【2000年5月8日(月)〜5月12日(金)】
00/05/08(Mon)
その日の朝は、気が付くと家を出る時間をとうに過ぎていた。
「仕事に遅れちゃう!」
私は自転車を飛ばして、駅までの道を急いだ。
階段を駆け上り、財布を取り出すのももどかしく、切符を買って電車に飛び乗った。
いつもなら最寄駅から少し早めの電車に乗り、乗り換え先で始発電車に並んで
座って行くのだが、当然そんな余裕は無く、ずっと立ち通しで行くはめになってしまった。
…乗り換え駅につく前から、すでに兆しはあった。
乗り換え電車が地下に潜り始めた頃から、だんだんくらくらしてきた。
頭に酸素がまわらなくなり、意識が鈍くなっていった。
手すりに体をあずけて、ひたすら降りる駅に着くのを待った。
時間の過ぎるのがもったりと長く感じた。
「あの頃と同じだ。」
あの頃ほど、ひどい発作では無かった。
しかし、その日は一日中頭が重く鈍いままで、仕事も全然はかどない状態が続いた。
夜、家に帰ってからも気分はすぐれず、頭には霧がかかったままだった。
あくる日も電車に乗って仕事に行くことを考えると、想像しただけで胸が苦しくなり、
頭がくらくらして貧血発作が蘇り、再び具合が悪くなってしまった。
「これって、もしかして『不安発作』ってやつ?」
あの頃…。
最初のつわりの頃。
私は、一人目の子供を妊娠したときに、着物学院の稽古に週二回通っていた。
春から通い始めて半年、もうすぐ師範科に進級する直前だった。
つわりの時期、必ず朝の通学電車で貧血を起こしていた。
手すりにつかまって立っているうちに、だんだん目の前が真っ暗になってきて視界が狭まり、
激しい動悸と苦しさで息も荒くなり、そして最後には意識が遠のいて、
耐えきれずにその場に座り込んでしまうのが常だった。
「フラッシュバック…?」
おそらく、あの時のトラウマが電車に乗ると蘇ってきているに違いない。
次のカウンセリング予約は金曜日。まだまだ先。
電車に乗るのが怖い…。
今の仕事は、全然嫌じゃないのだけど。
電車に乗らなくちゃ仕事には行けない。
でも電車に乗ったら、絶対気分が悪くなりそうで…、
仕事に行くのが怖かった。
00/05/09(Tue)
翌日は、仕事を休んだ。
子供を保育園に送った足で、ひさしぶりにあぜさんと市場に出かけた。
天然物の干しわかめをどっさり買い込み、前夫の母に頼まれてた「うおがし煎茶」とキムチも買った。それを届けた後に、松戸で久しく行っていなかった石臼挽きの蕎麦屋で昼食を食べた。そこは私たちが蕎麦屋歩きに目覚めた店だった。欲しい本があったのを思い出して、古本屋を何件かはしごした。見つけた本屋では、絶版のため値段が無茶苦茶高く、買うのを断念。仕方がなく車で移動できる利点を生かして、安売といえばブックオフ!を3件渡り歩いた。そして「いつかは…」と約束していた蕎麦屋「竹やぶ」についに行くことも出来た。
そんなこんなで、この日は、朝早くから夕方まで一日中出掛けていた。
身体コンディションは悪くは無かった。
ただ、電車に乗るのを考えると怖かった。
00/05/10(Wed)
この週は、木・金と休みを取っていたので、「あと一日だ!」と思い、
水曜日はなんとか仕事に出かけた。
なるべく発作をふせぐために、時間にゆとりを持って出かけた。
駅までの自転車もゆっくりとこぎ、心臓に負担をかけないように気をつけた。
途中で飲めるようにと、電車に乗る前に冷たい飲み物も買った。
電車の中で「飲み物もあるし、クーラーも効いてるし、あさってはカウンセリングだし、
次の乗換えからは座れるし、大丈夫、大丈夫…。」と自分に言い聞かせていた。
その日は、なんとかひどい発作を起こさずに、仕事に行くことが出来た。
しかし、やはり一日中頭がすっきりとせず、
普段なら絶対しなようなミスをしでかしてしまったり、
なんとなく胸もむかむかして、さっぱりとしたものを食べたい気分で、
まるで“擬似つわり”のような体調になっていた。
00/05/12(Fri)
そして、ようやく金曜日。
待ちに待ったカウンセリング!
