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I saw a movie12 ケント。私は待ってる! |
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「ロード・オブ・ザ・リング」三部作を見終わってから、沢木耕太郎の「深夜特急」や「奥の細道」を想起するchikaって変ですか。 特にフロドが自分の「旅」自体に疲れ切っちゃって煮詰まる場面なんかは、「深夜特急」にも出てくるしね。まさに「人生は重き荷を負いて遠き道を行くがごとし」って感じが、フロドの表情にぴったりだし。ある意味「ロード・オブ・ザ・リング」ってSFXロードムービーじゃなかったのかって思うんですよね。 でもこの満腹感ってなんだろう。映画として大傑作だったのかどうかは別にして「満点・満点・満点、優勝だぁ」って感じだけは確かでしょ。 まあ『王の帰還』ではミナス・ティリスの大決戦のシーンがどうみてもスターウォーズの地上決戦シーンそっくりだとか(脚の長い巨大象モドキだってSWのあのマシンでしょ。)、散々気を持たせておいて、ちゃっかりアラゴルンとリヴ・タイラーは結ばれちゃうし、、。 いっちゃん強い筈のブラックライダーが、「この世の男には私は殺せない」と言った途端にエオウィンの「私は女よ」攻撃で、空気抜けたみたいにヘナヘナと死んじゃったりして、今までの戦いはなんだったんだよー、冗談はよしてくれーみたいなシーンとか。etc結構、「大味」なんだけど、分厚いステーキを食べる時に微妙な味わいなんか関係ないのと一緒で大した問題じゃないって感じ。 しかしあんなに嫌いだった「カエル顔」のイライジャ・ウッドも、ちゃんと苦悩するフロドとしてはまっちゃうんだから畏るべし「ロード・オブ・ザ・リング」。 最後の結末はゴラム・サム・フロドという三人に、欲望・勇気・献身・誠実みたいな人間の属性をそれぞれ振り当てながら結論だしてるんだよね。(それがゲームでいう「パーティ」の原理でもあるわけで) でもサムとフロドって松尾芭蕉と曽良を思い出しません? |
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これ凄く面白い映画です。もっとも、この手の映画が苦手な人には我慢できないぐらいの癖を持ってるから、誰にもお勧めってわけにはいかないけれど。 物語は、指を切り取られ泣く泣くマフィアへの借金を返すために車で金を運ぶボビーの姿から始まります。64年式の赤いマスタングが、格好を付けたがる癖にそれ程腰の入った悪党じゃないボビー(ショーン・ペン)のちんぴらぶりを良く表していますが、この車が砂漠の一本道を疾走するシーンがオープニングシーン、ストーン監督ってこういうのスキですね。 マスタングがアリゾナの熱気にやられて修理をせざるを得なくなる。それがボビーの不条理世界突入の第一歩なるわけね。自分を舐めてるとしか思えない対応をとり続ける修理工ダレルの店でひとしきり言い争いをしてからボビーはスペリアという田舎町に繰り出します。 そこで彼は美しい人妻グレイスと出会うんですが、これがとんでもないわけアリ夫婦の片割れで、、、。親近相姦はあるは保険金殺人はあるは、おまけに町中、浮気だらけで、、おっとこれからはネタばれになるから止めておきましょう。 お話自体は夫婦間同士の保険金殺人に絡んでしまったちんぴらという設定から考えられるストーリー上それ程、新味はないのですが、どんでん返しがしつこい程あるんですよね。つまりそのどんでん返しの繰り返しの中に「真実」がちらちらと見え隠れする仕組みで、まあその構成自体がこの映画の肝のような気がします。 その間(ジェニロペとリヴ・タイラーはさておき)パワーズ・ブース ニック・ノルティ ビリー・ボブ・ソーントン ジョン・ヴォイト ホアキン・フェニックス達が演じる田舎町の人間達の濃いこと濃いこと。ボビーが泣きそうになってこの街を出たがるのがよくわかります。ミステリィの筈がボビーが次から次と陥る災難を見てると、思わずこれってシリアスコメディ?って感じさえします。 そしてもう一つの見所は、勿論ジェニロペ・ノルティ因縁夫婦の愛憎どろどろの万華鏡、、、SM?近親相姦?浮気?金銭欲?裏切りにつぐ、裏切り・・とまあここまでは、よく似た筋立ての映画があってもおかしくないんだけど、この愛憎劇の本当の落としどころは人間じゃなく「アリゾナ」なんですよね。 つまりあらゆる人間のどろどろを焼き焦がしちゃう荒涼とした「アリゾナ」そのものなんです。で、そう言う見せ方があって、尚かつ、その熱いフライパンの上で焦がされても懲りずにやってるのが人間みたいな、、、ね。 ん。面白いですよ、この映画。
