| 佐久地区解放教育研究会の紹介 |
<設立趣旨> <解放研へのおさそい> <佐久解放教育研究会事務局> <設立からのあゆみ>
差別をなくすにはどうしたらよいのか。とりわけ、差別をしない・許さない子どもたち、差別に負けない子どもたちを育てるにはどうしたらよいのか。1988年末、雑誌『解放教育』のシンポジウム「解放教育の構築にかけて」に集まったわたしたちは、それぞれが、それぞれの場で試行錯誤をくりかえしていたことを知りました。
そうした悩みや試みをもちよって、みんなで論議し、よりよい方向をさぐろう。ひとりで悩むことも大切だが、みんなで討議することも大切である。こうして佐久地区解放教育研究会は結成されました。
したがって、会員はだれでもいい、ひとがひととして尊重される社会をねがい、その実現のためにすこしでも努力し(ようとし)ているひとで、研究会にやってくるひとはみんな会員だとしています。当初は教員と部落解放運動家が中心でしたが、現在では医師・牧師などさまざまな職種におよんでいます。
こうした会員が月一回、信州農村開発史研究所で夜7時から11時過ぎ(ときには12時過ぎ)まで討議しています。その討議の一端は、当研究会が発行した『誇りを胸に−解放教育の構築にむけて−』に示しましたが、その後もわたしたちの討議は続いています。そうして、その内容も部落解放教育を中心としながら、女性問題や外国人労働者問題・エイズ問題など多岐にわたるようになってきています。
『誇りを胸に−解放教育の構築にむけて−』 佐久地区解放教育研究会編 あとがき より
長野県の解放教育の現状を見ると、従来から行なわれてきた「同和教育」の域を出ていない。むしろなかだるみになり、マンネリ化している状況がある。この現状をいま見直す必要にせまられている。
差別事象は依然としてあとをたたない。このような現実をふまえ、解放教育の確立と発展に向けて「仲間づくりと連帯の輪を佐久の地域から始めよう」の呼びかけで、教師や自治体職員・青年らの有志を中心に佐久地区解放教育研究会を結成した。
解放研では、目標をかかげている。「部落差別の現実から深く学び、部落解放のための理論的研究をすすめ、実践的課題にとりくみながら、あらゆる差別の撤廃を目指すための解放教育の推進をはかる」と。すべての差別を自らの課題としてとらえ、自立した運動を進めることを基本として、部落解放にかかわる教育活動・解放教育の実践と交流・研究をすすめる活動をしている。
月一回の定例会では、会員一人ひとりが解放教育実践のとまどいや悩みなどを、率直に本音で語り合ってきた。子ども会活動のあり方や自主教材などを作成し、その実践をとおしてそれぞれの課題をレポートにまとめて持ちより、討議・研究を積み重ねたりもした。
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差別を観念的にしか見ず、知識としてだけで終る形式的な解放教育であってはならない。「不可侵・不可被侵」−侵してはならない、侵されてもいけない、という解放思想にもとづく人間解放の原点に立って実践することが大切である。差別を見ぬき、差別を許さず、差別に負けないという差別撤廃のために主体的に闘える力量を身につけた人間育成を目ざしたい。誇りをもって自らを語り、「部落に生まれてよかった」と胸を張って言えるような子ども達を育てていきたい。そのような、明るい展望を切り開いていきたいと願っている。
我々の解放教育運動は始まったばかりである。日も浅く、学習・研究活動も十分ではないが、目標を達成するために一歩一歩地道な活動を続け、役割の一端を果していこうと思う。
今後、解放教育を志す仲間の輪を拡げ、学習・研究を深めながら新たな解放教育を構築したいと考えている。新会員の入会を期待するとともに、各地に解放教育を創造していくようなサークル活動が強化されることを願っている。
*佐久地区解放教育研究会は、部落差別の現実から深く学び、その課題について研究し討議する中で、すべての差別撤廃をめざす実践的教育の推進をはかる目的で結成されたものです。
*この目的に賛同し、共に活動していこうとする人であれば、だれでも自由に加入することができます。(退会も自由です)
*会の運営のために、一人年額1,000円の会費は原則的に納めてください。
*佐久地区解放教育研究会は.財団法人信州農村開発史研究所の「教育部会」として位置づいています。
*入会希望者は、会員か下記の事務局、または信州農村開発史研究所までご連絡ください。
佐久地区解放教育研究会事務局
〒385-0022
長野県佐久市岩村田荒宿543 解放同盟佐久地区協内
(TEL) 0267-68-1792 (FAX)0267-67-4999
佐久地区解放教育研究会も、発足以来、微力ながらも色々な活動を展開してきました。そこで、主な活動を以下に「あゆみ」としてまとめてみました。
@ シンポジウム「解放教育の構築にかけて」(1988年12月)
1988年の晩秋、全国解放教育研究会の中村拡三先生から「今日の『同和』教育や解放子ども会の実態を明らかにして、これからの解放教育をどう構築していったらよいか、佐久の地でそれぞれ活動している人たちを集めてシンポジウムをやらないか」と提起された。さっそく、運動がわ・教師がわなどに呼びかけて、十人が集まり12月にシンポジウムを行った。それぞれの立場から問題提起をして、討論する中で、実にさまざまな問題や課題が明らかになった。もっともっと討論していかなければならないことが確認された。
A 「佐久地区解放教育研究会」の結成(1989年1月)
