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I saw a movie11 ケント。私は待ってる! |
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saw a movie.
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近緒はこの手の映画にメロメロである。『スポーン』『ブレイド』『バットマン』、、ダークヒーローにフェッテシュなコスチューム。破天荒なストーリー。 これで主人公が女性なら言うことなし、、最近じゃ『トゥームレイダー』だけど、これは完全にアンジェリーナ・ジョリーのプロモーションビデオだから除外。フェチで選ぶんならジェニロペの『セル』がベストだけど、ちょっと種類が違うし、、。 そんな中でかなりヒットゾーンなのがこの映画。 でもどこかの誰かが映画レビューで書いてたけど、ヒロイン役のロリヴィア・ボナミーの魅力がもう一つなのは残念。 (提灯レビューなんかは彼女の事をどう書いていいのか判らなくて「意志の強い和風の顔立ちと鍛え上げられた腹筋」なんてお世辞にならない事を書いている始末。) この世界、煎じ詰めれば、同監督も影響されたという『攻殻機動隊』に行き着くんだろうけど、あれは駄目、汗くさいから。映画はオタクに受けてもいいけどオタクの体臭がしちゃだめ。 そう言う意味では、この映画の何処かフランスぽい洒落っけみたいなのは大事なんだよ、、。 色処理とかね、俗っぽいんだけど日本人から見ると、青とか赤の使い方が真似できないって感じだし、第一、マロリーの「元旦那悪魔」みたいな男性存在自体が日本にはないもんね。 この監督に誰かお金出してあげて「マロニー2」を撮らせてあげてくんないかな、主役はミラ・ジョヴォヴィッチあたりがいいかなー。ドラッグ・クィーン“ヴェナ・カヴァ”はもうちょと色っぽい人、起用してさ。 PS レディ・バレンタイン役のヴァレンティナ・ヴァルガスが填り過ぎ。彼女を見るだけでもB級映画の「美味しさ」が味わえる筈。 彼女のベルバラのオスカル衣装も良かったし、、でもあれってフェチグラビア雑誌のマーキスなんかにそのまま出てもおかしくないね。口のないモルフィーヌも、あのまんまフェテッシュパーティに出ても全然違和感ないって感じだし。 |
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「不倫と南米」
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『ブエノスアイレス』という名を聞くとウォン・カーウァイ監督の映画を思い出す。この映画の主人公であるゲイカップル達が亜に苦しんだのもイグアスの滝を見に行く旅行の途中だっけ、、。 近緒は気に入った本や映画で取り上げられる外国に直ぐにでも行きたくなる傾向があって困ってる。この本みたいに、後半部分に併録された紀行記録や写真・イラストと合わせて異国情緒を満喫できる「観光文学」として短編連作を書かれたらもうイチコロです。 でもブエノスアイレスは地球の反対側にある場所だからエコノミー族にはかなり辛い所だ。おそらく近緒は飛行機のシートで硬直しながら発狂するだろうから、この旅行はないだろう。 吉本バナナは「ちゃん」を付けないといけないような気がする。気安く呼び捨てにしてはいけないのだ。高貴な魂の持ち主であって、しかもバナナちゃんは凄く頭がいい。 そしてお友達にはなりにくい人だ。
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ボウリング・フォー・コロンバイン
監督: マイケル・ムーア
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このドキュメントは「面白い」。日本でドキュメントを撮ると、為にはなるが、ちっとも面白くないものができあがる。それは作り手にユーモアがないからだ。 まあそんな戯れ言はさておき、この映画を撮ったマイケル・ムーアという人は兎に角、「賢い人」だと思う。何が賢いかって、それは彼がこの映画に「答え」を用意しなかった事だ。 この映画で一番雄弁だったのはマリリン・マンソンとチャールトン・へストンだろう。近緒に取ってのマリリン・マンソンのイメージは、どちらかというとビジュアル面では惹かれる事はあるものの、その音楽性や思想についてはただの安っぽいアナーキズムを感じさせるだけの人だった。 「アメリカは自由の国だと言うがそんな自由が何処にある。」このような口調の表現がアメリカにはざらにある。それらの表現を他ならぬアメリカという国家自身が保障しているのだから、やっぱりアメリカは凄いという人もいる。例えばこのマイケル・ムーアがその証拠ではないかと。 「ボウリング・フォー・コロンバイン」はアメリカを知るという意味でも優れた作品だが、ドキュメンタリーという一つの映画手法の可能性を感じさせてくれる非常に優れた作品だと思う。この作品を多くの人々が目にする事を願う。 |