今日は「私をメインに」というあぜさんとの事前の打ち合わせで、
いつもとは逆に私がメインの場所に座る。
前回のカウンセリング後からの、出来事の流れと、
それに伴って気づいたトラウマをメモした紙をセラピストに渡して、
そのうち、まずは最優先事項の「電車に乗ると気分が悪くなる」ことについて相談した。
仕事に行けないと困っちゃうもん。
前回(00/04/25)のカウンセリングの時には、
「コロン(特に男性用)の匂いをかぐと不安な気分になる」
ということについて、TFT を受けていた。
そのとき出てきたのも、つわりの時のトラウマだった。
※TFT(=thought field therapy、思考の場療法)とは、
簡単に言うと、体のつぼを刺激して、トラウマをとってしまうというもの。
ちなみに『だいじょうぶ6月号/小学館』の161ページに紹介記事が載っています。
最新の7月号にも、「心に効くツボ療法」としてTFTの特集が組まれ、
私の話も体験談として載ってます。
そこでわかったのが、つわりの時に電車の中で、男性の整髪料や口臭の匂いで
気分が悪くなった体験が、強烈なトラウマになっていたことだった。
「そうとうひどい状態だったみたいだね。心理的にも身体的にも。
命が亡くなっててもおかしくないくらいだったよ。本当、よく生きてきたねえ。」
と、セラピストは言った。
その時のカウンセリングでも、すでに「電車で気分が悪くなる」ことについては相談していた。
それ以外にも、出産後に起こるようになった
「生理前や疲れたときにめまいがひどくなる」という症状も共に、
「全部根っこでつながってるから、多分一緒に取れたと思う」って言われてたんだけど…。
駄目だったみたいね。やっぱり。
そうとう根深いんだろうなあ。
それでも、確かに、前みたいにひどいめまいはしなくなったから、効果はあったと思うけど。
セラピストが私の椅子の後ろに立って、TFTの開始。
体のあちこちの部位名を口に出して、
「電車に乗ると気分が悪くなる」というトラウマがどんな状態かをチェックしてもらう。
「鎖骨、肝臓、鎖骨…」
セラピストが大きなため息と共に頭を抱える。
「…これも、相当重たいね。」
もはや、あきらめた口調で彼はつぶやいた。
「‘鎖骨・肝臓・鎖骨’って一番重たい時に使うやつだよ。」
「あ〜あ、またですかぁ? この間の最大級の鬱の時と一緒じゃないですか。
まぁったく、25歳過ぎてから、そんなに重たいトラウマ抱えなくたって良いですよねえ。
最近、自分がなぁんて不幸なんだって、ようやく思えるようになってきましたよ。」
「不幸だった、でしょ?」
「はい、不幸“だった”です(苦笑)」
私は長い間、毎年ゴールデンウィーク明けの季節になると、体調が悪くなっていた。
最初は動悸やめまいといった身体症状からはじまり、それが徐々にひどい鬱になり、
学生時代には毎年6月は完全に丸一ヶ月授業に出れず、寝込んでしまっている状態だった。
(おかげで、どれだけ単位を落としたことか…!)
卒業してから後も、やはり毎年、この季節にはひどい鬱状態になっていた。
今年はまだ4月に入ったばかりから、連休明けの頃を想像しただけで、
その時の症状が蘇って、胸が苦しくなってしまっていた。
「フラッシュバック」が起きるという事は、だたの季節性では無いのでは?
やっぱりトラウマが関係しているのではないだろうか、そう考え始めていた。
00/04/11(Tue)のカウンセリングの時にそのことを相談した。
TFTのチェックの後、セラピストは、にやりと笑って言った。
「大丈夫。トラウマだよ。」
「はいはい、やっぱりそうですかあ。
でもトラウマなら治るってことですよね?!」
長い間、苦しんでいた悩みから解放されるかも知れない?!