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フランス映画のフィルムノーワールな香りがする古いやくざ映画がなんとなく観たいな〜。そんな気分で選んだのがこの一本。石井隆という名前はchikaの中では映画監督というより待合室に無造作に転がっていた名美シリーズ(きつい顔をした女達)の生みの親って感じかな。 だからどうしてもエロ漫画作家からの転身というイメージがあって映画監督としてはどうなの?という偏見があったわけ。でもこの人、初めから映画作家志望だったんですね。たまたま絵が巧いと言うことで穴埋め的に描いた作品があそこまで行ったんだから、漫画は氏の表現能力の一部だったのでしょう。 石井隆と言えば男と女の情念ドロドロっていうのが前面に押し出されているけれど、基本的には物語より「絵」に拘る作家だと思う。この映画でも初めに名美が殺された夫の遺骨をかみ砕くシーンがあるのだけれど、あれも物語というより発想的には「絵」のような気がしますね。もう少しうがった見方をすると静止画を連続させて物語りを紡ぎ出す漫画の駒運びに近い。 それを一番意識させるのがちんぴら役の椎名桔平が潜入捜査官の根津甚八に透明ビニール傘で喉元を刺される屋上対決シーン。開いた透明の傘の向こうで血みどろになった椎名桔平が空を掻きむしってみたり、彼がビルから墜落してから暫くして傘が突風で吹き上げられてみたりと、並々ならぬ「絵」へのこだわりが感じられます。でもこれが最近の「花と蛇」になって来ると、ちょっと違う感じになって来るんですよね。 どうみても「夜がまた来る」の方が映画として質的に高い。石井隆という人はあくまで「絵」の映画作家なんだけれど、そのモチーフは「名美」のような女「村木」のような男の情念にあり、それを描くときに最高の力を発揮するような気がしますね。確かに「花と蛇」もよーく見ると今まで石井隆監督が追いかけてきた男と女像に似ている部分は多々あるのだけれど、軸になっているのがあくまでSMの世界であるという差があるんですよね。 漫画の名美シリーズも湿気った感じがするしSMと親和性が高そうに見えるのだけれど、実際には石井隆の女達は墜ちれば墜ちるほど内部から輝いていくような不思議な部分があって、それはちょっとSMとは種類が違うものなわけで、、。まあ次の石井隆作品を期待しましょう。 PS どちらかというと瓜実顔の夏川結衣が演じる名美ってchikaには違和感が強いんだけどモデルからの転身組の女優さんでここまでやったら立派です。名美が墜ちて場末のウリ専でのたくっているのを村木が発見する場面ではちょっと来ました。それは演じているのが夏川結衣だからじゃないかと思ったりします。
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「今夜、すべてのバーで」
中島らも 講談社文庫
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らもさんへのしっかりした追悼文を書こうと決めてから随分時が経ってしまった。chikaは「ガラタの豚」と「水に似た感情」の2作品しか知らないので、せめてもう一作品と考えていた時に『今夜、すべてのバーで』はまぎれもなく傑作だという風野春樹さんの声に押され、本作品を読んでからにしようと思ったからだ。 それになんとなく、らもさん死去に合わせて平積みにされた文庫本を手に取るのが躊躇われたこともある。初な文学少女じゃあるまいし、これは不思議な感覚だ。 chikaの傾倒する作家はW村上氏だけど、もし彼らの死去のニュースを聞いても、らもさんの時のような「たじろぎ」はたぶんないだろうと思う。「たじろぎ」の正体はらもさんが放つ「身近さ」なのだろうと思う。 勿論それは、らもさんが書いたものが「庶民的だった」などということでもないし、らもさんが人間の卑小さを好んで描いたからというわけでもない。 人と人が向かい合った時に、相手の外見ではなく内面をどれだけ感知出来るかは、その人間の練度なのだと思うんだけれど、らもさんはそれを自分自身の「卑小さ」と「たくましさ」の間を行き来しながら、それに鋭い観察力を加えて練度を高めていった人なのではないかと思う。 「同じ目の高さ」の表現という言葉があるが、らもさんの場合は「同じ内面を見る目の高さ」に加えて「タフさと繊細さ」が融合した表現者なのだ。chikaにとってその表現が身近に感じられないわけがない。 「今夜、すべてのバーで」で、主人公の小島容と「担当医」赤河が霊安室で若くして病死した少年を挟んで喧嘩をする下りは、らもさん自身の「タフさと繊細さ」の葛藤を見ているようで本当に泣いてしまった。 |
「海辺のカフカ」
村上春樹 新潮文庫
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2005-03-08 我ながら奇妙な事をやっている。一冊の本をちょびちょびと読んで、その度にレビューを書く。大体がレビューなんてものは一冊を読み終わって書くものなんだけれど、、。 でもこれはこれで面白い試みなのかも知れない。その本の名前は「海辺のカフカ」勿論、筆者は村上春樹氏だ。 今日は、少年が倉敷あたりの高速パーキングエリアで「姉」のような人と出会う所まで読んだ。気になるのは挿入され始めたお椀山のエピソード。アメリカ陸軍情報部が事情聴取した文書内容という形で展開されているんだけど、これってやっぱりUFOの話だよね?「ねじまき鳥クロニクル」にノモンハンのエピソードが絡み込んでくる構造を思い出しちゃった。さあこれから、どうなるのかしらん?楽しみですね。 今日のホリエモンVS ニッポン放送の亀渕昭信社長は「ある方が『ストックビジネスのテロ行為』と言ったが、その通りと思う」などとライブドアを批判する。