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戦場のピアニスト
監督: ロマン・ポランスキー
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初めてエイドリアン・ブロディと出会ったのはミラ・ジョヴォヴィッチ主演の「ダミー」だ、、、。ミラ・ジョヴォヴィッチ主演って書いたけれど、どうやらこれは日本国内の宣伝戦略みたいな感じで、実際の主役はどうみても腹話術でしか愛を語れない気弱な青年のエイドリアン・ブロディ。 そうなんだよ。みんな「戦場のピアニスト」を見て「嫌な気分」になるべきなんだよ。シュピルマンがピアノを弾いてナチス将校に助けてもらうシーンなんてほんとのおまけにしか過ぎないんだから、、。
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「若気の至り」という言葉がぴったりの映画。見ているこちらまでが気恥ずかしくなるシーンが連発されるし、思わせぶりだけが空回りするやけに長ったらしい描写もきもい。 |
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全国の隠れ足フェチの皆さん、吉報があります。もう恥ずかしい思いをする事はないんです。良質な足フェチビデオが普通の大手レンタルビデオ店で堂々と借りる事が出来ます。しかもパッケージは「映画通のあなたに」って感じです。 時々、普通の劇場用映画に、AVには出せない生々しいエロスが出現する時があるでしょ。肌の露出はミニマムに絞ってあるし、扇情的な演出もほんのちょぴりしかないのに、それが換えって「隠し味」みたいになって、妙にドキドキものが出来上がっちゃう。Pandora
-HongKong Leg-はそのアンバランスを15分間、濃縮しましたって感じ。 足に秘密の悩みを持つ眉子(吉本多香美)は、その薬を求めて喧騒の街を訪れた。閉まっている漢方薬局の前でなにやら怪しい男(麿赤兒)に出会った眉子は、「秘密の薬がある」と誘われるがまま男についていってしまう。うらぶれた路地を通って導かれたのは、すでに閉館した劇場。イスに座ると、目の前には大きな箱が。半信半疑ながらも男の指示通り箱に足を入れる眉子。すると、そこにはめくるめく体験が待っていた。
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I
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なんだか面白いのか面白くないのかよく判らない映画だ。大昔、村上春樹氏の「ノルウェーの森」を持っているだけで、それが知的なファッションの小道具になったという話を聞いた事があるけれど、なんとなく、その関係を連想してしまった。 「What's your function here?<お前の役割は何だ?>」 PS この映画の注目の人たち
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こんな「気分」映画って、レビューを書くのがホントに難しい。はずれちゃえばゴミみたいなものだけど、ツボにはまればレビューをかく為に「説明」出来ないものを説明する必要があるからだ。 あの「バーバレラ」を、映画の制作現場からレトロフィチャーしたらどうなるか、、そんな映画である。プラス、、映画青年のシャイで古典的な青春物語。 この映画、下手すれば映画お宅の「楽屋落ち話」で、実際、映画中に登場する数人の監督も実在の人物だし、ある程度の映画通でなければ面白くないかも知れない。 PS アンジェラ・リンドヴァルの顔って化粧映えする作りだよね〜。彼女が女優としてスカウトされるシーンがあるんだけど、この時の「写り」がすっぴんに近い顔だとすると「ドラゴンフライ」の時の顔はゴージャス過ぎて神懸かっている感じ。彼女、顔の作りはトム・クルーズなんだけどね〜。 |
