回復日記(草稿・ダイジェスト版)
00/05/24(Wed)
子育てで追い詰められていた頃の過去の回想を書いていると、
向かいの団地から、子供を叱る母親の金きり声が聞こえてきた。
張り裂けそうな声で子供を怒鳴りつづけている。
幼稚園の子供がバスの中になにか忘れ物をしたらしい。
「どぉうして、早く言わなかったのよぉ!!まだ、間に合ったんだよお!!」
「どおぉしてぇ!?間に合ったのにいい!!」
同じ事を何度も繰り返し叫びつづけている。
子供の「ごめんなさい!!ごめんなさい!!」と泣き叫ぶ声。
「あんたは、パパそっくりの大馬鹿だよ!!」
「どうして、早く言わなかったのよ!!バシッバシッ!」
子供を殴る音。
胸が張り裂けそうになった。
涙があふれてきた。
思わず、座り込み耳を覆った。
(あの頃の私と同じ…)
離婚前、私は子供にヒステリックになりやすかった。
一日中、1歳半と3歳の年子の世話に追われる。
二十四時間、気持ちが開放されることなど無い。
たとえ、子供を預けている時でも、いつも後ろめたい。
子供のことから気持ちが開放される時は少しも無かった。
家の中は、すぐに玩具が散乱する。
食事をすればグジャグジャと汚しまくる。
おしっこに、うんち。
喧嘩に泣き声。
掃除に洗濯、食事。
常に緊張状態。
神経はぼろぼろになっていた。
「この嘘つき!!ママは嘘つきが一番嫌いなんだよ!!」
向かいの社宅からは、子供を叱る叫び声がまだ続く。
子供には出口が無い。ただ罵倒され続けるだけ。
母親のサンドバッグになって、声で殴られつづける。
いつまでも、母親の怒りは静まらない。
本当の怒りはそこには無いから?!
本当の怒りの対象はおそらく、夫、そして社会。
泣いているのかと思うような叫び声をあげながら、母親は子供をしかり続ける。
「何で、嘘つくのよ!!なんでバスに忘れたなんて言うのよ!!
最低だよ、嘘つきは!!そんな子に育てた覚えは無いよ!!
ママは、嘘つき生んだ覚えは無いよ!!」
「どぉおして、嘘なんかつくんだよぉ!!」
逆上した母親の絶叫が団地のコンクリートの壁に反響する。
子供が殺されてしまうのではないかという恐怖を感じて、
私は窓辺に駆け寄って外を見つめた。
可哀相な子供。そして、可哀相な母親。
「嘘ついて、ママ騙して、楽しいのぉ、あんたぁ?!」
小さな布団が干してあった。
おそらく赤ん坊もいるのだろう。
ただでさえ、子育てのストレスは相当なものだ。
まだ、人間になっていない相手に振り回されるのだ。
神経は磨り減り、気持ちに余裕など無くなり、涸れていく。
狭いコンクリートの、団地やマンションではなおのこと、息が詰まる。
子育てには、休みがない。24時間拘束される。
いくら夫が外で仕事が大変でも、家に仕事を持ち帰ったとしても、
勤務中の緊張からは解放される。
しかし、専業主婦で常に子供たちと一緒に居なければならない母達には、
気持ちが解放される時などない。
常に緊張状態を強いられる。それは、相当なストレス。
ほんのささいな事だったのだろう。
簡単に言えば、子供がした忘れ物。
どこに置いたかの思い違い。
送迎バスがもう一度前を通るから早く言えば間に合った。
だたそれだけ。
「今度からは気をつけてね」で済む話。
けれども、母親は子供が重大な犯罪を犯したかのように責め続ける。
雷が鳴り出した。
雨が降るだろう。
「雨が降ったら、取りにいけないじゃない!!」
また子供は責められる。
一体、いつまで?
どれだけ怒れば、母親の気持ちは静まるのだろうか?
