【2000年5月17日(水)〜5月19日(金)】
00/05/17(Wed)
来てる、来てる…。
じわじわっと翳がしのびよって来ている。
体もだるく外の天気のように、どんよりとしている。
くそう、負けてたまるか!
私は負けはしない。
もう、無力なかつての私じゃない。
絶対、負けはしない。
とことん闘ってやる。
完全に、反復のパターンになっている。
学生時代と同じだ。
初めは積極的退行。
何かやりたいことがあって仕事(昔なら授業)を休む。
しかし、さぼった後ろめたさ(罪悪感)から、不安定な気持ちになって、
そして、鬱が強まっていく。
月・火と仕事を休んだ。
ホームページ用に文章を書き綴るのとリニューアルの作業をするために。
今は、自分のメンタルの問題を片付けるのが最優先だと思う。
仕事よりも何よりも。
今まで、トラウマに振り回されて、そのために、長い年月を無駄にしてきたのだから。
可能な限り過去を回想して嘆き、抑え込まれてきた感情を吐き出し尽くさなくては。
気分が下降しはじめたのは、月曜の夜から。
書き加えてた文章を保存しないまま、夕飯の支度をしていたら、
子供にいじられて消されてしまった。
一気にやる気が失せた。
さらに、もうじき帰るだろう、と待っていたあぜさんから、
「まだ渋谷、これから帰る」の連絡が入った。
思いっきり、気分が滅入った。
翌日の火曜日は、長女の誕生日だった。
もう、5歳になるのかと思うと、とても不思議な気持ちがして感慨深いものがあった。
その日は、朝早くから、実家の母からお祝いの電話がかかってきた。
相変わらず、言外に罪悪感の圧力をこめたような感触を感じる。
その後朝食を済ませ、子供達と誕生日祝いにディズニーランドに
連れて行く約束をしていた 前夫に、子供たちを引き渡しに行った。
両方とも、とりたてて何かあったわけじゃない。
でも、何かもやもやとした嫌な感触。 苦いものが体中に広がっていくような。
そんな感じが私の体の中にいつまでも残っていた。
あぜさんと昼食を食べに行った店の隣の、ぶらぶらと覗いていた本屋の中で、
突然に「泣きそうな気持ち」に襲われた。
昔、いつも私にとりついていたあの気分。
「後ろめたさ」と「虚しさ」と、「哀しくて」「不安な」気持ちが入り混じった、
なんだかわからない落ち着かない状態。
そんな気分に憑きまとわれ、車の中で自己TFTを繰り返しながら、
長女のバースディプレゼントを買い集めに走り回った。
100円ショップで、可愛いショッピングバックに、キティちゃん物のバンソウコウ・セロテープ・歯ブラシ・
スタンプ・シール、ピーチガム・サクマドロップ等々、いろいろな物を詰め込んだ福袋的なものを
こしらえたり、 トイザラスに行って、彼女のリクエストの人形のお家用のミニダイニングテーブルセットと
クラッカーを買い、ラッピングショップで赤いリボンと小箱と包装紙を買った。
あぜさんは、彼女専用の小さなマヨネーズやら魚肉ソーセージやらのりの佃煮やら、今の生活の中で
彼女が喜びそうなものを見繕って買い集めていた。
それら全部に、ひとつひとつに赤いリボンを結び、小箱につめ、ラッピングして、
最後にまた大きなリボンをかけた。
なんだかとても、わくわくと楽しい作業だった。
家に帰ってきて、山のような沢山のプレゼントを見つけた時の、彼女の顔ったら!!
私は彼女がとてもうらやましかった。
私も彼女のように、親から心尽くしのバースディープレゼントをもらいたかったな。
こんな風にプレゼントをもらって誕生日を祝ってもらえたら…。
そしたら、親から愛されていると、心の底から感じる事が出来たかも知れない。
そして自分の存在に肯定感を得ることも出来たかもしれない。
子供の頃「誕生日のお祝いのプレゼントは?」と親に聞くと、
「誕生日は、今まで育てくれてありがとう、って親に感謝をする日だ」と言われた。
確かに、そうかもしれないけど…。でも、そう言われるたび、哀しくなった。
誕生日くらい、なにかリクエストをして特別なプレゼントを贈られて、
生まれてきた喜びを味わいたかった。
あれは高校生の頃だろうか?