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「黒娘 アウトサイダー・フィメール」
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「黒娘」、、今度は性転換者ではない純粋な美少女2人組のアクションものだって?。ふーん、牧野氏の新機軸じゃない。それって「絶対読まなくちゃっ」て感じで大型書店まで出掛けましたよ、あたしゃ、、。 でも結果は同じ、、牧野はどこまでいっても牧野(あっこれって悪口じゃないよ、、でも「飽きる」っていう現象は誰にでもある訳で、、)って事かな。 それにきっちり敵側だけど女性を痛めつける「女装者」を未練がましく配置してみたり結局「傀儡后」と何も変わらないティスト。第一、アトムとウランってドラァグクイーンの「ロビン&ウラン」の二人からインスピレーションを得ているような気がするし、、。 でも牧野氏の小説ってホントに近緒の感覚と近いんだねー。 たとえば主人公の片割れであるアトム(小説の登場人物にこのネーミングを当てたのは近緒の方が先だよーん。)が、自分で剥ぎ取った男どもの顔面を被ってオナニーしちゃう発想は激しく近緒と同じ、やっぱり牧野氏とchikaは同じなんだって思ってしまう。 (現に近緒の今度の新作には、顔被りの同じようなシーンが登場するんだけど、これだって「偶然の一致」と言おうか、「変態の一致」なんだよね。) これはレクター博士が連続殺人犯の心理をなぞるのと同じなんだろうと思う。 ・・ここまで来ると牧野氏と近緒の違いを整理しておく方が、書評としては正確なのかも知れない。 (なんて自己満足なブックレビューなんだ。今にはじまったコトじゃないけど。) まず牧野小説には、必ず虐げられ歪んでしまった女性(あるいはマイノリティ)が登場する。そして同時に彼女達は、単にマイノリティなのではなく激しく「異端者」であるコトが特徴になっている。この異端者像は牧野氏の自己投影だろう。
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「ルー=ガルー 忌避すべき狼」
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京極夏彦が書く近未来小説、しかも主人公は14〜15歳の少女達。おまけに装丁がコミック風だから純正・京極になれた読者にはちょっと違和感があるかも知れない。 近緒だってそうだった。本書を「珍しい」気持ちで買ったものの、読まずに放置してた期間が約1年。 勿論、腰が引ける原因には本の分厚さ(4.5センチ)もあるのだが、分厚いのは京極夏彦の著書ではいつものこと、やはり、この本の場合「京極らしからぬ」が原因なのだ。 つまり「あの京極が、、」という吃驚が、「なんてつまらない」という落胆に転化するのが怖いわけ。(少ないページ数なら被害も少ないが、京極本は横道蘊蓄を含めて嫌という程の文章量だからね。だいいち近未来小説で京極の「あの念仏文体」が通用するのかという事もある。) でも読後の感想は、「結局いつもの京極本だった」につきる。登場する少女達も前半はなんとか近未来の今風少女を体裁を保っているけれど、後半になって来ると、この少女達、いつもの京極ワールドの歪んだ男達、榎木津・京極堂・木場・関口にすり替わっていくのだ。で結局、その後半部分が面白いわけなのだけれど、、。 それでも近未来のステージ設定の中でこそ生きてくる少女達のコミュニケーション不全や、デスコミニュケーションからの生還、そして「人殺しは何故いけないか」という今時の命題までを、京極氏独自のテーマと旨く絡ませて書けているのが新味といえば新味でもある。 PS 「人殺し」を背負ってしまった歩未に対して、「これで私も」とプラズマ砲で人を焼き焦がした天才少女・美緒の整理というか、二人のバランスを物語の中でうまく書き切れていない京極夏彦も珍しくていい。 |
「沈黙」
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上の写真は文中のutanさんの撮影されたものです。 utanさんのサイト「写楽」はこちら。 結構、彷徨う人なので、このサイトがずっとあるとは言えませんが。 |