やった−!嬉しいな。
完全に治る可能性があるとわかって、私はとても、希望的な気持ちになった。
そして、いざTFT!
始める前にセラピストが、隣に座っていたあぜさんに向かって言った。
「そこの場所に居ない方が良いよ。はじの方にずれた方がいい。
そこだと出た<気>が正面から入ってきて、もろ食らって危ないよ。
一緒にTFTもやってたほうが安全だね。
そっちまでも食らって、具合悪くなるかも知れないから。」
そんな、緊張した雰囲気の中でTFTが始まった。
この時のTFTの詳細は正直言うと、あまりよく覚えていない。
再現してきた鬱状態に呑み込まれてしまって、余裕が無くなっていたのだと思う。
なんとなく覚えているのは、とにかく「時間が掛かった」ということだ。
あらかじめ、予想されていた通り、私の抱えてきた鬱は相当重たいもののようだった。
まずは、基本通りのやりかたで、両手で治療ポイントの各ツボをタッピング
(軽く叩くこと)した。
しかし数回それを繰り返しても、全然私の内的状況は動く気配を見せず、
セラピストは手を焼いていた。
少なくとも高校一年の時から、16年分の重さを一度で取ろうというのだから、
やはりそれは簡単なことではなかった。
「それじゃあ、右の掌を上に向けて膝の上に置いてください。」
セラピストはそう指示し、私の後ろに立ち、
「額・目・鼻・口・喉・心臓・胃・腸・肝臓・生殖器…」
と、トラウマが関係している場所を割り出すために、各場所を次々とチェックした。
見つけ出した場所に左手を当てながら、空いている右手で各ツボをタッピングする。
押さえている左手の小指の爪の生え際のツボを右手で叩くのが難しい時には、
あぜさんも手伝って代わりに叩いてくれた。
セラピスト・私・あぜ、三人かかりの大掛かりなTFTが行われていった。
そうやって、次々に場所を変えながら、
「左手はそこを押さえたまま、右手だけでツボをタッピング」
という事を、何度も何度も繰り返した。
普通のトラウマではめったに使わないツボも、いくつもタッピングした。
それだけ、重たいトラウマという証拠だった。
しかしそれでもトラウマの除去は遅々として進まず、
なかなか「取れていく」という実感は湧いてこなかった。
なんとか終息の兆しが見えた頃には、小一時間が経とうとしていた。
ようやくのTFTを終えて、セラピストは言った。
「本当に、大変だったね。これじゃあ動くなんて無理だ。寝込んで当然。
よく生きてきたねえ。」
「死にそうでしたよ。」
「そうだろうねえ。本当に<死んだ方がまし>という状態だったよね。」
今まで、そのセラピストが診て来た中で、もっとも重たい鬱とのことだった。
匹敵する事例はほかにわずかひとつだけしかなく、その人は一年半入院してしまったそうだ。
カウンセリングルームの中では、放出された積年の重たい「気」が立ちこもっていた。
部屋に居た、セラピスト・あぜ・私の三人はともにぐったりと疲れていた。
「こっち(自分)にまで、来たよ。おなかに重たいものが…!