ある年、誕生日ケーキを自分で買いに行ったことがあった。
もうあたりは暗くなっていて、最初の店ではもう欲しいケーキは売り切れだった。
しかたがなしに、足を延ばして遠くの店まで買いに行った。
ケーキを手に、家までの長い帰り道を自転車をこぎながら、
夜空や街灯りを見たら、急に哀しい気持ちになった。
「私はなんでこんなことをしているんだろう?
なんで自分の誕生日ケーキをなのに、
なんで自分でこんなに必死になって買いに行ってるんだろう?」
嬉しいはずのバースディケーキなのに…。
また別のある年には、母がスポンジケーキを焼いてくれた。
でもデコレーションさせられたのは自分だった。
そんな記憶を思い出し、いっそう哀しい気持ちになってしまった。
一度でもいいから、私も彼女のように、
自分は何もせずに、ただもてなされ、祝福を受けてみたかった。
その夜は、0時前に寝てしまった。
前の日、夜更かししていたのと、
日中、娘へのバースディプレゼントを買い集めて出掛けていた疲れのせいだろうか、
途中で目を覚ますことなく熟睡してしまった。
けれども、たっぷり寝たにもかかわらず、翌朝は起きても体がだるく重たかった。
来やがった。
じわじわと。
取り憑かれてたまるか!
もう、飲み込まれない。
今度こそ、抜けきってやる。
体がどんどんだるくなってきた。
必死に、教わった自宅TFTを繰り返す。
しかし、すっきりとは無くならない。
「本当に鬱は完全に治るのだろうか?」
「大丈夫だ」という強い確信とは裏腹に、ほんのわずか弱気になり不安がよぎる。
確かに、この間TFTで鬱を取ってから、明らかにコンディションが良くなってきていた。
今までは、疲れを取るのが精一杯で、
アクティブな方にまでエネルギーがまわらない感じだった。
ところが、ブラックホール(鬱)に蓋をしたら、休んだ分ちゃんと回復して、
エネルギーが満ちてくる感じがするようになった。
ちょっと休んだだけで、回復を感じられるように。
たとえば、電車の中で一眠りするとか。
前だったら、マイナスのメモリがほんの少し減る程度か、かえって疲れがどっとでて、
電車を下りる時にはフラフラになってしまう状態だったのに。
眠りの質も変わった。
いつも眠りが浅くて、夢ばかり見ていた。
毎晩、はっきりとした口調で寝言を言っていた。
どなったり、早口でまくしたてたり、泣き出したり。
正直言って、あぜさんもかなり怖がっていた。
寝言を言っているのは自分でもわかっていた。
どんな真夜中でも、話し掛けられたり人の気配を感じると、
すぐに目を覚まして必ず返事をしていた。
しかし今では、ぐっすりと深い眠りを得られるようになって、
話し掛けられても起きなくなったそうだ。
ちゃんと、前向きに活動することが出来そうな、そんな感じ。
今までが、いかにブラックホールにエネルギーを吸い取られてきたのかが実感できた。
疲れを取るのにエネルギーを使い切らないで、別なことにまわせる感じ。
「もしかして、普通の人ってこんな感じなのぉ?!」
私がそう言うと、
セラピストは、今頃やっと気が付いたのぉ?という表情で爆笑した。
明らかに、体が軽くなっていた。
今まで自分にのしかかっていた重いものが、無くなったのがよくわかる。
…そう思っていったのに!
再び、押し寄せてきやがった。ひたひたと。じわじわと。
あと二日。
金曜になればカウンセリング。
きっと彼がなんとかしてくれる。絶対に。
水曜日の今日は、子供を病院に連れて行くためと言って、仕事を休んだ。
明日はどうしようか?
治りかけの時は、危ない状態だとセラピストは言った。
「しばらくは大事にしてて。 絶対安静にしていて欲しいくらいだ。
仕事も本当は行かないほうが良いんだけど…。」
「さなぎの中身みたいなもんですかね?」
「うん、そうだね。とにかく気をつけて。特にビョーキの人には近寄らないでね。」
今までの自我を再構築しようとしているのだ。
青虫から蝶へと変貌を遂げる時のように。
セラピストの言葉を免罪符に、仕事を休む自分に言い訳をする。
00/05/18(Thu)
今日も仕事を休んだ。
子供の具合が良くないことにして。
夜明け前に、あぜさんと一緒に「虫退治」をした。
昨夜、INTORODUCTIONTとして、高校入学からの回想を書いていた。
当時の日記を取り出しながら。
一通り、書き終わって、とてもレアな感情が蘇って来た。
そして、気持ちが溢れ出すとともに涙もこぼれ出した。
泣きながら、自分の中の感情を追求し掘り下げていった。
いつも私に取り憑いていた「泣きそうな気分」、「虚しさ」や「哀しさ」。
それは、高校一年のあの時、自分の中での【親との決別】からでは無いだろうか?