夜明け前に「沈黙」を読了。一番、深く突き刺さって来るのはロドリゴ司祭の「神などいない」のではないかという不安と疑問である。 物語は、キリスト教迫害下の日本にあって不屈の布教活動を続けていたフェレイラ神父の棄教の謎を追って日本に忍び込んだポルトガル司祭ロドリゴの視点で描かれる。これを昭和に生きた日本人である遠藤周作氏が書くのだから、実に巧い細工が可能で、貧困に喘ぐ日本の水飲み百姓達の絶望が外人の目からみた「小さくて貧相な未開の異国である日本」の中で活写されることになる。 |
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この映画を見ながらずっとダブルイメージで思い出していたのがアルバトロス配給の死姦映画「ネクロマンティック」だ。あれは本当に気持ちが悪い映画だった。 「ガーゴイル」の、激しい性交の末に相手を喰い殺してしまう姿を通じて描き出されたテーマは「ネクロマンティック」と大差はないような気がするのだが、一線を画したのは「ガーゴイル」に映画としての「綺麗」さがあった事だろう。 しかし究極のエロスに近づきたければ、この「ガーゴイル」のシチュエーション、制作者側にとっては、なかなか魅力的なものであったに違いない。 ヴィンセント・ギャロがホテルの風呂場で自慰して射精するシーンがあるんだけど、「似合うな〜」って思わず納得してしまった。
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このレビューを書いている時点でマトリックス3部作の最終章であるマトリックス・レボリューションが上映中になっている。 |
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怖い映画だ。特に子ども達が銃を持って平気でギャング行為を働く描写が怖い。映画の前半に登場するギャング王リトル・ゼの子ども時代であるリトル・ダイスが、自分の殺人衝動のままに「楽しみ」ながら人を撃ち殺す姿は衝撃的だ。 |
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分類でいうとこの映画、コメディだそうだ。おまけに「ゆるーい」とか「ローテク」等の言葉が冠されている。
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「新宿鮫VI
『氷 舞』」
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大沢作品は近緒が元気じゃない時に現実逃避的に読むことが多い。昔、「失恋した時に中島みゆきを聞くタイプ」みたいな分類方法があったんだけど、それにちょっと気分は似てるかも知れない。これがもっと重症になると大沢あり正ではなく村上春樹が読みたくなるんだけれど、、。 新宿鮫って一人の人間の孤軍奮闘の物語でしょ、、どれだけ自分の「筋」を通しきるかっていう生き方が、センチメンタリズムも含めてハードボイルドな物語に繋がっていく。 大沢さんはそれだけじゃなくて、鮫島刑事を現実ぎりぎりの所で格好よく描く事を厭わないし、年下のロックシンガーを恋人に配置したりしてね、、読者サービスも忘れないところが偉い。へこんだ時には大沢さんのサービスを受けてちょっとだけ元気を取り戻すっていう仕掛けなわけ。 この「氷舞」は新宿鮫シリーズの中でも傑作の部類にはいるという人も多いらしいんだけど、、chikaには、その評価ちょっと謎だなぁ。 事件が鮫島刑事の外側で勝手に終焉に向かっていくっていう感じがして、正直言って今回の展開には乗り切れなかった。 それに鮫島刑事初の浮気をするんだけど、鮫島ってちょっと純情すぎだし、晶の感覚もいまいちよく判らない。 もしかしたらこの辺りが大沢有政のウィークポイントなのかしらと思ったり。 「撃つ薔薇」とか女性が主人公の作品もあるけれど、読んでいるとなんとなくこう背中がムズムズするからねー。 でもその分っと言っちゃ語弊があるけど、ライバルである公安の香田との絡みがうまく書けてる感じがして、その辺りが「氷舞」の評価が高い理由なのかな。 確かに香田が「おまえは一体、何のつもりだ」と問いつめた時に、鮫島が「俺は刑事だ」と答えたページなんか、ハードボイルド小説ならあってあたりまえの描写なんだけど、これぐらいぴたりと決まるのも珍しいかなと感心させられるもの、、。 でも鮫島と晶、いずれ別れが来るんだろうな。この二人が結ばれてもハッピーエンドにはなり得ないだろうし。 となればどちらかが死ぬってことしかない訳で、、「氷舞」みたいな作品が発表されるって事はその時期が、作家の中で近づいているってことなんだろうな、、。 ちょと寂しい気もするけれどね。ハードボイルドで「指輪物語」みたいなわけにはいかないよね。 PS それにしても館ひろしが、鮫島刑事役をやったのは決定的だったよね。もうアレ見た人は、鮫島のイメージを館ひろし以外で想像出来ないでしょ。 晶のキャラは結構流動的なんだけどね。時々、、館ひろしが歌う気障なバラードなんかが、頭の中で流れて困ってしまう時があるんだ。