子育てはあまりにも大変な労働だ。
それでも、自ら子供が欲しいとほんのわずかでも思えたならば、
「自分が望んだことだから」と、なんとか頑張れるだろう。
でも、私にはそれが出来なかった。
それは、全く望んでいない時の妊娠だった。
結婚している以上、もはや産む以外の選択など出来ないと思い込んでいた。
前夫の両親は子煩悩で、決して圧力などかけはしなかったが、
そろそろ孫の誕生を心待ちにしているのは良くわかっていた。
結婚して、4年半。27歳の秋。
市販の判定薬での結果は、はっきりと「陽性」を示していた。
…信じたくなかった。
産婦人科の診察でエコー(超音波)に胎児の映像が映し出された時、
前夫と二人「やっぱり…」と顔を見合わせた。
既に、義母には話をしてしまってあった。
あんなに喜んでいる人を裏切られるわけ無い。
知らないうちにならともかく、知られてしまった以上、
もし、子供を堕胎したら、全てに子供を優先させるほど子煩悩な彼女は、
きっと一生私を許さないだろう。
私にはそう思えた。
私は、彼女に嫌われるが怖かった。
母子関係が上手くできなかった私にとっては、
彼女は実の母よりも慕っていた相手だった。
唯一の安心していられる場所だった。
私は、彼女の存在を失うのが、ただ怖かった。
この妊娠には、どこにも自分で望んだという「ポジティブ」なものが無かった。
せめて、可能性があるのを知っての結果なら、自分にも非があったけど、
どこにも、自分自身には落ち度が無かったのだ。
だから、子育てをポジティブなものとして捉えられなかった。
どこにも自分のせいに出来なかったから。
私は、真剣に前夫にそのことを相談した。
子育てが辛くてたまらない
子供が可愛く思えない
何とか、気持ちを切り替えて、
子育てをポジティブなものとして捕らえなおしたい
泣きながら、死にものぐるいになって、私は訴え続けた。
でも、話し終えた後、私の顔を見ながら一呼吸置いて彼は言った。
「・・・(辛いのは)自分だけだと、思ってるの?!」
ただそれだけを言うとソファから立ち上がり、書斎へ行ってしまった。
私には、孤独と絶望だけが残された。
その後、自分のどうしても子育てに対してポジティブになれない気持ちを
パソコン通信の「子育てと家庭フォーラム」にアップした。
それでも、まだなんとか救われる道を探していた。
そこで、「産まざるを得なかったという選択をあなたはしたのです」
という逆説的な意見に励まされ、
ようやく私は、自分の子育てに対するポジティブさを見出すことが出来た。
ほんのわずかに救われたのだった。
ただ、前夫もこのフォーラムを読んでいたはずなのに、
このことに関しても、一切何のコメントも無かった。
以下は、その頃の過去ログの引用。
【 妊娠・出産による肉体的・精神的外傷】 98/06/20 13:38
こん**は、茜です。
男性の精神的な痛みも、苦しいことだと思います。
肉体的な痛みよりも精神的な痛みの方が、傷が深い事もありますから。
私が長女を妊娠した時は、「今は絶対子供は欲しくない」と思っていた時でした。
なのに、思いもよらず妊娠してしまいました。
大丈夫と確信していたにもかかわらず…。
ショックでした。
しかし、未婚でもなく結婚して数年たっていて、
もうすでに周りに妊娠の事実が伝わっている状況で、
私に産まない選択など、許されるはずはありませんでした。
胎動を感じるまで、妊娠の事実を納得(あきらめて受け入れる)することは
出来ませんでした。なかなか気持ちが納まりませんでした。
「世の中には、欲しくても出来ない人もいるんだから…」との言葉も、
私には何の慰めにはなりませんでした。
「欲しくても出来ない人」と「欲しくないのに出来てしまった人」の苦しみは
同じではないでしょうか?