村上春樹氏が「ねぎまき鳥クロニクル」に挟み込んだ「戦争」は拷問で始まったんだけど、、。 2005-03-14 2005-03-16 て後は蝦頭にまかせて「海辺のカフカ」の話。例の集団少年失神事件に引率の女センセイの告白談が付け加えられて、ひょっとすると女センセイの「生理で真っ赤手ぬぐい」と少年の「血でべっとりTシャツ」は同じものなのかと考え初めている所、、猫がナカタさんに対して「あんたが気を付けないといけないのは頭の悪さじゃなくて影の薄さだよ」って予言めいたことを喋っていたのを思い出す。 ナカタさんと少年は時空を超えて引き裂かれた同一存在なんだろうか?等と考えているのだ。 2005-03-21 2005-03-22 さて「海辺のカフカ」なんですが、旅行から帰って来た途端に読むスピードががくんと落ちてしまいました。でも下巻になってから凄く面白くなって来てるし、イッキ読み出来ないのがかえっていいのかも、、。と言う事でホシノ青年とナカタさんが「入り口の石」を雷鳴が鳴り響く中、持ち上げようとする所までは読んだのですが、、、しかし15才の少年は50を越える佐伯さんと本当にセックスしちゃったのでしょうか? 2005-03-24 2005-03-25 |
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マドンナのボンデージ調ラバーコスチューム姿が見たくてこの「フォールーム」を借りたんだけど、映画としてもなかなかの傑作ですよこれは。
第1話監督・脚本:マリソン・アンダース って感じで199X年の大晦日、ロサンゼルスのホテル・モンシニョールの新米ベルボーイ、テッドを中心に4本のショートストーリーが展開されます。
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「灰夜 新宿鮫VII」
大沢在昌 講談社文庫
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うーん、書評が書けない、、。つまり「灰夜」って作品は、いつもの新宿鮫シリーズのレギュラー陣が一切登場しないというコトを除いては、何一つとして新鮮味のないストーリー展開なのだ。 |
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「理髪店主のかなしみ」、、何やらフランス映画の邦題みたいなこのタイトル、立派な日本のエロ映画である。 この映画、凄く大雑把に言うと「足」あるいは「ハイヒールフェチ」をメインに据えた廣木隆一監督のエロチックサスペンス映画だ。 古今東西を問わず、本当にそのフェチを理解している表現者が映画を作るとそれなりにいいものが撮れる。逆に小賢しげにフェチを「お笑いのネタ」や「お洒落の味付け」に使ったりする映画は、その本体自体も駄作の場合が圧倒的に多い。
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「アフターダーク」
村上 春樹 講談社
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chikaは、話題本をその時期に購入して読むということを、気恥ずかく感じる天の邪鬼なんだけれど、本著については結構早い時期に手に入れてしまった。 それと言うのもWeb上のある書評に「アフターダークは、ねじまき鳥に対する村上春樹のある種の回答か?」みたいな内容が書かれてあったからだ。 「ねじまき鳥クロニクル」について言えば、本を読んでいてあれほどしんどくその世界に引っ張り込まれた経験は後にも先にもなく、同じ本を書いた人間が数年後にどのようなテーマ咀嚼をするのか、とても興味があったのだ。 「アフターダーク」を「ねじまき鳥」に対応させると、ねじまきの主人公の妻に当たるのが、浅井エリという事になるのだろうし、その妻を捕らえた「闇」やノモンハン事件は、本著で言うと妹マリに対するコンプレックスや、サラリーマン白石や中国人組織という事になるのだろう。 ねじまき鳥では「朝」を迎えるのに延々と暗い通路を巡り続けたが、本著では夜明けまでの数時間で、ほのかな希望をとりあえずは手に入れることが出来る。しかもねじまき鳥で多用された意識下の描写は極力短くされていて、視覚的である。 「この作品は、ねじまき鳥の焼き直しなのか、それとも進化なのか、、、」とか戸惑っている内に、本作を過去の作品の延長線上において読むのは間違いなのかも知れないと思いだした。 この前、大沢在昌氏の「灰夜」のレビューを書いた時に思ったのが「実力派作家のマンネリ」という言葉だった。大沢在昌氏の場合、テーマを氏の持てるリソースの中で書き尽くしつつあるような気がしたのだ。 ただ村上春樹氏の場合は、「アフターダーク」で追求しているテーマは過去のものと同じでも、そのアプローチにおいて(今まで作家として具体的な答えを出さなかった部分でも)距離をおかずに作者自らとして語りだしているという大きな違いはあると思う。例えば、中国人女性に暴行を加えた白川のいるオフィスと、眠れる美女である浅井エリが連れ去られた場所が同一であるかのような匂わせ方などは、過去の村上作品では決してなかったコトだと思う。 問題だけを深く問いつめてその後は只ありのままに提示するだけのアプローチ。この点は、最初から具体的に現代と自分との接点を常に作品上で明らかにして来た村上龍氏とは大きな違いだったのだが。