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「グッド・パンジイ」
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黒いアイパッチをした隻眼の危険な男、、、こいつは洒落者の元犯罪者?著者近影を見るとそんな印象を受けるアンドリュー・ヴァクス。その実体は青少年犯罪と幼児虐待専門の弁護士として活動した経験を持ち『自分のメッセージをできるかぎり広い範囲の人々に伝える』為に「ミステリ作家」になった男らしい。 近緒は正直言って幼児虐待の問題について挑み続けたいと思うなら弁護士を続ける方が遙かに効率が良いと思うのだが、、。 ヴァクスの書評を見ると彼の作品のコアが幼児虐待にある事をさして「暗い」「重たい」「現実的」「正面から切り込んでいる」作風だと、結構好意的である場合が多い。 しかし幼児虐待を扱った作品はヴァクス以外に実に多くあるし、それらの殆どはヴァクス以上に「暗くて重たくて」救いがない。それは多くの作家達がこの問題に対して、主人公バークのような対抗イメージを描かないからだ。その理由は簡単だ。そんな事をすればその作品が一気にアメリカン・コミックスに転落する事を知っているからだ。 アンドリュー・ヴァクスの作品は完全にエンターテインメントである。一見コアに見える幼児虐待の問題は添え物に過ぎない。 この小説の世界観を見てみよう。バークの用心棒でもあるマックスという東洋人は武道の達人。そして何故かマックスは口がきけない。ミシェルはおかまでバークが必要とする情報を拾ってきてくれる。モグラは技術者で,強制収容所に入った体験があり,ナチス嫌い。バークの電話の取り次ぎや,仲間への伝言を伝えるのは裏の顔を持つ中華料理店の老女は何故か情に厚い。彼らは家族以上の必要性で密接に結びついている。
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「惑星ソラリス」は近緒がまだSF小説にはまっていた頃に、通ぶってビデオで見たんだよね。これがまた全然わかんなくて、しかも面白くないときてる。それでも眠たいのを我慢して最後まで見たんだ。
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「ボストン、沈黙の街」
ボストン、沈黙の街
ウィリアム・ランデイ (訳)東野 さやか
ハヤカワ・ミステリ文庫
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アメリカの警官小説と日本の警官小説は質が違う。もちろん小説を書くための背景である風土や文化、警察機構が違うのだから当たり前の話である。 それでも日本の多くの作家達は、アメリカ産の警察小説を日本の世界になじませるべく、あの手この手を使ってハードボイルドなティストの移植に苦労してきた。 その努力はちゃんと結実しており、今では優れた警官小説が沢山読めるようになった。 しかしだ。やはり何処かが違う。その違いをよく表しているのが本作だろう。「ボストン、沈黙の街」は日本人には絶対にかけない作品だ。 例えば汚職・賄賂にまみれた悪徳警官や組織を書くとき、日本人には徹底的に汚濁した描写を成しえないのではないかと思う。あるいは「罪と罰」の捉え方も、深いところで大きく違うのではないかとも思う。 ・・・本書で何度も繰り返されるフレーズがこれだ。 戦争では人は大勢の人間を殺す事がある。もちろんその事を深く後悔する人もいるだろうが、普通の人間は、戦争が終わればその事を帳消しにし「幸せ」を掴みとる為の人生を送ることが出来る。 PS 「グッド・パンジイ」の書評では、その前身が青少年犯罪と幼児虐待専門の弁護士だったというアンドリュー・ヴァクスを徹底的にこき下ろした。幼児虐待という重いテーマを掲げながら、その中身はエンタメ映画の脚本に毛が生えた程度でしかないからだ。 |
「音楽芸者エミ・エレオノーラ」
音楽芸者エミ・エレオノーラ
森園みるく
新風舎文庫