いつも自分の考えや気持ちは、親には届いた気がしなかった。
頭ごなしに、否定されて、親の意見を押し付けられているとしか思えなかった。
自分を受け入れてもらえたという実感など無かった。
つまりそれは「私」という人間の否定。
あの頃味わった「絶望」。
それが今の私の「虚しさ」と「哀しみ」の正体?
本来なら一番安全な場所であってほしいはずの「親」が、
私にとっては最も危険な場所だったのかもしれない。
そういえば、以前やったTFTでのことだ。
あるトラウマがあまりにもしぶとく複雑に絡まっていて、難航したことがあった。
こっちを取れば、あっちに。あっちを取れば今度はそっちに。八方ふさがり。
どこに行っても手詰まりになるように、罪悪感が仕組まれていた。
セラピストはあきれ果て、感嘆のため息をつきながら、
「すごい巧妙に罪悪感を与えられてたねえ。芸術的だよ。
展覧会に出品したいくらいだ。」と絶賛した。
そんなに、罪悪感でがんじがらめにされていたのか?!
いつも「自分は駄目なやつなんだ」と自己肯定感が持てずに生きていた。
ほんのちょっとの批判や否定的な言葉に、
「やっぱり自分なんて駄目なんだ。死んじゃった方が良いんだ」
と激しく落ち込んでしまっていた。
あぜさんが、今でも語るほど印象的なエピソードがある。
あれは、まだ私が柏に来た当初だった。
ある晩、夕食にひじき煮を作っていた。
私は最初から油揚げを入れていたのだが、それを見てあぜさんが
「油揚げは最後に入れた方が、ぱさつかなくて良いよ」と指摘した。
たった、それだけの事だった。
ちょっとしたアドバイスのはずだった。
だが、その言葉は弾丸のように飛んできて私に突き刺さった。
私は突然冷蔵庫の前に座り込み、泣き崩れてしまった。
黒く重たいものが背後から襲いかかり、ものすごい勢いで私を押しつぶした。
「自分は駄目なやつなんだ。やっぱり、自分なんて生きていないほうがいいんだ。
死んじゃった方がいいんだ。」
それは、自分という人間そのものが駄目だという、全人格の否定だった。
その後しばらく、あぜさんがとりつく島もないくらい、私は泣きつづけていたという。
またあるときは、丸井のインテリアコーナーをのぞいていた時のことだった。
あぜさんが、パトリス・ジュリアンの『フレンチスタイルのサンドイッチ』の本を手に取った。
そこには、色とりどりの、まるでポストカードのように美しい、
映画の世界のような写真が並んでいた。
細長いバケットに、ラデッシュとうずら玉子のスライスをジグザグに並べ、
その上にオリーブの実のスライスまでもが交互に飾ってある。
貝割れ大根の葉をちぎり茎だけでのジグザグライン。
あるいはロシアパンに、赤いサーモンに白い小玉ねぎのスライスリング、
貝割れの緑が赤を引き立て、宝石のようにちりばめられたいくら。
すみからすみまで全神経を使い、盛り付けてある。
どれだけの神経を使わなければならないのか、ありありと目に浮かぶ。
なんで、そんな七面倒くさいことをしなきゃいけないのよっ!!