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「ファスナー」見たさJam2を見る。こういう短編フィルム集は、お目当て以外の作品を見る時間がつらい。嫌なら見なくていいようなものだが、中に時々「掘り出し物」があったりするのでついつい全編を見てしまう。 そういう意味で前作のJamは、Jam2の事を考えるとかなり粒ぞろいの短編集だったのかも知れない。 勿論、Jamでも 北村龍平監督の馬鹿げた駄作が混じっていたように、短編集である限り、当たり外れはさけられない。 2で言うと「Together」なんてその典型。フィルムと人的資源の無駄遣いとしか思えない作品である。 小じゃれたカフェで超絶的にまずい料理を「この味わかるでしょ」とか当たり前の顔をされてテーブルに置かれた感じ。 一体こんなものを誰が見るのか。一体こんなものを誰に見せようとして作ったのか。勘違いの固まりのような作品だ。 書いていると怒りが湧いてくるのでこのあたりで止めておく。まあ同じ勘違い作品でも『CLEAN ROOM』なんかは許せるっていうかキャストからしてすべて「綺麗可愛い」のでOKなんだけどね。 さて、お目当ての「ファスナー」なんだけど、コレぐらい原作(ミスチルの歌)のコンセプトに忠実な作品を見たことがない。 勿論、元が歌なんだからここで展開される世界はすべて元ネタなしなんだけど、コンセプトはミスチルの歌う「ファスナー」にどんぴしゃりという不思議な短編。 劇中、重要な意味を持ってくるファスナーのジップアップシーンは、ビジュアル的にみても結構エモーショナルに撮れてるし、少年役の有岡大貴もいいしその他のキャストも魅力的だ。 なんと言っても嶋田久作のオカマぶりがチャーミング、でも少年が家にたどり着いた時に出会ったお父さんも嶋田久作なんだけど、二人ともファスナーがついていて?・・・「大人になると誰もが背中にファスナーを付けて本当の自分を押し込んでいる」っていうテーマから考えると、あれって一体どういう意味なんだろう。 『Jam Films2』 プロデュース 河井信哉 『机上の空論』 |
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この映画の主人公ニコポルに憑依する「頭は鷹、首から下は人間という神・ホルス」の造形を見て、思わず冷や汗がでた。だってこのホルス、chikaが昔書いた小説夜の人形達の登場人物・鷲男にそっくりなんだもの。 chikaは最近の作家さんと同じで、小説を書く場合は頭の中でのビジュアルが先行する人なんだけれど、それでも、これは映像化出来ないだろうなというものもある。 例えば鷲男なんていうのはその典型で、文章が喚起するイメージの中では可能だけど、映像にした瞬間、その姿がお笑いになっちゃう。、、、の筈、だったんだけれど偉大なるヴィジュアリスト、エンキ・ビラルの手にかかるとこうなってしまうのですね。・・・凄い、凄いわ。 人によってはゴッド・ディーバのCGを見て(特にポリゴンまるだしの人物)違和感があるだの、実写や生身の人間でやればいいだのという意見があるように思うけれど、、自分の頭の中にあるイメージを具現化する作業がどれほど難しいかが判っていないのだと思う。 脳内イメージっていうものは空気に晒した途端に一気に劣化するものなのだ。それを劣化させずに、更にそれを見る者の想像力を刺激させるだけの表現を可能にさせるのはまさに卓越した才能ゆえのこと。 でもこの映画っていかにもフランスって感じだよね。たとえば神ホルスとニコポルが並んでジルの事を語り合うシーンなんか「しかしジルって、ほんといい女だよなぁ、、」「ああ、ミステリアスだし、、彼女、俺が半分もらうからオマエは残りな」みたいな。スケベなくせにどこか女性を敬愛してるみたいな、、、もっともこの感覚、日本・アメリカと並ぶマンガ大国フランスのバンド・デシネ(BD)巨匠であるエンキ・ビラルなら当たり前なのかも知れないけど。 バンド・デシネで思い出したけどゴッド・ディーバのCGキャラクターの造形が「いつかどこで見たことがある」ものばかりなのもご愛敬(それが漫画の基本だもの)。 |
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「池袋ウエストゲートパーク」
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遅まきながら「池袋ウエストゲートパーク」を読みました。chikaは天の邪鬼だから、とにかく話題本は「旬」を外して読んでいる。「今月の話題本」だとか、ベストセラーなどと騒がれている内は読まないのだ。酷いモノになると村上春樹の「ノルウェーの森」みたいに超有名になると、手に取るのさえ恥ずかしく思えて未だに未読という状態なんです。(その村上氏への詫びのつもりか「アフターダーク」は出版後すぐに読み終わったんだけれど) それにこの人、文章が巧い。村上春樹の表現方法には何度もハッとさせられて来たけれど、この人もそう。特に「サンシャイン通り内戦」でのエロ描写の描き起こし方は、すごく氏の才能を再認識させてくれました。