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森園みるくがエミ・エレオノーラを撮影したポストカード集を購入した。森園みるくは観念上の「女」しか撮らないと宣言しているようだ。 Chikaは「女」のエミ・エレオノーラよりも、ドラァグ・クイーンとしてのエミ・エレオノーラが好きなんだけれどね。 一時、「ドラァグ・クイーン」なる存在自体が流行った時期があって、エミ・エレオノーラが、女性としての「ドラァグ・クイーン」の存在理由を説明していたような記憶がある。「それって単純にオナベの変形パターンちゃうん?」とか思いながら、女性がバリバリのドラァグ・クイーンを演じられる事には何故か嫉妬を感じていたものだ。 でも写真を見てると、よぉ〜く観察すると、どう見てもオンナだよ、この人。それは森園みるくが幾ら性倒錯やボンデージやらを描いた所で、結局はノーマル、彼女の感性がオンナそのものである事と同じような気がするんだよなぁ、、。 そういう意味で最近、エミ・エレオノーラが自分の事を「音楽芸者」って規定したのは、凄く正解だと思う。だってやっぱり「フィメール・ドラァグ・クイーン」なんて存在しえないんだもの。 写真としての出来?森園みるくが描く絵と同じやね。言い方を変えると、相当上手いという事なんやろうけれど、それ以上の写真じゃないって事かな。でもマンガのクォリティなりベクトルを写真で満たす事にどれだけの意味があるのかって思わないでもない。 PS エミ・エレオノーラって映画の「I.K.U.」に出演してるみたいなんだけど、記憶がない、、。結局、ギンギラピカピカにドラァグ・クイーンしちゃってスクリーンに登場した時点で、映画の場合は逆に個別性が希薄になるんだろうね。そこにいるのはドラァグ・クイーンであってエミ・エレオノーラである必然性は何処にもないっていうことかな。 |
「バカの壁」
バカの壁
養老孟司
新潮新書
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養老孟司の著書の印象として、chikaには氏が封建制度やカースト制を肯定しているように思える部分があってあまり好きではなかった。システムとして、それらの制度よりも民主主義が必ずしも上回っているとは限らないのは判るのだが「差別」という問題がそこに在る限りchikaは現在の民主主義を肯定したいと思うからだ。 勿論、この印象は近緒自身が氏の著書を最後まで深く読み込んだことがないことから来る部分が多いのだろうと思う。そういう意味で「バカの壁」は、chikaにとってエッセイ風で読みやすく面白い本だった。 氏が指摘する「無意識の世界をかろんじることの危険性」は個人的にも耳のいたい話だ。眠っている間を「自分の人生」として数えない考え方は、多分にchikaの中にもあるからだ。しかし自分自身でも、意識している時だけが生きている事の全てだとする考え方には、いくつかの危険性と脆弱性が潜んでいるのは何となく気づいていたが、これだけ理路整然と説明されるとちょっと困ってしまうのも確かだ。
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ぐずぐずしている内にこの映画のレビューを書くのが遅れ、ついに年を越してしまった。アカデミーを取るだけあって「ミリオンダラー・ベイビー」は非常によく出来た作品である。 クリント・イーストウッド演じるダンには過去の経緯の中で、どうしても会ってもらえない実の娘がいるようだ。
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実はこの人が一番、力入っていたような、、 |
chikaが時代劇で「うーん」と納得させられた映画は、黒沢明監督とかの大御所の作品ではなくて実は斎藤光正監督の「戦国自衛隊」なのである。 そしてここに異文化の出会いを描いた時代劇がもう一つ誕生した。「渡辺謙アカデミー賞受賞か?」という話題が先行した感のある『ラストサムライ』である。 「ラストサムライ」ってどうなんなんだろう?あれは東洋思想と西洋思想の補完を描いた映画なのかしらん?そうだとすれば随分、昔流行ったトレンドだよね〜。だって今のニッポンなんて、どこにも「サムライ」も「礼節を心得た民」もいないもの。 今のニッポンって「日本人」とは違う民族だからね。「ラストサムライ」見て今の自分のライフスタイル見つめ直した人多かったんじゃないかな〜。中島みゆきの歌に「盆と正月だけ真人間に帰る私たち」って内容のがあるけどそんな感じだね。ガイジンの勘違いで逆に気付かされるワタシタチって一体なんだろう?