もう、とにかく早くこの部屋から出よう。早く、早く!」
と、セラピストに追い立てられ、皆で急いで部屋を後にした。
廊下に出ると、部屋の中とうって変わって、さわやかな空気が流れていた。
三人は大きく深呼吸をし、放出された「気」の重さをあらためて実感した。
それと同時に背筋が「ゾッ」とする思いをしたのだった。
翌週聞いた話では、
その日は、もう彼はとても他のクライエント達にTFTを行えるコンデションで無くなり、
それ以後もずっと体調がおかしくなったままで、ついに週末には吐いてしまったそうだ。
それくらい、ヘヴィな鬱だった。
TFTを終えた後でも、「取れた」という実感があまり無かった。
セラピストからは、自宅でもやるようにと、自己TFTの指示箋をもらった。
カウンセリング後、高校入学してからの鬱状態を回想していたら、
あの頃の状態が生々しく蘇ってきて離れなくなってしまった。
それは、いつも自分に取り憑いていた
「なんとなく哀しくて、不安で、泣きそうな気持ち」だった。
教わったTFTを必死に繰り返してやったが、全然無くなっていかなかった。
そしてその気分は、翌週(00/4/18)のカウンセリングまで、ずっと続いた。
そこでその回では、その「泣きそうな気持ち」についてTFTを行った。
気分は、今にも雨が降り出しそうな曇り空のようだった。
TFTが始まり、その状態に意識を集中させると、
ぐぐっと感情がこみ上げてきて、涙があふれだしそうになった。
「私はこの問題から解放されたい。」
「私はこの問題から完璧に解放されたい。」
「私はこの問題から解放されるであろう」
内的な状況をチェックしてもらうため、セラピストの言葉を復唱する。
何か反応が出たようだ。
「全然、“解放される”って思ってないね。」
そう、セラピストは診断した。
確かにそうだろう。
あの頃、絶望的な気持ちで生きていた。
どこにも出口など無く、どこにも救いの手は無かった。
もはや、死ぬ以外には。
前回同様、こちらもなかなかトラウマの除去に手間取った。
「奥さんのせいじゃない。僕の腕が悪いんだ」
そうセラピストは言った。
どうやら、重たいからとれないという意味ではなく、
トラウマを取るための場所がなかなか割り出せないようだった。
しかし途中、いくらやっても動きがとまってしまう場面があった。
どうやら「治療を阻害する物質」が邪魔をしているようだった。
様々なチェックの果てに見つかった阻害物質は、「下着」だった。
まさか脱がせるわけにもいかず、
セラピストは影響を切るTFTを行い改善を図った。
おそらく、ガードルがきつかったせいだろうな。
以前にも、なんだかピタっと動きが止まってしまうことがあった。
そう、まるで凪のように。
その時、ハタと気付き、「もしや?!」と身に付けていた上着を脱ぎ捨てた。
すると、すぅーっと風が吹き込むように、再び感情の動きがあらわれたのだった。
セラピストは自分が気付く前にクライエントに先を越されて
「チキショー!」と、マジに悔しがっていた。(笑)
あぜさんがTFTを受けていた時にも、そのような場面があった。
その時は履いていた靴下が邪魔をしていたのだった。
靴下を脱いだら、足元からすぅ〜っと風が吹くような感じがして、
やはり再び動き始めたそうだ。
タッピングのツボのポイントを外しても、なかなか動かない。
TFTとは、実に微妙なものなのだ。
治療を阻害する物質を除去し、その後は順調にTFTは進んだ。
すると、抑圧されていた感情が次々と表れはじめた。
「恥辱感。」
それは、失恋問題?
勉強が頭に入らなくて、落ちこぼれてたから?
そして「激怒。」
親の理不尽さや無理解さに対する怒り?