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「ヘルボーイ」を観てきたよ。でも映画館がら空き、、。人気無いのね、、「ヘルボーイ」。「スパイダーマン」がヒットするなら。こっちだってって思うんだけど、やっぱ主役を張っているトビー・マグワイアとロン・パールマンの差なのかな。ロン・パールマンが主人公なんて、もうそれだけで玄人好みじゃん!!なんで見に来ないかなぁと拗ねてみるアタシ。 ただギレルモ・デル・トロ監督のこだわりのキャスティングが微妙なのが超能力者のヒロイン、リズ役のセルマ・ブレア。歳喰ったゴスロリかよ、、、って思わせる彼女の風貌がヘルボーイの世界観にピッタリという人もいれば、怪人とモンスターしか出てこない映画なんだからせめてヒロインぐらい、、っていう人もいるだろうなぁ。 PS ヘルボーイの付き人になる新米FBIエージェントのマイヤーズ役のルパート・エヴァンス、この人はとってもチャーミング、、たぶん、ブレイクするよ、きっと。 |
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「ありえねー」のお馬鹿加減に騙されてはいけない。たしかに掌底の形で建物が「気」でぶち抜かれたり、人がピンポンのように弾き飛ばされたり、足が自動車の車輪の如く回ったり、ディズニーあたりが特撮をフルにつぎ込んだスプラッタコメディばりの描写が目立つけれど、この映画結構、熱い思いに溢れた映画なのだ。 「直球なんて暑苦しくて嫌いさ」と嘯いてはいけない。熱い思いを何の衒いもなく気持ちよく見せてくれるのが「映画」だし、それがチャウ・シンチー監督作品なのだから。なーんちて。 「気持ちよく」の中には「観客が次はこう展開するだろう」って思った通りに映画が進む快感もあると思うけれど、チャウ・シンチー監督はそれも上手く利用してる。 例えば、おんぼろアパートの住人に拳法の達人が3人もいて、だとするとあの大家夫婦もひょっとして怪しいジャン?と思ってると実際そうなったり、ミスリードの逆を行くっていうかさ。 「先を読ませて進んでいく」・・先の読めない展開より、多分この方が高等技なのかも知れないけど「フムフム、だと思ったんだよな、、だからさ次は主人公だろ、実はぱちもんの如来神拳が本当に、、」って具合に観客を悦ばせながら、ぐいぐいと。 いいなぁ、達者だよ。それに最終決戦を終え自分を叩きのめしたシンに向かって「その拳はどこで覚えた」と捨て台詞を吐く火雲邪神(ブルース・リャン)と、シンがそれに優しく「いつでも教えてやるよ」と返すシーンがいい。 この一言に己を拳鬼に落とした筈の火雲邪神が、心底感服したかのように「参りました」の返答をする。しびれましたね。 これは感動以上にその背景に中華思想を感じますね。アン・リー監督の「グリーン・デスティニー」なんかもこんな感じでしょ。武侠の精神というかね。 でも冒頭のアイスクリーム売りのお姉さんと主人公の関係の設定って、「小林サッカー」の饅頭屋のおねさんムイ(ヴィッキー・チャオ)ととまったく同じあたりが、チャウ・シンチー監督の人柄を思わせて可愛いです。 PS シンと火雲邪神の空中バトルみてたらマトリックスじゃなくて、今は終わってしまったウルトラマンネクサスのCG空中バトルを思い出してしまいました。えーっとこれってどっちが先なんだぁ。 |
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chikaがSMf以外に運営してるブログでひとしきり「人形」テーマで盛り上がった事がありました。わけあって「観念的な人形」論議が食傷気味のchikaは、巧くその話題に乗り切れなかったのだけれど、、。 後で考えるとその盛り上がりの中で「イノセンス」を既に見ておられた方が何人かおられたのではないかという気がしています。「イノセンス」では義体・人形といった並びで、どこまで本気なのかは判りませんが、しつこい程、人間存在について語られています。 押井作品については強烈なファンもいらっしゃるだろうけれども、chikaは前の『アヴァロン』も含めて生理的に受け付けない部分が多々あります。 押井ワールドは、設定とかビジュアル等、完全に自分自身の壷であるものが多いのに何故か最後までついていけないのです。「たぶんそれは押井の粘着性のせいだよ」とアタシのゴーストが囁くのですが、、、。 先に「観念的な人形」論と書きましたが、押井監督の場合はそれを変に「人間存在論」にこね合わせてしまう所に、彼自身のたちの悪さを感じます。少なくとも成熟した大人なら、現実に血と肉を持って人間として生きる者の、喜びや悲しみには「人形」を引き合いに出しての思考手遊びなど遙かに超えるモノがあるが判っている筈です。そういった事をバックグラウンドにした上で「表現」して欲しいわけです。映画はそれなりにこの時代の文化蓄積に大きな影響力をもっているのですから。