12月のシンポジウムに集まった人たちが中心となって、せっかく立場を越えて解放教育の構築に向けて討論が始まったのだから、研究会を発足させて継続していこうと、1989年1月に「佐久地区解放教育研究会」が結成された。会長には、部落出身教師である高橋弘さんを選び、会費は年1,000円。月一回の定例会の開催。会員は、解放教育の構築をめざそうとする者はだれでも可。などを決め、簡単な規約は設けるが実体は、自由な組織体にしていくことにした。この段階での、会員は17名だった。
B 定例会の開催
第二回、第三回の定例会は事務的な話し合いが中心だったが、第四回(6月)から各自のレポートを自主的に持ち寄り、レポートに基づいての討論が始まった。当初は午後7時〜9時までの予定であったが、討論を始めると、いつも白熱し、気がつくと夜の11時か12時ごろまでになってしまう。こんなことをしていれば次から人は来なくなるんでは?と心配したが、次の会にも皆集ってきては、夜中まで討論がつづく。実にたくましい?…会員たちである。
C 一年間の成果をまとめた「出版」計画
皆真剣に、そして熱中した討論を続けているうちに、あっという間に一年間が過ぎていった。この一年間で討論した「レポート」も相当たまった。1990年3月、全国解放教育研究会の中村先生から、「実にすばらしいレポートも沢山あるので、これを冊子にしてみないか」と問いかけられた。4月の定例会でさっそく提起し、出版していくことになった。内容や執筆分担を決め、当面千部つくり、費用は一人10,000円を出費して出版しようということになった。
D 『誇りを胸に〜解放教育の構築にむけて』出版
出版にあたって、信州 農村開発史研究所に「教育部会」を新しく設け、この教育部会のもとに佐久地区解放研を位置づけた。そして編集を解放研で行い、出版は研究所発行という形になった。1990年8月の第三回部落解放夏期講座の開催にあわせて出版した。部溶解放同盟佐久地区協や行政機関にも協力して頂き、また、会員もあらゆるところで紹介などする中で、本の評判も良く、目標の1,000部を超え、約1,400部ほど売れた。今後、この本の内容をさらに充実させ、発展させるものとして、次の出版も考えていかなければならないだろう。
F 第一回解放教育講座の開催(1991年5月29日)
解放研で論議していることや、また共通する課題を多くの人々と共有するために、定例会とは別に解放教育講座を定期的に開催していこうということになった。そして第一回を1991年5月29日、中村拡三先生を講師に『解放の学力と子ども会の課題』について行い、教師を中心に42名が参加した。この講座を今後どう発展させていくか、という課題が残っている。
G 「同和教育だより」(県数委発行)で活動紹介
1991年10月定例会に、県教委から取材があった。そして、その年の11月号(21号)に「地域に根ざした研究会」として紹介された。内容は、杉田玄白の『解体新書』について、「実は、杉田玄白に人体の構造を教えたのは、穢多身分の老人であったことが史実として学校教育でも教えられていない。こういうことこそ、教材として同和教育を展開していく必要があるのではないか」というようなことであった。こうした論議が県段階でされる「場」づくりが今後求められてくる。
H 穴田さん(フィリピン在住)との交流
1991年の10月の定例会に、フィリピンに在住し、フィリピンの人権問題で活動している穴田さんが佐久を訪れ、解放研とも交流した。ちょうど、福島県で起きたフィリピン女性マリクリスさんの死亡をめぐって「ジャパゆきさん」の実態と日本での差別が問題になっていた。この交流を通して、アジアに対する日本の差別意識のすごさを実感し、反差別・人権確立のために、アジアの人々との連帯の必要性が確認された。
I.「黒人差別をなくす会」との交流、そして問題提起
1992年8月1日そこ十三日まで、「つながろう命、ふれあおう心・佐久人権展」が開催された。8月22日は「子どもの人権と反差別」のシンポジウムが行なわれ、パネラーの一人として大阪の「黒人差別をなくす会」の有田ファミリーも参加した。その夜、有田さんたちを囲んで交流会が行なわれ、日本における黒人差別の実態についてと、反差別の観点からの連帯の必要性が訴えられた。そして、後日、有田さんから、長野駅前のみやげ物店に、黒人差別グッズが売られている事実が指摘され、取りくみを求められた。
J.タイの劇団マヤ公演への支援
1992年10月22日、小諸市民会館でタイの劇団マヤによる「ほほえみの国」の公演が行なわれた。昼・夜の部あわせて千二百人が参加し、大成功にかちとられた。この公演を準備した「佐久地域国際連帯市民の会」の横田さんから、解放研へも協力依頼があった。特に「市民の会」からは、アジアの問題、在日・滞日外国人問題など、今日はまさに地域の中の問題として、反差別共闘をどう進めていくかがとわれていると提起されてきた。この主旨にもとづいて、解放研も全面的な支援体制をとって取りくんだ。
K.ムアンギさんとの交流・県への要請行動
「黒人差別をなくす会」の有田さんの提起に応えて、1992年12月2月、第二回解放教育講座として、ムアンギさん(四国学院大学助教授)を招いて交流会を行い、約四十人が参加した。数年前に「ちびくるサンボ」をめぐって県内で論争があったが、結局「表現の自由」をタテにした一部政党の主張によって、差別問題はタナあげされてしまった。差別の実態を訴えて、再度論争をまきおこしていく目的もあった。
翌12月3日、県庁同和対策課・同和教育課などへ要請行動を行い、記者クラブで黒人差別の実態を訴えた(朝日・信毎に記事掲載)。そのあと長野県解放教育研究会(東栄蔵会長)との交流を行い、再度ともに取りくんでいくことを確認しあった。