どんどん、軽くなって取れていくのが実感できた。
終わった後に、また今回に即した自己TFTの指示箋をもらった。。
今度のは「朝昼晩」行うようにというものだった。
しかし、そのTFTの必要が無いくらい、今度こそすっかり取れてしまった。
このようにして、ようやく二週間をかけて、長年私に取り憑いていた鬱を除去したのだった。
「電車に乗ると気分が悪くなる」事について、TFTをはじめると、
つわりの時に電車に乗っていた情景が浮かんできた。
入り口の手すりにしがみついて貧血を起こしていた自分。
だんだん、あの時の苦しい状態が体に蘇ってきた。
一人目の子供を妊娠した時、私にとっては「まさか?!」の妊娠だった。
今は絶対子供を欲しくないと思っていた時だった。
精神的にも経済的にも自立出来たら、
その時に彼との人生を改めて考え直そうと思っていた。
子供を生むのはそれからにしようと考えていた。
しかも、「絶対大丈夫」だと確信していた筈の結果だった。
もともと好きだった着物をきちんと勉強したいと思い、学院に通い始めていた。
梅雨時の鬱にも負けず、一度も休まずに稽古に通いつづけた。驚くことだった。
だから「自分の進む道はこれだ!」と確信して、この道を極めようと思った。
もう数年は勉強に専念して、足がかりを作ろうと考えていた矢先の出来事だった。
ようやく、自分の可能性を見つけだしたばかりだったのに。
だから、妊娠してからも、学院に通いつづけた。
たとえ貧血で倒れようとも、決して休まなかった。
着物をあきらめたら、私にはもう生きる望みはなかったから。
TFTを進めていくうちに、恥辱感や激怒の感情も現れてきた。
「なんで、私がこんな目にあわなきゃいけないのよ!」
怒りの気持ちが蘇ってきた。
妊娠中、私はずっと怒っていた。
容易には自分の身の上に起きた変化を信じることが出来ず、
なかなか気持ちが納得できなかった。
半年が過ぎて、おなかの中で赤ん坊が動くのを感じた時、
ようやく私の気持ちは妊娠の事実を受け入れられたのだった。
苦しい状態を思い出して、気持ちを集中していくうちに、だんだんクラクラしてきた。
目を開けていられないほど、めまいがひどくなってしまった。
いっこうに軽くなって取れる気配がない。
「うーん、そうとう重いから、一回では取りきれないなあ。
ちょっと休んで間をおきましょう。そのあいだにご主人の方をやりましょう。」
あぜさんと、席を替わる。
折たたみ式の布製の椅子に身を投げ出して、気分が持ち直すのを期待した。
しかし、めまいは全くおさまる様子がなく、血の巡りが悪いのか、ひざから下がしびれてきた。
指先も冷たく両腕までもが、だんだんしびれてきた。
あぜさんのTFTを終えて、青色吐息でぐったりしている私の横にセラピストが腰掛けた。
「そのままでいいですよ。
ちょっと、気になることがひとつあるんです。
あなたの中に、何か具合を悪くさせているものがある気がするんです。
その何かに意識を集中してみてください。」
「具合の悪い所ですか? 場面?」
私は、セラピストの質問の真意がよくわからず、尋ねなおした。
「そうじゃなくて、内側にいるもう一人の自分とか…」
もう一人の自分?
私は自分の内側に意識を集中した。
居た! こいつだ!
悪さをしてるやつが!
邪悪な顔をした、薄ら笑いを浮かべたもう一人の「私」が浮かび出てきた。
「その人に、何か理由があって、そういうことをしているか聞いてみてください。
YESかNO、「はい」か「いいえ」で良いですから。」
私は、言われた通りをそいつに尋ねた。
(言いたくない)
「答えたくない…って言ってる。」
「そう、じゃあ、何か今の私に言えないことでもあるんですか、
いつかそのときが来たら、教えてくれますか?って聞いてみて。」
(もう少し、たったら…)
「では、今度はあなたの<知恵の力>も借りましょう。
頭がくらくらすると困るよね。何か別の方法に変えてもらえないか聞いてみましょう。
一緒に、かわりになるものをなにか3つ、考えてみて。」
私は、やつに言った。
お願いだから、頭はやめて!
電車乗れなくて仕事行けなくなっちゃうと困るの。
あっ、心臓もやめてね?
かわりにおなか痛くするとか?ね。
あとは、何かない?