どちらも望むようにはならないという点で、哀しみは同じだと思います。
私には精神的な辛さの方が、肉体的な辛さよりも、深いと思います。
たとえそれが中絶であっても、体の傷は治っても、心の傷は残ります。
だから、男性の精神的な傷が、痛くもかゆくもないとは考えません。
しかし、当事者の女性の方が、やはりつらいのは確かですよね。
<茜>
【 救われました。ありがとうございました 】 98/06/23 03:51
こん**は、茜です。
コメントどうもありがとうございました。
>だけど、おそらく今は、自分で選んだ人生という実感がないんだと思う。
読んで泣いてしまいました。
そう、まさしくその通りです。
「自分で選んだ」実感が持てない事が、私の苦しみだったんです。
私は5年前に仕事を4ヶ月でやめました。
最後の一ヶ月は療養休暇でした。(自律神経失調症の診断書により)
仕事が合わなくて、ストレスで体をこわして…。
初日から「やめたい」と毎日考えて暮らしていました。
でも、とりあえず1年間の契約だったので、それまでの辛抱だったのに、
耐えられなくなったのです。
やめたい、でも夫は決して「やめたら」とは言ってはくれませんでした。
最終的には自分自身の決断でやめることにしました。
その時、ようやく本当の意味で、「自立=大人になる」した気がします。
それからは、人のせいにしたり、あとで悔いを残さないように、
その時その時を自分で納得して生きるように心がけてきました。
しかし、子供が出来て産んだという事に「自分で選んだ」部分を、どうしても
見出す事が出来なかったんです。
>でも「それしか方法はない」と感じたのはほかならぬ茜さんで、
>たとえ、そこに見えない強制力がはたらいたとしても、
>お子さんは茜さんをのぞみ、茜さんがそれに応えるということを
>最終的には茜さん自身が選んだ、そして、それはあらがいきれない自然の摂理だった、
>と自信持っていいと思う。
そうですよね。
「産まざるを得ない」という、それがネガティブなものであっても、
それを私が選んだのですね。
「産まざるを得ないという選択」を私はしたのですね。
これで、やっと開放されることが出来ます。
ようやく、今の自分の人生を自分が選んだものであると、
肯定する事が出来る気がします。
これからは「自分で選んだのだから」とポジティブに子育てが出来ると思います。
>そして、時々それを後悔してしまう自分もまるごと認めていいと思うよ。
>自分で選んでいく人生ってそういうもんだと思うから。
>レールの上の人生では味わえない笑いや涙がそこにはあると思う。
>そうやって、人としての厚みを得るのも、人生の値打ちだよ。
>そしてそんな自然体の自分を心の底から愛せるようになったらいいよね。
Sさんのコメントで救われました。
心の中のしこりを取る事が出来そうです。
本当にありがとうございました。
<茜>
【 RE^2:妊娠・出産による肉体的・精神的外傷】 98/06/23 03:51
こん**は、茜です。
コメントありがとうございました。
「欲しくても出来ない人」と「欲しくないのに出来てしまった人」発言は、
皆さんからの抗議は覚悟していました。
でも、あえてそれをしたのは、他の方々の意見を聞きたかったからです。
>私ははっきり言わせてもらいますが「欲しくても出来ない人」と「欲しくないの
>に出来てしまった人」とを比べることは無意味だと思います。
私もその通りだと思います。
だから私が妊娠してしまった時に「欲しくても出来ない人がいるんだから…」と
言われても、「それとこれとは全く関係ない!」と心の中で叫んでいました。
「どちらの苦しみも同じ」と言ったのは、妊娠する事がすべて喜べる事ではなく、
苦しいことだってあるのに、世間ではそれに対する理解がない事を訴えたかった
のです。
しかし、例えそれぞれの苦しみに共通するところがあったとしても、
それを「同じ」と表現したのは、よくなかったと思います。
両者を引き合いに出したのは、それがポジとネガの関係だったからです。
決して比較論をしようと思ったわけではありません。
しかし、私の発言提起で、大変不快な思いをされた事については、
深くお詫びいたします。
でも、貴重なご意見を伺えまして、とても参考になりました。
ありがとうございました。
<茜>
【 RE^2:妊娠・出産による肉体的・精神的外傷】 98/06/23 03:51
こん**は、茜です。
こちらこそ、横レス失礼いたしました。
お断りがすんでいませんでしたね。
>切ないですよ。だから、そういう事言われると、正直ムッとします。
>間違って妊娠してしまった事は「過ち」とも言えます。
>欲しくて子供が出来ない事と、同様に、片付けてほしくはないです。
これについては、批判がくることは覚悟していました。
私が言いたかったのは、望まない妊娠をした人間にとって、
「欲しくても出来ない人もいるんだから」と言われても、それは全く関係のない
事で、何の慰めにもならなかったし、逆に世の中の妊娠絶対主義を感じ、自分の
「欲しくないのに出来てしまったという辛さ」は全く理解してもらえなかったこ
と、それが哀しかったという事です。
私が「産まざるを得ない」と思った一番大きな理由は、
義母との関係が壊れるのが恐かったんです。
私は夫の母を「姑」とは、捉えていません。
「義理の母」だと思っています。実の母以上に慕っています。
義父母はとても子煩悩な人達でした。
もちろん、今は孫をとても可愛がって下さいます。
長女を妊娠したのは、結婚して4年半。
強要こそはしませんが、そろそろ孫の誕生を
内心とても楽しみにしていること は、良く分かってしました。
それなのに、自分自身の身勝手で、産むのをやめることなど、
出来るはずがあり ません。
子供の命を殺すなんて、どんな理由にしろ許してはもらえないでしょう。
仮に、Mさんが、姑だったら、そんな嫁のことを許せますか?