ただちょっと気がかりなのは、ここで描かれる侍魂を礼賛する感覚が不思議な事に、ハリウッドにも日本にも散在するという事である。 |
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アンダーワールド
監督:レン・ワイズマン
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お買い得感と言うか「拾いモノ」って感じのする映画ってあるよね〜。SFで言うと『ガタカ』とか、、このリベリオンもそう。テーマはブラッドベリの『華氏451』そのままだし、話の展開もなんの捻りもなくて直球、世界観もしかり、それでもしっかり作ってあるしエンターテインメントを意識している所が偉い。 PS 主人公の「感情」を完全に目覚めさせるきっかけになったヒロインのエミリー・ワトソンなんだけど『レッド・ドラゴン』の含めて「こんな女に惚れるか、、」っていう感じがあるのよね。勿論、実生活じゃそんな事はいくらでもあるんだけど、映画の中じゃあってはならない配役だと思うんだけどね。だってヒーローが純愛を守りきる相手がただの叔母ちゃんじゃ見てる方だって感情移入できないもん。
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「十一歳のある日、三人の少年たちはある事件に出遭う。そして二十五年後、若い娘が非業の死を遂げる。被害者の父として、担当の刑事として、そして容疑者として……成長した三人を待ち受けていた運命とは?」原作小説(デニス・ルヘイン)の紹介文より。
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期待に胸を膨らませて劇場に出かけた「バットマンビギンズ」。だってバットマン様はchikaが抱かれたい男のナンバーワンなんだもの。でもビギンズはティム・バートン版の一作目のリテイクって感じでバートン贔屓のchikaにすれば微妙な作品なのよねぇ。 確かバートン版では少年ブルースの目の前で両親を殺害したのはジャック・ニコルソン扮する「ジョーカー」だった筈で、貧富の差とか構造的な「悪」に対する視点よりも、どの人間の心の中にもある「闇」そのものへのアプローチが大きかったような気がする。 それに対しノーラン版ではブルースの両親を殺したのはどこにでもいる貧しい犯罪者で、尚かつダークヒーロー・バットマンのスタート地点が、自分の両親を殺したこの犯罪者に復讐をしそこねた所にあるっていうのが、新機軸なわけで、、。 もっともこういった視点自体はそれほど斬新なわけではなく、ダーティハリーだってそうだったし、ハードボイルド小説なんてみんなそうなのだ。 ただ娯楽映画の主人公に、更に言えばアメリカンコミックを映画化したキャラクターにどれぐらい「現実的な陰影をつけられる」かという塩梅というか課題がある筈で、ライミ監督の「スパイダーマン」の成功があっての「ビギンズ」だといえなくもないと思う。(そ言えばスパイダーマンの彼女はマスクの下の素顔を知っているし、ノーラン版バットマンもそんなに仮面性に拘っていないのも共通してるなぁ、、、マスクの重要性より「正義」とうテーマ比重が大きいんだろうな) ビギンズを制作中、ノーラン監督のかけ声は「リアルにいこう、リアルにいこう」というものだったらしいが、バットマンスーツやバットモービルなんかの成り立ちを見てると、それもありかと思わせてくれるし、なによりも何故、バットマンが「ゴッサムシティの正義」に固執するかも説明してくれているので監督の言う「リアル」がある程度、腑に落ちて嬉しくもある。 形状記憶繊維のマントでパラグライダーのごとく飛ぶシーンはちょっとやりすぎだけど、大コンツェルンの御曹司なら手に入りそうなハイテク玩具と個人的な肉体鍛錬を巧く融合して「バットマン」のリアルを作り出してくれた事に感謝すべきだろう。ちょっと残念なのが「敵に恐怖を植え付けるバットマン」の演出の為なのだろうけど、アクションシーンが何がなんだか判らないってのはマイナス。それに修行の山がチベットだったり、修得する武術が忍術だったりする東洋趣味は合いも代わらずだし、変な東洋人(本編だとラーズ・アル・グール)を酒のあて程度に登場させるのはハリウッドの伝統なのかしら。 だってブルースとずっと色々な意味で対峙していくのは、白人であるデュカード(リーアム・ニーソン)だし、このデュカード、、全然、ラーズ・アル・グールとの接点が感じられないんだもの。 とりあえず渡辺謙さんについては、日本のマスコミが映画封切り後、ぴたっと取り扱いトーンを下げたのは正解じゃないかなと思う。あんまり騒ぐとかえって渡辺謙さんがかわいそうだよ。あれじゃね。映画自体は・・・なんだか「渡辺謙」の起用って、ハリウッド映画の日本に対するリップサービスちゅーか経営戦略の一環にしか思えないもの。 PS クリスチャン・ベールのバットマンって不思議な清潔感ってゆーのかストイックさが感じられてなかなか良かったけど、chikaが気になって仕方がなかったのがクレイン博士役をやってたキリアン・マーフィ。この人の顔って綺麗にメイクしたらそうとうの美女、しかも官能系になるな〜って。うーんここのままでもしゃぶるの巧そうだし。
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