そいつは、怒っていた。
とてもとても怒っていた。
「言いたくない」と言うほど怒っていた。
「怒ってるらしいです。ボカボカ殴りたいって言ってる。
…ボクシングのジムにでも行って、サンドバック殴らないと駄目かなあ?」
「大丈夫です。それで、殴りたいのは?」
私は表情にたっぷりと意味を込めて答えた。
「…(もちろん)アレ(あの人)です。」
「わかりました。それじゃあ、やっちゃいましょう。」
そう言うと、セラピストは立ち上がり部屋から出て行った。
部屋に戻ったセラピストが持ってきた物は、小さなクッションと紙だった。
人の形を書いた紙を私に渡しながら
「あなたの中の虫をやっつけてしまいましょう。
その虫に名前をつけてください。なんて呼びますか?」
「馬鹿(野郎)…」
「では、その<バカ虫>はあなたの体の中のどこらへんに居るか、
この絵に記しをつけてください。」
その時、私の体のしびれは全身にまで広がり、力が入らない状態になっていた。
体を起こそうとすると、突然、首の後ろに「キーン」っと激痛が走った。
何とか、印をつけると、彼はその紙を椅子に置かれたクッションの上に重ね
「バカ虫!私の中から出てけ!」
と殴りつけた。
「さあ、あなたも今みたいにやってください」
私は体がしびれて全く動けず、力が入らなくなくなっていた。
セラピストに励まれ、なんとか腕を振り下ろしても、まったく力が入らず、声も出せない。
「さあ、ご主人も。妻の中から出てけ!とやってください」
一周り済むと、彼は私に紙を渡し丸めさせた。
そして、次の紙にまた同じように絵を書いて、
「今その虫はどれくらいの大きさになってますか?」
と紙とペンを私に渡そうとした。
私の手は、もはや硬直し動かなくなってしまっていた。
ペンをにぎることさえ出来ない状態。
ペンを受け取ろうとすると、また首の後ろに「ビキィーン!」、ひどい激痛が走った。
「痛いっ!!」
支えられて、なんとかペンを握らせてもらい、かろうじて印をつけたが、
今度は指が固まったまま完全に麻痺してしまって、ペンを離せない。
足先から始まった痺れは、すでに首まで上がリ、
口までもがしびれてうまく話すことさえ出来なくなっていた。
私だけの力だけでは、無理だ!
怒っている「彼女」の力を借りなければ!
私は目をつぶり、彼女の怒りのエネルギーを集めた。
そして、こぶしを振り下ろした。
「バカヤロウ!
私の中から出てけ!出てけ!
バカヤロウ!!バカヤロウ!!」
私は何度もこぶしを振り下ろした。
だんだん、私の中に生々しい怒りの感情が蘇ってきた。
私は、ありったけの力で、壊れんばかりに殴りつづけた。
「バカヤロウ!!バカヤロウ!!バカヤロウ!!」
「…酷い!酷い!酷い!」
いつしか私の声は、「バカヤロウ」から「酷い」へと変わっていった。
殴りながら、涙が込み上げてきた。
「全部、怒りだからね。全部!」
セラピストの励ましの声に、ふっと私の中の「彼女」の怒りが解けていくのを感じた。
私は「酷い」とつぶやきながら、溢れ出す涙とともに殴りつづけた。
4枚目の紙を終えると、こみ上げてくる感情に、こらえられず、その場に泣き崩れた。
私が落ち着くのをしばらく待ってから、セラピストは言った。
「それでは、あとはお家に帰ってから続きをやってください。
ご主人も一緒に手伝ってあげてくださいね。」
怒りのエネルギーが放出され、あと2割くらい残っている感じにまでなっていた。
「彼女」の横顔も、こころなしか柔和になった気がした。
体の麻痺も手の硬直も治り、指が動かせるようになっていた。
16年分…。
積年の怒りのエネルギー、そう簡単には無くならないだろう。
それにしても、そうとうの怒りが溜まってたのだ。
ほんの半年前まで、自分自身の中に「怒り」があることさえ気づいてなかったのだが。
それが、抑圧されて、どんどん鬱を悪化させていったのだ。
「それで、もし貧血起こした時に効くTFTないですか?」
「怒りを全部出せば、起こらなくなるよ。」
「うー(涙)、わかりました。頑張って出します(泣)。」
カウンセリングが終わると、私は放心しぐったりと疲れていた。
あれだけエネルギーを使えば、当然の結果だった。
その日はずっと神経がピリピリと興奮しつづけていた。
それにしても、どうして体がしびれたり麻痺したりしたのだろうか?!
オカルトみたいな、あまりにも不思議な体験だった。
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