一生、禍根を残しますよね。
私にはそんな勇気はなかったです。
>だから、間違って子供を産んでしまうにしても、決して子供のせいにしないで
>「自分がそれを望んだから、自分のために産む」という意思であって欲しいん
>ですよね。それが、子供の対する礼儀?だと私は思うんです。
私は決して、子供のせいにはしていないです。
それは誓って言えます。
でも、育児がしんどくなってしまってキレた時に、夫や、周りの
「子供(孫)を欲 しがっていた大人たち」のせいにしたくなっちゃうんです。
>「自分がそれを望んだから、自分のために産む」という意思であって欲しいん
>ですよね。それが、子供の対する礼儀?だと私は思うんです。
私もそう思います。
でも、どうしても、そう思う事が出来なかった事が、私の心の傷になっているの
です。全く、ほんの一瞬たりとも、そう思わない時の妊娠だったから…。
自分の意志で決めれなかった事、それが一番大きな、私の心の傷になっているの
です。
だからこそ、もう2度と望まない妊娠はしたくないのです。
今度妊娠する時は、自分が子供を欲しいと望んだ時にしたいです。
(ちなみに、二人目は年子です。一人目を産んでまだ生理が不順な時で、思いが
けずの妊娠でした。本当は二人目を産むなら、もう少し歳を離したいと思ってい
ましたが、いずれ産むのなら、まあ、少し早まったけど、仕方がないかと、すん
なり受け入れられました)
でも、100%の避妊がなく、しかも100%断わるわけにはいかない以上、
もうこの先、子供を作らないと考えたら、身体改造しかないのかな…と思います。
<茜>
【 RE^4:妊娠・出産による肉体的・精神的外傷】 98/06/25 02:16
こん**は、茜です。
コメントありがとうございました。
いいえ、Mさんは悪くないんです。
正しく理解してもらえるような、表現が出来なかった私が悪いんですから。
会話と違って、文章だとそこに書いてある文字からしか、
伝える事が出来ないんですものね。
表現の難しさ・大切さをあらためて感じました。
今回の発言をアップして、ずう〜っと悩んでいた事が解消して、
ようやく胸のつかえが取れました。
なかなか発言するには勇気が要る内容だったので、
アップする迄には時間がかかりましたが…。
おかげで、晴れやかな気持ちで、子供と接する事が出来ました。
ようやく本来の自分を取り戻せたような気がします。
ありがとうございました。
<茜>
【 RE^2:妊娠・出産による肉体的・精神的外傷】 98/06/23 11:08
こん**は、茜です。
コメントありがとうございました。
私達夫婦も学生結婚です。
私の一連の発言を読んで、皆さんは私が「子供嫌い」の人間だという印象を持
たれたかもしれませんが、元々は「子供好き」だったんです。
(自分自身が親になることについては、不安をかかえていましたが)
ですから大学でも選択科目で保母過程を履修して資格を取りました。
乳幼児の発達援助(心理相談や乳児院など)に携わりたいと思っていました。
(専門は児童福祉です)
卒業後は大学院に進学して心理学の勉強をしたいと思い、就職はしませんでし
た。途中で進学はあきらめ、卒業してから半年後に、ある病院の院内保育所に
半年契約でパート勤務していました。
そこは生後4ヶ月から2歳前までの子供を預かっていて、小人数だったので
ゆ とりもありました。
子供の可愛さに、もうしばらくこの仕事を続けたいと思い、
その次に、紹介で私立保育園の産休代替え要員として、
とりあえず一年契約で就職しました。
そこは特長のある保育を行っていて、とても良い所だったのですが、