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アダルトビデオをSMfでご紹介するのはこれで3本目です。chikaは自分にコンプレックスが在る為か、巨乳AV女優が出演する作品も、彼女たち自体も苦手なのですが、松嶋まりなはちょっと別格です。
彼女、人気グラビア誌「BACHLOR」で、日本人で初めてセンターグラビアを飾った人なんだそうで、確かにそのJカップバストはちょっと驚きです。そんな彼女に対するインタビューを随所に挟んだ構成のラバーフェチビデオ『ボンデージドール・・フェティッシュディーヴァ』。 |
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タイと言えばニューハーフじゃなかった仏教とムエタイの国だ。数年前、タイには遊びに出かけた事があるので、ちょっと懐かしい感じが画面から感じられるかなと思ったんだけど、確かにバンコクの繁華街なんかには見覚えがあるけど、その他はピンと来ないのね。 何処か違う国で撮ったみたい。ヨーするにchikaの印象の中では「タイにはこんな張り切ったムード」はないという事なのね。確かに二輪車は五月蠅いしトゥクトゥク(3輪タクシー)は気ぜわしく走り回っているけどなーんとなくだらしないっていうのがchikaのタイに関する感覚。 でも「マッハ!」で、なるほどタイって思ったのは仏教の人々への浸透力かな。仏像の頭を取り戻すためにムエタイ名人が都会へ出て行くっていうはタイじゃ違和感なく受け入れられるだろうなっていう感じは確かにする。 でもこのアクションはどうなの?って言いたい。悪口じゃないのよ。どの映画批評にも書かれてると思うけど、ホント凄いアクションなんだから。でも他の国じゃこんなアクション出てこないと思うんだ。主演のトニー・ジャーが絶対無比の超天才アクション俳優とは思えないし、たぶん肉体的センスだけならこれぐらいのタレントは探せば世界中には色々いると思う。それでも何かが違う。 肉弾戦というか肘打ち・膝蹴り・踵落とし・回し蹴りそのどれもが相手にヒットした途端に「痛いっ!」ってマジで思うモノ。それとか空中二段蹴りとか、ワイヤーやCG使わなくてもホントに出来るんだなぁとか。とにかくド突き方が凄くて、それで最後に仏様に祈っちゃうから「人間」ってやっぱり本来こーゆー生き物なんだって妙に感心したり。血と肉と仏の心!たかがアクションの癖に、タイの国の文化を感じちゃうわけ。 それに小声で書いちゃうけど主演のトニー・ジャーの声ってニューハーフになる男の声だよ。それがゴウグンゴウンって片っ端から他人様をド突く蹴るだもんね。 最初にこの映画とタイとの違和感を書いたけれど、その原因はプラッチャヤー・ピンゲーオ監督の映画作りにあるんだと思う。たぶんこの監督、諸外国の映画は一杯見てる筈だし、影響も随分受けているのだろうと思う。でもそれを無理矢理真似ないで、自分なりに一度濾過したタイ流にまとめ上げている所が偉いと思う。 PS トニー・ジャーを見てて、「たそがれ清兵衛」とか「ラストサムライ」の真田広之 を思い出しちゃった。二人ともアクションにその国独自の文化を練り込む事の出来る才能の持ち主なんだよね。
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下妻ってホントのとこどうなの、なんだか巧く誤魔化されているような気がするのよね。キューティハニーがさ、どうせ原作の完全実写が出来ないないんなら徹底的にB級ティストで洒落のめしてやろうって画策してさ、、その辺りの青春物版みたいな? |
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まさかスパイダーマンで泣くとは思わなかった、、、。暴走する地下鉄を自分の身体を張って止めようとするピーター・パーカーを、乗客達が励ましたり庇ったりするシーンではもう涙が止まらなくて困っちゃった。 しかし滅私奉公というか自己犠牲の先にある「価値」を信じ実践し続ける事がヒーローのある事の証だったり、無関心・無責任の連鎖や虚無主義の対抗ワクチンとしてヒーローが必要な「都市」ってなんだろうとちょっと切なくなる。映画としてのスパイダーマンの素敵な所は、アメコミ定番の「悩めるヒーロー」像から一歩踏み出して、人々の繋がりを描いている所だ。 PS chika的にはベタ褒めに近いスパイダーマンシリーズだけどM.J役のキルスティン・ダンストがちっともチャーミングじゃない事と、前作も含めて敵役がイマイチ「怖く」ない所だけはなんとかして欲しいんだよね。特に今回のドクオクのルフレッド・モリーナは、どうしてもイイ人過ぎて、、、、だよ。 |
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ジャームッシュ監督の短編集映画「COFFEE AND CIGARETTES」のご紹介。お洒落でエスプリが効いていて人生があって面白い作品です。 「RENEE」はコーヒーに入れる砂糖や飲み頃に異常な拘りを持つ謎のアンニュイ美女ルネと、ルネに近づきたくて仕方がない給仕の男がルネにコーヒーを闇雲に入れようとするお話。ルネがタバコをくゆらしながら一生懸命読んでいるのが拳銃のカタログ本だったりするのがおかしいし、そこから垣間見えるルネの謎の美女振りが楽しい。chikaもこんな感じが憧れ。 「CHAMPAGNE(シャンパン)」は昼休みにコーヒーを飲みながらたわいない世間話に興じている二人の老人の話。