嫌だ、絶対やりたくない。うんざりだ。私には無理だ。
身の毛がよだつ。
「おいしそうだよね。こんなサンドイッチ作りたいよね?」
と、無邪気にあぜさんは言った。
その前日にちょうど家でサンドイッチを食べていたばかりだった。
それで、その本が目にとまったのだろう。
しかし、私には、自分の作ったサンドイッチが批判されたように感じられた。
「おまえの作ったものは駄目だ」と言っているのだ。そうとしか聞こえなかった。
「私は駄目なやつなんだ。死んじゃった方がいいんだ。」
またしても、ジェットコースターのように、瞬時に谷底まで突き落とされ、泣き出してしまった。
自己存在不安。
ほんのささいな否定のニュアンスにも耐えられない。
子供の頃から、親から誉められ、肯定された覚えがほとんど無かった。
何をしても必ず、何か文句をつけられ、小言を言われ、
いつでも「おまえが悪い」というメッセージ(罪悪感)を与えつづけられていたような気がする。
しかも常に減点法で評価されていた。
例えば、小学校のある時期、週末ごとに漢字テストをさせられていた。
そのテストの結果によって、月のお小遣いの額を決めることになっていた。
全テスト満点だったら、お小遣いを満額もらえるのだが、
間違って減点されたら、その分お小遣いも減額されるというシステムだった。
私はそのやり方がとても嫌だった。
常に完璧を要求され、しかも最高点をとっても何の報酬もない。
わずかな失敗も許されない。
テストを重ねるごとに、確実にお遣いが減っていく。
例えば80点位を合格点に、それを基準に、それ以下なら減額され、
それ以上の点を取れれば、ご褒美に金額もアップするというシステムだったなら、
まだ頑張ろうという気も起きるし、頑張った分もちゃんと報われるのに。
学校のテストでも、90点を取っても、
「なぜ、あと10点取れなかったの?」と、責められた。
点数を取れた部分については、一切評価されなかった。
どうせ文句をつけられるのならば、何もやらない方がいい。
とにかく、何かすれば必ず文句をつけられる。
それなら、なにもしないでいれば、叱られないで済む。
だから、私は、なるべく何もやりたくないと思っていた。
やるからには、完璧にやらなくてはならない。
いつも、そんな強迫的な気持ちでいた。
そして身動きが取れなくなり、何も出来なくなってしまっていた。
ちょっとでも、手を出せば、完璧でないと責められる。
(もっとも、いくら完璧にやったとしても、結局はケチをつけられるに決まってし、
何も責められない状態なんて、ありえないだろうけど。)
ならば、なるべく無関係でいたいと思う。
門外漢のふりをしていれば、責められない。
頑張っても評価されずに、文句しか言われないなら…。
INTORODUCTION を一通り書き上げたら、身体感覚がクリアになった。
それまでの、どんよりとした鬱が少し晴れたような感じがした。
さらに、「虚しさ」の正体が親子関係にあることを突き止めたら、だいぶ気分が落ち着いた。
正体がわかると、もやもやが晴れて気持ちの落ち着きを取り戻すことが出来る。
そしてこのまま勢いで、あぜさんと一緒に、
前回のカウンセリングの宿題「虫退治」を片付けようということになった。
「虫退治」
私の中に巣くう怒りの対象(=虫)を追い出すというもの。
カウンリングの時と同様、紙に人型を書いて、重ねたクッションの上に置いた。
最初は、なかなか怒りの焦点を合わせられなくて、レアな感覚が蘇ってこなかった。
怒りよりも泣きそうな哀しい気分が支配していたから。
なんとか怒りをかきたてようと、親との過去を回想したり、前夫とのことを思い出したり。
それでも、とりあえずクッションを殴りつけてみた。
殴りながらいろいろな事を思い出して、怒りを引き出そうとした。
合間に、前夫との関係での出来事を思い出しては、それをあぜさんに語っているうちに、
だんだんと怒りの焦点が絞れてきた。
私の回想が、「妊娠」「つわり」にたどり着いたとき、生々しい激しい怒りが蘇ってきた。
「何で、私がこんなめにあわなければならなかったの!?」
つわりの時、着物学院に通う電車の中での貧血のシーン。
「苦しかった!苦しかった!苦しかった!!」
私の中の、あの頃の私(インナーチャイルド)が絶叫した。
「苦しかった!苦しかった!苦しかった!! 苦しかった!苦しかった! !」
涙が、ぼろぼろぼろぼろあふれてきた。
「ようやく、見つけたのに!これからだったのに!しばらく専念したかったのに!
今は絶対妊娠したくなかったのに。あんたのせいよ!私は何も悪くなかったのに。
電車で本当に苦しかった。苦しかった!辛かった!苦しかった!苦しかった!