園長(女性)の家父長的な雰囲気に居心地の悪さを感じ、
初日から「やめたいなあ」と思ってしまいました。
私が担当したのは1歳児クラスでした。
3人の保母で13〜14人見ていました。
私は遅番だったので、一人になった時には10人位の子供がまだ残っていました。
1歳児といえば、一番目が離せなくて大変な年齢ですよね。
常に各子供に目を配って気を付けていなくてはなりません。
仕事とはいえ、神経は張り詰めたままでした。
もともとあまり体力のない方だったので、
肉体的にも向いていなかったんだと 思います。
体がしんどい所に、1歳児の集団にふりまわされ…。
神経衰弱になってしまいました。
「一年の辛抱だから…」と早く月日が経つ事を、一日千秋の思いで過ごしてい
ました。でも、ようやく3ヶ月たったときに、
「まだ4分の1、あとこの3倍 もあるんだ…」と思ったら、力尽きてしまいました。
仕事をやめた後は、しばらく「子供アレルギー」になっていました。
あんまり子供に疲れてしまったので、電車とかで子供を見ても、
もう可愛いと思えず、育児の大変さにばかり目がいってしまうのです。
長女を妊娠したのは、仕事をやめてからまだ1年ちょっとしか経っていません
でした。苦い経験から立ち直っていなかったんですね。
だから余計に「子供は欲しくない」という思いが強かったんだと思います。
子育てはしんどい事の方がむしろ多いですよね。
でも、自分で望んだならば「自分で選んだ事だから」と自分を励ます事が出来
るのに…。それが、出来ない事が辛かったんです。
でも、Sさんのコメントのおかげで、ようやくそこから抜け出る事が出来そうです。
私は好きな人と一緒にいたいから、結婚したのであって、子供を産むためでは
ありません。
でも、まだまだ、結婚と出産はイコールで考えられていますよね。
好きな人と一緒にいたい→二人で子供を育てたい、というのは自然な事だとは
思いますが、世の中の「産むべきだ」「産むのが当然だ」という押し付けは嫌
です。
もはや女性は「子供を産み・育てる」性だけで、人生を生きるわけではないの
ですもの。
<茜>
【子育てはやりたいことじゃなくって…】 98/06/20 13:38
こん**は、茜です。
>初めの結婚でも、子どもが一人居りましたが、色々な面で自分が制約さ
>れる事実を、受け入れる事が出来なかった様に思います。
今の私がこのような状況です。
私が一人目を妊娠した時は、一生涯を通してやりがいのある事を見つけ、
しばらくそれに専念したいと思っていました。
ですから、「今は絶対子供は欲しくない、産むとしてもある程度の基礎固めが
出来てから、場合によっては産まなくても…」と考えていました。
・・・なのに「まさか」の妊娠。
ものすごくショックでした。絶望的な気持ちになりました。
なかなか妊娠の事実に対し、気持ちが納得出来ませんでした。
でも、未婚ならともかく、産まない選択など許されるわけがありません。
そんなこと世間の常識では、許されるはずないですもの。
結婚して数年。そろそろ初孫を望んでいるのもわかっていたし…。
妊娠の事実はすでに伝えてしまっていたし。
私は自分で「産む選択」をしたのではなく、
「産まない選択」が出来ないだ け、ネガティブだったんです。
この事が、いつも私の心の根っこにあるんです。
だから、育児でイライラが昂じてキレると
「子供なんか欲しかったわけじゃな いのに!」
「子供なんて要らなかったのに!」と思ってしまうんです。
なんで私がこんな面倒な事(やりたくないこと)をしなくちゃいけないの?!