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粋でオツな男になりたい!口下手ヤクザとセンス最悪デザイナーの落語青春グラフィティ ! この「三枚起請の回」は、chikaも贔屓にしてる4月15日から始まった連ドラ「タイガー&ドラゴン」の契機となったTVスペシャル番組をDVD化したもの。連ドラの方は「三枚起請」で基本設定が終わったものとして展開されているので、これを見ないとレギュラーで登場する「男を手玉に取るキャバクラ嬢・メグミ(伊東美咲)」の本当の面白さも今一ピンと来ないかも知れない。それに、青森・出稼ぎ・介護・風俗・居場所なんていうキーワードが見事にメグミという「股下80センチ以上のオンナ」に集約される様は宮藤官九郎ならではのこと。連ドラのファンなら必見のDVDでしょう。 あー後はキャストの話ね。これは微妙。宮藤官九郎作品のツートップと言われてる長瀬智也と岡田准一のがっぷり四つってことだけど、これはもうイイでしょ。演技力があるとかないとか、そんな問題じゃなさそうだし。はまり役だってことも確かだし、、ネ。ただ岡田准一は「こんな綺麗な顔の男性みたことない」とか言われてるヒトなんだけど、、どんどんドリフターズの世界に突き進んでいるような。あと周りを固める人たちは西田敏行、笑福亭鶴瓶、北村一輝、尾美としのり、阿部サダヲ、春風亭昇太etc、、芸達者ぞろいで、ノリ良しです。特にどん兵衛役の西田敏行は「巧い」としかいいようがない。 |
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この映画の中ではレイの曲が40タイトルも使われているらしい、、でも視聴中にはそんなに沢山の音楽を聴いているという感覚はほとんどなくて、一人の人間ドラマを鑑賞してるっていう思いがあるだけだ。 |
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「僕はあなたを生きている」とそのストーカーは少女に言った。愛する人の身体を、人生を奪うこと、それが究極の愛のカタチ…その妄執はやがて男の身体にさえ影響を及ぼし始め、男はついに少女そのものに転生を果たしてしまう。 とまぁいかにもトランスセクシャルでミステリアスな『PERFECT BLUE 夢なら醒めて…』なんだけれど、映画自体はサイコ・ミステリーというより形の変わったラブロマンス映画と言った方が良いのかも知れない。 所で「好きな人になってしまいたい。」というパッションは何処から生まれ、何処に行くのでしょう。 PS 公式サイトでは、愛の顔から大森南朋の顔へとビニョーンとモーフィングするカットを見ることが出来ます。それとかシャワーシーンを下から見上げたカットは男の背中に微妙に胸が盛り上がっているようなのがあって、シリコンブラでも付けてるのかとか色々考えてしまいます。
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赤倉温泉へ寝台特急を使ってスキーに行こうと言う話が急にまとまった。12時頃出発の寝台特急が出る前に映画でも見ようという事になり選んだ映画が「キングコング」。 彼女の起用で「情緒溢れるキング・コング」の作り込みが完全に作動して、まさに美女と野獣のラブストーリーが成立。ナオミ・ワッツ演じるアンの前に出ると、怖がらせるだけで途端に何も出来なくなるキングコングとか、逆にアンの心をつかんだ後の、幸せそうな態度とか、、、。裏読みだけど、アンだって、最初はあれだけコングに掴まれるのを嫌がってたのに、後の方では性的な匂いを感じさせるほど幸せそうに見えるしね。ニューヨークの夜の公園池でのアンとコングのスケートシーンなんかほれぼれしました。さすがにあの『ロード・オブ・ザ・リング』3部作を撮った男だけのことはあるなと、只の特撮シーン満載映画ならお金さえあればダレでも撮れますものね。 最後に俳優さん達のことを少々。映画監督カールを演じたジャック・ブラック、監督と言うより山師魂爆裂!!って感じをストレートに演じきってます。考えたらこのカールがキングコング物語の推進役なんですよね。あり得ない出会いを作り、あり得ない運命を作り出すカールの狂騒的な野望。普通なら誰もが一発でこんな人物を避けて通る筈なのに、何処か人を取り込んでしまう磁力みたいなものがある、、ジャック・ブラックならでしょうね。ひょっとしたらピーター・ジャクソン監督、この映画監督カールに自分の映画にかける野望を少しだけ重ね合わせているかも、、例えば、アンが「土人」に攫われるシーンなんか、時代錯誤も甚だしいし何処からクレームが来たっておかしくないでしょ。でもあれはわざとあーゆー演出をしてるとしか思えない(笑)。 |
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I