苦しいのを頑張って通いつづけて、大きなお腹で卒業試験の練習もして、
あと少しだったのに、 あとちょっとだったのに。
なのに切迫早産で卒業をあきらめなけれならなかった。
悔しかった!悔しかった!悔しかった!おなかが大きくて大変だったけど、
あそこまで頑張ったのに。あんなに頑張ったのに。悔しい!悔しい!悔しい!」
殴りつけながら、激しい感情が蘇ってきた。
怒りと悔しさの涙で、顔をぐちゃぐちゃにしながら、無我夢中で殴りつづけた。
「悔しい!悔しい!悔しい!!悔しい!悔しい!!」
体中が怒りで熱を発し、汗が吹き出てきた。
すさまじいほどの怒りの爆発だった。
顔を真っ赤にしながら、ひとしきり感情をぶつけたら、少しだけ軽くなれた気がした。
仕上げに、今度はボールペンを取り出し、人型の絵をぐちゃぐちゃになるまで刺しつづけた。
前回のカウンセリングの時に、あと二割残すくらいのところまでは出来ていた。
昨夜ので、あと残り1割くらいのところまで出来たと思う。
眠りについたのは、午前5時くらいだった。
そして朝。
子供たちも前日体調が良くなさそうだったし、
何よりも私自身が起きれなかったので、保育園はお休みにさせた。
ということで、当然仕事も(以下略)…。
怒りのエネルギーを放出して、やはり疲れたのだろう、午後まで眠りつづけた。
明け方のグリーフワークで、どんよりとした鬱状態からは抜け出せた感じ。
でも、かすかに体にだるさが忍び寄っている気配がまだある。
油断は出来ない。
根絶しなければ。
魑魅魍魎どもたちまで、すべて。
必ず、打ち勝ってやる。
今週は一週間仕事を休み倒した。
00/05/19(Fri)
今月は毎週金曜日がカウンセリング日。
前回からの気持ちの移り変わりを報告。
その中から、いつも自分につきまとっていた
「虚しさ」「哀しさ」そして「泣きそうな気持ち」についてTFTを受ける。
これは親子関係に根っこがあると推測していたので、
特に母親とのことに意識を集中させた。
「母親のことが気になる」
TFTを受け始めると、強烈な「見捨てられ不安」がわいてきた。
母にすがりつこうとする、子供の私の姿が見えた。
泣きそうな気分が強まって、涙があふれそうになってしまった。
進めていくうちに、今度は「怒り」の感情が出てきた。
TFTを終えて、セラピストが言った。
「いやあ、これは怒りだったみたいね。 最初は、わからなかったよ。」
初め彼は、私が自分の名前を呼ばれると不安な気分になって胸が苦しくなると言っていたので、
名前のアンカー(錨)リングを切ろうかとも考えていたらしい。
でも、TFTを進めるうちに、強烈な見捨てられ不安の裏にある怒りが出てきたのだった。
これも、結局「怒り」かぁ?
外に出て行くべき怒りのエネルギーが反転して、
自分自身に向くと、自分を蝕んで「鬱」になる。
親が苦労している様子や辛い状況にあるのを感じとって育った子供は、
その気の毒な相手に自分の怒りを向けることはいけないことだと感じ、
自分の怒りの感情に罪悪感を持つようになる。
そのために自分自身の怒りの感情は抑圧され、
それが「怒り」であるという認識が出来なくなってしまう。
そして、その行き場のなくなった怒りの感情は、置き換えられ、
別の感情として認識されるという間違った回路が出来上がってしまうのだそうだ。
たとえば、「怖い」という認識になったり…。
「きちんと怒りを出してあげて、正しい回路を作り直さないといけない。
あぜさんとの関係では、ちゃんと怒りを感じてそれを表すことが出来るので、
その経験を重ねて、回路を強化していくように頑張って。」
と、セラピストに言われた。
今回のカウンセリングはあまりへヴィじゃなかったので、余力が残っていて、
なんとなく気持ちがポジティブだった。
いつもは、あぜさんから「あそこ行ってみる?」とリードされ、自分は受身で、
しかも「今日はいい、やめとく、またにする。」と消極的なことが多かったのだが、
今日は、自分からも、「あっちの店に入ろう、こっちへ行こう」と意欲的に提案していた。
柏に戻ってからも、いつもは通らない駅周辺の路地裏を歩いたり…。
ある花屋の店先に、手ごろな値段の花束が並べてあった。
…そういえば、離婚前は時々花を買ってたなあ。
なんとなく、その頃のことを思い出して、急に買いたくなった。
私が気に入った物は、赤小バラとカスミソウの花束。300円。
欲しいなあとかなり強く惹かれたけど、
「そういえば、バラの花はしばらく避けなきゃいけなかったんだ!」
(バラの匂いをかぐと、匂いに結びついたトラウマが反応して、
不安な気持ちになってしまうらしい)ということを思い出して、
いったんはあきらめて店を通り過ぎた。
でも、なんとなく今日は「やっぱり欲しい!」という気持ちがとても強くて、
こういう気分の時は、絶対従った方がいい!という直感から、
後戻りして買うことに決めた。
試しに匂いをかいでも、あんまり香りがしなかったので、「大丈夫!」と強気で買った。
自分でテーブル用に花を買ったのは、とても久しぶりの事だった。
離婚後、柏の家に移って来てからは初めてのことだった。
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