…って。
他に責任転嫁をしたくなってしまうんです。
そんな事言ったって、仕方ないのに…。
でも、この根っこにあるものを昇華できないんです。
>要するに、自分自身も「子どものまま」で精神的な成長が遅れていた、
>そんな自分が居たように思います。
私はいわゆるAC(アダルトチルドレン)的なタイプでした。
でも結婚して親から独立して、ようやく自分で自分を肯定できるようになりま した。
夫との関係で、親に愛されて肯定される体験(愛情に対する絶対的信頼 感)
をやりなおす事が出来たからだと思います。
自分の中の子供の部分が、ようやく自由に開放されて、
もうしばらく「子供」でいたいと思っていました。
やっと「子供」を取り戻すことが出来たのに、また「大人」に戻りたくない。
だから、まだ、親にはなりたくない。
自分に正直に、自分を大事に生きたい。
親の支配から開放されたのに、今度は子供に拘束されたくない。
私は私のもの。
・・・そんな気持ちもあったと思います。
自分の気持ちの中での「やりたいこと」があまりに強すぎて、
「やりたくないこと」だった育児は、「やるべきこと」でしかありません。
妊娠した時からずっと、自分の気持ちのなかでは、まだ折り合い(あきらめ)
がつかないままです。
もうひとつ、
私は自分の子供よりも、他人の子供の方が可愛いと感じます。
責任がないぶん、純粋に小さな命の愛しさを感じることが出来るからです。
「孫は責任がないから可愛い」という言葉もよく理解できます。
自分の子供は心理的な距離が近すぎるし、責任の重圧もあるので、
逃避したくなるのかもしれません。
単に自我が弱いだけなのかもしれませんが。
>ただ、子どもたちに対する気持ちは、
>「大切な我が子」です。子ども達の世話をする時、何故かを考えること
>もありません。理屈抜きに「可愛い」存在であり、無条件に「守ってあ
>げたい」存在です。
>子育てだろうと仕事だろうと、義務で「ある」「ない」に拘わらず、ど
>うせするなら楽しんじゃおう・・・とも思うんですよ。
きっと、だからこそ、Kさんは、例えのおむつ替えなどが自然に出来
るんでしょうね。
価値観など無関係に、子育てを楽しむことが出来るから、
子育てをポジティブなものとして捉える事が出来るから、
「自然と心の底からわきあがる」気持ちで、育児が出来るのではないでしょうか?
<茜>
00/05/30(Tue)
朝起こすことに、やっぱりトラウマが絡んでる話の流れで、
あぜさんの「外で働いてる人」対「うちにいる人」という言葉がぐさっと突き刺さった。
とても痛かった。
私は、家にいるのを自分で望んだわけではなかった。
子供が出来て、しかたがなしにそうさせられただけ。
なのに「子育ての責任をとろうとしないことにいらだっていた」と、前夫はただ責めたのだ。
彼には、子供が出来てしまった責任があるけど、私には一切無かった。
そういえば、私自身もう産むしかないと思い込んでいたけど、
たった一言も彼からは「嫌なら、産まなくてもいいよ」とは言われなかったんだ。
いくら子供が出来たって、自らが望まない役割なんて、自動的に取れやしない。
でも、それを受け入れられない私に彼は怒っていたのだ。
私がパソコン通信するを嫌がったのも「疎外感」を感じたからだろう。
しかし、自分も同じことをしていることに対しては、まったく気づいていなかった。
自分はしてるくせに、相手にされるのは嫌。
そこではっきりと「寂しい」と言えば良かったのに、
自分の気持ちが明らかになるのを嫌がって、わからないようにしてしまう。
そのくせ、「僕の気持ちがわかってない」と相手を責める。
性質が悪過ぎる。
自分は全く謝らないのに、相手だけを悪者にする。
自分も悪かったから、そっちもどうにかして、という、自分の話は一切なし。
ものすごい、欠落だよね。