?』
私の気持ちに共感してもらったり、受け入れてもらえたことなど、無かった。
何か言っても、必ず否定された。
『わからない、わからない。
そんなに私の考えは間違っていますか?
親の言う通りに生きれば「良い子」ですか?
それなら「私」という人間はどこに行けばいいのです。
私の人生なんです。私の青春なんです。
自分で考え、行動して、何がいけないんでしょうか?
たとえ、あとで悔やんでも、それは自分で選んだこと。
自分なりに考えて生きるのが、そんなにいけないことですか?
一体、何が正しくて、何が間違っているのか。
私の考えに答えてください。誰か!!
そして、私を助けて!
どうしたらよいかわからない。
道が見えない。
一筋の光さえも。
なすがままにまかすことさえ、出来ない。』
親の理不尽な抑圧・過干渉。
日曜日に出かけようとすると、
「休みの日くらい、家に居るもんだ」と叱られた。
休みの日以外、一体いつ出かけられると言うのか。
自分は「箱入り娘」なんかじゃなく、「籠の鳥」だと感じていた。
親の言うことが納得出来なかった。
『別に「なめている」とか、そんなんじゃない。
自分なりに考えて納得出来ないのよ。
どうせ、私が悪いのよ、みぃんな、みんな全部。
私が居なくなればいいのよね?
私が居なきゃ、不愉快な思いをしないで済むのでしょ?
けれども親の言う通りに、すべてを行動していたら、
「私」という自覚を持った人間がなくなってしまう。
反発するのは、自我の表われなだけのに…。』
『どうせ私の言い分や考えていることなんて最後まで聞いてくれないんだ。
いつも頭ごなしに、自分たちの意見を押し付けるだけ。
私と同じ立場に立って、一緒に考えようなんてこれっぽちも思いやしないんだ。』
何を言っても無駄だった。
私の気持ちは親には届かなかった。
いつもそうだった。
ついに、私は親に自分の気持ちを伝えることをあきらめた。
そして、私には【親】は、居なくなった。
生きるのが虚しかった。
あの頃の私は、息をしているから、 心臓が動いているから、
ただ「惰性」で毎日を生きていただけだった。
生きながら「死んでいた」。
『いっそ、「気が狂えたら」と思った。
現実の世界から逃げたかった。
何も哀しいことなど見ずにすむ、夢の世界で暮らしたかった。
何も見ず、何も聞かず、そして何も感じない。
かの人への想いだけを見つめて、幸福な夢だけを見て…。
ずっと眠りつづけていたかった。
眠り薬をください 私にも
こどもの国に帰れるくらい
あなたのことも 私のことも
思い出せなくなりたい
『鳥になって』中嶋みゆき
でも、また夜が明ける。
そんな日々が続いていた。 だけど生きていた。かろうじて。』
夢の世界に行けないなら、夢を見ない世界へ行きたかった。
解法の手口が見つけられなかった。
どうしたら良いかわからなかった。
どこにも救いの手など無かった。
『死んでしまいたい。もう生きていたくない
生きていたって、楽しいことなんて何も無い。
悲しみや辛さがあるだけ。 だた苦しいだけ。』
生きる望みも目的もすべてを失っていた。
それでも、死ぬことすら出来ないほど、無気力だった。
… もしもあの時、
目の前にピストルがあったら、引き金を引いていたかもしれない。
冬になったら、死のうと思っていた。
どこか遠くで、広い広い雪原に抱かれて幸福な夢を見ながら、
眠り逝こうと思っていた。
けれども、冬が来た頃、
私はもう、死ぬのを忘れていた。
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