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「「お前は誰だ!? なぜ俺を15年間監禁した!?」 |
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映画としてはリディックの前編に相当する「ピッチブラック」の方がずっと面白かったような気がする。ってか頭の使ってる量がピッチの方が若干上って感じなんだけど。 |
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chikaのマット・デイモンのイメージは、、、うーん、そうファンなわけでもないから何とも言えないけど、少なくとも彼は「バリバリのアクション俳優」じゃないのだけは確か。(オーシャン12の時も味噌っ滓やってたもんね) |
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「百舌の叫ぶ夜」
逢坂 剛 集英社文庫
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船戸与一氏の後書きの一文にぐっと来ました。
一匹の光り輝く蛆虫が囁くようにこう言うのをぼくは聞いた。「照らしてやるから、墓碑銘を読め・・・」(マルドロール)逢坂剛が「百舌の叫ぶ夜」でこういう余韻まで計算していたかどうかはわからない。だが、これこそ一級品のサスペンスのみが持つ残り香なのだ。 激しく同意!!まあ本編は、構成があまりにもタイトに練り上げられすぎて、逆に「息つく暇が欲しく」なる嫌いはあるものの、船戸与一氏の言うロートレアモン風の残り香を十二分に持つ作品であるコトは間違いない。 新宿の雑踏の中、爆発事件が起こる。被害者は爆薬の仕掛けられたバックを所持していた極左メンバーの筧と、偶然そこに居合わせた公安部倉木警部の妻珠枝。 一見、物語の主人公は妻の復讐の為に動き回るくらき、そしてそのくらきと奇妙な連帯感で繋がった大杉達の用に見えるが、この物語の本当の主人公は百舌を象徴とした「人の抗いがたい暗い運命と愛憎」だろう。まさにタイトル通り「百舌の叫ぶ夜」が、暗きやモズらの生きる「時」なのだ。 補足 モズが監禁先で男にアナルを犯される前後の描写はなかなかでした。記憶喪失になっていたモズが何となく自分自身がアナルセックスに対応出来る人間である事を感覚的に思い出したりする所や、強姦まがいの体位とか、、、でも、「ごぶさた」のアナルに失神するほどの痛みを感じるペニス挿入をされて、爆発するような快感は得られないと思うんだけど、、、。 |
I
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『ブラピ&クルーニーが経営するカジノがベガスに誕生!
「オーシャンズ11」でラスベガスのカジノ強盗を行ったブラッド・ピットとジョージ・クルーニーが、ナイトクラブ王として知られるランデ・ガーバーと、ラスベガスで新設されるカジノホテルの建設に参加することが明らかになった。出資は一切せず、かわりに建築好きで知られるブラピがホテルをデザインし、クルーニーと2人で広告塔になるようだ。』
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自称「漫画芸術家」20才過ぎて童貞、おまけに貧乏な蒼木門(あおきもん)と、同人誌で漫画を描いている「コスプレOL」の証恋乃(あかしこいの)のオタクな純愛ストーリー!っていう触れ込みなんだけど、どーなんでしょ、、。 |
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映画の前半で女捜査官が「犯人は、死の恐怖におびえる人間を最前列の観客席で鑑賞したがってますね。」って感じのさりげな台詞をはくんだけど、これが後半になると意識的な誤誘導だったり、オチに繋がっていたりで、ちょっとやりすぎじゃないのって気がしないでもない。こーゆーの好きな人は好きなんだろうな〜。 |
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「スターウォーズ エピソード3 シスの復讐」の公開に連動して過去のSWシリーズが何本かTVで放映されていた。 初めてSWを劇場で見た時は、完全にその世界に魅了され尽くしたのを覚えている。 ただし、このSWという時の権力の変遷も描いて来た一大サーガが、こうした形での締めくくりを見せた事が、今の私たちにとってどういう意味を持つのかは、私たち側のサーガが終わってみないと判らないのかも知れない。 PS 若き日のアナキンを演じるヘイデン・クリステンセン。前回の「クローンの攻撃」では、初代ダース・ベーダーの悪の重厚さを愛している人にとっては軽すぎて物足りないかも知れないけれど、「シスの復讐」では魅力爆発でした。あの甘いマスクにちらちらと垣間見える「悪」や「危うさ」に完全に填ってしまいました。
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市川崑っていう人は凄い監督だなぁと改めて吃驚しました。
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